大村湾での演習を終え帰途についた北上たちの前には、夕焼けが照り返すせいでいつにも増して朱い、赤瓦の街並みがあった。
見慣れた光景とはいえ、日本離れした美しい景観に思わず息を飲む。
ハーバータウンの埠頭には何人もの観光客が軒を連ねていた。
北上たちに気付いた者が声を上げると彼らはざわめき、少しでもいいポジションを取ろうと動き回った。
何人かが手を振っていたので手を振り返してやると、一段と大きな歓声が上がった。
彼らは艦娘が来るのを今か今かと待ちわびていたのだ。
北上たちは埠頭の五〇メートル付近まで近づいてからゆっくり回頭した。微速で手を振りながら航行する。
北上たちが航行する速さに合わせて全力で走っている若者がいたため白露が「危ないので走らないでくださいね―」と注意すると笑いが起こった。
もう一往復して観客を十分に満足させると、佐世保鎮守府を目指して舵を切った。
「ふう、今日も仕事したぜ」
「手振っただけじゃないですかぁ」
北上が呟くと、無線から白露型駆逐艦一番艦白露の返事が聞こえた。北上は二〇メートルほど後ろを航行する白露の方に振り返り、左腕に括り付けた魚雷発射管を振ってみせた。
「手を振るのだって疲れるんだよ。見てみ、この重装備。ほんと重いわ―」
左後方では、艦娘に手を振ってもらったと勘違いした観光客が喜んでいた。
「全然重そうに見えませんけど。まあ営業が面倒だっていうのはわかりますけどね」
白露が言った。
「ほんと面倒です。なんでこんなことしなきゃいけないんですかね?」
白露に同調して初春型駆逐艦六番艦夕暮が愚痴をこぼした。効率主義の節がある夕暮にとって、演習帰りにわざわざ観光客のご機嫌取りに伺うのは我慢ならないことらしい。
「必要らしいよ? よくわかんないけど」
「みんなにとって、僕らの存在が心の支えになっているんだよ。以前に比べたら大分マシになったけど、生活は不安定なままだ。唯一頼れる存在が艦娘なわけだけど、普段僕らが何をやってるかってみんなからしたらわからないだろう? だからこうして時折顔を見せて、元気を与えるのさ」
北上の代わりに答えたのは時雨だ。白露と同じ白露型で、その二番艦である。五人の中で最もキャリアが長く、豊富な知識と経験を持っている。
「なるほどぉ。さすが時雨は物知りだね」
「北上はもうちょっと勉強したほうがいいんじゃないかな。軽巡ってそれなりに責任のある役職だし」
「あたしゃ雷巡さ」
「軽巡の一種じゃないか」
「違うんだよ~。雷巡てのはさあ、もっとこう、インパクトのある生き物なんだよ。それでいて繊細、みたいな。軽巡は器用でなんでも卒なくこなすってイメージだけど、雷巡はそうじゃないんだよ。大胆かつ繊細! そう、それだよ。大胆かつ繊細なんだ。わかる? だって、どんだけ魚雷積んでんだ! って話だよ。しかもさ……」
「はあ、また始まったよ北上さんの雷巡語り」
「変なスイッチ入れないでよね、時雨」
「僕が悪いの?」
一行はハウステンボスを南下して、西海橋から佐世保湾へ向かった。
大小様々な島とたくさんの入り江によって作られた長崎の海は、迷路のように入り組んでいた。今でこそ間違えることはないものの、着任したばかりの頃はよく袋小路に迷い込んだものだ。
暗がりの中では陸地と海との境界がわかりづらく、なおさら迷いやすくなっている。行きは木の根元までくっきり見えたのだが、黄昏時になるととても視界が悪い。
喫水下の体積が小さい艦娘が座礁することはまずないが、それでも危険なことに変わりない。できり限り陸地から離れたところを通るのがセオリーだ。
彼女たちはそんなセオリーなどお構いなしだった。
特に北上は島の景観を間近で見るのが好きだった。そのためにギリギリまで陸地に近づく。
「あ、狐」
「どこですか?」
「うっそ~」
「なんですか、もう」
特に意味がない北上の嘘に白露が呆れて返事した。
陸と海の際を走りながら、あることないこと喋るのが北上の楽しみだった。
北上は生まれも育ちも佐世保だが、艦娘になるまではこんな風に海からじっくりと陸地を眺める経験は殆どなかった。自分の育った土地を違う角度から見てみると、毎日のように新しい発見がある。
潮の満ち引きで変わる島の地肌を間近で見た人は一体どれくらいいるのだろうか?
「もっと速くしません?」
弁天島を過ぎた辺りで初春型駆逐艦五番艦の有明が提言した。
「そろそろ漁が始まる時間ですよ。急がなきゃ漁船にぶつかっちゃう」
もっともらしい理由をつけているが、有明がそう言ったのは早く帰りたいから、という単純な理由だ。
原則として地元漁師が出港・帰港する時間帯と、艦娘の演習時間帯は重ならないように設定されている。もし艦娘がいつもと違う時間に鎮守府を出るなら、必ず地元漁師に連絡が届き、その間船を動かさないように指示が出る。だから漁船にぶつかるということはまずない。
もっとも、仮にぶつかったとして壊れるのは漁船の方だが。
今の速力は第一戦速、約一八ノットだ。
鎮守府の規定では演習中と出撃中以外は原速(約一二ノット)で移動するものとされている。
すでに規定の一.五倍で航行しているのを、更に加速しようというのだ。
「あんま速力上げすぎると『燃料節約しろ』ってうるさく言われるんだよなあ」
「もう規定破ってるじゃないですか。今更一二ノットくらい上げても一緒ですよ」
「第五戦速かよ、やんちゃだねえ」
そう言いながら北上は隊列の最前に出た。それまで陣形を崩して島を眺めていた旗艦がわざわざ先頭に立つということは、何かしら号令を出すということだ。
「全艦、第五戦速」
「第五戦速了解!」
北上の号令に合わせて二七駆逐隊の面々が元気よく返事した。
元機の唸り声が高まるにつれてどんどん風が強くなっていった。台風よりも強い風が髪を激しく巻き上げた。島と島の間に艦娘たちが残した航跡が揺らめいている。
佐世保鎮守府まで、あと二〇分。
少しずつ速度を落として桟橋に近づき「よっ」と飛び乗った。
北上に続いて白露、時雨、夕暮、有明も着地した。
四人が整列すると、その前に立った北上が口を開いた。
「みんなおつかれさん。艤装の調子はどう?」
「ぜんっぜん、バッチリです!」
「問題ないよ」
「大丈夫です。というか全然ばっちりって何?」
「おっけーでーす」
本日は航行訓練を行っただけであるから艤装に問題が出ることなどまずないのだが、演習終了時に艤装の状態を確認することは艦娘の義務となっている。
未知のテクノロジーの塊である艤装は、一般の整備員では手の施しようがない。艦娘が異変を察知し、妖精さんたちに修理してもらうほかない。
「じゃいこっか。今日のご飯なんだっけ」
北上が聞いた。
「確かとろろごはんです」
「またか」
「なんか多いですよね、とろろ」
「確かに。とろろは自給率高いのかな」
「そう言うと、とろろが山から生えてるみたい」
「違うの?」
「えっ……」
「北上さん……」
駆逐艦娘たちに悲哀の目を向けられるも、北上は気にする素振りを見せなかった。
「私はパンが恋しいよ。何ヶ月食べてないんだろうな。日本人にはパンが必要なんだよ」
「日本人ならお米じゃないんですか?」
「米はもう飽きたよ。毎日三食出てくるじゃん」
「もう、そんなこと言ったら昔の人に怒られますよ」
「昔の人には会わないからいいもーん」
「子供ですか」
「子供だもーん」
やれやれ、と駆逐艦娘たちは苦笑いした。
北上はいつもこんな調子だ。
二言目には「面倒くさい」。ああ言えばこう言う。
どの駆逐艦娘よりも子供っぽい性格をしていた。にも関わらず不思議と駆逐艦娘たちには好かれていた。
人を惹き付ける何かがあるのだろう。
ぐぅ、と北上の腹がなる。
随分長いこと鳴っていたので白露たちはしばらく笑いが収まらなかった。
腹が減って死んではたまらんと、一同は寮の食堂へ急いだ。
食堂は既に半分ほど埋まっていた。座る位置は決められているわけではないが、なんとなくそれぞれに指定席のようなものがある。
北上は一五ある六人がけテーブルのうち、真ん中のテーブルを目指した。そこが球磨型軽巡洋艦の指定席になっており、すでに球磨、多摩、大井、木曽が着席していた。
近づくと大井が隣に座るよう催促してきた。
「北上さん、演習はどうでした?」
「んー、まあまあ」
大井の質問に北上が投げやりな返事をした。
「いつも思うんだが、その質問に意味はあるのか?」
木曽が聞いた。
「特に無いクマ」
大井が答えるより先に球磨が答えた。
「あります! 大事な大事なスキンシップよ! こういう小さなスキンシップの積み重ねが円満の秘訣なの!」
「なんだよ円満て。夫婦じゃあるまいし」
「木曽、これ以上はやぶ蛇ニャ」
「そうだな」
「なによ人を猛獣みたいに」
「猛獣ならネコがいいニャ」
「ネコですって? 私はどちらかといえば――」
大井が続きを言おうとしたところで秘書艦の足柄が皆の前に立った。
「大体揃ったわね。誰かいない人はいる?」
「二二駆は遠征です」
「オッケー。あとはいないわよね。それじゃあご飯にしましょうか」
足柄の合図で皆が席を立った。
食堂の奥が厨房と繋がっており、その間に受け渡し口と返却口がある。受け渡し口にはすでにいくつかのごはん茶碗と汁碗、小鉢が並んでいた。
向かって右側から列を作り、まずトレーと箸を手に取る。それからごはんや味噌汁をトレーに載せて自席に運んでくる。
学校の給食とほぼ同じ配膳方法だ。違うことといったら、料理をよそうのが食堂のスタッフであることだ。
全員が自席に戻ったら、改めて足柄が食前の号令を行う。
「いただきます」
「「いただきまーす」」
今日の夕食はとろろご飯になめこ汁、オクラとめかぶの和え物というネバネバ尽くしだ。任意で納豆を追加することもできる。唯一ネバネバしていない卵焼きは緩衝材だ。
白露たちが早速ごはんを食べようとすると、後ろにいた北上が夕立と白露の間に割り込んで、二人の肩に腕を乗せた。
「あのさあ、私ちょっと前までなめこって苦手だったんだよね。なんでかわかる?」
「んー、ヌメヌメしてるから?」
夕立が答えた。
「そうそう。この触感がどうしても嫌だったわけよ。だってさ……なんか鼻水みたいじゃん?」
「うげ」
「ちょっと北上さーん。お食事中ですよー?」
村雨が指摘すると、北上はサッと身を引いて自分の席に戻った。
「わざわざあれを言いに来たのかしら」
「唐突によくわかんないこと言うことあるよね」
「北上さんの行動原理は未だに解明されていない」
そんな中、時雨は鼻水のようなきのこと評されたなめこの味噌汁を平然と啜っていた。
「時雨はよく平然としていられるよね」
「もう慣れたよ」
時雨は、北上が佐世保に配属された当初から知っている。だから北上の不可思議な言動は何度と無く聞いてきたのだろう。
続けて時雨はとろろご飯を口に運んだ。
「あのさ」
再び北上が現れて、先程と同じように夕立と白露を肘置きにした。
「また来た」
「なんですか?」
夕立が横目で尋ねた。
「さっき気付いたんだけど、とろろってなんかに似てるなあ、と思って」
「また鼻水ですか」
「何かって?」
夕立が律儀に質問した。
「とろろって唾みたいだなって。コップ一杯分の唾液をかき混ぜたらこんな感じになると思わない?」
ごふっ、と何かを吐き出す音がした。
時雨が左手にとろろご飯の器を持ったままむせ返っていた。時雨はちょうどとろろご飯を口に含んだところだった。
「ちょ……また変なこと言って! 時雨がむせちゃったじゃないですか!」
「よくそんな気持ち悪いこと思いつきますね!」
「きゃはは! 北上さんおもしろーい」
時雨、村雨、白露がとろろご飯第二の姿を知り不快感を示す中、夕立だけはけたけた笑っていた。北上と感覚が近いのかもしれない。
「うーん、なんでこの子は笑っていられるのか……」
「どっか麻痺してるのかな」
北上はまた自席に戻り、とろろご飯の器を持った。白米の上に乗ったとろろをじっと見つめている。
「もしかして、自分で言って食べられなくなったんじゃ」
「自滅じゃん」
ちょっとした逡巡の後、決心したようにごはんを掬った。箸を持ち上げると粘り気のある白い液体がさらさらと流れ落ちる。
それを口に入れた瞬間、白露が北上にむかって言った。
「どうですか北上さん。よだれかけご飯のお味は」
北上の反応はない。
その代わり、隣にいた大井が身体をビクッと震わせた。
「あなたたちねえ……そんな汚いこと言って」
「いやいや、最初に北上さんが『とろろって唾みたい』って言ったんですよ」
「そうなの?」
大井は目を細めたまま北上の方に向き直った。
北上は振り返って言った。
「うまいよ。うまいよ、よだれかけご飯。特に自分の唾液だと思って食べると最高だよ」
「うっ」
「なんで普通に食べられるの……」
「もしかしてこれはあれかな。自分が出した屁は臭くないってやつかな」
「それっぽい!」
「違うでしょ」
「おうお前ら、早く食べないと風呂の時間始まっちゃうぞ」
「私たちは遅いんで大丈夫です」
ふと辺りを見渡すと、時雨が消えていた。どうやら北上の口撃に耐えかねて逃げ出したようだ。
「はぁー、おいしいなあ! 私のよだれおいしい! 北上さんどうです? 私の食べます?」
白露は変なスイッチが入ってしまったようで、なんとかして北上に逆襲しようとしていた。
しかしこの程度の攻撃で怯む北上ではなかった。
「ん、じゃあ頂こうかな」
そういって白露が差し出した茶碗からひょいとご飯を掬って口に入れた。
「うん、うまいうまい。白露のよだれも捨てたもんじゃないね」
白露はすっかり青ざめてしまった。
北上の『自分の唾液だと思って食べると最高だよ』発言に乗っかって、さらに自分の唾液を差し出すという高等テクニックで相手を狼狽えさせ、続く攻撃の糸口を探ろうとした。そうなればこちらのペースだ。制海権を手に入れたといってもいい。
しかし佐世保のエースの名は伊達ではなかった。白露と同じように敵の攻撃を逆手に取ったカウンターを仕掛けたわけだが、その威力は白露が放ったものより大きく勝っていた。
なぜなら、相手の意図を正確に汲んでいたからだ。相手が何を狙っているのかわかれば、躱すのは難しいことではない。さらに相手にとって痛手となる戦力も見えてくる。
白露の狙いは完全に読まれていたのだ。
「あたしのも食うか?」
北上はさらに追撃した。
白露は腕をぷるぷる震わせながら箸を伸ばした。このままやられっぱなしではいられない。大丈夫、同じように食べてやれば北上さんだって驚くはず……。
「白露だめ! これ以上は危険よ!」
村雨の警告にはっと顔を上げると、北上はにんまりと笑っていた。
罠だ。
同じように食べてみせればよいと思わせておいて、別の狙いがあるのだ。先程から大井が北上の器を凝視しているのも、何かに気付いたからだろう。
白露は北上の狙いがわからなかった。このままでは確実に絡め取られる。よだれに。
「いえ……遠慮しておきます」
「そうか。白露は賢い子だね」
北上は微笑んだ。背を向けて何事もなかったように食事を再開した。
いつもそうだ。
強者はいかなる勝負においても平然と笑っているのだ……。
「ふいー」
北上は湯に浸かって息を漏らした。
風呂は艦娘にとって生命の源泉だ。身体の汚れを落とすだけでなく、体の疲れをいやし、心をも癒やす効果もある。
日々強いストレスに晒されている艦娘には欠かせないものだ。
「いやーいい勝負だった。負けると思ったよ」
北上もまた戦士の傷を癒やしているところだった。
「どこがだクマ。あんな汚い勝負そうそう見ないクマ」
球磨が無粋にも北上の発言を否定した。直接敵と退治していない球磨には戦士の張り詰めた緊張感がわからないのだ。
「終始北上のペースだったじゃないか。どこに負ける要素があったんだ?」
木曽が言った。
「最後のやつさあ、白露が本当に食べたらどうしようって思ってたんだよね。村雨嬢が白露をビビらせてくれて助かったよ」
「なんだ、無策だったのか」
「そうそう。ブラフでいかにも裏がありそうな顔はしてたけどね。白露は完全に意地になってたから、村雨嬢が何も言わなかったら食べてただろうねえ」
「結局お前の作戦勝ちだったわけだな」
「そうとも言える」
「あと五分だぞー」
那智が湯船の対面で言った。
「早いニャ。あと二〇分くらいは欲しいニャ」
多摩がボヤくのも無理はない。艦娘たちが風呂を利用できるのはたったの三〇分なのだ。
寮には今北上たちが入っている大浴場があるのだが、同時に入れるのは二〇人が限度だ。そこでいくつかのグループに分けて入ることになる。戦艦・空母が最初に使い、次いで巡洋艦、駆逐艦、その他、と続く。駆逐艦は人数が多いからさらに二グループに分かれる。
後半のグループほど汚れたぬるいお湯を使うことになる。足し湯は許容されているものの、元のお湯がぬるければ結局ぬるくなってしまう。
利用時間を定めておかないと、後に入る艦娘が嫌な思いをするのだ。時間を決めていても最後のグループが不利であることに変わりはないので、最後のグループだけは特権として一五分延長が認められている。
「ねえ、もし他人のよだれがかかったご飯を食べろって言われたら、どうする?」
大井が問いかけた。
「嫌に決まってるだろ」
「無理クマ」
「無理だニャ」
全員の答えが一致した。当然だろう。普通は好んで他人のよだれを口に入れようなどとは思わないだろうし、食べ物と混ざっているなど一層嫌悪感が強いものだ。
「まあ、そうよねえ。じゃあ、誰かのよだれがかかったご飯を食べないといけないとしたら、誰のにする?」
「誰のだって嫌だよ」
「選ばなきゃダメなの」
「えー……なら母さんかなあ。赤ん坊のときなんか、しょっちゅう母親の唾液食わされてたようなもんだ ろ。だったら我慢できるかもしれない」
「球磨は親でもきついクマ。大井は誰だったらいけるクマ?」
「そうねえ。私も親でも嫌かしら。こんなこと言ったらいけないかもしれないけど、年齢が年齢だし」
「同感ニャ。年寄りの唾液なんて絶対嫌」
「じゃあ誰なんだよ?」
「ここまでの話からしたら、親しみがあって、若くて、清潔感のある人かしら。そう、北上さんみたいに」
「え、あたし?」
これまで沈黙を守っていた北上も反応した。
「あえて一人選ぶなら、の話です」
そう言うものの、すでに大井は皆から嫌疑の目を向けられていた。
「もしかして最初からそれが言いたかったニャ?」
「そういえば北上のご飯をじっと見てたやつがいたっけな」
「なんのことかしら。あ、もう時間ね。急がないと駆逐の子たちに怒られちゃう」
そういって大井はそそくさと湯船を出た。
「北上。これからは自分の食べ物から目を離さないほうが良いぞ」
「うん。気をつける」
北上の顔は湯に浸かって火照っていたのが嘘だったみたいに青ざめていた。