エテメンアンキ ~魔法世界は感情化学?~   作:久国嵯附

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2話

 モニターには太陽系が映し出されていた。

 

「わしらの居るこの空間は、量子コンピュータ『エレツ』によってシミュレートされておるのじゃ。エレツは超巨大な量子コンピュータで、地球の衛星軌道上に存在しておる。太陽光発電でその電力はまかなわれておるのじゃ。」

 

 太陽系外から徐々にズームインしていき、地球とその衛星軌道上にある大きな箱と大量のソーラーパネルが現れた。

 

「メンテナンスも完全自動化されているぞ。エレツは完璧な楽園なのじゃ。」

「ソーラーの電力だけで足りるのか?こんなにでかいコンピュータなんだろ?それにこんなもの誰が作ったんだ?」

 

 夕麻が質問をすると、アナナキはピクピクと耳を動かし、咳払いをした。

 

「一度に複数聞くでない。まずは電力についてじゃが、量子コンピュータはお主が思っているよりはるかに省エネなんじゃぞ?消費電力は普通のコンピュータの1000分の1以下なんじゃ。」

 

 そう言うと、アナナキはモニターを操作して地球の表面を映し出した。

 

「誰が作ったかという質問じゃが、それに答えるにはまず今が何年か、というのを知るべきじゃな」

「ん?一体何年なんだ?2019年じゃないのか?」

「それはお主の居た仮想世界の話じゃ」

 

 アナナキはモニターにさきほどの夕麻が轢かれる映像を映した。

 

「そういうのやめろよ…」

「直感で仮想世界だったということがわかるじゃろう?そもそも、現実世界では2019年には惑星直列はなかったんじゃ。」

「過去形?」

「そうじゃ。今は"西暦2232年"なんじゃ」

 

 夕麻は衝撃が強すぎたのか、しばらくの間固まってしまった。

 

「お主の年代を基準として説明するぞ。21世紀が進むにつれ、地球の環境はどんどん悪化していったんじゃ。しかし一方で、技術もどんどん進化して、"人間を完全にデータとしてスキャンする"ことができるようになったんじゃ。」

 

 モニターには太い筒状の装置が映っていた。それは、人がひとり入れるほどの広さで、MRIに近い形をしていた。

 

「しかし困ったことに、スキャンするときに元のヒトを消してしまうんじゃ」

 

 モニターには、スキャンの様子が映し出されていた。ウィーンと人が横たわった荷台がスライドし、装置に入っていく。グォンと音を立てて装置が稼働し始め、次の瞬間、

 

「うわぁ… ミンチよりひでぇや」

 

 装置の中の人は跡形もなく消えていた。そして、装置についている画面には【スキャン完了】の文字が浮かんでいた。

 

「この技術ができたころ、原子レベルでのシミュレータも開発されていたんじゃ。」

「原子レベルってどういうこと?」

「お主の脳内もちゃんと化学反応に基づいてシミュレートされているということじゃ」

 

 アナナキはモニターに脳の立体モデルを映し出した。神経らしき線があちこちに走り、その下地にはシワが無数に刻まれていた。

 

「お主の意識・感情はすべて脳によって生み出されているものじゃ。じゃが、その脳そのものは根本的には化学反応によって機能しているに過ぎん。」

「つまり、俺の意識自体が化学反応で生み出されているってことか?」

「そういうことじゃ。飲み込みが早いの」

 

 モニターにはいつの間にか、さきほどスキャンされた人が映っていた。しきりに手を握ったり開いたり、足を曲げたりして、居心地悪そうな表情をしている。

 

「説明した2つのテクノロジーが組み合わさって、仮想現実にヒトを復元することができるようになったわけじゃ。」

「記憶はどうなんだ?そこまで復元できたのか?」

「そのとおりじゃ。脳みその記憶もコンピュータメモリのデータも、等しく物理現象の断片にすぎないというわけじゃ。」

 

 アナナキはモニターを操作して、グラフや数値など統計データのようなものを表示した。そこには急激に上昇していく折れ線グラフが並び、「気温」や、「CO2」、「海水温」といった文字が添えられていた。

 

「悪化する一方の地球環境を前に、人類はこれらのテクノロジーに望みを託したんじゃ。」

「具体的にはどういうことだ?」

「全人類を仮想空間に移すという大胆な計画を行ったのじゃ。もちろん、全国家共同負担の国際プロジェクトとしての」

 

 次々と打ち上げられていくロケット、大量に並んだ人体スキャナ、宇宙に構築されていく量子コンピュータなど、計画の実行過程らしき映像が映し出された。

 

「じゃあ、物理的に現実世界に生きている人間はいないのか?」

「宗教的な理由で生身の肉体に固執した人々は地球に残ったんじゃが、今はどうなっているやら…」

 

 アナナキがモニターをつつくと、空から見下ろした映像が映し出された。潜水服のような厚いアーマーを着込み、背中にボンベを背負って街を歩く人々がちらほらと映っていた。

 

「まだしぶとく生きているようじゃの」

「立派なことじゃないか。そういえば、スキャンした人間のデータを、現実世界に戻すことはできるのか?」

「もちろん、可能じゃ。生体インクを使って、人間のデータを立体印刷するだけじゃからの。エレツのモジュールの一つとして整備されていて、いつでも地球に帰れるぞ。誰もしようとはしないがの」

 

 モニターにはエレツの全体図が表示され、その右寄りの部分がハイライトされていた。

 

「エレツはただの巨大な量子コンピュータというわけじゃないんだな」

「そうじゃ。もともと全人類を仮想空間に移したのは、”地球が快適な環境に戻るまで生き延びる”というのが目的だったのじゃ。人類を立体印刷で復元して、地球での生活を再建するための資源や設備が、貯蓄モジュールに配備されておる」

 

 全体図の左端には、大きなボールのようなものが描かれていた。

 

「じゃあ、このモジュールはなんだ?」

「それは乱数変動増幅モジュールじゃ。これの説明はちと難しくなるかのぅ…」

「乱数…?」

 

 アナナキはしばらく考え込み、なにかひらめいたように顔を上げた。

 

「そうかそうか、あの異常な重力値が原因か…」

「重力がどうかしたのか?」

「まあ、それはあとで説明するのじゃ。まず、おぬしは感情が物理現象に影響を及ぼす、という話を聞いたことあるかの?」

 

 夕麻の記憶にそのような話はなかったようで、首をかしげて話の続きを促した。

 

「そうか、しらんのか。世の中の研究者が使う道具に、乱数発生器というものがあっての。物理現象をもとに”本当に”ランダムな数値を生成してくれる装置なんじゃ。」

「本当にランダムってどういうことだ?」

「従来のコンピュータが生成する乱数は、実は一定の法則で作られたものであって、ある程度の推測ができてしまうんじゃ」

 

 いつのまにかサイコロを取り出していたアナナキは、それを軽く放り投げた。サイコロは何度かはねて転がり、3の目を上にしてとまった。

 

「この賽のようなランダム性はないということじゃ。しかし、乱数発生器はこの賽と同じように”本当に”ランダムな数値を生成してくれるんじゃ。」

「それで? 乱数発生器がどうしたっていうんだ?」

「ランダムな数値を生成してくれるはずのこの装置は、なぜか付近の人々が強い感情を表すときに偏った数値を出力するようになるんじゃ」

 

 アナナキは沢山のサイコロを手のひらに出現させ、それを宙に放った。大量のサイコロがジャラジャラと音を立てて床を転がり、そのすべてが1の目を示した。

 

「こんなふうにの」

「今のはどんなイカサマだよ!こんな綺麗なピンゾロありえねえよ!」

「まぁ、今のはやりすぎじゃが、こんなふうに偏ってしまうのじゃ。」

 

 アナナキが手を横に振ると、床のサイコロが消えた。

 

「この偏りは、人間の感情が現実の物事に干渉している証拠なんじゃ。」

「偏りがあるからどうしたっていうんだ? 装置が不調になるっていうだけだろ」

「実はこの現象を研究していくと、物理法則を覆してしまう事象にたどり着いたのじゃ」

 

 夕麻は何を言っているのかわからないという表情で、興奮してピョコピョコうごいているアナナキの耳を見つめていた。

 

「この現象を増幅させる装置が開発されての。世間一般に言う”魔法”に近い現象が起こせるようになったのじゃ。」

「ちょっと話が飛躍しすぎてないか? その装置の方がすごいような気がするんだが」

「その装置こそ、さっきお主が聞いたエレツのモジュールなんじゃ。あれ自体は仮想空間と現実世界、両方に作用する特殊なタイプなんじゃがの」

 

 モニターに再びエレツの全体図が表示され、例のボールのようなモジュールが拡大された。

 

「ところで、お主は重力が感情に影響を与えるという話はしっているかの?」

「あ、それ聞いたことあるぞ。地球上に重力がおかしな地点が何か所かあって、そこに行くと気分が高揚したり、逆に沈んだりするっていうやつ。」

「そういう変な知識だけはもっておるんじゃのう。そのとおり、重力の強弱は感情に作用するのじゃ。この現象の研究と、感情による影響の研究によって作り出されたのが、乱数変動増幅装置【Numbers Fluctuation Amplificator】、通称[NFA]なのじゃ。」

「そうなのか。じゃあそれがエレツについてるなら、俺も今何か魔法が使えるのか?」

 

 目をキラキラさせながら近寄ってくる夕麻に、アナナキは少し気圧された様子でうなずいた。

 

「もちろんじゃ。この空間でのNFAを有効化すれば、いつでも魔法が使える。」

「有効化…?なんだかNFAがどういうものか分からなくなってきたぞ…」

「シミュレートする空間ごとに、NFAモジュールの有効無効を切り替えることができるのじゃ。」

 

 アナナキはしょうがないといった様子で、モニターを操作してNFAモジュールの概要を映し出した。

 

「わしらがおるのは仮想空間じゃから、NFAがなくともそれっぽいことは設定をいじればできるんじゃ。しかしのう、やはりホンモノのNFAを利用したほうが再現度が高いんじゃ。じゃから、物理的なNFAをモジュールとしてエレツに接続しておるわけじゃ」

「つまりあのモジュールは、シミュレータ用のNFAってことか?」

「まぁ、もっぱらそのようなもんなんじゃが、現実での運用もできるんじゃ。わし以外誰も使わないがのう」

 

 そう言ってアナナキが手を振ると、一振りの神々しい剣が出現した。

 

「なにこれ!? 明らかに強そうなオーラを放ってるこの剣はなんなんだ!?」

「おそらくお主も聞いたことあるじゃろうが、これは【草薙の剣】じゃ。古来から地球上の人々が思い浮かべてきた、草薙の剣への感情をNFAモジュールで増幅させて取り込んだらこうなったのじゃ」

「そんなこともできるのかぁ。ということは、NFAモジュールは仮想と現実両方でつかえるわけか」

 

 アナナキはその言葉に対してうなずくと、草薙の剣を消して夕麻に向き直った。

 

「ちなみにお主はすでに魔法を一度つかっているはずなんじゃ。」

「は?」

「お主がここにおることこそがその証拠じゃ」

 

 ビシッと夕麻を指差したアナナキは、モニターを操作して夕麻が轢かれる映像を映した。

 

「またこれかよ…。そういうのつまんないから」

「ちがうんじゃ。お主がこうして轢かれたころ、わしのところにある生体データが流れてきたのじゃ。ほれ、まずここじゃ」

 

 アナナキがクイッと指を回すと、映像の右上に書かれていたタイムスタンプが拡大された。

 

【仮想世界現地標準時(GMT+9)『西暦2019年12月6日22時30分53秒、現実世界エレツ標準時『西暦2232年9月15日11時23分41秒】

 

「つぎにこれじゃ。ここのデータ作成日時のところ」

 

 別のモニター引き寄せ、アナナキは日付の書かれた所を指さした。

 

【2232年9月15日11時23分55秒】

 

「たしかに時間はほぼ一緒だけど、だからなんだっていうんだ?。というかこのデータって、俺?」

「わしがこのデータを受信して、お主がさっき目を覚ましたポッド… まあ生体プリンターなんじゃが、あれを使って復元したんじゃ。そして生き返ったのがお主だったんじゃ。」

 

 アナナキは、夕麻の居た仮想世界の太陽系をモニターに映し出した。そこに映っていた惑星は、水星から海王星までのすべてが一直線に並んでいた。

 

「お主の世界で起きていた『惑星直列』、これは惑星が一直線に連なるわけじゃから、個々の重力が重なって地球に影響を及ぼすのじゃ。」

「重力…?ってことは」

「そうじゃ。目に見える影響はなかったじゃろうが、お主らの感情には確実に作用していたはずじゃのう。」

 

 さきほどアナナキが眺めていた仮想世界の様子が、モニターに映し出された。群衆の前の男が演説している映像である。

 

「あっ、この衣装知ってる。なんていう名前か忘れたけど、変なカルト集団。」

「やっぱりカルトじゃったか」

「ん? 銃出しやがったぞこのオッサン!?」

 

 そこからの惨劇を見て、夕麻は口を抑えて俯いた。

 

「ちとグロかったかの。まぁ、こんなふうに感情に影響が出るということなんじゃ。お主もなにか影響があったんじゃないかのう?」

「まぁ、ガラにもなく女の子を助けようとしたのは、その影響だったのかもな」

「それもそうじゃの。それともう一つ。お主が登っておった丘、『葦名台』は重力が少し小さい場所だったのじゃ。」

 

 アナナキが手を振ると、モニターに世界地図がうつしだされた。その地図には何箇所か地名とともにマークされた場所があり、『葦名台』もそれの一つだった。

 

「惑星直列による重力異常、重力の小さい地域、この2つが重なってNFAの効果を起こす可能性があったのじゃ。心当たりはないかのう?」

「あんたのとこにデータが送られてきたっていうやつか?」

「そうじゃ。お主がトラックに轢かれる瞬間、強烈な生きたいという感情とともに人生全体が想起されたはずじゃ。いわゆる走馬灯というやつじゃの」

 

 パッとモニターが切り替わり、再び夕麻のデータが映し出された。

 

「その走馬灯が、強烈な感情と重力による擬似的なNFA効果によって、こちらに流されてきたというわけじゃな。」

「まぁ、分かったようなわからないような…。でもやっぱり魔法って感じじゃないなぁ。」

「そうかそうか、そういうことなら好きなだけ使わしてやろう」

 

 アナナキはモニターを操作して、地球らしきものを映し出した。

 

「この星で、じゃがの」

 

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