必ずしも、皆にチョコを貰えるのはまちがっているわけではない。   作:サンダーソード

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極めてライトな口当たり。


川崎沙希の場合

 昼休みを終えて教室に帰る。掃除の時間だ。ちりとりを持って、クラスの誰かが操る箒の受け皿となる。このとき箒を持つのが馬鹿だとフルスイングとか言ってゴミをまき散らしてくる事もあるため気をつけなければならない。

 箒を持つ人間を確認すると、クラスの誰かの川なんとかさんだったのでひとまず安心してちりとり体勢に入る。誰だっけ。川なんとかさん。

 流石日常的に家事をしているだけあって、仏頂面に似合わずその手つきは丁寧だった。寄せられたゴミは全く散らばることなくちりとりにはたき込まれる。そのままゴミ箱にたたき込み、後はぞうきん掛けして机を運ぶだけだ。

「ねえ……」

「んおっ」

 と、いうところで後ろから声をかけられてきょどる。いや誰だって全く予想外のタイミングで声かけられたらビビるだろ。ビビるよね?

「な、んだよ」

 言いながら振り向くとそこには箒を両手で抱いた川なんとかさんの姿が。目線は明後日の方を向き、なんだか少し顔も赤い気がする。あれ、こっち見てないって事は声かけたの俺じゃなかったパターン? おい返事しちまったぞどうすんだこれ。

「ちょっと、五時間目の休み時間、屋上来てくんない」

 来てくんない? と言いつつ俺の意志は聞いてないと言わんばかりのイントネーションなんだがこれは俺のコミュ力が足りないせいですかね。川なんとかさんはそれだけ言うと、振り向いて掃除に戻る。問題はあれが本当に俺に対しての発言だったかどうかがわからないことだ。俺の背後にはゴミ箱だけだから流石に無機物に対して言ったって事はなかろうが、確認し損ねた目線の先の誰かに話しかけてたとか普通にありそう。

 これ俺行くべきなの? 見た目ヤンキーだけど中身あれだから呼び出されていったらボコられるってことはなかろうが、俺が行ったら何であんたがここにいんのとか言われない? うっトラウマが……。

 聞こえなかったことにしてスルーした方が平和なのでは……駄目だ俺さっき返事しちゃってたわ。俺に言ってた場合あれで聞こえませんでしたは通じねえや。

 とりあえず俺も掃除に戻って終わらせる。これが不自由な二択ってやつか……。

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 そう思っていた時代が俺にもありました。でもこれ多分俺だわ。だって五時間目の間始終がっつり睨まれてたもん。え、俺なんかした? さすがに訳分かんなくて怖えんだけど。恨まれるような覚えはねえぞ? もう少し正確に言うなら恨まれるほどの接点がねえぞ? 脂汗流しながらの五時間目が終わって、川なんとかさんが席を立つ。五時間目の授業何聞いたのか全く覚えてねえ……。あ、でもノート取ってる。ラブリーゴーストライターが発現したのか?

 川なんとかさんは教室を出る間際にまたこちらをちらっと見た。これで呼び出したのが俺じゃなかったら手が込みすぎだよなあ……。休み時間は短い。行くか。怖いけど。席を立って教室を出る間際、背中に視線を感じたのは果たして自意識過剰の気のせいだったのだろうか。

 廊下を歩き、階段を上り、壊れた鍵を外して、屋上に出る。果たしてそこには彼女が立っていた。険しい顔で、射貫くように俺を見詰めている。吹く風に晒されて、その頬は紅く染まっていた。今日は給水塔まで登ってるとかはなかった様子。俺の背後で軋む音を立てて扉が閉まる。

「来たね……」

 どうやら俺で間違いなかったらしい。川なんとかさんは近付く俺を半身の体勢で待っている。隠した後ろ手に何かを持っているようだが、よく見えない。警棒とかじゃなかろうな。

「なんだ?」

 ある程度の距離を開けて立ち止まる。一足飛びに殴りかかってこられてもギリギリ回避できるかなって距離。一応ね。一応。

 川なんとかさんは俺の問い返しに黙り込んでそっぽを向く。え、何これ。バッドコミュニケーション引いたの? でも他にどう聞けと。俺なんでここにいるのかすらもわかってないのに。

「えっと……」

 川なんとかさんがおっかなびっくり口を開く。

「あの……」

 だが特に意味のある文を紡ぐことはなく、もにゃもにゃと口籠もるばかり。

「その……」

 授業と授業の間の休み時間は短い。時計持ってきてるわけじゃねえけど、そろそろ六時間目始まるんじゃねえのか?

「なあ、川……」

 何だっけこの先。あ、崎か。川崎だ川崎。

「……崎。六時間目始まるし戻っていいか?」

「それは駄目!」

「うおっ!?」

 突如大声で吠えられる。急にこっちに振り向いたせいで半身が解けて、右手に持っていたものが露わになる。茶色い大きめの簡素な紙袋が一つ。俺の視線の向きから川崎自身もそれに気付いたようで、失敗したとばかりに空いた左手で口元を悲鳴ごと押さえる。

 長い一瞬の後、もうどうにもならないと思ったのか、紅くなった顔を隠すように俯いてその袋を突き出してきた。

「こっ、これっ!」

「お、おう?」

 いや指示語だけで分かれって方が無茶だろこれ。これがなんだ。あるいはこれをどうしろとおっしゃるんだ。

 眼前に突き出された袋を黙って見詰める。その向こうに見える川崎の顔は時間経過と共に赤くなっていく。切羽詰まった無言の時間が過ぎる。身を削るような時間に耐えていると、川崎がぷるぷる震えだした。大丈夫? 息してる?

「これ……」

「おう……」

 ぽす、と袋を弱々しく胸元に押しつけられて、つい手に取ってしまう。川崎はようやく安堵したように力を抜いてパトるもとい大きく息を吐く。思わず受け取っちゃったけど、これくれるってことでいいんすかね? 俺も大概人のこと言えねえけど、ちょっとこの子のコミュ障レベルは他人事ながら心配になるレベルだわ。未だに意図を計りかねてる。

「……で、これ、何?」

 一応受け取ったけど、これ受け取っていいんだよね? 間違いないよね? って意味の確認も込めて聞いてみる。大仕事終えたような安らかな顔してた川崎ははっとしたように改めて俺を見た。何? マジであれで説明終わらせてたつもりだったの?

「あ……けーちゃんが……えと、塾のお礼とか……バレンタインだし……」

 なんかもうしどろもどろになってて、何が言いたいのかよく分からん。単語だけを拾ってくと、バレンタインにけーちゃんが俺にくれたって事か?

「おい川崎、伝わらん。落ち着け。まずこれ、くれるって事でいいのか?」

「あ、うん……」

 俺からクローズドな質問したらようやっとメダパニも解けたようで、ほうっと息を吐いて頷いた。

「その、塾のスカラシップのこと教えてくれたお礼……。あれがなかったらあたし……。あと、作ってたらけーちゃんが何してんのって……。お礼のチョコ作ってるって言ったら、けーちゃんもはーちゃんに作ってあげたいって……。だから、あたしと一緒に作って……バレンタインだったからお礼にはちょうどいいし……」

 言いながら視線を彷徨わせたり、ポニテを弄くり回したり、落ち着かない。が、ようやく話の筋は掴めた。なんか動機と行動の時系列が錯綜してて本音が見えにくいが、まあお礼っつーんならお礼なんだろ。

「……別に、仕事だしな。礼も何も必要ねえよ」

「あたしが! ……助かったと思ったからお礼したんだよ」

 一瞬大声で返されて無様にびびる。だから迫力あるんだよお前。

「……それに、仕事したのは俺だけじゃねえだろ。雪ノ下と由比ヶ浜だって……」

「……けーちゃんが作ったのはあんたに対してだよ」

 ……だったらけーちゃんの分だけ分けておきゃ良かったんじゃねえのかね。素朴な疑問が頭に浮かぶがもう見た目にいっぱいいっぱいの川崎に聞くのは憚られた。

「それに……愛してるって……」

「あいし?」

 なんぞ独り言か分からんレベルの呟きを拾い聞いて問い返す。何つった今こいつ。相知って?

「ッ!!? 何でもない! とにかく渡したから!」

「えあ、ちょ」

 川崎は一瞬でまた真っ赤になって校舎にダッシュで飛び込んでいく。と、同時に六時間目の授業開始を告げるチャイムが鳴った。

「あ……」

 六時間目は……よりによって現国じゃねえか。真っ赤になって教室に飛び込む遅刻した川崎と、更に遅れて入っていく俺。手にはお礼なれどチョコレート。そして今日はバレンタイン。駄目だ、抹殺のラストブリットまで見える。

 憂鬱に押されて大きな溜息が一つ出る。袋を開き中を見ると、二種類のトリュフチョコの詰め合わせ。綺麗に整えられた、あるいは泥団子のように丸められたそれ。きっと台所で並んで作っただろうその微笑ましさに笑みがこぼれる。一つ口の中に放り込むと、じんわりと体温で溶けて甘さが広がる。どっちを食ったかは……ま、言わぬが花ってやつか。

 

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