「リーダー!!」
「ドアが開ききるまで待てなかったのか?」
「それどころじゃないんだよ!!」
自動ドアが開き始めた瞬間にねじ込むようにして入ってきたエクシアに若干引きながらコンソールを動かす手を止めた。
戦闘中以外は…いや戦闘中でも結構能天気なエクシアだ。
ここまで取り乱すほどの何かが起きたのかと思い、その尋常ならざる剣幕に気を引き締め直した。
「どうした、何があった。もしやレユニオンが新たに何か動きでも…」
「酒が無い!!」
「…は?」
「だから酒が無いんだって!!」
沈黙が執務室を支配した。
エクシアはこの世の終わりのような悲痛な顔をしている。
向こうからは見えないだろうが私も同じような顔をしていた。
世界に誇れる我らが主力スナイパーがこんな…こんな情けないことで血相を変えて執務室に殴り込んでくるとは…。
「…クロージャに言え。」
「次の入荷予定は来月だって言われたよ!!そんなに待てるわけないじゃん!!」
「なら禁酒しろ。休肝日を作れ。肝臓は一度駄目になったら一生ものだぞ。」
「できてたら世話無いって…。そもそもリーダーの所為だからね。」
私が?…いや、なんの話だ?
断っておくが私は酒はたしなむ程度であり、(一週間に一度飲むか飲まないか、それくらいだ。)エクシアが飲む何分の一かわからないが、十を下回ることは恐らくない。
なのでエクシアが原因だというならまだしも私が原因だと訴えられても心当たりがない。
「この前宿舎で飲み会やったじゃんか、あれの所為だよ…。
普段飲まないような人まで参加してたし、あれで在庫が底をついたんだって。」
「あれは…いやそうだとしても自業自得だろう。
あの場で最後まで飲んでいたのはお前とフロストリーフだけだと聞いたぞ。」
言われてつい先日のことを思い出す。
あの時はひどかった。
杯を空けた瞬間注がれる酒、何度繰り返したか解らぬうちに気づけば眠っていたらしい。
「起きたか、ドクター。」という言葉と共にフロストリーフに渡された水を一息で飲んで周りを見渡すと大量に並ぶ底のついた酒瓶、ゴミ袋に乱雑に投げ捨てられた空き缶、ここが戦場であったかのように転がる戦士たち。
例えばスカベンジャーはバーカウンターと壁の狭い隙間で更に縮こまるようににして眠っていたし、パフューマ―は椅子に突っ伏しながら片手で一升瓶を抱えていた。ほかも似たりよったりだが、マトイマルが角を空いた棚に突っ込みながら寝ていたのは少し笑った。
それにしても死屍累々と言う言葉をとてもよく似合う状況であった。
そんな中生き残っていたのがフロストリーフとエクシアである。
私が目を覚まし、自室に帰った後も飲み続けていたのだというのだから恐ろしい。
周囲のゴミの山のでき方から二人だけであの場の半分のアルコールを消費していたのではないだろうかと思い返すほどである。
「いーや違うね、リーダーが今日は飲んでいいっていうからだし。」
「限度があるだろう。私はロドス中の酒を飲みつくせとは言ってない。」
「そういう意味だと思うじゃん?」
「…指揮官権限としてエクシアだけ禁酒令を出そうか。」
「フロストリーフは!?」
「文句を言ってるのはお前だけだ。」
「ごめんって。」
微塵も悪く思ってなさそうな顔であった。
あの飲み会の翌日も元気にドローンを撃ち落していたので指揮官権限なんぞ使えない気もするが。
溜息をつく私にへらりと笑いながらエクシアが近づいてくるのが視界の端に映る。
何を、と思った次の瞬間エクシアは私を通り過ぎ、奥の戸棚の一番下を開いた。
「今度奢るからさ。とりあえず今日はこいつで一杯やらない?」
ほら、アップルパイも焼いてきたんだよ、と片手にランチケースを、も片方の手には私の秘蔵の蒸留酒を持って満面の笑みを見せる彼女を見た私は…
「…アップルパイはつまみとしてどうなんだ?」
形ばかりの抗議をした。
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「ラテラーノ人はどちらかと言えば禁欲的な方だと思っていた。」
「あー…まぁ、他はそうなんじゃない?昔はもっときっちりしてたらしいし、今でも酒なんてーって言う人は少なくないしね。」
おお神よお許しください、私は自分でも何をやっているのかわからないのです、と謳うように言った後グラスを傾ける彼女に呆れながら自分のグラスにも酒を注ぐ。
あれから仕事を終わらせるまで待ってもらい、そのまま執務室で酒盛りを始めてこの様である。
せめて他で、と言ったものの移動の時間すらもう待てないと言うエクシアに執務室で酒を隠していたことを脅されては私に選択肢は無かった。
移動したくなかった理由は他にもあったようだが。
くーっ、とまるで清涼飲料水が如く高濃度の蒸留酒を飲み干した後咥えた煙草がジリジリと音を立てて短くなっていく。
「…はー…。やっぱ酒を飲んだらこれだよねぇ…。後はヒップホップが流れてたらテンションが限界突破なんだけど。」
「ここを喫煙室だと思ってる奴はいるがクラブ扱いをされたのは初めてだ。」
執務室に自我があればそろそろアイデンティティが崩壊しかける頃だろう。
空いたグラスに二杯目を注いでやり、私も自分のグラスを空ける。
む、やはりイェラグの蒸留酒は質が良い。鼻の奥に広がる芳醇な匂いを楽しみ喉が焼けるような感覚に追い打ちをかけるように煙草を吸う。
彼女の言う通り酒と煙草は密接な関係にあるのだ。
「宿舎で吸えてた頃は良かったなぁ…。」
「馬鹿言え、またグムに飯を抜かれたいのか。」
そうじゃないけどさぁ、と愚痴りながら彼女は頬杖をつく。
普段怒らない人が怒るのは本当にヤバい、と言ったのは誰だったか。
今では誰かが煙草を取り出した瞬間に水をかけられるほどである。
「…それにしてもこんな上物を隠し持ってたとはね。リーダーも人が悪いよ。」
「お前ほど飲まないが嫌いというわけでもない。…これはクリフハートが手土産として持ってきてくれたものだ。」
「なるほどー、隠れた銘酒って奴なのかな?あんまり聞いたことないし。」
「詳しくは知らん。調べて今度入荷してくれ。」
「よーし任せて、絶対仕入れルート確立してみせるよ。」
彼女も気にいったらしい酒は気づけば半分ほどになっていた。
向こうのペースに引っ張られ結構酔いが回っているのを自覚した私はアップルパイにかじりつく。
リンゴの酸味が今の口には丁度よく、意外とつまみとして機能していることに驚いた。
そんな私をニヤニヤしながら眺めるエクシアに気づいて眼を逸らすと机の上の煙草のパッケージが目に入る。
「『Loop Line』?聞いたことが無いな。」
苦し紛れに目についたものを口にしただけであったが効果はあったらしい。
エクシアは、あぁこれ、と人差し指と中指を器用に使って煙草を箱から一本取り出して見せた
フィルターまで真っ白だが、よく見ればフィルターのすぐ上をグレーで薄く線が一周するように描かれている。
「聞いたことが無いのも無理ないと思うよ?ヴィクトリアの相当古い煙草屋にしか置いてるの見たこと無いし。」
吸ってみる?と差し出されたそれをありがたく頂戴して火をつけてみると、高級感のある甘みが一瞬口の中に広がりその後燻製のような香りが鼻を抜けた。
「…なんでこれほどのものが有名じゃないんだ?」
「あはは、なんでも生産量が限られてるんだってさ。これもまた知る人ぞ知るってやつだよ。」
そうなのか、と半ば夢心地で吸いながら私も自分の煙草を渡した。等価交換にはまるでなってないがその分は酒で満足してもらおう。
そうしてからしばらく気詰まりではない沈黙が続く。
氷が解けてグラスの中を転がる音か、煙草が燃える音しかしない空間で、私は頭の中にアルコールが回っているにしては冷静にある事を考えていた。
「あのさ、ペンギンの事だけど、」
「契約は更新するつもりだ。」
エクシアの言葉を遮り、自分のグラスから視線を上げれないまま私は言葉を続けた。
「私達にはお前達の力が必要なんだ。
これから更に激化する状況の中、個々の能力は勿論のこと後方支援として『ペンギン急便』がロドスに常駐しているというのは、これ以上ないアドバンテージだ。
これは私一個人の意見だけでは無く、ロドスの総意でもある。
…お前たちには、苦労を掛けてしまうが…。」
最後に思わず余計な一言を付け加えてしまった自分に腹が立ち、きつく口の端を噛んだ。
悪いと思っているから、労ったから何だと言うのか。
申し訳ないと思いつつ、とどのつまり私は彼女達を死地に連れて行く。
なら私は恨まれてしかるべきだ。許しを乞うような真似をするべきではなかった。
エクシアがロドスの正式なオペレーターで無いことが更に罪悪感を加速させる。
私達ロドスは物凄く乱暴に言えば「これしか道を選べなかった人」の集まりだ。
行き場が無くそれでもレユニオンや他要注意団体に迎合しなかった人か、目的を果たすためにはここが必要だった人か。
そうでない人はここでは長く続かなかったことがその証明だ。
私達は私達の理念を持って…その為に命を懸けることができる。
契約で縛られる彼女は違う。
恐らくはペンギン急便のボスも契約は更新するつもりなのだと思う。
レユニオンという反社会勢力がはびこり流通の妨げになる以上我々の利害は一致しているし、そもそもロドスが誇る製薬やその他の生産品の売り上げを鑑みても撤退はしないというのが上層部の共通認識だ。
そうして彼女の頭の上で飛び交った契約の末、最悪彼女は死ぬ。いや、私が殺すようなものだ。
あぁ、お前の言うとおりだスカベンジャー。私は結局のところ先に進むためにそうするしかやり方を知らない。止まる気もない。
ただ、エクシアが死んだら、と想像する。
きっと私が見る最後の彼女はきっと…私を恨んだ目をしているんだろう。
もっと色んな酒を飲みたかったに違いない。喧しい音楽を聴いて、馬鹿みたいにアップルパイを食べる日々がもっと続いてほしかったと願うに違いない。
契約を更新するということが、それを目にすることに繋がると思うと怖いんだ。
その時今抱いている決意が折れないか、怖くてたまらない。
「…付き合いも短くないからさ、なんとなく考えてることは解るよ。」
そう言って彼女は対面で座っていた椅子から立ち上がり、私の隣に来て机に腰掛けた。
私はそれでもとっくに氷が溶けきったグラスを睨み続ける。
「多分想像の中であたしは死んで、リーダーはそれを後悔して、しかもそうすることは自分勝手だと責めている。」
「…。」
「…さっき言おうとしたのはさ、ペンギンは契約をどうするつもりかって聞こうとしたんだ。」
解っている。今日その事について会議があったから来たんだろう。
「それでもし契約を満了して更新しないって言われたら、リーダーを酔い潰して契約書を更新に書き換えようと思って。」
「おい。」
なんですぐ解るような捏造をするんだ?いや、違う。後で説教はするが今聞きたいのは…。
「気を使ってもらってなんだけどさ、あたし達は結構今の仕事気に入ってるんだよ。
ご飯も酒もおいしいし、煙草はまぁ…吸える場所が減ったけど…あっ、給料がいい!…これはクロワッサンの意見ね。」
私が呆れているのが伝わったのか、エクシアはまくしたてるように話し始め、かと思えば徐々に尻つぼみになっていき、一度ぐびりと音を立てて酒を飲んで言葉を区切った。
「とにかくさ、このご時世で仕事なんてどこから受けても変わらないくらい酷い中でここは皆いい人達だし…。
できればここでもっと働きたかったから、気にすることないよ。」
「…そうしてここで死ぬことになってもか?」
「なんだ、本当はあたし達を追い出したかったんだ?」
「っ違う私はただ…!」
「解ってるよ。」
雰囲気の変わったエクシアに、思わず真正面から彼女の顔を見てしまう。
彼女は今まで見たことのないくらい優しい顔で笑っていた。
「解ってる。その上であたし達はここにいる。…ねぇ、あたし達の仕事は何か知ってる?」
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それはいつの頃の記憶か、自信満々に語りだした彼女の姿ががフラッシュバックする。
『任せて!だってベンギン急便の仕事は―』
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「…『生と死を運ぶこと』。」
「そうそう。でもま、どうせなら前者を増やしていきたいんだよね!」
その結果死んでも、まぁそれはあたし達の番が回ってきたってことで。
さっきの雰囲気は何だったのか、砕けた調子で彼女は笑いながら煙草に火をつけた。
少し間を置いて私は目の前のグラスを一息に空にする。
『生を運ぶ』か。なんとも曖昧な表現だ。
私が考えているようなことではないのかもしれない。
ただ、単純に依頼人が増える、人類の母数が増えるという意味なら。
もしかすると彼女達は、ロドスが鉱石病を治せると本気で信じてくれているのかもしれなかった。
「後悔するなよ。」
「こっちのセリフ。果たしてリーダーはあたしが死んでも乗り越えられるかな~?」
「その時は死ぬほど参加したくなるような盛大なパーティーを開いて弔ってやる。」
「ちょっ、生きてるうちにやってよそれは!!化けて出てもいいの!?」
「大歓迎だ。」
果たして私が考えていたことは悉く杞憂だったということなのだろう。
まぁ、今度は早くても来月になるが。
彼女が驚くようなパーティーを開いてもいいか、と思いながら私は空いたグラスたちに酒を注ぐ。
特にどういう意図があったわけでもないが、示し合わせたように私達は乾杯した。
気付いたら五千字超えてて俺ってエクシア好きなんだなって思った。(小並感)