ぶ────ん
機械的なアラーム音で目を覚ます。意識がまだはっきりしないまま、反射的にアラームを止めた。もう、春になったというのに、冬の寒さが抜けきっていないように思える。
寝ぼけた頭で「布団から出たくない…」なんて考えていたが、これ以上布団の温もりを堪能していると、学校に遅刻してしまう。布団の温もりが名残惜しいが、朝の支度を始めるとする。
寒さと格闘しながら制服を身に包み、洗面所で顔を洗った後、リビングに行くと、そこには朝食を作っている姉の姿があった。
「おはよう弟君。もう少しで朝ごはんができるから、待っててくれ」
「おはよう凛姉さん。僕も手伝うよ」
僕には姉が2人いる。1人は、僕の目の前にいるのは僕の2つ上の凛姉さん。そしてもう1人は今は実家を離れて一人暮らしをしている社会人の香姉さんがいる。たまに帰ってくることもあるが、滅多に顔を合わせない。
凛姉さんは、忙しい両親に変わって家事全般をこなしている。僕も家事は手伝っているが、こと料理に関しては、苦手なので凛姉さんに任せているのだ。ちなみに僕は料理は苦手だが、舌バカでは無い。あくまで料理が苦手なのだ。ほんとにお料理難しい.
「そうかい? …じゃあお皿の準備をお願いしてもいいかな?」
了解。と簡単に返事をして僕は準備に取りかかる。料理は出来なくても、こういう事は出来る。
──────程なくして朝食が出来たので頂くことにする。
「「いただきます」」
今日の献立はスクランブルエッグ、サラダ、トーストだ。
今日のトーストには何を付けようか。いつもはジャムを付けているが、たまにはバター何かもいいかもしれない。一味加えて、塩も少しかけてみようか…ふむ。バターの甘さと塩のしょっぱさ加減が最高だ。これはいい発見をしたかもしれない。
なんて僕がトーストに舌づつみを打っていると、姉が話しかけてきた。
「すまない、今日簡単なものしか作れなくて。朝少し寝坊してまってね……」
「謝ることでもないよ。それより珍しいね、凛姉さんが寝坊なんて」
「……実は今日の放課に生徒会の会議があってね。その時に使う資料をパソコンで作ったのだけれど、これになかなか手間取ってしまってね」
……確かに凛姉さんは機械系が苦手だったけれど、大抵のことはたやすくこなしてしまう姉さんが作業に遅れを取ってしまったのは、あまり想像がつかなかった。
少し違和感を感じたけど、本人が言っているのだからあまり気にすることでも無いか。
「ふーん。……あ、じゃあ今日は先に帰ってもいい?」
僕達は小学生の頃から、一緒に登下校していた。
だが、いい加減高校生にもなって、一緒に登校するのはもどかしいと思っていた所だ。これを機に弟離れのきっかけにしてしまおう。
「……えっ?」
姉の顔が凍り付く。…どうやら少し怒らせてしまったみたいだ。
なぜ怒る必要があるのか謎だが、とりあえずここはなだめておこう。後が怖いからな…
「いや、最近凛姉さん、生徒会とか勉強とかで忙しそうだったから、僕が先に家に帰って家事をやろうと思ったんだよ。こういう時は僕を頼ってよ。いつも凛姉さんには頼りっぱなしなんだからさ」
即興にしてはいい出来だと思う。実際姉は生徒会やら勉強やらで忙しいのは事実だ。そんな姉に気を使うのは、紛れもない僕の本心だし、僕が姉にしてあげられるのはこのくらいしかないだろう。
「…弟君今日はよく喋るね。知っているかい? 弟君は、何かを企んでいるときとか、嘘をつく時は饒舌になるんだよ。無駄だよ。弟君の考えることは全部分かっちゃうから。弟君が僕の事考えてくれるのは嬉しいけど、僕を避けないでほしいな…」
凛姉さんの様子を見て背筋が凍った。まるで能にに出てくる能面みたいになっている。
そして、今僕を見る姉の目は…なんだろう。何か思い当たりそうだが、出てこない。だが今はそんな事より、取り敢えずこの場は謝って許してもらおう。
「…ごめんなさい」
「うん。いいよ。もうこういう事言わないって約束してほしい。弟君に避けられるのだけは嫌なんだ。あと今日は、僕の会議が終わるまで帰るのを待つこと。いいね?」
「うん…分かったよ」
どうやら助かったみたいだ。登下校するのは微妙だけど、姉自体が嫌いなわけでもないし、ここは我慢しよう…
いつになったら弟離れするんだ、この姉は。
「…フフ。そろそろ学校に行く時間だね。早く朝食を済ませてしまおうか」
そういえばまだ朝食の途中だった。急いで食べなければ。だがトーストにバターを塗ったのは、失敗したかもしれない。胃もたれしそうだ。朝からは重かったようだ。
朝食を食べ終えた僕達は、いつも通りに登校する。だが、今日は少し違かった。僕の手と凛姉さんの手が繋がっている。俗に言う恋人繋ぎだ。
「凛姉さん…流石に恥ずかしいんだけど…」
「駄目だ。今日弟君は、私から遠ざかろうとした。その事を許しはしたが、罰を与えないとは言っていないだろ? 尤もこの行為は僕にとってはご褒美だけどね」
何がご褒美なのかイマイチ分からないが、もう凛姉さんを怒らせたくないので、従うとする。
だけど現実は、僕が望む方向とは逆に行ってしまう。
「おっ熊谷君じゃん! おはよ〜」
若い女子の声が聞こえた。僕と同じ苗字の人がいるのか。あまりこの辺では見かけない苗字だと思っていたが、存外世界は広かったらしい。
「ちょいちょい! 無視は酷くない? 熊谷君聞こえてる?」
そこで、違和感を感じ後ろを振り向くと、僕と同じ学校の制服を着た女子がいた。
辺りを見回してみても、僕達しかいない。
まさか僕に話しかけていたのか?
「えっ? あ、うん。お、おはようございます…」
女子との会話なんてほとんどしたことがないため緊張してしまう。いきなりのことに頭の中が真っ白になったが、何とか挨拶を返せた。
「めっちゃどもってるじゃん! ウケる! てか熊谷君、彼女いたんだ! 熊谷君、クラスだといつも一人でぼーっとしてるから、そういうのに興味無いのかと思ってたよ!」
この人僕と同じクラスの人なのか。同級生に全く興味がないから、全然分からなかった。
あと彼女って誰のことを指しているんだ?そんなの姉の弟離れの口実の為に欲しいくらいなのに。
「は? 僕に彼女? 僕に彼女なんかいないよ。…というかあなた名まえ…」
「どうやら勘違いさせてしまったようだね。僕達は恋人じゃないよ。まぁでもいつかは"家族"になるけどね」
凛姉さんが僕の言葉を遮ってしまった。
あぁそうか。手を繋いでいたから僕と凛姉さんを恋人だと思ったのか。確かに若い男女が手を繋いでいたら、恋人だと勘違いするかもしれないな。
最後の方は何を言っているのかよく聞き取れなかったが、助け舟を出してくれたのはありがたい。
「…わお。めちゃくちゃおアツいですね〜。どうやら、私はお邪魔虫みたいですね。すみません、あとはどうぞごゆっくり〜。あ、熊谷君はまた教室でね!」
その言葉を最後に走り去ってしまった。なにやら話が噛み合っていないと思うが、大丈夫だろうか?それにしても何だったんだあの女子。結局最後まで名前が分からなかったし。
…まぁでも久々の女子との会話は、少し新鮮な気分になった。気が向いたら今度会ったら名前を聞いておこう。
「…楽しそうだね、弟君は。うん。弟君はどうやら、僕にどうしても怒らせたいようだね。…あぁもうイライラするなぁ。弟君は僕だけ考えていればいいのに、どうして他の女と会話しただけでそんな楽しそうなんだ…? 弟君には僕がいるじゃないか!あんな女より僕のほうがいいだろ!僕に不満があるなら言ってくれよ、弟君…全部直すからさ…」
—————虚ろな姉の目が僕を見る。
これは呪いだ。
触れなかった者への罰だ。
それらは容赦なく、僕に絡みつく。
もう逃がさないと、それらは囁く。
体がすくんで、動かない。僕はそのまま立ち尽くしてしまう。さっきとは比べられないほどの怒りを受ける。
こんな、様子の姉は、初めて見た…
激しい感情を受けて、気持ち悪い気分になりながらも、何とか言葉を吐き出した。
「…凛姉さんを怒らせるつもりは無いんだ。でも…それでも凛姉さんを怒らせてしまったのなら、僕に出来ることは何でもするよ…それで許してくれるのなら」
「…その言葉、忘れないでね? …今夜、僕の部屋に来ること。弟君には僕しかいないことを、じっくり教えてあげるよ」
姉が僕を見据える。
あぁそうか。これは捕食者の目だ。
まるで、相手に忍び寄って、絡みつき、毒を盛って、相手を喰らう毒蛇だ。今もこちらの様子を伺って、今にも襲い掛かってきそうだ。
確信して言える。僕達の関係はもう、どうしようもなく、歪んでいる。
「じゃあ弟君。気を取り直して、学校に行こうか」
姉のいつもの優しい表情に戻った。握られた手は一層僕に絡みついてくる。
どうやら振りほどけそうにない。
初めまして斜視(しゃし)と申します。最後まで見ていただきありがとうございます。
文法、誤字脱字が多いと思いますが、生暖かい目で見ていただけたら幸いです。
初めて小説を書くので、めtttttっちゃ緊張しましたが、また何か書いてみようと思います。