天卯鷺です。
この世界は弱肉強食だ。
力の無いものは、力の前に簡単にその命を散らされる。
この世界は不平等だ。
生まれた瞬間から、その生き方を形付けられる。
力、才能、権力に名声。
それは良い意味にも、悪い意味にも世間には伝わっていく。
己の意思とは無関係に。
それは人間も、怪物《モンスター》も同じことだ。
残酷なこの世界を生き抜くために己より弱い獲物を食らう怪物は、時には狙われる側に回ることもある。
それは自然の定めであり、抗いようがないものだ。
生を受け、がむしゃらに生きて、そして死ぬ時は突然だ。
過酷な環境も、彼等には良いも悪いもないのだから。
だが、人間は違う。
人は願いを持つ、それは他の生物が持ち得ない欲望。
気高き理想を掲げれば、時に多くの者がその志に賛同し道を同じくする。
一途な理想は人を魅了し、その背中に新たな理想を見いだすことで、より高みを目指し続ける事ができる。
同じような思いを持つ者同士が、新たな出会いを生むこともある。
出会い、成長し、仲間と共に強くなる。
そんな生き方に憧れた。
…憧れていた。
どんなに望み、焦がれようとも届きはしない願い。
それを妨げるのもまた、人の欲望なのだと。
黒く染められたこの手では、決して逃れることはできないのだと。
あの日までの自分は、そう思っていた。
ーーー
初めて見た感動も、数日も同じ光景が続けば代わり映え求めてしまうものだろう。
大海原のど真ん中、見渡す限りが真っ青な世界に、真上からの日の光を浴びてポツンと漂う木船に乗りながら、この船はこのまま漂う続けるのでないか?という疑問が浮かんでくる。
船のデッキの柵に手をかけながらしゃがみこみ、木製の柵の隙間から水面に映る魚影を見つめながら、これからどうなるのかを考えてしまう。
乗船してからの数日間、一人になるとついその事ばかりが頭に浮かぶ。
四十年にも渡る調査をもってして、なお謎が残る未開の地、新大陸。
長年生きてきた旧大陸とは異なる生態系、地形や独自の進化を遂げたモンスターなどが生息しているらしい。
その地を目指して航海を続けるこの船には、ハンターズギルドが新大陸開拓のために考案した、新大陸古龍調査団、その五期団のメンバーが謎多き大陸への到着を今か今かと待ちわびていた。
そのような連中と同じ船内にいる訳だが、それが自分の今の悩みの種、……いや疑問の種と言うべきだろう。
背後から木材の軋む音がする。船の揺れによるものではない、人の歩く音だ。
「またここにいたんですか?」
考え事をしていれば、いつもかけられる凛とした声。
首だけを動かして、声の主の姿を確認する。
新規調査団に配布される新大陸仕様のレザー装備を頭部以外身に纏った女性、特徴的な空色の髪に整った顔立ちは一度見たら、男女を問わずしばらく目からは離れないだろう。
「食事はとりましたか?、朝から、船員の手伝いをしていたのでしょう?」
声をかけながら、すぐ隣まで彼女は近付いてくる。彼女に何の他意も無いのだろうが、真横に女性がいるだけで妙に落ち着かなくなる。
「さっき適当に食った、それにたいした仕事じゃないし気にしなくていいよ」
そう答えながら、膝を使って立ち上がる。
頭を並べてみると、彼女とは頭ひとつ分の身長差がある。……因みに自分の方が低い。
自分自身、正確に計ったわけでないが、回りと比べて見ても恐らく平均身長はあると思っている。
「……私の顔に何かついてますか?」
視線に気づいた彼女は、少し恥ずかしそうに前髪をいじる。
「いや、なにも……、それより今日はひとりなのか?」
見渡す限り、室外に出ているのは自分達だけ。
時間帯な為に殆どの人は食堂に足を運んでいるのだろう。
いつもなら、彼女ともう一人の男性が共に声をかけてくるのだが、今日は違った。
「ええ、フレリックは明日の早朝に備えて、身体を休めています。と言っても、船のなかですることと言っても、特にないんですけどね」
「早朝?、何かあるのか?」
「予定では、今日中に新大陸を視認できます、ですが、恐らくその時には日も沈んでいて全貌を見れるのは早朝、その時に拠点に停船する流れになります」
いよいよ目的地に近づいている。しかし、その実感は途方もなく薄い。
「あなたも、手伝いが一段落ついたら少しの間でも休んでください、船から資材などを運び出さなければなりませんから」
この船旅も、あと数時間もすれば終わる。
けれど、それから先の未来が余りにも不確かなままだ。
そもそも、自分がこの船に乗っていること事態が謎だ。
多かれ少なかれ、実力を秘めたハンターが選考された調査団に俺がいる理由。
それは彼女、アーデリア・ルノーレスに雇われたからだ。
雇われたというよりも、買われたの方が正しいか。
顔も知らないやつに人生を買われ、数日もしないうちに調査団の船の上での生活、しまいに言い付けられたのは自由にしていていいという、最も判断に困るものだった。
「ですが驚きましたよ、新大陸での生活はあなたにとってかなり過酷な物になるでしょうから、それも踏まえて船内では自由にさせたんですが、まさか自主的に船員の手伝いをしだすなんて」
「俺に出来ることなんてそれくらいしか無いからな、それにいくら自由にしていいと言われても、ただ何もしないで過ごすのも気が引けるし、食事分は働くさ」
以前の暮らしでは、食事を取れないこともざらではなかったのでこうして安定して食事を取れるのは正直ありがたい。
だが、俺の作業内容と食事のグレードはどう考えても見合っていない。
何度かグレードを下げるよう料理人に頼んだのだが、「これから大変なんだから、しっかり食え」と押しきられてしまう。
大変も何も、周りのハンターに比べたら鼻で笑われる位に差があるのだが……。
「……あなたの様に殊勝なら、予定を早めてもいいかもしれませんね」
独り言に近い微かな声だったが、俺の耳は確実にその声を捉えた。
「……?、何の話だ?」
「いえ、なんでもありませんよ、それよりも向こうに着いたら私達も忙しくなりますから、サポートお願いしますね」
明らかな話題のそらし方に、微かに眉をひそめる。
新大陸での予定を聞こうとすると、どうにも煮え切らない様な態度をとって来る。
こちらもそろそろ、我慢の限界だった。
「……なあ、島にもあと少しで到着なんだろ?、いい加減教えてくれよ、俺は何のために新大陸なんかに連れていかれてるんだ?」
「……」
俺の言葉に、彼女は黙したまま海を見つめた。
俺と彼女との関係は、間に金が挟まる主従の関係だ。
金を払ってもらった以上やることはやるつもりだが、様々な分野の才能が集まる場所にわざわざ素人を連れていく訳が見付からない。
連れていくにも、もう少し実績のある奴を選んでもよかったはずだ。
「アーデリアさん、少しよろしいですか?」
不意に、背後から知らない声が耳に届く。
振り替えると、船員の一人がこちらに歩いてきた。
「明日の停船の役割について話しておきたいと、船長が…」
船員がちらりとこちらを見る、会話を遮ってしまったと思ったのだろうが、俺はヒラヒラと手を振って見せるとアーデリアはその意図を組んだようで、
「わかりました、今向かいます」
去り際に小さい声で、「すいません、また後で」と謝られた。
ため息をつきながらその背中を見送り、木の柵に背中を預ける。
「リオン……」
アーデリアの声だ。
だが、一瞬誰にたいして言っているのかわからなかった。
リオン。
そうだ、俺の名前だ。
(……やはり、まだなれないな)
アーデリアを見ると、彼女は少し悲しげな、そしてどこか優しい顔でこちらを見ていた。
「なんだ……?」
「……いえ、何でもないです」
言い残すと、彼女は船員と二人で船内へと消えていった。
一人デッキに取り残され、再び俺は海を睨む。
なにも代わり映えしない光景、青い空と海。
その広大な広さに、押し潰されそうになる。
押し寄せる不安と焦り。
自然と、視線は船の進む先に向いていた。
新大陸、そこで何があるのだろう、そこで何を成せるだろう。
俺は、無意識に握る拳に力を込めた。
次回は早速古龍登場です。
知ってると思いますが、古龍は四体出てきます。
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ありがとうございました。