世界が滅亡する数時間前、ある男女はこんなことを話していた。
「異世界転生した先で、可愛い私が襲われへんかが心配やねんなぁ」
女の心配を解消する提案をしていく男に難癖をつける女に、男はついにキレた。そして、キレた末の最後の提案が現実になって……?

これは、同じ世界を生き、同じ世界を終え、同じ世界に生まれた男女が織りなすド下ネタ異世界TSギャグコメディ。

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「ほな男になれや!」

 どうやら今日には世界が滅ぶらしい。そのことを知ったのは三日前のことだった。突然テレビが切り替わり、地球にものすごいやつが向かってきてるとかなんとかで、簡単に言うと三日後には地球が滅びます、といった内容が全国に広がり、現代のネット社会の拡散力によってそれは瞬く間に全国民へと伝えられた。嘘だろと嘲笑する者が何人もいたが、国会、教育機関がまとめて停止し始めるのをみて本当だと判断したらしく、今はほとんどの人が思い思いの日々を過ごしている。そして、そんな日々も残すところあと一日。

 

 世界最後の日、人はどう過ごすだろう。家族と過ごす、恋人と過ごす、友だちと過ごす、はたまた思い切って大犯罪をやってみる。今までクソ上司の下で頑張っていた社会人は復讐するチャンスかもしれない。今なら警察も動かないだろうし、なんでもやりたい放題だ。現に、今俺の目の前にいるクラスメイトだって男に襲われてたし。あの時は必死になって助けて誰もいない学校に逃げ込んだ。助けた手前放置するわけにもいかないし、外に出たら誰に襲われるかわからないため俺が食料等を確保し続け、こうして世界最後の日を共に迎えている。

 

「今日やなぁ」

 

「おう」

 

 綺麗な顔を頬杖でぷにゅ、と歪ませて俺を見ながらの言葉に短く返す。

 

「夜には死ぬんかぁ」

 

 いつになくネガティブなことを言うな、となぜかじっと俺を見続けるクラスメイトを見て思う。彼女はポジティブな人間で、クラスを引っ張るリーダー的な存在だった。頭の方は少々よろしくないが、明るく常に前向きなその姿にクラスどころか学校中の生徒が惹かれていたものだが、流石に世界最後の日ともなるとネガティブにもなるか。

 

「どんな異世界に転生するんやろなぁ」

 

 ポジティブやないか。

 

「は?異世界?」

 

「そそ。今流行ってるやろ?」

 

「実際に転生するっていう形で流行ってるわけちゃうぞ、アレ」

 

 あくまで物語として流行っているだけで、実際にやる形で流行っているわけではない。異世界転生なんて現実にあるわけがないし、第一あったとしてそれがどうやってこっちの世界に伝わってくるのか、という問題が出てくる。

 

「あんなもん現実にあるわけないやろ」

 

「でも死んだこともないのにそんなんわからへんやん」

 

「……まぁそう言われると」

 

 ない、と断言していいくらいないと思っているが、確かに死んだことがあるわけでもないし異世界転生があるのを証明できないのと同じようにないことも証明できない。なるほど、アホのくせによくやる。

 

「せやったら異世界転生はある!って考えた方が楽しくてええやん?」

 

「それはそうやな」

 

 やろ?と得意気に笑うクラスメイト。どうやらこのクラスメイトは世界最後の日でも変わらずポジティブらしい。

 

「でな。転生するならどんなとこがいい?」

 

「どんなとこって?」

 

「例えばファンタジーな世界とか」

 

 俺も学生なのでそういった創作物にはある程度触れてきている。ファンタジーな世界と言えばやはり魔法。俺たちのような科学まみれな世界で育った人間は魔法に憧れること間違いなし。更に男なら一度は憧れる戦闘もあり、剣と魔法を手に戦うその世界は確かに魅力的だ。

 

「ええかもせえへんな、ファンタジー」

 

「でも私みたいに可愛い女の子やったら、屈強な男たちに襲われへんかっていう心配があんねんな」

 

 言って、悩ましげなため息。そもそも異世界転生をしたときに元の容姿で転生するのかというところが気になるが、どうせこのクラスメイトなら顔が変わったとしても綺麗なんだろうから触れないでおこう。男たちに襲われるっていうのも否定はできないし。

 

「それやったらめちゃくちゃ汚いカッコして、男を萎えさせたらええんちゃう?」

 

「私女の子やから身だしなみには気ぃ遣いたいやん」

 

 それもそうか。襲ってくる男を警戒してなんで女の子側が汚くならなきゃいけないんだっていう話になるし、これは俺が失礼だった。

 

「なら女好きっていうことにして、精神的な面で男を突き放したらええんちゃう?」

 

「私別に女の子好きちゃうのに自分偽らなあかんの?」

 

「しゃあないやろ襲われたくないんやったら」

 

「女の子のことが好きな女の子のことが好きな男がおるかもせんやろ!」

 

「ややこしいな!」

 

 つまり、男のよさを教えてやるよっていう男がいるかもしれないってことだろう。確かにいないとは言い切れない。俺は男だからそういうえっちな本があるということを知っている。別に俺が好き好んで読んでいるわけじゃないが、知っている。

 

「ならどんな男よりも強くなって、襲われても大丈夫なようになったらええやろ!」

 

「私は男の人に守られたいって願望があんのに、どんな男よりも強くなったら守ってもらわれへんやろ!」

 

「知るかそんなもん!」

 

「人の願望をそんなもんって言うなや!」

 

 あんなにみんなを引っ張っていたのに守られたい願望があるって可愛いなこいつ。あぁ言えばこういうからムカついてきてるけど。

 

「なら世界最強の男よりちょっとだけ弱いくらいまで鍛えて、その男に守ってもらったらええやろ!」

 

「その男に襲われたらどうすんねん!」

 

「お前を守ってくれてんやから結婚せえや!そうしたら襲われたってことになれへんやろ!」

 

「それやったら私は生まれた瞬間から『あ、私は世界最強の男と結婚すんねんな』って思い続けて、すべての恋愛がおもろなくなるやろ!」

 

「世界最強の男とゴールインする前に色んな恋愛できるんやったらおもろいやんけ!」

 

「私は運命の人が決まってるのに他の人になびいてしまってる自分がおもんないって言うてんねん!」

 

「カッコつけんな!」

 

 世界最後の日になんの話をしてるんだろう、という考えが頭をよぎったがそれを頭の隅に追いやって、文句しか言わないクラスメイトを睨みつける。こいつのどこがポジティブなんだ?さっきから俺の提案をめちゃくちゃな理由で却下しやがって。ポジティブなら「えー!それいいー!」ってバカみたいに肯定しろや。

 

「なら誰もおらんような秘境に行って一人で暮らせ!そうしたら誰にも襲われへんやろ!」

 

「確かに誰もおらんとこで一人で暮らしてたら普段は襲われへんわ!」

 

「襲われへんやろがい!」

 

「でも秘境って言うたら修行も修行、ザ・修行スポットやろ!しかも歴戦の猛者タイプの修行スポットや!そんなやつがきてもし見つかったら襲われるに決まってるやろ!」

 

 そんな状況で襲われたら助けもないし、自分でなんとかするしかない。秘境に住んでるなら地の利を生かして逃げられるだろうとは思うが、そんなことを言っても屁理屈で返されるに決まっている。それなら、

 

「……ほな男になれや!」

 

「どういうことやねん」

 

 俺の言葉にクラスメイトが訝し気な視線を俺に向ける。なんでお前にそんな目で見られなきゃいけないんだという言葉をぐっと飲みこんで、一気にまくし立てた。

 

「男に襲われたくないんやったら男に転生したらええやろ!男に転生したら体に引っ張られて女の子が好きになるし、男からも襲われへんし何の心配もないやんけ!」

 

「もし私が女の子好きになられへんかったらどうすんねん!」

 

「男と付き合え!」

 

「男に転生して男と付き合うってどんだけトリッキーなことしてんねん!」

 

「なら俺が女なってお前と付き合うわ!それやったら身体的にも精神的にも男女になるから何の問題もないやろ!」

 

「言うたなお前!後で嫌って言うても知らんからな!」

 

「何でもやれや!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多くの自然に囲まれた平和な村。近くにいる都に守ってもらっているこの村は安全であり、普通なら成人すれば都に行く若者もこの村に残ることが多く、都でも『若い村』として有名である。

 

 そんな『若い村』から明後日、二人の若者が都に行く。

 

「確かにあの時はなんでもやれって言うたけど!」

 

「約束したやろ!それを破るのは男らしくないぞ!」

 

「今は女やからノーカンノーカン!」

 

 滅亡した世界からまさかの異世界転生をした俺たちである。しかも性別がお互い逆転して。

 

「大体、何年我慢したと思ってんねん!前世から知ってる可愛らしい女の子が、しかも前世で何やってもいいって約束してくれた女の子がずっと近くにおんのに16年間我慢してきたんやぞ!褒めて舐めろ!」

 

「男の性欲を知ってる者として褒めはするけど舐めはせんわ!」

 

 俺はエリス・ゼーラ、クラスメイトはリオス・アウリエという名前になり、前世で話していたような魔法があるファンタジーな世界に転生した。容姿もがっつり変わり、俺は薄い青の髪を腰まで伸ばし、同色の瞳、リオスが言ったように可愛らしい顔をしている。俺が男なら思わず求婚しちゃうくらい可愛い。いや、精神は男なんだけども。

 

 今俺を抑え込んで襲おうとしているリオスは白い髪をツンツンと逆立たせ、嫉妬するくらい綺麗な黄色い瞳に、俺が男だったら思わずボコボコにしておもしろアートにしたくなるほど綺麗な顔をしている。襲われている今おもしろアートにしてやってもいいのだが、実力的に無理だ。

 

「やめろ!俺はまだ女の子が好きやねん!」

 

「男の良さ教えたるわ!」

 

「お前が心配してたやつにお前がなってどうすんねん!」

 

 まさか本当に女の子のことが好きな女の子のことが好きな男がいるとは。いや、女の子のことが好きな女のことが好きな精神的に女の子な男?ん?は?

 

「ほな最後までは我慢するから、めちゃくちゃディープなキスしていい?」

 

「ええわけあるか!あとディープで深いって意味あんのにめちゃくちゃディープってなんやねん!喉舐めんのか!」

 

「教えたるわ。んー」

 

「やめろ!ほら、お前前世で襲われるの嫌がってたやろ!?お前は今お前が嫌がってたことと同じことしようとしてるんやぞ!」

 

「へへ、そもそも私の部屋にのこのこ入ってきた時点でほんまは嫌じゃないってことはわかってるんやで?」

 

「明後日都に行くから真面目な話すると思うやろ!普通!」

 

 部屋に呼ばれたのは明後日都に行くから気合入れようぜ、みたいな話するのかと思いきやいきなり押し倒されるって、めちゃくちゃ怖いぞ。あ、俺男の頃より筋力落ちてるな、とか男に力で勝てないんだな、とか色んなことが怖い。なんで前世であんなこと言っちゃったんだろう。

 

「真面目な話、子ども作らへん?」

 

「そういう真面目な話ちゃうねん!もっとこう、これからについてとか!」

 

「これからについてのことやん」

 

「そうやけどそうやないねん!」

 

 ベッドの上で攻防を繰り広げる。もう魔法使ってもいいんじゃないか?こいつアホだから幻術とかめちゃくちゃ効くだろうし、幻の俺に腰を振ってもらおうかな。幻でもいやだけど。ただ、こいつが本気を出せば今頃めちゃくちゃになっているので、全力で襲ってきていないことが唯一の救いだろう。

 

「ほら、明日みんながお祝いしてくれるみたいやし、今そんなことしたら体力なくなってまうやろ?」

 

「私の性欲とみんなのお祝い、どっちが大事かわかるよな?」

 

「お祝いに決まってるやろ!」

 

 せっかくみんながお祝いしてくれようとしているのに、こいつは自分の性欲の方が重要だというのか。……元男としてわからないでもない。男はしょうもない生き物なので、こうなってしまうとモラルが一気になくなってしまうのだ。それにしたってなさすぎだと思うが。

 

「大体、これからは魔物と戦う日々が続くしいつ死ぬかわからんからヤれるうちにヤッとかな損やろ」

 

「損得で人の純潔を散らそうとすな!」

 

 このままでは本当にやられてしまう。まだ男としての心が残っている今それだけは勘弁してほしい。いくら前世が女の子だったからって今見た目は完全に男だ。俺からすれば男の俺が男に襲われているのと同じこと。

 

 じわじわ追いつめられもうダメかと諦めかけたその時、部屋の扉がバン!と勢いよく開けられた。

 

「何してんの!」

 

「お母さん!」

 

 現れたのはリオスのお母さん。息子が女の子を襲う姿を見て怒り心頭なのだろうか、眉間に皺を寄せてとても怖い顔をしている。

 

「ちゃうねん!これは……」

 

 俺の上から離れて弁明を始めるリオスに、リオスのお母さんはすぅ、と息を吸うと村中に響くくらいの大声で言った。

 

「えっちなことは!!!都で!!!しなさい!!!」

 

 そうじゃないんやけどなぁ、という呟きはリオスのお母さんの叫びの余韻にかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

「才能ある若者の門出にィィィイイイ!!!」

 

「かんぱァァァアアアい!!!」

 

 俺たちの村では、明日都に出発する俺たちを祝う宴会が執り行われていた。ちなみに今の乾杯は7回目の乾杯であり、初めは遠慮がちにちびちび飲んでいたリオスも今では中心に立って豪快に酒を飲みほしている。16歳で成人に数えられるこの世界ではもちろん酒も16歳から解禁となるが、俺は前世の感覚がまだ残っており、酒に口をつけていない。

 

 酔ってしまえばリオスに襲われそうだし。

 

「なんぼのもんじゃ!!」

 

「また樽が空いたぞ!」

 

「こうなったら酒で殺してまえ!もっと持ってこい!」

 

 俺が襲われると心配しているリオスは村の人たちに酒で殺されそうになっているのでいらない心配かもしれないが、用心するに越したことはない。というか初めて酒飲むのに強すぎない?リオスの近くに樽三つくらい転がってるし。

 

「エリスは飲まんでもええの?」

 

「おばさん」

 

 そんなリオスを遠巻きに眺めていると、背後からリオスのお母さんがひょっこりと顔を出した。昨日あんなことがあったから正直言うと気まずいが、おばさんが気にしていないようなのでこちらもそのことには触れずいつもの調子で返す。

 

「ちょっと怖くて。それに、リオスがあんなんですから俺がしっかりせんと」

 

「お嫁さん根性?」

 

「弟みたいなもんです」

 

「つれへんなぁ」

 

 言って、朗らかに笑ってお酒を一口。リオスを産んだ人だから当然綺麗な顔をしていて、人妻だろうが知ったことかと求婚したくなる女性であるおばさんに、俺はものすごく悩まされている。どうもこの人は俺とリオスをくっつけたいらしく、ことあるごとにさっきのようなからかいを交えてくるのだ。俺が心から女の子ならリオスに子宮から惚れているだろうが、生憎俺の心は男の子。おばさんの期待に応えることはできない。

 

「ほら、あの子どことなくふらふらしてるとこあるやろ?エリスはしっかりしてるから、お嫁さんになってくれたら安心かなぁって」

 

「別に夫婦にならなくても一緒にいればいいじゃないですか」

 

「孫の顔」

 

「リオスにいい人ができたら俺が退散するんで、心配いらないです」

 

 旅に出ればきっとリオスにいい人が見つかるだろう。前世では女の子を好きになれないって心配していたが、昨日の俺に対する所業をみるに女の子大好きになってるっぽいし、案外早く離れる時がくるかもしれない。そうなれば俺は女の子が好きな女の子を探し、清らかな恋愛を楽しむのだ。

 

「んー、リオスはエリス以外あかんと思うんやけど」

 

「んなことないですって。リオスなら選り取り見取りでしょうし」

 

「エリスー!!私と結婚して帰宅した私に『おかえりなさい。ご飯にする?お風呂にする?それとも……私、がいいなぁ』ってメスの顔しながら出迎えてー!!」

 

「ほら」

 

「あんな具体的で気色の悪い妄想ぶちまけてくる相手はごめんです」

 

 なにやらくねくねしながら近寄ってきたリオスを押しのけつつ、おばさんに「むりです」と首を振る。どうやらリオスの中で俺は淫乱女になり果ててしまっているらしい。性欲まみれの脳の哀れなリオスに呆れた俺は、近くにあった水をリオスに無理やり飲ませてやった。これで少しはマシになるとはいいが、元々おかしなやつなのであまり効果は期待していない。

 

「エリスが飲ませてくれるとただの水でもおいしいなぁ」

 

「ならドブ水飲ませたろか?」

 

「ドブ水はマズいに決まってるやろ。何言うてんねん」

 

「腹立つ!」

 

 地味に胸まで伸びてきていたリオスの手を払いのけて軽くビンタ。こいつ俺に対してなら何をしてもいいって勘違いしてないか?無許可で触ってきたら思ってるよりもあっさり殺すぞ。

 

 酔いが回ってきたのか体から力が抜けて寄りかかってきたリオスを仕方なく支え、明日から大丈夫かな、と不安が募る。主に貞操的な意味で。リオスはやるときはやるやつなので生死については心配していないが、ヤるときはヤるやつでもあるのでそっちが心配だ。宿は絶対に別の部屋でとろう。

 

「リオスが死んだからお開きにするか!」

 

「エリスー!襲われんなよー!」

 

 じゃああんたらがこいつ持ってけよ、という提案も空しく村人たちは自分の家に帰って行ってしまう。こういうときってお開きの挨拶とかあるもんじゃないのかと思ったが、この人たちは酒が飲みたいだけなのでそういうのはどうでもいいのだろう。お祝いと言いつつ俺はほとんど放置されてたし。「エリスみたいな綺麗な子が近くにいると何するかわからんから、あっち行っとけ!」って言われたから避難しただけだけど。

 

「んー……」

 

「あーめんどくさ。おばさん、手伝ってくれません?」

 

 リオスの体を引っ張り上げて肩を貸しながらおばさんに助けを求める。このままここに放置していってやってもいいのだが、それをすると明日の出発が遅れてしまうかもしれないのでナンセンス。ならおばさんの助けを借りてこいつを部屋まで運んだ方がいい。そう思って求めた助けに、返事はなかった。

 

 不思議に思って周りを見ると既に人っこ一人おらず、あるのは空になった酒樽と静寂のみ。あと酒に潰されて俺に担がれてるバカ。

 

「……んー」

 

 俺は考えるのをやめて、リオスの体を引きずりながらリオスの部屋へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リオスをベッドに向かって投げ飛ばし、そのまま俺もベッドに座る。女の子の非力さを思い知った。魔法は使えても別に体は鍛えていないため、むしろ平均より筋力がない俺からすればリオスの体をここまで引っ張ってくるのは一苦労だった。なぜかリオスの家についてもおばさんいないし。こりゃうちの方で飲みなおしてるな?

 

「うぅ……」

 

 こいつも黙ってりゃただのイケメンなのに。村の女の子たちもリオスにはデレデレだし。こいつの性格はふざけているが、優しい上に明るくしかも強い。モテない要素がない。羨ましい。村の女の子たちは俺のことを羨んでるけど。恐らくリオスとの距離が一番近いからだろうが、羨ましいなら即刻譲ってあげたい。昨日襲われるまではリオスの隣にいるのは心地良いものだったが、今はいつ襲われるか気が気じゃない。

 

「えりすー、水……」

 

「はいはい。勝手に台所使うで?」

 

「んー」

 

 ダメ亭主を相手にしているような気持ちを味わいつつリオスの部屋を後にし、台所に向かう。生まれてからずっとこの家には入り浸っていたので食器の場所も家具の配置も、更にはへそくりの場所まで把握している。おばさんが使っているであろうものすごい道具を発見してしまったときはつい興奮してしまった。エロ漫画なら俺とおばさんの濃厚な絡みが始まったことだろう。

 

 バカなことを考えながら台所に到着した俺はグラスを二つ取り出し、水を入れる。リオスのバカの分と自分の分だ。リオスの酒臭さに少し酔ってしまったらしく、なんとなくふらふらする。どうやら俺は酒が弱いらしい。

 

 水の入ったグラスを手にリオスの待つ部屋に向かう。寝てくれていると助かるなぁと思いつつ部屋に入ると、願い空しくリオスは起きていた。しかもベッドに座って少し回復した様子だった。

 

「ほら、持ってきたで」

 

「ん、あんがと」

 

 俺の手から二つのグラスをひったくったリオスはその両方を一気に飲み干し、満足そうな顔で俺に笑いかけた。いや、それ片方俺のなんだけど……。

 

「ちょうど二杯欲しいと思っててんなぁ」

 

「……まぁええわ」

 

 湧いてきた怒りもリオスの間抜け面を見たらどこかへ吹き飛び、俺は少し笑ってリオスの隣に座った。酒が入っているためか、リオスの体温がいつもより高く感じる。火照った顔がどことなく可愛らしい。

 

「明日やなぁ」

 

「明日やで。やのにそんな飲んで、だらしないなぁ」

 

 本当に大丈夫だろうか。二日酔いで出発できないなんてことにならなければいいが、そのときはたたき起こしてでも連れて行こう。俺の労力が半端ないが、リオスはそうされた方が辛いはずだ。それならその程度の労力は苦じゃない。

 

「てか、酒飲んでなかったな」

 

「そりゃリオスがあんだけ飲んでたらな。一緒に旅に出る以上、どっちかがしっかりせなあかんやろ」

 

「酔った勢いでヤれると思ったのに」

 

「大学生の新歓か」

 

 まだあぁいう性犯罪者パーティは存在するのだろうか。こっちにも似たようなものが存在するなら気を付けなければならない。リオスはその辺り頼りにならない気がするし。

 

「でもさ、実際ほんまに嫌なん?私みたいなイケメンに抱かれるんやで?」

 

「逆に聞くけど、前世で俺に無理やり襲われたらどう思う?」

 

「待ってたけど」

 

「ん?」

 

「待ってたけど?」

 

 雲行きが怪しくなってきた。リオスの潤んだ瞳が俺をじっと見つめ、そっと手を重ねてくる。

 

「自分でもチョロいと思うけど、もうあの時には惚れてたし、抱かれてもいいって思ってたし」

 

「ちょっと待って。ヤるためにアプローチの仕方変えてきてる?ストレートがあかんなら変化球みたいな?」

 

 今ものすごくややこしい状況だ。昨日リオスは男として女の俺に迫ってきていたが、今は女として男の俺に迫ってきている。正直少しクるものがある。えー、俺前世で襲ってたら受け入れてくれたんだ。ヤッときゃよかった。

 

「姿と性別が変わっただけやん?それにさ」

 

「な、なんやねん」

 

 リオスは自然な動作で重ねていた手を俺の顎に添えて軽く持ち上げると、俺の唇を親指で一撫でしてから耳元に顔を寄せて、

 

「私なら、ほんまの女の子の良さ教えてあげられるけど?」

 

「──」

 

 お、落ち着け落ち着け。流されるな。こいつは今腹の奥で「もう少し、もう少し押せば行ける!」って考えてるはず。なぜなら前世の俺がこいつの立場なら絶対そう思ってるから。男はヤるためならどこまでも狡猾になれる生き物だ。そのためならどんなことでもするし、愛情を持ってヤるときなんて人生に数回しかない。いや、愛情を持ってたらいいってわけじゃないしなんとなく今リオスは愛情を持って俺に接してくれてるなって感じていたりもするけどそういうことじゃなくて、

 

「エリス?」

 

「ま、まって」

 

 昨日はいやらしいとしか思わなかったリオスの表情は、今日みるとなぜか色っぽい。いつのまにか押し倒されてるし体がリオスの脚に挟まれて動けないしなんか優しく撫でられてるし!ずるい!俺が前世で女の子にやりたかったことを俺にしやがって!あれ?それなら俺もこの世界で女の子に同じことすればよくね?いやいや違う違う今考えるべきはそんなことじゃない。いかにしてこの状況から抜け出すかを考えなければならない。

 

「んー?昨日はあんなに抵抗してたのに、今はあんまりやなぁ」

 

「ほ、ほら。酔っ払いを手荒く扱うのもなんやし?」

 

「手荒くって、そんな手荒くせんでも抜け出せるくらいには力弱めてるつもりやけど?」

 

 言われて気づく。そういえば俺の体を挟んでいる脚もそこまで力が入ってないし、そもそも腕は抑えられていない。結構自由な状態だ。じゃあなんで俺は抜け出さないんだ?

 

「期待してる、とかなら嬉しいなぁ」

 

「バカアホ間抜け!俺がいつこんなしょうもないことで股ァ濡らすような女ンなった!!?」

 

「口悪っ」

 

 俺の罵詈雑言をものともせず、リオスは俺の首元に顔を埋めて、そのまま首筋にキスを落としてきた。なぜか訪れたびりっという感覚に『あぁ、そういやこいつ雷の魔法使うよなぁ』とどうでもいいことを思いながらとうとう全身から力が抜ける。顔を上げたリオスを見ると、勝ち誇った顔で俺を見下ろしていた。

 

「お、メスの顔してる」

 

「今すぐ俺を殴れ。歯の数が少なくなったらお前も萎えるやろ」

 

「じゃあ俺の歯が赤ちゃんの本数になったら、今エリスは抵抗するんか?」

 

 そうでもないかもなぁ、と返すと、リオスはニヤリと笑って服を脱いだ。

 

 その夜。俺の初めて(せかい)奪われた(ほうかいした)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。村人の声援を背に俺たちは旅立った。昨日あれだけ飲んでいたのにぴんぴんしているリオスの回復力に安心しつつ、腰をさすりながらリオスを睨みつける。

 

「……」

 

「3回やで?」

 

「昨日ヤった回数が気になって睨んだんちゃうねん」

 

 嬉しそうに三本の指を立てるリオスを軽く殴って、ため息。

 

「勘違いすんなよ。俺はまだ女の子が好きやし、どうにかして男に戻ろうとすら思ってるからな」

 

「あー、ファンタジーやしそういう魔法があるかもせえへんな」

 

 昨日は流されてあぁなったが、今後あぁいうことはない。俺はまだ女の子が好きだ。恐らく。今日朝起きてから男を見てドキッとすることがなかったからそのはずだ。だから、俺はどうにかして男になる方法を探して男になり、可愛い女の子といろんなことをしようと思う。昨日俺がリオスにされたように。

 

 ムカつく!

 

「それなら、私も女の子に戻ったらええんちゃう?そしたら今度はエリスが男で、私が女で、ヤろうや」

 

「いいんですか!?」

 

「まぁ男と女が入れ替わる方法が見つかる前に、エリスをマジモンのメスにしたるわ」

 

「ひぃ」

 

 こうして。

 

 俺は男に戻って女の子と色んなことをするための、リオスは俺をマジモンのメスにするための旅が始まった。本来の目的は世界平和のために魔物の親玉を叩くことだが、そんなものより男に戻る方が重要だ。

 

 どうせ、世界はいつか滅亡するんだから。



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