晩御飯も終わり、茶の間でお喋りタイムを堪能している蝶屋敷メンバー。カナヲちゃんは任務で外出中なので、三人娘とアオイちゃん、そして僕と義勇としのぶちゃんが一部屋に集まっている状態だ。義勇の人見知りを治すために、彼女たちにも来てもらった訳だが……逆に彼女たちの方が畏まっちゃってる。やはり柱とは畏れ敬われる存在らしい。
「妙だな……僕も重要さで言えば柱に近い筈なのに。アオイちゃんに敬われていない……何故だ?」
「普段の行いでは?」
「ああ、僕とは気安い仲でありたいと。なるほど」
「そうですね」
「む……アオイちゃんまでそんな……あのさ、しのぶちゃん。僕の対処法を共有するのはレギュレーション違反だぜ」
「そうですね」
「義勇、しのぶちゃんたちが虐めるんだ」
「そうだな」
「なにこの四面楚歌」
よよよとすみちゃんに泣きつくと、よしよしと慰めてくれた。昨日あげたキャラメルが効果を発揮したらしい。同じお土産を渡しているというのに、アオイちゃんはなんでこんなツンケンガールなんだ、まったく。まあ本気で嫌われてるとは思ってないけど、もうちょっと態度を柔らかくしてくれてもバチは当たらないんじゃなかろうか。
──とまあ、こんな感じで団欒していると、義勇がふと気付いたように炭治郎くんの所在を聞いてきた。彼の拠点が蝶屋敷と知ってるってことは……手紙を返すことはないが、目は通しているらしい。
「炭治郎くんは刀鍛冶の里へ訓練に行ってるんだ。あと手紙はちゃんと返そうね……ちょっとションボリしてたぜ」
「会った時に話した方が早い」
「それはね、義勇。鮭と大根を適当に焼いて食べても、鮭大根を食べたのと同じって言ってるようなもんだよ」
「…!」
「効率だけ追い求めるならさ、どうせ人間最後には死んじゃうんだから……生まれた瞬間に死ぬのが一番効率良いじゃないか。でもそれは嫌だろ?」
「…お前は極論が多すぎる」
「君は言葉が少なすぎるぜ。伝えなくても解ってくれるなんて、妄想の産物さ。背中で語るのもいいけど、それは裏を返せば無関心みたいなもんだと思うよ」
「干渉が過ぎるのも問題だろう」
「やだな、僕は誰に対しても適正な距離を置いてるじゃないか。ね、しのぶちゃん」
「…」
「『そうですね』は?」
「…」
「なにこの虐め」
泣き真似をしながらなほちゃんに縋ると、頭を撫でてくれた。昨日あげた蝶の髪飾りが効果を発揮したらしい。幼いとは言え女性、贈り物は実に効果的である。幼い女の子や初老のご婦人あたりを味方に付けておけば、立場というものは盤石になるのが世の常だ。すみちゃんが『あんまり虐めちゃダメですー!』と叫んでくれているのがいい証拠だろう。
「義勇と友達になって……まだ会ってない柱は三人か。どんな人か気になるねぇ」
「失礼のないように挨拶してくださいね。言っても無駄でしょうが」
「もうその言葉が失礼ってやつだよ」
「自分の言動を省みなさい」
「過去は振り返らない主義なんだ」
「…俺は、お前の過去に少し興味がある」
「えっ──や、その……気持ちは嬉しいんだけど、僕は至って普通の性癖で……その、ね?」
「違う。お前の身体能力や、人を食った性格がどうやって形成されたか気になると言っているんだ」
「ああ、そっちか。うーん……身体能力は生まれつきかなぁ。いくら小さい頃から走り続けたって、普通の人はこんな体にならないしね。天賦の才ってやつ?」
「…そうか」
「性格の方はさ、なんと僕には前世というものがあって──」
「そうか。わかった」
「いや、まだ何も話してないんですけど」
「真面目に話す気になったら教えてくれ」
「むぅ……耀哉と炭治郎くん以外、誰も信じちゃくれないなぁ。本当のこと言ってんのに…」
未来よりはまだまだ信心深い世の中だと言うのに、僕の素性を冗談以上に捉える人はほとんどいない。やはり切った張ったを
「確かに千里の医療技術は未知のものが多いですし、まったく信憑性がないとは言いませんが…」
「…言いませんが?」
「普段が普段ですから」
そう言ってお茶を一口飲んだ後、ほうと一息つくしのぶちゃん。美しい。しかしこんな美女や美少女たちと机を囲んでいながら、義勇はまったく楽しそうじゃないな。
いやまあ、それなりに楽しいとは感じているんだろうけど、テンションの変化がないのだ。僕がさっき彼を男色家と勘違いしたのも、女性に興味がなさそうな雰囲気を見てのことである。
「そういえば義勇、実弥の──」
「カアァァァ! 伝令! 伝令ィィ!!」
「──っと、ごめんね。仕事みたい」
鬼を相手にしている都合上、緊急の任務は夜半が多い。突っ込むように窓から入ってきた近松を受け止めて、水を差し出す。嘴で器用に水を飲む姿は、羽毛のフカフカも相まって可愛らしい。ちなみに隊士へ付けられる鴉にはそれぞれ個性や特性があるが、基本的には相性の良い者同士が選ばれる。
一緒にいる内に感化される鴉もいるし、パートナーと似ていたりするのは愛嬌だろう。例えば天元の鴉は本人と同じく派手好きであり、鴉界のファッションリーダーを務めているそうだ。そして僕の鴉はと言うと、実は鴉界のスピードスターを名乗るほどに速い。もうね、鷹より速いの。
まあ僕の仕事内容を考えれば、鴉の方も速くなければ話にならないから当然だ。一に速度二に速度、三四に速度で五に安全くらいの勢いで、僕も近松も任務を負っている。
珍しく息を荒げているのは、それだけ急いでいた証なのだろうが──そういえば彼には炭治郎くんへの手紙を頼んでいたんだったか。しかし返事の手紙は持っていないようだし……これは余程のことがあったのかな? 少し三人の安否が心配になってきた。
「刀鍛冶ノ里ニ上弦ノ鬼出現! 柱ヲ連レテ急行セヨォ!!」
「…! 了解。耀哉には?」
「他ノ鴉ガ向カッテイルゥゥ!!」
「オーケー、先にこっちに来てくれたんだね……良い判断だぜ、近松。しのぶちゃん、義勇」
「ああ」
「──ええ。アオイ、後は頼みますよ」
「は、はい…! どうかお気をつけて……それと、お二人も」
一秒すら惜しいとでも言うように、支度を始める二人。アオイちゃんたちは不安そうな様子だが……それも当然か。上弦の鬼を相手にして生き残るのは、たとえ柱と言えども容易ではない。むしろそのほとんどが死んでいるのだから、死地へ向かう家族を見送るような心境なんだろう。よし……こういう時に安心させてあげるのが大人の役目だ。
「アオイちゃん」
「はい……あの、お気をつけて…」
「最後かもしれないから抱きしめさせげぶぅっ!!」
「ど・う・ぞ! お気をつけて!」
「ふぁい…」
これから上弦の元へ向かうというのに、無駄にダメージを負ってしまった。しかしぷんぷん怒っているアオイちゃんへ、『しのぶちゃんと一緒に帰ってくるから』と約束すると、彼女は眉をハの字にした後──ぎゅっと手を握ってくれた。しっかりと握り返し、準備を終えた二人と外に出る。
「あ……そういえば、どちらを運んでもらいましょうか」
「いや、二人同時だよ。一人は背中で、もう一人はお姫様抱っこ」
「それはいくらなんでも…」
「言っとくけど、さっきの追いかけっこでも本気は出してないぜ。二人抱えてても、君たちが一人で走るより圧倒的に速いさ……急ごう、時間が惜しい」
腕でしのぶちゃんを抱え、背中に義勇を乗せる。足に力を込め、深く呼吸をして──全力疾走を開始した。懐に潜り込んだ近松を勘定に入れると、二人と三羽を運んでいる計算になるが……まあ今更その程度を苦にする筋力でもない。柱の中には数トンもの岩を軽々動かす人もいるらしいし、それに比べれば、足して百キロあるかどうかの重りだ。
「…千里、道はわかるんですか?」
「僕の仕事内容は知ってるだろ。緊急時に誰よりも速く動く以上、鬼殺隊に関する拠点は把握しとかなきゃ」
「──そうですか。あなたは……私の想像以上にお館様から信用されているみたいですね」
「もし捕まったら、速やかに死んでくれなんて言われちゃったけどね」
「それは仕方ありません」
鴉より速く移動できるから
鬼舞辻無惨はあらゆる手を尽くして産屋敷亭を探索している。そしてこの数百年、鬼殺隊が壊滅しかけることは何度もあり──屋敷が襲撃されかけることもあったらしい。
隊士の裏切りによって情報が漏れたこともあれば、鬼の異能で看破されたこともある。人の心を読む異能なんてものもあったらしいが、それでも当主の直感によって何とか危機を回避し続け、その都度対策を講じてきた結果が今の徹底的な秘密主義だ。
鬼殺隊士への明らかな説明不足は、組織としてどうなんだと言う意見もあるが──あれはそもそも意図的なものなのだ。人材の廃棄とすら言える過酷な試験も、要は覚悟のない人間を切り捨て、命よりも復讐を優先できるような……酷い言い方をするなら、『異常者』を剣士にするための
だから今の鬼殺隊は、『鬼になれば見逃してやる』なんて誘いに乗る隊士はまずいない。昔の鬼殺隊は、志願者と見れば猫も杓子も隊士にしていたらしいが、そうなるとどうしても質は落ち、命惜しさに鬼殺隊を売る者もいたそうだ。
「近松、里を出発した時はどんな状況だったの?」
「上弦の肆と上弦の伍が同時に襲来してきた……炭治郎と善逸、伊之助……霞柱『時透無一郎』が応戦中…」
「そっか……上弦が二体も」
「あの、その鎹鴉……普通に喋れるんですか?」
「うん。耀哉の鴉もそうだし、上手い子は人間と遜色ないぜ」
「ですが、さっきの伝令の時は…」
「カァァァ! 様式美ィィ!」
「そ、そうですか」
「さ、そんなことより──そろそろ到着だぜ」
山と森に囲まれた隠れ里……いったいどうやって漏れたんだか。まあどうしても
──今回もみんなで生き残れるといいなぁ。
■
戦闘の気配がいくつも感じられる。鬼は基本的に徒党を組まないが、たまに例外もあるらしい。もしくは血鬼術で配下を生み出すような鬼もいるらしく、可能性としては後者の方が高いとのことだ。
現状優先すべきは上弦の鬼ということで、到着してから三方に分かれ捜索中だ。発見次第、鴉を飛ばす手筈だが──義勇の鴉は最近ちょっとボケっぷりがひどいらしいので、微妙に心配である。
怪我人がいないかも気にかけつつ、とりあえずは里長の館へ向かっているのだが……なにやら珍妙な生物が空から落ちてきた。なんというか……壺の魔神とでも命名すればいいのだろうか? いまだかつて見たことがないレベルの、気持ち悪い謎生物が地面にめり込んでいる。
顔のパーツはグッチャグチャで、目も口も訳のわからない場所に付いている──が、その瞳にはそれぞれ『上弦』『伍』と書かれていた。うーん……これを『鬼』って言うのは、日本古来の鬼に失礼ではないだろうか。百歩譲って『前衛芸術』とかそんな感じだろう。
「半天狗め…! 敵と味方の区別もつかぬ愚か者が──いや、しかしこれは不可抗力……戻るまでに奴が頸を斬られようと、私に責はない。ややもすれば共倒れになるやも……ヒョヒョッ!」
ううん……気持ちの悪い独り言をそのまま解釈するなら、仲間の鬼に吹っ飛ばされてここに着地したということだろうか。しかし近くに仲間がいるようにも見えないし、もちろん炭治郎くんたちもいない。どんな威力で飛ばされたらそんなことになるんだろう。血鬼術かな?
「…ん? ヒョッ──これはこれは、私としたことがとんだ失態……客に気付かぬ無礼を働いた。しかし今は作品を披露する時間もない……残念だが──」
「君は上弦の鬼なのかな? 凄く気持ち悪いねぇ」
「──これだから凡人は手に負えん。この体の尊さ、美しさ、芸術性の欠片も理解できぬ素人め…!」
「いやいや、芸術ってのは素人の評価あってこそさ。大多数が『芸術』だと認めるからこそ、芸術は芸術足り得るんだよ。作品を理解
「知った口を利くな、便所虫めが。真の審美眼とは知性と教養あって初めて養われるもの……能無しに芸術は理解できぬのだ。特に貴様のような間抜け面にはな」
「僕って割と金持ちのボンボンだから、芸術にも明るいんだよね。その僕が言ってるんだから間違いないよ。君の
「ヒョヒョッ…! 馬鹿め、私の壺は高値で売買されている…! 貴様の目が腐っている証明だ」
「へぇ、鬼でも夢は見るんだねぇ。でも現実との区別は付けたほうがいいぜ」
「的外れな挑発しか口にできんのか? 貴様がどう評価しようと、私の壺には価値が付いているのだ」
「…」
「ヒョッ! 言葉も出んだろう! 所詮貴様程度の──」
「そういえばその壺の柄、見たことあるなぁ……もしかして盗作?」
「──黙れ
オーケーオーケー、自己顕示欲と承認欲求が強い芸術家ね。これほど煽りやすい存在もない。なんか気持ち悪いタコの触手を出してきたので、余裕を持って回避する。そしてしのぶちゃんたちに状況を知らせるよう、近松に伝言を頼んだ。この鬼が飛んできた方角を辿れば、そこがもう一体の居場所で間違いないだろう。
安全を期すなら、人員を分けるより『一対全員』を二回繰り返したほうが安全だ。つまり僕の役割は足止めであり、こいつを戦線に復帰させないように動くべきだろう。
「いるよねぇ。『影響を受けた』とか言い訳して他人の功績をかすめ取る人って」
「チッ…! ちょこまかと鬱陶しい──しかしその動き、柱とお見受けする……ヒョッヒョッ! さてはこの騒ぎで刀を受け取れなかったのだろう? 苦し紛れの挑発で難をしのいでいるという訳か」
「僕が柱だって? やっぱ感性イマイチだねぇ」
「どれだけ減らず口を叩こうと、貴様に私を倒す手段はなかろうて!」
「口を減らすべきは君じゃないかなぁ。なんで二つも口あるの? あ、もしかしてピカソの物真似?」
「この『
「うわ、名前もキモい」
「口を閉じろ馬鹿餓鬼が!!」
うおっ、魚の大群が空中に…! 先程からの行動を見る限り、壺から何かを召喚するのが彼の攻撃手段らしい。どんな異能があろうと、基本的には自前の肉体で攻撃してくるのが鬼というものだが──後衛型とは実に珍しい。まあ壺に入ってるから動きにくいというのもあるか。
「金玉の『玉』に、
「いちいち神経を逆撫でする餓鬼めが…! だがそこまで言うなら、貴様の名はさぞかし
「…」
「…」
「…」
「さっさと名乗れ糞餓鬼がぁぁ!!」
「や、君に呼ばれるとそれだけで汚れそうだし」
「こ、ここ、こっ…!」
うーん……やっぱり上弦ともなると、そう簡単に我を失うような精神状態にはならないな。激高はするけど、攻撃が雑になる程ではない。僕が『逃走』ではなく『回避』を続けているのも影響はあるだろう。
逃げる者を追いかけるってのは、つまり追跡者に優位性があるということだ。少なからず油断も慢心が芽生える。しかしこの状況だと、僕が刀を持ちさえすれば対等に戦える──と勘違いしてしまうだろう。
「──速さが御自慢のようだが、私の真の姿を見ても同じ口が聞けるか? ヒョヒョッ……見よ! この華麗なる変身を!」
「苦し紛れの変身ってだいたい負けるよね」
「やかましい! この姿を見た『柱』は、誰もが無様に屍を晒したのだ…!」
「何人くらい?」
「…二人だ」
「君みたいなのって何かにつけて
「言葉の裏も読めんのか?
「変身まだー?」
「ぐぬぅぅ…! 腹立たしい小僧め…! ──だがそれも終わる。この美しき体から繰り出す、流麗なる一撃をもって……我が作品の一部にしてやろう!」
「──っ!」
…速い! 猗窩座さんと遜色ない移動速度だ。変身した玉壺さんは下半身が大蛇のように膨れ上がり、上半身は人間……人間? まあ人っぽい何かに変わった。あえて近いものを挙げるとすれば、ファンタジーでいうラミアとかそっち系のやつだ。さっきの姿よりはキモさも薄れた気がする。
「へぇ……ギリギリ見るに堪える姿になったね」
「ふん、もはや貴様は追い詰められた鼠…! 窮したところで噛み付く歯も無い!」
「君の拳だって掠りもしてないけどね。あ、そうだ……指一本でも触れられたら、僕の名前を教えてあげてもいいぜ」
「ヒョッ、愚か者め…! 触れた時点で
「え、なんで言うの? 馬鹿なの?」
「見えた結果に些少の油断は、芸術家の気質……作品に遊びを入れるのは、この玉壺が一流という証!」
「いや、僕より遅い奴が言うセリフじゃないでしょ」
「ヒョヒョッ……この体の真骨頂は柔らかく強靭なバネ──更には鱗の波打ちによる、変幻自在にして縦横無尽の動き…! 貴様の小賢しい動きとは違う、真の『翻弄』というものを見せてやろう」
“陣殺魚鱗”と口にした玉壺さんは、尋常ではない動きで僕の周囲を跳ね始めた。なるほど、長い体に強靭な筋力……どこへ力を入れたか解りにくいから、軌道が読みにくい。まるでラグビーボールを蹴っ飛ばしたような騒ぎだ。
とりあえずの対処として、僕は手持ちの肥やし玉十個を全て地面に投げ落とした。あれだけ接地面積が大きいと、何個かは踏み潰すだろう。逆に踏み潰さないというなら、動きはかなり読みやすくなる。
「毒か? ヒョッ、そんなものが上弦に通用するまいて……ぐぁっ!?」
「うわ、エンガチョ。これじゃ玉壺じゃなくてウンコだね」
「こっ、こ、この玉壺の美しき肢体に──貴様アァァァ!!」
「まあまあ。鬼なんだから吸収して分解すればいいじゃないか。よく見たら君の体、大腸にも見えるしお似合いだぜ」
「どっ、どど、どこまでも舐め腐った餓鬼がぁぁぁ…!!」
一段階ヒートアップ……うーん、一応反撃の手段は一つだけあるけど──効果があるかも不明だし、なにより一度使えばおそらく終わりだ。上弦の壱、弐、参が残っている状態で使用するべきか……いや、使用すべきだな。そもそも人間側に余裕なんて一切無いんだから。とりあえず攻撃に
「…っ! くっ──!」
「ヒョッ──ヒョッヒョッ! 大した口を叩いた割に、避けきれておらぬではないか! さあさあ! 次は手か足か!」
「服に掠っただけで大喜びって、惨めにならない?」
「惨めなのは貴様の心境だろう? 触れたぞ触れたぞ……そうだ、興味はないが名も聞いてやろう。約束だからなぁ」
「ああ、気にしてたんだ」
「興味はないと言っているだろうが!」
「じゃあ言わない」
「ぐぬぅぅ…!!」
「──ってのは冗談だよ。僕は約束を守る男だからね」
「…」
「でも口にはしないでね? 嫌いな奴には呼ばれたくないから。僕の名前は『
「ヒョッ…! 惜しみに惜しんで、どんな大層な名前かと思えば! さえ
「…」
「…」
「…」
「何か抜かせ糞餓鬼!」
「…体に違和感とかない?」
「ヒョッ、何を言うかと思えば……ん? なんだ、体が、崩れ…?」
「ああ、良かった。上弦には効果ないんじゃないかって思ってたんだけど……『呪い』を解除しない限りは、全鬼共通なんだね」
「ちょ、ちょっと待て……なんだ、なん──……はっ! さ、さえき、き、きぶ…!」
「一応サンプルも取れたかな。言葉に意味を持たせなくても、『き』と『ぶ』と『つ』と『じ』を連続して言うとアウトなわけだ。『無惨』は日常でも使うから対象じゃないみたいだし……ふむふむ」
「こっ──まっ、待て……待て待て待て待てェ!! こっ、こんなくだらぬ死に方が! この玉壺がこんな死に方をしていい訳が! …ごっ、も、ガッ──あ、あり、ありぇ…」
「…
「…が……ぁ…」
…来ないか。まあ来るとも思ってなかったけど……でもこれで、多少は鬼舞辻無惨の限界も見えてきた。鬼を作る範囲や時期、頻度から考えて、距離を短縮できる移動手段は間違いなく持っている──ってのが耀哉の見解だ。とはいえ猗窩座さんの襲来や上弦の陸戦の状況を鑑みれば、自由自在に移動できる訳でもないし、右から左に鬼を動かせる力はない。
そしてある程度離れてさえいれば、鬼を制御することができないというのもこれで解った……まあ『間抜けは不要』と見捨てた可能性もなくはないけど、それでも上弦ほどの戦力を無駄に見捨てるとは思えない。
『視界の共有』は鬼舞辻無惨の能力の一つとしてこちら側も把握しているが、それはおそらく能動的なものだ。自分で『繋ぐ』必要があるのだろう。だから普段は使用していない可能性が高い──が、今回のように上弦を動かす時は間違いなく使っている筈だ。
同時に二体の視界を共有できるのかは不明だが、見られていたと考えて今後は動くとしよう。呪いを利用する戦法は、もう二度と通じないと想定しておくべきだ。もし見られてなかったとしたら、ジンの兄貴ばりに赤っ恥だけど。聞こえてるか? 毛利小五郎……いやまあ、それはともかく後は──ん…?
「カアァァァ! 急げェェ!」
──近松と……ザ・しのぶちゃんズのお出ましだ。多すぎでちょっと笑う。刀に『悪鬼滅殺』を刻んでいる人が……しのぶちゃんと義勇を含めて四人。つまり柱が四人ってことだ。それに加え炭治郎くん、善逸、伊之助、モヒカンの隊士。『半天狗』と呼ばれていた鬼が可哀想なくらいの戦力である。そりゃあこれだけ速く駆けつけてくれるのも納得だ……おそらくフルボッコだったに違いない。
彼等の到着と同時、塵と化していく玉壺さんの──最後まで残っていた瞳が崩れ去った。これで上弦の肆と伍が消えて、遂に上弦は半壊だ。下弦も壱と伍は倒してるらしいし、補充されてない限りは相当な戦力を削ったと言えるだろう。耀哉が『兆し』と言っていたのは、間違いないらしい……ん? なんかめっちゃ驚かれてる。
「え……と、せ、千里…? その、一人で……倒したんですか? 上弦の鬼を」
あ、そういうことか。成程、確かによく考えなくても相当な戦果である。しかも僕、武器らしい武器も持ってないしね。サブカルチャーに詳しい僕には解る──これ、アレだ。ドヤっていい場面だ。むしろどうドヤるか悩ましい場面だ。うーん……『僕なんかやっちゃいました?』とかどうだろう。うむ、完全な嫌味だな。やめておこう。
なら後は……『ふっ、ずいぶん遅いお出ましだ』とかどうだろう。ちょっとキザすぎるかな。海外ドラマ風にいくなら、しのぶちゃんを抱きしめて『無事で良かった…!』なんてどうだろう。問題があるとすれば、抱きしめる前に殴られそうなところだろうか。あとは……ん? ──んっ!?
なんだ? なんだ、あの乳を露出している柱は。あと数センチずらせば大事なところまで見えるじゃないか。触ってもいいの? いや、むしろ触っていいからあんなに露出をしているに違いない……いやいや、待て待て。それは早計が過ぎる。女性の裸を見て男が欲情するのは、女性への人権侵害って誰かが言ってた。いや待て、それも無茶苦茶だ。待て待て……いや何回待つつもりだ。
──とにかく、ドヤっている場合じゃないのは確かだろう。僕は片膝をつき、息を荒げながら苦しげに呻く。
「千里さん!」
「来るな!」
「えっ…」
「毒を受けてしまったんだ……しかも伝染力の強い厄介な毒を…」
「そんな…!」
「ぐっ……はぁ……はぁ……
「さ、解毒剤を打ちましょうね」
「そこ静脈! 静脈! 冗談ですやめてごめんなさい! 無傷で倒しました!」
「あ、あはは…」
この多大な戦果に対して、あまりに無慈悲な仕打ちである。あ、嫉妬? もしかして嫉妬? なら僕も我慢しよう……いや、しかし見事なおっぱいである。おそらく『柱』という枠組みにおいて、男性のスケベ枠が実弥、女性のスケベ枠が彼女なんだろう。胸元も同じくらい開いているから、間違いない。
「──ってこんなことしてる場合じゃないんだった。おいで近松、耀哉に伝えてほしい事があるんだ」
「カァァァ!」
「壺の売買……特に『銘』は有名だけど、製作者が表に出てこない作品を、頻繁に売りさばいている業者を調べさせて。特に輸入業者、貿易会社を念入りに」
頷いた近松を見送って、一息つく。なんだかんだで、上弦の鬼と対峙するのはプレッシャーだった。いくら自分の速度が上回っているとはいえ、触られた瞬間、今度は魚に転生とか嫌すぎる。木にもたれかかって水を飲むと、皆の視線が突き刺さる。
「千里さん、今のは…?」
「上弦の伍と戦ってる時、会話もそれなりにしたんだ。それでちょいちょい情報とか漏らしてたからさ」
「情報……ですか?」
「『私の壺には高値が付く』んだって」
「ええと…?」
「炭治郎くんたちも途中まで戦ってたんだろ? あんな気持ち悪いのが、人に紛れて生活すると思う?」
ふるふると首を横に振る炭治郎くん。今気付いたんだけど、彼の横に立っている柱が超絶美少年な件について。いや、だからどうしたって訳でもないんだけど。被り物を外した伊之助と並んだら、さぞ人目を引くだろう。柱って強いだけじゃなくて、容姿のレベルもなんか高いよね。
「…なら、どこで売るんだって話だよね。それに売る必要は? そう考えると──作品を流すにしても、然るべきところがある訳だ。あんな自尊心の塊が『然るべきところ』を、他の鬼に依存すると思えない。だったら人に紛れて生活してて、かつお金が必要な者──そして数少ない『目上の存在』に献上してる可能性はあるよね」
「…! ──鬼舞辻、無惨…!」
「少し話しただけで、アイツが自己顕示欲の塊ってことは解った。なら必ず『銘』にはこだわってる筈さ。だけど人前には出られないから、名前だけ一人歩きしてるかもしれない。誰にも『姿を探らせない』ために手っ取り早い理由を作るなら、余程の偏屈者って設定にするか……あるいは製作者が海外に在住してることにすればいい。なら輸入業者か貿易会社から追っていくべきだよね──うん、相当絞り込める筈さ」
唖然としている炭治郎くん……の首筋を見ると、何やらリヒテンベルク図形が走っている。落雷を受けた患者に見られる放電形の火傷痕だが──まさか雷を操る鬼だったのだろうか? よく勝てたものだ。彼の回復力なら、早晩傷も消えてなくなるだろうが……ちょっと心配。あんまり意味ないかもしれないけど、塗り薬を塗っておこう。
「…千里。それはつまり…」
「え、義勇……いま『千里』って言った?」
「…」
「いや、黙り込まなくても……ほらほら、もっと呼んじゃいなよ」
肘でグイグイすると、鬱陶しそうにそっぽを向かれてしまった。なんか言いたかったんじゃないの? 面倒になるとすぐこれだもんな……義勇陽キャ計画はまだまだ長そうだ。そして彼の言葉を引き継ぐように、しのぶちゃんが声をかけてきた。
「──千里。それはつまり…」
「…そうだね。決戦が近いかもしれない」
可能性は高いだろう。いや、切実にそうであって欲しい。ここ最近、耀哉の容態が急激に悪くなっているのだ……この掴んだ糸が、おそらく
耀哉の病気が呪いだったとしても、鬼舞辻無惨を倒した瞬間に全快するなんてことはないと思う。だから病の進行が止まったとして、体が回復を臨める最低限度を考えるなら……たぶんあと
…それでも尻尾は掴んだ、掴めた。鬼舞辻無惨がいる限り、僕の周りの人たちに幸せは訪れない。耀哉の寿命も、禰豆子ちゃんの運命も、しのぶちゃんの想いも、他にも沢山──数え切れない程の不幸を撒き散らすあの男だけは、友達になれそうもない。
──みんなで生き残って、夜明けを迎えたい。たとえそれがどれだけ困難だとしても。
※乳柱もショタ柱も苦戦してないので痣が出てません。二人との絡みは次回にて。
この二次創作、率直に言って何が足りませんか?
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友情
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努力
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勝利
-
血統
-
エロ