待っていて下さった方が居ましたら大変お待たせしました。
その工場施設の規模は、はっきり言ってそれなりに大きな物だった。
事務用の職場と宿泊施設を兼ねた建造物が一棟と、物資搬入場が隣接した貯蔵庫が一棟。そして、敷地の半分以上を占める資材加工と組み立て用の巨大な箱が一棟在る。密林を切り開いて建てたにしては中々の充実ぶりだろう。
工場施設は野ざらしでは無く、防壁のつもりなのかコンクリート塀で四角く覆われている。そしてその上には有刺鉄線が巻かれており、塀の外側を六本足の多脚戦車が何台も巡回しているのだ。六本足は一世代前とは言え主戦力だった高性能機で、警備に使うにしても過剰が過ぎると言う物である。
だと言うのに、暗闇の中その工場はまったく音を立てずに沈黙している。煌々と光っているのは建物の屋上から投射される投光器の光だけで、三棟の建物には一筋の明かりも灯ってはいない。その上、表をガチャガチャと警備している多脚戦車は居ると言うのに、工場施設の中には人っ子一人居ないと来ている。
この施設を爆破しろと言われてきた身としては、この無防備な現状は不気味この上ないと言う物だった。
「うーん、不可解ですね。資材や設備はあって機械類もある程度自動で動いていると言うのに、そのほかには警備用の多脚戦車や作業用ドローンの姿も見当たらないなんて。たーいちょー、やっぱりこれって敵側の欺瞞施設だったんじゃないですかー?」
「もし欺瞞だとしても、証拠を掴まないと次に行く訳にも行かんだろう。この施設は設備が整い過ぎているし、何より塀の向こう側の警備が大げさ過ぎる。だってのに、無警戒の侵入口がまともに塞がれていなかったのもおかしい」
無表情な副隊長のぼやきに対して、青年隊長は気だるげな表情でそれでもしっかりと返答する。そんな間にも彼は目を通していたファイルケースを床に落とし、壁際に設置された本棚からまた新しい物を取り出していた。
現在、一行は事務棟の中で見つけた所長室と思わしき部屋に集まり、大胆にも部屋をひっくり返す様にして荒らしている。いわゆる家探しと言う奴だが、その行動もあまり成果が出ていない。この部屋も他の部屋も、調度品はあっても重要度の高い書類などはまったく見つからないのだ。
もしかしたらこの作業自体が徒労かも知れない。そう思うと余計にやるせない気持ちになると言う物である。
「箱の中にはきっちりと中身が詰まっているのに、こんなに簡単に侵入を許しちまっている。少なくともその矛盾を解明するまでは、ここをダミーだと判断する訳には行かんのよ」
「何だか面倒臭いですねぇ、ボカンと一発で終わらせてくれればいいのに。まあ、たいちょーの方針なら従うだけなんですけどね」
だったら黙って働いてくださいよ。そうは思っても口にはしない青年隊長。面倒臭いと思っているのは彼も一緒なのである。無論、そんな怠惰を許さない存在が近くにいるのではあるが。
「はいはい、雑談はそれぐらいにして手を動かしなさいな。幾ら敵の姿が無いからって油断し過ぎよ、このとうへんぼくと鉄面皮」
「はいはい、委員長は真面目だねぇ。――ああ、ちゃんと手と目は動かしてるからそう睨むなって。おいお前ら、馬鹿正直に重要そうな書類なんぞ探すなよ。日記とかメモ書きとか、プライベートなもんが狙い目だぞ」
口調を真似て返すと冷ややかに睨みつけて来たのは銀髪ツーサイドの斥候少女。プリプリと言うよりはツンツンと怒って、彼女もまた無数にあるファイルに黙々と目を通していた。その隣では大荷物を背負う無口な少女もまた、同じ様にファイルケースを開いて読みふけっている。こちらはずいぶんと真面目さんが揃った物だ。
そして、もう一人の隊員はと言うと――
「笑い上戸、なんか聞こえたら言えよ? 話し声でも落下物の音でも何でもいいからな。っていうか、お前なんか落ち込んでねぇ?」
「あはっ……、き、聞こえない……。あ、あれ五月蠅くて何にも聞こえない……。くふっ、うふふふっ!」
感情の発露が笑いでしか表現できない索敵少女は、窓際で外を覗きながら黄昏ていた。地下では音響効果のせいで役に立たず、地上に上がってからはまともに敵がおらずに出番も無い。その上、騒音のせいで今はその音すら聞き分けられないと来たら、思わず笑いながら落ち込んでしまうのも仕方のない事だろう。
「五月蠅いってなにが……? ああ、あれ? あの地面から生えてる排気ダクト? 三つ並んでるでけーの?」
「う、うん……。アレのせいで周りの音何にも聞こえなくなってて役に立てない。あはっ、あははははっ!」
自虐的な言葉と共に漏れ出す笑い声。それは彼女の感情が強く高ぶっている事に他ならない。強い悲しみを覚えているからこそ、彼女の笑い声は大きくなってしまうのだ。
そんな彼女に対して、ほっとく訳にも行かずに青年隊長は手を止めて歩み寄る。ヘッドホンを付けた彼女の赤髪を無造作に撫でてやりながら、青年隊長は同じ様に窓越しの景色を眺めて騒音の原因を一緒に眺めた。
確かに大きな音を立てて排気をしそうな金属製の排気口である。その大きさは施設の規模に見合うどころか、少し大きめの様に見えなくもない。フェンスの取り付けられたその排気口は多脚戦車が悠々入り込めそうなほどでかいのだから、耳の良い彼女にとってはこれはもうさぞかし喧しいに違いないだろう。
「……なあお前等。今までの施設の中で、動力炉って見かけた奴は居るか?」
青年の唐突な質問に帰って来るのは否定の沈黙。当然だろう、青年隊長も含めて全員一緒に行動していたのだから。全員から例外なく『何言ってんだこいつ』と言った目を向けられた彼は、読み飽きてしまったファイルを床に落として勿体ぶった風に口を開いた。
「お行儀よく読書してるのにも飽きただろう? あのクソうるせぇ排気ダクトの先に在るもん探すのと、この部屋のファイル全部に目を通すのとどっちが――」
「ちょっと、ちょっと、ちょっとぉ!」
そんな青年の最後まで言わせずに、斥候少女が肩を怒らせながらズイズイと近寄って来る。すわ真面目な委員長を怒らせてしまったかと思われたが、彼女は手にしていたファイルを投げ捨てて青年隊長の手を取った。
「こんな所で燻ってる場合じゃないわよ。そう言う提案はさっさとしないさいよね、このとうへんぼく!」
どうやら真面目ぶっていただけで彼女も読書には飽き飽きしていたらしい。握った手をぐいぐいと引っ張って、青年隊長を部屋の外へと連れ出そうとし始める。そしてその背中を大荷物を背負った少女が文字通り無言で押して退室を急かした。ここにもまた、密かにうんざりしていた者が居た様だ。
無論のこと、索敵少女も副隊長もその提案に異論を挟む事は無い。彼女等だって部屋に閉じこもっているのには、正直飽き飽きだったのだから。
かくして、一同は地下にあるであろう動力室を探すべく行動を開始するのであった。勿論、ぐちゃぐちゃに荒らされた部屋は放置して。諸行無常、極まれり。
結論から言えば、地下施設はあっさりと見つかった。ファイルを漁っていた執務室のある事務棟から地下へ行く方法が無いかと探してみれば、あっさりと地下へ続く階段を発見できたからだ。
その階段は乱雑に物が積まれて塞がってはいたが、身体を動かしたくてしょうがなかった少女達によりあっと言う間に通れるように整えられてしまった。そして階下へと下れば、そこにはご立派な観音開きの鉄扉が見えて来る。
「……意外と、ノックしたら返事とかするんじゃねぇか?」
「では試してみましょう」
冗談めかして青年体調が言ってみれば、無表情の副隊長が即座に鉄扉を二回ノックする。しんと静まり返った夜の建物内に、ゴンゴンと派手な音が響き渡って行った。
この唐突な行動に扉の前で棒立ちしていた一同がぎょっとして、大慌てで副隊長以外の面子が唯一の人間である青年隊長の前へと庇い出る。一秒二秒とそのまま時が過ぎて、何のリアクションも無いのが分かると副隊長以外の面々はほっと溜めていた息を吐いた。
「……どうやら留守の様で――あ痛っ!」
「敵地に居るのに本当にやるんじゃねぇよ」
副隊長のヘルメット越しに、青年隊長の愛の籠ったチョップが叩き込まれた。表情は全く変わらなかったが、ヘルメット越しに叩かれた場所を擦る辺り案外ビックリしたのかも知れない。ビックリしたのはこっちだよとは、その場の他の全員が思った事である。
気を取り直して、一同は改めて鉄扉へと対峙した。内部への侵入を試みる事にした青年隊長の指示で、斥候少女が分厚い鉄扉を慎重に押し開けて行く。彼女はなるべくゆっくりと開けようとしていると言うのに、それに反して鉄扉は自らの重さを示すよにゴゴゴゴと耳障りな音で鳴いていた。
「開いたわ……。中はアンタが何とか視認できる程度の暗さね。罠を警戒しながら進むから、なるべく離れてついて来て」
「了解だ、お姫様。俺の首が吹き飛ばない仕事ぶりを頼むわ」
「二つの意味で?」
「二つの意味で」
隊長と部下の息の合ったジョークからの乾いた笑いが炸裂。ブラックすぎるジョークは戦場のたしなみと言う物だろう。
当然と言う態で鼻を鳴らし、斥候少女は鉄扉の隙間に身を滑り込ませる。残りの面々もその後に続いて――運搬少女だけは背中の大荷物に苦労しつつ――やや距離を離してついて行く。
入り込んだ地下施設の最初の光景は、薄暗い廊下が奥まで続く様子であった。地上部分も確かに暗かったが、星灯りすらない状況ではさらに暗い。辛うじて目が見えているのは、床の隅に淡くほのめいて列を作っている非常灯のおかげだ。
そんな常人には見通しも怪しい薄暗闇の中を、短機関銃を片手に構えた斥候少女がゆっくりと進んで行く。周囲の罠や奇襲を警戒しつつも、その進行には迷いも淀みもない。己が職務を堅実に果たそうとする、彼女の心の内が現れている挙動であった。
実に頼もしい背中なのでその下の臀部が動きに合わせて左右に揺れている事については、からかう様な発言を控えようと青年隊長は密かに決意。眺めるのもからかうのも魅力的だが、それが原因で窮地に陥れば目も当てられないので我慢である。
真面目な状況で緊張している時ほど馬鹿な事が頭に浮かぶ。そんな病に青年隊長が悩まされていると、先頭を行く斥候少女が長い廊下の途中に開きかけの扉を見つけた。
先導する少女はすかさず罠が無いかを確認に掛かり、慎重に近づいてから壁に背中を付けて身を隠しつつそっと中を覗き込む。そして背後に居る一堂に顔を向けて、声を潜めたままコクリと一つ頷いて見せる。罠は無いとなれば、あとは目視で内部を確認するのみであろう。
本来なら内部の音を索敵少女に探らせたい所ではあるが、施設内の地下ともあればやはり彼女の耳は当てにし過ぎるには危険だ。そう判断を下した上官の意を酌んだ隊員達は、なだれ込む様にして跳ね開けられた扉の中へと突入した。
一糸乱れぬ身のこなしで室内に扇状に展開し、室内に向けて各々の手に持つ銃を差し向ける。そのうちの一人は丸腰ではあるが、青年隊長の前に大荷物を背負ったまま立ちふさがり自身の体を盾にする意気込みを見せていた。守られている隊長自信は銃すら抜いていない。肩の通信機を手にして、不測の事態に備えているのだ。
飛び込んだ室内は元々オフィスとして使われていたのだろう、幾つもの事務机が並ぶ雑然とした様相であった。ドアを開けられた事により舞い上がった埃がゆっくりと落ちて行くばかりで、一見すると他に何も無いように見える。
「あは……、場所は分からないけど居る……。不規則な機械音……、くふっ、してる……」
「だ、そうだ。どうやら隠れていても無駄みたいだし、ここは一つさっさと出てきた方がいいんじゃねーの?」
返答が返ってくるとは思わずに発した言葉ではあったが、案の定声が返って来る事は無くシンと静寂が漂った。どうやら、自主的に顔を見せてくれる積もりは無いらしい。
そうであれば仕方がないだろうと言う事で、青年隊長は唇の端を吊り上げながら大げさにため息を吐く。
「じゃあ、しかたねーから部屋ごと爆破するか。お前等、この部屋に爆弾一個仕掛けてから、外から扉を封鎖するぞ」
そして言い放った青年の言葉には、ガタガタガタっと盛大に反応が有った。室内から明らかに動揺した気配が伝わって来て、事務机から置きっぱなしだった本やファイルケースが落ちて更に埃を盛大に舞い上げさせた。
そんな事はお構いなしとばかりに、今まで荷物を背負うばかりだった無口な少女がいそいそと荷物を下ろして中身を探り始める。只管荷物持ちに徹していた為か、完全にウキウキとしながら背嚢に手を突っ込んでいらっしゃる。そうして取り出したのは金属製の円筒状の物体で、その円筒が幾つか纏めて束ねられさらに制御装置からコードが伸びて絡み付いていた。
そう、みんな大好きダイナマイトである。
「こいつは骨董品の手持ち火器とは違って、湿地帯でも使える様に金を掛けた電気信管式だ。爆発力もお値段の分お墨付きで、こんな部屋ぐらいならこいつ一つですっきりクリアリングってなもんよ。んじゃまぁ、早速設置して――」
「『ま、待て! 解った、出て行く! 姿を見せるから待ってくれ!!』」
する必要のない説明を仰々しく一席ぶった甲斐もあり、青年隊長の言葉を遮る様にして室内に異質な声が響いた。状況的に切羽詰まった様子の成人男性の声なのだが、その声の質は不自然なほどに濁りくぐもっている。まるで機械に通したかのように。
この時点で全員の銃口が声のした方に向けられ、トリガーにしっかりと指が掛けられる。全員機械にはいい思い出が無いゆえに、青年隊長もまた見慣れた姿が視界に入れば迷いなく攻撃を命じるだろう。
その気配を察したのか、再び室内にくぐもった機械音声が響き渡った。
「『あらかじめ言っておくが、私は人間だ。例えどんな姿をしていようとも人間なんだ。それだけは忘れないでくれ……』」
そう宣言して、声の主は姿を現す。事務机の陰からゆっくりと立ち上がり、両手を上げたモノは確かに人の形をしていた。それは間違いなく人の形をした、人間の輪郭を模っただけの――金属の塊だったのだ。
「…………全員武器はそのまま、指示があるまで絶対に撃つな」
「『ふっ……、問答無用で撃たれなかっただけでも行幸だな……。ありがとう、感謝しておくよ』」
青年隊長は殺気立つ部下達を押さえ、それを見た人型は両手を上げたままでシニカルに肩を竦めて見せた。到底人間には見えないと言うのに、その所作にはやけに人間臭さがある。下手をすると、青年隊長の引き連れる部下達よりも余程に。
出会ってしまった以上は、互いを知りうる努力はしなくてはならないだろう。どんな姿をしていても、言葉が通じるなら情報収集は義務なのだから。
密林の奥の工場の、そのまた地下深くでの奇妙な邂逅。これが吉と出るか凶と出るかは、この場に居る者達にはまだわからない。
続きはこれから順次書いていく予定です。