必ずしも、皆にチョコを貰えるのはまちがっているわけではない。   作:サンダーソード

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これにて完結。ご笑覧くださりありがとうございました。皆々様どのお話がお気に召したでしょうか。
それにしてもただいちゃつかせるだけのつもりだったのにどうしてこうなったんだろう。


奉仕部の場合

 慣れ親しんだ扉をノックもせずに開く。二人分の視線に出迎えられた。

「うす」

「やっはろー、ヒッキー。……遅かったね」

「……こんにちは」

 どうしてだろう。由比ヶ浜の元気が普段より割引されているように思える。雪ノ下の反応も心なしか鈍い。お団子を弄ったり、忙しなく視線を彷徨わせたりする由比ヶ浜を入口に突っ立ったまま見てると、由比ヶ浜は焦れたように口を開いた。

「……ね、ねえヒッキー。そのビニール袋ってさ……」

「あ、ああ……。これ、平塚先生が俺らにって」

「え、平塚先生……?」

 言われて、長机まで歩いて行く。ビニール袋から化粧箱を二つ取りだし、二人に差し出す。

「些細な依怙贔屓、だそうだ」

「そう……。いいのかしらね。教師が特定の生徒にこんなこと」

「良くはないから、諦めて甘受しろとさ」

「あはは……。うん、平塚先生にもお返ししなきゃだね」

「……まあ、そうだな」

 お返し、か……。小町と母ちゃん以外に縁がなかったバレンタインだが。今年はちゃんと考えないといけないのだろう。そうだな。忘れないうちにもう一つの用事も済ませておこう。

「雪ノ下」

「……なに、かしら」

「伝言がある。……相模から、ごめん、だとさ」

「相模さんから……? どうして、あなたが?」

「……たまたま会ってな。その時に頼まれた」

「……そう」

 雪ノ下がそっと目を逸らす。代わりに由比ヶ浜が探るように問いかける。

「ヒッキー……。いつ、さがみんと会ったの?」

「六時間目、保健室で偶然な」

「……ヒッキー、やっぱり五時間目の休み時間ってさ」

「……まあ、川崎に呼び出されてた」

「……もらったの?」

「スカラシップのお礼、だとさ。だから、お前らにも食べる権利はあると思うんだが……」

「……ううん。あたしはいいよ。ヒッキーがもらったものだもん」

「……私もいいわ。……それに、あの依頼を解決したのは、紛れもなくあなたよ」

 雪ノ下はゆるゆると首を振って疲れたように吐き出す。

 由比ヶ浜はそれを見て、殊更声を明るくして喋った。

「そ、それにしてもヒッキー今年すごいじゃん! 三つももらったんでしょ? 小町ちゃんも入れるなら四つ?」

「あ、いや……」

 怒濤の一日を思い出して、つい口が否定してしまう。そんな煮え切らない態度見せられて由比ヶ浜が察せないわけないんだよな。

「……もっともらってるの?」

「……まあ、小町にはもらってないんだけどな」

「えっと……………………聞いても、だいじょぶ?」

「……………………まあ」

 なんだろう、この探り合う空気がどうにも痒い。まあなんだ、別に変なことしてるわけじゃないし? やましいこともないですし?

「…………誰に、もらったの?」

「…………一色、川崎、相模、海老名さん、平塚先生」

「嘘っ、五人も!?」

「いや……嘘みたいってのは分かるけど……。義理と礼と詫びと援護兼ねた迷彩と依怙贔屓だよ。つーか海老名さんのは由比ヶ浜も分かるだろ」

「姫菜のは分かるけど……。えっと……じゃあ、いろはちゃんが義理?」

「ああ、なんか手の込んだ手作りのチロルチョコの包み紙にでかでか『義理』と書かれてた」

「チロルチョコ……あれ作れるんだ」

 たははと由比ヶ浜は迷ったように笑う。手作りのチロルチョコってほんと意味分かんねえよな。

「そういえばいろはちゃん、隼人くんに部活中なんとかしてホットチョコを渡すから今日は来れないんだって」

「……そうか」

 あいつも頑張るねえ……。ホットチョコもまた何か手が込んだものなんだろうか。

「……で、さ」

「ん……?」

 由比ヶ浜が居住まいを正して、こっちを向く。

「今日、バレンタインデー、なんだよね」

「お、おう」

 由比ヶ浜に問われ、心にかけた枷が内圧でひび割れ弾け飛びそうになる。ずっと考えないようにしてきたのに。期待しなければ失望することもないから。

「あの……あのね」

「あ、ああ……」

 なくて当然あって気遣い、それ以上を期待するなどおこがましいにも程がある。

 だと言うのに、今日の最中、誰も彼もがこの二人の名前を出してきたことに縋ってしまいそうになる。度し難い。本当に度し難い。

 由比ヶ浜が胸に手を当て、緊張を解すように深呼吸をする。もう片方の手は鞄に伸びている。

「えっと……義理とお礼とおわびと援護とひいき……だったよね?」

「……そんな感じだ」

「……あたしからも、バレンタインの贈り物、あるの」

「っ……。そうか」

 あって気遣いと自分に言い聞かせているのに心が浮ついてしまうのが抑えがたい。俺は今、どんな顔をしているんだろうか。

「……あたしのは、本命」

「……………………えっ」

「ヒッキー。…………比企谷、八幡くん。……好きです。受け取って、ください」

 そう言って、真っ赤な顔で差し出される袋。手作りらしきクッキーの入った、部分部分が透明な袋。丁寧にラッピングされたそれを、ぼうとしたまま受け取った。由比ヶ浜の言った言葉の理解が、未だに心の部分で追いついていない。

 ずっと、ずっと考えないようにしていたこと。俺なんかがこんな素敵な女の子に、なんて。そんなあるわけもない未来を空想して、現実に立ち返ったときに苦しまないように気を払っていたのに。

 心の枷は、吹き飛んでいた。

「ゆい、がはま」

「……うん。本気」

 そう言う由比ヶ浜は真剣な顔で、されど俺ではなく後ろを見ていた。その横顔の向く先に、この部屋にもう一人の人間がいたことを思い出させられた。

「……あたしは、本気だよ。ゆきのんは、どうするの?」

「わた……しは……」

 呆然と、雪ノ下は呟く。そうだ、由比ヶ浜は何故わざわざ雪ノ下の目の前でこんなことをしたのか。クラスも同じだ。いくらでも機会はあっただろうに。

「……由比ヶ浜、どうして……」

 その問いかけに、由比ヶ浜は悲しそうにこちらを向いてゆるゆると首を振る。

「……ゆきのんが知らないところで告白するの、ずるい気がしたから」

 ずるい。由比ヶ浜は何を持ってずるいと言うのだろう。その答えを欲してか、俺の視線もひとりでに雪ノ下に吸い寄せられる。雪ノ下は、うろたえていた。幼子のように。

「わた……しは……」

 雪ノ下の視線が、椅子の隣に置いた自分の鞄に俯く。そして泣きそうな顔で、俺の手元のそれを見る。

「ゆきのん」

「っ……」

「お願い。聞かせて」

「っ! 私だって! …………私、だって」

 一瞬激昂した雪ノ下の気勢は、しかしすぐに萎んでしまう。そうしてのろのろと鞄を膝上に引き上げ、その中から整った袋を取り出した。雪ノ下はふらりと立ち上がって、こちらに歩いてくる。まさか、本当に。

「……比企谷くん。……受け取って、貰えるかしら」

「雪ノ下……これ……」

「…………本命よ。…………だけど」

 雪ノ下は顔を伏せ、泣きそうな声で後を続ける。

「私は……由比ヶ浜さんには勝てない」

「え……?」

 その疑問符は、俺の口から出るより先に隣に居た女の子からまろびでた。

「何で……? ヒッキーが好きなの、ゆきのんなのに……」

「どうして……? 比企谷くんが好きなのは、あなたでしょう……?」

 当人を置き去りにして、二人の間で奇妙なやりとりがなされる。その状況自体に俺の思考がまるでついていけていない。

 二人から本命と言うチョコをもらって、なのに二人とも嬉しそうじゃなくて、二人の本気だけは痛いほどに伝わってくるのに二人とも自分が俺に好かれていないと思っている。改めて整理してもまるでわけが分からない。

「……由比ヶ浜、雪ノ下」

「っ、うん。何?」

「何、かしら……」

 そもそもどうしてこんなに素敵な二人が、俺なんかに好かれていないと思い込んでいるのか。

 思わぬよう思わぬようにしていただけで、本当はとっくに手遅れだったのに。

「ありがとう。すげえ嬉しい。多分、今までの人生で一番」

 もらった袋を抱きしめる。気を抜いたら顔がだらしなく緩んでしまいそうになる。二人はそんな俺を見て、一抹の寂しさを交えながらも嬉しそうに微笑んでくれた。

「あー……あはは、なんか変な空気になっちゃったね」

「あ、ああ……。いや、プレゼントは物凄く嬉しいんだが……これ俺どうすりゃいいんだ?」

「……あなた、それを私たちに尋ねるの……?」

 雪ノ下が頭痛を堪えるように表情引きつらせて眉間に指を添える。由比ヶ浜は毒気抜かれたようにきょとんとしていた。

 いや分かるよ? でも圧倒的に経験値が足りねえんだよ、俺の。誰より素敵なこの二人に同時に告白されて上手く捌けとか無茶言うな。

「えっと……ヒッキーは、どう、したいの?」

「どう、って……。こんなの考えもしなかったからな……。俺自身動揺してるし多分混乱してるし、ぶっちゃけ頭真っ白だ」

「んと、じゃあヒッキーは、あたしたちと、どう、なりたい?」

「…………」

 きっと、考えもしなかったってのは正確じゃない。考えないようにしていたんだから。由比ヶ浜や雪ノ下とそういう関係になる、なんて。満たされない期待は反動で自らを傷つけるから。

 そうだ。期待、なのだ。そうあれたら、と言う願望なのだ。堂々巡りしていた思考回路が、ようやくのことで答えを得た。でも……。

「俺も……お前らと、そう、なりたい……」

 俯きながら言ったその答えに、二人の気配がほころぶ。

「……つってもこんな突然、しかも二人同時に告白されてさあ選べとか、お前ら要求水準高すぎるだろ……。こんなのどうしろって」

「言ってないよ?」

「えっ」

「選べなんて言ってないよ? そりゃ選んでくれたらすっごく嬉しいけど……。あたしが……あたしたちが、ヒッキーを本気で好きだって伝えたかったの」

 なんなのこいつの超斜め上の解答。俺の理解を三周くらい超越してんだけど。

「ゆ、由比ヶ浜さん……?」

「あ、あれ……? ゆきのんは違った?」

「い、いえ……私は……」

 そう言って雪ノ下は顔を真っ赤にして俺の方をちらりと窺う。その恥じらいに、本気で彼女に告白されたんだと、遅まきながらリアルな実感が湧いてきた。

「その……告……するだけで……いっぱいいっぱいで、それに、由比ヶ浜さんが……だから……そんな、そういうことまで……」

「……ゆきのん、可愛いなあ……」

「ゆ、由比ヶ浜さん」

 由比ヶ浜が雪ノ下をぎゅううううっと抱きしめる。雪ノ下も言葉の上では弱々しく抵抗してるが、もう完全に形だけだろこれ。なすがままじゃねえか。

「……えっと、じゃあ俺は」

「ん……じゃ、今日一緒に帰んない? 三人でさ」

「……そうね。それも、いいわね」

「……そう、だな。たまには、な。……言い忘れてたんだが、平塚先生今日は依頼持ってこねえんだと」

「え!? じゃあもう帰ろうよ! で、どっか寄ってこう!」

「……そう、ね。依頼がないのなら、部室に留まっていても仕方ないかしら」

「やったー! 三人でデートだ!」

「デートてお前……」

 やめろよ意識しちゃうだろ、つっても既に告白された身で何言ってんだって話だが。そうして俺たちは由比ヶ浜に先導されて、放課後の街に繰り出した。

 

 …………ああ、放課後のデート? まあ、そりゃ、な。楽しかったさ。この上なく。

 

 

 

 × × ×

 

 

 

 二人を送って一人帰ったその日の夜。

「おにーいちゃん!」

「お、おう……ただいまどうした小町」

「貰った!?」

「お前仮にも受験生だろ……。もう少し国文法を」

「うっさいよそれでどうなの!? 貰ったの!?」

「何をだよ……目的語を」

「お兄ちゃんこそ文脈読みなよ! 今日聞いてんだから一個しかないでしょ!」

「小町に文脈読めって言われるとは……屈辱だ……」

「って言うかもうこれ見よがしにぶら下げてるそのビニール袋の化粧箱って明らかにチョコでしょ!? 誰? 誰から!?」

「……あー、小町? ここ玄関口でな?」

「ああもうぐちぐちうっさいね! じゃあさっさと入んなよ! で、どうだったの!?」

「はぁ……」

 目を爛々と輝かせた小町に根掘り葉掘り聞かれて、代わりにコマチョコ一つ貰いました。だから嬉しそうに囃し立ててくんのやめろな。

 


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