「うーむ…よく考えたら天使像のどてっ腹に穴開けたのは罰当たりだったか…」
一応、これから天使像を全破壊しようとしている者が発する言葉である。
「おーい、シャルロット!もう出てきていいぞー!」
一夏が呼びかけに机の下からひょっこりと顔を出したシャルロット。周囲には本が散乱しており天使像にも相当揺れが来ていた事が分かる。一夏はあらかじめ言っておいて良かったと思った。
「えっと…ソングバードさん?外で何があったの?」
「…ああ、本名教えてなかったけ。俺は織斑一夏。ソングバードでもなんでも好きなように呼んでくれ」
「私はシャルロット。よろしくね、えっと…一夏!」
「おう、よろしく」
一夏はそっと差し出された手を握り、握手する。女子の手など普段触る機会のない一夏は少し強く握れば折れてしまいそうなシャルロットの手に少々驚く。
「それで、えっと…」
「外で何があったか、だったな。俺、少し前にフィンクの会社から脱走してな。それの追手から逃げてる途中にちょうど良さげな建物が見えたもんで、突っ込ませてもらったんだ」
サラッと語られた、割と適当な理由にシャルロットは唖然とする。その様子を見て一夏は弁明を続ける。
「ああ、もちろんここにも用事はあったんだ。いずれ来るつもりの所だったから予定を早めただけだぞ。決して行き当たりばったりとかそういう事はないからな!本当だからな⁉︎」
「じー…」
「確かにほとんど事故みたいな感じだったけど⁉︎来るべき所に来れたからほら、結果オーライみたいな⁉︎」
ジト目のシャルロットと必死に弁明する一夏。姉のおかげでこういう時は舌がよく回るようになっている。
「ん゛ん゛っ…まーふざけるのはここまでにして、だ。シャルロット、お前自分の生まれは知ってるか?」
「私の…生まれ?」
突然真面目モードに切り替わった一夏に多少困惑しつつ、真剣な雰囲気の話にゴクリと唾を飲む。よく考えてみれば、物心ついた時にはこの天使像で暮らしていた。特にこれといった不自由はなく、本を読んだり絵を描いたりするぐらいしかする事がなかったが、それで満足していた。
「シャルロット、お前は地上ーーーここの言葉で言うと下界のソドムの生まれだ。小さい頃に拐われてここに来たらしい」
「らしい?」
「ほれ」
一夏は懐から取り出した紙の束をシャルロットに手渡した。パラパラとめくっていくと、半ばあたりで『secret』と書かれたページにたどり着く。そこには彼女の出身地であるオルレアンの名と何枚かの写真が載っていた。その中には幼少期のシャルロットが広大な草原を誰かと共に歩いている写真もある(もちろんそんな場所はコロンビアには存在しない)。そのあとも彼女はゆっくりとページをめくり続け、最後のページを閉じた。
「私は、本当にコロンビアの人間じゃなかったんだね」
「そういうこった。つーわけで、帰るぞ。お前の生まれ故郷に」
「え⁉︎だいぶ急だけど⁉︎」
「おう、ついさっき決めたからな!ソングバード!」
たじろぐシャルロットに満面の笑みで適当をかます一夏。実際はついさっきどころか手術を施された時点で決めていた事なのだが、この際それはどうでもいい。ソングバードの右腕を部分展開した一夏は部屋の中にあった銅像の首をねじ切り、首元から一つのパーツを抉り出した。それをシャルロットに投げ渡して自分は穴に手を掛ける。
「待っとけ。何かの時に役立つはずだ」
「えっ」
「ちょいと船を掻っ払ってくる。すぐ戻るよ。なんか持っていきたい物とかあったら纏めておけよ。ここには二度と戻らん」
それだけ言い残してひょいと身を投げ出す。閃光と共に鳥の鳴き声が響き渡った。
「行っちゃった…」
シャルロットは投げ渡された金属の塊に視線を落とす。見てみると、ハーモニカのようだ。それにしては少々大ぶりで重量があったが。穴の外からまた鳴り響いた爆音ではっと我に帰ったシャルロットは先程言われたことを思い出し、部屋の中を駆け回った。
数分ののち、小型艇に乗って一夏は帰ってきた。側面や甲板にいくらか弾痕や血痕があるのを見ると、またドンパチやってきたのだろうということが窺える。
「荷物はそれだけでいいんだな?」
「うん。本はあらかた読んじゃったし、ここには思い出らしい思い出も無いしね」
「ではお手をどうぞ、お嬢様」
「ありがとう」
天使像の穴と小型艇の僅かな隙間を、シャルロットは一夏の手を借りて飛び越える。そのまま甲板の上に立って、初めて実感した。自分は自由の身になったのだと。外の世界の刺激を五感で感じとる。窓越しにしか見えなかったコロンビアの街街、肌で感じる冷たい風。これから、本で得た知識を自らの体験に変えてゆくのだ。胸の高鳴りを抑えられようはずもない。たった数刻前に出逢った少年が自分の世界を広げてくれる。不安がないと言えば嘘になるが、それよりも今は期待と興奮に満ち溢れていた。
「さ、操舵室に入っときな。これからどデカい花火が上がるぜ」
一夏に言われるがまま、操舵室の扉を開けた。操作盤を見ると自動操縦になっているのがわかる。外では、一夏がロケットランチャーを構えていた。それも両手に。
「えーと、メインシステムがあるのはだいたい膝あたり…照準オーケー、発射ァ!」
船首にあるロケランタイプのターレットと一夏の二丁ロケラン、凄まじい火力の猛攻が天使像を襲った。持っていた弾を撃ちきった一夏はダメ押しとばかりにクランクガンを
「これでこの都市も終わりか。衛生写真にも映るだろうし、地上から目視で見えるかもな…とにかく人の目に映るようになる。これからこの都市がどうなっていくのか、見ものだな」
ひと仕事終えて、操舵室に入ってきた一夏が楽しそうにつぶやく。
「どうなるんだろうね」
「お互いにとって、いい変化になればいいな」
純粋な科学技術では地上が、ビガーなど特異な技術の面ではコロンビアが勝っている。素直に技術交換でもすればお互いの利益になるであろう事は間違いない。そううまく事が運ぶかはわからないが、双方に何かしらの変化は起こるはずだ。
「さ、雲を突っ切るぞ。しっかり掴まっとけよ」
「うん」
操縦を手動に切り替えて舵を握る一夏の目は、出会ったばかりのシャルロットから見ても楽しそうなものだった。