【プラチナの感想】
「何も執務室でやる必要はなかったんじゃない?」
食事を取るには向いているとはとても思えない配膳のされ方をした(コピー機の上に置かれている)籠からパンを取りながら私はそう言う。
「それだとドクターが逃げるかもしれないじゃん。」
「ドクター?」
「…否定はしない。」
開き直ってそう言ったドクターに聞こえるよう私はわざとため息をつく。
事の経緯の初めは、執務室では龍門の件で会議が行われていた所からはじまる。
アーミヤ、また作戦に参加するオペレーターに誰にするべきか相談する為にドーベルマンも呼ばれて、ひとまずの指針は決定したんだ。
その後はケルシーの交渉の途中経過を待つことになって今日は解散…となるはずだったんだけど…。
実際しばらく談笑した後他の仕事を抱えたアーミヤが離席した。
だけど、全員が煙草を吸い始めて執務室がかなり煙たくなってきた頃突如グムが乱入。
ドクターが取り押さえろと命令しかけて慌てて口を塞いでたね。
場が落ち着いて理由を聞けばドクターが
自業自得と思わないでもないけど…。
結局ドクターは平謝りしてた。被害者だっていうのにそうできるのはちょっと凄い。
じゃあ今度はいい噂を流して、と返事も聞かず食材を執務室へ搬入していくグムを私達は呆然と眺めるしかなかったよ。
給湯室は併設されてるみたいだけど調理できるのかな…って思ってたらサバイバル用のヒーターも運び込まれてた。用意周到だね。
丁度いいから二人も一緒に食べていけ、と誘われた時は珍しかったから、まぁ親睦を深めるのもいいかもね、って照れ隠しするくらい嬉しかったんだ。
置かれた段ボールの一つが一人でに動いたのを見るまではね。
プラマニクスも初陣祝いにかこつけて呼ばれたのはご愁傷さま。仲間(犠牲者)は多い方がいいからいいけどさ。
クロワッサン?彼女は自分からやってきたよ。どこで聞いたか知らないけど、上物のワインをケース毎持ってきて混ぜてやーって。勿論皆暖かく受け入れたよ。
…直接彼から聞いたわけじゃないけど彼が倒れた理由は最早ロドスで周知の事実だったから知ってる。
あの時はロドスの実質的なリーダーの一人が倒れたんだから当たり前だけど酷い騒ぎだった。
グムがドクターを暗殺したとか、いや食材を入荷した時点で毒が盛られていたとかいろんな噂が飛び交ってたっけ。
ドクターの意識が回復してから噂の否定とオリジムシのロドスへの持ち込み禁止の掲示が置かれた時は笑えたけど自分が同じ立場に置かれたら苦笑いしか出てこないね。
今から出てくるのは普通のメニューだといいけど…。かたくなに何を出すか言わなかったし。
「まぁまぁ、タダ飯やしラッキーやと思とこ。あ、酒大丈夫?」
「…ありがと、貰うね。」
どんどん飲み、とクロワッサンが言って赤い液体が紙コップに注がれていく。透き通っていて綺麗だと思った。
口をつけてみると見た目に反しない水晶のように鋭い酸味がワイン独特な苦味の中に刺すのを感じてつい口が緩む。
「いやぁ、カジミエーシュ出身から感想もろたらええ謳い文句になるわ。」
ぎょっと彼女の方を見れば目を輝かせながら一心不乱に何事かメモしてた。
ちょっと怖い。
「…馴染み深いけど、味にうるさいってわけでもないよ。」
相変わらず商売に繋がることは抜け目ないなぁ。
平常運転の彼女には皆も苦笑いを隠せないみたい。
カジミエーシュじゃアルコールといえばワインなのは有名な話。
それなりに権力を持った人や名の知れた騎士達は、それが一つのパロメーターだと言わんばかりにこぞってワインの貯蔵庫の大きさとか歴史あるワインを持ってるとか、馬鹿みたいに喧伝してたから。
そのおかげか一般市民の間でも質の良いワインを飲めたのは確かだったんだよね。
「イェラグは蒸留酒が主なのでワインを飲むのは初めてです。」
「…プラマニクス、その、いいのか?」
「はい、ドーベルマン教官。カランドの祭事でもたまにお酒が出てきますから。…本当ですよ?」
…別に誰も疑ったりはしてなかったんだけどね。念押しされると逆に怪しい気がしてくるから不思議。
正直私は人間関係の機微に敏感な方じゃない。でもそんな私にもわかるくらいプラマニクスはドーベルマンに少し怯えてるみたいだった。今もチラチラ見てるしね。
ドーベルマンが厳しい人なのは知ってるけど…。そんなに怒られるような事をしたのかな?
執務室を取り巻く雰囲気が微妙に変わったことを察してか慌ててさらに弁明しようとプラマニクスが口を開くと時を同じくして給湯室の扉が開いたのでみんなの視線がそちらを向く。
「お待たせ!みんな大好きじゃがいものソテーだよ!」
グムが湯気がたったフライパンを持ったまま登場する。バーンって効果音が背後に見えそうだった。
とりあえず一品目はオリジムシじゃなかったみたいだ。
今皆の心が一つになった気がする。
中心のお皿に盛り付けられたそれを紙皿に移す。
ひとくち食べて味が新鮮な内にワインを飲んだ。
あぁまったく、お互いを引き立てるいい味だ。
…本当のことを言うと私はワインの味にうるさいどころか、あまり好きな方じゃない。
味がどうとか言うより、権力の腐敗の象徴みたいだったから。
赤ワインは特に嫌いだ。見た目通り血税を脂肪に変えてるように見えた。
要するに、私が嫌いなのは権力欲に塗れた低脳の嘘つき共だってこと。
考えるだけで吐き気がするくらいにね。
だけど今日は…そんな余計な事を今の今まで頭をよぎりさえしなかった。自分でも少し不思議な気がするけど、素直においしいって思える。
ロドスに来て良かった事の一つだね、と誰に言うわけでもなくそんな感想を心の中で転がした。
【プラマニクスの祈り】
「グムさんは本当に料理がお上手ですね…。」
どの料理もひとくち口にいれれば奥行きのある味わいを感じ、気づけばほうと息がついて出ておりました。
その度私にドクター達が暖かみのある優しい目を向けてくるので少し恥ずかしいのですが…この際気にしないことにしましょう。
意識しても止められなかったので諦めたとも言います。
「えへへ、そう言ってくれると嬉しいな!次の料理もすぐ出来るからどんどん食べてね!」
「ええ、楽しみにしております。」
「…カランドの巫女が認める料理…イケるわ!」
「いい加減にしろ。」
流石に皆様も彼女には逆らえないのでしょう、ドーベルマン教官が少し語気を強めて仰るので、クロワッサンさんはペンを動かす手を止めざるを得ませんでした。
ええ、お気持ちはよく分かります。本当に。
彼女ほど怒らせて怖い人を私は知りません。
残念そうにクロワッサンさんは肩を落としながら「…しゃーない。ウチだけ訓練倍にでもされたらかなわんし…。」と鞄にメモをしまいました。
「メモとりおわったしええんやけど。」とぼそりと呟かれるので、したたかな人、と言う印象が頭に浮かびます。
「強いね、クロワッサン。」
感心したように仰るプラチナさんも私と同じ感想を抱いたのでしょう。
ですが、彼女の人柄でしょうか、失礼だとは思わずどこか楽しい気分になりますね。
「ふふ…。でも、もしかするとキャッチコピーには向かないかもしれません。私がイェラグで普段口にしていたのは味の薄い料理ばかりでしたので。」
そもそもイェラグではどうしても地域柄育つ食物の数が限られている上、最近まで他の移動都市との交流もありませんでした。
ですから料理というものも発展しづらく、数える程の伝統料理も素朴な味わいです。
それはそれで…やはり故郷の味という事で私は好きなのですが…イェラグ出身でない方々だと物足りないかもしれませんね。
いい思い出の方が少ないですが…久々に少しばかり郷愁の念に体を浸からせておりますとぽつりとドクターが呟く声が耳に入りました。
「太りそうだな。」という一言が。
私の表情は凍りました。きっとカランドの氷柱より固く冷たい顔をしていたことでしょう。
場の雰囲気も凍りました。きっとイェラグの長老会議でもこれほど底冷えした空気になったことは無いでしょう。
少しずつ熱が戻る、どころか熱くなってきた顔を伏せると固まった空気に鋭く穴を開けるが如くプラチナさんが口火を切ります。
「…はぁ、これだからドクターは…乙女心が解ってないよね…。」
プラチナさんの言葉はまだ冷えきったままでしたが。
「旦那はん…言うてええことと悪いことがあるで…。」
それは…フォローして頂けているんですよね…?
「…安心しろプラマニクス。食生活が変わった程度で体型が変わるほど訓練してないわけじゃ…………………うん、もう少しサボらないよう頑張ろうな。」
……はい、ドーベルマン教官…私、頑張ります…。
「そういえばプラマニクスちゃん、毎日おかわりしてくれるよね!いやぁ作りがいがあるよー。」
ごめんなさい…今でなければこちらこそとお礼を言えたのですが…今は…これ以上ない最悪のタイミングです。
恥ずかしさで顔を挙げられません。しかし同情の視線が私に集中しているのを肌に感じます。
仕方ないじゃないですか…。こんなに美味しい料理を…満足するまで食べられるなんて…我慢できませんよ…。
「…節制の戒律とは…。」
「死体蹴りやめや、旦那はん。」
「サイテーだね。」
「私が言えた義理じゃないが、もう少し優しくしてやれ…。」
「?よくわかんないけどこの前渡し忘れたクーポン渡しとくね?おかわり50回記念の無料券!」
殺してください。
顔の赤みがせめてワインよりマシになるまでに、私は故郷の事を考えていました。
あの突き刺すような冷気を思い出して頭を冷やそうとしたとも言えますし、先程の郷愁がまだ続いていただけとも言えます。
故郷を出発する前の長老達の顔が思い浮かび、私は改めて感謝しました。
イェラグの長老達の考えていることは世俗に疎い私でも解るようなものです。
少なくとも、私がロドスアイランド製薬に赴くことができた理由については。
お兄様が社長を務めるカランド貿易に対し我々の歴史を蔑ろにしていると馬鹿にしながらその実羨ましく思っているのでしょう。
私を窓口とすればお兄様の協力も得られるかもしれず、またいざとなれば節制の戒律を楯に成果のみ奪い取ってしまおう。
そんな浅はかな考えでしょう?
ロドスに目をつけたのでさえも、お兄様と懇意であるからでしょう。
私と同じくらい世間知らずの彼らに他に選択肢もなかったようですが。
でも、それでもいいと思っていました。
何にせよ私にそれを拒むことはできないと諦めていましたから。
今となれば彼らの欲深さと、現状を受け入れるしかなく従順だった頃の自分に感謝します。
そうでなければ私はこうして誰かと食卓を囲むことの喜びを思い出すことは、ともすれば死ぬまで無かったのかもしれません。
…いえ、まぁ、太ると言われて喜んでいるというわけでも、ないのですが…。
とにかく私はロドスに来れたこと、そしてロドスの皆様と絆を深める事が出来たことを、何度でもカランドの山々へ感謝するのです。
願わくばいつまでもこんな生活が続きますように。
どうかこの祈りが遠く遥けき山々へ届きますように。
信仰を忘れたことはありませんが、久々に私はそう祈りを捧げたのでした。
【ドーベルマンの追憶】
「だからドーベルマンは甘やかしすぎなんだよ。」
「プラチナさん…酔っているんですか?酔っているんですよね?」
「これ以上厳しくなったら店番に立つんも無理やで…?」
実際私から見てもプラチナは酔っているように見える。
白かった顔が先のプラマニクスより赤く染まってまぶたは半分落ちている。
だが、だからこそ彼女の言葉は本心なのだろうと解釈した。
「そうか…やはりそうじゃないかと思っ」
「ハイこの話終わり!もっと楽しい話がええよな!儲け話とか!」
「そうですね!食事の話とか!」
給湯室から「オリジムシの調理法とかー!」と叫ぶ声も聞こえる。
ドクターが震えた。
私はそれら全てを無視して話し始める。
「訓練とは実戦を超えることが難しいものだが、それで良しとしてしまえばいざ苦労するのは兵士達だ。経験のないこと…想定外の事態はそれだけで生存率を大きく減らす要因になる。
想定外を減らすにはどう動けばいいか。
想定外が起きた時どう動けばいいか。
どんな状況であれ現状把握ができるか、体の使い方、それら含めた戦術構築…。
いずれも今のままでは不十分な気はしていた。
前々からもっと高負荷の状況を想定した練兵をすべきかと考えてはいたんだが…。」
「今のままだとキラーランクでいえばブロンズがいいとこだね。…まぁ、たまに、いいとこまでいってる人もいるけど。私程じゃないけど。」
やはりそう思うか。
頷く視界の端で絶望した表情の二人が見えた気がした。
いや、気のせいだろう。訓練の質が上がるのだ、喜ぶことはあれど悲しむはずがない。
しかしそうなれば明確な目標があった方がよりモチベーションがあがるだろう。
そうだな…。
「…では目指すは全員がプラチナランクだな。」
「……………無理だよ。」
「いや、訓練は裏切らない。」
「その話まだ続くん?飯の味せんくなってきたんやけど。」
「え!?」
「大丈夫です、グムさん…美味しいですから………まだ。」
「今すぐやめないとご飯抜きだよ、二人とも。」
「私が悪かった。」
「ごめん。」
…公私混同が過ぎた。私もクロワッサンの事を言えないな。
反省していると、くくく、と人の悪い笑い声が一瞬産まれた静寂にいやに響く。
「…何がおかしい、ドクター。」
「いや、すまないな。ドーベルマンが怒られている光景はどうも新鮮だった。」
「…私だって失敗する時もある。」
確かに普段は逆の立場だが。
しかし、口が滑ったな。どうにも調子が悪いようだ。
…教官としてそんな弱気な事を言っては指導を受ける側は不安になるだろう。せめて新人のプラマニクスの前では気を張っていたつもりだったのだが…酒のせいか?クロワッサンの言う通り中々上物だ。
おかげでもう何杯目か覚えていない。
「まぁ珍しいわな。」
「ふふっ…ちょっと安心しました。」
「…何がだ?」
「ドーベルマン教官って何でもできて、だからこそ人に厳しいというか…」
「あー、自分ができるからなんでできへんのかわからんみたいな。」
「ええ、まぁ。ですのでそういうわけではないのだと思いまして。」
「彼女は努力家だ。どうしてできないのかを聞くのは決して嫌味ではなくそれをもとに一人一人にあった訓練計画を考えたいからだ。
数字の羅列から熱意を感じさせるのはなかなか出来ることではあるまいよ。」
…また、何とも面映ゆいことを。
急に椅子の座りが悪くなったかのような気分を覚える。
練兵は私の性に合っている。人に教えることがこんなにも楽しいとは、拷問官時代の私は思ってもみなかったろう。
ある程度の自負はあるがこうして面と向かって言われると…なんとも、な。
「…ふーん、でもカジミエーシュ無冑盟の方が努力家だから。
目隠ししたまま四方から襲撃するとかあるし…。」
「なんだそれは。採用しよう。」
「死にますよ…?」
「一生飯抜かれてしまえ。」
「二人とも!」
「「わかったもうしない。」」
私たちのやり取りを見て朗らかに笑っているドクターを見て考えることがある。
私が知る限り、以前のドクターはここまでオペレーターとの距離が近くなかったと記憶している。
かといって辛辣だったということではない。チェルノボーク事変より前は練兵がそれほど必要性が無かったという理由もあるのだろう。
限られた資金、兵士、時間…それらを考えればむしろ熱心だったとも言える。
だが少なくとも…こうして執務室で食卓を囲むなど聞いたことがない。
…執務室はそんなことをする場ではない事は置いておいて。
纏う空気が変わったというか…。
駄目だな。私では以前のドクターと違うと感じる理由を明確に説明はできない。
チェルノボーク事変以降に加入したオペレーターが大半のため、共感できるとしてもアーミヤと何人かくらいだろう。
それは記憶喪失が関係しているのか、環境の変化のせいなのか。
「…どうかしたか、ドーベルマン?」
長い間考え事に耽っていたせいかドクターが私を気遣う。
そうだ、この人はこんな風に気を使える人だったか?
率直で、逆に言えば不器用なやり方だ。
むしろ以前の方が気は回っていた。完璧すぎるほどに。
ただ、だからこそ機械的というか…
まるで、替えのきかない駒を見るような…
「…いや、気にするな。」
結局私は手を振ってそう返した。
いくらこねくり回したところで答えが見つかるわけでもない。
私としても今の方が好ましいことであるし。
それにもしかすると難しく考えすぎただけで、誰かと煙草を吸いながら話した何気ない会話、そんな下らない事がきっかけなのかもしれない。
そうして私は仕様のない思考を乱暴に放棄した。
続きは未定。
中々更新できないなか、評価やお気に入り本当にありがとうございます。
おかげで頑張れます。