少女は走る。
出口を目指してひたすら駆ける。
突き進む道は薄暗く、出口の位置は分からない。
本能に従って闇雲に疾走する。
赤黒い血と汗が額を伝う。
煩わし気にそれらを拭う。
丁寧に拭う手間さえ惜しい。
立ちふさがる障害物たちを薙ぎ払い、速度を落とさず駆け抜ける。
少女の身体は傷だらけだった。
しかし、その傷も気にならない程に大きな熱を背中から感じていた。
少女はなんとなく気付いていた。
その熱が、自分に残された時間なのだと。
その熱を感じなくなった時が、少女の終わりなのだと。
少女は走る。
その瞳は、流れる血のように、赤黒く輝いていた。
ダンジョンへ行こうと思っていたのだが、腕の怪我をミィシャさんに見咎められた。
せっかく装備を整えてバベルの前まで行ったのに、結局ホームへと引き返す羽目になった。
一旦装備を外して、今日は都市の散策でもしようと思い、街へと繰り出したのだった。
この都市で俺が知っているのは、ホームからダンジョンへの道順と、数日前に散策した冒険者通りと呼ばれる大通りくらい。せっかくの機会だから、少なくとも自身が生活する都市の何処に何があるのか把握しておくのもいいかもしれない。
と言っても都市はかなり広くて、以前ギルドで貰った地図を見る感じだと今日だけで全てを見回る事も出来なさそうだ。とりあえず近場から適当に回ることにした。
地図に載っていてホームから一番近いのは『ダイダロス通り』と呼ばれる所だった。ガイドによるとこの辺り一帯は道が入り組んでいて、迷宮街と呼ばれる程だそうだ。
都市にすら慣れていない俺なんかが入ったら、出てこれなくなるかもしれないと思ったので深入りはせず、迷子にならない程度の散策をする。
狭い路地に建物が窮屈に並んでいて、一歩中に入ると都市の象徴であるバベルすら見えなくなって、方向感覚が失くなる。迷宮街と呼ばれるのも納得で、余程この通りに慣れていない人でない限りはすぐに道に迷ってしまうだろう。
周囲の人影は疎らで、どうやらここは貧民街らしく、見かける人たちはどこか影のある人が多い。迷宮街という街の性質上、訳ありの人たちが多く流れてきて治安が悪くなるのは仕方ない事なのかもしれない。
「カア」
そんなことを考えていると肩に乗ったクロが鳴く。どうやら小腹が空いているらしい。なんとなく意思疎通ができるようになってきた。
「この辺りで買い物はちょっと怖いからもうちょっと待ってね」
俺は呟いて他の場所へのんびりと歩き出した。
しばらく歩いて東の方へ。こっちの区画は都市外から来た人向けのエリアになっているようだ。
ちょっとした屋台やら宿泊施設、喫茶店のような軽食屋にお土産用の小物屋など、割と人気も多くて活気に溢れていた。
とりあえずクロにパンを買い与える。
地図にはこのエリアの店が多く書かれていて、この店はこんな土産があるだの、この宿はどんな感じだのと事細かに書かれていた。
この近くには闘技場があって、たまにイベントが催されるらしい。数日後には
案内によると、【ガネーシャ・ファミリア】が観衆の前でダンジョンのモンスターを
冒険者でもない一般の人の前にモンスターを連れてくるのは危険だと思うのだが、そこを踏まえてのアピールなのだろう。
【ガネーシャ・ファミリア】はこの迷宮都市の治安維持に貢献している派閥と聞いたが、こういうイベントで周囲に自分たちの力を誇示することで、犯罪の抑止に繋げようとしているのだろうか。自らの手の内を晒してまでするなんて、随分自信がある派閥みたいだ。 ただ単純に神様の気まぐれなのかもしれないけど……。
その後も大通りを散策する。土産物屋ではバベルやモンスターの模型など、道具屋では旅に必要な非常食や道具一式など、出店では都市外各地のいろんな軽食や服装など、様々な物が売られて賑わっていた。
のんびりと散策をしていると、ふと辺りが薄暗くなっていることに気付く。別に夜になった訳ではなく、都市を囲う大きな外壁の近くまで辿り着いたのだ。
外壁。
そもそもそれは大昔にダンジョンから溢れ出ていたモンスターの侵攻を食い止める為に作られたと聞いた気がする。今でこそモンスターはダンジョンの中から出てくる事はないが、昔はどうやら違ったらしい。上層のゴブリンやコボルト程度でも神の恩恵がなければ厳しいだろうに、そう考えると今は随分穏やかになったんだろうなあ……。
外壁は上まで登れるようになっていて、せっかくだからと登ってみた。
かなり高い。けど、景色がいいだけで特に何もない。
通路の縁に立ち、都市の外を見渡す。
広がる草原に遠くに聳える山や森など、今まで見たことないような壮大な景色が広がっている。
こういう雄大な自然を見てると自分の存在がちっぽけに見えてくるんだよね。
まあ、ちっぽけって言ってもその人にとってはものすごく重いものなんだけど……。
両腕を広げて全身で風を感じる。
目を閉じて深呼吸。澄んだ空気が胸に広がる。
昨日の感覚を思い出す。
死の気配、死の痛み、死の恐怖。
心の奥から身体の隅々まで、全てが凍りついたように動かなくなった。それでも意識ははっきりしてて、明確に『死』というものの一端が感じられた。
都市外の方の縁から降りて、今度は反対側の縁からオラリオの街並みを見下ろす。
大きなバベルとそれを囲む人々の喧騒。誰もがそこで生を謳歌していた。
俺達みたいに一度でも『死』を味わったことのある人はいるのだろうか……。もしかしたらいるのかもしれない。いるならば会ってみたい。この感覚を誰かと共有したい。そう思えるほどに、見下ろす街並みには多くの人で埋め尽くされていて、そう思えるほどに、人と人とが混じり合って蠢いていた。
「カア」
しばらく物思いに耽っていた俺は肩のクロの鳴き声で意識を戻す。どうやら近くに誰か来たらしい。
「ん? 誰?」
周囲を見回すと、少し離れたところに見覚えのある大柄な犬耳男がいるのが目に映った。
「あれ? ロッグスじゃん。何やってんの?」
近づいて声をかける。声を掛けられた男はこちらに振り返って少し驚いたような顔をした。
「お? エリナじゃねえか。お前こそこんな所で何してんだ? しかも肩に鳥なんて乗っけて」
「私はオラリオ観光だよ。昨日ダンジョンで怪我しちゃってね。軽いんだけど一応治るまでダンジョン禁止って言われたの。この鳥はこないだ見かけて餌あげたら懐かれちゃってね」
「そうか。黒い鳥なんて、なんとも微妙な取り合わせだな」
「…………で? ロッグスはこんな所で何を? 飲みすぎて迷子?」
「いや、すまん。俺だっていつでもどこでも飲んでるわけじゃないぞ。ここらへんの店で働いてんだよ。その休憩」
しがない酒呑みさんはちゃんと働いている人らしい。まぁ、朝から晩まで一日中飲んだくれるような人はエリナの両親くらいのものだろう。そう考えると父も母もなかなかクレイジーだな……。
「なんだちゃんと働いてるんだ。どこで働いてんの? 今度冷やかしに行ってあげる」
「この通りにうちの派閥の店が1軒あってな。そこで働いてんだよ。冷やかしなら来んなよ? てか俺んとこは結構高価なもんばっかだから来るときは覚悟してこいよ?」
「派閥? あれ? ロッグスも冒険者なの?」
「ああ、一応な。ってかそうか、記憶無いから覚えてないのか。【ヘファイストス・ファミリア】だよ。俺の弟は鍛冶師でお前に装備売ってたんだが」
「ああ、レイナードなら昨日会ったよ。
よくよく考えたら弟だけ派閥に入って兄は無所属、なんて事はないか。
「もう辞めた。今はなんでもないただの店番さ」
昔はやってたんだ……。何か事情でもあって辞めたのかな? あんまり根掘り葉掘り聞くのも良くないか。
「へぇ……。で、仕事の休憩がてらそのままサボりに来たと……」
「サボりじゃない、休憩だ。だがお前がどうしてもと言うならば、これから早引けしてやけ酒に付き合ってやってもいいぞ?」
「やけ酒って……。ただロッグスが飲みたいだけなんじゃないの、それ。馬鹿と煙は高い所に上るって言うけど……」
「そんな事はない。それに、それならお前はどうなんだ?」
「私は馬鹿じゃないから煙の方だね」
笑いながら答える。
燃えカスから薄っすら立ち上る煙。なるほど、あながち間違いじゃない。
「ほら、その顔だよ。何か悩み事でもあんじゃないのか? 相談には乗れないかもしれないが、色々吐き出す酒くらい付き合ってやるよ」
男前な台詞を吐き出したそのしたり顔に少し腹が立ったけど、確かに酒は飲みたい。
「しょうがないなあ。それじゃちょっと付き合ってよ。『どうしても』」
「おう。仕方ないから付き合ってやるよ」
そうして俺のオラリオ観光はあっさりと終わりを告げ、ぶらりオラリオ飲み歩きが始まった。ちなみにまだ午前中である。
「とっておきの飲み屋がるんだ」
昼間から飲み歩き、日も暮れて辺りは夜の街。あちらこちらから酔った冒険者の喧騒が聞こえてくる。何軒目か分からない梯子酒。朝から飲んでる割にベロベロに酔っ払っていないのは『恩恵』のおかげなのだろうか。それでも結構酔ってはいる。
そんな中でロッグスが口にした。
「少し値は張るが、メシは旨いし給仕は可愛い。それを肴に飲む酒も旨い。完璧な店だ」
女の子と一緒に『可愛い給仕がいる店』に行くのはどうなんだ……?
「ふーん。よく行くの?」
「たまに、だな。1つの店に拘って通うってのは俺の性に合わないからな」
隙あらばドヤ顔をこちらに向けてくるロッグスにもそろそろ慣れた。
「ここだ」
看板には『豊穣の女主人』と書かれていた。中は結構賑わっているようで外まで大きな笑い声が聞こえてくる。ロッグスに従って中へ入る。すると聞き覚えのある声が聞こえ、そちらに耳を傾ける。
「ほんとざまぁねえよな。ったく泣き喚くくらいだった最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての。ドン引きだぜ、なあ
ああ、思い出した。確か昨日意識失う前アイズさんと一緒にいたような……。
「ああいうヤツがいるから俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁してほしいぜ」
「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。
……ん?
話している団体の方へ視線を向けると、昨日いたアイズさんやフィンさんなどが目に入る。なにやら揉めているようで徐々に険悪な雰囲気になっていった。
「おう。どうした? ロキ・ファミリアに知り合いでもいんのか?」
横で店の人とやり取りしていたロッグスがこちらに話しかけてきた。
「ああ、いや何でもな――」
ガタン!
大きな音を立てて椅子が1つ倒れる。そこに立っていたのは紅眼白髪の少年、ベル君だった。こんな酒場にいるなんてなんとも場違いな感じがしたし、そもそもお酒飲まなそうな感じだったんだけど、意外と飲んでるのかな?
立ち上がった彼はそのまま外へと飛び出していった。
あ、ちょ……
「ごめん! ちょっと待ってて」
咄嗟にそう言い残して俺も店を飛び出していく。
「お、おい!」
ロッグスの声に振り向きもせずに外へ出る。
辺りは薄暗く、目当ての人影は見当たらない。
どっちだ?
どこへ向かった?
「カア、カア」
クロがこっちだと言わんばかりに鳴く。
「ありがとう」
そう言ってクロの方へ向かう。
クロが少し高い所を飛んでいくのでそれについて走っていく。
思わず飛び出して来ちゃったけど、どうしよう。
追いついても掛ける言葉が見当たらない。
なんとなく状況から、話題はベル君の事だったんだろうけど、昨日ベル君に何があったのか知らないし、今してた話も途中からだったからよく分からない。
あの獣人、昨日もそうだったけど、元から口が悪いっぽいし、周りからも咎められてたから、そんなに気にするようなことでもなさそうなんだけど……。
何かがベル君の琴線に触れたのかもしれない。
あまり踏み込むのは良くないとは思うけど、命の恩人だし、できる限り力になってあげたい。
「カア」
「うげ……」
考えてるうちにバベルの前の広場まで来ていた。
クロの様子だとベル君はそのままダンジョンへと向かったみたいだった。
どうしよう……。
今の俺は全くの手ぶらで装備は何も持ってきていない。
しかも左腕にはまだ少し違和感が残っている。この状況でダンジョンに飛び込むのは流石に無理がある。
それに、ロッグスを店で待たせている。
「カア、カア」
「…………それじゃお願いしていい?」
「カア」
どうやらクロがここでベル君がちゃんと帰ってくるか見ててくれるらしい。
「朝までに戻らなかったら教えて」
「カア」
なんかクロが凄い賢いんだけど……。
ベル君の心配と、クロへの若干の戸惑いを胸に、俺は走ってきた道を歩いて引き返した。
あとがき
PC新調したので色々弄ってたら間隔が開きました。申し訳ないです。
ブラウザ変わると色々変わるんですね……。新調早々キーボードぶっ壊れたのかと思いました。
言い訳はさておき。そろそろ原作設定との矛盾点が出てきそうで怖いです。ビクビクしながら書いてます。
何かおかしな点があったら報告してくれると助かります。