読むのに根気がいるかもしれませんがどうぞお楽しみください。
なお今回の話では欠損表現や残酷な表現が含まれておりますのでご注意ください。
小隊の潜む青々と咽る亜熱帯の森林の地にて、夜の闇は過ぎ去り陽は既に高く上がっていた。
木漏れ日の中を進む隊員達の足取りは軽快だ。夕暮れから夜半まで歩き続けて距離を稼ぎ、睡眠時間をあまり必要としない人造少女達に哨戒を任せて日の出までの間に僅かな仮眠を取っていた。青年隊長は四時間ほど、各隊員は交替で一時間ほど睡眠をとったので体力には余裕がある。
「あはっ、水の音がする! 隊長、川の流れが聞こえるっ! あはははっ!」
「おー、やっと川に付いたのか。よしよし、でかしたぞ笑い上戸」
そんな快調な足取りのおかげか、一行は第一の目標だった川にまで進行していた。早速と耳の良い短い赤毛にイヤーマフを装着した索敵少女が水音を聞きつけて、ニコニコしながら青年隊長にそのことを告げている。その表情には何かを我慢する様な様子も無く、本当に喜んで笑みを浮かべている様に見えた。たった一日でずいぶんと懐いた物である。
「何がやっとよ。誰かさんのペースに合わせてたから、こんなに時間を食う事になったんじゃない」
「スタミナお化けのお前らと一緒にすんなよ。繊細な俺はたまに休まないと寝込んじまうんだ」
そんな緩い空気に浸っていれば、諌める様にきつい口調が投げかけられた。その声の主は、銀髪をツーサイドアップにした斥候を得意とする少女。本日もぴりぴりとした空気を放ち、隊の先頭から青年隊長にわざわざ振り向いてまで文句を言う。これはもうツンデレでは無くツンギレだ。
そんな調子だが決して足並みは遅れさせず、己の役割はきちんとこなしているのだから器用な物である。
怒りながらずんずんと進んで行く斥候少女の背中について行けば、半時間ほどで濃密な熱帯雨林を抜けて視界がさっと開けた。じっとりとした肌に張り付く様な湿気が風に流されて、目の前には砂利交じりの土と幅の広い流れの緩やかな河川が見えて来る。
漸くと、青年達の小隊は目的地への初めの一歩に辿り着いたのだ。
「はー……、後は川沿いに上流に向かって行けば工業施設からの排水処理の痕跡が見つかるはずだ。それを足掛かりにして、目的の兵器製造プラントを見つける。ってのはいいんだが、こうも見通しが良いと監視は楽だろうな」
「そうですね、ある程度は密林を隠れ蓑にして進んだ方が良いでしょう。勿論、今まで以上にトラップには警戒しなければならないでしょうけれど」
工場施設は排水の関係で川に隣接して作られる事が多い。そこを下流からたどって行こうと言う方針だったが、敵側も当然その程度は想定の内だろう。だからこそ、青年隊長と無表情な副隊長の視線が同時に、怒りんぼうな斥候少女に向くと言う物だ。
「何よ。そんな目で見なくても、私は私の仕事をこなすだけなんだから。無駄に心配するぐらいなら、せいぜい背後を取られない様に警戒でもしてなさいよね」
「お前は相変わらずプライド高いな。でも、俺らの生命線は実質的にお前と笑い上戸だ。頼りにしてるから頼むぞ、お姫様」
「お姫様って言わないで。言ったでしょ、仕事はこなして見せるわ。アンタはせいぜい、私の後ろで震えていなさい」
高飛車な態度は自信の表れか、斥候少女は腰の鞘にマチェーテを納めつつ胸を張って言い放つ。それを見せ付けられる青年隊長は、頼もしいやら呆れるやらで苦笑いが浮かぶばかりだ。
何はともあれ、やる気があるのは良い事である。部下の士気が高いうちに進めるだけ進むべきだろう。そう判断した青年隊長の指示で一行は再び森の中に戻り、川を左手に見ながら上流を目指して進んで行く。
足元の地雷を警戒し、開けた場所からの監視を警戒し、敵との遭遇にも警戒する。そんな警戒し通しの行軍でも、青年達の小隊は着実に先に進み続けていた。
「あはっ、隊長、たいちょー! 川の方から息遣いが聞こえる。誰かいる、何かいるよ。あははははっ!」
「はぁ、こんな所で? ……放置する訳にも行かんか。全員警戒はそのまま、音の発生源を確認しに行くぞ」
この敵の勢力下は基本的にAI制御の無人機が主力で、人の歩兵などは皆無と言っても差し支えない戦力分布である筈だ。そして、索敵少女は『誰か居る』と言っていた。ならばそれは、少なくとも小動物の類ではないのだろう。
こんな所に人が――人間がいるかもしれない。そう考えたのは青年隊長だけでは無く、他の隊員達の纏う空気もぴりっと張り詰めた物となった。もしいるのが人間ならば、彼女達にとってそれは守らなければならない大切な存在だからだ。
「居た! 体が半分水に浸かってる。意識は無いみたい、助けなきゃ!」
「ブービートラップを警戒しろ。姫以外の各員は周囲の警戒を密に。副隊長は狙撃手が居ないかに気を配れ」
先頭を行っていた斥候の少女が川辺に仰向けになって水没する存在を見つけて声を上げる。両手で保持していた銃を放り出さんばかりに駆け寄る彼女の背中に声を掛け、青年隊長は残りの隊員達にも指示を出しつつ自分も後を追う。
はたして、そこに居たのは人間では無かった。
「あー……? おー……、あー……」
「こいつは……、コッペリアか。この装備は見た事がある。決死隊の自爆装備だな」
一見すればただの女の子。ザンバラに刈り込まれた短い頭髪に薄汚れた簡素な貫頭衣を身に纏っており、ギョロついた大きな瞳でぼんやりと空を見上げている。時折声を上げてはいるが、そこには意味らしきものは見いだせない。
そして、何よりも目立つ特徴としては、彼女の左手は二の腕の中程から先が無くなっていた。戦闘での負傷では無く、彼女は先天的に片腕が無いのだ。だからこそ彼女は、決死隊として消耗品の中の消耗品としての運用を命じられていた。その証として、背中には爆薬の詰まった金属製の背嚢が取り付けられている。
そこに居たのは少女の形をした爆弾だった。工場生産された時点で一定の性能基準を満たせなかった為に、自爆用に調整されたコッペリアの決死隊。まぎれもなく、彼女はその一員である。
決死隊の性質的に戦場ではまず起こり得ない出会いに、さしもの青年隊長も後ろ頭を掻いて思わず副隊長に視線を流す。その視線を受けて副隊長は、無表情なままで軽く小首をかしげて見せた。
「驚いたな、まさか生き残りが居たとは。昨夜の作戦で消耗し尽くしたと思ってたんだがな」
「決死隊の生き残り……。いえ、脱走兵でしょうか?」
「脱走する程の知識は与えられていない筈だ。恐らくはヘリが落とされた時に投げ出されて、その後も敵と遭遇せずに居たんだろう。俺達に見つかるまで、不運にも、な」
そう、不運にも、だ。不運にも彼女は己の責務を全う出来なかった。そして、青年隊長達は不運にもそんな彼女を拾ってしまったのだ。
生き残ってしまった特攻兵器の扱いなど士官学校では教えてもらえなかったな、と青年隊長は誰にともなしにぼやくのであった。
奇妙な拾い物をしてしまった一行はその場を後にして、ひとまず森の中で遮蔽の多い岩場に隠れて小休止をする事にしていた。
「それで? この子は結局の所どうするつもりなのよ? まさかとは思うけど、碌でも無い事を企んでいたりはしないわよね?」
「どうするもこうするも無かろう。このまま連れて行く訳にも行かんし、現状ではここに置いていくしか選択肢はない」
そして、そんな寛ぎの時間でも荒々しく語気を強めて銀髪の斥候少女は青年隊長に詰め寄っている。それに対して、青年隊長はさもあらんとばかりに自身の考えを口にしていた。
生きている爆弾を身近に置いて、隠密行動する訳に行かないのは確かである。敵を見つけて大爆発などされれば、たちまち周囲の敵を呼び寄せる事間違いなしだ。
因みに、当の本人は青年隊長に渡されたエナジーバーを無心にサクサクと咀嚼している。まるでげっ歯類の様に。周囲の空気とは違って無邪気な物である。
「こんな状態の子を放置して行くって言うの!? 何時敵と遭遇するかもわからないのに、一人で置いて行ったりしたら……」
「高い確率で職務を全うする事でしょうね。ですが、それが何か問題があるのでしょうか? 私達にとっては、職務の遂行は何よりも優先される事項ではないですか」
正論をぶつけられ、それが正論であるが故に斥候少女の怒りは収まらない。何とか考え直す様に言葉を連ねようとするが、それを傍で見ていた副隊長に遮られてさらなる正論をぶつけられてしまう。副隊長の言葉は彼女達にとっての共通認識。この場合、屁理屈をこねているのは斥候少女に他ならないのだ。
「問題って……、それは……」
斥候少女は何かを言いたげにして口をつぐむ。言い放ちたいけれども言い放てない、そんな葛藤が彼女の中に渦巻いていると青年隊長は感じ取っていた。ここは一つ、懐柔策を取るべきかと思案する。ここは経験に基づいた物が良いだろうと、青年隊長はちらりと傍らの副隊長を見てから口を開いた。
「ふむ、言いたい事があるのは分かったけどよ、ここは大人しく言う事に従ってくれ。後でお前等の大好物のチョコレートやるから」
「何よそれ、餌付けのつもり? 馬鹿にして……、いらないわよそんな物!!」
なんと貢物と言う懐柔策はあえなく失敗してしまった様だ。
――おかしい、チョコレートはコッペリアにとって至福の存在の筈。
青年隊長は思わず副隊長を見やるが、彼女はほぼ同じタイミングで顔を反らしてしまう。以前の経験で手に入れた知識は、どうやら副隊長がチョコレートジャンキーだっただけで間違いだった様だ。
「っと、いかんいかん話が脱線した。とにかく、連れ歩くのは論外だ。その上で俺達は何よりも作戦行動を優先させなければならない。つまるところ、置いていく以外に選択肢はないと言う事になる。解ってくれるな?」
「…………。解っ……たわよ……」
本来、こんな会話をする必要性は無い。青年隊長が命令すれば、それに従うのが部下であり兵器である彼女達の本分だからだ。それでもあえて言葉を重ねた事で、斥候少女は渋々と青年の言葉に従うつもりになってくれた様である。
だが、やはり全てを飲み込みきれないのか、彼女は伏し目がちになって俯いてしまう。こんなにも葛藤する斥候少女は恐らく、決死隊に選ばれてしまった隻腕の少女を助けたいのだろうと青年は勘づいていた。それが叶わぬ願いであることも同時に確信している。
その理由は単純至極。基地に連れ帰ったとしても、隻腕の少女はまた新たな戦地に送られるだけだから。斥候少女のあずかり知らぬところで、隻腕の少女は自分から進んで吹き飛ぶだけだろう。
「あー……。なんつーかそのなあ、俺が言えた様な事でもないんだろうが――」
「あはははははっ!! アイツが来る!! 敵機直上、急降下!! ぷふっ! きゃはははははははっ!!」
青年隊長が更に言葉を発しようとした時、それまでずっと黙りつづけていた緋色の髪の索敵少女が笑い声と共に敵襲を告げる。そして、アイツと呼ばれた物が上空から飛来した。
ふっと周囲が暗くなったかと思えばそれも直ぐに消え去って、それは太陽の中から現れ落ちて来る。全身の装甲を赤錆びさせた、八から一本欠けた七本脚の鋼鉄の蜘蛛。ズドンと落ちてきたそれは、ウオオオン!! と、獣の鳴き声の様な駆動音を上げる。
「総員退避ーーーーー!!!」
辛うじてそれだけ叫ぶことが出来た青年の襟首を、無表情の副隊長が掴んで一息に飛び退る。すぐ傍にいた隻腕少女の事も、斥候少女がすぐさま抱きかかえて同じ方向へ跳躍していた。
他の二名――無口な少女は全力で走り出して大荷物だと言うのに一番距離を離しており、それに続いて警告者の索敵少女もまた身軽な分更に距離を稼いでいる。
さながら五月の空を遊泳する鯉のようになった青年隊長が、そのままの状態で部下達の状況を確認し声を張り上げた。
「笑い上戸、牽制射撃! 足の関節部を狙え! 倒す必要は無い、まともに相手はするな!!」
距離を離していた索敵少女が青年の発した声に反応し、くるりと向きを変えて流れる様な動作で突撃銃を構える。間髪入れずにフルオートでの射撃を開始。湾曲箱型弾倉に詰め込まれた三十近い装薬を減らした小型の実包を、パパパパっと乾いた音を立ててものの数秒で全てを撃ち尽してしまう。ライフリングによって安定し加速され、破壊を撒き散らす嵐となった弾丸が目前の敵へと殺到した。
装薬を減らした分反動が低減されたこの銃は、彼女達にとっては無反動に等しくその命中率を劇的に向上させている。関節部を狙った弾丸の群れ達は、狙い違わずワサワサと動く蜘蛛足の一つに群がって喰らい付いた。
戦車の装甲を抜ける程の威力は無くとも、可動部に異物を噛まされれば堪ったものではない。脚部の異常に驚いたかのように七本脚の蜘蛛は動きを止め、撃たれた足をブンブンと振るっている。まるで生き物のような仕草だが、そのおかげで逃げるには十分な牽制になってくれた。
「よくやったああああっ! ……副隊長、流石にこの格好のままは苦しい。運び方変えて、抱えて……」
射撃を終えた索敵少女が再び撤退の為に走り始めると、その背中に青年隊長の歓喜の声が届く。人間の役に立つと言う本能が満たされて、彼女の顔にはごく自然に笑みが浮かんでいた。常の様な、無理やり湧き上がって来る様な笑いでは無い。
それを、隻腕の少女のギョロリとした瞳がじっと見つめていた。斥候少女の小脇に抱えられたままの姿で、じっと。
人間以上の身体能力を持つ少女達の脚力での全力機動によって、一行はジャングル地帯のかなりの距離を走破していた。敵との遭遇を可能な限り下げる為の隊長に合わせた行軍だったが、見つかってしまった以上はそうも言ってはいられない。
そして、そんな距離を走破しつつも、赤錆の七本脚は未だに諦めてはいなかった。野獣の様な唸り声に聞こえる駆動音を響かせて、七つの足を猛烈な勢いで動かし木々や石ころを弾き飛ばしながら迫ってきている。獲物を逃がすまいとでも思っているのか、青年隊長達に向けて猛牛の如く一直線だ。
「しつけぇ!! このまま工場まで着いてくる気かこいつは!?」
「うるさいわね、このとうへんぼく。そんなの私が知る訳ないでしょ、っと!」
米俵の如く副隊長の肩に担がれて運ばれる青年隊長がヤケクソになって叫び、斥候少女が傍らに隻腕少女を抱えたままでそれに冷静に応答する。その終り際に跳躍しつつ中空で反転、片手で構えた短機関銃をババババっと一斉射して背後の七本脚に銃弾を浴びせ掛けて見せた。まるで軽業師の如しだ。
そして着地するとそのまま背後に連続跳躍しつつ、パパパッパパパッと指きりバーストで牽制弾を立て続けに放つ。赤錆の装甲には通用しようもないが、センサー類を庇う為に動きが阻害されるので妨害にはなっていた。
「ジャングルの中でアホみたいに器用な事してんじゃねぇよ。前見て走れ、前見て! すっ転ぶか、木の枝にぶつかるぞ」
「そんな無様な事するわけないでしょ。部下に運んでもらってるような、ひ弱なアンタと一緒にしないでよね!」
曲芸めいた牽制射撃への青年隊長の素直な感想に、打てば響く様な反応を返す斥候少女。三十発以上の装弾数を誇る短機関銃を打ち切ると、再び空中で反転して正面を向いての逃走に移行する。そのまま並走する副隊長らを置き去りにするような速度で走りつつ、銃の下部から伸びる垂直の弾倉を小脇に隻腕少女を抱えたままで器用に交換して見せた。
青年隊長への当たりはきついが、高いスペックを十全に発揮できる本当に優秀な兵士である。
「隊長さん、前方に急斜面の山岳があります。それから直ぐ近くにトンネルも発見できました。自然の洞窟では無く舗装された人工物です。どちらのルートを選択しますか?」
「なに!? ええい、くそ……トンネルだ! トンネルに突っ込んで山の反対側まで抜けるルートを探す! 山道じゃ多脚戦車の走破性には絶対に勝てない!」
狙撃手だけあって隊の中で一番目の良い副隊長が前方の状況を報告し、それを聞いた青年隊長が情けない格好のままで瞬時に判断を下す。誰も彼もが荷物を抱えて居る現状、とにかく山道だけは避けたかったのだ。
とは言え、敵地にある人工物に逃げ込むと言うのもぞっとしない話だが、この場合は背に腹は代えられないと言う物である。
「見えました、進行方向に光。向こう側に抜けられます」
全員で揃って飛び込んだトンネルの中は大型のトラックでも悠々と通過出来そうなほど広々としていたが、廃棄された自動車やら瓦礫やらが放置されたままになっており雑然とした有り様だった。しかし、副隊長が言う通り進む先には外からの光が見えている。これならば、彼女達の足なら山岳部を駆け抜けるよりもずっと早く山を越えられるだろう。
青年隊長は相変わらずお荷物として副隊長の肩に担がれ、進行方向に尻を向けている。その分後ろをじっくりと見られるので、追跡して来る七本脚の姿がしっかりと観察できた。奴はその馬鹿でかい図体を無理くりにトンネル内に入れさせて、瓦礫や放置自動車を踏み越えながら突き進んで来て居る。
流石に速度は目に見えて低下しているが、まだまだ諦めるつもりは無いようだ。瓦礫に進行を阻まれつつも、野獣の様な唸り声を上げて動力を吹かし強引に突破してきていた。
「凄い執着心ですね、熱烈なアプローチですよ。モテモテですね、たーいちょー?」
「やかましい! くそっ、考えろ……。足止めする方法……、何か……」
パッと思いつくのは爆発物などでの迎撃だ。見たところこのトンネルは天井までコンクリートで舗装はされてはいるが、長い間の放置のせいかあちこちがひび割れて簡単に崩落させてしまえそうである。
だが、その案は実行する事は出来ない。手投げ弾程度の爆発ではせいぜい天井の一部を剥がす位しか出来そうもないし、無口な少女に運搬させている爆薬は全て工場で使うまで温存したいからだ。
他に威力のある爆薬には心当たりはあるが、それを自分の意思で使ったら青年は人で居られる自信が無い。自分を命懸けで守ろうとする彼女達の前では、せめて人でなしでは無く人間らしくありたいのだ。それがただのエゴだとしても。
「隊長さん、もうすぐトンネルを抜けます」
「ちくしょう、なにも思いつかん! とにかく、トンネルを抜けたら奴を撒く為に一度――」
起死回生のアイデアがそうぽんぽんと浮べば苦労はしない。結局トンネルを抜けるまでに考えがまとまらなかった青年隊長が、副隊長の言葉に感情的に反応して指示を飛ばそうとしたがそれは叶わなかった。
ばたばたと慌ただしくトンネルを抜けて陽の光を浴びた一行の中から、ピーっと無機質な電子音が響いたからだ。
「…………え?」
それは、斥候少女が抱える隻腕少女の背中から響いていた。彼女の背負った金属製の四角い背嚢から、今度はピッピッっと断続して電子音が立てられる。それは正に、時を刻む為の証であった。
背中に背負われた自爆用の爆薬の起爆装置が作動し、爆発までの短い刻限を刻み始めたのだ。
呆気に取られてしまった斥候少女の手を振りほどき、隻腕少女は一人だけトンネルの方に向かって走って行く。トンネルの中からは障害物に阻まれながらも、今も七本脚が迫ってきていると言うのに彼女の足取りは軽快だった。
トンネルの入り口に容易く辿り着くと、隻腕の少女は一度足を止め背後へと振り向く。ギョロリとした瞳が何かを期待するかのように青年隊長へと向けられていた。
「誰でも良い、姫を押さえてろ」
充分に距離を離していた一行の中で、青年隊長は副隊長の肩から降り立って早々指示を飛ばす。その一言で隻腕少女の元に飛び出そうとしていた斥候少女を、無口な少女が後ろから腕を捩じり上げて拘束した。虚を突いた適切な動作で関節を完全に決められ、更には膝裏を後ろから蹴飛ばされ斥候少女は苦悶の表情で地に膝を着けさせられて動けなくなる。
「づぁ!? ちょっとアンタ! あの子に何をするつもり!?」
「くそっ、こんなの予想出来る訳ないだろ畜生が……」
拘束されて尚も言葉で噛み付こうとする斥候所持を無視して、青年隊長はぼやく様に独りごちて隻腕少女と向き合った。遠く離れた二人の間で視線が交差して、互いに互いの目をじっと見つめる。ピッピッと続いていた電子音が、徐々にピッチを上げて行く。
「………………、お前に任せた!」
僅かな逡巡の後に青年隊長は短くそれだけを言い放ち、親指を立てて隻腕少女に向けて突き出して見せた。その顔には引き攣る口元を無理やり曲げて、歯を剥き出しにする野性的な笑みを浮かべさせながら。
それを受けた隻腕の少女は、にっこりと微笑みを返す。本当に、本当に花が咲く様な幸せそうな笑みを。
それから少女はトンネルの暗がりへと消える。程なくして、強烈な閃光と若干遅れての爆音が辺りに撒き散らされた。続いて地震かと思えるほどの地面の揺れを感じ、今しがた通って来たばかりのトンネルが崩壊し始める。天井が崩れて土砂が大量に流れ込み、出入口を完全に塞いで中の七本脚と青年隊長達を完全に分断してしまう。
計らずとも、当初の目的を達成出来たという訳だ。たった一人――否、たった一体の犠牲で。
「ああああああああああああああっ!!!! なんでっ!? 何でだぁ!? 何でぇっ!?」
拘束されたままの斥候少女が突然叫び声を上げて青年へと問う。様々な意味が込められた、『何で』と言う問い掛けであった。怨嗟も理不尽も怒りも何もかもが混じりあった上での、『何で』だ。激しく返答を求めるあまりに体を強く揺さぶり、ゴキンと音を立てて捻り上げられた腕が肩から外れてしまう。それ程に強い感情の発露だ。
「…………あの自爆装置は自分の意思でしか起動は出来ない。そして、一度起動しちまったら最後、もう止める事は出来ないんだよ。ついでに言えば、爆発するまでの短い時間じゃ解体する事すら難しい。行かせる以外に選択肢が無いなら、せいぜい有効活用してやるしかないだろう?」
それに対して青年隊長の返答は清々しい物だった。事実を淡々と述べるだけの、実に落ち着いた受け答えをつらつらと重ねていく。相手を煽るような言葉も敢えて使って、飄々とした態度で言葉を投げつける。それが当たり前だろうと、まるで自分自身にも言い聞かせるかの様に。
「狂ってる……。アンタも……、アンタたちも……、私達も……。皆、みんな! 狂ってるっ!!」
「お前もそう思うか? 俺もだよ、俺もそう思う」
怒りに任せて拘束を振り払おうとしていた斥候少女は、無口な少女を跳ね除けられないと分かるとついには嗚咽を漏らし始めた。それは暴れた際に外れた肩の痛みに寄る物でも、無力感に苛まれての物でも無い。一足先に自由になってしまった仲間達と、自身の境遇への恐怖が顕わになった慟哭だ。笑顔で死んでいく仲間達が怖かった。守る事を強要する人間達も恐ろしい。なによりも、それを本能的に受け入れようとしている自分自身が一番おぞましい。
彼女の根底にあるのは、何もかもに対する激しい恐怖心。それを彼女は、怒りと言う形で青年にぶつけてきている。
吐き捨てる様にして浴びせられる叫びに対して、青年隊長はあっさりとそれを肯定した。むしろ、ずっとそう思ってきたのは青年自身なのだから。人間に近い感性を持ってしまって狂えなかった目の前の少女が、ともすれば羨ましいとさえ思う程だ。
「俺も、人間も、コッペリアも、皆狂ってるからこんな事がやめられないんだよな。知ってるか? 狂ってないと戦争なんかできないんだってよ。お前等の生みの親が言ってたんだぜ。こいつが一番イカレてると思わないか?」
地に組み伏せられた斥候少女の前に屈み込んで、その落涙する顔を覗き込みながら青年は言葉を掛ける。その声色はまるで世間話でもするかのように軽かったが、青年の浮かべている表情は酷く真剣な物だった。それこそ、泣き腫らしている斥候少女が、嘆くのを忘れて思わず息を飲んでしまう程に。
「恨みたいなら幾らでも俺を恨め。俺はそうしなけりゃ自分自身が許せそうにないからな。お前も人を許せないと言うのなら、俺の事を恨んでも憎んでも嫌っても良い。だから、俺に恨みごとを言いたいなら、今は黙って着いてこい。いいな?」
言い聞かせる様な圧力を持って、青年隊長は斥候少女に頭ごなしに声を浴びせ掛けた。納得も理解も必要としないから、とにかく今だけは言う事を聞けと言い聞かせている。理不尽なだけの、一方的な命令だ。
それでも、青年の表情に何かを感じたのか、斥候少女はコクリと一つだけ頷く。それを見届けて、ふうっと青年隊長は長い息を吐いてから立ち上がる。その表情はもう、常の気だるげなものへと戻っていた。
「少し時間を掛け過ぎた、急いでここを離れるぞ」
「了解しました。無口さん、姫さんの肩を戻してあげてください」
「……ん」
青年隊長の言葉に副隊長が無表情のまま応え、更には無口な少女がゴキリと無造作に斥候少女の外れた肩をハメ戻す。一度強引に関節を逆に曲げさせてから一気に戻すので相当な痛みがある筈だが、地に伏せたままの斥候少女はギッと短く呻いただけで直ぐに立ち上がった。涙も既に止まっており、つい先程までの心の乱れが表に現れる事はもう無い様だ。
それを見届けた青年隊長が行軍を再開して、他の面々も陣形を維持する為に歩みを進める。無言のまま大荷物を運搬する少女も、諍いの間ずっと笑顔でオロオロしていた探索少女も、無表情のまま隊長の背後に付き従う副隊長も。
ただ一人、本来先頭を歩くはずの斥候少女だけを残して。
「私も死ぬときはあんな顔をするのかしら……。ぞっとしないわね……」
チラリとだけ埋まってしまったトンネルの跡を眺めて、斥候少女はそんな事を呟いてから走り出した。青年隊長達を追い越して、誰よりも先を行く為に。それは、この中の誰よりも一番死に近いと言う事でもある故に、彼女は恐怖心と言う弱さを怒りと言う鎧で包み隠して突き進むのだ。
常の様な不機嫌そうな顔に戻った彼女は、もう自分よりも先に行ってしまった少女の事を見る事は無かった。別れの挨拶は、心の中だけでそっと囁くだけで良い。一足先に自由になった仲間達には、どうせ直ぐに会えるのだから。
斥候少女は長い銀髪を揺らしながら、颯爽と隊の先頭に躍り出るのであった。
特に意味の無い補足として、笑い上戸の銃は『StG44』お姫様の銃は『MP40/I』を想定しております。
あくまでも、似たような世界としてお楽しみ下さいませ。