酒呑少女の迷宮冒険譚   作:ktwr999

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第七話

 

 

 揺れる感覚で目醒める。

 

 誰かに抱えられているようだ。

 

 背に回されている細腕の感触を感じながらゆっくりと目を開く。

 

「目、覚めた?」

 

 覗き込んでくる顔には見覚えがあった。

 さっき出会った女性。綺麗で清楚な、お姫様みたいな人。

 改めて間近で見ると、その顔には幼さが残っていて非常に可愛らしい。

 

 その視線に顔が熱くなる。

 お姫様みたいな人にお姫様抱っこされるとか凄く恥ずかしい。

 

「……はい。もう大丈夫です」

 

 返事をしながら身体をジタジタと動かすと、その女性は地面に降ろしてくれた。

 抱えるのに邪魔だったのだろうか、彼女が差し出してきた斧槍を受け取る。斧槍が無事なのは良かった。1日で武器をダメにしたら俺の懐事情的に痛すぎる。

 力が入らなかったはずの左腕はまだ痛むが、普通に動かせるようになっていた。

 

 その事でベル君の事を思い出して口を開こうとした。

 

「あの男の子は、たぶん、大丈夫」

 

 察した彼女が言った。少し顔が険しくなった気がする。

 

「……良かった……」

 

『たぶん』という部分に少し引っかかったが、それでも俺は安堵から思わず言葉が零れた。

 

「目が覚めたみたいだね」

 

 不意に後ろから声を掛けられる。

 今気付いたが、周囲には多くの冒険者が並んで歩いていた。

 

 その中から、背丈は小さいが、どこか威厳のある金髪の小人族の男がこちらに近付いてくる。

 

「僕はフィン・ディムナ。【ロキ・ファミリア】の団長をしている」

 

「あ、えっと……エリナ・バルフィングです。【ソーマ・ファミリア】の冒険者です。こっちの女の人も【ロキ・ファミリア】の方ですか?」

 

 俺より小さいながらも堂々としたその姿に圧倒された。

 

【ロキ・ファミリア】。

 確か迷宮都市オラリオで1,2を争う大派閥とか。そんな大きな派閥の団長がこんな小柄な人だった事に驚いた。しかしその威厳のある佇まいに納得する。

 

「ああ。彼女はアイズ・ヴァレンシュタイン。君がモンスターに襲われてボロボロになっている所を見つけて保護したそうだ」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

 そう言ってアイズさんに頭を下げる。

 アイズさんにしろベル君にしろ、冒険者って優しい人が多いのだろうか。もっと柄の悪いゴロツキとかのイメージがあったけど、そうでも無いのか……。

 

「一応左腕の怪我の処置はしたけど、まだ痛みはあるだろうから少し安静にしておいた方がいい」

 

「何から何までありがとうございます」

 

「それで、1つ()()()があるんだが……」

 

「……なんですか?」

 

 妙に改まるフィンさんを見てこちらも少し身構える。

 

「そんなに構えなくていいよ。ただ、今日の事をあまり人に話して欲しくないだけだ」

 

「え?」

 

 そんなこと? てっきり治療費でも請求されるのかと思った。少し拍子抜けだ。

 

「大事になって変な噂でも流れたら困るからね」

 

「そうですか……」

 

 大派閥ともなると色々事情があるのだろう。いたいけな少女を誑かしたとか言われたら事案だもんな。

 

「分かりました。お金とかは大丈夫なんですか? 結構大怪我だったと思うんですけど……」

 

「それは別に構わないよ。見た所、君はまだレベル1だろう? そんな少女から金を巻き上げようだなんて、それこそ印象が悪くなるからね」

 

「大きい派閥って色々大変なんですねー……」

 

 フィンさんの苦笑いに大派閥の団長の苦労の一端を垣間見た気がした。

 

「今僕達は地上に向かってるんだけど、君はどうする? 怪我もしているし、一緒に来るかい?」

 

「それじゃあ、せっかくなんでお言葉に甘えさせて貰います」

 

「そうか。ならアイズ、この娘の事は君に任せるよ。僕は指揮に戻る」

 

「分かった」

 

 そう言ってフィンさんは戻っていった。

 

 

 残された2人、アイズさんと俺は並んで歩き出した。

 気まずい空気が流れる。というかアイズさんが無口で会話がほぼ無い。

 さっき一度だけ、ベル君の名前を聞かれたから答えたけど、それきり何も喋らない。何か考え事をしているのか、時折表情が変化するのだが、何を考えているのかさっぱり分からないし、こちらが声を掛けてもいいのか非常に悩ましい。

 

 

 その後、何事もなく地上へと出た。

 本当に何事も無かった。ただ黙々と歩き続けただけ。モンスターは他の冒険者が討伐していたようで、見かけることも無かった。

 

 

「それでは、ありがとうございました」

 

「先程も言ったが、まだ完治したわけじゃないからしばらくは安静にした方がいい。それと……」

 

「分かってますよ。そもそも自身がモンスターにやられたなんて話、恥ずかしくてできないですよ」

 

「それもそうか」

 

 微笑を浮かべるフィンさんに礼をして俺は【ロキ・ファミリア】から離れた。

 

 

 

 そのまま備え付けのシャワールームへ行き、汗を流しがてら傷を確認した。少し青ずんでいたが動かしても多少痛む程度で、ほとんど治っていた。

 

「ふぅ……」

 

 どんな治療をしたのか分からないけれど、全く力が入らなかった腕が問題なく動かせる。

 やっぱり大派閥ともなればそういう備えは凄いのだろうか。

 

 感心の溜め息と共に今日の出来事が思い出される。 

 

 

 バベル、装備、ダンジョン、ベル君、ミノタウロス……。

 

 そこまで考えて、思わず身が竦む。

 

 

 先程感じた()()()()が蘇る。

 

 

 それは冷たく、苦しく、深く、どこまでも絶望的だった。

 

 

 俺は死んだ。

 

 軽い仮眠の途中、朧気だった意識の最中、突如として襲いかかってきた苦痛。

 あの時の痛みは、思い出すだけで胸が引き裂かれそうなほどだった。

 

 胸を抱いてその場に蹲る。

 

 

 嫌だ嫌だ嫌だ……もう二度とあんなの味わいたくない…………

 

 絶対に死んでやるもんか……

 

 

 心の中で叫ぶ。

 

 胸の痛みを抑え込んで起き上がる。

 暗い気持ちをシャワーで流し、決意と共に装衣を身に纏う。

 

 

 その為に……もっと強くならなきゃ……

 

 忍び寄る死の気配を断ち切れる程に……

 

 

 そうだよね……『エリナ・バルフィング』……

 

 

 鏡に映る紅い瞳は、仄暗く輝いていた。

 

 


 

 

「何かあったの?」

 

 ホームの部屋に帰ってくると母親に聞かれた。

 

「慣れない武器だったからちょっと怪我しちゃって……」

 

 左腕に残る青くなった傷を見せながら返事をする。

 

「結局大型の武器にしたのね」

 

「知り合いの鍛冶師の試作品で、安くしてくれたからこれにしちゃった」

 

 小型の武器を勧められたのに、結局大きな斧槍を選んだ事に少し負い目を感じる。

 

 仕方ないんだ……。小さい武器で駆け回るのは身体的に辛いんだ……。

 

「エリナがそれを選んだのなら、私はとやかく言うつもりはないわよ」

 

「そうだぞ、エリナ。なんなら次は俺の戦斧(バトルアックス)のお下がりでも使ってみるか?」

 

「いつ使ってた戦斧よ、それ……。もう錆びついてるんじゃないの?」

 

「ガッハッハ!」

 

「錆びてなければ喜んで使うんだけどなぁ」

 

 相変わらず酒を飲んでいて陽気な2人。もちろん俺も帰りに飲んできたからほろ酔い状態だ。

 

「そういえば、その鍛冶師に聞いたんだけど、私いつも脇差持ってたんだよね? せっかくプレゼントで貰ったのに失くしちゃったみたいで……。ごめんなさい」

 

「ん? ああ、これの事?」

 

 そう言って母親は近くに置いてあった袋を取り、中から小刀を取り出す。

 

「刃こぼれしてるみたいだったから、ちょうど預かってたのよ」

 

「そうだったんだ。よかった……」

 

 脇差を受け取る。

 

 既にナイフがあるから部屋に置いておこうかなぁ……。

 もし本当に失くしたりしたら申し訳ないし。今使ってるのが消耗する頃には今より強くなってるだろうから、そうなったら使おう。

 

 そんな事を思いながら酒を飲み、しばらく過ごして眠りに就くのだった。

 

 



 

 

「よかったのか、リア?」

 

 エリナが部屋から出ていき眠りに就いた所で、ガイアスが徐ろに口を開く。

 

「えぇ……なんだか今日は様子が変だったし、余計な混乱はエリナに良くないでしょう」

 

 ガイアスが口にしたのは脇差の事だろう。

 

 あの脇差は、私が預かっていた訳ではない。

 

 エリナが装備を失くしたのではなく、奪われたのならば、裏の商店のどこかでその装備を金に換えた可能性が高い。

 そう思って、そういった盗品や曰く付きの品が扱われている路地裏の店をここ数日間手当たりしだいに探し回り、ようやく見つけて取り戻したのが今日の午後だった。

 

「そうだな……。確かに帰ってきてから少し変だったな」

 

 事情を全て話しても良かったのだが、今日のエリナは様子がおかしかった。

 記憶が失くなってから少し落ち着いた雰囲気だったのだが、今日は特に暗かったというか、何か思い詰めたような感じだった。

 

 どこかで何かがあったのだろうが、ダンジョンで負った腕の怪我以外には身体に異常は見当たらない。エリナ本人に聞いても特に変わったことは無さそうだった。

 強いて言えば知り合いの鍛冶師に会ったことくらいか……。今度問い詰めてみようか……。

 

「何があったのかしらね……。悪い事にならなきゃいいけど……」

 

 エリナの事は心配だが、強く追及するとかえって良くないかもしれないので、今はそっとしておこう。

 

「それで、何か手がかりはあったのか?」

 

 ガイアスも察したのか話題を変える。

 

「商店の方からの手がかりはほぼ無しよ。数人組の冒険者らしきグループって所までしか分からなかったわ。しばらくは店の見張りとそれらしきならず者グループ探しって感じかしらね」

 

「情報屋でも使えばどうだ?」

 

「私が信頼できる筋はもう随分前に廃業してるのが多くてね。新しくゼロから依頼するにはリスクが大きいのよ」

 

「なるほどな……」

 

「それに、私としてもあまり大事にはしたくないからね」

 

「そうしてくれよ。お前はすぐ熱くなってやりすぎるからな」

 

「なによ。信用してないの?」

 

「してるさ。俺も怒ってない訳じゃない。人様の大事な娘に手を出したんだ。きっちり代償は払ってもらわないとな。……ただ、やりすぎて面倒事になるのは御免だ。そこはしっかりやれよ」

 

「分かってるわよ」

 

 そう言って酒の入ったグラスを呷る。ガイアスも同様に酒を飲んでいた。

 

 

 その事にふとエリナの装備を思い出して口に出す。

 

「そういえば、エリナの装備見た? 腰に酒瓶ぶら下げてたわよ」

 

「ガッハッハ! ダンジョンでモンスターを肴に酒でも飲むのか? まったく、誰に似たんだろうな」

 

「アッハッハ! お互い様よ。この夫婦にしてあの娘あり」

 

「違いねぇ!」

 

 そんな会話を肴にして飲む酒と共に、夜も更けていった……。

 

 





あとがき

 今回少し短いです。
 キリが良かったのとなかなか進まなかったのと……主に前半部。

 ライン区切りを変えました。が、一本線だとあとがきの区切りと同じで分かりづらいかもです。またそのうち修正する可能性。
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