これから繋げていきます…ゆるりとお付き合いくださいな
吹きすさぶ寒風が、窓をガタガタと揺らして吹き抜ける。
それでも、今日は珍しく雪も霰も雹も降っていない…
つまり、外に出るときにも重装備でなくてよい、ということである。
それは幸いなことであった。何しろ、終わるともしれない旅に出るのであるから。
旅…いや、放浪する、と言ったほうが正しいだろうか。
居場所を捨て、自らの全てを捨て、彼は歩み出そうとしていた。
否…歩み出せるのだろうか。
彼は、逃げようとしているのかも知れない。
小さな家の中には、何も無い。
必要と思われるものは全て荷物として詰め込み、そうでないと判断したものは全て、彼が壊してしまっていた。
もう何もいらない…と、そう、決めていた。
彼には何も残っていなくて、何もいらなかった。
「ソーシア…」
ふと漏れたのは、愛しい人の名。もうここに居ない、誰よりも愛しい名前。
何を壊そうとも、忘れられるものではない。
半ば諦めながらも、忘れたらどうなるのかが怖くもあった。
何よりも、忘れたくない…
いつも通りに、鎧、篭手、腰当、具足をつけていく。
防具というにはややファッショナブルな、白くエスニックな意匠の施されたソレは、白兎獣と呼ばれる牙獣種のモンスターの毛皮から削りだされた装備品である。
この地域では普段着に等しいが、ハンターの使用、すなわちモンスターの攻撃にも耐える代物であった。
もうどれくらいになるのだろうか。この永久氷雪地帯で、初めてこの鎧を着て、初めてモンスターと対峙して、初めての狩りを成功させて――
怒涛のような思い出の渦も、彼を引きとめる事はできない。
巨槍を背負い、彼は永い事住み家としてきた家を出る。
銀の風と吹雪がいつも通りに挨拶をし、フードを被ることでそれに応える。
全くいつも通りだった―――誰にも称賛もされず期待もされず、実りの乏しいこの地に居座って刃を振るい続ける彼は、誰の見送りも受けたことがなかった。
ただ一人見守るように笑んでくれていたひとも、もういない。
…やめよう。
振り切るように、扉を乱暴に閉めた。
軋むちょうつがいを止める者はいない。
夜の闇が、白く舞う薄片に色を奪われて紫に滲んでいた。
それでも、彼の目を滲ませるものはない。
真っすぐに、ただ、進むべき道のみを見据えて―――
自嘲気味に、唇をゆがめる。
亡き妻の面影は、とうの昔にこの地に果てているのかもしれない。
それでも、やはり諦めきれずにいるのだった―――
彼には、娘がいた。名を、ガリシアと言う。
2年も前になるだろうか…母、ソーシアの死から1年と少し。
彼―――凍土の専属ハンター、ジュート・ロウ・エルゼルペインは、失意の底にあった。
今になって思えば、ジュートは娘に負担をかけすぎていたのだろう…
ソーシアの影を引きずり、娘をないがしろにして。
その面影を色濃く残す娘を、果たして愛していると言えるのだろうか。
それは本当に、ガリシアへの愛だったのだろうか。
耐えきれず逃げ出したガリシアを責めることなど、彼には到底できない。
そして今、彼は何をしようとしているのか?
答えは単純だった。
ガリシアを探し出すこと。
そして、諦められない負の連鎖から逃げ出すこと。
逃げ出すために逃げるとは、こりゃまた傑作だ…と、ジュートはフードの中のひさしを降ろした。
ぽつぽつと降り出した霰の中、ジュートは歩きだす。
行くあては、なかった。ただこの場所から遠ざかりさえすればそれで良いと思った。
否―――漠然とした目的地は、彼の中に設定されているのだった。
「…ユクモ村、ねえ」
ここから遥かに南、山の中にぽつりと存在する辺境の温泉村。
ハンターはいるのだろうか―――
寒かった。考えに立ち止まったのも悪かったが、なにより心の内が冷たくふぶいていた。
氷点下でも適温に変えるこの装備も、内からの凍風には効果を発揮しない。
これを埋める暖かさが欲しかった。
人でもいい、温泉でもいい―――
冷たさから脱し、温かさに触れたかった。
ユクモ村についたら何をするか――と、今の内から妄想に心を膨らませ。
どこか小さく期待していた―――ガリシアがいるんじゃないか、と。
会えたところで、どうにかなるものでもないのに…
なぜなら、彼女が自由へと逃げ出した時と、彼が何も変わっていないから。
最低な家族だな、と零し、今度こそジュートは止まらずに歩きだす。
むしょうに人が恋しかった。
抱え込んだ思いを理解してくれるような、友と呼べる存在が欲しかった。
それでも――何を得るにしても、まずは歩きださなければならない。
ますます強まる霰の中、慣れ親しんだ悲しみの里に別れを告げ。
一人の男が、門をくぐった。
セルクとクルアがユクモ村へ向かい始める、数週間ほども前の事である。
寒さって、寂しいものですよね
今日は雪が降りました…僕の住んでいるところでは珍しいです、むちゃくちゃ寒かったです
ジュートさんの境遇を想うまではいかずとも、ある程度は理解できたかな、なんて…
読者様には、前回の分も合わせて、ありがとうございます