北上さんはからかいたい。   作:gonzares

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三話 決戦は金曜日①

寮の厨房は甘い匂いでいっぱいだった。

十畳ほどしかない空間に十人以上の艦娘がひしめき、オリジナルのチョコレートを作っている。

二月十三日、バレンタインデー前日のことである。

 

「ふみ、そろそろチョコ溶けた?」

「うん、大丈夫そう」

「じゃあドバーッと入れちゃって!」

 

文月がお湯の中でぐらぐら揺れているボウルをミトンで掴み、中央の作業台に持っていった。中には溶けたチョコレートが入っている。

そして皐月の前に置いてあるもう一つのボウルに注いだ。皐月はそれをゴムベラで思い切りかき混ぜた。

 

「ああ、そんな乱暴にやったらこぼれちゃうよ」

「大丈夫だい……わっ」

 

ボウルの中身の一部が予め敷いてあったキッチンペーパーの上に落ちた。皐月はそれをさっと拾ってボウルの中に戻した。

 

「戻しちゃダメだよ~」

「三秒経ってないから問題なし! それにキッチンペーパーの上だから汚くないよ」

「もう、人に食べてもらうのに」

「何作ってるの?」

 

二二駆逐隊の二人組がわちゃわちゃとチョコレートを作っているところに、すぐ隣にやってきた蒼龍が話しかけた。

 

「えっと、チョコクランチです」

「チョコクランチか、いいね」

「蒼龍さんたちは何作るんですか?」

「ガトーショコラだよ」

「えっ、すごい。作れるんですね」

「意外と簡単だよ。ね、飛龍」

「そりゃ蒼龍にとっては簡単だろうね。ほとんど何もしないまま出来上がっちゃうんだもん」

 

蒼龍の横で手際よく調理道具や材料を並べている飛龍が答えた。

 

「しっ! 余計なことは言わなくていいの!」

「どうせすぐバレるんだから。暇そうな蒼龍見ればさ」

「そういえば去年も蒼龍はぶらぶらしてたっけ」

 

蒼龍たちの向かいでチョコの飾り付けをしていた足柄が言った。

 

「蒼龍さんは食べるのを頑張ってましたよね」

 

足柄と一緒にいた羽黒が言った。蒼龍を庇うような口調だったが、発言内容は正反対である。

 

「言うわね、羽黒」

「蒼龍言われてるよー?」

「あ、あれ? 私変なこと言いました? ただ蒼龍さんも意味のあることをしていたっていう意味で……」

「くっ……」

 

羽黒はさらに追撃した。後ろから撃たれた格好の蒼龍はただ沈黙するしかなかった。

さらに周囲の艦娘も便乗した。

 

「あっはっは! いやその通りだよ羽黒! 蒼龍のやることには全て意味がある!」

「みんなのために毒味していたということですね。蒼龍さん流石です」

「ありがたいなぁ!」

「わかったから! ちゃんと作るから! もう許して!」

 

蒼龍はたまらず許しを請う。

流石にかわいそうだと思ったのか、足柄が呟いた。

 

「まあ、チョコ食べるだけのやつは何人かいるんだけどね」

「ですね」

「ひどいやつはまるでごまかそうとすらしないもの。その点蒼龍はまだマシね」

「えへへ」

「褒めてないから」

 

ちょうどそのとき、厨房の入り口に人影が現れた。

 

「おっ、やってるやってる」

 

北上である。

後ろにはエプロン姿の大井もいる。

 

「出たわね」

「噂をすればなんとやら」

 

足柄と飛龍が半ば呆れ気味に言った。

 

「ん? なんの話?」

「チョコを食べるためだけに厨房に来るやつがいるって話よ」

「ろくでもないのがいたもんだな」

「そうね。で、北上はここに何しにきたわけ?」

「チョコをたらふく食べに来た」

 

北上は堂々と言い放った。

仁王立ちする北上の後ろでは、大井が女神のような優しい笑みを浮かべていた。

 

はあー、と足柄は盛大にため息をついた。

 

「あのねぇ。ちょっとは遠慮しなさいよ。蒼龍だって誤魔化しくらいしてるわよ」

 

蒼龍は唐突に「さあ気合入れてチョコ作るぞ―!」と言って板チョコを刻み始めた。

 

「半端に遠慮なんてするからやましさが生まれるのさ。私くらい堂々としてればチョコのほうからやってくる」

「ほんとにあんたってやつは。せめて明日まで待ちなさいよ」

「いやいや、今日食べるからこそ価値があるんだよ。作りたてと一晩経ったチョコじゃ全然違うでしょ?」

「そうかもしれないけど、そこはやっぱり、ねえ」

「これは前夜祭さ。本祭よりむしろ前夜祭のほうが気合入ってるなんてザラよ」

「バレンタインの前夜祭なんて聞いたことないわよ」

 

北上は足柄の話もそこそこに、入り口から一番近いところでチョコを作っていた村雨・春雨ペアのところに近づいた。

 

「あっこら、聞きなさいって。もう」

 

チョコレートに引き寄せられている北上にはもう足柄の声は届いていないようだった。

 

「それなに?」

「生チョコですよ。出来たてです」

 

長方形のトレーの上に真四角のチョコがいくつも転がっていた。板チョコに似ているが、それよりも厚みがあって、光沢が少ない。表面のざらつきがなんともいえない上品さを醸し出していた。

 

「一個ちょうだい」

 

北上がねだると、春雨はつまようじでチョコを一切れ刺して、丁寧なことに手で皿を作りながら北上の口元に運んだ。

 

「おー、チョコの味だ」

「ふふふ。それはそうですよ」

「柔らかいなあ、これ。クセになりそう。でも、ちょいちょい塊が混じってるな。生チョコってこういうもんなの?」

「ん~? チョコがちゃんと溶けてなかったのかしら」

 

そう言って村雨は自分たちが作ったチョコを一つつまんで食べた。

 

「あー、確かにダマがあるわね。まだ材料あるし、もう一回やってみましょうか」

「はい。もうちょっとチョコを刻んだほうがよさそうですね」

 

村雨と春雨は再度生チョコを作り始めた。

北上はついでにもう一切れつまむと、春雨たちの対面にいるザラの方に行った。

ザラの前にはコップのような容器がいくつか並べてあった。中は光沢のある褐色の物体がな並々と注がれていた。

 

「これ、プリン?」

「そうよ。ブディーノ・アル・チョッコラート。食べてみる?」

「うん」

 

ザラは小皿を一枚置いた。そしてプリンの容器をひとつ手に取り、ナイフを容器の縁に差し込んだ。そのまま縁に沿ってぐるりと一周させると、小皿にひっくり返した。

ゆっくり容器を持ち上げると、つやつやした甘い匂いのする山が現れた。

 

「おお~」

 

北上はザラからスプーンを受け取って、プリンをつついてみる。少し窪みができるが、弾力があるため穴は開かない。スプーンを離すと小刻みに揺れた。

 

「これもチョコの味だ」

「あんたそれしか言わないわね」

「おいしいよ」

「ありがとう。イタリアだと女性がチョコを贈るっていう習慣は無いんだけどね」

「へえ。じゃあ男が贈るの?」

「どちらかといえば男の方が多いわね。ただ、そもそもイタリアではそんなバレンタインが盛んじゃないの」

「なんで?」

「カーニバルシーズンだからみんなそっちに夢中なの。それに愛は日頃から伝えているから特別祝う必要はないって考えの人も多いわ」

「そうなんだ。じゃあなんでザラはチョコ作ってるの?」

「どうしてもチョコ食べたいってやつがいてね……」

「あ! できてるー!」

 

これまた絶妙なタイミングで厨房に現れたのはポーラだ。

彼女もまた北上と同じように「食べる専」である。

 

「わぁぷるぷるだ! それじゃいただきま~す」

「どうぞ」

 

言うが早いかプリンの容器を取ってスプーンいっぱいにプリンを乗せた。プリンの見栄えは気にも留めていないようだ。

 

「ん~おいし~い。流石ザラ姉さま、天才!」

 

ポーラは幸せそうな笑みを浮かべた。

 

「はいはい、ありがとう。それで満足したらすぐ部屋に戻るのよ? また去年みたいにチョコ食べて回るなんてみっともないことしないでね」

「もちろんですザラ姉さま。ポーラは淑女ですからそんなことしませーん」

「本当だからね?」

「お任せあれ! あっこれ美味しそう。一個ちょーだい」

 

プリン片手に、村雨たちの作った生チョコを一切れ、さっと口に入れた。

 

「あっこら! 言った側から! もう、怒るからね!」

 

ポーラにとっては姉の言葉よりチョコのほうが重いようだ。性懲りもなくさらに一切れつまんだ。

 

「ほらザラ姉さまもどうぞ。おいしいですよ?」

「あらほんとう。……はっ、な、なにするの! 食べちゃったじゃない! ごめんね、せっかく作ったのに。プリンまだあるからどうぞ」

 

ザラが詫びると、村雨と春雨は「ありがとうございます」と軽く受け流した。

 

「あそこまで聞く耳を持たないといっそ清々しいわね」

「それと比べて駆逐隊の大人な対応といったら。どっちが子供かわかったもんじゃないね」

 

足柄と飛龍が口を揃えて言った。

 

「そんでこっちはどうかな、っと」

 

そうこうしているうちに北上はプリンを平らげ、次のターゲットを探し始めた。

作り始めたばかりの飛龍・蒼龍の後ろを通って、皐月・文月のところに来た。

 

「これ何?」

「チョコクランチだよ。でも、さっき冷まし始めたばっかりだからダメ。明日ちゃんとあげるから待っててね」

 

皐月が諭すように言った。

 

「うん、わかった」

 

明日もらえるということで、大人しく駆逐艦の言うことを聞くことにした。そしていよいよ足柄たちの番だ。

北上が近づくと、足柄は自分たちのチョコを守るように身体でブロックした。

 

「取らないから安心して」

「絶対取るでしょ」

「大丈夫大丈夫。北上さん嘘つかない」

「これは間違いなく取るわ……」

「足柄姉さん、一個くらいいいんじゃないですか?」

「うーん、でもね……」

「元々何個か多めに作る予定だったし、せっかくですから味見してもらいましょう」

「まあ、羽黒が言うなら」

 

足柄はしぶしぶ身体をどかした。

そこにはスライスアーモンドの乗った手のひらサイズのパイがあった。こんがり焼けていて香ばしい匂いが漂ってくる。

 

「ん? アップルパイ?」

「違うわ。きっと勝つパイよ」

「なにそれ」

「まあ食べてみなさいな。そしたらわかるから」

 

言われた通りパイを手にとって、かぶりついた。最初は予想に違わずサクサクとした食感だったが、真ん中辺りにもまたサクサクがあった。外側よりも固い生地で、噛み切るのに若干力がいった。

 

「ああ、そういうことね」

「ね、『きっと勝つ』でしょ」

 

中央部分に入っていたのはパイ生地ではなく二つ組のウエハースだ。その周りはチョコレートでコーティングされていた。二つ組のウエハースチョコといったら、あれしかない。

 

「こうやって食べるのも斬新だなあ」

「でしょ。二重のサクサクで新食感」

「うん、これはなかなかいけるな。大井っちにも一個……」

 

北上が別のきっと勝つパイに手を伸ばすと、足柄は「めっ」とはたいた。

 

「いてて。大井っちの分だってば」

「どうせあんたが食べるつもりでしょ」

「ほんとにあげるんだって。ねー、大井っちも欲しいよね」

 

北上が声をかけると、大井は振り返らずにいった。

 

「私は大丈夫です~」

 

大井の腕は凄まじい速さで稼働していた。湯煎でチョコレートを溶かす傍ら、ハンドミキサーでボウルの中身をかき混ぜている。炊飯釜で何かを炊いて一段落と思いきや、素早く調理用具を洗い今度はメレンゲを作り始めた。フットワークも駆使した一切無駄のない動きだ。

大井の側には薄力粉、牛乳、卵といった定番の材料から、ジャム、ブランデーといった見慣れないものまであった。

 

「炊飯釜……?」

「この動きは一体……」

「明らかに一種類じゃないわね」

「これが愛か」

 

今までチョコを作っていた面々は思わず手を止め大井の職人技を凝視していた。あるものはゴクリと唾を飲み、あるものはメモを取り、あるものは息をすることすら忘れているようだった。それほどまでに鬼気迫る調理だった。

いや、これは最早調理ではない。

芸術(アート)だ――

大井の背中が「お前らのチョコ作りなど児戯に等しい」と語っていた。

 

その愛を一心に受ける北上はといえば、

 

「気合入ってんなあ。あたし食べ切れるかな」

 

と実に呑気なものだった。

 

本番は明日、金曜日である。

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