陰キャな僕と悪魔のブルース   作:アーデル・モウデルウンコ・アデタッヒ

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初投稿です。


01.Smells Like Teen Spirit

 僕は昔、ギター弾きだった親父から、古いおとぎ話を聞いたことがある。

 

 ある男が、ミシシッピ州クラークスデイルのとある十字路で、悪魔に魂を売り渡した。彼は売った魂の対価として、目もくらむような、最高のブルース・ギターが弾けるようになった。そのギターと歌は聴くものに、まるで重い金属でぶった切られたかのような衝撃を与えた。男のギターは瞬く間に世界に広まり、"伝説"とまで呼ばれるようになった。もちろん、このおとぎ話にはちゃんとオチがある。

 男はあっけなく死んだ。痴情のもつれだとか色々と言われてるが、結局のところ、死因はわからずじまいだったという。27歳の時だった。

 

 こういう話は他にもたくさん聞いた。ある男は、史上最高のロック・ギタリストとまで呼ばれて、けど最後には不可解な死を遂げた。またある男は、誰からも愛される曲を作って、その曲に人生を滅茶苦茶にされて、最後にはニール・ヤングみたいな言葉を遺して、自分の頭をショットガンでぶち抜いた。誰も彼も、27歳で死んだ。

 

 この話を思い出すたびに、彼らは何を思いながら、ギターを抱えてたんだろうかと、考えてしまうのだ。僕は心理学者でもないし、ましてや彼らに会ったことなど当然ないのだから、わかるはずもないのだけれど。ただ、僕がギターを弾く理由と同じだったらいいなと、つい思ってしまう。

 

 輝きたいわけじゃない

 楽しくなりたいわけでも

 まして誰かと一緒に居たいとか

 そんなことじゃない

 

 もっと、こう、言葉に出来ないくらい単純な、でも暗い理由みたいのがあって、それでギターを弾けてるからこそ、僕はこれまでの人生をやってこれてきた気がするんだ。

 

 僕は今、15歳だ。

 

 彼らに歳が追い付くまで、あと12年。

 

 ギターに縋りつく日々は、まだまだ続きそうだ。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、午前7時30分と表示されているデジタル時計が目に飛び込んできた。ここまでで、ようやく今が平日の朝だと言うことを思い知らされた。耐えがたいような睡眠欲と戦いながら、布団からゆっくりと這い出てて、眼鏡をかける。その後すぐに洗面台に向かって、せっかくかけた眼鏡を一度外してから、顔を洗う。もはやルーティーンではあるが、それでも面倒くさいと感じてしまう。顔を洗ってすぐ、鏡で自分の顔を見た。相も変わらず、"歩く死人"みたいな顔だ。

 

 三船(ミフネ)フミナというのが、僕の名前だ。公立の共学高校に通っている1年生で、部活は特にやっていない。それ以上話せるようなプロフィールは僕にない。ないんだよ、本当に。

 

 歯を磨いた後は、制服にそでを通し、鞄を持って、外に出る。それだけではあるんだけど、この時、僕の家で最も注意しなくちゃいけないことがある。廊下を通る時だ。その時は、絶対に音を出してはいけないのだ。

 

『……ッ』

 

『ん……あ……』

 

 廊下にある扉の向こうから、何やら男女の喘ぎ声のようなものが聞こえてくる。女の方は、僕の"母親"だ。男の方は聞いたことがない。多分、また新しい恋人だか、宗教仲間だかだろう。

 

 これが理由。僕の母は、寝てるときだったりお楽しみの時だったりを邪魔されるのがずいぶんと嫌いなタチらしく、今僕がここで"いってきます"だなんて言おうものなら、彼らは"時計仕掛けのオレンジ"の冒頭よろしく、ワイワイとヒステリックになって僕をリンチにするだろう。一回、実際にそうなったのだから、この予想には賭けてもいいくらいには自信がある。

 

 靴を履いた後、音を出さないように、そっとドアを開け、ようやっと外に出た。後は同じようにドアを閉じれば、少なくとも朝、痛い思いはしなくていいわけだ。欠片ほどにだが安堵を覚えて、僕は通学路の道を進んだ。

 

「おはよう」

 

 しかし、後ろから聞こえたその一言で緊張がぶり返してしまった。僕が少し驚いて後ろを見ると、そこには女の子がつまらなそうに歩いて来た。

 

「お、おはよ……す……」

 

 酷くしどろもどろになりながら、何とか挨拶を返した。

 

 美竹蘭、というのがこの子の名前で、黒髪のボブカットに赤いメッシュを入れた、気の強そうな子だ。

 

僕は一応、彼女のことを小さい頃から知っている、と言っても、仲が良いわけじゃない。家が近いから名前と顔は知っている、という感じだ。恐らく彼女もそんな認識なのだろう。

 

 僕が挨拶を返したのを見ると彼女はさっさと僕の前を歩いて行った。

 

 僕は学校とか家の周辺とかで、友達とか、仲が良い人みたいな関係はない。だからこの後、学校に行っても大差はない。

 授業を聞くような姿勢で座り続け、休み時間はジョック連中に目をつけられないように狸寝入りをしながら、音楽プレーヤでお気に入りのトラックを聴くだけだ。学校でやることはそれでおしまい。これ以上語るなんて何もないよ。事象そのものがないんだからさ。

 

 日が昇っているうちは、僕にとって耐える時間だ。ただ僕だって、四六時中こんな、"暗い日曜日"みたいなテンションでいるわけじゃないさ。夜の23時から1時の間だけは、別だ。

 

 深夜のその時間、とある閉店時間を過ぎたライブハウスに行くことで、僕の人生は大分ましなものになってるんだ。

 

「……そう言えば、新しいアンプ仕入れたって言ってたな」

 

 今日の夜のことを空想しながら、イヤホンを取り出して、音楽プレーヤに目を向ける。

 

 "R.E.M - Let me in"

 

 その文字を確認してから、僕は再生ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 学校から家に帰り、リビングにいた母から、いつもの調子で今の政治はどうだ、性差別がああだとヒステリックに叫ぶのを聞いてから、部屋に戻って数時間、待ちに待った時間だ。

 

 僕は母にばれないよう今度は窓から家を出た。そろりそろりと靴を履き、ある程度家から離れれば、もう大丈夫、11時になると、母はぐっすり眠って、朝まで起きないんだから。

 少し駆け足で向かうこと十数分、繁華街を抜けた先、見慣れた看板にこう書いてあるのが見えた。

 

 ライブハウス"CiRCLE"

 

 平時はガールズバンドが練習やらライブやらに使用する、本来は僕とは縁遠い場所だけど、閉店した後、最近入った新人スタッフさんがちょっとだけ趣味でCDショップをやってて、僕はその時間にお邪魔している。

 

 僕がさあ入ろうと思ったその矢先、その望みが叶わなくなってしまう。店の扉が突然開いた。

 

「ゴメンみんな、こんな時間まで付き合わせて」

 

 その姿を見て僕は、反射的に物陰に身を隠した。あれは美竹さんだ。なんでこんなところに……?

 

「私は平気だけど、蘭は大丈夫なのか? 門限とかさ」

 

「う……大丈夫、多分……」

 

「大丈夫じゃなさそうな顔してるよ、蘭ちゃん……」

 

 美竹さんだけじゃない、他にも3、4人女子がいて、全員が楽器を持っている。暗くてよくはわからないが、美竹さん自身もギターケースらしきものを背負っているのが見えた。

 

 ……この状況から察するに、要は、美竹さんはバンドをやっていて、あの子たちはそのバンドメンバーで、このライブハウスを練習に使っているということが、予想できた。

 

「……マジかよ」

 

 誰にも聞こえないような声量で思わず呟いた。……つもりだったけど、どうやらそれがまずかったらしい、5人のうち、ギターを背負った銀髪の子が、こちらの方に振り返った。

 

 一瞬

 

 一瞬だけ、目が合ったような気がして、僕は慌てて隠れた。

 

「どうしたの、モカ?」

 

「……んーん、なんでもなーい」

 

 気のせいとでも思ってくれたのだろうか、その銀髪の子はそれ以上こちらを見ることはなかった。彼女らはそのあと数分だけ談笑してから、帰路についた。

 

「……あーびっくりした」

 

 来る時間をもう少し遅くしたほうがいいかもしれない、そんな風に美竹さんたちと二度と鉢合わせないようにする算段をしながら、CiRCLEの中を覗き見る。看板の電気が落ちて少し後、スタッフであろうお姉さんが店を出た。

 

 もういるのは、あの新人スタッフさんだけだ。そう思い、僕は店の扉を開けた。

 

「もう店じまい……なんだミフネか、飽きねえ奴だな」

 

「僕も一応客なんすよ、アリー」

 

「アリーって呼ぶな」

 

 アレックス、彼のネームプレートを確認した限りでは、それがこの新人スタッフさんの名前だ。見た目とその名前からして、ヨーロッパ系の2世とか3世なんだろうけど、その辺はよく知らない。

 見た目は、そうだな……"セブン・ネーション・アーミー"でも歌ってそう、て言うのが一番しっくりくるかも。ともかく、そんな感じの男性だ。あれで20歳前って言うんだからすごい。

 

「コイツは驚きだ。金も払わずにアンプをかき鳴らすやつを、いつから"電気泥棒"じゃなくて"お客様"って呼ぶようになったんだ?」

 

「アンタが仕事サボって、店のパソコン使って"ジャミロクワイ"みたいな帽子を探してた時さ」

 

「何だったらその帽子をつけて、"ヴァーチャル・インサニティ"を踊ってやろうか? 口の減らないガキめ」

 

 そう、この人の言う通り、何故かはわからないけど、この人相手だと、母親にすらどもる僕が、ぺらぺらと喋れるのだ。音楽の話をして、その話を全部拾ってくれているって言うのが、大きいのかもしれない。

 

「前置きはいいんだ。それよりアンタ、SNSで呟いてたろ? 新しいアンプが入ったって」

 

「耳が早いな。そうだ、オレンジの新モデルがうちに来てな、早速ガールズバンドの子たちに使ってもらってんだ」

 

「あれ、使ってみていい?」

 

「ダメだ」

 

 即答だ。まあ、予想はしてた。

 

「そもそも、ありゃ俺のものじゃなく店のものだ。もっと言えば、かわいいかわいいガールズバンドの子たちのためのものだ。ちゃんと金を払ってスタジオを利用してるお客様のためのものだ。使いたきゃ金を払え、金がねえなら、いつもの廃棄寸前のマーシャルを使え」

 

 正論だ、ぐうの音も出ないほどの正論だ。そもそも、金も払わないやつにスタジオとアンプを貸してくれてるだけで、一等に親切なのだ。それ以上を望むのはそれこそ電気泥棒だろう。

 

「わかったよ、アリー、わかった。じゃあ、僕のギター出してくれるか?」

 

「アリーって呼ぶな。ちょっと待ってろ」

 

 そう言ってアレックスは、バックヤードから、僕が"預けてる"ギターを持ってきてくれた。

 

「そういや疑問だったんだが、なんでうちに預けてるんだ? 持って帰りゃいいだろうに」

 

「僕の母様は、僕の部屋から"ワルツ・フォア・デビィ"が流れただけで、バットを持って乗り込んでくるんだ。ギターなんてとんでもないね」

 

「そりゃあ恐ろしいな。なら今度"エイフェックス・ツイン"でも聴かせてやれよ」

 

「"Avril 14th"を?」

 

「違うね、"nannou"だ」

 

 そんな会話でお互いに笑ったあと、僕はギターを受け取った。なんとかかんとか金を工面して、ローンで買った、僕のジャズマスターだ。金がない今の状態の元凶でもあるわけだけど。

 

「じゃあ、また借りるよ」

 

「ああ……あ、おい、"天国への階段"は弾くんじゃねえぞ。あれのイントロはいい加減飽きたんだ」

 

「ガールズバンドの子たちにも、"ウェインズ・ワールド"みたいに止めてるわけ?」

 

 今あれを弾く人が何人いるんだ? 僕はそう思いながら、スタジオに向かった。

 

 僕が使うのは半ば物置小屋になっているような一番奥の部屋で、アレックスがさっき言ってたマーシャルアンプもそこにある。

 

「さーて……」

 

 ギターをアンプに繋いでから、チューニングを合わせる。その後、腹いせ半分で"天国への階段"を弾き、指のウォーミングアップ。ここまでがルーティーンだ。本当の楽しみはここから。

 

 実は今日、"Let me in"を朝に聴いていた時から、この曲を弾こうと思っていたのだ。

 

 僕は、スピーカ越しの音楽プレーヤで、ギターとボーカルを抜いた音源を流した。

 

 生みの親に憎まれ、生みの親の名声を何よりも上げ、生みの親を自殺に追い込んだ、最高で最悪の曲。

 

 アンプのゲインを上げた

 ピックアップはリア

 抑え方は単純なパワーコードで

 

 僕は思いっきり、弾いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

01.Smells Like Teen Spirit

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……フーちゃん?」

 

 演奏してる5分足らずの時間、僕はドア越しに誰かが見てるだなんて、気づくことすら出来なかった。

 




楽器屋で"天国への階段"を試奏してる人がまだいるって本当ですか?
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