DOG DAYS~勇者の記憶~   作:創一

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第一話

 

「オレは………」

 

 答えようとして言葉に詰まる。

 

 ――あれ?オレの名前ってなんだっけ?

 

「あれ?………えっと……??」

 

 オレはここで初めて自分の名前が思い出せないことに気づく。いや、思い出せないのは名前だけではない。自分がどこで何をしていた何者なのか。どうしてこんなところにいるのか。どうして

何も思い出せないのか。頭の中をどんなに探してみても自分に関する記憶を見つけることができなかった。

 溢れ出す疑問と不安にオレは思わずうつむく。次から次へと襲う理解不能の現象にオレの頭は

限界寸前だった。

 

 ふと顔を上げると手が差し伸べられたままだと気づく。オレはその手の主に視線を向ける。

 ユールムストと名乗った少年はこちらをじっと見ている。

 身長はオレと同じか、少し低いくらいだろうか。髪は流れる鮮血のような朱色で、瞳は紫水晶を思わせる濃い紫色をしている。頭からはオオカミのようにピンと立った耳が生えていて、尻尾も

確認できる。目は切れ長で整った顔立ちをしているが、無表情なため冷たい印象を受けた。

 

 少年は答えが返ってこないことなどさして気にした風もなく、自分の要件を淡々と告げる。

 

「貴方をお連れするよう命を受けました。ついて来て下さい」

 

 少年はそう言うと、もう伝えるべきことは全て伝えたといわんばかりに踵を返して歩き出す。

 

「ちょ、ちょっと!待っ!」

 

 どうすればいい。ついて行くべきか。行かざるべきか。ついて行ったらどうなるんだ。

 少年は思い惑うオレを待ってはくれない。背中がどんどん遠ざかる。

 今決めなければならない。これから、どうするかを。自分が、どうしたいのかを。

 

 ――自分が何者なのか、知りたい。

 

 ――だったらもう答えは出ているのと同じだ。

 

 オレは混濁する頭に拳骨で活を入れる。今は迷っている場合ではない。

 おそらく彼は現状で情報を得られる唯一の存在だろう。右も左もわからない今のこの状況を解決するには彼について行くしかない。

 オレは考えをまとめ、少年の後を追いかけた。

 彼は巨大な鳥のような生物の前で立ち止まると、それにまたがり手を伸ばす。

 

「乗ってください」

 

 手を差し伸べられるのはこれで二度目だ。オレは迷わずその手を掴む。

 この選択が最善だと信じて、少年の後ろにまたがった。

 

 

 巨大な鳥に揺られながら戦場の様子を観察する。障害物の様なものがあちこち設置されており、

一見するとその障害物で遊んでいるだけのようにも見えた。戦争とはこういうものだっただろうかと不確かな記憶をあさっていると一人の兵士が剣でバッサリと斬られるのを見てしまい、思わず

目をそむける。

 やはりここは戦場なのだと思い知った次の瞬間、信じられないことが起こった。

 斬られた兵士が巨大な毛玉に変身したのだ。オレはその衝撃的映像に驚きを隠せず、思わず少年に説明を求めた。

 

「お、おいっ!待ってくれ、えっと確か……ユールムストだっけ?あれ、どうなってんだ!?

 

 人間が毛玉になったぞっ!?」

 

「攻撃を受けて玉化しました。一定時間経てば元に戻ります」

 

「元に戻る………じゃあ、この戦いで人は死なないのか?」

 

「はい。フロニャ力の加護がありますから」

 

 オレの驚きなど意に介さず、前を向いたまま淡々と答える。

 

 ――そうか、あの毛玉、おっさんだったのか。

 

 などと、この世界で最初にあった人物のことを思い出し、その無事に安心する。

 やっぱりついて来て正解だった。答え方に愛想はないが、彼はオレの疑問に答えてくれる。

 ユールムストとの会話からそう感じ、オレは質問を続けた。

 

「フロニャ力っていったいなんなんだ?」

 

「この世界、フロニャルドに満ちる守護力です。フロニャ力の加護がある限り、我々は怪我をする

 

 ことも命を落とすこともありません」

 

「便利だな……。フロニャルドって?」

 

「この世界のことです」

 

 この後もオレは質問を続けた。ユールムストはその全てに答えてくれた。彼の答えは簡潔で必要最低限のことしか言わない。だが、記憶を持たないオレにはこの程度の情報量が丁度いいようだ。 一度にたくさんの情報を詰め込むと頭がパンクしてしまう。オレの頭はまだそれほど回復して

いないのだ。

 

 ユールムストの答えを要約すると、この世界はフロニャルドという名前で、今はユールムストの属するバウム竜王国とビスコッティ共和国・ガレット獅子団連合の間で開催されている戦の真っ

最中らしい。

 また、この世界において戦は国民が参加する国営事業のようなもので、安全には十分配慮されているそうだ。国名や戦の詳しいシステムについてはまだ理解できないところもあるが、命に関わるような危険はないと分かっただけでも十分安心できた。

 

 現状に関する疑問はかなり解決された。問題はオレ自身に関する疑問だ。オレは次にするべき

質問を慎重に考える。その答え如何によってはオレの全てが決定するかもしれない。

 深呼吸して心を落ち着かせ、その質問をぶつける。

 

「オレ、何も思い出せないんだけど………オレが誰だか知ってるか?」

 

「知りません」

 

「ぐっ!」

 

 それは何の躊躇いもない一言で斬って落とされた。

 

 ある程度覚悟はしていたが、こんなにも言いきられてしまうとさすがにキツイ。

 ユールムストはオレの懊悩になど気づく様子もなく、前を向いて巨鳥の手綱を握っている。

 

「そ、そっかぁ」

 

「はい」

 

「そうだよな」

 

「はい」

 

「………」

 

「………」

 

 か、会話が続かない……。

 

 こちらから質問するのをやめるとたちまち沈黙が支配する。いくらなんでも不愛想すぎる。どう考えてもこいつは人を迎えに行くのに向いていない。結局ついて行ったオレが言うのもなんだが、命じたヤツは人選の才能がないか、こいつに全幅の信頼を寄せているかのどちらかだろう。などとこいつに命じた誰かについて思いを巡らせていると、ユールムストのある言葉を思い出した。

 

 ――「リースリング様の命により、お迎えにあがりました」

 

 ユールムストは初めて会ったとき確かにそう言っていた。リースリングってヤツはオレの存在を知っていて彼に迎えに行くよう命じた。もしかしたらそいつならオレのことを何か知っているかもしれない。オレは心に新たな希望が生まれるのを感じ、その人物について尋ねてみた。

 

「なぁ、リースリングって誰だ?」

 

 ユールムストはすぐには答えず押し黙る。その様子にリースリングという人物が彼にとって重要な存在だと容易に想像できた。

 

「リースリング様は…………!!」

 

 答えを口にしようとした次の瞬間、ユールムストは思い切り巨鳥の手綱を引いた。

 

「んなっ!?」

 

 巨鳥が急停止する。オレはバランスを崩し、巨鳥から放り投げられる。視界がぐるりと回転し、水色の閃光が見えたと思ったら、背中から地面に叩きつけられた。

 横隔膜がせり上がり、肺が押しつぶされる。カハッという声にならない声を上げ、わずかな間

呼吸が止まった。

 フロニャ力なんてものがあっても痛いもんは痛いし苦しいもんは苦しいんだなぁ……と、激痛と苦痛を全身で感じながらバタバタとのたうち回る。

 

「くっ……いきなり、なんで?………ゲホッ」

 

 なんとか呼吸を回復して立ち上がり、突然何をするのかとユールムストに詰め寄る。

 彼は答えない。ただじっと一点を見つめて微動だにしない。オレは地面に転がった鳥の様な毛玉を見て、初めて攻撃を受けたことに気がついた。

 

 

 ユールムストの視線を追うと、そこには薄緑色をした髪の少女が佇んでいた。

 彼女の纏う空気から、オレ達に敵意を持っていることは間違いないだろう。両手に短剣を握り

しめ、こちらの出方を窺っている。

 ユールムストもゆっくりと腰から武器を抜く。左右に一つずつ、両手に持つ。50センチほどの長さで、材質はおそらく金属だろう。片側から突き出た柄の様な短い棒を握り、腕に添わせるように構えた。

 あたりがいいようのない緊張に包まれる。そんな静寂を破ったのは、戦場に響き渡る不自然に

バカでかい男の声だった。

 

『おぉっと!ビスコッティの騎士エクレール!!バウム竜王軍ユールムスト竜将と西部丘陵地帯で

 

 激突かぁっ!?ワタクシ、フランボワーズ・シャルレ―も興奮して参りましたぁ!!!』

 

「な、なんだ!?この声はっ!?」

 

「戦の実況放送でしょう。これから彼女と戦わなければなりません。巻き込まれないようそこで

 

 じっとしていてください」

 

「実況放送って……、そんなことまでしてんのかよ」

 

 ユールムストは前方から意識をそらさずに淡々と告げた。

 この実況をきっかけとし、エクレールと呼ばれた少女が名乗りを上げる。

 

「私はビスコッティ騎士団・ミルヒオーレ姫様直属親衛隊隊長。エクレール・マルティノッジ!!

 

 貴殿に一騎打ちを申し込みますっ!!」

 

 武器を構えた彼女の背後に光の紋様が浮かびあがる。突然起こった原理不明の発光現象に驚いていると、ユールムストも彼女の名乗りに答えるように武器を構えて光を放つ。

 

「バウム竜王軍・第四師団師団長。ユールムスト・クネック。一騎討ち、お受けします」

 

「お、おい!なんだ、あれっ!?オマエも、それ!?」

 

「紋章です。騎士級戦士ならみな持っています。それと、さっきから少しうるさいです。もう少し

 

 静かにしていてください。気が散ります」

 

「あんだとっ!?」

 

 文句をぶつけようとするが、そこにはもう誰もいない。ユールムストはエクレールが駆け出したのと同時に迎撃に出ていた。

 

『騎士エクレールと竜将ユールムストの一騎打ちが始まりました!!この二人の戦いは、前半戦の

 

 形勢を決定づけるものとなるのでしょうかぁ!!!』

 

 両者は一気に距離を詰める。二人ともめちゃくちゃ速い。まるで風の様な速さだ。この速さの

ままぶつかったら大事故が起こる。しかし二人がスピードを緩めることはなく、距離はどんどん

縮まっていく。

 そしてそのままぶつかると思われた次の瞬間――

 

「烈空十文字!!」

 

「血風円月輪」

 

 激突の直前に両者の武器から同時に光が放たれた。

 

『も、紋章砲、炸裂っーーー!!!』

 

「くっ!!す、すげぇ………」

 

 二人の放った光が激突する。水色と朱色に輝く二つの光は周囲に閃光を迸らせながらせめぎ合い突如として爆散した。

 爆発によって周囲に衝撃波が発生し、近くにいた他の兵士達が次々と玉化する。オレも危うく

吹き飛ばされそうになったので、頭を抱えてうずくまり難を逃れた。

 

 衝撃波が収まりおそるおそる頭を上げると、既に二人は武器を交えていた。

 

「くぅ!!」

 

「……っ!」

 

 両者の武器がぶつかり合い、ぎりぎりといやな音をたてた。お互い一歩も引く気はないようで、両足で地面を削りながら相手を押し切ろうと踏ん張っている。

 意地と意地のぶつかり合いは続き、このまま終わらないのではないかとさえ思えた。ところが

意地の張り合いは一方の心変わりにより唐突に終わりを迎えた。

 

 ユールムストがわずかに左に身体をひねり、ひねると同時に武器を引いてエクレールの力を受け流す。そして急に支えを失いつんのめる彼女の背後に一瞬でまわりこみ、無防備な背中に渾身の

一撃を加えた。

 

『おおっとー!!騎士エクレール、背中に強烈な一発をもらってしまったぁー!!』

 

 実況がけたたましく響き、攻撃を受けたエクレールがオレの真横まで吹っ飛ばされる。

 オレはおそるおそる近づき、彼女の様子を窺う。地面にぶつかった際に巻き上げられた土埃の

せいであまりよく見えず、さらに距離を詰めようとすると人影がゆっくりと起き上がった。

 顔は土で汚れ、上着が破けてアンダーウェア姿になっている。しかし、短剣は握りしめられた

ままで、両の瞳にはいまだ燃えるような闘志がうつされていた。

 

 オレは二人の戦闘に巻き込まれないよう一目散にその場を離れ、遠目に戦いを見守った。

 今度はユールムストの方から距離を詰める。あと10メートルのところまで近づくと地面を蹴り跳躍。接近するスピードに落下するスピードを加え、加速によって強化された一撃を叩き込んだ。

 エクレールはその場を一歩も動かず短剣を交差させて受け止めた。足を踏ん張り双剣から伝わる衝撃に耐えている。

 しかし、ぶつかり合ったのはその一瞬だけで、右に身体をひねって攻撃を受け流した。

 そして空中で身動きの取れないユールムストに――

 

「はぁああああっ!!!」

 

 さっきのお返しと言わんばかりに渾身の回し蹴りを放った。

 

 ――自分の受けたダメージを同じ方法で返すなんて相当負けず嫌いなんだな。

 

 エクレールという少女の人物像にぼんやりと思いを巡らせていると、突如飛来した何かが鳩尾に直撃した。

 

「ごはぁっ!!??」

 

 本日二度目の呼吸困難にもだえ苦しんでいると、飛んで来た何かこと、ユールムストがゆっくりと立ちあがった。

 両腕の手甲がボロボロに壊れているが、他に目立ったダメージは見あたらない。おそらく回し

蹴りを受ける時に咄嗟に両腕でガードしたのだろう。

 予想していたよりもダメージの少ないユールムストも見て、エクレールは悔しそうにギリッと

歯噛みをした。

 

 両者はもう一度にらみ合う。

 もうかんべんしてくれと鳩尾をおさえて呻いていると、突然オレとユールムストの周りに影が

差した。

 今度は一体何事だ。そう思い空を見上げると信じられないものがそこにはいた。

 

 

「な、なんだ、あれ?」

 

 竜が空を飛んでいる。記憶のないオレでも竜がどんなものかはなんとなくわかる。それは、現実には存在しないはずの生き物だ。目が覚めてこれまで色々と衝撃的な体験をしてきたが、これは

そのどれも上回る圧倒的なものだった。

 唖然としていると、竜から声が聞こえてくる。

 

「お~い。ユ~ル~。苦戦してんじゃん。手伝ってあげよっかぁ?」

 

「しゃ、喋った!?」

 

 オレは思わず声を上げる。話しかけられたユールムストはさして驚いた様子もなく、オレの質問に答えるときと同じテンションで言葉を返す。

 

「これは一騎打ちだ。それよりもセルクルをやられて足がない。代わりに彼をリースリング様の

 

 もとへ連れて行ってくれ」

 

「了~解。そこの人、両手を広げな。危ないから動くなよ~」

 

 そう言うと、竜が下降してくる。

 何をされるかわからないが危ないといわれてしまった以上、言われたとおり両手を広げて待つ

しかない。

 ビクビクしながら身構える。すると、いきなり両腕が何かに掴まれ、次の瞬間両足が地面から

離れた。

 

「あわわわわぁぁ!!!」

 

「大きい声出すのも危ないよ~」

 

 ぐんぐん上昇し、あっというまにユールムストとエクレールが見えなくなる。半端なく怖い。

 竜はさらに上昇を続け、戦場全体が見渡せる高さまで到達した。腕を掴まれただけの両足ブランブラン状態はオレに言葉にならない無力感を与えた。

 恐怖に青ざめていると竜はゆっくりと向きを変え、目的地への飛行を開始した。飛行スピードは想像していたよりもはるかに速く、オレの心に追い打ちをかけた。

 

「どうだ?いい景色だろ~」

 

 竜は暢気に話しかける。しかし、オレにはもう答える余裕などなかった。

 そんなオレの精神状態などまるで気にした風もなく、竜は能天気に言葉を続ける。

 

「天気もいいし。今日は本当に戦日和だなぁ~」

 

 ――知るかっ!どうでもいいわっ!

 

「今日の戦、アタシ大活躍なんだよねぇ~。帰国したら人気者かなぁ?サイン練習した方がいい

 

 かなぁ?」

 

 ――竜がサインって、どうやるんだよっ!

 

 大声は出せないので心の中でツッコミをいれた。そうこうしているうちに砦のような建物の上で停止する。

 

「到~着~」

 

 竜はそう言うと下降を開始した。大地が徐々に近づいて来て砦の全容が見えてくる。どうやら

内部に竜が発着するためのスペースがあるようで、オレ達はそこに降下するのだろう。

 しかし、どうやら竜が向かっているのは発着スペースから少し離れた、砦内で一番大きな建物の屋上だった。

 屋上まであと少しの所まで接近すると、下降のスピードを緩めてホバリングを開始する。

 ようやくこの両足ブランブラン状態から解放されると安堵の表情を浮かべていると、いきなり

両腕が放され背中から叩きつけられた。

 

 いくらなんでもこの短時間に呼吸困難三回は多すぎだと本日三度目の苦しみに喘いでいると、

この苦しみを与えた張本人の声が聞こえて来た。

 

「ゴメ~ン。ちょっと放すの早かったかぁ?」

 

「ふ、ざけっ!!ゲホッ!ゴホッ!」

 

「ゴメンってば。そんなに怒んなよ~」

 

 まるで悪びれた様子もなく、ゆっくりと向きを変え――

 

「それじゃあ、ちゃんと送り届けたからなぁ。アタシは帰還ついでに補給するからまた後で~」

 

 そう言い残して飛び去って行った。

 

 

 背中をさすりながら立ち上がり息を整えていると、何やら周りがザワザワしている。

 あたりを見渡すと思った以上に人がいる。オレはこんなにもたくさんの人の目の前で、空から

落っこち、背中を思い切り叩きつけ、のたうちま回っていたのかと思うとなんだかやるせない

気持ちになってしまった。

 

 人々は一様に泡を食ったような顔をしている。凍りつく様な空気に羞恥で顔が赤くなる。

 思わず逃げ出してしまいそうになる寸前。その場に鈴を転がすような声が響いた。

 

「その者は私が連れてくるよう命じたのよ」

 

 オレはその声の主を探す。あまりによく通る声で、却ってどこから聞こえてきたのか判別が難しかった。

 しかし、その疑問はすぐに解消された。

 声の主がこちらに歩いてくる。一目見ればそうだとわかる。なぜならその人物が、他の人々と

比べて明らかにに異彩を放っていたからだ。 

 

「アンタが……リースリングか?」

 

「ええ、そうよ。怪我はない?」

 

 オレは彼女の姿に息を呑む。長い金髪は森に差す木漏れ日のように煌めき、瞳は深い湖の底の

様な翡翠色をしている。肌は雪のように白く、まるで彼女そのものが光を放っているかのように

錯覚させた。

 しかし何より目を引いたのは彼女の頭に生えているものだった。もちろん動物の耳ではない。

彼女の頭からは、白磁の様になめらかな光をうつす二本の角が生えていた。

 

「怪我はないかと、聞いているのだけれど」

 

「んぁ!?あ、あぁ。何ともない」

 

 彼女の言葉で我に返る。あまりの人間離れした美しさと神々しさに目を奪われてしまっていた。

 

「そう、よかった」

 

 心配してくれているのだろうか。オレは思わず目頭を押さえる。

 目が覚めて初めてちゃんと心配してもらえた。そのことが嬉しくて涙が出そうになる。

 オレが人の優しさに触れた感動に打ち震えていると、リースリングが口を開く。

 しかし、その口から出てきた言葉は予想だにしないものだった。

 

「それじゃあメイド隊。とっとと着替えさせなさい」

 

 その一言で、オレの周りはメイドさん達に囲まれてしまう。突然のことに一歩も動けない。

 輪がどんどん狭まって行き、逃げ場が完全になくなってしまう。

 周囲には目隠しのカーテンが設置され、されるがままに服を着替えさせられた。

 

「な、な、なにをっ!?」

 

「着替えながら聞きなさい。現状を説明してあげるから」

 

 ずいぶんと無茶を言う。しかし彼女は言葉を続ける。

 

「知っているかもしれないけど、我がバウム竜王国はビスコッティ共和国・ガレット獅子団連合と

 

 戦を行っているの。前半戦の途中までは我が国優勢で、撃破ポイントも大幅に勝っていたわ。

 

 ここまではいいわね?」

 

 上半身の着替えの真っ最中で答えることができず、ふがふがと情けなく息が漏れる。

 リースリングはそれが返事と判断したのか、再び話し出す。

 

「そのままいけば我が国優勢のまま前半戦を終えられたのだけど、ビスコッティ共和国の領主

 

 ミルヒオーレが劣勢を覆す一手を打ってきたの。それが『勇者召喚』。ミルヒオーレは異世界

 

 から勇者を召喚したのよ」

 

「『勇者召喚』?」

 

 異世界からの召喚という言葉に引っかかり疑問を口にするが――

 

「話の途中よ。黙っていなさい」

 

 にべもなく斬り捨てられた。

 

「召喚された勇者シンクは獅子奮迅の活躍を見せ、見事に劣勢を盛り返したわ。連合兵士の士気も

 

 上がっているし、ポイントもかなり追い上げられている。このままいけば勢いのついた連合軍を

 

 止められずに敗北してしまうかもしれない。私はこの局面をいかに乗り切るか悩んでいたわ。

 

 そんな時よ、戦場で逆転の一手となる存在を見つけたのは」

 

 着替えが終わる。カーテンが外され、メイドが姿見を持って来る。そこには黒い髪と黒い瞳に、どこにでもいそうな顔の少年が映っていた。その顔を見ても何も思い出せないことに肩を落とす。 そういえばこの少年はやたらと目立つ服を着ている。

 

「は、派手だな……」

 

「勇者の正装なのだから当然でしょう」

 

 一瞬、その言葉の意味がわからず聞き返す。

 

「勇者?誰が?」

 

「貴方よ」

 

「はぁっ!?」

 

「貴方にはバウム竜王国の勇者になってもらいます。放送班呼んで頂戴。これから打ち合わせよ」

 

 メイドの一人が屋上から降りて行く。オレの意思なんて知ったこっちゃないらしい。

 好き勝手に話を進める姿に、思わず声を荒げる。

 

「勝手に話進めんな!どうしてオレなんだ!?」

 

「貴方の容姿は勇者シンクと同じ異世界人のものよ。そんな貴方が勇者となって戦い、兵士を鼓舞

 

 すれば、きっと我が軍の士気も上がるわ」

 

「戦いなんてできねぇよ!!」

 

「別に期待してないわ。みっともない姿さえ見せなければそれでいい」

 

「なっ!!」

 

 いくらなんでもあんまりだ。リースリングの辛辣な言い草に憤りを覚え、掴みかかろうとした

次の瞬間、空に轟音とともに花火が打ち上がった。

 

 

『前・半・戦、終ーー了ーーー!!!連合147ポイント!!バウム169ポイント!!

 

 勇者シンクの活躍により、連合が怒涛の追い上げを見せましたぁ!!バウムは連合の勢いを

 

 止めることができるのかぁ!?それではみなさん!!後半戦でまたお会いしましょう!!

 

 実況はワタクシ、ガレット国営放送フランボワーズ・シャルレ―がお送りしました!!』

 

 放送が止み、戦場の空気が緊張から和やかなものへと変わっていく。

 オレは一歩後ずさり、絞り出すように言葉を吐き出す。

 

「それでも、戦えねぇよ……」

 

「なぜ?」

 

「……何も思い出せないんだ。自分のことも。どうしてフロニャルドにいるのかも………。

 

 オレには何もないんだ!!戦ったからって何になるんだよ!!!」

 

 堰を切ったように言葉が溢れ出す。それはオレの心の痛みから放たれた本心の言葉だった。

 目が覚めてから感じた不安と恐怖。その全てを衝動のままに彼女に叩きつけてしまう。彼女の

せいではないとわかっていても止めることはできなかった。

 

 リースリングは悲しげな表情で押し黙る。八つ当たりを悔やむも、一度吐き出された言葉を飲み込むことはできない。

 責められても仕方ない。そう思って身構えていると思いもよらない答えが返ってきた。

 

「なら、記憶のために戦いなさい。立派に勇者を務めあげたら、私自ら貴方が記憶を取り戻す

 

 手伝いをしてあげる。それで文句ないでしょう?」

 

「えっ?」

 

 記憶を取り戻す手伝いをしてくれる。彼女がそう言ってくれるなんて、思いも寄らなかった。

 それでもその言葉は確かにオレに向けられたもので、その事が信じられないくらい嬉しかった。

 感極まり言葉に詰まる。そんなオレの気持ちを知ってか知らずかリースリングは早々に答えを

求める。

 

「どうなの!?」

 

「えっ、あっ、はい」

 

「それじゃあ、決まりね」

 

 拒めるわけがない。彼女にどんな思惑があったとしても、自ら手伝うと宣言してくれた誠実さを信じないわけにはいかなかった。

 

 

「お取り込み中、申し訳ありません」

 

「「!!!」」

 

 真横から声が聞こえた。オレ達は二人して驚き、声の主を見つめる。

 

「バウム国営放送のモニカ・ブレッツェルです。何の御用ですか?」

 

 さっき呼んだ放送班が到着していたらしい。恥ずかしい姿を見られてしまったようで、思わず

顔をふせる。リースリングは何事もなかったようなふりをしているが、言葉の端に何のほんの少しの動揺が見受けられた。

 

「ほ、放送内容の変更をお願い。後半戦から我が国も勇者を出します」

 

「了解しました。勇者様のお名前を伺ってもよろしいですか?」

 

「えっと………そういえば、聞くのを忘れていたわ。貴方、名前は?」

 

 着替えさせて、放送班まで呼んで、いまさらこの質問をするとは。この女はとんだウッカリさんかオレの素姓なんて心底どうでもいいかのどっちなんだなと思いつつ、渋々彼女の問いに答えた。

 

「……わからないって言ったろ。オレには記憶がないんだから」

 

 改めて言葉にしてしまうと絶望感が一際大きくなる。リースリングはそんなオレの苦悩を感じ

取ってくれたのか、なにやら複雑な表情をしていた。

 

「そう、困ったわね。せっかくの勇者が名無しでは格好がつかないわ」

 

「そこかよっ!?」

 

 あまりにも望んでいたリアクションとかけ離れていたので、思わず勢いで突っ込んでしまった。

 リースリングはそんなオレの態度が気に障ったようで、

 

「貴方、さっきから礼儀がなってないわ。私にツッコミを入れるなんてどういう了見なの?」

 

「礼儀もくそもあるか!!さっきからオマエ何様だ!?偉そうにしやがって!!」

 

「私はこの国の神よ。偉いのよ。畏れ敬いなさい」

 

「はぁ!?神だぁ!?オマエ頭おかしいんじゃねぇの!?」

 

「なんですって?もう一度言ってみなさい、この愚民」

 

 ギャアギャアと無意味な口論を続けていると、一人のメイドがおずおずと近づいてくる。

 

「リースリング様。この方のお召し物の中にこんなものが……」

 

 そう言ってチェーンのついた、小さな金属板をリースリングに渡した。

 リースリングはその金属板を見つめ、眉をひそめる。

 

「何か書いてあるわね。フロニャ文字ではない。貴方、読める?」

 

 リースリングは金属板をオレに手渡す。

 そんなものを身に付けていたことにすら気づいていなかったのにわかるわけがない。そう思って金属板に目を移すと、なんとそこに刻まれた文字を読むことができた。

 オレはその文字を静かに読み上げる。

 

「………カ…ミヤ、オウ…リ………?」

 

「カミヤ・オウリ?それがあなたの名前?」

 

「オレの……名前……」

 

 ――カミヤ・オウリ……これがオレの名前?

 

 オレは聞き覚えのないその言葉を、頭の中で何度も反芻した。




ここまで読んでいただきありがとうございます。

前話から一週間以上も空いてしまいました。
これにはわけがあります。
私自身の筆の遅さに加え、パソコンが謎のフリーズ現象を起こし、
このサイトのシステムを理解しておらず、未完成の作品をアップ
してしまったりと本当に色――ゴメンナサイ、もう言い訳しません。

作品の内容についてですが、
原作キャラエクレール登場です。
でもちょっとしか活躍しませんでした。反省。
作品の時系列も明らかになりました。
アニメ一期の一話とほぼ同じですね。
この作品ではレオ閣下は星詠みで絶望の未来を見ることはなく、
代わりにオリジナルのバウム竜王国が攻めてきたという設定です。
後、主人公の名前も判明しました。
やっとです。早く出したかった。
これからはオウリとシンクが体験する初めての戦が始まります。

今回もあまり読みやすい文章ではないかもしれませんが、
御指摘、御感想等いただけたら恐縮です。

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