どぞー。
幸福と絶望。
虚と実。
無と有。
表裏するあらゆる損得感情が渦巻く大ホール。
ある者は幸福に満たされ、ある者は絶望を食む、[乙女の社交場 パチンコ☆スロット]。
その一角で、とある少女は天秤にかけられていた。
「……来た。とうとう、来たわ」
「ほ、ほむらちゃん……!」
脚を閉じ、なだらかに傾けて座る暁美ほむらと、その隣で胸の前で祈るようにして左手を握りしめて椅子に座っている鹿目まどか。
二人が注視するは音楽に紛れて怪音を撒き散らす釘だらけの眼前。そこを狂ったように暴れ回る幾つもの銀の玉。
「信用度約五十%からのチャレンジ成功。そこから準主役キャラが出てきて、データとしてはアツめ。後は、この演出に打ち克てば……!」
荒れ狂う暴音が二人の鼓膜を刺激する。
けれど、彼女達は微塵も意に返さない。その心を縛るのは、目の前で繰り広げられるアニメーション映像のみ。
ーー黒髪の少女が長髪を振り乱して夜を駆けている。
屋根伝いに月へ急いでは辺りを見回し、誰かを探す。
『どこ…。どこにいるの?』
右を、左を、絶え間なく振り向き、誰かの影を問う。
だが、時刻は宵。まともな明かりもない中で、人の姿が見えるはずもない。
頼みの綱の月光は、今や叢雲に沈んだ。
「……ほむらちゃん」
「えぇ。ここよ」
緩やかに晴れていく雲。差し込む月の光。
「……!!!来た!!」
天井に輝くは、三日月ーーではない。
「初当たり、確定、演出!!」
神々しく煌めく、満月だ。
『……!いた!!』
アニメの中の少女が目を見開き喜びに満ちた表情で駆け寄った先にいる、ツインテールの学生服の女の子。
彼女は、月光のベールでさえ見劣りする柔らかな笑みを浮かべ、手を差し出した。
『行こう?ここが……ここからが、本当の始まりだよ』
セリフが終わると同時に吐き出される音楽。
それは、機体がいつも流している通常BGMでも、心臓に負荷を与えるだけの憎きBGMでも、ましてや初辺り時に聞くことのできる胸アツのBGMでもなかった。
「ほ、ほむらちゃん……!こ、これって……!!」
「ま、ま、まどか!」
今流れているのは彼女が打っているパチンコ[少女錬金@マイ]における最強の当たり演出時にのみ聞くことのできる、アニメの主人公のテーマソング。
通常、初当たりからこの曲を聴くには三度最上位のラッシュを継続させ、その上でかなりの低確率を潜り抜けねば突入できないという、マイパチを打つ者全員が望んで止まない演出。
この曲を聞けたのなら二万発は固いと言われているほどの当たりであり、場合によっては十万の投資さえチャラになる。
彼女はそれを超々低確率である[初当たりの代わり]として引き当てた。
本来ならまずありえないとされるこの機体のみの変則的初当たりーー有名なパチプロに『盆と正月が同時に来た日に宝くじの一等前後賞を当てるくらいの狂運がないと無理です』と言わしめるほどの事故突入。
この交通事故を起こした際の恩恵は計り知れない。
本来の継続率が約八十%であるのに対し、変則的初当たり以降のラッシュ継続率は常に九十五%にまで引き上げられ、仮に外したとしても同パーセンテージでの巻き戻し、及び保留連。更にはバックグラウンドで大当たりが発生し、実質的に[二つ同時に大当たりが進行している]状態になる。
よって、単純計算しても出玉は倍に増え、憚りなく大仰な言い方をすれば[国家予算も賄える]。
「……良かった。本当に、良かった!!」
「うん…!うん!!やったね、やったねほむらちゃん!!」
ハンドルを握る手を互いに決して離さず、頬を寄せ合う二人。
ほむらの目には当然の事、まどかの目にさえ涙が溢れている。
「入学式当日、閉会と当時に来たはいいものの、鼻で笑う気も失せたリーチ演出ばかりを見て疑った自分の行動……。嬉々としてお財布に詰めたお金は心と同時に消えていった…。あるのは、ただの意地とぐるぐる回る液晶の数字だけ」
「うん…うん……!本当は止めた方がいいんだろうなって思ってた。でも、ほむらちゃんの真剣な目を見てたらとても言えなかったんだ……。
でも!」
「えぇ、でも!!」
「「当たった!!」」
鼻が擦り合ってもおかしくない至近距離で涙に濡ぬれた笑顔を溢し合うほむらとまどか。
周囲から寄せられる驚きの視線も何のその。今この時だけは、二人の時はフリーズしているように長く、幸福に満ち溢れていた。
「粘って、本当に良かったぁ……」
「そうだね…!そうだね!!
さぁ、ほむらちゃん!!」
「うん、そうだね。こんな、泣いてる場合じゃない」
頷き合い、空いている左手を一度だけ絡ませると、ほむらは頬を拭い、事故を起こしている愛機に背を正す。
現在の出玉は約六千。他の機体に比べて圧倒的に出玉スピードが速いのは、バックグラウンドで行われているもう一つの当たり演出のおかげだ。
受け皿へどんどん溢れてゆく幸福の銀の玉。その一つ一つは四円の価値を持っている。
「ねぇ、まどか」
「なに、ほむらちゃん」
耳にした人々全てが思わずほころんでしまうような声で隣に座る少女の名を呼ぶ。
「確か、新しい春服が欲しいって、言ってたよね?」
「うん、言ってたけど、それがどうかしたの?」
「明日、一緒に行かない?お買い物に」
ほむらは、どこまでも、どこまでも澄んだ笑顔でまどかに語り掛ける。
その意図を一瞬で理解した、幸福な彼女の、心からの親友は瞼の端から再び涙を溢して頷いた。
「……うん。ちょっと高いけど、平気?」
「もちろん。今の私なら、車だって買ってあげられるよ」
「なら、一緒に免許取らなきゃだね!」
小さく、伝って行く笑み。
耳にこそばゆい、二人の少女の笑い声は、当たりのBGMにかき消され、近くにいる互いにしか聞こえない。
ーーはず、だった。
「……ほむらちゃん?」
「どうしたの、まどか」
今まで得た事の無い量の幸福の処理が分からず普段からは想像もできないほど締まりのない表情をするほむらに対し、どこか不安な面持ちのまどかは自身の台から僅かに身を乗り出し、マイパチの画面をのぞき込む。
「ちょ、ちょっと、近すぎるって……あれ、まどかシャンプー変えた?」
「う、うん。昨日の夜にね。
じゃなくて、ほむらちゃん!」
突如として慌て始めたまどかを見て、ほむらの顔に僅かに焦りの色が現れる。
「な、なんだか、この前にほむらちゃんが一回目で継続を外した時に似てない…?」
「……私にはわからないけど、どういう事?」
「この、上の数字。……うん、間違いない。二週間前にほむらちゃんが外した時と同じ数字になってる!」
左手でまどかが指し示すのは右上に現れている、三つの数字。
両脇が六と六のリーチで止まっていて、真ん中の数字が同様に六で止まればそのまま継続する状態だ。
「い、言われてみれば、確かにそうかも」
「私ね、この間少し調べてみたの。……って言っても、確立とかを教えてくれるサイトじゃなくて、オカルトばかり集めてるサイトなんだけど……」
少しずつ沈んでいく声のトーン。
「……マイパチでの最悪のリーチ目、ってやつ、だよね?」
「う、うん……」
その理由は、あらゆるものに存在する、所謂オカルトと呼ばれる迷信だった。
ビギナーズラックに始まり、特定の曜日は必ず外れる、や、徳を積めば当たる、などと言った、一種の願掛けなどだ。
マイパチにおける迷信の一つには、[六のリーチ目だと、どれだけ高確率でもその時の保留は必ず外れる]と言うものがある。
当然、それはオカルトの域を出ず、実際にまどかが打った際には六のリーチ目から継続を引いたのをほむらは確認していた。
「だ、大丈夫。そんなの、迷信だ……し……。あ」
ほむらが言い終えるよりも僅かに早く、七で固定された数字。
つまりは、今の抽選では継続が出来なかった事になる。
「だ、大丈夫。大丈夫。ストックはまだ後四つある……し………?」
二度目ーー通算では三度目の抽選が、まどかの方を向いていた間に外れる。
「ま、まぁ、そんなこともある、と思う…し」
「ほむらちゃん……」
次第にほむらの顔から血の気が引いてゆく。
「……つ、次もハズレ……?」
四度目のリーチ目はまたしても六。そして、流れるがままに外れる。
「あ、あと二つあるし、平気…平気……平気、だよね、まどか?」
「……ほ、ほむらちゃ」
「あ、ハズレた」
僅かに虚無を孕んだほむらの声が五度目の抽選の結果をまどかに伝える。
アニメ映像の中では、原作の中のラスボス的立ち位置にある異形の化け物が主人公のマイと、その無二の親友であり、唯一となってしまった仲間のこがねを追い詰めている。
……本来ならば、ここでこがねの秘められていたもう一つの錬金術によって、死んでしまっていた仲間たちの力を自身と融合させて逆転する、のだが………。
「リーチ目にすら、ならないの……?」
マイとこがねは無惨にも化け物に踏みつぶされ、抜けてしまった岩盤の底で、来世での共闘を誓い合って、息耐えた。
これが意味する事を、まどかは口が裂けても言えなかった。
「ね、ねぇまどか」
画面に大々的に映し出されるのは[Total15342]という、最終的な出玉の数。
それに四をかけるとおおよそ六万千になる。
ーーつまり、換金した際に端数分はお菓子などにあてられるため、得られるのは六万と千円だ。
「今日、泊っても……いい?」
「……もちろん。ほむらちゃんが帰りたくなるまで、ずっといても平気だよ」
「ありがとう。まどか」
出玉を全てデータへと変換し、カードに保存したほむらは、機体の右隣からそれを取り出だす。
「お、やってんねぇ~二人とも!首尾はどうだい?なんつってな」
静かに…ただ静かに。周りの喧騒さえも吸収できてしまうのではないかと言う程静かに一連の動作を行ったほむらへ掛けられた声。
ホットパンツに、白のティーシャツを着て上着を第一ボタンでだけ留めるという、いつもの私服姿で現れたのは、彼女達の友人・佐倉 杏子だ。
右手には中身の減っていないジュースを持っていることから、丁度今打ちに訪れ、台選び最中に友人がいたから声をかけたというところだろう。
「あ、杏子ちゃん…。あ、あの!この台、あげるね!」
「あン?何言ってんだよまどか。まだラッシュ中じゃねぇか。せめて打ち切ってからの方が……」
「じゃ、じゃあ!私の代わりに打っちゃって大丈夫だから!」
「……?なんかよくわかんねーけど、後でカード渡しゃいいか。ま、練習だと思ってやらせてもらうわ」
「う、うん!それじゃあね!」
「おう、またな!」
困惑する杏子をよそに手短に会話を切り上げ、俯いたまま一言も言葉を発さなくなってしまったほむらの肩に手を回して外へと続く自動ドアへと歩みを進める二人。
「……しっかし、久々になんにも喋んなかったな、アイツ」
その後姿を、杏子は小首を傾げて眺めた。
そうしてふと、ほむらの打っていた台が気になったのか、杏子は機体の上部に設置されているパネルを操作し……
「………ゼロから始まってんな。んで、アイツが回してるのが大体二千回転か。……って、二千!?とんでもねーハマり方してんなぁ、おい。
そりゃあーなるか。これじゃあ事故でも起きねーと挽回は無理だろ。南無」
一人、散っていった仲間に黙とうを捧げ、ハンドルを握った。
to be next story.
ほむら。君にはもう少しだけ、悲しみを背負ってもらうよ。
といった感じの内容でした。
正直、ほむらがバカ勝ちしてるところを全く想像できないです。
……まぁでも、かわりにまどかと一緒の布団で寝れる権利を自然に得られたし、イーブンよね。南無。
しかし、やはり専門外は難しい……
自分はいつもスロットしかやっていないので、色々調べながら書きました。(なお、目押しは基本無理な模様)
まぁ、一度パチで初当たりを引いたこともあるのでその記憶も頼りに……
多分読めないものではなかったかと思います。
ちゃんとやってる人からすれば『なんだその当たり!?』ってなるようなものだったかもしれませんが、お許しいただきたいです。
それではまた次回。
今度は三話目だし、マミさんの話しでも書こうかな。