「…………!?…………い!!」
「…い……すか!?し……て…さい!」
声が、聞こえる。
同時に伝わる揺さぶられる感覚に、意識が覚醒していく。
目を開く。
真っ白な髪と紅い瞳の少年がこちらを覗き込んでいるのが視界に映る。
「……誰?」
見覚えのないその少年に問いかける。
現実離れしたその髪と瞳の色、見慣れない格好に驚く。
すると目を覚ましたことに気付いたのか、安堵とともに少し落ち着きを取り戻した様子の少年。
「大丈夫ですか?」
どうやら俺は仰向けに倒れているみたいだ。心配そうな少年の姿を横目にゆっくり体を起こそうとする。
「――痛っ!?」
全身を走る痛みに、思わず顔を歪める。痛みを押してなんとか起き上がる。
少年は腰のポーチから何かを取り出して、
「あの、よければこれ使ってください」
青みがかった液体の入った試験管のようなものをこちらに差し出してくる。咄嗟に受け取ってしまったが、これは一体なんだろうか……?
見慣れないものに戸惑う。すると、少年は不思議に思ったのか首を傾げながらも説明してくれた。
「あれ?分からない?それは
そう言われて受け取った物を訝しげに眺める。
ポーションって、RPGとかでよくある?こんな色の液体なんか飲んで大丈夫なのか?
不安だが、少年の心配そうな表情を見ると飲まないというわけにもいかないだろう。
容器の蓋を外して意を決して液体を飲む。口の中にじんわり広がる苦味とともに、全身の痛みが徐々に薄くなっていく。なにこれ凄い。
「大丈夫?モンスターにやられたの?」
モンスター?さっきから何を言ってるんだこの少年は……?
首を傾げていると少年はこちらに向かって手を伸ばしてきた。
「立てる?」
そう言われ差し伸べられた手を掴み立ち上がる。身体に違和感を感じ、視線を下に落とす。
そこには、着衣とも呼べないボロ衣を纏った、褐色肌の女体があった。
はい?俺、女??どういうこと?
訳が分からず辺りを見渡す。そこは薄暗い洞窟の少し開けた場所であった。松明などの光源が見当たらないが、それにも関わらず視界がしっかり保たれるほどには明るく、壁や床、天井は薄緑色をして、数十メートル四方ほどの広さがあった。
「こ、ここはどこで…す……か?」
目の前の少年に尋ねようと声を出すと、それは聞き慣れない少女の声音だった。
声まで完璧に女の子じゃねえか……。
その事に戸惑いつつも、返事が無いことに不安を感じ、少年を見る。彼はこちらの身体をまじまじと見つめていた。その視線に従って改めて自身の身体に視線を落とすと、ふと気付く。
局部こそ見えていないものの、着衣の役割をほぼ放棄しているボロ衣に纏われているその肢体は、少女とは思えないほど大人びていて、思春期真っ盛りであろう少年にはかなり刺激が強そうだ。
ああ、色々突拍子もなさすぎて感覚が麻痺してきた……。羞恥心が全然仕事してくれない……。
とりあえず何か隠せるものないか……?
異常な状況の数々に頭の中で何かが焼き切れたのか、不思議と思考は落ち着いていた。裸に近い格好をしている事に慌てる事もなく冷静に周囲を見回す。が、辺りに羽織れそうなものは見当たらない。しばらくの間はギリギリ耐えているボロ衣に頑張ってもらうしかないようだった。
「あの……」
少年の視線に気付いていないふりをしつつ彼の顔を覗き込むようにして声をかけると、少年も話しかけられたことに気付いたのか慌てて視線を逸らした。
「あ、い、いえ、ごめんなさい!なんでしょうか!?」
咄嗟に謝って敬語が飛び出す辺り罪悪感はあるのだろう。まぁ仕方ない事だろうから責めるつもりはない。むしろこっちが申し訳ない……ほぼ全裸だもんな……。痴女だもんな……。
「ここはどこなんでしょうか?」
「こ、ここはダンジョンの2階層。この辺は人通りの多い場所から結構離れてるし、新米の冒険者がソロでうろつくのは少し危ないかも」
「ダンジョン…?冒険者……?」
どういうことなんだろうか。
そもそも俺は友人と自室のPCで酒を飲みながらオンラインゲームで遊んでいたはず。というか3日近くその友人と飲んだくれていたから記憶が曖昧なんだが、それにしても見知らぬ洞窟でしかも女の子になって、なんて全く心当たりが無い。
「何があったか覚えてる?」
心配そうに見つめてくる少年だったが、どうしてこうなったのか、こちらもまったく分からない。
「頭でも打ったのかな?とりあえず帰って治療してもらおうか。ちょうど僕も一旦帰るところだったし、一緒に行こう」
そう言って少年は後ろへ振り返り通路の方へと歩き出した。
とりあえずついていけばいいのかな、と足を踏み出した時、ふいに脚の力が抜け地面にへたりこんでしまった。
「あ、あの……」
自身でもどこから出たのか驚くくらいにか細い声だった。少年が振り返る。
「足に力が入らなくて……」
すると少年は優しく微笑み目の前まで来て背中をこちらに向ける。どうやら背負ってくれるらしい。
「ありがとうございます」
礼を言いながら肩に腕を回すと少年は俺を背負い、立ち上がって再び通路へと歩き出した。
「困ってるときはお互い様だよ」
純粋そうな少年には毒になるだろうなと思いつつ、女の子を助けたご褒美にはちょうどいいのではないかと思いつつ、真っ白な髪を視界に写し、小さいながらも頼もしく感じるその背中に、豊満な胸を押し付けるように身体を預けることにした。
一体ここはどこなんだろうか。ダンジョンがどうの言っていたが、さっぱり分からない。そもそも俺、女の子じゃなかったはずだし、夢にしても痛みはある。分からない事だらけだった。
とりあえず色々話を聞いてみよう。
それが俺の、いや
その日も僕はダンジョン探索に来ていた。
エイナさんに言われたとおり2階層での探索。朝から探索を続けて、そろそろ昼の休憩に一旦戻ろうかという時だった。
ふと1つの通路に視線が向いた。
静かすぎる……。
いくら2階層でモンスターも少ないとはいえ、今まで探索してきた場所ならモンスターの1匹2匹、姿は見えなくとも声や音が響いていたり他の冒険者がいたりして、ここまで静かなことは無かったような気がする。
『冒険者は冒険しちゃいけない』
エイナさんにきつく言われている言葉が頭に浮かぶ。
「でも、ここは2階層だし大丈夫だよね……?」
湧き出てくる好奇心に勝てず、僕はその通路へ入っていった。
「もし危なそうだったらすぐ引き返してくればいいんだし」
しばらく歩いたけど、その細い通路はかなり長く続いてるみたいだった。いくら進んでもモンスターや冒険者の気配はなく、突き当りも見えてこなかった。
「そろそろ戻らないと午後の探索の時間が――あっ!」
もう諦めて帰ろうかと思った時、ようやく奥の方にうっすらと突き当たりの壁が見えた。
相変わらずモンスターの気配は無いけど、万が一に備えて警戒しながら、だけど足早に、奥へと進んでいく。
すると突然、視界が開けた。
「……何も、ない?」
どうやら行き止まりは部屋状の少し広い空間になっているみたいだ。モンスターの姿も見えず、その安心感から警戒を解く。
「ん……」
不意に耳に誰かの声が届く。声のした方を向き眼を凝らすと誰かが倒れているのに気が付いた。
慌てて駆け寄る。そこには、幼いながらも大人びたスタイルをした褐色肌の女の子が、全身傷だらけで衣服もボロボロの状態で仰向けになっていた。
「か、かわい――じゃなくて!」
女の子の意識はなく、呼吸も弱々しい。下心を意識の隅に追いやって声を掛ける。
「大丈夫ですか!?しっかりしてください!!」
僕は彼女の肩を揺すりながら呼びかけた……。
それが僕の『エリナ・バルフィング』との、憧れていたダンジョンでの