北上さんはからかいたい。   作:gonzares

2 / 4
二話 おセンチな北上さん

「ねえ桜井。あたし、次の演習いやだよ」

「どうして?」

「やりたくないことやらされるんだもの」

「やりたくないことって?」

「わかってる癖に。あたしは軽巡じゃなくて雷巡なの。軽巡に向いてるかどうかなんて今更確かめるつもりはないの」

 

北上は珍しく苛立っていた。顔にはあまり現れないが、言葉遣いや声の調子がいつもより荒々しい。

その理由は二週間後に佐世保で行われる演習にあった。

佐世保は毎月呉と合同演習を実施している。近場にあるため演習相手として都合がよかった。

場所は毎月入れ替わる。前回の開催地は呉だったため次は佐世保だ。

呉から演習に参加する艦娘が佐世保に来て、普段なかなかできないことをする。

 

今回の目的は大きく分けて二つある。一つは空母機動部隊同士の衝突を想定した演習を行うこと。

空母は横須賀、呉、佐世保に同程度配備されているが、絶対数が少ないため単独の鎮守府では機動部隊同士の演習は困難だ。

戦闘の要である空母の強化は不可欠であるから、毎回必ずといっていいほど機動部隊同士の演習がある。

もう一つは重雷装巡洋艦(雷巡)の軽巡洋艦(軽巡)としての能力を図ること。

機動部隊の戦いは毎度実施しているので、目的としてはこちらの方がメインとなる。

この目的に大して北上は異議を申し立てているのである。

 

「北上さんは雷巡であることに誇りを持ってるんだよね。艦隊の決定力としてのあり方に」

「そういうこと。だから桜井から提督に言っといてよ。私は軽巡に向いてないってさ」

「それは難しいかな」

「なんでさ」

 

北上は眉をひそめた。裏切られた、と思ったのだろう。桜井は艦娘たちの調整役としてしばしば相談を受ける立場だ。北上の意思や希望も何度か聞いていて、いずれも肯定的に受け止めていた。

にもかかわらず今回は否定しているのだから裏切りと捉えられても仕方がない。

しかし彼女にそのつもりがなかろうと、大本営の決定を覆す理由にはならない。

軽巡の需給が逼迫している今、雷巡を雷巡としてだけ運用するのは限界があるのだ。

確かに雷巡は艦隊決戦の打撃力を期待され改装された。持ち前の魚雷火力を活かして深海棲艦の主力部隊に致命傷を与えること、それが雷巡最大の役割だ。

一方で魚雷に特化しているため、他の軽巡と比較して砲火力や偵察能力、対空兵装、装甲が弱い。

軽巡の多くは、水雷戦隊旗艦として索敵したり敵巡洋艦・駆逐艦から味方を守る役割を持っているから、その意味で性能的には「軽巡に向いてない」と考えることもできる。

しかし雷巡に頼らざるをえない事情があるのだ。

 

「北上さんが軽巡に向いてないとは思えないし、私の一存で鎮守府の意向を変えることはできないよ」

「なにそれ。そこをどうにするのが桜井の役割なんじゃないの? ていうかさ、その『私』っていうのなんなん? かしこまっちゃってさ。俺でいいじゃん、俺で」

 

桜井は元々の論点と全く関係ない点を槍玉に上げられて思わず苦笑いしてしまう。普段は「俺」と自称しているが、仕事中はやはり「私」のほうが好ましいと思う。

 

「どちらかというと私……俺の役割は上の決定をみんなに納得してもらうことだよ。あとは手順を説明したり他部門とやり取りしたり……あっ、蒼龍さんなにか御用ですか?」

 

いつの間にか空母艦娘・蒼龍が北上の後ろに立っていた。

にこにこしながら我々の話が終わるのを待っていたようだ。手元に書類を持っており、何かしら用事があると思われた。

 

「では詳細は後で連絡しますので」

「よろしくおねがいします」

 

事務的な、定型業務に関する話だったので手早く済んだ。

去り際に蒼龍が言った。

 

「ところで、北上のことなんだけど、話の続きをしてあげたほうがいいと思いますよ。遮った私が言うのもなんですけどね」

 

そう言われて辺りを見渡すと北上の姿が消えていた。

北上は明らかに不完全燃焼だった。放置すると後々面倒なことになりそうだ。

桜井は蒼龍に礼を言って北上を探した。

 

果たして北上は庁舎の玄関口から外に出ようとしているところだった。

思ったより近くにいたので安心した。

 

「北上さん」

「んー?」

「さっきは話中断しちゃってごめん、ちゃんと話そう」

「いいって。桜井も暇じゃないでしょ」

「北上さんが納得してないでしょ。みんなの意見を聞くのも俺の仕事だよ」

「……ふーん、なら仕方ないか」

「ありがとう」

 

小さな会議室には白い長机が真ん中にあり、黄緑色の安っぽい椅子が囲んでいた。他にあるものといったらホワイトボードとプロジェクターくらいで殺風景なものだ。

古臭さこそあるものの、歴史や風情は感じられない。佐世保の鎮守府庁舎は大戦中に一度焼け落ち、建て直された建物だ。その後も時代の要請に合わせ改築を続けてきたから、機能が重視され情緒に訴えかけるようなものはなにもない。

二人は向かい合って椅子に座った。本来は予約が必要だが、今は大体が出払っているからいいだろう。

 

「なんで蒼龍には敬語なの? 伊勢とか日向にもそうだよね。あんたのほうが年上じゃん」

 

北上は席につくなり頬杖をついて、またしても本題と無関係の話題を振ってきた。

人はイライラしているとどんな些末なものも気になってしまうらしい。

 

「階級は蒼龍さんや伊勢さんのほうが上だからね。厳しいんだよそういうの」

「みんな気にしないと思うよ?」

「当人が気にしなくても周りの人が気にするの」

「面倒くさいな、そういうの。大人の事情ってヤツ? どうせ今回のもそうなんでしょ」

 

今回の、とは次の合同演習のことだろう。大人の事情と一括りにしてしまえば確かにその通り。しかし大人の事情にも道理があるのだ。

 

「言ってしまえばそうだよ。だけど、決して北上さんに嘘をついたり無下にしたりするつもりはない。艦娘の意思は最大限尊重したいと思っている」

「信用できないなあ、そういうの」

 

そう、こんな形式張った、取ってつけたような文句では人は納得しない。もっと個人の価値観や感情に踏み込まなければ人は動かない。

 

「そうだな、まずは北上さんがどうしたいのか聞いてみよう」

 

だから実際に彼女たちの考えを聞いてみる。なにをしたいのか。なにをしたくないのか。今の気分はどうか。悩みはあるか。自分たちにやってほしいことはあるか。

コミュニケーションの出発点は自分の意思を伝えること。桜井のとしての希望はもう伝えた。だから次にすべきことは相手の意思を知ることだ。

 

「演習に出たくない」

「どうして?」

「さっき言った」

「わかった。じゃあ他にしたいことは?」

「別に」

「些細なことでもいいから。何かないの?」

「小腹がすいた」

「わかった。おやつ持ってくるよ」

 

桜井は会議室を出た。北上はその様子をじっと目で追っていた。

 

「はい、これ」

「ん」

 

一袋二九八円の煎餅とペットボトルのお茶を二本、机の上に置いた。北上はすぐさま煎餅の袋をあけ、一番大きな煎餅を取り出してぼりぼりと食べ始めた。

 

「おいしい?」

「まあまあ。これどこのやつ?」

「ヨーズミー」

 

ヨーズミーは西日本を中心に展開する全国チェーンのスーパーだ。オリジナルブランドの食品も多く提供している。

 

「ああ」

「他の煎餅よりちょっと高いけどおいしいんだよね」

「でかい」

「ふふ。そうだね」

 

桜井が笑うと北上は目を細めて口をとがらせた。なぜ笑った? とでも言いたげだ。

北上が煎餅を飲み込んだのを見計らって言った。

 

「じゃ本題に入ろうか」

「待って。もう一枚」

 

桜井は北上が三枚の煎餅を食べて満足するまで待った。

 

 

 

「北上さんは呉との合同演習に参加して、軽巡としての適性を見定める。軽巡が足りていないから、その解決法として雷巡に軽巡の任務も一部担ってもらう。個人的なことを言わせてもらうと、北上さんも大井さんも戦術眼に長けているから、水雷戦隊旗艦として全うできると思っている。ただ本当に雷巡を軽巡として運用すべきかどうかは試してみないことにはわからない。だから演習に参加してもらわないとにっちもさっちもいかないんだ。ここは変えられない」

 

桜井は改めて演習の趣旨を説明した。加えて現状は代替案を用意できないことを強調した。

どの鎮守府も軽巡の需要が高いし、絶対数はすぐには増やせない。

うーん、と北上は唸る。きっと本心では演習に参加すべきだと感じているのだろう。しかし感情面で納得しておらず、踏ん切りがつかないのだ。

 

「だから演習を行うという前提で最大限北上さんの要望に応えたい。北上さんはどうしたい?」

「どうもしたくないってのは無し?」

「無しで」

「んー、そうさねえ」

 

北上は窓の方を眺めた。桜井もつられてそちらを見ると、同じような真っ白い制服を来たおさげの少女と短髪の青年がこちらを見ていた。

北上は窓の向こうにある青い空を見つめながら右手を机の上に伸ばした。ぱたぱたと右手がさまよっていたので、桜井は煎餅の袋の口をあてがってやる。北上は最初に触った煎餅を取り出して咥えた。

 

「私はどうしたいんだろう」

 

平坦な声色だった。桜井は何も言わなかった。

 

時折風が吹いて銀色の窓枠をかたかたと鳴らした。

雲が通り過ぎて、一時的に部屋が暗くなる。五秒足らずで日光は姿を現し再び部屋の中を照らした。北上は口を開いた。

 

「そもそも私はなんでここに来たんだっけ。私は本当に艦娘になりたかったんだろうか」

 

北上は、桜井が想像していたよりずっと深い悩みを持っているようだった。

重雷装巡洋艦が、軽巡洋艦としての適性を図られる。

ただそれだけのことだと思っていたが、北上にとっては非常に重要な意味を持つらしかった。あるいはもっと別の原因があって、今回の演習はそのきっかけにすぎないのかもしれない。

一つ確かなのは、北上がアイデンティティに疑問を抱いているということ。自分は何者か、何をしたいのか、見失いかけている。

自分は何者か、という問いかけは年頃の少年少女なら一度は抱くこと。だからといって放置してよいわけではない。

 

「北上さんはなんで艦娘になろうと思ったの?」

 

さらに北上の心に踏み込んだ。

あまり艦娘のプライベートに緩衝すべきではないが、今の北上には必要なことだと思った。

北上は「そうねえ」と考え始めた。

北上は相変わらずのんびりとした声だった。しかしそれが心の平穏を現しているとは限らない。

 

「桜井はなんでここにいんの?」

 

艦娘になったわけをうまく説明できなかったらしい北上は桜井に逆質問してきた。

なぜここにいるのか。抽象的で非常に答えるのが難しい問いだ。

桜井は真剣に答えなければならないと思った。他人の考え方を知ることで自分が見えてくることもあるものだ。

 

「難しいね……ひとつ言えるとしたら人の役に立ちたいから、かな」

「もっと具体的に」

「え、えーと……俺は防衛大学を卒業してここに来た。防衛大学に入ろうと思ったのは高校三年の始め。深海棲艦が現れて間もない頃だ。ニュースで自分と同じくらいの女の子が怪物と戦っているらしいと聞いて、自分は何をやっているんだろう、と思ったんだ」

「そのくらいの年齢のやつはみんな同じようなこと考えるのかね?」

「ははは。そうかもね。それで自分も何かしなきゃ、と今までの志望校から防衛大学に変えた。自衛隊として国を守るのが使命だと思った」

「『使命』って、すげーな。あたしゃ今まで生きてきて使命だなんて考えたことないよ」

「俺だってそのとき始めて使命なんてものが浮かんできたよ。なぜ浮かんできたかはわからないけど、とにかくやらなきゃと思った」

「それで決めちゃうんだ、すごいな」

「今艦娘やってる北上さんのほうがすごいと思うよ。艦娘になろうと決意したのは俺より若いときだ。それに直接化け物と対峙するのは北上さんたちの方。俺はサポート役の道を選んだだけさ。まあ、艦娘になろうと思ってもなれないけどね」

「取ったらいけるかもよ」

 

北上は下の方を見た。

 

「怖いこと言うね。でもそれで通ったって例は聞いたこと無いな」

「え、試したやつがいんの?」

「いるらしい。噂だけど」

 

「私も昔話していい?」

「どうぞ」

「私髪長いじゃん? 昔は短かったんだよ」

「へえ。なんて伸ばそうと思ったの?」

「ムカつくことがあったんだ」

 

そうして北上は話し始めた。

 

 

 

北上は小学校五年生の頃まで短髪だった。そのほうが楽だったからだ。

それがある日突然、男子たちに囃し立てられるようになった。やれ男女だの、こけしだの。

悪口を言われること自体は慣れっこだったが、男子たちの態度が急変したことに苛ついた。

北上は活発な性格で、外で遊ぶのが好きだった。スポーツやゲームも好きだった。男子に混じって毎日のように野山で遊んだ。

それがなぜだか急にからかわれるようになったのだ。

はじめはただ業腹だったが、後になって男子たちが性別の違いを認識するようになったからだとわかった。

 

だから見返してやろうと髪を伸ばすことにした。

髪を伸ばし始めてからしばらくは「なに伸ばしてんだよ」とからかいのネタになるだけだった。

そのうち男子と一緒に遊ぶことも少なくなったし、スカートも履き始めた。野で遊ぶときはズボンのほうが都合がよかったから普段からズボンだったのだが、その必要もなくなったのだ。

 

一年ほどすると男子の態度があからさまに変わり始めた。

まず、からかわれることが減った。

それから男子が北上に話しかけたとき、目を見てすぐ逸らすようになった。

北上が男子を相手にしなくなったというのもあるが、やはり女子として意識され始めたのだろう。

からかわれること自体は減っていたのだが、別種の文句をつけられるようになった。「似合ってね―よ」とか「なに急に大人ぶってんだよ」といった類いのものだ。

北上はこれらの言葉の意味を正確に理解した。彼らはただ、構ってほしいのだ。

今まで一緒に遊んでいた友達がどこか遠いところに行こうとしている。寂しいけどそれを認めるのは嫌だ。だから遠くにいくこと自体が間違っていることにする。

 

そんな男子たちを北上は構ってやることにした。

 

ある日クラスで二番目に生意気な男子支倉が「そのスカート全然似合ってないな」とふっかけてきた。いつもなら無視するところだが、その日は違った。

 

「そんな似合ってない……?」

 

今にも泣き出しそうな顔をしてうつむき、蚊の鳴くような声で言った。普段気丈に振る舞っていても心は深く傷ついていて、堪えきれずに弱音を吐いてしまった。そんな風に見せかけるために。

案の定、居丈高だった少年はたじろいだ。彼としても相手を傷つけるつもりはなかったに違いない。

 

「一生懸命選んだのに」

 

スカートの裾をぎゅっと握りしめ、口の端を固く結んだ。もちろんこれも演技だ。彼が反応を見せるまでそのまま動かない。

クラス中がそのやり取りを見ている。彼は衆人環視の中悪者に仕立て上げられたわけだ。実際ひどいことを言っているのだから当然の報いだ。

 

「あっ……うぐっ……」

 

支倉は情けない声を出してその場を去った。

 

 

 

「北上さんて意外と悪女なんだね」

「うっさい」

 

桜井の中にある無邪気でかわいらしい女の子という北上像は単なる思い込みだったようだ。

北上は続けた。

 

 

 

次の日の朝、二番目に生意気な彼と下駄箱で出会った。上履きを取り出してすのこにバタンと放ったところだった。

北上が靴を脱いですのこに上がろうとしたとき目があった。彼は驚きと緊張をないまぜにしたものを隠そうとしてか、なんともいえない複雑な表情をしていた。北上が無表情で見ていると、彼は目を逸らし大急ぎで上履きを履いて歩き出した。

 

「ねえ」

 

支倉は驚いた猫のようにビクッと身体を震わせ、すのこを思い切り踏み鳴らした。

 

「今度スラシスやろうよ」

 

スラシスはその頃流行っていた対戦ゲームだ。

しばらくの間返事はなかった。その分びっくりするほど目が泳いでいたので、何を考えているのか手に取るようにわかった。

 

「あー、ま、まあ? 別にいいけど?」

「いつもみたいに有馬んち行けばいい?」

「おう」

 

話が終わったと見て足早に立ち去ろうとする支倉を再度呼び止めた。

 

「あのさあ」

「なに?」

 

支倉は上ずった声で返事した。

吹き出しそうになるのを堪えながら北上は言った。

 

「このスカート、どう思う?」

 

北上は自分のスカートを軽くつまんだ。デニム生地の青いスカートで、膝丈より十センチほど高い。セーター、靴下、ローファーを黒で揃えており、全体として大人っぽい印象を与える。

彼は足を廊下の方に向けたまま不自然に振り向いて北上を凝視した。ただ服を見るだけなら不必要なくらい目を見開いていた。

 

「い、いんじゃね!」

 

それだけ言い残して走り去った。

北上はゆっくり靴を履き替えて教室に向かった。

 

 

 

「そのあとどうしたの?」

「べつになにも。そいつも他の男子もちょっかい出してこなくなったからね」

「大人だね」

「どのへんが?」

「その子たちのこと許したんでしょ。俺なら怒って大騒ぎすると思う」

「元々大して怒ってなかったし。桜井、大騒ぎするようなタイプだったんだ」

「昔はね。大学に入ってからはおとなしくなったよ」

「昔はワルだったってか?」

「いやいや、ワルってほどじゃないよ。ただ自分の感情をコントロールできないガキだっただけ。何年も生きていれば、それじゃうまくやっていけないって気づくさ」

「ふうん、そういうもんか」

「そういうもんだよ」

 

北上は「よくできてんな」としみじみ呟いた。何がよくできているのかわからないが、彼女なりに納得したようだ。

北上は頬杖をやめて机に突っ伏した。自分の右手をゆっくり閉じたり開いたりしているのを眺めている。

 

「私やってみるよ」

 

腕に覆われてくぐもっていたが穏やかな声だった。

桜井は何も言わず続きを待った。

 

「私は多分、楽しいことをしたかっただけなんだと思う。中二の夏から艦娘学校に行き始めたけど、それは多分艦娘ってやつが一番おもしろいと思ったからだ」

「北上さんは強いね」

「強い? なんで?」

 

北上は桜井の方を見た。

 

「多くの人にとって艦娘になるって怖いことだと思うんだ。よくわからない兵器を身にまとって、海の上に立って、不気味な連中と戦わないといけない。死ぬことだってある。親も反対するだろう。だけど北上さんは自分の気持ちを何よりも大事に考えて艦娘になることを選んだ。とても強い自己があるんだと思う」

「私強いのか」

「多分」

「なんで弱くなってんのさ」

「単に深海棲艦をよく知らなかったとか、ただ強がってるだけとか、そういう可能性もあると思って」

「いや強いね。私は強い」

 

北上は顔を上げた。その表情は自信に満ちていた。

 

「へえ?」

「私が何匹深海棲艦ぶっ飛ばしてると思ってんのさ。佐世保じゃエースって呼ばれてんだよ?」

「よく知ってます」

「心の弱いやつには化物対峙なんてできんさ。化物を倒すのは勇者と相場が決まってる。つまりあたしは勇者」

「うん、そうだね」

「何笑ってんの。よし、私は自分を貫き通すぞ。合同演習でも遠征でも水雷でも、なんでもやってやんよ」

「おお、その意気だ」

「差し当たっては次の演習を面白くしてやる」

「ほう。何するつもり?」

「まあ見てなって。おえらいさんは私らが負ける前提で演習組んでるんだろうけど、そう簡単にはやられない。一泡吹かせてやる」

 

北上は意気揚々と会議室を出ていった。最初に声を掛けられたときの辛気臭い表情が嘘のようだ。

多分完全に心が晴れたわけではない。納得していない部分も多くあると思う。

しかし何をすれば道が拓けるのか、何を見れば自分のことがわかってくるのか、その手段ははっきりしたことだろう。

なんにせよやる気を出してくれたようで桜井としては一安心だ。

艦娘たちが最大のパフォーマンスを発揮できるようサポートするのが自衛艦隊特務隊――通称「鎮守府」に所属する隊員の役割だ。北上が本気で演習に取り組んでくれるならそれに越したことはない。

「一泡吹かせる」の内容は聞き出せなかったためその点に関していえば一抹の不安は残るが、わざと負けるとか場外乱闘に持ち込むとか精神攻撃とかいった方向性ではないようだった。

しばらく様子を見ることにしよう。

 

桜井は出しっぱなしになっている椅子を机に戻し、会議室を後にした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。