酒呑少女の迷宮冒険譚   作:ktwr999

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第一話

 

「はぁ……缶ビールが恋しい……」

 

 

 軽く息を吐いて空を見上げた。

 身に纏う外套の隙間から入り込む夜風が肌をくすぐる。

 

 俺の名前は『エリナ・バルフィング』。12歳、女。Lv.1の冒険者で、冒険者登録してから1年ほど。所属は【ソーマ・ファミリア】で、両親もそこに在籍。どちらも昔は冒険者だったが、現在、積極的な活動はしていない。兄弟姉妹はおらず、家族3人仲睦まじく暮らしている。()()()

 

 ギルドと呼ばれる場所に着いた時、受付の人、エイナ・チュールというハーフエルフの女性、がたまたま『エリナ・バルフィング』の事を知っていたようで、身元確認は意外とすんなり済んだ。

 どうやら知り合いが担当している冒険者の1人が『エリナ・バルフィング』だったらしい。他の人の担当冒険者まで把握しているとは、実に有能である。

 

 少年に背負われて地上に来た時にはまだ明るかった空も、今は既に暗く、バベルと呼ばれる塔が突き刺すように天へ伸びていた。

 ギルドに到着した後、治療されたり説明したりされたりあれよあれよと時間は過ぎ去り、ようやく解放されたのが今さっき。あの少年とはギルドに到着後しばらくして別れた。再びダンジョンに向かったらしい。

 そういえば名前聞きそびれた。今度会ったらお礼しないと……。

 

 治療班によると、俺は『精神的ショックで記憶喪失になってしまった』とのこと。

 友人と酒飲んでゲームしていて気が付いたらダンジョンで倒れていた、なんて話が通じるとは思えないので、それは黙っていた。それにここは俺が暮らしていた場所とは全くの別世界のようで、下手したら頭のイカれた危険人物扱いされるかもしれない。何がどうなってこんな事になったのかは分からないが、あまり大事になると面倒が増えるだけだろうから、なるべく避けたい。

 状況は理解できないが、こうなってしまっては仕方あるまい。『エリナ・バルフィング』がどのような少女だったかは知らないが、こちとらオンラインゲームで()()()()()()()()には慣れている。やれるだけやってみよう。

 ギルドを出る時エイナさんにホームまで送っていこうかと提案されたが、これ以上迷惑を掛ける訳にもいかないと思って断った。1人になって落ち着きたかったし、自身の足で歩いて今までとは違う世界の雰囲気を味わってみるのもいいだろう。

 

 

 差し当たっての問題は……

 

「家族、かぁ……」

 

 思わずため息が漏れる。俺自身の両親はまだ幼い頃にどちらも死んでいる。俺と同じで酒ばかり飲んでいたらしく、若くして病気で亡くなったと、俺を引き取った親戚からは聞いている。一緒に暮らした記憶も朧気で、距離感というか接し方が分からない。

 

「――ん?」

 

 ふと誰かと視線が重なったような感覚を覚えた。

 しかし見上げている空に、人影があるはずもなく、せいぜい満天の星空に鳥が数羽飛んでいるのが目に映るだけだった。気のせいか……。いきなり知らない世界にほっぽり出されたんだし、相当疲れてるんだろうなあ。癒やし(アルコール)が欲しい……。

 

「帰るか……」

 

 憂鬱な気分を抱えたまま、ギルドから借りた少し大きめの外套を引きずるように、歩き出すのだった。

 

 


 

 

「それにしても、この地図の完成度凄いな……」

 

 手元の地図を見て呟く。

 地図自体はシンプルな観光用のものらしく、なにやらよく分からない文字で説明が書かれているようだ。俺は異世界の文字なんてまったく分からない。しかし、エイナさんが描き込んでくれたのか、文字が読めない俺でも分かるように、ホームまでの道順に沿って目印となるような絵や看板の文字列などが細かく描かれている。さらに、万が一迷った時すぐに周りの人に道を尋ねられるように、なるべく人通りが多く治安のいいルートを選んでくれたのだという。

 一緒に行った方が手間が掛からなかったんじゃないかと少し後悔すると同時に、この地図を作ったエイナさんの有能ぶりを再確認した。

 

 

「……あれ?」

 

 そんなことを考えながら歩いていたせいか、ふと自分の現在地を見失ってしまった。立ち止まって辺りを見回すが、地図に描かれているような目印も見当たらない。

 

 これはやらかしたか……?仕方ない。誰かに聞いてみるか……。

 

 周囲に目印を探しつつ、気の良さそうな人はいないかキョロキョロしていると、不意に声を掛けられる。

 

「おう、エリナじゃないか。どうした?今夜の酒盛り場でも探してんのか?」

 

 声がする方へ振り返ると、恰幅の良い獣人の男と目が合った。頭の上にあるその体格にそぐわない犬耳が実にチャーミングである。

 

 知り合い?というか酒盛り場って……、『エリナ』には飲み歩き趣味でもあったのか?まあ丁度いい、この人に道聞くか。

 

「……ん? えらくしおらしいじゃないか? 悪い酒にでも当たったか?」

 

「いえ、あの……。ちょっと道をお尋ねしたいのですが……」

 

 するとその獣人は顔を顰めた。

 

「……構わねえけど、どうかしたのか? 似合わねえぞ、そんな喋り方……」

 

「ちょっと転んで頭を打ってしまったみたいで、記憶が……」

 

 こっちは相手の事を知らないのに相手はこっちの事を知っているという状況が非常に気まずい。

 

「まあいいか。ちょうどいい、軽く一杯引っ掛けて帰ろうと思ってたんだ。付き合えよ。そしたら帰り道でもなんでも教えてやるよ」

 

 えっ?酒飲めるの?……あっ

「でも私、お金もなんにも持ってないんですが……」

 

「それは気にすんな。こっちが誘った酒だ。こっちが持つに決まってんだろ。ってかその喋り方どうにかならねえのか? 普段と違いすぎて気味が悪いんだが」

 

「あ、す……ごめん」

 

 どうやら『エリナ』は普段丁寧口調ではないらしい。良い機会だし、『エリナ』が普段どんなだったのか聞いとくか。

 

 男は近くの店を指差すとそちらに向かって歩き出したので、俺もそれについていく。

 店の中は多くの人で賑わっていたが、ちょうど近くのテーブルが空き、そこへ座る。男が店員とやりとりしているのを横目に俺は辺りを見回す。様々な亜人達が入り乱れ、互いに酒を酌み交わし、陽気な声を上げ、混沌とした状況だった。その様子にふと思う。

 

 種族の違いとか、全然気にしてないんだな……。良い世界じゃないか……。

 

「で、一体何があったんだよ?」

 

 その声に思考を中断させ、男の方に向き直る。既にテーブルには酒の入ったジョッキが用意されていて、その獣人の男はそれを手に持ち口へと運んでいた。

 

「そんな気持ち悪いくらい雰囲気変わってんだから余程派手にすっ転んだんだろうな」

 

 男はニヤニヤしながら話を促してくる。

 

「実は全然覚えて無くて……。気付いたらダンジョンで倒れてたんだけど、ここがどこなのか自分自身が誰なのかも分からなくてね……」

 

 言いながらジョッキに口をつける。

 

 ああ、これだよこれ……。やっぱり酒はい――

 

「ダッハッハ!」

「――ブフッ!」

 

 突然男が大声で笑い出したので思わず吹き出してしまった。せっかく酒がぁっ……。恨みを込めた視線を男に投げつける。

 

「いやあ、ワリィワリィ。お前がそんなにメソメソしてる姿をお目に掛かれるなんてな、ダッハッハ!にしてもダンジョンでぶっ倒れてよく生きてたな!相当運が良かったんだな、お前」

 

「確かに……」

 なんで無事だったんだろうか。装備も何も持ってなかったのに。

 

「ああ、そうだ。なんにも覚えてないなら改めて自己紹介しないとな。俺はロッグス、しがない酒呑みで、お前とはただの飲み友達ってとこだ。どうだ? 思い出したか?」

 

 言いいながら彼、ロッグスは、立てた親指を自身に向け、ニヤリと笑う。

 

 あ、この人はきっと、雑に扱っていいタイプの人だ……。

「ロッグス……。全然覚えてないや。まあ、酒呑みを自称するようなダメ男みたいだし、無理に思い出す必要もなさそう」

 

 軽くジャブを入れてみる。

 

「おお? 少し調子が戻ったか?」

 

「そう?」

 

 どうやら間違いではなかった様子。

 

「まだ固いけどな」

 

 正解でもなかった様子。だけど少し()()()気がする。ついでに確認しておこうか。

 

「私って、誰とでもそんな感じだったの?」

 

「まあ、俺が見ていた限りだと、な。俺がお前と会うのは大抵飲み屋だったから、普段は分からん」

 

「ふーん、飲み屋かあ……」

 

「毎日どっかしらの店で飲んでるって聞いてるぞ」

 

「そっか」

 『エリナ』も結構な酒呑みらしい。十分とは言えないが、ある程度の事は分かった。これで()()()()()()

 

 俺は残ったジョッキの中身を飲み干して立ち上がる。

 

「さて、付き合いの一杯も終わったことだし、今度は私に付き合って貰おうかな、しがない酒呑みさん」

 

 そう言って微笑むと、ロッグスもジョッキを飲み干し立ち上がる。

 

「ちと飲み足りないが、まあいいか。それじゃあ、エスコートしてやるよ、幼い飲んだくれ」

 

 


 

 

「「エリナっ!!」」

 

 

 ロッグスに付き添われホームまで辿り着き入り口で別れた。中へ入ると、近くにいた男女2人が声を上げ近寄ってきた。片方は小柄だが精悍な男性、もう一方は妖艶な褐色の女性。ドワーフとアマゾネスだろうか。

 

「遅かったじゃないか。ちょうど今ギルドの人から色々話を聞いてた所だ」

「心配したのよ?大丈夫?何があったの?」

 

 どうやらこの2人が両親みたいだ。

 

「……ごめんなさい。ただいま」

 

 そう答えると、2人は驚いたように互いに顔を見合わせた。

 

「では、無事到着したようなので私は戻りますね」

 

 そばに居たギルド職員らしき人はそう声を掛けるとホームから出ていった。

 

「とりあえず部屋に戻ろうじゃないか」

「そうね…。話はそれからね」

 

 奥に向かう2人に、とりあえず付いていく。夜中だからだろうか屋敷全体は薄暗く、通路も所々に灯った照明が僅かに周囲を照らす程度で、どこか冷たい印象を感じる。

 しばらくすると2人はとある部屋に入っていく。ここが我が家だろうか。俺もそれに続いて中へ足を踏み入れる。

 

「――っ!?」

 

 中へ入った瞬間嗅覚を襲う強烈な臭い。思わず鼻を摘み顔を顰める。

 それはアルコールの匂いだった。ものすごく酒臭い。部屋自体はそこそこの広さがあり最低限暮らせる程度に家具も幾つか配置されていたが、酒瓶が大量にしまってある棚が幾つもあるせいで3人暮らすには少し手狭に感じられる。

 

「とりあえず、まぁ飲め」

 

 父親の声に視線を向けると、いつの間にか部屋の真ん中の机を囲っている両親2人。その机の上には3つのジョッキに発泡酒のようなものが注がれていた。

 

 

 あ、この人たち俺と同類(アルコール・ジャンキー)だ……。

 

 


 

 

「ガッハッハッハ!」

「アッハッハッハ!」

 

 事の経緯を話したら思いっきり笑われた……。さっきも似たような光景を見たぞ……。

 入り口での雰囲気からしてもっと心配されるのかと思ったらこれである。

 

「そんなに笑わないでよ……」

 

 せっかくの酒なのに酔うに酔えないじゃないか……。

 

「ガッハッハ! だってなあ! 2階層で身ぐるみ剥がされて死にかけるってのがなあ!」

「しかも記憶も無くなったなんて、1年近くも冒険者やってるのに、それは……アッハッハ!」

 

 父の名は、ガイアス・バルフィング。母の名は、メルクリア・バルフィング。2人ともダンジョン経験は豊富のようで、駆け出しの新米冒険者でもなかなか死ぬことのないような場所で倒れていた俺の事がツボだったらしい。俺自身なんで倒れてたのかなんて分からないんだからそんなに大爆笑しないでくれよ……。

 

「アッハッハ! ……はあ……でもまあ、エリナが無事でよかったよ」

 

 ひとしきり笑うと、メルクリアはそう言って温かい眼差しでこちらを見てきた。

 

「……ごめんなさい。ご心配おかけしました」

 

 素直に謝っておく。見に覚えがない親とはいえ心配させたのだから。

 

「おいおい、そんなに畏まらなくていいじゃないか。俺達は家族なんだから」

 

 父親の一言が胸に刺さる。俺にとっては赤の他人。どうにも居心地が悪かった。

 

「それに、親を心配させるのも子供の仕事みたいなものよ」

 

 母親の視線が痛い。今まで触れたこともないその温かさに、胸の奥がチクチクする。

 

「そっか……。うん、心配させてごめん。全然何も覚えて無くて、ちょっと不安だったから……」

 

 心を覆うその影を、言葉と共に飲み込んで、取り繕うように2人に笑顔を向ける。

 

「そうだな、今日のところはもう寝な。色々あって気疲れしてるんだろうよ。寝たらそんな不安も吹き飛ぶさ」

「それでも不安なら一緒にお酒飲みながら話を聞いてあげるわよ。飲んで吐き出せば楽になるわ」

 

 そう言うと2人は酒盛りを中断し、寝室とシャワールームを案内してくれた。

 

「ありがとう」

 

「なによ。家族なんだからこれくらいの事気にしないで」

 

 メルクリアはそう言って着替えを用意する。

 

 …………あれ?シャワーとか着替えとか、俺、やばくね……?女の人の身体なんて生で見たことないし、え?マジで?これ大丈夫?

 

 不安な気持ちを抑えつつ、俺は羽織っている外套と申し訳程度に身を包むボロ衣を脱ぎ捨て、シャワールームへと入る。

 

 結論から言えば、俺の心配は杞憂だった。

 女性の身体とはいえ、自身の身体に欲情するほどナルシストでは無かった事に安心した。特に何かあるわけでもなく、いたって普通に身体を流していく。胸に手を当てて軽く揉んでみたが、別に変な気分になるという事もなく、小さく細い指の隙間から溢れるものを感じ、その戦闘力の高さに驚かされただけだった。

 ふと鏡を見るとそこには、胸辺りまで伸びた黒髪に褐色肌の小柄な少女が一糸まとわぬ姿で佇んでいる。瞳は紅く、昼間に出会った少年より少し暗い色をしていた。試しに胸を両手で寄せてみたり腕を上に大きく伸ばして背を反らしたり、そのスタイルを強調するような姿勢を取ってみたが、

 

 うん、これはヤバい……。

 こんな格好をあの少年の前に晒してたのか……。

 

 今更湧き上がる羞恥心に悶々としながら、視線を移し用意された衣服を身に付けていく。着慣れない服装に違和感を感じながらも着替えを終わらせると、俺は寝室へ向かった。

 寝室は非常に簡素で、ベッドと服が収まっているであろうタンスが置いてあるだけだった。そのままベッドに横たわると、慣れない世界に対する精神的負荷と疲労感からか、すぐに睡魔が襲いかかってきた。

 

 これからの生活に不安を抱きながら、押し寄せる眠気に意識を委ねるのだった。

 

 

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