楽しんでいただければ幸いです。
時刻は日暮れから夕闇に移り変わって行く逢魔が時。天候は晴れ、風弱し。絶好の戦闘日和である。
「あはははははっ!! 死んだ死んだ!! ヘリが撃たれて皆死んだ!!」
狭苦しい輸送ヘリの内部にけたたましく笑い声が響く。そして、その笑い声に負けずに機外からはけたたましい爆破音と、機体すれすれに何かが飛来して来る風切り音が無数に鳴り続けていた。
そして、笑い声と命を刈り取る様な砲火の音のせいで、痛み出した胃を深緑の軍服の上から押さえつける青年が一人。回避運動の為に機体が左右に揺れるのに合わせて、シートベルトで固定された体をそれでもがくんがくんと翻弄されている。
「あははははっ!! 至近弾至近弾! あははははっ!!」
「だーっ! 解ったから、いい加減黙っとれ! 舌噛んでも知らねぇぞ!」
鳴りやまない笑い声に痺れを切らして、翻弄される青年がついには声を張り上げた。それに合わせるかのようにして、爆発音が下から連続で響いて来る。明らかに今までとは毛色の異なる、対空砲とは違う破壊が撒き散らされた音だった。
恐らくは、先行して対空砲火網に飛び込んだ先遣隊のヘリが、内包していた決死隊を放出して敵の対空砲を見事に沈黙させたのだろう。決死隊はその大半が爆弾を括りつけられた自爆用のコッペリアで構成されている。最悪の場合はヘリごと突っ込んででも、課せられた任務を遂行したはずだ。
「たいちょー、対空砲火が減りました。このまま予定通り、墜落を装って強行着陸します」
「よし、やってやれ! お前ら全員シートベルトを着用しろよ! 間違っても、こんなくだらない事で死ぬんじゃねぇぞ!!」
砲火の緩みを察知したパイロットから、やや緊張感に欠ける声が青年の耳に届く。それを聞かされた青年は機内に轟く様に声を張り上げ、自身の身体をシートに固定するベルトを再度確認した。これをするかしないかでは、生存に直接かかわるので怠る事は出来ないのだ。なにせ、ヘリでの墜落は一度経験済みなのだから。
「了解したわ。隊長もせいぜい舌を噛まないようにする事ね」
「あははっ!! ベルトベルト!! ばっちりOK!」
「……ん」
ヘリの内部には隊長と呼ばれた青年とパイロットの他に、同じ深緑の軍服を着た三人の姿があった。それぞれが青年隊長の言葉に反応して、気丈に、笑いながら、言葉少なに、三者三様の返答をする。頼もしい事に、青年隊長にとっての部下はパイロットを含めてこの四人しか居ない。本隊を囮にした独立愚連隊である。
「揺れます。加減は出来ないので、爆発しない様に祈っててください」
「不穏な事を言うな副隊長! 墜落するのは二回目なんだ、おもいっきりやってやれ!」
パイロットを務める副隊長の言葉に対して、青年隊長は半分ヤケクソになって投げやりに言う。そうして、五人の乗る輸送ヘリは急激な慣性を伴って急降下し始めた。
これが今回の任務の始まり。一人と四体の部隊によって繰り広げられる、戦場での記録の一歩であった。
そもそもの発端は、青年隊長の上官にして幼馴染である一人の女性の立案から始まった事である。
「ば~~~~~っかじゃねぇの!? こんな見切り発車みたいな作戦立案するとか、本当は馬鹿じゃないのお前?」
「酷いなぁ、救国の兵器を作り上げた天才科学者に向かって。上官侮辱罪で営倉入りにしちゃうぞ、たーいちょー?」
とある国の中央基地内にある執務室の一つ。その殺風景な室内に、着崩した軍服の上に白衣を羽織る女性と、火を点けていないタバコを咥えている青年の姿があった。
二人は今、執務机を挟んで対峙している。優雅に椅子に腰かける白衣の女性を、机に手をついて青年が食い下がっている構図だ。呆れながら怒る器用な青年に対して、白衣の女性は余裕たっぷりに眼鏡の奥の瞳を喜悦に歪めていた。
「お前が観察してきた生存率の高い個体を集めた部隊を作るのは良い。その部隊の指揮官に俺を当てるのもまあ、使いやすさを考えれば妥当な判断だろう。でも、最前線に俺も一緒に行けって言うのは頭沸いてんのかよお前」
「お前お前って、上官相手に遠慮の欠片も無いね。でも許しちゃうよ。だって、君は僕のお願いは断らないからねー」
ねっとりとした笑みを浮かべる女性に対しての返答は、青年の深い深いため息であった。つまりは、肯定なのである。青年隊長は目の前の女性に逆らえない。恩義と負い目がある故に。
「俺は、意図的な足枷か? 俺が居れば、あいつらは俺を守ろうと動くだろう。命懸けで守ろうとして、それ以上に自分が死ねば俺が死ぬと言う状況に追い込まれる」
「ふふふっ、なかなか鋭いじゃないか。そう、君が居ればあの子達はもっともっと頑張れる。もっともっと、私に可能性を見せてくれる筈なんだよ。僕はそれがとても、見たいんだ……」
正面から目線を合わせる白衣の女性の瞳の奥で、渦巻く様な狂気の色が蠢いているのを青年は見た。この女は狂っている。戦争に勝つために自分の細胞から兵器を作り出して、それを玩具にして遊んでいる最高のイカレポンチだ。
だからこそ、青年には拒否をすると言う選択肢は見当たらない。もとより、軍属としては上官の命令は絶対でもある。答えなど、最初から一つしかないのだ。
「了解しました。謹んで任務を拝領いたします」
「ふふっ、相変わらず糞みたいな敬語だね。やっぱり君は、僕と二人っきりの時は敬語は禁止だよ」
机から離れて背筋を伸ばして敬礼をする青年に対して、白衣の女性は机に肘を突いて自らの両頬を掌で包む。話を聞いているのかいないのか、ニチャリとした笑みを浮かべて状況を楽しんでいた。
「はー……。俺が死んだら、部屋の後片付けは頼むわ」
「んふふふっ、頑張ってねー。成果を期待しているよ」
これ以上の会話は無意味だと判断して、青年は適当な事を言い放って踵を返す。そんな背中を見送りながら、白衣の女性はフリフリと上機嫌に手を振るのだった。
これが発端。これこそが、足手まといが戦場に居る理由の全てである。
輸送ヘリが偽装墜落して見せた場所は、鬱蒼とした森林地帯であった。気候は亜熱帯で、陽が落ち切ったといえどもムッとした暑さを感じさせている。
そんな高い不快指数の中で、輸送ヘリの周囲で荷物を確認する人影が四つ、ヘリ自体に細工をするのが一つ。勿論の事、青年隊長を中心とした部隊の面々である。
「たいちょー、各員装備の確認と再装備完了しました。ハイキングにはいつでも出発できますよ」
「良し、上出来だ。それならお前はヘリの細工を手伝ってやれ、副隊長」
周囲の仲間の準備の様子もしっかりと確認したうえで、代表して一人の兵隊が青年隊長に声を掛けた。それは、小柄な背丈で黒髪をショートボブにした少女。深緑の軍服の上に防弾プレートの入ったベストを付けた彼女は、左胸と腰にナイフを装備して背嚢を背負っていた。その上で、長大な銃身を持つ対戦車ライフルを、銃身上部の皮ベルトを掴んで無造作に保持している。十三キロはある筈の銃がまるで竹箒の様だ。
副隊長と呼ばれた少女は気の抜けた様な喋り方も特徴的だが、何よりも彼女の顔には色と言う物がまるで無い無表情。まるで表情筋が死んでいるかの様であった。
「お姫さんと、笑い上戸も準備は出来てるな? 今回の作戦はお前達二人が要だから頼むぞ」
「ふん、当然じゃない。仕事はきっちりと果させてもらうわ。それから、お姫さんって呼ばないで」
青年隊長の言葉に反応し、そしてきっちりと反発するのは気の強さを目元に顕わにさせた少女である。セミロングの銀髪の左右に房を作ったツーサイドアップの髪型で、青い瞳の眦を釣り上げさせてきつい態度を隠しもしない。彼女達には珍しく、敵意の様な物を向けて来る少女であった。
「無駄にプライド高いから姫で良いじゃねぇか。お嬢ちゃんよりはマシになっただろう?」
「嫌な物は嫌なのよ。第一、人権の無い私達に人間みたいな呼び名なんて付けない方が良いわよ。人権派扱いされたくはないんでしょう?」
「はいはい、仰せのままにお姫様」
「っ! もう、好きにすればいいわよ! このとうへんぼく!」
背丈は青年隊長の顎ほどまでで、スラリとした高身長をタクティカルベストで彩っている。ストックを折り畳んだ短機関銃をスリングで体の前に垂れさせて、艶を消した黒塗りのマチェーテを腰の後ろに差していた。他の隊員よりも明らかな軽装で、機動性を何よりも重視しているのが見て取れる。背中の背嚢は小さめだが、そこには予備の靴がぶら下がっていた。
「ぷふっ、くふふふふ。周辺に敵勢音響無しです。うくくくく……」
「ああ、お前の耳も頼りにしてるからな。頼むから、爆笑して逆に敵に位置を掴まれてくれるなよ?」
次に反応したのは、ヘリの中で笑い声を上げていた奇異な少女。彼女は上官の前だと言うのに、必死で笑いを堪えようとしていた。だが、彼女とて笑いたくて笑っている訳では無い。それ以外に感情を表現する事が出来ないだけである。
背丈は青年隊長の肩ほどまでで、丁度副隊長と姫の中間ほどの背丈。癖のある赤毛の髪をボブカットにした何の変哲もない少女だが、彼女の緋色の瞳は何時も笑顔の裏に隠されていた。
「うふふふふ、ごめんなさい。が、頑張って笑わないようにするから、ぶふっ!」
「……事情は知っている。敵に位置を悟られないのなら、無理に抑え込まんでも良いからな」
装備品は防弾プレートの入ったタクティカルベストと、更に肘と膝にサポーターを付けた防御重視。背中には大き目の背嚢を背負っており、自身の携行火器の自動小銃の半月状のマガジンはもちろん、他の隊員のマガジンもポーチに収納されている。彼女は部隊の弾薬係も兼任しているのだ。
更には、耳の良さを頼りにしていると青年は言ったが、そんな彼女の耳にはヘッドホン型の防音イヤーマフが付けられている。これは爆音から耳を保護する為の物だと、青年は本人から笑い交じりに説明されていた。
「っと、二人とも戻ったか。ヘリの墜落偽装は終ったのか?」
「……ん」
何やかやと青年隊長が他の隊員と話していれば、その背後にのっそりと近づく者が一人。青年隊長の言葉には反応するが、その返答は限り無く短い一音だ。その代りに、首がコクコクと忙しそうに上下に揺れて肯定を強調させていた。
そのさらに後ろには、無表情の副隊長が光の無い瞳でじーっと見つめてきている。無口と無表情のコンビが、其処には居た。
「お前は相変わらず無口だな……。それとも、何か不備でもあったのか?」
「……んん」
今度は二音と共に、首がブンブンと横に振られる。こちらは副隊長と違ってちゃんと表情もあるので、言いたい事はなんとなく伝わって来るので救いがある方だ。ただし、目元は長い前髪で隠れて居て見えないので、実質的に口元でしか判断できないのだが。
姿形は相変わらずの軍服姿に、ショートに切りそろえられた黒髪の上にヘルメット。身長は副隊長よりもほんの少しだけ大きいが、実質的にはドングリの背比べレベルの小柄である。
「私も手伝いましたし、ヘリは飛べるか飛べないかギリギリと言う状態まで破壊出来ました。内部には死亡偽装の為の灰も撒きましたので、もし敵兵に発見されたとしても直ぐに破壊されると言う事も無いでしょう」
「……ん! ……ん!」
「お前等、足して二で割ったら丁度良くなるんじゃねぇの? まあ、帰りの足が在るのはありがたいからな。そこは信頼しておくさ」
装備は防弾よりも収納を優先させたタクティカルベストに、太ももや腰にまで追加のポーチを付けた運搬重視。背中に背負った背嚢はかなりの大型で、しかも彼女はそれを軽々と背負ってにっこり口元を綻ばせている。偽装や破壊活動を担う工作兵としては、実に頼もしい運搬能力であろう。
「よし、全員準備は完了したな。出発前に作戦内容の最終確認をするぞ」
最後に、青年隊長が自動拳銃の銃身をスライドさせて初弾を装填させてから、セーフティーを掛けて太腿のホルスターに戻して準備を終える。隊長の装備はこれだけであり、荷物は最低限の水と食料しか持っていなかった。彼の仕事は戦闘では無く指揮であり、武力はこの中で一番必要とされていない。身に纏う軽装のベストには発煙手榴弾や音響閃光手榴弾等の非殺傷兵器が備えられており、まるで一人だけおままごとの準備である。
「俺達が目指すのは、この密林地帯の中に秘匿された敵兵器の製造工場だ。本国からの情報では、八本足の多脚戦車が秘密裏に量産されているらしい。時代遅れの六本足と違って、お前等と同じ最新型だ。速やかに工場を探し当てて侵入し、破壊工作を仕掛けて新兵器の増産を阻止する。これが最大の目標となるのは覚えておけ」
それが出発前のブリーフィングでも語られた、彼女達にも知る権利のある表向きの任務である。裏の任務――否、実験の内容は彼女達全員が足手まといを守りながら、その性能をどこまで発揮できるかを試すと言う狂った物。いっそここで全てをぶちまけてしまいたい衝動を、青年隊長は無理矢理押さえこんでまた胃を痛ませた。
「いちいち確認されるまでも無いわ。言ったでしょう、私は私の仕事をするだけよ」
「ふひ……、まだ敵はこっちに向かって来てない。ふくくくくく……」
「はあ、おーきーどーきー。だったらピクニックに出掛けるとしよう。俺だってさっさと帰って、自分の部屋で好きなだけタバコを吸いたいからな」
まったく気乗りがしない任務に扱い難い部下達と来て、青年の士気は始まる前からダダ下がりである。もともとがやる気のない不良隊長なのだ、部下の士気の為の見栄など知った事ではない。そんなものは、豚にでも食わせてしまえば良いのだ。
だが、何よりこのままむざむざと死ぬつもりもないので、指揮官としての仕事はきっちりとこなすつもりではある。
「姫、お前がポイントマンだ、先導を頼む。全方位警戒は笑い上戸に一任、無口は俺の隣で殿は副隊長に任せる。工場が存在しているであろう予測ポイントをしらみつぶしにして行くぞ」
泣いても笑っても、現在は敵地なのだ。いつなんどき、敵の偵察隊がヘリの残骸を探しに来るかもわからない。ならば、最早任務を遂行する以外に道は無かった。
「各員、状況開始!」
「りょーかい、たいちょー」「了解したわ」「あははは、了解!」「……ん」
「少しは合わせる努力をしろよお前等……」
もう駄目かもしれない。最初位は息を合わせようかと思った青年隊長は、あまりの幸先の悪さにげんなりと肩を落とすのだった。
もう少しインパクトがあっても良かったかもしれませんが、キリが良かったのでここまでで。
次話は現在執筆中です。