必ずしも、皆にチョコを貰えるのはまちがっているわけではない。   作:サンダーソード

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レッツバレンタイン。


一色いろはの場合

 バレンタイン。大昔の聖人のおっさんが撲殺された事を記念すると称して製菓業界が陰謀した血塗られた日。リア充共がウェイウェイ言いながらチョコレートをパイ投げのごとくぶつけ合い、鬼は外福は内と……なんか違うのが混じったな。ともかくそんなクソろくでもない平日なわけだが、戸部の野郎は三分に一回腐り姫の方見てるし三浦は葉山をもはやウォッチメンしてるレベルだし、他の奴らもここまで酷くないにしても似たり寄ったり。煮干しの日だろ伴天連は追放しろとばかりの敵対視やガチの無関係を貫いてる親近感抱く感じの猛者もちらほら居るが多勢に無勢。この教室の浮ついた空気は全くもって辟易だ。土使いもそして必殺のボンバータックル決めちゃうレベル。

 何が辟易って小町チョコレートくれなかったんだよなあ……。全くもって人生クソだわ。脳内で延々愚痴ってたらやっとの事で四時間目が終わる。途端に膨れ上がる浮薄な空気。こんなもん吸ってたら胸焼けするわ。他人の色事情とかマジで一片の興味も湧かん。早々にベストプレイスに退避させてもらおう。この真冬じゃ身体は冷えるが心が凍てつくよっか万倍マシだ。身体のカロリーと心の栄養、あったか~いマッ缶を手にいざ行かん。

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 結果がこれだよ。俺のベストプレイスはあからさまに人待ち顔の見知らぬ女子に浸蝕されていた。この後どうせ呼び出しの理由を薄々察しながらもすっとぼけてるにやけ面の男子がやってくるんだろ? 余所でやれよ。くそっ、間近で堂々とバターロールぱくついててやろうか。多分砂食ってるみたいなんだろうな……。

 溜息が出てくる。ベストプレイスの人気のなさが災いした。盛ってんじゃねえぞサル。無念を残しつつも開発に森を追われた野生動物のごとく居場所を求めて徘徊する。してみると立場としてはむしろ俺が猿ではないのだろうか。人里に迷い込む感じの。

「あ……先輩」

 それが俺を指していることに二秒くらいかけて気付いて、のろのろとそっちに視線を向ける。小さな弁当と巾着袋を片手に携えた一色いろはがそこにいた。

「……おお」

「ちょま、なんでそのまま行こうとするんですか!」

 返事だけして素通りしようとしたら、一色の空いた手にがっしと掴まれる。

「飯食わなきゃいけないし……」

「わたしだってそうですよ! 見えないんですかこのお弁当! かわいい後輩が物憂げな空気出してたら少しは事情聞こうとは思わないんですか!?」

 思わないから素通りしようとしたんだしぼっちやってるんですよ? どうしようめんどくせえ……。飯食える場所早く見つけなきゃならんのに。

「どうしようめんどくせえ……。飯食える場所早く見つけなきゃならんのに」

「口に出てますよ!? どういうことですか先輩!」

「出してんだよ。病気じゃねえんだから思ったことがそのまま口に出るわけないだろ」

「最悪だこの人……」

 一色は大きな溜息を吐く。奇遇ですね僕もそんな気分です。

「んで、何だよ」

「わたしも居場所がないんですよ……。ほら、今日、あれじゃないですか」

 助詞の使い方に俺の居場所がないことがこいつの中で前提になってる気もするが間違ってないから何も言えねえ。

「名前を言ってはいけない日みたいになってんぞ……。煮干しの日な」

「バレンタインですよバレンタイン! 教室ではわたしからのチョコ求める男子の目とわたしを牽制する女子の目で注目の的ですし、逃げ込んだ生徒会室では副会長と書記ちゃんがラブコメやってるし……。せめてまともにご飯食べられるところはないかって思ってたら先輩を見つけたんです」

 こいつもこいつで大変だな……。後半の流れがほぼ俺と同じだし。

「と言うわけで先輩、食堂行きますよ、食堂。一人じゃ難易度高すぎますけど、二人ならまだなんとかなります。仕事の会話でもしてるふりしながらちゃっちゃと食べちゃいましょう。ほら、行きますよ」

 ぐいっと引っ張られる。抵抗したところで行き場があるわけもなく、逆らったところで最終的には従わされる気がしたのでそのまま着いていく。

 つーか、その、一色さん? ちゃんと着いていくんで、その、手ぇ離してくれません?

 

 

 

 × × ×

 

 

 

「ごちそうさまでした」

「おう」

 購買パンだけで男子の俺と小さいながらもお弁当で女子の一色では当然俺の方が早く食い終わるわけだが。ごちそうさまっつってそのまま席を立とうとしたら思いっきり足踏んづけられた。だのにこいつ上半身殆ど動いてなかったからな。猫被りレベル高すぎない?

「先輩、さすがにさっきのは有り得ないです。デートに行って別々の映画を見るより有り得ないです。少しは自分の生き方に疑問持ちませんか? 持ってください」

「お前ね……。未だに足痛えんだけど? ひび入ってたらどうすんだよ」

「か弱い女の子がちょっと足踏んだくらいでそんななるわけないじゃないですかぁ」

「あれはか弱いって形容できる攻撃力じゃなかったぞ……。筋力か体重か知らんが」

「女子に体重の話持ち出すなって親御さんから教わらなかったんですか? わざとやってるんですよねそれ」

 まあ多少は。だってめっちゃ痛かったんだもん。

「先輩、もう結衣先輩や雪ノ下先輩には貰ったんですか?」

「あ? 何をだ?」

「ガチで言ってるんですかそれ。チョコに決まってるでしょう」

 お、おお。忘れてたが今日はバレンタインだったな。足の痛みでその辺のことがすっ飛んでた。

「いや、貰ってねえけど……。つーかもうって何だよ」

「あ、まだでしたか。じゃあわたしが最初ですかね?」

「だからまだって何だよ。人と話すときは相手の話をちゃんと聞きましょうって学校で習わなかったの」

「先輩が言いますかそれ……。まあいいです。先輩、これどうぞ。わたしの気持ちです」

 そう言って、一色はお弁当の横に置いていた巾着袋に手を突っ込み、グーにして何かを取り出す。そしてその手を机越しに俺の目の前まで持ってきた。

「先輩、手を出してください」

「え? お、おう」

 その握り拳の下に両手を受け皿にして差し出す。一色は拳骨をそっと開いて、俺の掌に何かを落とした。

「……チロルチョコ」

「良かったですねー先輩、可愛い可愛い後輩からチョコレートが貰えて。三倍返しは期待してますよ-。味わって食べてくださいね?」

 そう言って一色は席を立ち、手早くまとめた弁当箱と空になったらしい巾着袋を持って歩き去る。

 最後に一つ、捨て台詞を残して。

「それ、手作りですから」

 思わず手元を確認する。まさかあいつ……。チロルチョコに手をかけようとしたところで、マッ缶の甘さがまだ口に残っている事に気付いた。念のため事前に水で濯いでおき、口の中を無糖状態に持って行く。

 セロファンを慎重に開く。包み紙を見ると点になったボンドの跡。中身のチョコには細かいデコレーションが施されていた。

 一口囓る。市販のそれとは明らかに違う濃厚な甘さが口に広がり、チョコとは違う甘みも感じる。断面を見ると、色彩が三層に重なっていた。

 残りを口の中に放り込む。純粋に旨い。料理漫画みたいに事細かでわざとらしい感想は言えないけど、マジで旨い。あいつ、こんな特技あったのか。

 後味を堪能していると、包み紙の裏に二文字『義理』とだけ食紅か何かで書かれている事に気付く。

「…………悪戯心、先走りすぎだろ」

 技術の粋を凝らして作る義理チョコをわざわざチロルチョコの形に整えて包み直して渡すってお前。俺を呆れさせるためだけにどんだけ手間かけてんだ。これがわたしの気持ちですってちょっと一色さん気持ちねじ曲がりすぎじゃないんです? つーか。

「…………これの三倍返しって、どうすりゃいいんだ」

 ひくっ、と。頬が引きつったのを自覚した。

 

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