あくタイプはかくとうタイプに弱い   作:T-

6 / 9
鎧の孤島をウロウロしてて投稿が遅れました。これも全部ドレディアたそが可愛いからいけないんじゃあ^ ^〜

皆さんの相棒は帰ってきたでしょうか?


ダークホール

 オレはあくタイプが大好きだ。

 

 何故あくタイプが好きなのかと問われれば、軽く半日は語ってしまう程、オレはあくタイプを愛している。

 

 あくタイプと聞けば、人によって顔を顰める人もいるだろう。が、少し待って欲しい。『あくタイプ』という五文字だけで、あくタイプの全てを判断するのは、あくタイプ使いとして許せないものがある。

 

 そんな、最近ホウエンの友達から毎日電話がきて、ちょっとノイローゼ気味になってきた、あくタイプの貴公子ことオレ。

 

 今日も元気にサイトウの野郎をぶちのめす…と言いたいところだが、ちょっと今回はやめておこう。

 

 何故なら…

 

「ゴッホァゴブはぁ…く、ゾォ…アダマ痛ぇ…風邪びいた…!」

 

 ここは、中世の城壁を活かした、歴史ある街、ナックルシティ。そこの、ジムチャレンジャーホテル204号室。

 

 オレは今、絶賛風邪をひいて寝込んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風邪をひいた?サイトウの野郎が?」

 

「はい、今朝から体調が、優れないようでして…」

 

 赤くなった鼻をさすりさすり、マジかと声を上げる。

 

 ここは、枯れ草の匂いが風と共にやってくる、いつもお馴染みラテラルタウン。そのジム出入り口。

 

 今日こそはサイトウをコテンパンにしてやる、そう意気揚々とジムに入ろうとしたオレは、待機していたジムトレーナーに待ったの声をかけられた。

 

 いやもっと早く声かけろよ。思いっきり顔面ドアにぶつけちまったじゃねぇか。確かに開いてると思って、大した確認もせずに入ろうとしたオレにも非があるけどさぁ。

 

 今朝見たドラマの様に、カッコよく入ろうとした手前、クッソイテェしクッソ恥ずかしいんだが?

「よぉサイトウ!今日こそおばぇ!?」ってなったからな。喋りながらプルプル肩震えてんの分かってんぞジムトレーナーさんよぉ?

 

「そんな睨まないで下さいブハッ…す、すいません伝言を預かっています。えーと…直ぐに、クフッ、治しておくので、今日出来なかったジムチャレンジは、明日の八時にやりましょう、だそうです。どうしますか?」

 

 今吹き出したよな?絶対吹き出したよな?テメェの鼻も赤くしてやろうか。

 

「チッ、まぁいい.んな事はどうでもよぉ…サイトウのヤツに伝えといて下さい!自己管理も出来ねぇバカは一週間家に篭って寝てろって!」

 

 ったくサイトウのヤツめ…一日で風邪が治る訳ねぇだろ。こんじょうあるのは認めるが、半端な状態で来られても困るんだよ。感染るし、病み上がりが一番怖ぇからな。

 

 それに、不完全な状態で勝っても嬉しかねぇ。万全なコンディションでぶちのめすからこそ意味がある。

 

 お、今のオレ凄いあくタイプぽかった。もうちょっとポーズを決めておけば良かったな。こう、帽子をクイッと、こう、クイッとやったら更にサマに…

 

「分かりました。貴方の風邪が心配なのでしっかり休んでください。一週間後の八時で大丈夫です、マイハニーと送っておきますね」

 

「言ってねぇよンな事一言も!?耳腐ってンのかテメェ!?」

 

 思わず帽子を地面に叩きつけちまった。もの凄い爆弾発言を送信しようとしたジムトレーナーに掴みかかる。不思議そうに此方を見てくるジムトレーナー。

…?じゃねぇんだよこっちが…?だわ!どんな風に解釈したらそんなふざけた文章になるんだ?

 なんだよマイハニーって。ぜってぇワザとだろ。オレとアイツはそ、その…ふ、夫f、そ、そんな関係じゃねぇ!

 

「心配なんかしてねぇよ!寧ろ普段から自分強いですオーラ出してる癖に、ザマァとすら思ってる!」

 

「またまたぁ〜そんな顔しておいて説得力ないですよ?サイトウさんの超絶ファンですもんね?アクサキさんは」

 

「どんな顔だよ、な訳ねぇだろオレはアンチだ!超弩級のッ!毎日毎日そういうサイトに書き込んでるから!めちゃくちゃワルだから!」

 

「毎回そういうサイトに書き込んで荒すんですよね知ってます」

 

「チゲェし!?別に分かってねぇ三下共に本当の事言ってるだけなんだよなぁ!?だんっ、じてっ!オレはファンじゃねぇし心配もしてねぇ!!もういいでしょ、オレァ帰りますよ!アザッした!」

 

「あ、待ってくださいよ。どうせこの後お見舞い行こうとか考えてるんでしょ?はい、コレ。サイトウさんの住んでるマンションの住所と部屋番号です。アクサキさんなら大丈夫でしょう、なんなら彼女にとっての特効薬だし。あ、でもハメ外し過ぎないで下さいよ〜、もしヤるならせめて付けてあげて下さいね」

 

「何を言ってるかよく分からないが、オレが、アイツの、お見舞いに?行かねぇよんなもん!それするぐらいだったら帰って寝るわ!」

 

 クソ、からかいやがって…!?

 

 ニヤニヤしながらツンデレですねぇとかほざきやがるジムトレーナーに背中を向け、この後どうするか考える。

 オレはてっきり今日一日はジムチャレンジの為に過ごすつもりだったから、完璧に予定が狂った。

 

 特訓は朝っぱらからやったし、勿論バイトも入れてない。誰かと会う約束なんざそれこそサイトウのヤツだけだし、他の奴らを当たろうにもマリィとウールー使いは8番目のジムに挑戦中、オニオンは仕事中だ。反対側のジムが賑わっている。

 

 ルリナパイセンもモデルで忙しいって言ってたし、ヤローの兄貴も同じだろうな。カブさんはきっと炭鉱走ってるだろうし…

 

 あ、ニット帽…はないな、うん。アイツ何考えてるか分からねぇし、通訳いないと会話続かねぇ。

 そもそも誘い文句がない。飯行こうにも、時間的にちょいと早い。まだソルロックが東側の空を飛んでいる。

 

 要するに、めちゃくちゃ暇だ。

 

 どうしよう、何をすれば良いのか分からない。フリーの日って何すれば良いんだ。一人で旅してた時は毎日移動やら特訓やら旅費稼ぎやらで、割と忙しい日々を送ってたから、のんびり何かをする事はあれど、暇なんて事はなかった。

 

 ガラルに来てからは、各地をまわるのも徒歩ではなくアーマーガアタクシー、寝床も飯も風呂もあり、所謂インフラが整った場所に留まり続けているから、野宿をする必要が無くなったってのもある。

 

 つまり比較的に他地方を周ってた時より苦労が少ない。基本的に何もする事がないなんて日はなかったしな。休んでたのは飯と風呂と、寝る前に本読むぐらいか。

 

 ポケモンバトル以外の趣味なんて持ち合わせてないし、ショッピングをするようなタマじゃねぇ。買いたいもんなんてない。そもそも昨日買い物したばっかだ。

 こんな時間から寝るのはな…なんか勿体ねぇ気がする。後々後悔するヤツだ。今からでも入れるバイト探すか?

 

 しかし、そう思うとオレってサイトウとばっかいんな。

 

 思い返せば、ほぼ毎日のようにアイツとは顔を合わせている。ジムチャレンジはそうだし、チャレンジがない日もカフェやケーキ屋、ショッピングにワイルドエリアと、色んな所に連れ出されてるし。オレの財布が軽くなる理由の大体は、アイツが絡んでいる。

 

 毎回毎回渋々ついて行っていたが、今考えれば、アイツはわざわざオレの所に来て暇を潰してくれたって訳だ。

 めちゃくちゃ良いヤツじゃねぇかアイツ。なんかシャクだから感謝はしねぇけど。

 

 だが、そのサイトウがいない今、自分で暇を潰さなければならない。それが非常に悩ましいというか、難しい話なんだが…チクショウ、コレも全部整い過ぎているガラルが悪い。

 流石世界で一番最初に工業が発展した地方だ。その癖サイトウの野郎、普段丈夫が服来て歩いてるようなヤツなのに、風邪なんてひきやがって。治ったらアホみたいにいじり倒してやる。

 

 

 取り敢えず、その辺でもぶらついてみるかぁ

 

 

 そう決めたオレは、やっぱりあげますよコレ、ツンデレさんと言ってくるジムトレーナーの額をデコピンし、丘を降りる階段に向かってダラダラと歩みを進めた。

 後ろからジムトレーナーがしつこく何かを喋ってくるが、振り返らず、適当に手を振って返事する。

 

 

 片方のジムリーダーが不在にも関わらず、町は相変わらずの賑わいを見せていた。

 

 

 強い日差しが照りつけ、乾いた風が砂埃を煽る中、ガヤガヤと音の絶えないメインストリート。

 ネンドールとユキメノコを連れたエリートトレーナーが堂々と歩き、おやっさんの呼び込み声に、マラカッチの奏でる舞踊、ガキ共がドータクンの周りを駆け、カフェを覗き込めばマダム達が紅茶を片手に談笑している。

 

 いつも通りの日常。いつも通りの、すっかり馴染みのある町。

 このジリジリとしたオレンジの中で響き渡る喧騒、人々の見せる活気が、オレは中々どうして、嫌いじゃなかった。

 

 けど、何故だか今日は…物足りない気がする。

 

 心の中に浮上する、よくわからないモヤモヤがオレの首を傾ける。わだかまり、気になり始めたらより一層と。普段より重い気がする胃の底の感覚に、眉は下がる一方だ。

 このまとわり付いてくるモノを振り落とそうと、エリートトレーナーに勝負を仕掛ける。まるで八つ当たりをするガキのように。

 

 

「何か、悩み事でも?」

 

 

 ふんだくった小銭を掌で遊ばせていると、目を回したユキメノコをボールに戻すエリートトレーナーの言葉に、目を丸くする。

 条件反射で特にねぇよそんなもん、と返してしまった。そうですか、なら良いんですがと、エリートトレーナー。明らかな困惑が身体を走る。

 悩み事?悩み事をしているように見えたのか?オレが?

 

 自販機でミックスオレを買い、一本そいつに投げつけてからその場を後にする。手頃なベンチに座り、冷たい缶を額に当てながら、深呼吸。

 プルタブを引っ張り、一気に流し込む。砂糖が舌を蹂躙する感覚、やっぱり甘いものは苦手だ。

 

…そんなにも情けない顔をしていただろうか。

 

 頬に駆ける袈裟の傷痕を撫でる。すっかりと癖になってしまった動作、痛みがチリチリと蘇る。それともアイツの観察眼が鋭かったのか。

 そもそも、オレは今悩んでいると言えるのだろうか。考えたってどうしようもない、どうでも良い事。深い溜息が木霊する。またよく分からないナイーブ期が来たのだろうか、勘弁して欲しい。

 

「あ、あにきだ!あにきがいる!」

「あにきー遊んでくれー!」

「おれにもジュースのませて!」

「かたぐるましてー!」

 

 そんなオレに反するように、いつも絡んでやってるガキ共は今日も元気いっぱいだ。座ってるオレに対して、配慮もなんもない、勢い良く駆け寄ってくる。

 まるでとっしん。反動ダメージだけは負わせないよう、立ち上がって受け止める。

 

 一人は背中をよじ登り、一人は飲みかけのミックスオレを勝手に煽る。残った二人は腰に抱きついてグイグイと引っ張ってきた。

 そこには純粋な白い光しかない。全く、ガキはガキだな。気が楽でいいや。

 

 さて、時間もある。少し遊んでやらないこともーーー

 

 

「あれ〜?そういえばいつもサイトウおねぇちゃんいるのに、今日はいっしょじゃないんだねー?」

 

 

 思考が刹那、揺らぐ。思わず滲み出る、ぎこちない笑み。

 

 

  おいおい、何を動揺しているんだか、オレは。

 

 

「まぁな、あの野郎は風邪だ。ジムチャレンジは延期」

 

「まじでー!?サイトウおねぇちゃんカゼひいたのー!?ちゃんとおなか温めてねなかったのかなー?」

 

「そうかもな。ってな訳で、オレは今日一日暇なんだ。せっかくだから、お前らの遊びに付き合ってやってもいいぜ?何して遊ぶか?」

 

「やったー!じゃ、ポケモンバトルごっこ!……でも、いいの?」

 

「あ?何がだ?」

 

 

 

「サイトウおねぇちゃんの、おみまい、いかなくてもいいの?」

 

 

 

ーーーだから、テメェは何に動揺してやがんだ、クソが。

 

 

 

 暫くガキ共と遊んだ後は、また振り出しに逆戻り。意味もなくメインストリートをぶらぶらと歩く。

 

 しくじった。ガキはガキだと、侮った。ガキも中々に痛い所を突いてきやがる。

 イテェイテェ。何より気を使われたのか、お見舞いに行くようガキ共に仕向けられたのが一番イテェ。

 途中から露骨に別れられたぜ。「サイトウおねぇちゃんに宜しくね」って。馬鹿が、ガキが大人相手に色々変な気起こしやがって。単純な善意が混じってるのが尚たちが悪い。

 

「あ、サイトウさんのとこの…今日は一緒じゃないのか」

 

「あら、サイトウちゃん風邪なの?ならほら、コレ持ってってあげなさい」

 

「おーいチャレンジャー!サイトウの男なんだろう?え、違う?どっちにしろ世話ぐらいしてやれよ、ほら、運んでってやるから!」

 

「いっけぇマルマイン〜だいばくはつッ!!(物理)」

 

 道具屋の若旦那、洋菓子屋のばぁさん、会ったこともねぇリーグスタッフ、顔見知り、顔見知らぬ関係なく、道行く人々が声を掛けてくる。

 一人変なのが混じっていたが、どいつもこいつもサイトウサイトウサイトウサイトウ…段々とうんざりしてきた。モヤモヤが募っていく。

 

 なんだ?オレはサイトウとセットで数えられてるのか?オレがサイトウといないとそんなに変か?オレだってアイツといない事もある。

 別にアイツとはこ、そ、の、恋仲ッ、って訳じゃねぇんだ。何処でどうしようとオレの勝手だろう。

 

 お見舞いのやつもそうだ。お見舞い、お見舞いて、なんでそこまでオレを行かせたがる?オレがいく必要なんて皆無だ。あくまでアイツとオレはジムリーダーと、その挑戦者。

 そこら辺を履き違える能無し共が多くて参っちまう。そんなに心配ならテメェが行けばいいじゃねぇか。

 

 あーイライラすんぜぇ!!

 

「だからってウチで冷やかしすんのはチゲェだろ。買わないんだったら、ほら、行った行った!」

 

「買わないなんて一言も言ってねぇだろ。今は選んでんだ。あーどれもうまそうで悩んじまうなー」

 

「いつもそんな事言って、マラカッチと戯れるだけ戯れたら帰っちまうじゃねぇか。マラカッチもいつの間にかお前に懐いちゃってるし…暇つぶしにウチを使うな、営業の妨げでサイトウさんに言いつけるぞ。さっさとお見舞いでもなんでも行ってこい」

 

 チッ、ケチくせぇ店だな。

 

 骨董品屋の横にある青果店、マラカッチと手遊びしながら、目の前に並べられた色とりどりの果物やきのみを眺める。ジョウトやホウエンで見たことあるやつや、こっちにきて初めて知ったものまで。

 コレはなんだと聞けば、このおっちゃん聞いてもねぇウンチク話してくれっから、暇つぶしになると思ったんだが…

 

「てかおっちゃんもあの野郎の事言うのかよ…」

 

「あ?どうしたんだよ、お前さんらしくない暗い顔しちゃって…なんか悩んでる事があるなら聞くぞ?」

 

 おっちゃんの所為だろうが…悩み相談なんて、そんな女々しい事出来る訳…

 

…まぁ、ちょっとくらい…暇つぶしの一環で、少しだけ、な…?

 

「実は…」

 

 ポツリポツリと、胸の内に渦巻いていた感情を発露させていく。

 

 朝からなんだかモヤモヤする事。

 

 何故か物事全てをブルーな気持ちで考えてしまう事。

 

 皆んながサイトウサイトウ煩くて、なんでオレにばっかり言ってくるのか分からない事。

 

 腹の中に溜まった物を全部、全部。

 

 それらを聞いて、成る程なぁ…と顎をさするおっちゃん。若いっていいなと呟きながら、生暖かい笑みを携えて、こっちを真っ直ぐ見抜いてくる。

 

「で、結局お前さんは嫌なのか?」

 

「何がだよ」

 

 

「何がって、サイトウさんのお見舞いに行くのが」 

  

 

「…そこが、分からねぇから苦労してんだろうが…」

 

 帽子を深く被りながら、脱力する。項垂れるって言った方が正しいかも知れない。

 

 

 サイトウの容態が、気にならないといえば嘘になる。

 

 

 健康的な肉体を持ってる人と言われて、オレの中で真っ先に思い浮かぶのはサイトウだ。風邪をひいたって聞いた時、確かに動揺したし、あのサイトウが…ともなった。

 早く治って欲しいとも思っている。他意はない。あくまでジムチャレンジが滞るからだ。暇だし。

 

 ただ、それでオレが看病に行く、と言うのが、何故か引っかかってしまう。素直になれない。行くという選択肢を押せない。自分でもなんでこんなに感情がブレるのか分からないし、そんな自分が相当面倒くさいと言うのも分かっている。

 あーもうこの際だ。心配してるさ。

 

 どうせアイツの事だ。心労が祟ったんだろう。若くしてジムリーダーを務める身だ。リーグからの仕事、負けない為の修行、勝つ為の特訓、そんな事1ミリも理解出来てない三下共の誹謗中傷、クズ連中の罵詈雑言、逃げ出す訳にはいかない、ジムリーダーとしての責任。

 ストレス溜まりまくりの生活に決まっている。

 

 鍛えてるから大丈夫だと。こんな事気にする様ではまだまだ甘い、修行が足らないと。

 

 アイツはいつもそう言ってくるが、ロトフォンを見て僅かながらも顔を顰めているアイツをオレは知っている。迷惑メールを受けている事も、毎日イタ電が掛かってくる事も、ある時は、街中で直接言われた事も。

 そいつは路地裏に連れ込んでノしたが。

 

 どいつもこいつも、サイトウが完璧超人だと勘違いしてやがる。一枚仮面を剥がせば、アイツは唯の女だ。失敗する事もあるってのに。出来る事なら変わってやりたいぐらいだぜ。

 

 

 出来る事、なら…ジムリーダー、に…か…

 

 

ハハッ、随分大きく出たもんだ。

 

 

 嘲笑する。自分自身に対し、その発想に対し。

 ダメだダメだ、思考がズレちまった。いつまで引き摺ってんだオレは。らしくない。オレらしくない。

 ネガティブな考えに持ってかれる所だったぜ。まだまだ、先はわかんねぇって話なのにヨォ。

 

「詰まる所、皆がオレに行けって押し付ける様にお見舞いを勧める態度が、気にくわねぇんだろうなぁ…そもそも、親がいんだろ親が。オレなんかが行くよりよっぽど良いわ」

 

「…あー…その事なんだが…多分、サイトウさんの親御さんは、看病しないんじゃないかな…」

 

「アァ?なんでだよ、子供が風邪引いたら普通看病すんだろ」

 

「その()()に当て嵌まらないのが、親御さんってのも、お前さん、知ってる筈だろ?」

 

「…そうだった」

 

 アイツの両親、クソ程厳しかったんだっけ。

 

 

 英才教育

 

 

 オレみたいな人種からしたら、反吐の出るような話だ。やりたい事をやらせて貰えず、毎日叱咤、修行の日々。表情筋が衰えるって、相当な辛さだろう。

 

 そういや、アイツ前に風邪引いた事話してたな。確か、何から何まで自分でやったって。

 風邪ひいた状態でタフすぎんだろ、やっぱお前色んな意味で凄い奴だなとそん時は引いてたけど、もしかしてそういう事か?だとしたらクソなんだが。

 

 いやでも、流石にな…まさか…流石に…風邪ひいた娘ほっぽってく程バカじゃねぇだろ…

 

 流石に…うん、オレが行く必要なんて…唯のジムリーダーと挑戦者だし…うん…

 

………

 

……

 

 

 

 ヤベェ、なんかもう面倒くさくなってきた。

 

 

「おっちゃん、モモンとオレン、後とくせんリンゴを適当に見繕ってくれ」

 

「お?なんだ、遂に行く気になったのか?」

 

「さぁな。唯、こんなウジウジ考えてんのはオレのキャラじゃねぇって思っただけだ」

 

 こちとら既に頭がショート寸前なんだよ、もうどうにでもなりやがれ。

 

「ハッハッハッ!それが良い、若いうちなんて行き当たりばったりで、なんも考えなくて良いんだよ。ホラッ、毎度あり。ちょっとだけオマケしといたからな。サイトウさんに、宜しく頼むよ」

 

「だから行くとはいってねぇだろ…。ありがとなおっちゃん、また今度。サイトウになんか買わせにくるわ。とびっきり高いの用意しとけよ」

 

「そりゃ楽しみだ。マラカッチの果実でも仕入れてくるかな。じゃ、気を付けろよ」

 

 良い香りが漂う、確かな重量を持ちながら露店を後にする。強く照り返す日差し、雲一つ、ポツリと浮かんでいる青い空。その雲も、東の空へと流れて消えそうだ。

 

 色々話して吹っ切れたのか、はたまた思考がオーバーヒートしてとくこうが二段階下がったせいか、なんだか少し気が楽になった気がしやがる。

 やっぱ、会話とは偉大だ。病は気から、ハッキリわかんだね。

 

 さ、そろそろ昼時だし、買うもん買ってさっさと行きますかね。

 

 待ってろよ、テメェの弱ってる姿を写真撮って、後日アホみたいに揶揄ってやる。その為にも、早く元気になって貰わなきゃなんねぇからな。ったく、面倒の掛かるヤツだぜ。

 

 そんな、自分の中で素直とは言いがたい正当な理由を立てて、丘の上にあるジムへと走り出した。

 

 

 

 

 取り敢えず、着いた途端に

 

「やっぱり来ましたねアクサキさん。ホラ、コレ、目的のものです。いやぁ〜待機しといて正解でした。貴方の事ですから、きっと街中で物資揃えて嫌々の(てい)で行くんだろうなって思ってたんですよぉ〜全くもぉ〜マジツンデレっすね!ツンデレのアクサキさん、約してツンザキさん!コレはアクサキさんファン一同大歓キィイテテテテテテェ!?いふぁいでふあくそぁきそん、いふぁいでふっ!?ふぁなを摘ふぁないふぇくだふぁい!?」

 

 って言ってきたジムトレーナー、テメェは許さん。赤っ鼻にしてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのあとオレは看病を完璧にこなした。

 

 アイツは中々良いところに住んでやがったから、エントランスのよくわからねぇセキュリティにドギマギしつつ、不審者扱いされながらもなんとか無事にヤツの部屋まで辿り着いた。

 

 意気揚々とドアを蹴破って、案の定人の気配のない室内に顔を顰めつつ、さぁ、どんな間抜け面晒してやがるかなと見てみれば、思ってた以上にヤバそうでビビったりしたけど。

 

 鈍臭ぇゴーリキー共どかしておかゆも作ってやったし。

 

 買ってきたきのみや果物すりおろして、ホウエン旅してた時作った苦い漢方薬も飲ませてやったし。

 

 寝汗でぐしゃぐしゃになった服の着替えも手伝ってやった。流石に下着交換や背中拭いたりするのはニューラにやって貰ったが。

 

 暑いといえばニューラのこおりのつぶてで氷嚢を、寒いといえばダーテングのねっぷうを。

 

 溜まってた家事もやってやったし、サイトウが風邪そっちのけでやろうとしてたジムの事務(なんちって)なんかもやってやった。

 

 それでも、悪いです、すいません、とか言って休もうとしねぇから、わざわざこのオレが膝貸して、無理矢理寝かせて、頭も撫でて、手も握って、子守唄も歌ってやって。

 

 ようやく寝息が聞こえてきたから、アイツのロトフォンに何かあったら直ぐ連絡する様に念押してから、ドヤ顔で帰ってきたんだ。

 

 全く、風邪を引くなんてバカな奴だなぁなんて口走りながら、やれやれと肩を竦めながら、帰ってきたんだ。

 

「まざかぞのまま、ゴホッ、はぁ、はぁ、感染っちまうとは…下手こいた…!」

 

 そして現在に至る。

 

「ガハッ、ゴホッ…ア゛ァ゛…喉がいでぇ…熱下がってる気がしねぇぞ…チクショ…!」

 

『ーーー』

 

 室内に響く刺々しい咳、ニューラが何やってんだお前は、という顔で氷嚢を投げつけてくる。

 熱が奪われていく感覚に息をつくのも束の間、直ぐ様襲ってくる倦怠感と頭痛が煩わしい。吐き気を催す。目が回る。

 

 ぬかった。最高に油断した。

 

 ジョウトを旅してた時も、ホウエンを旅してた時も、看病する機会なんて沢山あったが、感染った事なんてなかった。今回も大丈夫だろうとタカを括っちまった。

 

 あんだけ風邪ひいた事バカにしたのに。

 

 あんだけオレは丈夫だから感染る訳がないと豪話したのに。

 

 余裕ぶっこいてマスクもしなくて、その結果がこれだ。無様。ホントに何やってんだオレ。穴があったら入りたい。

 

「今日はジムチャレンジねぇよな…確か、一週間後で良いってジムトレーナーに言った気が…ぞうだ今日バイト、行かなきゃ…薬はサイトウの野郎に使ったので最後だから、先ずは薬局に…いや、ワイルドエリアで採ったねっこはまだ残ってるから…先に食料…クッゾ、頭が回らん…!」

 

 しかし不味い、不味い事になったぞコレは。

 

 風邪を引いちまったのはまだ良い。頭痛や吐き気はツレェが、薬飲んどきゃ治る。サイトウに使った漢方薬はエゲツない程苦いけど、我慢すればいい話だ。

 

 バイトもなんとかなる。今日の仕事は炭鉱での作業だ。そんなに人と接触する仕事ではないし、チリ屑が気管に入らないようマスクを着用するから感染の危険性も低いだろう。

 時間も半日だし、体力的にも大丈夫だと思いたい。

 

 問題は…

 

『メッセージを受信したロト!メッセージを受信したロト!』

 

「チッ、やっぱきやがったか…!」

 

 騒がしい事この上ない、ロトフォンのアラームが部屋に響き渡り、寝ているオレの目の前にすっ飛んでくる。

 這う這うの体でロック画面を外し、受信箱を見れば見慣れたアイコンと整った文章が。

 

 そう、オレがなんでここまで焦っているのか、その理由は

 

『こんにちわ、貴方のサイトウです。少し宜しいでしょうか?』

 

 オレがアイツを看病したのが三日前で

 

『この前はどうもお世話になりました。お礼も兼ねて、ご飯でもご一緒にどうでしょうか?』

 

 あの野郎が完全に復活してやがる事だ。

 

「なんでこんなに日を跨いで感染るんだよおかしいだろ…!それよりも、ホントに不味いぞこの状況は…サイトウの野郎に、こんな痴態を見られる訳にはいかねぇ…!絶対にだ…!」

 

 あんだけ風邪ひいた事煽っといて、煽った張本人感染ったらとか恥ずかしい以外の何でもない。羞恥心で死んでしまいそうだ。アイツが今のオレを見てどう思うか…それを考えただけで熱が上がっちまう。

 

 クソ、あの野郎ジムリーダーだろ…!フットワーク軽すぎやしねぇか、仕事しやがれオレの事はどうでもいいから…!

 

 普段あんなに暇が潰せて丁度良い、良い奴だと謳っている癖に、掌返して悪態をつく。それに天罰を与えるが如く、咳がこみ上げ、鼻水が洪水状態、症状が悪化していく。

 辛い。人を小馬鹿にしちゃいけねぇって神様が怒ってやがるのか。そろそろ薬飲んで胃に何か入れとかなきゃおっ死んじまう。

 

 取り敢えず、返信しとかなきゃ…

 

『お礼なんて、んな事気にすんな。仕事しとけ仕事』

 

『私が気にします。ジムリーダーの業務はちゃんと予定を組んでこなしていますので大丈夫です。勿論、休憩時間を利用するつもりですよ。ジョウト料理屋なんてどうです?テンドン、でしたっけ?好きですよね』

 

『朝からオメェよ。本当に大丈夫だから。ほら、今日バイトだし』

 

『朝って、もうお昼前ですよ?まだ寝てたのですか、珍しいですね。いつもならバイトがあっても昼食ぐらいは一緒に取ってくれるのに、今日はいやに断ってくるし、何かあったのですか?』

 

『なんもねぇ。とにかく、オレはいかねぇ』

 

 その言葉を最後にロトフォンを放り投げる。もういいのかと再度目の前に浮かんでくるそれにシッシッと手を払い、顔を深く布団へ。

 もう限界だ。今ので余計頭がクラクラしてきやがった。ニューラに頼んで氷嚢を作り直して貰う。あんまり頭を使いたくないってのに、あの野郎食い下がってきやがって。無駄に鋭いからヒヤヒヤしちまう。

 

 少し寝てから、飯買ってバイト行こう。もう、休まなければ、そろそろ本格的に風邪がヤバくなってきた。

 

 身体の危険信号に身を任せ、重くなってきた目蓋を重力に任せる。ニューラにお使いと、バイトの時間に起こして貰う様に頼み、濁る意識をまどろみの森へと投げ出そうとーーー

 

『電話ロト!電話ロト!』

 

 コイツへし折ってやろうか

 

「テメェ…ちっとは空気読めヤァ…!せめてもう少し声小さくしろ、頭に響いて敵わん…!」

 

『そんなの知らんロト!さっさと電話に出ろロト!』

 

 この野郎、生意気言いやがって。今度充電する時は質の悪い電池でやってやる。

 

 目の前で騒がしく揺れるロトフォンをひったくり、電話先も見ずに通話ボタンを押す。もしもしと、無駄に綺麗な声が耳朶を打ち、少し落ち着いてしまった己を一括。怨みマシマシの、いかにも迷惑ですという意を含め、返答する。

 

「少し、しつこいんじゃねぇか、サイトウさんヨォ…?」

 

『貴方が一方的に会話を切るからです。一体どうしたのですか?アクサキさんらしくない。本当に、何があったのですか?』

 

「さっきもメール、で言っただろ…なんもねぇよ…!バイトがあるから行かないだけだ」

 

『そんな筈はありません。アクサキさんが私の誘いを断るなどありえない』

 

「普通に断るときは断ってるわボケェ…その自信はどっからくんだ…!もういいか、話は終わりだ。電話代だって馬鹿にならねぇんだから、また今度、な?」

 

『もしかして…先約があるのですか?』

 

「話聞いてたか?あるよ。バイトだっつってんだろ」

 

『屁理屈言わないで下さい。口塞ぎますよ?思いっきり舌絡ませて』

 

「どこらへんが屁理屈なのか分からんしテメェは一体何言ってやがんだ。オレをおちょくりたいだけなら電話切るぞ?てかもう切っていいよな?これ以上長話してたらバイト遅れちまう」

 

 今日のサイトウは一段と面倒くせぇ。少し早いが、バイトって事でさっさと電話きってホテル出ちまおう。

 

『先程からバイトバイトバイトバイト…貴方が今からシザリガーと受けるバイトは第二鉱山での鉱石発掘及び運搬作業、昇給あり日給10800円ですよね?一時半業務開始、五時に終了と聞いておりますが、これは何かの間違いでしょうか?まだ業務の時間まで一時間以上ありますよ?なんで嘘をつくんですか?ねぇ、なんで?嘘を付く必要、ありましたか?バレるんですよ。分かるんですよ。私は貴方の事ならなんでも知っているんですから。そんなにも舌を引き抜かれる程激しくシたいという事でしょうか?そもそも誰ですか?私とアクサキさんの時間を邪魔する不届き者は。性別は?名前は?使用タイプは?まさかとは思いますが妹さん(マセガキ)なんて事はありませんよね?許しませんよそんな事。今すぐに断って私の元へーーー』

 

「さいなら」

 

 雲行きが怪しくなってきた通話をブチ切り、非通知にして今度こそバッグへと放り投げる。これ以上奴の長話に付き合う義理はない。作業着に着替え、荷物を持って玄関に向かう。

 クソ、思ってた以上にキチィ…だが、バイトといえ仕事は仕事、しっかりやらなくては…

 

 ふらつく身体に鞭を打ち、眉を曲げてこっちを見てくるニューラに行ってきます、取手を捻って力一杯押す。

 

 

 

 

 

 

「な ん で 切 る ん で す か ?」(くろいまなざし)

 

 

 

 

 

 

 全力で引いた。片腕で止められ、力の拮抗は呆気なく崩れたが。

 

 ドア越しに絡みついた力に投げ出される形でサイトウの胸へと飛び込むが、冷暗な瞳に唸る邪気、瞳孔が縮こまる。恐る恐る顔を上げれば、絡み合う視線に、影の掛かった冷たい笑みがオレを出迎えた。

 引きつった笑顔で返す。場面だけ見れば、見つめて笑い合う男女という甘酸っぱい青春の1ページ。笑うしかない。

 

 いくらなんでも、部屋の前ガン待ちしながら電話はダメだろうがぁ、サイトウさんヨォ…!?

 

 そんな心の慟哭虚しく、奥のベッドへと担がれていく。心なしか鼻息が荒いサイトウの横顔を最後に、シーツへと投げ出され小動物のように小刻みに震えるオレは、今日という日が早く終わることを心から願った。

 

 

 取り敢えずサイトウ、そのアゴを掴んで上向かせるのやめろ。うざってぇし、感染るから。なんの意味があんだよこれ。おい、なんで舌舐めずりした。上に股がるな。重いから、おい、感染るぞおい、おいッ、ックショ腕動かせん離せ!相変わらずどんな力してやがんだテメェおいおい近い近いやめろおい、おぃーーー!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冷たい暗黒にポツリと一人、立ちすくむ。

 

 辺りを見回しても、闇、闇、闇。ヘドロのように真っ暗なソレは膝下まであり、歩こうにもまとわりついて動きを阻害する。肺が凍てつくように痛い。

 

『風邪ごときで寝込むなんて、情けない』

 

 そうやって、まとわり付く闇に四苦八苦していると、背中から声を掛けられる。振り向けば、父さんだ。

 父さんは私を灰色の瞳で一瞥すると、呆れ、ため息を吐きながら、修行が足りないと私を叱責した。身体に重圧が加わり、ヘドロが腰まで上がってくる。

 いや、この場合私が埋まっていっているのか。

 

『ジムリーダーとしての責務も果たせないなんて、情けない。一体私は何処で育て方を間違えたのかしら』

 

 次に現れたのは母さんだ。ジムリーダーとしての仕事をこなせない私に嘆き、ヒステリック、失望の眼差しを向けながらその場で泣き崩れてしまった。

 更に重圧が加わり、胸までヘドロに浸かった。

 

 昏い、ねっとりとした熱が身体を焦がす。随分と既視感のある言葉、光景。それもその筈、これは今朝仕事に行く両親に投げかけられた言葉だ。奥歯を噛み締める。

 

 寒い。虚しい。寂しい。悔しい。怖い。苦しい。不快感が込み上げる。このヘドロに浸っている限り、常に負の感情が間欠泉のように吹き上がり、とどめを知らない。

 もがけばもがくほど身体はヘドロに囚われていく。

 

 そんな私を他所に、二人はドロドロと融解し始めて、辺りのヘドロを取り込み合体する。そして表面をウネウネと動かしながら、再び人の形をとり。

 

『ーーーサイトウ?』

 

 そして私の将来の夫であるーーーアクサキさんが現れた。

 

 アクサキさんは半分以上低くなった私を見つめながら、困惑した様な、酷く悲壮な表情を浮かべる。

 

 まるで薄々気づいていた物語の結末に、改めてショックを受ける様な、そんな表情を。

 

『やっぱり、やっぱりお前もなのか…お前も、オレを置いていく』

 

 何が、何の事だ、何でそんな表情(カオ)をする。置いていくとはどう言う事だ。

 

 必死にアクサキさんの元へ行こうとするが、どれほど前に進んでも差は縮まらない。寧ろ、徐々に離れていっている。身体も、段々とヘドロに飲み込まれていく。

 

『お前もどうせ、追いつけない程先に行ってしまうーーーほら、もう届かない』

 

 胸までだったヘドロは首まで、首までだったヘドロは顎まで。

 

 ゆっくりと、されど確実に身体は沈んでいき、アクサキさんは私から離れていく。

 

…いやこれはーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 背中に紐をつけられて、引っ張られる感覚だ。

 

 アクサキさん、アクサキさんッ!こっちに来て、私を引っ張り上げて下さいッ、お願いしますッ!

 

 叫ぼうにも、声が出ない。喉から捻り出そうにも、喉仏を丸ごと取られたかのように、空気を震わす事が出来ない。

 

『ーーーあばよ、サイトウ』

 

 そう言って帽子を深く被り、その場で蹲ってしまうアクサキさん。ズブズブと周りのヘドロが波打ち、彼を包み込んでいく。

 一気に引き剥がされるスピードが上がる。抗えない。何度も彼の名前を叫ぶ。

 が、届かない。どんどんと、彼との距離が開いていき、遂に私の身体全てがヘドロに飲み込まれてーーー

 

 

「ーーーアクサキさんッ!?」

 

 

「うおビックリした。なんだサイトウ、オレの名前急に叫んで」

 

「ーーーッ」

 

 目に飛び込んだのは、見慣れた部屋に、虚空へと伸ばす自分の腕、真っ白なシーツにベッド。

 

 そして、横に置いてある丸椅子に座りながら、書類片手にキョトンとした目で此方を見てくるーーーアクサキさんが。

 

 ゆ、め…夢、か…?

 

「おい?大丈夫かサイトーーーグェッ!?」

 

「ーーーっ!」

 

 思わず身体を起こして、アクサキさんを力の限りに抱きしめてしまう。そこに存在している事を確かめる様に、もう二度と何処かに行かない様に、離さない様に、強く、強く。男らしくも、優しい匂いが私を包む。

 

 突然の圧力にガマゲロゲが潰された様な声を出したアクサキさんは、すぐ様私を引き剥がそうと肩に手を置いてーーーそのまま背中を撫でてくれた。心に渦巻いた不純物が、浄化されていく。

 

 何処までも鋭く、とても柔らかい、暖かな、光。

 

「何でこんなに震えてやがんだテメェは…ひっぺ剥がそうにも剥がせねぇ。どうした、怖い夢でも見ちまったのか?」

 

「は、い…貴方が、暗い彼方に消えてしまう、そんな夢を…見て…良かっ、た…夢で、ホントに良かった…!」

 

「ちょ、おま、え、泣いッ…ったく、調子狂うぜ…ほら、よしよし、もう大丈夫だぞー」

 

 慈母の様に優しい手が私の背中を撫でる度に、ポツリポツリと嗚咽が漏れた。

 

 それから暫く彼に抱きついて、どれほどの時間がたっただろうか。ピンポイントに湿ってしまった彼の服をみて、顔を赤くしながらも今の状況を整理する。

 

 今アクサキさんが私の部屋に居て、私の隣に座っている理由。それは、風邪を引いた私を彼が看病してくれていたからだ。

 

 不甲斐ないながらも心労が祟ったのか、かなりの高熱を出してしまい寝込んでいた矢先、インターホンが鳴り、代彼がドアを蹴破る勢いで部屋に入ってきた時は驚いた。

 

「おうおうサイトウ、随分と苦しそうだな!大丈夫か!テメェの間抜け面拝みに来てやったぞ感謝しやがれオラァ!」

 

 そんな事を言いながら彼は完璧に看病をしてくれた。

 

 東洋で有名らしい病人食であるおかゆも彼が一から作ってくれた。食え、そうぶっきらぼうに、けど、火傷しない様にフーフーしながら私に食べさせてくれた時は、久しく感じていない母の味を想起させた。

 流石に疼いた。病人として立場は弁えたが。

 

 薬も彼が用意してくれた。市販の薬を買いに行こうとした私を引き止めて、ちからのねっこやら、ふっかつそうやらで作った彼特性の漢方薬を、ホウエンを旅したときに覚えたんだ、オレは風邪ひいた事ないけどな、と自慢げに見せてきた。

 材料に使われているものは、全て舌が痺れるほど苦いものばっかりだったが、彼はわざわざ買ってきてくれたきのみととくせんリンゴを擦り下ろし、それに混ぜて私に飲ませてくれた。

 

 挙げ句の果てに、彼は溜まっていた家事もやってくれた。洗濯、皿洗い、掃除。女子力ってのが足りてねんじゃねぇか〜?あ、女ってのも怪しかったな失敬失敬!と一々私を煽りながらも、丁寧にそれらをこなしてくれた。

 

 おかゆの時もそうだったが、彼は家事全般が上手かった。これは将来専業主夫になってもらうのもアリかも知れない。疲れて帰ってくる私に新婚三択をしてくるアクサキさん…全然アリ。

 寧ろウェルカムだ。心配なのは、彼は長男だから婿に抵抗があるかも知れない。

 

 その他彼はニューラのこおりのつぶてで定期的に氷嚢を変えてくれたり、寒いと言った私の手を握ってくれたり。

着替えなんかも手伝ってくれた。身体を拭いたりしてくれたのはニューラだったが。

 私は別に構わないと言って少し大胆に彼の前ではだけて見せたが、嫁入り前の女がそんな軽率な事言うじゃねぇとデコピンされた。彼の中では、嫁入り前の女性の部屋に入る事はセーフなのだろうか。

 

 ベッドに横たわりながら、チラリと彼を盗み見する。

 

 無数の裂創に隠れた、凛々しくもあどけなさを残している顔。真面目に机に向かっている姿も相まって、普段より三割増でカッコよく見える。好きだ。こっそり隠し撮る。

 

 彼は今も、私のジムの書類仕事を手伝ってくれている。本当に、彼には頭が上がらない。先程出来上がったものを流し見たが、私のサインなどが必要な所以外、全て綺麗に内容を纏めていた。

 是非とも私の所で仕事をしてほしいくらいだ。永久就職を推奨するレベルで。

 

「アクサキさんは、この様な仕事の経験があるのですか?」

 

「んあぁ、少しだけだけどな、同期のサポートって名目で、同じような仕事に就いたことならあるぜ。ホントはもっと違う事やりたかったんだけどな、残念な事に、オレはこう言う仕事が性に合ってるらしい」

 

 私の問いかけに、アクサキさんは何故か困り顔で苦笑する。

 残念、か…どうして、残念と言う言葉が出てくるのだろう。どうしてそんな悲しそうに笑うのだろう。

 

先程の夢の内容が蘇る。心がザワザワして、沈黙に、何か喋らなければと焦ってしまう。

 

「それなら、私の所で事務をやって下さいよ。そしたら、私とずっと一緒にいれますよ?色褪せない日々が来る事を約束します」

 

 そんな焦りからきた言霊は、随分と告白じみた内容になってしまった。今更といえば今更だが、ドキドキもする。

 だが、鈍感な彼の事だ、なる訳ねぇだろ、そう一蹴するに違いない。

 

 

「…そうだな…案外それが、一番良いのかも知れないな」

 

 

 しかし、彼の返答はそんな私の予想を、良いか悪いか裏切る事となった。やっぱり彼の顔に浮かぶのは、悲しそうな、困り笑顔だ。

 

「さ、もう寝ろ。テメェは病人、風邪ってのは寝なきゃ治らん。寝れねってんなら、ほら、膝枕。子守唄も歌ってやるから、な?」

 

 私の余計な探り入れを回避する様に、彼が寝るよう指示してくる。有無を言わせないようにベッドに乗り込んで膝枕をしてくるなんて、しかも子守唄付き。

 

 もう少し話していたい。会話を楽しみたい。そう抗おうにも彼の膝枕はとても心地が良く、時折ゆっくりと手で髪を梳き、頬を撫でてくるのが気持ち良い。

 ジョウトの、それもかなりの鈍りがある言葉で歌われる子守唄は、耳を優しく包み込む。

 

「アクサキ、さん…お願い、です…もう、何処にも行か、ないで…私から、離れ、ないで、下さい…」

 

 必死の抵抗もあっという間に崩され、まどろみの森へと身を投げ出す寸前、そうアクサキさんに、お願いする。私の初めて見せるかも知れない弱音、再びキョトンとしたアクサキさんは、少し間を置いて、吐き出すかの様に。

 

「…はぁ…分かった分かった。どちらにせよ、ジムチャレンジが終わるまではここを離れる気なんてねぇしな。約束するよ」

 

「約束、ですよ…破った、ら、私直々に、舌を抜いて、あげ、ます…ケーキも、奢ってもらい、ましょうか…私、行きたい、ところが…」

 

「おいおい、もう破る前提かよ信用ねぇな。ほら、これで良いか。こうしてりゃ少なくとも、お前から離れる事は出来ねぇ」

 

 布団からはみ出て冷えてしまった、私の手を握ってくれて。

 

 今度こそ、私は完全に意識を手放した。

 

 

 

 

「何処にも行かないで、か…ハッ、こっちの台詞だよ…こうでもしねぇと…手でも掴んでねぇと…

 

 

 

 

ーーー離れていっちまうのは、いつもお前らだろうが」

 

 

 静かな部屋に響き渡る、寂しい声を拾う者は、誰もいない。

 

 

 

 

 




アクサキ
ジョウト地方出身。
最近街でナンパされたらしい。
大家族の長男だけあってか、看病スキルが凄まじく、家事も人並み以上にこなせる家庭的男子。
何処に婿を出しても恥ずかしくないとはお母さん談であり、お父さんはそんな息子が悪い女に引っかからないかヒヤヒヤしているらしい。
毎週五通は手紙が届いてくるとかなんとか。
忘れられがちだが彼はジョウト、カントー、ホウエンを長年旅したベテランの旅人。
因みにカントーとホウエンは例外こそあれど、基本的に一人で巡っていた。路銀を稼ぐ為にやれる事はなんでもやっていたため、仕事経験は豊富に持っている。
ジム経営の書類整理などはジョウトで学んだらしい。どうやらやりたい仕事も、あるにはあるそうだ。コンクリートは木材と違って、外側が腐らないから状態が分かりづらい。

サイトウ
ラテラルタウンジムリーダー。
病人のアクサキにマウント(ぶつり)をとった凄い奴。
本人曰く、服が乱れ、顔が赤く息も荒いアクサキを見て抑えきれなくなったとか。
その場で組み伏せなかった自分を寧ろ褒めて欲しいと彼女は語る。
どっから情報を仕入れたのか、お見舞いにきたマリィによるドロップキックによりアクサキの貞操は守られた。
本来ならばその場でポケモン交えたリアルファイトに移行するが、辛そうなアクサキの手前、休戦が締結、一緒に看病するはこびとなった。
汗やらなんやらで色気が増したアクサキの無防備な姿を見て、一瞬同盟を組んでコトにアタルか本気で迷ったらしい。が、どちらが一番かで揉め、大惨事大戦が勃発。
矢張り人間は何処までも愚かという事を知った。
色んな、それはそれは身体中色んなモノでびしょびしょになった二人は、無事、次の日風邪引いたとか。流石のアクサキも二回目はないのか、お見舞いには行かなかった。

ニューラ ♀
久しぶりの登場。
主人がいきなり番候補とおっ始めようとした為、空気を読んでお使いに行った。
嫌々ながらも、ちゃんとアクサキの頼みを聞き、自主的に氷嚢を変えてあげている。ちゃっかりお駄賃として買い食いしたらしい。ツンデレ。

ダーテング ♂
久しぶりの登場。
ホウエンを旅している時に看病を手伝った事が何度かある。なんだったらアクサキに看病してもらった事もある。
イタズラ好きだが、なんやかんやで優しい良い子。アクサキの中でいちばんクセのない奴って言われたら多分コイツ。地味に手持ち歴長いしな。

ジムトレーナー
アクサキのファン。何かとアクサキをからかって楽しんでいる。今度の登場予定はない。

おっちゃん
青果店を営んでいる。夜は奥さんと共に受粉の勉強をして実を作ろうとハッスルハッスル。今度の登場予定はない。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。