酒呑少女の迷宮冒険譚   作:ktwr999

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第五話

 

 意識が覚醒する。

 

 閉じた瞼に降り注ぐ陽光。

 耳に染み込む鳥の囀り。

 

 目を開く。

 無機質な天井が映る。

 

 無意識に胸元に手が伸びる。

 伝わる感触が俺は女の子である事を告げてくる。何日経っても違和感は消えない。

 

 その違和感に、改めて考える。

 

 

 どうしてこうなったのだろうか……?

 

 俺は一体どうすればいいのだろうか……?

 

 元の世界に戻れるだろうのか……?

 

 俺は元の世界に戻りたいのだろうか……?

 

 このままでいいのだろうか……?

 

 …………

 

 

 止め処なく溢れ出す疑問は、圧倒的な重圧感を以て、俺の胸を押し潰す。

 呼吸が苦しくなる。

 

 その苦痛に耐え切れず、俺は思考を止めた。

 深呼吸をして息を整える。

 

 

 …………分からない。

 考えても答えは出ない。

 

 

 そう結論付けて、無理やり納得する。

 

 しばらくそうしていると徐々に落ち着いてきた。

 

 俺はベッドから出て立ち上がり、気持ちを切り替えようと両手で頬を叩く。

 

 

 とりあえず今は、この異世界生活を満喫しよう。

 

 

 そう考えると少しは気が楽になったような気がする。

 俺はヒリヒリと痛む頬に口元を緩ませ、意気揚々と部屋を出た。

 

 


 

 

 魔石。

 モンスターの生命力とも言える核。紫紺の結晶であるそれには魔力が込められており、魔石を破壊することでモンスターは即死する。モンスターを討伐した際に魔石を破壊しなかった場合、モンスターの死骸から魔石を回収することができ、冒険者はそれをギルドで換金することでお金を得て生計を立てている。

 ギルドによって回収された魔石は様々な道具に加工され、街の街灯や発火装置など、あらゆる場所で使用されている。

 

 俺が今乗っている昇降機もその1つだった。

 

 

 場所はバベルの塔。

 

「装備を買いに行くならバベルの上の方に行ってみな」

 

 ホームを出る時に母親にそう言われバベルまでやってきた。言われた通り上を目指したが、階段は3階で途切れ、辺りには換金所などの公共設備しか見当たらない。

 どうしようかと戸惑い、なんとなく人の流れに沿って歩いていた所、この昇降機を発見したのだった。

 そのまま昇降機に乗り込んだ。誰かが操作すると、昇降機は上へ昇っていく。独特の浮遊感がどこか懐かしい。

 

「何階だい?」

 

 気の良さそうなおじさんに話しかけられた。

 

「ここに来るのは初めてで……。装備を買いに来たんですけど、武器屋は何階にありますか?」

 

「見たところ駆け出しの冒険者かい? それなら7階か8階辺りのがいいんじゃないか?」

 

 そう言って昇降機を操作する。

 

「4階から8階にかけては【ヘファイストス・ファミリア】の店があるんだが、4階辺りの武器屋は1級品ばかりで、駆け出しの冒険者にはとてもじゃないが手が出せる代物じゃない。もう少し上の方に行けば無名の鍛冶師の安い装備品が売ってるんだ」

 

「へぇ、そうなんですか。街の方にも武器屋とかありますけど、こっちの方が専門的なんですかね?」

 

「そりゃ比べ物にならないさ。まぁ【ヘファイストス・ファミリア】の物しか置いちゃいないが、なんせフロア丸々が店みたいなもんだからな」

 

 しばらく話していると昇降機が止まる。

 

「さあ、着いたぞ」

 

 おじさんに告げられ、お辞儀をして昇降機から降りる。

 

 なるほど。おじさんの言う通り、本当に丸々店みたいな感じだ。武器や防具などがそこかしこに並べられている。

 

 辺りを見回していると、ふと見覚えのある男の姿が見えた。相手もこちらに気付いたのか近づいてくる。

 

「よう、随分朝早ぇじゃねぇか」

 

 大きい体格に似合わない犬耳を生やしたその男が話しかけてくる。

 

「ロッグス? こんなとこで何やってんの?」

 

 ただのしがない酒呑みがこんな所にいるとは思わなかった。冒険者だったのか?

 

「は? 酒飲み過ぎてボケちまったのか? 兄貴がこんな所にいる訳ねぇだろ」

 

 ん? ロッグスじゃない? 兄貴ってことは弟?

 凄い似てるんだけど……。そういえば口調が少し荒いような……。

 

「ああ、ごめん。こないだダンジョンで記憶喪失になっちゃって」

 

「なんだそりゃ。まぁ確かにいつもより、なんつうか、無邪気さがねぇ気がするな」

 

「無邪気って……。女の子に対して失礼じゃない?」

 

「はっ! オメーは女の子って柄じゃねぇんだよ。んで? ここに来たって事は装備買いに来たんだろ? てか記憶喪失って事はなんも覚えてねぇのか?」

 

 立ち話もなんだ、座れる所に行こう、とその獣人が歩き出したので、その後ろをついていく。

 

 

「俺の名前はレイナード。ヘファイストス・ファミリアの鍛冶師だ」

 

 昇降機から少し離れた所にあったテーブルに向かい合って腰掛け、その男、レイナードは口を開く。

 

「お前は俺の兄貴の紹介で来た()()()だ。()()の事も覚えちゃいないんだろ?」

 

「契約? 随分物々しいけど?」

 

「なに、ただの条件さ。『俺はお前に装備を格安で売る。お前は俺に不要なモンスターのドロップアイテムを渡す。』ただそれだけさ」

 

「不要な……? かなりこっちにいい条件だけど?」

 

「お前に売る装備は試作品みてぇなもんだからな。それが金になるだけで十分だ。ドロップアイテムはおまけみてぇなもんだ」

 

「そっか……」

 

 今まで使ってた武器が多種多様だったのはレイナードの試作品だったからなのか。

 

「それで? 今日は何を買いに来たんだ? 武器ならお前用に用意してある物があるぞ」

 

「……手斧(ハンドアックス)とか、ある?」

 

 両親に勧められたものを聞いてみた。

 

「……一応あるけどよ。小型で走り回るような武器は、お前のその(なり)じゃ色々キツいんじゃなかったか?」

 

「そう、なんだよね……」

 

 そう。それは昨日ダンジョンで短刀を使っていた時にも思った事だった。

 両親は【ステイタス】的に、と言っていたが、身体的にキツい所があった。それはもう、ブルンブルンと。

 レイナードもそれを把握しているようなので、とりあえず彼が用意した武器を見てみるか。

 

「それにお前、脇差持ってたろ。母親から貰ったとか。今日は珍しく持ってないみたいだが、小型の武器はそれで十分なんじゃなかったか?」

 

 それは初耳だ。気付いた時には何も身に付けてなかったし、家にもそんな武器は見当たらなかった。

 

「記憶喪失になった時に無くしちゃったみたい」

 

「そうか。ならそれも買ってくか?」

 

「……いや、それはいいや。一応ナイフがあるし」

 

 

 そういう訳で、レイナードの武器が置いてある場所まで移動する。

 普通に売り場に置いてあるらしく、彼曰く、

「どうせ試作品だ。売れるんならそれはそれでいいだろ」

 との事。

 エリナ用と言いつつもその雑な扱いに、()()の軽さを知る。まぁただの在庫処分みたいなものか……。

 

 薄暗い店へと入りレイナードはその店の店員に話しかけると、さらにその奥の方へと入っていく。俺は店員に軽く会釈をして後を追う。

 レイナードが立ち止まる。

 

「ほらよ、コイツだ」

 

 そう言ってレイナードは1つの槍を手に取る。

 

 いや、槍ではなかった。金属製の槍の穂先に斧のような物が付いたそれは、

 

斧槍(ハルバード)。お前にゃ少し大きいかもしれんが、リーチも威力も十分だろ」

 

 思わず息を呑む。ここへ来る途中には様々な武器が置いてあったが、この武器はそのどれよりも抜群に、

 

 カッコイイ……。

 

 見蕩れた。レイナードの説明も頭に入ってこなかった。はるか昔に忘れさった厨二心が蘇る。オンラインゲームでも実装されてはいたが、やはり実物は違う。

 身長をゆうに越える長さ。大きめで半月状の斧部。反対側にはナイフのように突き出た鉤部。そして薄く鋭く尖っている槍部。

 

「これ、本当に私が使ってもいいの?」

 

 声が震える。

 

「ん? ああ、当たり前だ。てかお前、説明聞いてなかったろ」

 

 呆れ顔のレイナード。どうやらまだ説明中だったらしい。

 

 その後レイナードの説明を一から聞き直し、武器とホルスターを受け取る。代金を支払うと財布の中身はすっかり寂しくなってしまった。

 

「それと、お前に頼まれてたもんが確かここに……、あったあった。ほらよ」

 

 レイナードはそう言うと近くにある細々とした装備品が詰まったカゴから何かを取り出す。

 

「ボトル……?」

 

 金属製のボトルのようなそれは、水筒か何かだろうか……。

 

「酒瓶だ。ダンジョンでいつでも飲めるように腰に引っさげたいんだとよ」

 

「おお! それはいい!」

 

 思わず顔がにやける。流石あの親達の娘だ、発想が素晴らしい。

 

「記憶喪失になってもそこは変わらねぇのな」

 

 太っ腹なレイナードは酒瓶の代金はおまけしてくれた。

 その後、俺の異様なテンションに若干引いてるレイナードと別れ、バベルを出た。

 背中に斧槍を背負わなければならず、そのせいで背嚢は邪魔になりそうだ。1度家に帰って装備を整えよう。

 

 俺は足取り軽く家路に就いた。

 

 


 

 

 鏡を見る。

 

 長めの黒髪に紅い瞳、褐色肌の幼い顔つき。大きく突き出た胸は伸縮性のある布地の服でキツめに押さえられ、下はかなり短いショートパンツに薄手のソックスを膝下まで履いている。

 肩や腹、太腿など、はっきり言って露出が多いが、アマゾネスとしては一般的な装衣らしい。

 

 さらに、背中のホルスターにハルバード、腰にはナイフとウエストポーチに酒瓶をぶら下げ、レッグホルスターにポーションをいくつか差し込んである。

 

 準備完了。

 意気揚々とバベルと出て待ち合わせ場所の広場へ向かう。

 

 あの後、一度ホームへ戻った俺は不要な装備を部屋に置いて、街で昼食を取りがてら酒瓶に酒を補充し、再びバベルを訪れていた。

 バベルには着替えるスペースが用意されていて、俺はそこで装備の最終確認をしていた。

 

 

 外は多くの人で賑わっていた。

 陽は高く上り、そろそろ待ち合わせの時間だ。

 

「カア」

 

 頭上からクロの鳴き声が聞こえた。どうやら背中のハルバードの先に止まっているようだ。

 

「ごめんね。パン用意してないんだ」

「カア」

 

 上を見上げてそう告げるとクロはどこか残念そうに鳴く。

 

 ふと視界の端にベル君の白髪が見えた。そちらへ歩き出すと、不意にクロがどこかへ飛んでいってしまった。

 それを見送ってから、ベル君に声を掛ける。

 

「クラネルさん! お待たせしちゃってごめんなさい」

 

 ベル君がこちらに振り返る。

 

「大丈夫、僕も今来た所だから。あと、そんなに畏まらなくていいよ。エリナちゃんの方が冒険者歴は長いんだし」

 

「そう? なら私のことも呼び捨てでいいよ、ベル」

 

「うん、よろしくね、エリナ」

 

 ベル君が笑顔で答えてきたので、俺も笑顔を向ける。

 

「ところで、随分大きな武器だね、それ」

 

 俺の背中に差さっているハルバードを見て言うベル君。目立つもんな、これ……。

 

「知り合いに安く売ってもらったの。私もまだ使ったことないから試しがてら探索しようかなって」

 

 そう言って俺は後ろに手を回してハルバードを取る。思ったよりも軽くて、小柄な俺でも簡単に持てた。まぁ、それでも結構重いんだけどね……。

 

「あ、そうそう。これ……」

 

 ウエストポーチから買っておいた物を取り出す。

 

「これは……?」

 

「携帯できる小型の砥石(シャープナー)。この前助けてくれたお礼。ナイフみたいな手数の多い武器には必要かなって思って。命を助けてくれたお礼としてはこんなんじゃまだまだ足りないけど……、とりあえずの気持ちって事で、はい」

 

 そう言って砥石を渡す。正直、命の危機だったという自覚がないので実感は薄いのだが、それでも彼が命の恩人である事に変わりはない。こんな大恩どうやって返せばいいんだろうな……。

 

「ありがとう。でもそんなに気にしなくていいよ。この前も言ったけど『困った時はお互い様』だからね」

 

「そう……かな……? じゃあ、今度ベルが困った時があったら言ってよ。私が助けてあげるから」

 

 こんな小さい女の子じゃ頼りないかもしれないけどね。そう言って笑う。

 本人も言ってる通りそんなに気にすることは無いのかもしれない。まあ、俺ができる範囲で彼の手助けをしていけばいいのかも……。

 

「それじゃ行こうか」

 

「うん!」

 

 2人並んで歩き出す。

 

「そういえば、ベルはいつも何階層で探索してるの?」

 

「えっ……と……、5,6階層辺りかな……」

 

「ならその辺りを目指そっか。2人で潜ればいつもより効率も良くなるだろうしね」

 

「そうだね……」

 

 苦笑いを浮かべるベル君と共に、俺はダンジョンへと入っていった。

 

 




あとがき

 何人目かのオリキャラ。
 出てきたはいいですが、どうなるかは分かりません。活躍する時は来るのでしょうか。

 今回、バベルに関して色々と適当な描写があると思われます。
 そのうちシレッと修正するかもしれません。


※捕捉

 自分で自分を思いっきり殴っている姿を客観的に想像すると、馬鹿っぽく思えて笑えてくる心理。

 ロッグスとレイナードの兄弟仲は良くない。
 兄貴は飲んだくれのダメ人間。弟は試作武器を作りまくるような熱心な鍛冶師。

 斧槍。ハルバード。漢字2文字で横文字ルビのカッコヨサゲな武器。
 半分思い付き。ずっと斧槍で行くかは未定。おそらく変わる。

 エリナの容姿は正直なんとなくでしかイメージできてない。
 斧槍担いでる蛮族風褐色ロリ巨乳。

 女の子相手に見栄を張るベル君。
 この時点で5階層は未到達。
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