酒呑少女の迷宮冒険譚   作:ktwr999

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第六話

 

「ハァッ」

 

 突き出した斧槍が空を切る。が、

 

「ふっ」

 

 待ち受けるようにして振るわれたナイフが獲物を切り裂く。

 

『グゲエッ!』

「止めっ」

 

 横薙ぎに振るった斧槍が胴体に突き刺さり、その獲物は息絶えた。

 

「ふう……。やっぱり振りかぶらないと力が入らないなぁ……」

 

 そう呟いて仕留めた獲物、ダンジョン・リザードから斧槍を引き抜く。ついでに魔石も回収する。

 

「そうなの? ちゃんと止めは刺せてるし、今日初めて使う武器にしては十分使いこなせてるように見えるけど」

 

 

 現在地はダンジョン4階層。

 最初は1階層でゴブリンやコボルト相手に斧槍で悪戦苦闘しながら試し斬りしていたのだが、慣れてくると物足りなくなって2階層3階層と降りていき、今に至る。

 

「まぁ、最初の空振りばっかの時よりかは使いこなせてる方だとは思うけどね……」

 

「それに今の、僕の方に誘導するように攻撃したよね? おかげでやりやすかったよ」

 

「ベル君が積極的に攻撃してくれるからこっちも助かってるよ」

 

 連携もしっかり取れるようになっていた。というか、ベル君の動きが分かりやすいだけなんだけど。

 

『狙った所に飛び込んで、狙った所を攻撃する』。その単純な動きは、ベル君の戦闘経験の少なさからなのだろうけど、だからこそフォローもしやすい。

 敵を動かしてベル君の標的を作り、ベル君が攻撃したらそのフォローに回る。

 

 こういうパーティプレイで味方の動きを読むのはオンラインゲームでかなり鍛えられた。支援タイプの女の子キャラで廃人やってた腕は伊達ではない。やり込んでたのはかなり前だし、慣れない武器を使った戦闘だったけど、それでもこの程度なら全然余裕があった。

 

 

 腰の酒瓶を手に取って一口飲む。アルコールで適度に緊張を解しながらの探索。割と理にかなっている。が、飲みすぎると酔いで酷い事になりそうなので、量はある程度抑えている。

 

「さっきからたまに飲んでるけど、そのボトル何が入ってるの?」

 

「ん、これ? お酒だよ」

 

「え?お酒?」

 

「そう。戦闘とか探索ってずっと気を張ってなくちゃいけないから、気付かないうちに気疲れしちゃうんだよ。だからその息抜き用にね」

 

 オンラインゲームでの経験論である。

 一度だけ酒も飲まずに熱中した時があったが、気疲れの所為でその後の睡眠が深すぎ次の日寝坊して酷い目に遭った。

 

「へ、へぇ……」

 

 ぎこちない笑みを浮かべるベル君。まだお酒の良さを知らないみたいだ……。いつか一緒に飲みに行こうと思ってたけど、その日はまだまだ先になりそうだ。

 

 

「さ! そろそろ次の階層に降りようか」

 

 切り替えてベル君に声を掛ける。

 4階層での戦闘にもある程度慣れてきて一度の戦闘が楽になった分、ダンジョンを歩き回る時間が増え、探索効率が悪くなっていた。

 

「そうだね……」

 

 ベル君の表情がやや強ばる。

 

「大丈夫? 気分が悪いなら今日はもう切り上げる?」

 

「いやっ、全然大丈夫! 行こうっ」

 

 そう言ってベル君は歩き出した。無理はしないで貰いたいが、まぁ普段からベル君が探索してる階層なので大丈夫だろう。

 俺も後について歩き出す。

 

 

 しばらく歩いて5階層へ降りた。

 深い階層へ進むにつれ、より強力なモンスターが出現するようになるだけでなく、モンスターの出現頻度と群れの数も増えていく。5階層では新しいモンスターは出ないが、その分頻度と数が4階層に比べて圧倒的に多くなる。

 しかし、いくら数が増えて多少連携して襲ってこようが、モンスターの動きが劇的に変わる訳でもなく、俺とベル君は危なげなく襲い来るモンスターを倒していった。

 

 

 

『ギャンッ』

「ふんっ」

 

 コボルトの群れにフロッグ・シューターが混ざった集団の最後の1匹に止めを刺す。辺りを見回して警戒しならがら、俺は酒瓶を呷る。

 

「特に問題はなさそうだね」

 

「ふう……そうだね。エリナがフォローしてくれるから思い切って攻撃できるよ」

 

「そう言ってくれるとこっちもフォローしてる甲斐があるよ」

 

 今の所ベル君は問題なく立ち回れている。俺の方も何度か懐に入られて攻撃を受けたが、体力回復薬(ポーション)1つで治るような浅い傷だけで、大したことは無かった。

 

「パーティ組むとこんなに楽なんだ……」

 

 ベル君が倒したモンスターの死骸から魔石を回収しながら呟いた。

 

 俺はまともなダンジョン探索は今回が初めてで、探索慣れしているベル君に頼りきってるから分からないが、やはり独りで探索するのと複数人で探索するのとでは全然違うようだ。

 そもそも単純な話、人数が1人から2人になるだけでモンスターへの対処が2倍楽になる訳だから、当然といえば当然か。

 

「そろそろ行こっか」

 

 魔石の回収を終えたベル君がこちらに振り向いて近付いてくる。

 

 その時、通路の奥からモンスターの唸り声がかすかに聞こえてきた。

 

「――ッ!」

 

 その声に一瞬だけ身体が強ばる。胸の奥が痺れたようにピリピリした。

 

「大丈夫?」

 

 ベル君が心配そうに声を掛けて来た。ベル君はなんとも無いみたいだけど、聞こなかったのかな……?

 

「……うん、平気。行こう」

 

 身体は違和感なく動く。俺は何事も無かったかのように、いつも通りを装う。

 ただでさえ慣れない探索でベル君には負担を掛けているんだから、これ以上負担を増やすのは心苦しい。

 

 

 

 通路の奥へと並んで歩き出す。

 

 なんか急に辺りが静かになったな……。

 

 奥へ奥へと進んでいく。

 辺りに言い知れぬ気配が漂い始める。

 

 

 なんだろう、この感じ……。

 

 徐々に強くなっていくその気配に覚えがあった。

 けどそれが一体なんなのか、何時何処で感じたものなのか、分からない。

 

 

 モヤモヤする……。

 

 思い出せそうで思い出せない。

 家の鍵をどこに置いたか忘れたような。そんな靄を胸に抱きながら薄暗い通路を進んでいく。

 

 

 焦れったい……。

 すぐ喉元まで出かかっ――ッ!?

 

 急激に強くなった気配。反射的にその方向に目を向ける。

 

 

『ヴヴォォォォォォオオオオオオ!!』

 

 

 突如響く叫び声。

 

 左の通路へと繋がる曲がり角。

 歩いていた道から死角になっていたその場所に、それはいた。

 

 視線が合わさり、恐怖で身体が固まる。指先1つ動いてはくれない。

 しかしそれとは対照的に、思考はクリアで落ち着いていた。

 

 目の前の巨体が徐ろに手を振り上げた。

 

 牛頭人体の巨体は濃密な()()()()を纏いこちらを見下ろしていた。

 身体はまったく動かずただ呆然とそれを眺め、どこか他人事のような景色に、俺はさっきから感じていた気配の正体を悟る。

 

 

 ……ああ、死んだ…………。

 

 

 ミノタウロスの大きな腕が俺に向かって薙ぎ払われた。

 

 



 

 

 突然だった。

 油断をしていた訳でもなくそれはいきなり現れた。

 

『ミノタウロス』。

 

 本来ならばもっと深い階層にいるべきモンスター。Lv.2でも単独討伐は困難とされ、Lv.1の冒険者たちにとってはまさしく絶望だった。

 

 物陰から響いた雄叫びと共に姿を現した化物は、いともたやすくエリナを吹き飛ばす。

 

「エリナっ!!」

 

 壁に激突し地面に横たわるその姿に思わず叫ぶ。

 するとその声に反応したのかミノタウロスがこちらを向いた。

 

「ひぃっ!」

 

 咄嗟に距離を取ろうと後退る。

 

 ふと、エリナがフラフラと立ち上がるのが目に入る。攻撃を防御したのだろうか、左腕が腫れ上がって力なくだらりと揺れる。

 

「エリナ! 逃げ――っ!?」

 

『ヴヴォォォォォオオ!!!』

 

 掛けようとした声はミノタウロスの雄叫びにかき消された。

 ミノタウロスがこちらに迫る。

 

 とりあえず逃げなきゃ……! こっちに引き付けておけばエリナも逃げやすくなるはず!

 

 ミノタウロスの注意がエリナに向かわないように警戒ながら後退して距離を取る。

 それに釣られるようにミノタウロスもジリジリとこちらに躙り寄る。

 

 不意にミノタウロスが腕を伸ばしてくる。後ろに飛び避けさらに距離を離す。

 

 

 

『フゥー、フゥー……!』

 

 しばらく睨み合いと牽制を繰り返しながら後退し、なんとかエリナからかなり距離を離すことができた。

 

 後はエリナの無事を祈りつつ、僕が逃げ切るだけだ。合流できればそれに越したことはないが、おそらくそんな余裕はないだろう。

 

『ヴゥムゥン!!』

「おわっと!」

 

 ミノタウロスが振るった腕をなんとか躱す。カウンター気味にナイフを腕に斬りつけたけど、ダメージはまったく入らない。

 たまらずミノタウロスに背を向けて走り出す。逃げ切れるとは思えないが、せめて人がいる所にいけば、もしかしたら助かるかも知れない。

 

 

 ああ、僕は間違っていた。

 

 浅はかな下心としょうもない見栄でこんな所まで来てしまった。

 5階層なんて来たこと無かったのに、女の子に良い格好しようとして嘘を吐いてしまった。

 意外と楽に探索できると心のどこかで油断して、女の子を危険に晒してしまった。

 

『ヴゥモォ!!』

「うわぁっ!」

 

 背後からミノタウロスの蹄が襲いかかる。

 当たりはしなかったが、その蹄は地面に突き刺さり、僕は体勢を崩して転んでしまった。

 慌てて後ろを振り向くと、ミノタウロスがじわじわと距離を詰めていた。

 

 

 詰んだ。これは終わった。

 

 ミノタウロスの息遣いが聞こえてくる。臭い吐息、踏みしめる土の音。筋骨隆々な牛頭人体はこちらを嘲笑うかのように見下ろしている。

 

 僕は尻もちをついたような体勢のまま、ずりずりと後ろへ下がっていく。が、背中に伝わる壁の感触がそれを拒む。もはや後ろに逃げ場はなかった。

 

 

 ……ああ、死んだ…………。

 

 せっかく女の子と出会えたのに、どうせならもっとイチャイチャ……。

 

 

 そんなしょうもないことを思い浮かべ、ミノタウロスが腕を振り上げる姿を見上げた。

 

 

 次の瞬間、目の前の化物の胴に一線が走った。

 

「え?」

『ヴォ?』

 

 僕とミノタウロスが同時に間抜けな声を出す。

 その線は胴だけでなく、腕や脚、首、顔など至る所に刻まれていく。

 

『ヴゥモォぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?』

 

 断末魔が響き渡る。

 僕では傷1つ付けられなかった怪物が、あっさりと肉塊へと変えられた。

 その事実に、降り注ぐ血飛沫も気にすることなく、呆然としていた。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 崩れ落ちた肉塊に代わって現れたのは、美しい少女だった。

 

 女神のようなその美しさに、見惚れてしまった。

 

 腰まである輝くような金髪。スラリと伸びた眩い手脚。華奢な身体つきに幼い女の子のような童顔。

 宝石のような金色の瞳が僕を見下ろしていた。

 

 金眼金髪の女剣士。蒼い装備に身を包み圧倒的な強さを誇る彼女の事を、僕は知っていた。

 いや正確には、Lv.1で冒険者として駆け出しな僕でも知っていた。

 

【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者。【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

「あの……大丈夫、ですか?」

 

 全然大丈夫じゃなかった。

 高鳴る鼓動で血が沸騰しそうだ。

 

 

 まるで物語のお姫様のように美しいその少女に、

 

 

 僕は恋をした。

 

 



 

 

 俺は死んだ。

 

 

 あの絶望的な死の気配を、俺は経験したことがあった。

 

 自宅のPCの前で、眠気が限界まで達し、仮眠をしようと薄れゆく意識の中で。

 襲い来る苦痛。冷たくなっていく感覚。迫りくる恐怖。

 俺はあの時死んだのだ。

 

 

 そしておそらく……

 『エリナ・バルフィング』も死んだ。

 

 死の気配を前にして動きを止めた身体の感覚。

 あれはきっと()()()()()()()()()()()()に対する恐怖だ。

 

 

()()()()()()で、俺は死んだ。

()()()()()()で、エリナは死んだ。

 

 俺たちは死んだ。死んだのだが、俺はどうしてここにいるのだろうか? そもそも俺は『俺』なのか? 確かに『俺』は死んだはず……。

 

 

 分からない。とりあえず酒飲もう。

 

 思考を中断し腰の酒瓶を手に取ろうとして気付く。

 

 左腕に力が入らない。

 ふと目をやると腕はパンパンに腫れていて、色も所々青黒くなっていた。

 

 それを見て、牛頭の怪物に吹き飛ばされた事を思い出す。

 咄嗟に左腕でガードしたのか、大きな怪我は他になく、痛みもほとんど無かった。

 

 思い出すと同時に、背中の熱に気付いた。

 焼けるような、熱い物を押し付けているような、そんな感覚なのだが、肌を刺すような痛みもなく、ただジリジリとした熱が伝わるだけだった。

 

 

 動く右手で酒瓶を取り中の酒を呷る。

 

 そういえば、もうあの気配は感じないな……。

 

 どこか呑気にそんな事を考えていた時だった。

 

「あの……大丈夫、ですか?」

「――うぐぅっ!?」

 

 突然話し掛けられて酒が喉に詰まった。

 びっくりした……本当にびっくりした。完全に油断してた。周囲の警戒を忘れてた。

 

 何度か咳き込み、呼吸を落ち着かせてから返事を返す。

 

「だ、大丈夫……なんとか」

 

 声の主の方へ視線を向ける。

 

 綺麗な女性だった。金眼金髪の剣士のようだが、女剣士と言うより、どちらかと言えばお姫様みたいな雰囲気を纏っていた。まるで物語から抜け出してきたかのような存在感がそこにあった。

 

「おい、アイズ。そんな雑魚放っといてさっさと行こうぜ」

 

 少し離れた所から男の声が聞こえた。

 その声にようやくベル君の事を思い出して、辺りを見回す。

 

 しかし、ベル君の姿はどこにも無かった。

 

「あの! この近くにもう1人男の子が居ませんでし……」

 

 言葉は最後まで続かなかった。急に全身の力が抜け意識が薄れていく。痛みと疲労がどっと押し寄せてくる。倒れて地面に激突したことすらどうでもいいと思える程だった。

 

 目を閉じる。

 

 

 閉じた瞼の裏に、先程まで並んで歩いていた少年の姿を浮かべ、彼の無事を祈った。

 

 

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