──ギルガメッシュとアーチャー961との別れから数時間後。
『砂塵の迷宮』端。荒野の高台にて。
天翔ける船を自らの蔵内へ仕舞った黄金の王は、椅子に座ると、日を遮る天幕の下、自動的に風を送ってくる大羽を稼働させ、くつろいでいた。
手には粘土版で作られた書籍があり、文字列を眺めている。
ともすればこのまま午睡でも行いそうな和やかな空気だが、その空気を変える『存在』がやってきて、王に声をかけた。
「ギルガメッシュ王、ご機嫌麗しく……」
男性、らしく聞こえるよう整えられた声。
「400年と少しぶりでございます」
その『存在』は、目の前の王へ敬意を示すためか、前方に当たる部分を礼するかの如く下げた。
「先にリリスが我を見つけると思っていたがな。
貴様が来たか」
ギルガメッシュは粘土版を閉じ、傍らにあったテーブルへ一旦置く。
どこか気だるげな王へ、その『存在』は勝手知ったる態度で話しかけた。
「まさかこの『砂塵の迷宮』にいらっしゃるとは思わず、時間を使ってしまいましたが……。
ともかく、リリスより先にお会いできてよかった」
「貴様、我をつけていたのか?」
「そんなこと……していません。
都市運営システムとワームたちのカメラシステムを、バックドアから少し……ごにょごにょして、探したのです。純然たる努力の産物と言えます」
挨拶と経緯を話しながら、細い四本足でバランスを取って歩き、ひょこひょこと近づくその『存在』。
「リリスは……貴方様が封印から逃れたことに気づき、探している。
見つけ出した
だからこそ、死ぬ前にお会いできてよかった」
「殺されるつもりなど毛頭無いが」
「その言葉通りになれば……良いなと思っていますが、リリスの成長の幅は未知数です。
何より、彼女は令呪もサーヴァントも『ヴリトラ』も抱えています」
「どうであれ結果は見えている。リリスの先には破滅しか待っていない」
「だとしても……心配になります、私は」
話すその存在へ、ギルガメッシュは小動物でも見るかのような、どこか眠たげな眼差しを向けた。
「あの男に語るべき事は言って聞かせたぞ。我の言葉だ、少しはしゃんとしよう。
ふはは……知れば、リリスはさぞや歯噛みするであろうなあ?」
「ああ……それは残酷なことをなされましたね」
哀れみが込められた声で、その『存在』は話す。
「あの検体は……こう評したくはないのですが、失敗作。
レジスタンスが求めた、リリス殺しの救世主にはなり得ない。
遠からず自壊するという点においても、リリスの子らと変わりないでしょう。
残酷な真実や過去を伝え聞かせたとして、何になるのか。
知らぬことは知らぬままで良いのです、それも幸福の形の一つだというのに」
ギルガメッシュが言葉を返す。
「確かにあやつは
そして、どのような答えに至り、終わりを迎えるかまでを……な」
「聖杯の……ありかについても、お話になられたので?
しかしよろしかったのですか。貴方様は……」
「血生臭い『聖杯』だ。蔵に収めれば他の
やはりそうだな……あれの結末の方がよほどそそられる……」
「ギルガメッシュ王は……少々残酷に過ぎます」
「はっ! 貴様に何を言われようと響かんわ!」
王が座る椅子の側に、その『存在』は腰を下ろし……というより、体を四角く畳んだ。
その動作から発生している音を聞き流しつつ、王は言葉をかける。
「石と油、郷愁と物語より作られしもの。女神の伴侶、血潮無き冷たき
夫として、妻の行いをどう考えている?」
名を呼ばれた『存在』は、とても奇妙な姿をしていた。
大きさは、子どもが腕に悠々と抱えられるくらい。
角の丸い四角い体、その側面には、細い金属フレームへ人工筋肉を纏わせた足を4つ付けている。
頭に当たるパーツは無いが、胴体前方に埋め込まれている大きなカメラが、一つ目のように輝いていた。
今現在は、座る犬のように全ての足を折り畳み、実にコンパクトな形となっている。
いわゆる『ロボット』の体をもったアダムが話だす。
「私は……とうの昔に離縁を言い渡された身。
彼女の求める家族にはなれなかった欠陥品。
……感傷を覚える資格など無いのです。
しかしそうですね……全てが終わりを迎える前に、私が動き、語る時が来たのかと感じています」
ぼそぼそと呟くと、アダムの胴体、その上面が開き、中からロボットアームと小型ソーラーパネルが伸びてきた。そして、発電、蓄電を始める。
「我を前にして食事を摂るか」
「慌てて……飛び出してきたせいで、蓄電池に不調が。なのでこの辺りで充電を。
……それに、AIを搭載した自動人形である私を、無礼打ちにするような御方ではないと知っています」
「貴様は壊しても限りなく、徒労が募るばかりだからな」
王はテーブルに置いていた粘土板を手に取り、再び文字列を読み始める。
「しかし……ギルガメッシュ王、どのようにして封印から逃れたのです?」
「リリスが『ヴリトラ」へ命じた攻撃、それに乗じただけの事」
「『あれ』が……放つ光線は、地形を変えるほどですからね。
私の
「『あれ』の目が届かぬ場所など限られるからな」
王は視線を手元の粘土板から空へ投げた。途中で途切れた男の言葉を、アダムが補足する。
「北極……南極、『砂塵の迷宮』。それくらいでしょうか……」
「あと2つほどあるが。
……哀れよな、奴は己の体すら見えなくなったらしい」
「嫌なこと……嫌いなことから、目を背けたくなるのは心として当然の動きです」
「それは少々
怪物へ変じた者が、そうなる前の『己』を直視しても、
「食べ過ぎてしまった人間が、体重計に乗りたがらないようなもの?」
「違うと言っていよう。
ふん……400年前より変わらん。洒落のセンスがずれた男め……」
鼻を鳴らした後、王は目を文字列に落とし、読書を再開する。
その横で、アダムは充電を続ける。
──太陽の下、王と機械の奇妙な時間が流れていった。
第99話 あの
終わり