あくタイプはかくとうタイプに弱い   作:T-

4 / 9
すまん、許してくれ。ただ、許してくれ。それだけだ。


ちょうはつ

 オレはあくタイプが大好きだ。

 

 何故あくタイプが好きなのかと問われれば、軽く半日は語ってしまう程、オレはあくタイプを愛している。

 

 あくタイプと聞けば、人によって顔を顰める人もいるだろう。

 が、少し待って欲しい。『あくタイプ』という五文字だけで、あくタイプの全てを判断するのは、あくタイプ使いとして許せないものがある。

 

 そんな、最近サイトウとどう接すれば良いのか分からず、ポケギアと胃薬が離せなくなったオレ。

 

 今日も元気にラテラルタウンへ…と言いたい所だが、その前にちょっと寄り道をしよう。

 

 何故なら…

 

「なぁバッドガール、あの野郎に勝つにはどうしたら良いと思う?」

 

「ねぇアクサキ、マリィにはマリィって名前があると。そんバッドガールって言うん、たいがいやめてくれん?」

 

 ここは、蒸気機関によって近代化を遂げた工業都市、エンジンシティ。

 

 の、なんて変哲もないチャレンジャー用ホテルのロビー。

 

 オレは今、数少ないあくタイプ使いであるバッドガールと共に、絶賛作戦会議中である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…てのが、オレの普段のバトルスタイルだな。それでいつもボコボコにされんだが…バッドガールはどう思うよ?」

 

「やけんマリィにはマリィって名前が…そんバッドガールってなに?」

 

「あァ?あくタイプ使っててそんな奇抜な格好してんだから、お前はバッドガールで間違いないだろうが。違うのか?」

 

「全然違う。そもそもバッドガールって言葉、初めて聞いたばい」

 

 あれ、おかしいな?同期が出るからって、わざわざPWTの試合観に行った時に知り合った奴らは、バッドガール、ガイで通じたんだが…こっちでは言わないのか?

 

「まぁそんな事はいいんだよ。で、何か考えついたか?オレはここに新しく迎えたシザリガーを加えようと思うんだが、どうだ?アイツのかみくだくの威力は惚れ惚れするぜ?きっとサイトウの野郎もイチコロだ」

 

「なんでマリィん名前は呼べんでサイトウさんの名前は呼べると…!こん低身長唐変木…!」

 

「はぁ!?なんでここでオレの身長が出てくるんだよ!?第一人の事言える立場じゃねぇだろこのチビ助がっ!!」

 

「マリィには夢と希望があるばい。第一何歳と比べとーと、マリィはアクサキと違うてまだまだこれからん歳やけん!」

 

 この、言わせておけば…!

 

 って、イカンイカン。このままではコイツの関係ない話に巻き込まれて作戦会議が長くなるパターンだ。落ち着け。大丈夫。オレにもまだ夢と希望がある。毎日同期と実家から送られてくるモーモーミルク飲んでるから。

 きっと数年後には…あ、クソ絶妙に抜け出せねぇ!

 

「身長の事はどうでもいい!さっさとあのにっくきサイトウをぶっ潰す作戦考えっぞ!で、お前の考えは!オレはシザリガーを軸に火力で攻めようと思うんだが!」

 

「お前でもなか!マ・リ・ィ!」

 

「分かったよウルセェな!?で、マリィはどう思う!」

 

 クッ、大人びているとは言えガキはガキ、弟どもと大して変わんねぇ歳だ。一体何が気にくわないのか、オレには全く訳が分かんねぇ。バッドガールでいいだろうが。オレならバッドガイって呼ばれても振り向くぞ。カッケェもん。

 

 って、だからそんな事はいいんだよ。早くお前の意見を聞かせてくれ…!

 

 

「…えへへ…で、なんの話だっけ?」

 

 

「ふざけんなよお前!?」

 

 嘘じゃん!?えへへじゃねぇよ笑ってんなや!コイツ何にも話聞いてなかったのかよ!なんの為にわざわざ菓子折もってスパイクタウン行ったと思ってんだ…!

 オレ、何故か知んねぇけど危うく街の人たちに殺されかけたんだぞ…!?あーもー全然進まねぇ!

 

「冗談ばい冗談、ちゃんと聞いとー。あんまり怒鳴ると目立つばい?サイトウさんばどげんして倒すか、ちゅう話やろ?」

 

「ッ…冗談かよ…!いらん嘘をつくな…!」

 

 オレ、もしかして相談する相手間違えたか…?なんだったら、ニット帽かウールー使いの方が良かったんじゃ…

 

「ユウリは無口やけん、きっと何も上手ういかんし、後レベルが高過ぎてマネできん。ホップもホップであくタイプなんか使うた事がなかけん、期待するんな無理やて思うばい」

 

「…実はお前、サイキッカーだったりしない?」

 

「アクサキは顔に直ぐ出るもん。簡単な話、頼りになるんなマリィだけ。マリィだけなんばいアクサキ」

 

「グッ…」

 

 しょうがない…自尊心やらなんやらが傷つくから余り思いたくないけど、コイツオレよりバッチ多いし、バトルも上手いからな…べ、別に圧力にビビったとかそんなんじゃねぇから!

 

…それに、そろそろオレも焦らないといけない時期だ。

 

「で?天下のマリィさんは、一体どういう作戦を思いついたんだ?」

 

「急かしゃん急かしゃん。そうばい…アクサキは、変化技ば使う気はなか?」

 

「変化技ぁ〜?」

 

 変化技って…つるぎのまいとか、おにびとか、そういうやつか?

 確かに、今までアイツとのバトルで使った変化技は、ニューラのリフレクターぐらい。行き詰まっているオレには丁度良いアクセントかも知れない。

 

 けどなぁ…

 

「なんか…卑怯臭くないか…?」

 

「なんでよ、変化技ば使うんな別によかやろ?正式に認められとーポケモンの力ばい?別に悪か事やなか」

 

「いやまぁそうなんだが…」

 

 なんだかなぁ…バッドガールの言ってる事は正しいんだけど…

 

 昔、ホウエンで旅してた時に、旅費稼ぎがてら腕試しをしようと、ちょっとした大会に出た事があった。

 そん時にエルフーン、ヌケニン、ドヒドイデを持ったトレーナーと当たったんだが…あれはひどかった。

 

 開幕普通にすばやさ抜かれてやどりぎのタネ撒かれるわ、どくどくまもるじこさいせいやられるわ、先にドヒドイデを倒そうとしても、ここっていうタイミングでヌケニンに交代されてスカされるわで、もうコテンパン。マジで散々な目にあった。

 あの時が初めてだな、人に対して明確な殺意を持ったの。

 

 まぁそいつは次の対戦相手に何もさせて貰えず負けたんだがな。

 勝った奴に、君の犠牲は無駄じゃなかった、ナイスファイトって言われたよ。手を出さなかったオレを褒めて欲しい。

 

「てな感じで、余り変化技に良い印象ねぇんだよなぁ…それにさほら、漢なら、真っ向勝負で勝ちたいじゃん?」

 

「うーん、ホップも偶にそうだばってん、男ってなしてこうも馬鹿なんやろ…大体アクサキ、そげん事言うてらるー暇なかやろ?それにマリィとバトルする時はリフレクターとか使うとに、なんでサイトウさんには使いとねえん?」

 

「え、あ、それは…その…」

 

 そうだ。オレはバッドガールとバトルする時は、ニューラのリフレクターを数枚貼ってから、それを活用して有利に進めようとしている。

 なんなら、何もホウエンの時までいかなくても、簡単な積み技や妨害技ぐらいなら使ってる自分がいる。

 実際使いたいって気持ちは、恥ずかしい話、常にある。

 

『正々堂々、全てが壊れるまで。貴方に敬意を表します』

 

…でも

 

「オレも…良く分からないんだけど…」

 

 でも、なんだろうか。

 

 サイトウとバトルすると、だんだん、だんだん、心に染み付いた何かがザワザワしてきて…

 

 そういう、勝つ為だけのバトルってのが、頭から抜けていくというか…いや、それは単純に頭に血が上って判断力が低下してるからだろうけど…

 

 詰まるところ、オレは何を言いたいのだろうか。

 

「なんとなく…アイツとは、正面からぶつかりたいから、かな…多分」

 

 力ない笑みが溢れる。

 

 やっぱり、良く分からない。分かっていたとしても、これしかない。

 

 全く持って矛盾塗れ。勝ちたいと思っている癖に、変なプライド掲げて変化技は使いたくない。

 常人なら嫌悪感を抱くであろう、勝手な考え。

 

 喉に小骨が突っ掛かっている感覚だ。話が上手く纏まらない。心の中に何かある、それはハッキリしている。

 けど、何があるのかは、未知のまま。

 

 どうやらオレは、ジムリーダーというものに、何かしらのしがらみがあるようだ。因縁、ともいうべきか。

 

 まだ、きっとオレはーーー

 

「っとと、すまんすまん。気分を悪くしちまったな。せっかく考えてくれてるのに、柄にもなく変な事口走っちまった。忘れてくれ。長く旅してるとな、色々あんだよ」

 

 苦くなる口を慌てて閉じる。

 いけねぇいけねぇ。こんな事、これからのガキに話す様なもんじゃなかったな。何歳だよオレ、話の流れ的に急すぎんだろ。

 それにさっき焦らないとって言ったんだから、なり振り構う暇はないわな。

 

「…… 薄々気づいとったばってん、手強かね…」

 

「ん?どうしたバッ…マリィ、俯いちまって。具合でも悪くなったか?」

 

「別に?唯アクサキに、絶対変化技教えてやるて思うただけ。あくタイプば甘う見よーと、酷か目に合うって思い知らしぇちゃる」

 

「お、おう。それはオレも賛同するが…なんか…怒ってない?」

 

「怒っとらん」

 

 そう言って立ち上がり、ツカツカと出口へと歩いていくバッドガール。黙ってついてこいとばかりに、親指を立ててクイっと外を指す。

 その背中には、とてもその歳で出して良いようなものではない、おどろおどろしいオーラが漂っていた。彼女の後ろにいるモルペコが、お前何してくれとんねんとガンを飛ばしてくる。ご、ごめんなさい。

 

「お、おい、何処行くんだ?この後サイトウのジムに行かなきゃなんねぇから、あんまり遠出は…」

 

「しぇからしか」

 

「はい」

 

 なんかオレ、ガラルに来てから凄い振り回されてないか?

 

 タクシーうんてんしゅのアーマーガアを撫でながら、早く乗れとばかりに睨んでくる彼女を見て、今年一番のため息が口から溢れた。

 あぁ、ジョウトの同期が恋しい…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ…結局スパイクタウンまできちまった…ラテラルタウンと真反対…」

 

 マリィによって連れられたここは、スパイクタウンの外れ、9番道路。昼過ぎぐらいに予定しているジム戦とは、真反対の場所。

 

 これ、約束の時間に間に合うか…?間に合わなかった場合、講義という名の折檻が始まるんだが…やばい、思い出しただけで鳥肌立ってきた。もうよそう。

 

「タクシー使えばすぐに着くやろ。それよりもマリィとん時間ば大切にしんしゃい」

 

「お前なぁ…ま、ガキなんてこんなもんか。ワガママ言えてりゃ、健康な証だな」

 

 バッドガールの少し横暴な意見に、ついつい文句が口から溢れそうになるが、そも、バッドガールに時間を取らせているのは他でもないオレだ。出かけたそれを噛み砕き咀嚼、飲み込んでおく。

 

 オレもコイツぐらいの時は、良くワガママ言って親やポケモンを困らせたもんだ。コイツは歳不相応な奴だからな、初めてあった時は少し心配だった。

 ワガママを一言も言わないってのも、いつか溜まったものが爆発しそうで怖いし。

 

 だからオレと会う時はそんな遠慮しなくていいぞと言ったんだが…流石に限度というものはあるぞ、バッドガール…

 

「それに、アクサキにとっても悪か話やなかばい。ほら、あそこば見て」

 

「おーあれは…フォクスライか…!そういやここら辺に分布してたな」

 

 バッドガールが草をかき分けた先に映るは、赤褐色の毛皮にモッフモフなしっぽを持つキツネ、フォクスライだ。

 

 フォクスライは、ガラルで捕まえる事が出来るあくタイプのポケモンだ。別名きつねポケモンとも言われ、身軽なフットワークや鋭い爪からなる窃盗術は、確かに昔話に出てくる悪戯狐を彷彿させる。

 主にタマゴや農作物を荒らし、酷い時には旅人のバックを掠め取って行くから、割と嫌われているな。オレは大好きだけど。あの美しい毛並みにダイブしたい。しっぽ触らせろ。

 

 因みにこういったポケモンによる被害は、大体レンジャーが済ませてくれるのだが…彼らも別に暇ではないし、付きっきりで雇うとなるとお金も掛かる。

 よってブリーダーや農家は、一家に一匹、番犬の役割を果たしてくれるポケモンを置いている事が多い。

 

 これが各地方によって違うから、中々面白い。

 カントーでは忠誠心が高く、むしタイプに強く出れるガーディを使っている人達が多いし、ジョウトではナワバリ意識の強いデルビルに吠えて貰っている。

 ホウエンの農場にはポチエナがいたな。あれはしつこい性格だから、一度見つけた侵入者をいつまでも追いかけ回しやがる。

 オレん家はヘルガーとブラッキー、グラエナにゴルバットが番をしてた。お袋には絶対服従してたなアイツら。

 特にグラエナ。お袋の「おい」だけで直ぐ腹見せたかんなアイツ。

 

 んでもってガラルでは、パルスワンを使うようGA(ガラル農業協同組合)が推奨してる。フォクスライの天敵がパルスワンだし、元々進化前のワンパチが牧羊犬として人気で、普及率も高く扱い易いし。

 それに可愛いしな。この前ウールー使いと一緒にいたポニテ助手のワンパチ触らして貰ったけど、あれはヤベェ。抱きしめたら離せなくなる。二つの意味で。

 

 これは捕まえない訳にはいかないな。

 丁度良い、今回はフォクスライを主軸にして挑んでみよう。今までこうげきが高い奴しか使って来なかったし、とくこうで攻めてみるのも悪くない。

 取り敢えずちょっと遅れるかもしれないってメール送っとこ。本当に、すまん、埋め合わせは、する…っと。よし、これで大丈うわもう返信きた!?

 

「こん前アクサキが全国んあくタイプば捕まえとーって聞いて、マリィも少し協力したかねって思うて。どげん?マリィってば気が効くやろ?ずっと一緒におりとうならん?」

 

「お、おう、いや、でも助かるよ。この前もモルペコとオーロンゲのタマゴ貰ったし。今大切に育ててるぜ。そろそろ生まれそうだから、実家に送る前に一度見に来てくれよ」

 

「勿論、見に行くばい。なんたってマリィとアクサキの間に生まれた子やけん、しっかりと見届けな。アクサキったら土下座してまで欲しか欲しかって言うんだから、マリィ、頑張ったんばい?」

 

「おいおい言い方、誤解を招くぞお前。正確にはオレのポケモンとお前のポケモンの間、だ。あんまし外でそういう事言うと、悪い人に嫌な事されちまうかもしれねぇから気を付けろ。ま、ホントに有り難いと思ってるよマリィ、ありがとうな」

 

 したり顔で胸を張っているマリィの目線に合わせ、頭を撫でてやる。フワリと巻き上がる整髪剤の香り、手入れが行き届いているのだろう。絹のよう艶やかな髪の感触が、手を擽ってくる。

 

 懐かしい、弟や妹が褒めて褒めてとうるせぇ時は、こうやって撫でたもんだ。ガキは、たっぷり褒めてやんないと性格ひん曲がるからな。しっかりとお礼を伝えなくては。

 そしてオレはさっきから秒単位で送られてくるメールは絶対に見ないぞ。絶対にだ。だって怖いもん。

 

「…ア、アクサキ…?」

 

「あっ、すまん。いつもガキ共にやってるように撫でちまった。幾ら知り合いとはいえ、野郎に髪を弄られるのは嫌だわな。配慮が足りなかった」

 

 困惑した顔で此方を見てくるバッドガール。視線が交錯した所で、自分がセクハラ紛いな事をしている事に気付き、慌てて手を離す。

 

…押さえられた。

 おいバッドガール、何やってんだよお前。オレの方から触った手前こんな事言うのもなんだが、手を離せ。見られたら事案案件だからこれは。ジュンサーさん呼ばれちゃう。

 ほら、なんか町の方から殺気が…!?

 

「…他の人にもやってるんだ…へぇーそうなんや〜…とんだタラシばいね。あ、撫でるんなそんまま続けて」

 

「タ、タラッ…?何処で覚えるんだそんな言葉。けど、あながち間違っちゃいねぇぜ?オレは全てのあくタイプポケモンにモテモテだからなぁ!後もう十分だろ?もう手ェ離させてくれ」

 

「撫でるんなそんまま続けて?」

 

「はい」

 

 怖いなぁ…ガラルに来てから歳下にビビりまくってんなオレ。情けねぇ…でも怖いなぁ…!

 今の目見た?完璧に人一人ヤレる目だったよ。コイツ若干サイトウに似てる気がする。

 

「えへへ、アクサキん手、大きゅうてぬくかね。いつまでも撫でられてたい」

 

「そうだろ?オレの手は兄弟と手持ちポケモンの中では割りかし評判なんだぜ?育て屋や保育士にスカウトされた時もあったし、立ち寄った町でガキ共の世話を頼まれた事もある。旅先で、同期の奴らが熱出した時は、一晩中頭を撫でてやったもんさ…ホント、懐かしいな…」

 

 あん時は割と必死だった。確かポケセンに泊まった時で、そろそろ行くかって準備してんのに全然起きてこなくて、布団ひっぺ剥がしてみたら顔めっちゃ赤いの。

 んで焦ってもう一人の方起こそうとしたらそっちも顔赤くてうなされてんの。

 

 いや〜ビビったね。急いでジョーイさんと医者呼びにいって、階段から転げ落ちたの今でも覚えてる。医者からは君丈夫だねって引かれながら言われた。ちゃんとカルシウムとビタミンとってるからな。

 

 でも、普段は大人びてるコイツがこんなに甘えてくるのは、兄貴さんが忙しいからだろうな。確かあくタイプのジムリーダー、ネズさんだっけか?ジムリーダーは多忙だから、じっくりと甘える暇なんてなかったに違いない。この歳で甘えたがるんだから、相当団欒の時間が取れなかったんだな。

 

 ま、どんとこい。こちとら十人兄弟の長男、一人くらい妹分が増えたって訳ないさ。

 

「それはそうとて、あそこにいるフォクスライはチャチャっと捕まえちまいましょうかね。バッド…マリィ、手伝ってくれるお礼に良いもん見してやるよ。ちょっとこれ持っててくれ。見てろよ〜」

 

「え、ちょっアクサキ!?なんで上着脱いで…って何やっとーと!?」

 

 取り敢えず、わざわざこっちまで来たんだ。要件さっさと済ませて、約束の時間に間に合うよう頑張ろう。

 待ってろサイトウ、今回のオレは一味違うぜ…!捕獲作戦、開始だ!

 

 

 

 

 この後、近くを通りかかったジュンサーさんに死ぬほど怒られて、騒ぎを聞きつけた町の人が本気でオレの息の根を止めに来るという、ちょっとした騒動になったんだが、それはまた別の機会に話そうと思う。

 

 あ、でも…唯、一つだけ。一つだけ話させて貰うとしたら。

 

 バッドガール…お前何故オレの背中に飛び付いてきた?

 

 そのせいでフォクスライにも逃げられるし、あらぬ誤解を掛けられるし、殺気は倍増するし…大変だったんだぜ?

 せめて、町の人から逃げる時は背中から降りような…てか、今すぐ降りて?

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいバッドガ…マリィ、いい加減降りてくれよ。いつまでおんぶされる気だ?オレもうバトルしなくちゃなんねぇんだが」

 

「嫌。まだ全然足らん。それにバトルん後、どうせサイトウさんとどっかいくんやろ?」

 

 吹き抜ける乾いた風に、枯草色が擦れる音、出店に立つおっちゃんとマラカッチの客寄せ声に包まれる。

 

 時は流れて、ここはナックルシティの西に位置する山間の町、ラテラルタウン。

 

 色々一悶着があった末、無事にフォクスライと変化技の使い方を取得したオレは、確かな重量を持ちながら、丘の上にあるジムへと目指していた。

 

「それはサイトウに負けた場合だ。それも条件付きの場合。今日はそうなるつもりはねぇよ。だってオレが勝つからな」

 

「やったら一層こんままでおらんと。ほら、うりうり〜」

 

 オイコラどういう意味だ、振り落とすぞ。

 

 でも、最近はアイツの方から条件提示してくんだよな…毎回って訳でもねぇが。それに頼まれる内容も、ちょっとご飯でもどうですかとか、少し散歩しませんかぐらいだし、支障を来す程でもねぇ。

 

 いや…けど、ほら?先日が先日だったから…少し…な?

 

「てかさっきから何やってんだお前!背中でわちゃわちゃと鬱陶しい!オレもそろそろ疲れてきたから、そういうチョッカイやめて欲しいんだけど!」

 

「別に何にもしとらんばい」

 

「嘘をつけ!思っきしオレの髪いじってんじゃねぇか!おい、頬擦りするな!顔を埋めるな!帽子を返せ!息が首に当たってくすぐってぇんだよ!」

 

 クソ、コイツ鼻でも詰まってんのか?さっきから耳元でスンスンうるせぇよ。ほら、ティッシュやるから、絶対オレに鼻水垂らすなよ?

 それに腕もそろそろ限界だ。

 

 元々オレは、昔からあくタイプを捕まえる為に鍛えてたし、長旅を続けてきたから、持久力も付いている方だと思う。

 最近はサイトウが、「健康の為です」とか言ってガラル空手なるものを教えてくるから、そこそこ身体はしっかりと作れている筈だ。しかし空手って、殴る蹴るだけじゃなく、組技もあるんだな。

 

 けど、幾らガキとはいえ30〜40キロぐらいはある。

 詰まる所、そんな重りをつけたまま、ナックルシティから徒歩は流石にキツい。もう腕パンパンだ。ラテラルタウンって日差しが強いし暑いから、汗も凄いかいちまった。

 特にコイツと密着してる部分が蒸れて気持ち悪ぃ。女ってこういうの嫌いなんじゃないのか?

 

 そんでもって何より…

 

「…ッ…」

 

「ママ〜わたしもおんぶして〜」

 

「コラッ、みちゃいけません!行くわよ!」

 

「チッ…ここがガラルじゃなきゃ、マルマインを思いっきり叩きつけたのに…」

 

「もしもしジュンサーさん?今人相の悪い男が女の子を…はい…場所は…」

 

「まてまてまてまて!?」

 

 周りの視線が痛すぎる…!

 

 そうだよね…!人相の悪りぃ良い年した野郎と年端もいかねぇ女のガキが、街中で堂々と密着している…?確実に事案じゃねぇか…!?

 

 オレは断じてそういうのじゃねぇ!ガキなんて対象外だろ、どうやってそんな、その、こ、こい、恋仲の…だぁーしゃらくせぇ!?

 

「大体、これだけでそういう風に勘ぐってくるこの世の中が悪りぃんだ!なんなんだよクソ、唯ガキ一匹おぶってるだけだろうが!あったとしても庇護の対象だ!庇護の対象!」

 

「アクサキ、それやと余計、そげな風に見らるーばい?言い訳しとーごとしか聞こえんもん」

 

「クソがぁぁぁ!!じゃあテメェはさっさと降りろやァァ!!」

 

「絶対降りん。別に構わんし、寧ろそっちん方が都合が良か」

 

 どういう風に捉えたらそんな結論に達するんだよ!?なんか恨み買うような事したかオレ!?いいから降りろ!!おいテメ、ガッチリ脚でホールドしてくんな!降りろ!降ーりーろ!

 

「ちょっといいですか?」

 

 何がなんでも降りようとしないバッドガール、オレの手から逃れる内に抱っこの体勢になった所で、後ろから声を掛けられる。

 ほらぁ!お前が変に粘るから、遂に話しかけられちまったよ!どうすんだよオレまだジュンサーさんのお世話になりたかねぇぞ!

 

 しかしここできょどっちまったら尚更変な事してるクソ野郎みたく思われちまう。なら、ここは…!

 

「悪りぃな!今取り込み中だからヨォ、後にしてくれや!」

 

 堂々と、押し切ってやる!

 

 背筋をはり、ハキハキと。帽子のつばを上げ、語尾を荒くする事でビビってませんよとアピール。

 目を鋭くさせ相手を牽制し、まるで自分何にも疚しいことしてませんよの体を押し付ける。声的には多分女だ。オレは目つきが悪いから、大抵の奴はそこで引く筈ッ!

 

 さぁ、果たしてお前は、オレに説教する事が出来るかな!

 

 引き剥がしたバッドガールが腰に巻きついてくるのを無視して、後ろにいる勘違い野郎に勢いよく振り返り

 

 

 

 

 

「い い で す か ?」

 

 

 

 

 

 見た事もない表情でオレの肩を掴んでくる、ジュンサーより怖い人(サイトウ)がいた。

 

「ーーーーーッァ!?サ、サイトテメ、なん、なんでここに!?」

 

「なんでも何もここはラテラルタウン。私がいるのは当然ですが。少し遅れると聞いたので、その間少し街の警邏でもと思いまして。そしたら…」

 

 黄昏よりも深い黒に染められた瞳、チラリとオレの腰辺りに揺れたかと思うと、直ぐ様此方を射殺せんばかりの目線を飛ばしてくるサイトウ。

 汗腺が全開され、冷や汗が滝のように溢れ出てくる。悪い事をしていない筈なのに、ずっしりと肩に特有の重圧が。

 

 思わず膝をつき、正座に移行する自分の姿を幻視してしまう。本能の警告、彼女から発せられるオーラだけで、オレはコイツに敵わないと刷り込まれそうだ。

 こ、怖い…怖いよ…!この前の比じゃないくらい怖いんだけど…!?

 

 オレ、この後無茶苦茶(意味浅)にされるんじゃ…!?

 

「随分と面白い事してるじゃないですか。ねぇ?アクサキさん」

 

「い、いや待てサイト」

 

「口答え、していいと?」

 

「はい」

 

 肩に掛かる重圧(物理)が強くなる。骨が軋む音、弁明すらさせて貰えない。反抗したら死、それだけが脳裏に過り、口をかたく閉ざした。オレに変質者のレッテルを貼って来た周りの奴らが離れていく。

 この街の代表とも言えるジムリーダーが来たので、事が終息すると思ったのだろう。喧騒が蘇る。

 

 なんか…皆顔引きつってるように見えるのはオレの気のせい?

 おっちゃんの呼び込み声、悪くなった空気を飛ばそうとするセンコーみたいなんだけど。

 あ、目があった。

 直ぐ逸らされた。

 すっごい憐みの念が篭ってた。目に。泣きそう。

 

「今何時か分かりますか?一時です。予定していた試合時間は十二時半、つまり三十分も遅れているんですよ。ねぇ、分かりますか?極東の人は時間にしっかりしていると聞いたのですが。貴方には当て嵌まらないようですね。まぁ、ここまでは良いんです。過ちは誰でも一度は犯します。本当に遅れるべき理由があるかも知れませんしね。てっきり私も貴方が遅れる理由はその類に属するものだと思っていました。しかし…どういう事でしょうか?どういう事なんでしょうかね?貴方から送られてきたメール、『フォクスライ捕まえてくる』なんですよ。必要ありますか?私との時間を減らしてまで、必要あるのですか?ねぇ、どうなんですか?」

 

「え、えと…その…お前に勝つ為に、必要かな?…な、なんち」

 

「ないんですよ、全て。カケラも。微塵も。何もかも必要ないんです。貴方に必要なのは一秒でも早く私の所に来る事。そして長く時を過ごす事。全く持って遺憾です。何故思うように進まないのでしょうか。メールもそうです。私が何度も何度も返信を打っているのに、既読すらつけない。連絡の取れない携帯電話など必要あるのでしょうか?否、不要です。今すぐにロトムフォンを出して下さい。他のデータ諸共粉々にしてあげますよ。代わりに新しいのをお渡しします。高性能の新型です。何、遠慮はいりません。問題は何一つ、電話帳に登録できる件数が一しかない事以外は確認されていませんから。貴方に少しでも期待をした私の落ち度です。甘い顔も過ぎては毒、油断は大敵、修行不足も甚だしかった。蜜に虫が寄ってくるのは道理でしょうに、それを平気で外に置いておくなどと。大事なモノは入念に保管しなければ、現に悪い虫が付いてしまった。さぁアクサキさん。今すぐその婦女子(売女)を引き剥がして下さい。そして今すぐにジムに向かいましょう。あ、バトルが終わった後も用があります。少し組み手にご協力を。道着は貸し出します。今日の私は多少熱が入ってしまうと思いますが、頑張ってくださいね。簡単に帰れると思わない事です」

 

 メキメキと悲鳴を上げるオレの肩、濡れた瞳が晒される。一歩踏み込まれ、更に近くなったサイトウの顔。心なしか少し上気したそれが視界を染め上げる。

 てかやめて痛いから!?なんでそんないじめっ子みたいな顔するの!?目ぇ怖いよ!?

 

「あぁ、垂涎の馳走とは当にこの事ですね…食器とテーブルが揃っていたら直ぐに頂いたのですが、まぁいいです。後でいつでも頂戴出来ますし。さ、行きますよ。そこの、確かネズさんの妹さんでしたっけ?余り彼に迷惑を掛けないように。貴方と彼の立ち位置(年齢)を考え、今後行動して下さい。時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした。気をつけて、()()、してくださいね?」

 

「あ、いやサイトウ、バッドガールはオレのバトルを」

 

「見学は許可していません。過度な騒音は試合の妨げとなります。いつもそれで貸し切りにしているでしょう?」

 

「いやまぁそうだけど、でも一人で帰らせんのは」

 

「はい?」

 

「なんでもないっす、はい」

 

 ごめん、もう無理。キャパ超えた、完璧にキャパ超えたよ。いつもならこんなガキ一人で帰らせるなんて何考えてんだテメェと突っかかる所だけど、今のオレには無理だわ。

 マジすまんバッドガール、不甲斐ない年長者を許してくれ。ちょっと買い物出来るぐらいの小遣いは渡すから。

 

「だってよバッド…マリィ、見学ダメだって。マジですまねぇな、せっかくここまで付いてきて貰ったのに、オレがアイツ怒らせちまったせいで。ほら、小遣い。終わるまで、ちょっとそこら辺プラプラしててくれ。変な人に付いていくなよ?なんかあったら直ぐに電話かけろ、一応ブラッキー預けておくから。ブラッキー、頼んだぞ。コイツを守ってやってくれ」

 

「…」

 

「マ、マリィ…?も、もしもーし?」

 

 財布から数千円取り出し、ブラッキーが入っているボールと一緒に渡す。

 が、ホルスターをちょこんと掴んだまま俯いているバッドガール、反応がない。ただのしかばーーーーー

 

「…かね…」

 

「え?」

 

 

 

 

「仲間外れは、寂しかね…?」(裾クイッ+つぶらなひとみ)

 

 

 

 

「ーーーーー」

 

こうか は ばつぐん だ!

 

「そ、そうだよな!そうだよな!仲間外れは寂しいよな!悪い悪いオレがどうかしてたぜチビッコ一人にさせるなんて何よりも避けなきゃなんねぇのによォ!一緒にジムまで行こうな!しっかり応援頼むぜ!」

 

「え、ちょっと、何勝手に決めてるんですか。見学は許可しないと言った筈ですが」

 

「うるせぇ!己の目的の為に街中でガキ一人にさせるバカになんて、オレはなりたくねぇ!遅れたオレが全面的に悪いが、バッドガールに見学許可がおろせねぇってんならまた別の日にさせて貰うぜ!大体お前なんとも思わないのかよ、ジムリーダーだろそれぐらいの器量見せつけてくれや!」

 

「クッ…至極真っ当な正論…!し、しかし何を言われようと彼女に対して私はなんとも思わ、嘘です。見学を許可しましょう。だからお願いしますそんな目を私に向けないで下さいその顔もとても素敵で疼いてしまいますがそれ以上に怖いです!」

 

 普段ならこんな威圧的な事はしないようにしているんだが(特にサイトウには)、別に構わない。恐怖心も罪悪感も這ってこない。彼女を見てクソみたいな劣情が浮かび上がった訳でもない。

 あるのは、間欠泉の如く腑の底から噴き上げてくるこの感情のみ。

 

 遠い昔の記憶が蘇る。

 

 ジョウトで暮らしていた時、駄々をこねる弟や妹の為に近所の駄菓子屋へと連れて行った記憶が。

 

 カントーを巡っていた時、公園に来たガキどもを面倒見て、丸一日をそいつらの相手をしてやった記憶が。

 

 ホウエンで旅費を稼いでる時、知り合った奴らと臨時で保育士になり、ガキどもにもみくちゃにされた記憶が。

 

 長々とすまない。簡潔に言おう。

 

 

 父性がダイマックスした。

 

 

「アクサキ、おんぶして欲しか…ダメ?」

 

「は?ダメに決まってますよなんでアクサキさんがそんな事しないといけないんですか。ジムまで坂やら階段やらありますから、彼に負担が掛かります。第一貴方、さっき嫌がられてたじゃ」

 

「おういいぞ!おんぶの一つや二つくらい、どうって事ねぇぜ!ほらマリィ、しっかり掴まれ、よッ!」

 

「アクサキさんッ!?」

 

 今のオレならなんでも出来そうだ。

 

 彼女の細い腰に手を回し、力を込めて高く上へ。磁器のように白い太腿を肩に乗せ、足首掴んで固定すりゃあ俗に言う肩車という奴だ。

 突然の行動に少し戸惑ったバッドガールだが、すぐに軽快な笑い声を上げる。あ、おんぶって言ってんのに肩車しちまった。まぁ喜んでるしいいか。こら、帽子とんな。

 

「ダ、ダメです認めません!どうしても何かを背負いたいと言うのなら、私を背負って下さい!ほら、年頃の婦女子を生に背中に感じられますよ役得じゃないですか、早くソイツを下ろして屈んで下さいよ!」

 

「なんでだよ。高々ガキのワガママ、可愛いもんじゃねえか。それになんでテメェをおぶらなきゃなんねぇ、テメェで歩け」

 

「〜〜ッ!いいから屈んで下さいッ!」

 

 そのまま進み出したオレ達の横をついて回り、ダメだダメだと抗議するサイトウ。延々と文句を言う姿からは、普段の覇気が見る影もない。さっきまであった殺気(なんちって)が消え失せた。

 

 大人顔負けの雰囲気を出す彼女の姿から一転、まるで駄々を捏ねるガキそのものだ。どうしたのだろうか。

 

「…アクサキがいいって言ってるのに、

ジムリーダー(筋肉ダルマ)が、ごちゃごちゃとしゃあしかね…背負っても堅か感触しか感じられんアクサキがかわいそう」

 

「此方の台詞です。色白な癖に脳内真っ黒な貴方に触れられたら彼まで汚れてしまう。早急に離れて下さい。それとも…喧嘩(バトル)なら買いますよ、妹さん(マセガキ)?」

 

「きゃぁーえずかばいアクサキー、サイトウさんえずうて一人で歩けそうになかねー」

 

「…随分と汚らしい蛆虫だ。急いで取り除かなければ彼が膿みに蝕まれてしまう。ソイツを下ろしてくださいアクサキさん。後すいません、先に彼女とバトルしなくてはいけなくなりました。なに、すぐ終わらせますよ」

 

 現に、なんかバッドガールとバッチバチになってるし。

 

 冷静沈着を心掛け、常に感情を表に出さない彼女にしては信じられない光景だ。バッドガールの何がそんなに気に食わないのだろうか。

 案外コイツ子供嫌いなのか?いや、ゴースト仮面と一緒に飯食ってる所も見たし、子供ファン対応もしっかりしてるから、そういう訳ではないと思うんだが…

 

 やっぱ、かくとうタイプとあくタイプは馴れ合えねぇのかな。フフ…矢張りあく使いは孤高の戦士、皆から求められる正義の鉄槌とは混ざり合えないって訳か…シブイな!

 

 ま、取り敢えずこの空気耐えられんから止めよ。

 

「おいこらお前ら、喧嘩すんな。サイトウ、さっきからみっともねぇぞわーきゃーと。仮にもコイツの年上でジムリーダーだろ?ガキのやっすいちょうはつぐらい、そんなガチで怒らんでもいいじゃねぇか」

 

「ですが…!」

 

「ですがもデスカーンもねぇの。オレみたいなんかが何言ってんだって思うだろうが、ここは一つ、年長者を見せてくれねぇか?」

 

「ッ…ーーー分かりました」

 

「マリィ、お前もだかんな。変に人を煽るな。相手は年上なんだから、ちゃんと敬意払え。勿論オレにもだ」

 

「はーい、サイトウさんと違うて、マリィはお利口やけんちゃんと言うこと聞く〜」

 

「一言余計だ一言余計。ホントに分かってんのか?」

 

 よし、二人とも落ち着いたみたいだし、これで大丈夫…だよな?相変わらずオレの髪わしゃわしゃしてくるバッドガールを横目に、黙って歩きだしたサイトウを見る。

 

 キビキビとした動き、伸びた背筋にいつものサイトウを見出すが、いかんせん、表情が冴えない。本人はポーカーフェイスを保てていると思ってんだろうが、その顔には沈痛といった感情が浮かんでいる。

 

…少し、強く言い過ぎただろうか。

 

 オレん家は喧嘩した時、まず年長者が叱られて、我慢してあげてくれだの譲ってやれだの諭されるタイプの家だ。それに反発する事は多々あったけど、いつも親父やお袋の姿を見ていたから、長男としての理解は出来ていた。

 だから、ついついサイトウにも同じノリで言っちまったんだが…

 

 でも、幾らコイツが大人顔負けの天才少女だとはいえ、少女は少女。オレよりも年下だ。オレが勝手にテメェのルールを押し付けるのは、確かに良くない。物分かりがいいから理解してくれているけど、納得はしていない筈。

 

 大体約束遅れてきた奴から説教くらうとか、クソ煩わしいに決まってる。オレだったら速攻殴り掛かる。何してんだオレ。

 そう思うと、矢張りコイツはしっかり者なんだろうな。問題は、そのしっかり者がなんでこんな喧嘩するか、その要因。

 

…コイツも、案外人に甘えられねぇ人生歩んできたらしいからな…

 

 英才教育、なるものを受けていたらしい。

 兎に角厳しい両親を持ち、表情筋が衰える程の辛い修行の毎日。弱音なんて吐けなかったと、この前ポロリと溢していた。話だけ聞いたら胸糞だが、本人は感謝をしていると来てっからどうしようもねぇ。

 

 ジムリーダーとなってからは一層弱い所なんて、彼女の性格上見せられないだろう。そんな溜め込む毎日送ってる時に、約束遅れた野郎が知らねぇガキ甘やかして、テメェは我慢しろ…鼻につく事この上無いな。

 

 てか改めて見てみるとクズじゃねぇかオレ。これは不味い。ちょっとフォロー入れないとかなり不味い。

 

 それに、これでは彼女が仲間外れだ。一人は…とても寂しい事だとオレが一番わかってるだろうに。

 

 しょうがねぇ、人生の兄貴として、此処は一肌脱ぎますか。

 

「マリィ、ちょっとしっかり捕まってろよ。絶対離すな」

 

「?分かったばい」

 

「よし良い子だ。おいサイトウ、ちょっといいか?」

 

「…なんでしょうか…?」

 

 一歩前を歩いているサイトウを止め、此方に身体を向けさせる。振り返ったサイトウは明らかに自分拗ねてますオーラを醸し出しており、声にはハリがない。

 まるで構って貰えなかった兄弟たちの様だ。それが尚更、オレの行動を後押しさせる。

 

「…先程は取り乱してしまい申し訳ありません。矢張り、自分にはまだ修行がーーー」

 

「ちょいと失礼」

 

「ーーーぁ」

 

 自分の態度に謝罪を要求されたと勘違いしたのか、頭を下げてくるサイトウ。その丁度良い高さになった頭に手を当て、ゆっくりと。

 手を櫛にして、砂金の様にきめ細やかでサラサラとした髪をかき分ける。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと。ガキに込める慈愛を、そのままサイトウに。今までの経験を全て動員させ、ゆっくりと浸透させていく。コイツの心に溜まったヘドロを、少しづつ、掻き出していく。

 

「さっきは少し言い過ぎちまってすまねぇな…いつも頑張ってくれてんのに、ちょっと配慮が足りてなかった」

 

「ーーーぁ、いえ、そんな…私は、その…」

 

「謙遜すんなって。いつもジムリーダー頑張ってて、偉いな。オレァお前のおかげで、毎日ホントに助かってるぜ…ありがとよ」

 

「…あ、ありがとうございます…!?」

 

 髪を梳く作業を繰り返す。

 

 こういう、真面目で、謙虚で、中に溜め込む癖のある奴は、自分でも分からない内に承認欲求が募っていくと聞いた事がある。ガキは褒めてくれと遠慮しねぇが、彼女はもうそんな歳では無い。

 ジムリーダーという立場、向けられる期待、厳しい両親、作り上げた自分自身。褒めてくれなどと、嘯く事なんか出来やしない。

 

 だけど、彼女が褒めてくれと言えないのなら。

 

 此方が、頑張ったなと。褒めてやる事が必要だろうに。

 

 まだ、その全てを背負うには、早すぎるだろうに。

 

 いかんせん彼女は天才だから、出来上がっていると勘違いしてしまう。誰も彼女を褒めやしない。彼女に掛けられる言葉は常に〝頑張れ〟であり、〝頑張ったね〟ではない。

 それがどれだけ寂しい事なのか、オレは、全て理解出来ている訳では無いけれど。

 

 美味しそうにケーキを食べているサイトウを。

 

 楽しそうに買い物をしているサイトウを。

 

 嬉しそうに、ポケモン達と戯れているサイトウを。

 

 コイツは普通の女の子なんだと、それだけは知っている。

 

 だからせめて。

 

 周りが彼女を褒めないならば、せめてオレだけでも。

 

 かくとうタイプ永遠の宿敵(ライバル)として、彼女を労おうじゃねぇか。

 

 任せとけ、こちとら十人兄弟の長男。

 

 一人や二人、妹分が増えたって、どうって事ない。

 

「よしよし、頑張ったな…ほれ、お終い。悪りぃな、髪くしゃくしゃにしちまって、女ってぇのはセットとか大変なんだろ?今日の遅刻の事も合わして、今度埋め合わせするから、勘弁な?」

 

「ーーーえ?あ、もう終わりですか…いや、その…お気遣い頂き、ありがとうございます…埋め合わせの件、是非とも、よろしくお願いします。しかし…何というか…ホントにアクサキさんですか?頭でも打ったのでは?」

 

「おいコラどういう意味だ」

 

「そのままの意味です。あと、婦女子の髪を断りもなく触らない様に。他の人には絶対やってはいけませんよ?

…正直言って、危なかった…彼にこんな一面があるとは…!落ち着けサイトウ、落ち着くのです…!」

 

 良かった、いつものサイトウに戻ってくれた。顔つきも、大分ハッキリとして、矢張りストレスとか溜まっていたんだろうな。なんかぶつぶつ言ってっけど、これにて一見落着って訳かな。

 しかしさっきからバッドガール静かだな。どうした?

 

「あ、そっかそうだよな。やっべ、マリィにも同じ事言われたの忘れてた。いや普通にすまんな」

 

「…妹さんにもやったのですか?」

 

「え?おう、やったけど…」

 

「…まぁいいです。それ以上に、構って貰う事とします」

 

「おう任せとけ。テメェはいつも頑張っているよ。甘えたい時はいつでも甘えてこい。この最強のあくタイプ使い、アクサキ様が労ってやろう!フフッ、あくタイプを頼ってくるかくとうタイプ…実質コレ勝ちなのでは?」

 

「馬鹿な事を言わないでください。貴方が私に勝てる訳ないでしょうーーーありがとうございます」

 

「…いいって事よ」

 

 一瞬不穏な空気が流れた気がしたけど、気のせいだったみたいだ。再び一歩前を歩き出すサイトウ、足音だけが響いて、沈黙が続く。

 だが、悪くない沈黙、という奴だな。その静寂が、不思議と気持ちが良かった。

 

 あー、今日も善行を積んでしまったな。全く、オレってばなんて罪作りな男なんだろうか。バッドボーイがグッドボーイになってしまう。

 これはアルセウス(こわもてプレート)もほっとけないわ。よっしゃ、なんだかいけそうな気がしてきた。バッドガールが教えてくれた戦法もあるし、今日こそテメェをボコボコにしてやるぜ、サイトウ!

 

 見えてきたララテルジム、逸る気持ちを胸に秘め、そのまま足に力を込めた。

 

 

 

「…ねぇ、アクサキ」

 

「フフ…うん?どしたマリィ?」

 

 バッドガールが発した言葉で

 

「やっぱり、やっぱり他ん奴らにも同じ事やっとったんやなあ。ばり悲しゅうて、残念ばい」

 

「ハッ、それはそれは残念でしたね。下らない妄想が崩れ落ちて、お気持ち、ご察し致しますよ?」

 

「はぁ… こりゃあんまり言いとうなかったっちゃけど、まぁ、さっきからちょっと優しゅうされただけで、勘違いして有頂天になる可愛そうな人見てられんし、現実教えちゃった方がよかね…アクサキ」

 

「?」

 

 場が凍りつくまでは。

 

 

 

 

 

「アクサキがくれたカジッチュ、今も元気にしとーばい」

 

 

 

 

「…は?」

 

 あぁ、あの時のサイトウの顔、多分一生忘れないだろう。

 

 油のささってないギアルの様に、ゆっくりと振り返り。

 

 お前、それは本当かと、目線で投げかけてきたサイトウに対して。 

 

 

「え?おう、やったけど…」

 

 

 そう言った時の、サイトウの顔を、一生。

 

 見えない筈なのに、何故か粘着質な笑顔を浮かべているバッドガールが、脳裏に過った。

 




アクサキ
ジョウト地方出身。他地方での獲得バッヂ数はカントーが4、ジョウトが7、ホウエンが6。
十人兄弟の長男。
次男と六歳差と、歳がそこそこ離れているので、面倒役を任せられる事もしばしばあった。
それにより磨かれた兄貴力は凄まじいものであり、旅先の子供達には良く懐かれる。
本人は自分から醸し出されているあくタイプオーラに魅了されていると思っているが、実際は近所の優しいお兄ちゃんぐらいにしか見られていない(一部例外あり)
兄弟達+同期が言うオススメは、なでなで膝枕耳掻きマッサージのコンボらしい。心臓が悪ければ死ぬとか。

現在次男と長女(双子)は旅に出ており、仕送りをそちらに回す為、バイトを増やしている。
最近は十一人目の兄弟が出来るとかなんとかで、楽しみだとサイトウに言ったら「お父さん元気ですね」と微妙な顔をされた。
元気なのはお母さんらしい。無知。ナニとは言わないが。

本人の性格と育った環境上、年下は完璧に対象外であり、児童を異性の対象にする輩の事を「どうやったらそんな風に考えられるのか分からんw脳味噌腐ってんじゃないのか?w」と宣っておりつまり奴は我々の敵だ総員ボールを構えろ最大火力でぶっ飛ばしたあとふんじばってサイトウちゃんに献上するぞ。

サイトウ
ごめん、今めっちゃ荒れてるから正直近づき難いというかなんというか…説明すると、這い寄ってきた蛆虫にまんまとしてやられてご乱心…あ、サンドバック破けた。
気がすんだかな…え?なんでこっちくんのサイトウちゃん、ちょ、ちょっとマジかよ死ぬ死ぬ死ぬおい待てって誰か助け

マリィ
あくタイプジムリーダー、ネズの妹。
子供という特権を振りかざしてアクサキとイチャイチャ(一方的)をする恐ろしい子。
カジュッチュは作戦会議のお礼に何かするよと言ったアクサキに頼んで捕まえて貰った。
スパイクタウンの人は勿論、ニット帽、ウールー使い、フェアエステンパ、ポニテ助手など定期的に言いふらしており、社会的に外堀を埋めて…いやこの場合アクサキの周りに深い外堀を掘って中に入ろうとしている、やっぱり恐ろしい子。おんぶしてもらった時に来ていた服は洗わず保管しているらしい。
アクサキより知っている。ナニとは言わないが。可愛いばい。

フォクスライ ♂
空気。モブ。キツネ。

ブラッキー ♀
なんだったらフォクスライよりコイツの方が印象に残ってそう。アクサキの膝は私のモノ。クール。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。