本当に何もないです。
どぞ。
その夜。
六人の影が闇に降り立った。
「みんな。始まるわよ」
中央に立つ檸檬色の髪をした少女・巴 マミは後ろに続く五人に確たる決心を口にした。
彼女の言葉に首を横に振る者は一人もいない。
皆、心は既に固まっている。
「べべ。お願い」
「任せるのです」
マミの指示に頷き、なぎさはどこからともなく黒色をした不可思議なラッパのような物を取り出す。
「……最後に確認なのです。みんなは、本当にいいのですか?ここで私がアイツを呼べば、二度とこの世界にはいられなくなるのです」
全てを終わらせる前に探るように問うなぎさ。
決心を疑っているわけでは無い。ただ、自身の手によって何もかもを変えてしまうのだから、そうするべきだと考えての行動だった。
「うん。ありがとね、べべ」
不安そうにも見える彼女に向け、桃色の髪の少女が他の四人を代表して答えた。
「大丈夫だよ。べべから聞いた話を私達は信じてる。……これ以上、私達の都合で時間を止めてちゃいけないもん」
「まどか……」
「それに、元の世界に戻れればもっと良い世界が手に入るかもしれないんだよね?ならこんなところで止まってる場合じゃないよ」
耳を撫ぜる優しい声でなぎさに意思を告げ、まどかは彼女の頭を撫でながら笑みを浮かべる。
「っへ、そういうこった。これ以上食われてやる必要もねーからな」
「何より、あたし達は仲間なのに一人にだけ負担かけてるってのが気に食わないんだよね。ね、転校生?」
「…懐かしい呼び名ね。貴女はそんな風に鈍感だから私が頑張る羽目になったんじゃないの?」
「お、言ってくれるねぇ。ぜーんぶ終わったら勝負する?」
「まさか。回復の祈りで契約した貴女に持久戦で勝てるとは思えないもの。……最も、殺しても良いって言うなら話は別だけど」
まどかの言葉を肯定するかのように次々と口を開き始める杏子、さやか、ほむら。
「や、やめてよ二人とも。こんな時に」
「いいじゃんか別に。勝った後の話をしてるんだ。結構な事だろ」
「それは、そうかもだけど…」
しかし、どうにも物騒な話題に舵が取られ始め、まどかは困り顔で俯いてしまう。
「安心しなさいまどか。ああいってホントにケンカした試しはないでしょ?二人なりのスキンシップだから、温かく見守ってあげなさい」
「ま、まぁ、確かにそうだけど……」
「……ふふっ」
闇夜に佇む六人。
周囲は暗く、街灯らしい街灯は無い中で始まったまるで普段通りかのような会話は、戦いに臨むと気を張っていたなぎさの頬を確かに緩ませる。
「…わかったなのです。もう、迷わないのです」
「うん!」
愛らしい顔をより愛らしく緩ませ、微笑んで頷いたなぎさ。
彼女はまどかの返事を受け、童顔に似合わない覚悟を浮かべて大きく息を吸い込んだ。
「インキュベーター!!!」
小学校低学年とは思えない声量で叫ぶなぎさ。
声は破裂音を彷彿させる程広く遠く届き、名指しした生物を引き寄せる。
「……いつかは来る。そう思ってはいたんだけどね。思ったより大所帯だ」
ぬるりと。
どこからともなく彼女達の目の前に現れ出る白い生命体。
犬とも猫ともうさぎとも見える不可解なその生物はかつて己の名を[キュゥべぇ]と名乗り、少女達の願いを叶えその代価を要求した。
マスコット的愛らしさとは真逆に少女に破滅の運命を約束して回った地球外生命体・インキュベーター。
「当たり前なのです。この鬼畜上司。休みを寄越しやがれなのです!」
「不死と変わらない肉体を持つ魔法少女に休息なんて必要ないんだから当然じゃないか。それに君はとっくに死んでるんだ。精神の摩耗なんて話も適用されないはずだよ」
「ブラック企業顔負けの言い訳はやめるのです!もうお前の企みもこれまでなのです!さっさと黒幕を出せなのです!!」
現れるや否や換金所に換金された時の恨みの一端を叩きつけたなぎさはラッパを構えて臨戦態勢をとる。
「そう言う事だから、大人しくしてて頂戴ねキュゥべぇ。……それとも、ここで一戦交えてみる?」
同時。
マミを含む三人は魔法少女に変身して武器を構え、契約を結べていないまどかは僅かに距離を取って肩から提げていたポーチに右手を入れる。
「………どうも、状況を全部知ってるみたいだね。これじゃあ僕に勝ち目は無さそうだ。大人しく諦めるしか無いみたいだね」
見滝原に於ける最大戦力と呼んでいい四人の魔法少女と一人のイレギュラーを前にして犬を思わせる方法で首元を掻き始めるインキュベーター。
およそ絶望的な戦力差の前にそれでもこの生物の声色は一つとして揺るいではいない。
「へぇ、あなたみたいな生き物にも『諦める』なんて選択肢があったなんて驚きね。そのまま地球からも出て行ってくれないかしら?」
「暁美 ほむら。そもそも君もイレギュラーではあるんだ。君だけは知っていたんだろう?僕らインキュベーターの存在と、魔法少女の行く末の事を」
「そうやって小賢しく口車に乗せようとしても無駄よ。ここにいる全員魔女の正体を知っている。今更お前の口八丁程度じゃ絶望なんてしない」
「………なるほどね。ならいよいよお手上げだ」
「わかったら諦めてこうまでした目的を話して自害するのね」
「面白い事を言うね。自殺するのは君達のように感情を持つ不完全な生命体だけだよ。僕らインキュベーターにはそんな愚かな手段思いつきすらしないさ」
インキュベーターにしてみれば最後の手段だったのだろう。
魔女の正体をーー魔法少女の成れの果てがどうなるのかを語り、彼女達のソウルジェムを穢れ切らせて一息にこの場を収めようとしたものの、マミ達は既にほむらから事実を聞いていた。
なぎさの語る真実を補強する為の材料として。
「そう。ならさっさと話しなさい。どうして私が時間逆行の魔法を自動発動するように設定したのか。どうしてこの世界には魔女がいないのか。お前にはその責任がある」
手にした銃をインキュベーターの眉間に照準を合わせるほむら。
彼女の表情に遊びは一切ない。冷酷に凍てついている。
「……仕方がない。悪くない作戦だったんだけど、バレてしまったのなら種明かしはするべきだね。どうせ二度と出来ないだろうし」
くるりと尻尾を追いかけ回しながら口を開いたインキュベーターは座り直し、再び首を掻くと身を伏せ、背を身体を地面に擦り付け、また座り直した。
「まずここは魔女の結界の中だ。イレギュラーを除いた君達五人がワルプルギスを倒す為にほむらの家へ集った時に包み込むようにして結界が張られた。その魔女の能力は幻覚を見せる事。知らず知らずのうちに人間を結界内へ巻き込み、その中で幻覚を見せて絶対に外へ出られないようにして徐々に生命力を奪い最後に捕食する。
魔法少女でも探知が困難なこの魔女はマミの目をも欺いて結界を展開した。けれど、その際、唯一魔法少女姿になっていたほむらだけが危険に気付き、万一の為を考えて魔法を使用した。……恐らく、君はこの魔女を知っていたんだろうね。下手をすれば永久に出られなくなる可能性がある魔女の特性を思い出し急造ろいで魔法が自動発動するシステムを作った。まぁ、それほど難しい仕掛けではないんだろうけど、お陰で君達は今日まで幻覚の中で生き残る事が出来た。と、言っても。魔法少女は死んでるも同然だからね。ソウルジェムさえ壊されず穢れ切らなければ一生生きていられる。でもまどかは違う。ほむらの機転が上手くいってなければ今頃骨になっていたのは明白だ」
あいも変わらず淡々と。その上で可愛らしい姿に見合った小動物のような動きをしながらインキュベーターは事の次第を話す。
その間、誰も口を挟まなかった。
五人がなぎさから聞いていたのはこの話のうちの一端。現在は結界の中で、ほむらの魔法がなければ既に死んでいるという事だけ。
幻覚の作用なのか自身が行った行動も忘れていたほむらも、だがインキュベーターの話を聞きその魔女の事を明確に思い出す。
「……それで。どうして魔女は私達にこんな幻覚を見せているの?私の調べが正しければ本来見せる幻覚の本質は[幸せ]。五人揃って何年も生きている事自体は間違いなくその本質に当てはまるわ。でも、私達は一度だってパチンコやスロットを生活の根底にあるものとして認識したいと思った事はずよ」
ほむらが口にしたのはそこにいたなぎさを含む六人の魔法少女全員が感じていた疑問だった。
その中でも同じ魔法を持つ杏子は尚の事不思議に思っていた。
敵に見せる幻覚で効率的なのは最大の幸福か最悪の絶望を与えるという二択。それを調理する方法によって使い分けられれば、手籠にも戦闘不能にも出来る。ある意味では最強の魔法。
そんな幻覚を最強たらしめているのは無自覚に他ならない。気がつかなければ幻覚は真実と変わらず、永劫にその檻に閉じ込めて置く事ができる。
にも関わらず、この魔女は幻覚の方程式に不釣り合いなはずのパチンコ・スロットを埋め込んだ。
ともすれば『何故こんな事を?』と疑問が生まれてしまうだろうそれ。実際、さやかはーーなぎさがチーズで切っ掛けを与えたとは言えーー幻覚の現実に疑いを持った。
とすれば明らかに失敗だ。
魔法少女の捕食は出来ずとも、ほむらの機転によって生命エネルギーは永久に搾り取れる。考え方を変えれば二度と他の人間を襲わなくても良い状態になっているわけだ。なのに敢えて気がつく可能性を与えるのは他に何か意味があるとしか考えられない。
だがそれが誰にもわからなかった。
「そんなのは簡単さ。もしかしたら未来永劫得られなくなってしまうかもしれない君達のエントロピーを回収できるように僕が設置した。それだけだ。……そういう意味では、イレギュラーの言った『上司』って言葉は間違いではないね」
「……な」
皆が感じてい疑問。
それをインキュベーターは事も無げに言った。
「パチンコ・スロットは良いシステムだ。得られる絶望の総数の方が絶対的に多いのにか細い希望を手繰って打ってしまう。見方を変えれば僕らの契約システムに近いね。違いとしては、少しずつ毎日得られるかまとめて一気に得られるかしかないしところだけど、実際は想定以上の結果を生み出してくれた」
「ま、待ってよ。じゃあ何?あたし達はお前の掌の上で転がされてたっての?」
「そうとも言えるね」
「はぐらかすんじゃねぇ。今後のアタシらの人生に関わるかもしれない事なんだよ!」
「……ならはっきり言う。僕は設置して一時誘導しただけだ。人間の手段に則りコマーシャル的な宣伝をね。そうしたら君達が来た。勿論巻き添えになった一般人も一緒だ。中には幻覚が生み出した存在もいたから全体的な数と実数はイコールにはならないけど、ハマってくれる人が多かったね」
「そ、その、ハマった理由はなんなのかな…。やっぱり、キュゥべぇが何かした、とか?」
「先に言っただろうまどか。僕は宣伝をしただけだって。君達がハマったのは僕のせいじゃない。君達の本質が」
そう、インキュベーターが口にした瞬間だった。
乾いた破裂音がその場にいた全員の耳をつん裂く。
誰もが耳を塞ぎ驚きの表情を浮かべている。だがその中でほむらだけは平然とした顔で立っていた。
右手に撃鉄の落ちた銃を握って。
「ほ、ほむら。撃つのはまだ早かったんじゃ……」
「いいえ。それは違うわ巴マミ。このままではアイツの話で多かれ少なかれ私達はソウルジェムを穢してしまう。そう判断したから撃った。……違う?」
「ち、違わないとは思う……けど」
眉間に大穴を開けて横たわるインキュベーター。
如何に地球外生命体と言えど脳をかき混ぜられれば絶命する理は同じらしい。
らしいのだが。
「う、撃ち過ぎじゃないかしら」
「いいえ。まだまだ足りないくらいよ」
二度、三度、四度と数えるのが追いつかない速度でほむらはインキュベーターの亡き殻を穴だらけにしている。
「ちょっとちょっと。マミさんの言う通りだよほむら。この銃貸せっての」
「は、離しなさい!おもちゃじゃないのよ!」
「知ってるって。だからこうして……っと」
「あっ!」
死体に鞭打つよりも酷い仕打ちを続けるほむらから銃を奪い取ったさやか。
ほむらが銃を撃っていた間目を瞑りながらずっと耳を塞いでいたなぎさはようやく終わったのかと手を離す。
……と。
「ふざけんな!」
さやかもインキュベーターに向かって銃を撃ち始めた。
「さ、さやかちゃん!?」
「止めないでまどか!こうでもしなきゃあたしの腹の虫が治んないの!恭介の時の怨みも持ってけってんだ!」
「そ、それは私怨だよ!?」
「お、じゃあアタシも刺しとくか。散々搾り取られた恨みとして」
「杏子ちゃんまで!?」
「……そういえば、実は負け越してるのよね。スロット」
「マミさん!!??」
まどかの制止する声も届か無い事五分。
まどかとなぎさを除く四人の恨み辛みを一心に受けたインキュベーターはズタボロの肉塊と肉片に変わり果てていた。
幸いなのは血も内臓も散らばっていない事だろうか。お陰で凄惨さは幾分か薄れ、形取られた色付きスライムが無惨な姿になっただけのように見える。
「自業自得とはいえ惨いのです……」
銃声によって一時的に遠くなってしまった耳にくるくると目を回しながらもインキュベーターの末の姿を見たなぎさは敵対する相手とはいえ手を合わせて死後の安らぎを願った。
「さぁ、行くわよ!みんな!!」
「えぇ!」
「もっちろん!」
「おう!」
「お、おー……」
その隣でとてもスッキリとした表情で声を上げる四人と、止める事すら叶わなかった一人が乙女の社交場に臨んだ。
「魔法少女にあるのは、奇跡と魔法だけじゃ無いのです……」
過酷な運命に身を置いた少女達の片鱗に触れたなぎさはそう漏らしながらも彼女達の後に続いて社交場に向き直った。
だが、そこには既に何もなく。
日常の光景には不釣り合いな悍ましい存在がいた。
「今の私達の結束は硬いわよ。覚悟しなさい。魔女!」
或いは箱ともとれる姿をしたそれは。
マミの口にした言葉に違わない存在ーー魔女だ。
to be next story.
今までの文を取り返すかの如く長くなりました。次回で最終回です。
ちなみに最後の方のチープな感じになってしまったギャグ(ギャグでいいのか?)シーンでは、ほむらの言った通り、あのままキュゥべぇの話を聞いていたら多かれ少なかれ皆ソウルジェムが穢れてました。
と言うのも、ハマってる時は受け入れていたにしても、いざ誰かのせいだと思った時に安堵してしまいました。本当の自分はこんなのじゃ無いんだ、と。しかしその瞬間に、それが本質ですと言われたら終わるというのを経験則から知っていたほむらは早々にキュゥべぇの口を塞ぎました。
その後の数発は完全に私怨です。可能ならミキサーに掛けたいとも考えてます。
ではまた次回。
さよーならー