さようならアルパカさん   作:藤宮ぽぽ

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(前編)

  

 今日も今日とて、どこまでも広く、澄みきった空。

 近衛ヶ原学園指定の制服に身を包み、歩調を整え肩を並べながら。俺と光莉は、今日もまた通学の途上にあった。

 閑静な住宅街に流れる、朝の清冽な空気。

 天候は快晴そのもの。

 

「う~、なんか身体がだるぅ~」

 

 けれど、俺のテンションはというと。それらの清々しさとは真逆とばかりに、暗黒地平の彼方にあったりする。

 

「……まったく、夜遅くまでゲームなんかしてるから」

「だってさぁ……」

 

 光莉からは朝からこんな調子で、ずっとお小言をもらいっぱなしだ。

 たしかに、自業自得といえばそれまでなんだけど。

 

「エロケン先輩が貸してくれたヤツなんだけど、のんびりまったり育成ゲーかと思ったら、これがとんでもないサバイバルゲーでさ」

 

 ○C-FX。

 往年の、伝説的名機(?)。

 そんなハードでリリースされた、画面に愛らしいネコが登場する、一本のゲームソフト。

 基本的には、そのネコの愛くるしい行動を眺めてほっこりする、というのが主旨だ。そこに加えてプレイヤーからコマンドを送ることで、多種におよぶコミュニケーションのやりとりを行うことが可能となっている。

 当然、エサをやれば喜んでくれる。プレイヤーがネコの意に沿わぬことをやってしまうと、つむじを曲げてしまう。そんな、リアルに感情を持っているかのようにふるまうネコの姿が受けて、ちょっとした話題になったゲームだとエロケン先輩から教わったものだ。

 そんなゲーム性だったから、寝る前のわずかな時間、ちょっとだけ遊ぶのに適してると思ったんだけど……。

 

 プレイヤーの遊び方は様々。だから、ときには悪戯心が芽生えて、ネコにいじわるをしてしまうかもしれない。

 すると当然のことながら、ネコの好感度はぐんぐんと下がってしまう。

 そうして、やがて限界値を超えてしまうと……「トレイター(反逆者)モード」が発生し、牙を剥いたネコがプレイヤーに襲いかかってくるようになってしまうのだ!

 ゲームタイトル・『どこでもいっしょくそくはつ(一触即発)』。

 残虐なシーンが盛り込まれているため、○C-FXで初の18禁扱いとなった迷作である。

 

「たかがネコ一匹始末するのに、まさか朝までかかるとは思わなかった……」

「何やってるんだか……」

 

 俺の苦労などちっとも分かってくれない光莉が、これみよがしに呆れたため息をつく。

 

「いい? ゲームに熱中するのは勝手だけど、それが翌朝の体調にまで響いたら元も子も……」

「で、でもさ。光莉も飼ってみたいって思わないか、ペットを」

「……はあ?」

 

 いきなりの話題に、光莉がきょとんとなる。

  

「昨夜は悲しみなくして語れない主従関係に終わってしまったけど、今夜こそは従順に飼い馴らせてみせるっ!」

「って、ゲームの中の話でしょ!」

  

 いや……でも。

 実際にペットを飼うって、どういうことなんだろう?

 ペット。つまり、愛玩動物。

 それらしき存在を思い起こすとすれば、常にまるると行動をともにしているアルパカさんだろうか。とはいえ、正確にはアルパカさんはまるるの友達であって、ペットという位置付けではない。

 となると、俺はやっぱり本物のペットというものを、ぜんぜん知らないわけで……。

  

「……ねえ」

  

 と、ひとり考えこむ俺の意識を引き戻すように、光莉が制服の袖をくいくいと軽く引っぱってきた。

  

「ん、どうした?」

「あそこにいるの、アルパカさんよね……?」

  

 すっと細い腕を伸ばし、光莉が示したその先。

 人通りのまばらな、落ち着いた空気の流れる住宅街。いつもと変わらぬ、朝の通学路。立ち並ぶ、背の低い戸建て住宅。

 その家と家の隙間からひょっこりと半身を出し、アルパカさんがこちらにじーっと視線を向けていたのだった。

  

  

  

  

「……で、これは何?」

「何、と申されましても……」

 

 近衛ヶ原学園の、いつもの教室。

 そこで、さっそくひなちゃん先輩に説明を求められていた。

 

「その、ずっと私達についてきちゃって……」

 

 光莉もどうすればいいか分からず、ただ困り顔を浮かべるだけだ。

 

「念のため確認するけど、まるるも知らないアルパカさんなんだよね?」

「はい……。私のお友達のアルパカさんはこっちですし」

 

 こくこく。

 まるるの隣で、もう一匹のアルパカさんがしきりにうなずいている。

 最初は、まるるといつも一緒にいるアルパカさんかとも思ったんだけど。

 

「確かにこっちのアルパカさんは、胸元のリボンが青いよな……」

 

 ハラショーが指摘するように、俺と光莉のあとを最後まで離れなかったアルパカさんは、誰がつけたのか胸元に飾られたリボンの色が見慣れた赤色とは異なっていた。

 

「……で、これからどうするの?」

「どうする、と申されましても……」

 

 俺と光莉の軽率さをとがめるひなちゃん先輩に、さっきと同じ歯切れの悪い返答を繰り返すことしかできない。

 いくら離れないといっても、ここまで連れてきてしまったのはマズかったと、今にして強く思う。どこかで無理にでも、引き離すべきだったのだ。

 でも、健気にどこまでも俺達の後ろをついてくるアルパカさんの姿に、心を鬼になど、とうていできなかった。

 

「それじゃあさ!」

 

 と、何か妙案でも思いついたように、海月がぽんと手を叩いて。

 

「もういっそ、2人の子供にしちゃいなよ。大陸とあかりんの、可愛い赤ちゃんってことでさ!」

「ぶっ!」

  

 妙案でも何でもなかった!

 いくらなんでも、あまりにも無理がありすぎるだろ。

 

「そう。できちゃった婚おめでとう、2人とも。もう出産さえ終えてるけど」

「ちょ、ひなちゃん先輩も乗っからないでくださいッ!」

「そうだそうだ! 僕も認めないぞ、子供なんて!」

 

 光莉の抗議にすかさず声を大にして続くエロケン先輩。

 

「子供を産んだというのなら、その前に妊婦姿を披露するという通過儀礼があるじゃないか。マタニティドレスを省く孕ませモノなんて、そんなのクソゲーなんだよ!」

「うっわ……」

 

 ドン引きする海月に、俺もまったくの同感です。

 

「はらませ、もの……?」

「だ、ダメダメっ。まるるがそんなのに興味を持っちゃっ!」

 

 ……あー。こうしてだんだんと大人になっていくもんなんだなー。

 何を意識したのか顔を赤らめながらまるるを諭す光莉の姿を見ながら、ふとそんなことを思ったりする。

 

「……まあ、それはそれとして、だな」

 

 と。怪しくなった場の空気をあらためるように、ハラショーが疑問を示す。

 それは、俺も気になっているところだった。

 

「リボンがついてるってことは、このアルパカさん、誰かに飼われてるのか? それとも野良?」

 

 たしかにこの教室に連れてきてしまうまでに、俺と光莉もその点に思い至らないわけではなかった。けれど……。

 

「ねえ。まるるのアルパカさんを通じて、私達の質問に答えてもらうことはできないかしら?」

「できると思いますよ、光莉先輩。ねっ、アルパカさん?」

 

 こくこく。

 ……ずっと離れずについてくるアルパカさんに対して意思疎通の手段を持たない俺と光莉は、ひとまず学園に着いてからまるるのアルパカさんの力に頼ろうと考えたことも、事実であったのだ。

 

「そ、それじゃまるるのアルパカさん、通訳をお願いします!」

 

 よきにはからえー。

 と、さっきからこくこく頷いているまるるのアルパカさんを、非常に頼もしく思ったのは初めてかもしれない。

 

 

 

【以下、アルパカさん(赤)(←まるるのアルパカさん)仲介による、アルパカさん(青)(←ついてきたアルパカさん)について知り得た情報】

・飼われアルパカさんです(飼い主についても説明してくれたけど、俺達にまったく心当たりはなし)

・名前はお任せします(勝手につけてね、ってこと?)

・散歩中に道に迷ってから、はじめて出会ったのがあなたたち(俺と光莉のこと)でした。これって運命かもー。

 

 

 

「飼い主さんも心配してると思いますけど、このアルパカさんがひとりで数日間お散歩していることも多いらしくて……」

「数日間って。放任主義すぎるだろ、その飼い主さん」

 

 ちょっと呆れた。

 俺の問いに対してアルパカさん(赤)を通じ、最終的にまるるが答えてくれている。ちなみにまるる本人も、自分の友達のアルパカさん(赤)ほどではないけれども、ある程度ならアルパカさん(青)と直接コミュニケーションが取れるらしい。

 

「……つまりこれは、保護した者が責任をもってしばらく面倒をみるべき」

「そうだよー。なにも永遠、ってわけでもないみたいだしさ。飼い主さんが見つけてくれるまでの数日間くらいだったら、そんなに問題でもないっしょ」

「で、でも……」

 

 ひなちゃん先輩と海月がそう口を揃えれば、水を向けられた光莉が困惑するのも無理はない。

 けれど当のアルパカさん(青)はというと、そんな彼女に懐いてしまったかのように、足下にぴたりと身をすり寄せて離れようとしなかったりする。

 

 ……あらためて言うまでもなく、その姿はとても愛らしい。少なくとも昨夜のゲームのネコよりも百兆倍は可愛い。

 

「も、もし本当に飼うなんてことになったら、まずお爺様に許可をもらわないと……」

 

 しどろもどろ。

 困り果てる一方で、アルパカさんの魅力に抗いきれないものも感じていることを、その挙動からもはっきりと分かる。それに元々の光莉の性分が、頼りにされた相手をそのまま放っておけるはずがなかった。

 あー、これはもう、時間の問題だなー。

  

 その後もまるるとアルパカさん(赤)の関係よろしく、学園内のあっちこっちで光莉にくっついて離れようとしないアルパカさん(青)。光莉の足下が、彼女のすぐ近くがいかにもお気に召したようなその姿に、保護欲という感情が否応なく刺激されるのは無理もない。

 そんなわけで。

「仕方ないなあ」といった表情でついには保護を受け入れた光莉ではあったけど……内心ではけっこう満更でもなかったりするのを、みんなとっくに気がついている。

 

 そして――

 拍子抜けするほどにあっさりと、アルパカさんの滞在(俺達が飼い主さんの存在を知るまでの数日程度だろうと予想)許可も下りて。

 一時的ながらも近衛家の一員となったアルパカさん(青)が、光莉の足下で一緒に学園生活を送る時間も、はや数日。

  

 それはいつしか、ありふれた……日常的に見慣れた光景となっていった。

  

  

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