「神様ー! ただいま戻りましたー!」
元気な声と共にベル君が帰ってきた。今日も無事戻ってきてくれたようだ。
「おかえりー。今日は少し遅かったじゃないか。どうしたんだい?」
返事をしながら駆け寄り、ベル君の身体を見回す。特に怪我はない様子に一安心。
「ちょっといつもより張り切り過ぎちゃいまして」
少し嬉しそうにはにかむベル君。
「何かあったのかい?」
「お昼ごろにダンジョンで気絶してた女の子を助けたんです。それで、もっと頑張らなきゃって気合が入りまして……」
「女の子?」
ベル君はダンジョンに夢を抱いている節がある。ピンチの女の子の前に颯爽と駆けつける、なんて話は特に好きそうだもんなあ。
「ふーん。どこの
ダンジョンにいたってことはどこかの眷属なんだろう。あの
「それが、記憶喪失で、自分の名前も何があったのかも分からないみたいで」
「記憶喪失?」
「あ、でもエイナさんがその子のこと知ってたみたいで……確かエリナちゃん? とか言ってたかな? 気になるなら明日聞いてきましょうか?」
「いや、無事だったならそれで構わないさ」
変に首を突っ込んで他の【ファミリア】と揉め事なんて、今の状況じゃあ無理無理。
「さあ、今日もさくっと【ステイタス】を更新してとっととご飯を食べようぜ」
今のボクにはベル君がいてくれるだけで十分さ。
朝、窓から差し込む陽光に目を覚ます。女の子の匂いが微かに鼻孔をくすぐる。起き上がると自身の身体が視界に映る。
……ああ、やっぱり夢じゃなかったんだな。
胸に手を当てると柔らかい感触がするし、股間を弄ってもアレが手に触れる感触はない。どこか空虚な感傷に浸りながら、ベッドから立ち上がり部屋を出る。両親は既に起きていて、朝食を食べているところだった。
「おう、起きたか」
「おはよう。よく眠れた?」
こちらに気付くと微笑み、母親が俺の分の朝食を用意する。
「おはよう。まだちょっと落ち着かないけど、大丈夫」
そう答えて用意された朝食を食べ始める。パンに野菜とハムのようなものが挟まったサンドイッチだった。普通にうまい。
「食い終わったらソーマ様のところに挨拶に行くからな」
「昨日の事もあったし、【ステイタス】の更新もしてもらいましょ」
父親は食べ終わると、グラスを取り出し酒を注いで飲み始める。当たり前のように飲んでいるが、まだ朝である。さすがジャンキー、俺でも朝食直後からは飲んでなかったぞ。休日なら昼前辺りには空き缶を2~3本積んでたけど。
ソーマ様。どうやら【ソーマ・ファミリア】の主神に会いに行くようだ。
神様。眷属たちに『恩恵』を与える存在。それにより眷属たちは【ステイタス】に則した力を与えられ、強力なモンスターにも太刀打ち出来るようになる。
ギルドで説明はされたが、実際に会うのは初めてだ。この世界では当たり前のように街中を歩いてるらしいが、神なんて崇高な存在に会えるなんて、考えただけで緊張する。どのような人物、もとい神物なのだろうか。神様は各々が好き勝手に暮らしているらしいからあまり期待するのもよくなさそうだが、自然と胸が高鳴る。
「さて、行くか」
俺が朝食を食べ終わると、父親が声を上げる。昨日会ったばかりでまだ馴染めてない家族と一緒にお出かけって考えると、なんだかムズムズしてくる。やはり居心地が悪いなあ……。
部屋を出て通路を歩いていく。昼間なので昨日よりも明るかったが、それでもどこか冷たい印象は変わらない。そういう雰囲気の【ファミリア】なのだろうか。それとも【ファミリア】はどこもこんな感じなのだろうか。
それも気になるが、今一番頭を悩ませているのは、
めちゃくちゃ揺れる。昨日は色々あってそこまで気が回らなかったのだろう。一晩経って少し落ち着いたからか、凄い気になる。密着性の高い服を着ているからこれでも抑えられている方なのだろうが、歩くたびに上下にゆっさゆっさと凄いことになっている。これは晒とかでキツめに押さえないと激しい動きは大変そうだ。周囲の目、的な意味でも。
慣れない身体に戸惑いながら、しばらく両親2人の後ろについて歩いていると、前方から背の高い眼鏡の男が後ろに女の人を引き連れて歩いてきた。根暗そうな男性と気の弱そうな女性、なんとなく上下関係を察せてしまう。近くまで来ると立ち止まりこちらに話しかけてくる。
「おや、一家揃ってお出かけとは珍しい。どうかしたのか、バルフィング?」
「これはザニス様。実は昨日、娘がダンジョンで倒れたらしく、無事戻ってきたはいいんですが、どうにも記憶喪失になってしまったようでして」
父親が畏まって返す。
ザニス。ギルドの資料で見た名前だ。確か【ソーマ・ファミリア】の団長だったかな? 【ファミリア】を取り仕切っているNo.1とか書いてあった気がする。
「ザニス様、お時間が……」
後ろに控えていた女性が声を掛ける。
「ああ、分かっている。それでは、何かあったら報告してくれ」
そう言うと彼はすれ違い歩いていった。その姿が見えなくなると父親が口を開く。
「エリナ、アイツには気をつけろ。一応この【ファミリア】の団長だが、アイツは薄汚いクズみたいな人間だ」
吐き捨てるように言うと、返事も待たずに再び歩き出す。
同じ【ファミリア】なのに随分と殺伐としてるなあ……。そんな事を思いながら小さく頷き、後に続く。
両親は大きな扉の前で立ち止まった。ここが主神ソーマ様の部屋だろうか。父親は扉をノックする。
「ソーマ様、ガイアス・バルフィングです。失礼します」
礼儀正しく声を掛け中に入る。結構広い部屋だった。周囲の棚には酒瓶が大量に置かれ、正面に机、その机のそばに、神様が、立っていた。
ひと目見ただけでその人が神だと分かった。ギルドで聞いてはいたが、実際に見て納得した。神威。神が常に発しているオーラのような威圧感のような。ピリピリするような感覚ではなく、なんというか溢れ出る神々しさというか。まあ、神様が神々しいのは当たり前なんだろうけど。
その神はこちらを一瞥すると、すぐに興味を失ったのか視線を近くの酒瓶へ移す。
「ソーマ様、私の娘が昨日ダンジョンにて記憶喪失になってしまったようで、確認と、【ステイタス】の更新をお願いできないでしょうか」
父親が話し掛けると、ソーマ様はこちらを向く。目が合った。端正な顔立ちだが、どこか影のある雰囲気を纏っていた。
「名は?」
虚ろなその眼差しに身体が少し強張る。
「エリナ・バルフィングです」
俺がそう名乗ると、ソーマ様は近くにあった盃と酒瓶を手に取り、その盃に酒を注ぐとこちらに差し出してくる。
どうすればいいのか戸惑い、父親を見ると促すように無言で頷く。俺は盃を受け取る。注がれた酒は澄んでいて、覗き込むとその水面に俺の紅い瞳が映る。ちらとソーマ様を見たが、その表情に感情は無かった。
意を決してその盃を一気に呷る。
「美味っ――」
その酒の美味さに思わず声が出た瞬間、視界がぐるぐる回り、同時に心の奥から溢れ出る快楽の渦に呑まれるように、
俺は意識を失った。
昨夜、ギルドの職員が訪ねてきた時は何事かと思った。
帰りが遅いのはいつもの事で、またどこかで飲み歩いてるのだろうと思っていた。
しかし、違った。どうやらエリナはダンジョンで気絶し通りすがりの冒険者に助けられたらしい。その際、記憶喪失になり、一時的にギルドで保護していたのだそうだ。
ギルド職員から話を聞いているとエリナが帰ってきた。特に目立った外傷は無かったが、装備一式まるまる失くしていて、衣服も外套一枚だった。驚いたのはその雰囲気で、今までとは全然違ってまるで別人のようだった。記憶失くすくらいまでウチの娘をボロボロにしやがった糞モンスターを、どうブチ殺してやろうかと、その時は考えた。
しかしその後、エリナから話を聞くと、なにやら雲行きが怪しい。先にエリナを寝かせると私はガイアスと話し合った。
たかが2階層なんかで装備も全て失くして気絶するなんて、明らかにおかしい。
これは誰かに
本来、冒険者が冒険者を襲うというのは取り締まりされている。が、ダンジョン内は人目が少なく、他人の装備や持ち物を奪うような盗賊紛いな事をする輩も少なくはない。
ガイアスも頷き、とりあえず明日ソーマ様に話してみようということになった。あの方が当てになるかは分からないが、何もしないよりはマシだろう。モンスターにしろ盗賊にしろ、覚悟しとけよ糞野郎。
そして今、ソーマ様の部屋までやってきた。
ここに来る途中でザニスとすれ違った。
まさかコイツか? なんて思ったけど、コイツが関わっているならエリナが生きて帰ってきたのはおかしい。ザニスは狡猾な奴だ。目を付けた獲物を生かして帰すような事はしないだろう。それに、コイツに目をつけられるような事はしてないはずだ。襲撃される理由もない。
「ソーマ様、ガイアス・バルフィングです。失礼します」
ガイアスは扉をノックすると、声を掛けて中へ入っていく。
「ソーマ様、私の娘が昨日ダンジョンにて記憶喪失になってしまったようで、確認と、【ステイタス】の更新をお願いできないでしょうか」
確認、ね……。娘を疑いたくはないけど、記憶喪失を装ってエリナに成り代わっている可能性も考えられるわけね……。
「名は?」
「エリナ・バルフィングです」
神に嘘は通用しない。ソーマ様も何も言わない辺り、ただの記憶喪失みたいね。
ソーマ様が神酒をエリナに渡す。その表情を見ても、何を考えているのか分からない。ガイアスも止めないし、飲ませていいのかしら……。神酒に溺れて他の団員みたいな狂信者にならなきゃいいんだけど……。
「美味っ――」
エリナはそう叫ぶとそのまま後ろに倒れてくる。咄嗟に後ろに腕を回して抱きかかえる。
「まあ、こうなるわよね……」
ソーマ様を見ると、机の引き出しからナイフを取り出していた。
それを見て、エリナをうつ伏せに横たえ、その綺麗な背中を晒す。ソーマ様はエリナに近寄ると、短刀で指先を切り、滲み出るその血をエリナの背中に馴染ませる。波紋のように染み込んでいくと、三日月に杯の模様、【ソーマ・ファミリア】のエンブレムと【
【ステイタス】の更新。
【ステイタス】の更新を終えると、ソーマ様は紙を取り出し、背中の【
私はエリナの【ステイタス】が書かれたその紙を受け取り、その内容を確認する。
……はぁ。
思わずため息が出る。およそのことは見当がついた。
「ソーマ様、この事は他言無用でお願いします。私としても、これ以上ソーマ様にご迷惑をお掛けしたくありませんので」
これは他人に知られると面倒になる。ソーマ様もその事を理解しているのか頷いた。
「なにがあった、リア?」
ガイアスが後ろから覗き込んでくる。肩越しにガイアスが生唾を飲み込む音が聞こえた。
「どっかの誰かさんが人様の愛娘に手を出したのよ」
私は【ステイタス】の書かれた紙の下半分程を裂いてソーマ様に差し出すと、ソーマ様は机の上に置かれた蝋燭でそれを燃やす。
「エリナにはまだ伏せておきましょう。記憶喪失の件もあるし、落ち着いたら話しましょう」
「そうだな」
「私、用事ができちゃったから、エリナの事お願いしていい?」
そう言って残った紙切れをガイアスに渡す。
「……あまり無茶はするなよ」
返事の代わりにニッコリスマイルを返して、私は部屋から出る。
さて、エリナに手を出したのはどこのどいつだ?
部屋から出ていったメルクリアを見送り、目線を紙切れに落とす。
エリナ・バルフィング
Lv.1
力:F341→E415
耐久:F320→F360
器用:I96→H127
敏捷:F302→E436
魔力:I0
《魔法》
………………………
途中で破られたそれを懐へしまう。はっきり言って、この成長幅は
改めて、横たわっている娘をじっと見つめる。神酒の魅了効果でいい夢でも見ているのか、僅かに口元を緩め、すやすやと眠っている。先程覗いた時に見た《スキル》欄を思い出し、思わずため息が漏れそうになる。
「ありがとうございます。手間をお掛けしました。では、失礼します」
ソーマ様に頭を下げ、眠っているエリナを背に担ぎ、部屋をあとにする。
「リアが暴れすぎない事を祈ろう……。それにしても……」
エリナを襲った人物の事を思い、
「知らなかったとはいえ、
その運の悪さに心の中で合掌した。
あとがき
拙文ですみません。
頭に浮かんだシーンを文章に書き起こす難しさに苦悩。
終わりの見えない見切り発車ですが、キリのいいところまでは書く予定。
※以下パッと思いついた部分の補足
パパは酒強いLv.2なので神酒に多少耐性あり。そのおかげでソーマ様に無碍にされない。ザニスさんの事は気に入らないけど、自分たちに危害を加えてこないから放置。ザニスさん的にも、頼めばちゃんと仕事してくれるから特になんとも思ってない。
娘を傷つけられてパパも怒ってるけど、ママのお怒りが凄すぎて、逆に冷静になってる。『ニッコリスマイル』の後ろに鬼のオーラが見えた。
パパはママの事を『リア』と呼んでる。
家族の中での立場はママの方が強い。けど外にはパパが強い感出してる。
エリナの《スキル》はそのうち分かる、はず。
エリナの基本アビリティ数値は、1年冒険者やってたらこんなもんかなぁと1時間位かけて考えた適当な感じ。そのうち後悔しそう。