逃げるは恥だが鬼は死ぬ《完結》   作:ラゼ

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コロナで会社が無期限休業になりました……長期休暇だと思って引きこもろう。


12話

 洒脱(しゃだつ)な雰囲気を纏った人々が、(せわ)しなく行き交う……僕は日本橋の欄干(らんかん)に寄りかかりながら、そんな人々を見ていた。郊外に比べれば華やかではあるが、ずっと未来に比べるとやはり野暮ったさがある。文明開化の真っただ中とはいえ、まだまだ発展途上ということなのだろう。

 

 百年後に富裕国としての地位を確立させているのは、第一次世界大戦、第二次世界大戦を経ての結果だ。嫌な言い方をするなら、戦争特需の恩恵とも言える。侵略し、侵略され、得たもの失ったものと色々あるが──最終的には先進国に名を連ねているあたり、当時の日本には確かな(したた)かさがあったに違いない。

 

 ──まあそんなことはどうでもいい……いやどうでもよくはないけど、庶民にとっては目先のことの方がよっぽど大事だ。つまり僕にとっては、近く起こるであろう戦争などより、鬼殺隊の行く末の方がよっぽど重要である。だからこんなところに居るのも、それなりの理由あってのことだ。

 

「──お帰り、近松。どうだった? …そっか。じゃあ次はここと…」

 

 地図に印を付けながら、また飛んでいく近松を見送る。そして入れ替わるように別の鴉が欄干へと降り立ち、羽休めとでも言うように僕へと近付いた。耀哉とそっくりの理知的な瞳……鎹鴉の中でもっとも流暢(りゅうちょう)に人語を話すのが彼だ。めっちゃ可愛い。

 

「ふむふむ……了解。じゃあ後は──」

 

 すぐに飛び立っていった彼を、近松と同じように見送る。また地図に印を付け──そんなことを何度も繰り返していると、いつの間にか日も暮れて辺りは暗くなっていた。夜闇が濃くなるにつれ、この周辺は雰囲気が変わる。色街が近いこともあり、通行人もそれ相応の者が多くなるのだ。

 

「…ん?」

 

 顎に手を当てながら地図とにらめっこし、手帳に書かれたいくつかの住所に棒線を入れる。頭の中で情報を整理しながら、次の『当て』をどう探すかと思案していたところ──数メートルほど前で、橋の欄干を乗り越えようとしている男性が目に入った。ははぁ、季節外れの水遊びかな……いやいやいや。もしかして自殺?

 

「──待った待った待った! 考え直すんだ君!」

「放してくれ! 俺はもうダメなんだぁぁ!」

「いやでも、ここで飛んでもたぶん即死はしないぜ。水深から考えても精々が骨折くらいだろうし……痛くて寒くて苦しみながら溺死とか、自殺にしてもちょっと考えもんじゃない?」

「ふぐっ…」

「ほらほら、よかったら酒でも奢るよ。赤の他人の方が気楽に話せるもんさ」

「う、うぅ…」

 

 ううん、僕も暇じゃないんだけどなぁ……でも目の前で死のうとしてる人を見過ごすのは、流石に無理だ。俯く彼を屋台に引っ張り込み、話を聞くことにした。お酒でも入れれば、多少は気分も上向きになってくるだろう。過度な摂取は問題だが、少量のアルコールはストレス軽減に一定の効果があるのだ。

 

「ほい、まぁ一献(いっこん)

「…」

「ちゃんと食事はとってる? 人間の頭ってね、栄養を取らないと悪い考え方しちゃうんだよ。暗い気持ちになった時は、無理にでも食べた方がいいぜ」

 

 ぱっと見た感じ、二十代後半ってところだろうか。体付きは良く、筋肉質な印象を受ける。人相は少々悪いが、アブナイ系が好きな女子からすれば受けは良さそうだ。着物の質は中々のもので、金銭的な面での自殺という線はなさそうだ。

 

「金が無えんだよぉぉ……うおぉぉん…!」

 

 あ、ぜんぜん違った。とりあえず僕に探偵業は無理ということが解ったな……今も人探しをしている最中だが、やっぱり向いてない感。

 

 まあそれはともかく、ようやく話してくれる気になったんだから、今はそっちへ集中することにしよう。ぐいっと猪口を傾けて、ポツリポツリと言葉を零す男性……意外と良い飲みっぷりだ。

 

「俺は女衒(ぜげん)をやってんだがよぉ…」

「女衒って──ああ、人身売買の仲介人か。助けなきゃよかった」

「うおぉぉぉ! 死んでやるぅぅ!」

「待って待って待って! とりあえず最後までは話そうぜ! それで? なんで女衒なんてやってたんだい?」

「くぅぅ…! …そりゃあ世間様からはよ、褒められた職業じゃねえよ。だが俺ァ仕事に誇りを持ってやってたんだ!」

「ふぅん……あんまり良い印象は持てないけどねぇ」

「確かに人攫い同然の女衒もいるさ。騙して娘っ子を買うなんてのも、日常茶飯事の世界だ……けどそん中でも、俺んとこは真っ当にやってたんだ。証文だってしっかり書いて、金もちゃんと払ってた」

「ふむふむ…」

 

 彼の話を聞くと、女衒にも色々とあるらしいことが解った。特定の店に所属し、その店のためだけに女性を買い付ける割とまともな女衒。犯罪まがいの方法で女性を買い漁り、適当に売り付けるフリーの女衒。彼は前者であるらしく、『ときと屋』という店に所属しているらしい。

 

 『人買い』などと言えば字面は最悪だが、それで救われる人間がいるのもまた事実らしい。身売りする場がなければ、家族揃って首を括らなければならない状況など、この時代ならそれなりにある。

 

 何もかも失って、今日を生きることすら困難な人間の駆け込み寺──遊郭はそんな側面もあるとのことだ。売れっ子になればその辺の商売人など目じゃないくらいに稼げるそうで、そのために自らを売りに来る女性もいるらしい……まあそれは現代とそう変わらないか。

 

「そっか……それで救われる人間がいるんなら、悪い側面だけじゃないんだね。ごめんね『女衒なんて』とか言っちゃって」

「お、おう。いや、良い仕事じゃねえのは事実だ。結局は人買いだしな…」

 

 人身売買は既に政府が禁止しているが、身売りの建前としては働く期間『年季』を決め、その給金も先に証文で決める。見た目上はちゃんとした労働契約である。しかしその金は女衒から親に一括で支払われ、娘はそのまま遊郭で働くのだ。実質的には人買いだろう。

 

「…この前、遊郭に化け物が出てなぁ。結局なにがどうだったかはわからねえんだがよ、人も建物もえれえ被害が出ちまって」

「………うん、それで?」

「信じられるか? 家ごと真っ二つになったり、人が一刀両断されてたり……そんな化け物と戦ってた剣士を見たって奴もいるんだ」

「へぇ…」

「化け物が出たってんで客は来なくなるわ、遊女も小間使いも足抜けするわ、もう散々でなぁ…」

「大変だねぇ」

「しかもあの日うちで死んだ客が結構なお偉いさんでよぉ、そっちにも金引っ張られちまって…」

「わぁ、弱り目に祟り目」

「稼ぎ頭だった鯉夏花魁(こいなつおいらん)の身請けも無くなっちまって、期待してた金も入ってこねぇし…」

「泣きっ面に蜂だねぇ」

 

 間接的な被害もかなり出てるなぁ……『隠』がある程度の調整はするにしても、いちいち被害の補填まではしていない。そもそも鬼の説明なんてしないから、どうしようもないだろう……ん? そういえば炭治郎くんの文通相手に、遊郭の娘がいたような。確かその子も『ときと屋』だった筈──ということは、逃げ出した小間使いって炭治郎くんのことか。世間は狭いぜ。

 

「とにかく遊女の補充もしなきゃなんねぇし、カツカツの中でなんとか支度金も用意して小川町まで行ったんだが…」

「ふんふん……あれ、小川町ってちょっと前に大火事になってなかったっけ」

「ああ、()()()()。あんだけの火事なら、その後の死人もかなり出る」

「その後…?」

「財産も何もかも焼けちまって、一家で首吊りなんてよくある話だ。だから俺らが誘うんだ……娘をうちで働かせる代わりに、こっちは纏まった金を渡す。客付きが良けりゃ仕送りだって出来るしな」

 

 小川町一帯の大火事……未来で言う神保町辺りのことだったかな。相当な範囲で焼けたって聞いた覚えがある。なるほど……災害での死者は、直接的な被害を受けなくとも出るものだ。

 

 震災の後などは心労が祟って死亡する人も多いし、自殺も増える。それを僅かなりとも防いでいると言うなら、彼が女衒という職業に誇りを持っているのも頷ける話だ。

 

「二人連れてくる予定だったんだがよ、どっちも当座を凌げる金が入ったとかで契約が流れちまって……いやまあそれはいいんだ。俺も人の不幸で飯食っちゃいるけどよ、家族一緒にいられるんならそっちのが良いに決まってる」

「うんうん。僕、君みたいな人が好きだよ」

「よ、よせよ。ええと、それで──支度金を持ってそのまま帰る筈だったんだが、どっかでスられちまって…」

「うわぁ…」

「下げる頭も無ぇくらい情けない話だけどよ、身銭切ってなんとかしようと思って帰ったら…」

「…帰ったら?」

「前に俺が連れてきた遊女が、店の金持ち出して逃げたって騒ぎんなっててよ……ふぐぅっ! もう俺ァどうしたらいいもんかと…!」

「悪いことは重なるって言うけど、散々だねぇ…」

 

 運悪すぎない? 衝動的に自殺しかけたのもわからなくはないレベルだ。しかしだからといって、僕が『可哀想! お金出してあげるよ!』などとは言えない。可哀想な人なんてそこら中にいるし、そんな人たち全てを救うことはできないのだ。耀哉に頼めばいくらでも出してくれるからこそ、逆に金遣いは慎重に考えなければ。

 

「それにしても、二人同時に金の当てが出来るってのも珍しいねぇ」

「ん、ああ……そっちは有り得るかも、とは思ってたんだが…」

「…? なんで?」

「最近あの辺で……血を高値で買ってる女がいるらしくてな。何に使うか知らねえがよ、気味悪い噂だ。鬼だ化け物だって騒いでる奴もいるぜ」

「…! それ、詳しく教えてくれない?」

「え? あ、ああ…」

 

 情けは人の為ならずとは、まさに至言である。その情報が欲しかったんだ僕は…! 耀哉に頼まれた『珠世』という女性の捜索──彼女は鬼舞辻無惨を滅ぼそうとしている、異端の鬼らしい。鬼でありながら医者でもあり、その知識と腕は長い時を生きているだけあって相当なものだろうと耀哉も言っていた。

 

 しかし隠れるのが上手い彼女は、普通に探していても中々見つからない。それでもなんとか当たりをつけようとすれば、『血液の購入』という一点を探るべきなのだ。

 

 曰く彼女は人を食べる必要がなく、少量の血を摂取するだけで生活ができるらしい。それも無理やりではなく、輸血のためと称し、金銭の授受で血を確保しているとのことだ。

 

 そう──『輸血』。実はこの技術、歴史的には結構新しいものである。少なくとも、大衆へ一般的に広まったのは第二次世界大戦中期からだ。昔は動物の血を入れて死亡したり、血液型を無視して輸血の末死亡したりと、そもそも医療行為として疑問視されていた。

 

 抗生剤の発展やらなんやらで死亡率も下がり、確かな技術として確立されたのは昭和から。つまりこの時代に『輸血』などと称して血液を集める人間なんてのは、激しく目立つ。というか一般市民はそんな技術知らないから、かなりヤベェ人扱いされるのは間違いない。信心深い者であれば『化物だ!』なんて噂を立てることもあるだろう。

 

 とはいえ、そんな噂も人を伝う内に曖昧なものになってしまうのが、ネットワークが未熟なこの時代の特徴である。結局は『鬼の噂』として紛れてしまうので、精々が一般隊員を派遣するくらいに留まってしまうのだ。

 

 以前に炭治郎くんが鬼出現の報せを受けて浅草へ向かった時、それは彼女のことだったらしいが……つまりそんな偶然に頼るしか方法がないという訳だ。鬼舞辻無惨に遭遇するという偶然がなければ、炭治郎くんも彼女と出会うことはなかっただろう。

 

「ここと、ここと、ここ……それだと……ふーむ…」

「お、おい…?」

「…ごめん、僕ちょっと用事ができたから」

「お、おう…?」

「これで支払っといて。お釣りはいいから」

「…は? い、いや──なんだよこんな大金…!」

「情報料さ。苦しい時期かもしれないけど、頑張ってね」

「お、おい……って速っ!」

 

 『ときと屋に来た時は俺の名前を出してくれ』──という声が後ろから聞こえ、少しだけ振り向いて手を振る。そのまま暗闇を駆け、小川町へと向かった。あれ? よく考えたら彼の名前を聞いてない気が……まあ縁があればいずれまた会うこともあるだろう。

 

 さて……先程は珠世さんを探すことは難しいと、そう言った。しかし『新しい拠点を購入する』という確信があれば、かなり情報は絞り込める。炭治郎くんとの邂逅、鬼舞辻無惨の配下による襲撃、そのせいで彼女は潜伏先を変えざるを得なくなった。そして人に紛れて生きる以上、家の購入方法は正式な手順を踏んでいる可能性が高い。

 

 それを耀哉が人脈と直感を駆使し、かなり数を絞り込んだのだ。もう(しばらく)くもすれば確定できるだろうとのことだが、そんな悠長なことは言っていられない。

 

 玉壺さんによる情報漏洩の結果、鬼舞辻無惨の『顔』の一つは特定できそうだと耀哉は言っていた。しかしグズグズしていては勘づかれるかもしれないのだ。拙速にすべきか巧遅とすべきか……正解は解らないが、耀哉の命という期限がある以上、僕には前者の選択肢しかありえない。

 

 だからこそ、僕も足を使って虱潰しに探っていたのだが──尻尾を掴めたのは実にありがたい。小川町付近で血の買取……男性が買う筈だった娘の住居……同業者の噂……出没の時間帯はマチマチ……帰る時は決まって『北』……耀哉が絞り込んだ百三十の物件……小川町の以北、三十キロ圏内で二つ。

 

「カァァァ!」

「…! お帰り、近松。どうだった?」

「湯島天満宮横、ハズレェ!」

「──そっか。じゃあ後は……ここだけだね」

「そうなの?」

「そうなの。さ、もう鳴き声は漏らさないようにね……夜中に鴉の声は警戒するだろうし」

「わかった…」

 

 近松を懐に入れて、少し速度を緩めた。どんな異能があるかもわからないし、人外じみた速さで近付くのはまずいだろう。炭治郎くんに詳細を聞ければ助かったんだけど、今回の件に関して彼は一切関知していない。どうやら炭治郎くんの周囲には、姿の見えない猫が付きまとっているらしいのだ。たぶん珠世さんのことを問えば、すぐに伝わってしまうだろう──というのが耀哉の所見である。

 

「住所はこの辺だけど……ううん……助けてグーグルマップ先生…」

 

 なんと言っても大正時代。激動の時代であり、区画整理の頻度も凄まじいものがある。住所は『だいたい』で、あとは自力で探せって感じなのだ。しかも何かしらの血鬼術で建物を隠している可能性もあり、このままだと夜が明けても探索は難航するだろう。

 

 あんまり使いたい手じゃないんだけど……仕方ないか。とりあえず伊之助の真似をして“空間識覚”……モドキを使用する。僕も彼と同じで山育ちだし、気配には敏感なのだ。とはいえあの技は伊之助の体質──超敏感肌に依るところが大きいので、僕が使っても同じようにはいかない。精度は精々が一割と言ったところだろう。

 

 …だけど僕にだって『体質』はあるのだ。有効に使える場面はあんまりないけどね。

 

「近松、首飾り預かってて」

「んー…」

 

 交換時以外で外すのは久々だ……って飲み込むんじゃありません! え? 大丈夫? いや、唾液でベチョベチョになるでしょ。まったく……まあいいけどさ。さて、あとは指先を針で刺して……と。ぷつりと皮膚に穴が空き、血液が玉のような形を作った。

 

 ──……後方、十五メートルで二人が反応した。血肉に飢えない鬼とはいえ、僕の稀血は強烈な誘引効果がある。多少の反応くらいはするだろうと当てにしていたが……間違いではなかったようだ。指先を口に含んで血を吸い取り、首飾りを付け直し……一足飛びで反応があった場所へ突撃した。おおよその位置しか掴めなかったが、後は勘だ。

 

「近松、上空から周囲見といて──あだっ!?」

「きゃっ!?」

 

 おそらくはこの空き地の向こうだろう──そう思って、少し先に見える塀ごと飛び越えようとジャンプする。しかし見えない何かにぶち当たり、思わず叫び声を上げてしまった。待て待て、なんでこんなところに孔明の罠があるんだ。スーパーアスカランドでも始まるのか?

 

 ちょっと涙が出るほど頭が痛い……身長が何センチか縮んだんじゃなかろうか。不幸中の幸いと言えば、床に投げ出された際には大した衝撃がこなかったことだ。何か柔らかいものがクッションに……ん?

 

 なんと、目の前に絶世の美女が……なるほど、勢い余って押し倒してしまったのか。まさか自分の身にラッキースケベが起こるとは、人生とはわからないものだ。しかしなんて美しい女性なんだろうか……しのぶちゃんに勝るとも劣らない。

 

()つ……失礼、ご無事ですか? それと、歩く時はちゃんと前を見ましょうね」

「は、はい……あ、あれ? ここは私の家で…」

「それにしてもお美しい。よろしければお名前を伺っても?」

「は、はぁ……珠世と申しますが……というか、その、どいて頂いても…?」

「珠世様! ご無事ですか──貴様ァァ! 珠世様から離れろ!」

「──うわっと!」

 

 危なっ。僕が一般人だったら割と危ない一撃だった気がするんですけど……いやまあ、姿を隠した屋敷の二階に、窓を突き破って飛び込んできた人間が普通とは思わないだろうけどさ。そういえば『もう一人』いるらしいことは聞いてたけど、まさか少年だったとは。

 

「何者だ、お前は…!」

「ああ、夜分に恐れ入ります。法務省の者ですが、実はこの家の登記に不正な処理が見られまして…」

「ええっ!? で、ですが……正式に購入した筈で、その…」

「珠世様、落ち着いてください。確実に嘘です」

 

 珠世さんの方も、しっかりしていて落ち着いた美女に見えるが……意外と天然らしい。少年の方が前に立ち、彼女を守るように僕を見据えている。うんうん、かっこいいぞ少年──ん? 待てよ……よく考えたら僕よりもずっと年上の可能性が高いのか。

 

 ショタ……ショタジジイってことでいいのだろうか。『ロリババア』の可愛い語感と比べて、なんか『ショタジジイ』ってしっくりこないよね。

 

 そういえば珠世さんは相当にお年を召している筈だが、ロリではないからロリババアじゃない……どう言えばいいんだろう。何か他の特徴はないものか……うーん……鬼……鬼ババア? いや、それじゃただの悪口だ。

 

「では改めまして……鬼殺隊の協力者『飛鳥千里』と申します。鬼でありながら鬼舞辻無惨と敵対する珠世さんに、協力を仰ぎたいと産屋敷耀哉が申しております──どうか産屋敷邸にいらしてくださいませんか?」

「え…?」

「罠です、珠世様。今すぐ逃げましょう」

「罠ではありませんよ。もちろん証明しろと言われれば難しいですが……虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うでしょう? 鬼舞辻無惨の居場所が掴めそうな今、奴を殺す手段は多ければ多いほど良い。柱の一人に、鬼を殺す毒に精通している者がいます……あなたの知識と合わせれば、きっと良い結果が出ますよ」

「…! 鬼舞辻無惨の居場所が…!」

「ええ。それに上弦の鬼も半壊しています。かつてない好機であるとご理解頂きたい」

「上弦が半壊……なるほど、最近になって鬼が増えているのは…」

「母数を増やし、十二鬼月に至る者を産み出そうとしているんでしょうね」

「…」

 

 うーん、真面目に交渉をするのはいつぶりだろうか。ま、あんまりふざけると逃げられちゃうかもしれないしね。珠世さんはこちらを疑いながらも、相当に揺れているようだ……それだけ鬼舞辻無惨を憎んでいるのだろう。その名を出した瞬間に噴き出した負の感情は、どの鬼殺隊員よりも大きく感じた。

 

 そして少年の方──こちらはまったく僕を信用していない。珠世さんが迷ってさえいなければ、すぐにでも彼女を抱えて逃げ出しそうだ。めっちゃ睨んでくる……安心させるようにニコリと笑い返したら、シャーッと威嚇された。なんか猫みたい……ちなみ僕は猫派である。

 

「それに『人間化薬』の研究も進むかもしれない……あなた方も必要としているのでは? 鬼舞辻無惨が死ねば全ての鬼も同時に滅ぶ可能性がある──その前に人間に戻る必要があるでしょう。私共は、一月以内に奴を倒す算段ですが」

「…今更、人間として生き永らえようなどと思ってはいません。あれはあくまでも禰豆子さんのためです」

「…!」

「それに、おそらくですが呪いを外した者であれば…」

 

 うーん、中々に難しいな……ずっとこちらを警戒している。炭治郎くんのようにはいかないか。『君ならきっと上手くやってくれるだろう』なんて耀哉に言われたけど、僕のコミュ力ってまずイーブンな関係あってこそなんだよね。敵対してる、警戒してる人間に対してはちょっと向いてない。

 

 それに……そうだ、ちょっと急ぎすぎた。いきなり見ず知らずの人間──それも鬼を殺す組織から来た人間の頼みなど、どうして信用できるだろうか。まずはもう少し仲良くなることに重点を置こう。

 

「──鬼殺隊は鬼を憎んでいる者がほとんどですが、人を襲わない者を問答無用に殺したりはしな……する人もいますが、まあそれは置いといて」

「置くな」

「禰豆子ちゃんのことは知っているでしょう? 少なくとも前例はあるとご理解頂きたい」

「…」

「私だってそうです。あなた方が鬼だからといって、滅ぼすべきだとは思っていませんよ」

「言葉だけならなんとでも言えるだろう」

 

 まあそれはそうか。となれば……僕の体質を踏まえて話をしてみよう。もう一度首飾りを外し、彼等の様子を窺う。これだけ近ければ、既に稀血だと解ってはいただろうが──消臭剤の効果が無くなれば、更に誘引効果は強くなる筈だ。

 

「…!」

「私は稀血の中でも特に鬼を惹きつけます。異常な身体能力に生まれついていなければ、こんな年齢まで生きてはいられなかったでしょう。つい最近、鬼殺隊の存在を知るまではまともな生活を送ることもできなかった」

「…それでも、鬼を恨んでいないと?」

「直接襲ってきた鬼と、鬼舞辻無惨は恨んでいます。ですが……人間に襲われたからといって、人間全てを恨みますか?」

「ふん……胸の内ではどう思っているんだろうな」

「愈史郎、失礼ですよ」

「…疑うのであれば、どうぞ私の血を飲んでください。どうしようもなくあなた方を嫌悪しているならば、そんなことを出来はしない……それをもって証明とさせて頂きたい」

 

 僕の言葉を聞いた二人は、流石に少し驚いたのか──軽く目を見開いた。貧しい人々から血を購入していると言うならば、味や栄養などきっと二の次だろう。食えば食うほど強くなるのが鬼と言うものだが、彼等からはあまり強さを感じない。

 

 それこそが彼女達を信用する何よりの要因だが……僕の血であれば、少量でもパワーアップする可能性はある。取引としては上等だろうし、信用されたいのならばまずこちらが何かを差し出すべきだ。

 

 僕は懐から針を取り出し、少しだけ唇を突き刺した。そして珠世さんに向かって唇を差し出し、瞳を閉じる。いわゆるキス待ちの格好である。

 

「死ねっ!」

「──目がぁぁぁっ!? あ、危なっ……失明するところだったんですけど!? せっかく人が貴重な血を差し出したってのに!」

「情欲にまみれきった穢れた血なんぞ誰が飲むか」

「愈史郎! 言い過ぎです!」

「穢れた血だと…! よくも──よくもそんなことを! 許さないぞ愈史フォイ!」

「愈史フォイ!?」

「珠世様に近付くな、下衆め」

 

 ハーマイオニーに謝れ! …なんて言っている場合じゃないな。珠世さんに対する愈史郎くんの愛が突き抜けすぎて、少々やりにくい。うーん……そうだ、将を射んと欲すれば先ず馬を射よって言うじゃないか。きっと彼も血を飲みたかったに違いない。私の血ったら、なんて罪深いのかしら。

 

「ごめんごめん、気遣いが足りなかったね。じゃあ愈史郎くんが先に飲んでいいよ……あ、指からね。指。やだ、期待させちゃったかしらぶげっ!?」

「俺と珠世様の間に入ってくるな」

「ぐぅっ……大丈夫、僕は怒ってないとも。イエス・キリストはかつてこう言った……『右の頬を殴られたら左の頬を差し出せ』ってね。さあ、気が済むまで殴ればいい──痛いっ!」

「…次は右を出すんだろう?」

「もちろんさ。大丈夫、ほら怖くない……怯えていただけなんだよね──あばっ!」

「左」

「効かぬ、効かぬのだ…! ──効くぅっ!」

「右」

「繰り返す……私は何度でも繰り返す──ぐふぅっ…」

「左」

「あれ、これ無限ループというやつでは──ぇべっ!」

「右」

「もうやめて! あなた!」

「左」

「──愈史郎! やめなさい!」

「ですが珠世様…」

「止めるの遅くない?」

 

 ほっぺたパンパンで、おたふく風邪みたいになっちゃったんですけど。いやまあ、鬼の力なら首を折ることもできるんだから、加減はしてるんだろうけどさ。しかし、いくらなんでもやりすぎではないだろうか……僕だって聖人君子という訳じゃないんだ。流石にちょっとオコである。

 

「こうなりゃ力づくで飲ませてやるよ! オラッ! 咥えやがれ愈史郎! ──いだだだだっ!? 噛まないでっ!」

「ぺっ!」

「あーっ! しかも吐き出した! 数多の鬼が求めては死んでいった僕の血を…」

「ぺっ、ぺっ!」

「これ見よがしに!」

 

 ぐぬぅ…! ここまで来たら、なにがなんでも飲ませたくなる不思議。食べられたくないから逃げ続けていたのに、いったい何故こうなっているのだろうか。

 

「ふんぬぅ…!」

「ぐっ…!? なんだこの力は…! お前、本当に人間か?」

「君は鬼なのに身体能力が低いみたいだねぇ…!」

「ぐ、ぐぅ…!」

「へっへっへ……大人しく血を飲むんだなぁ…!」

「あの、立場が逆になっていませんか…?」

 

 あれ、そう言えばそうだな……そもそも何が目的だったんだっけ。ああそうだ、仲良くなろうとしてたんだった。うーん……まあ喧嘩するほど仲が良いって言うし、これもその範疇ということにしておこう。掴んでいた腕を放し、無理やり握手する。

 

「喧嘩して仲直り……よーし、これで僕たちは友達だ──へぶっ!?」

「いったいなんなんだお前は…!」

「いやほら、敵じゃないってことを解ってほしくて」

「解ったのはお前が気色悪い奴だと言うことくらいだ」

「ちぇっ……イケズだねぇ、愈史郎は」

「気安く名前を呼ぶな」

 

 うーむ、今までで最高の難敵だ。すぐに仲良くなるのは無理だなこれ……まあ多少は警戒心も緩んだっぽいし、時間をかければきっと友情も育めるだろう。珠世さんも珠世さんで疑念を緩めてくれたらしく、産屋敷邸へ向かうことを約束してくれた。よしよし、これで任務も達成だ。後は──

 

「カァァァ!! カッ──」

 

 …近松? 上空から周囲を警戒していてくれと頼んでいた筈だが……かつてない程に焦っている。こんなに取り乱した彼は初めて見た。物凄く嫌な予感がするんですけど。窓から入ってきた近松を両手で迎え、言葉を待つ。

 

「西方二キロ地点──“上弦の壱”出現! 一般隊士ニ接近中ゥゥ!!」

「…! 上弦の鬼か……なんて嫌なタイミング」

「…おそらく私の噂を聞きつけてきたのでしょう。そろそろ潮時だとは思っていましたが、予想よりも早い……いえ、鬼を増やせば配置外の『鬼の噂』は逆に目立つ──不覚でした」

「珠世さんを?」

「ええ。普通の鬼と違い、上弦の鬼は鬼舞辻無惨に直接命令を下されています。『産屋敷邸を発見し、滅ぼすこと』。『鬼殺隊と、その中核である柱の抹殺』。そして……(のが)れ者である私の捜索。最後に『青い彼岸──」

「──話してる暇は無さそうなんでね。近松、珠世さんと愈史郎くんを案内してあげて。隊士との仲介もしっかりね……産屋敷の名において、二人を傷付けることは許さないって」

「カァ…」

「…あなたは?」

「一般隊士が敵う相手じゃないだろうしね。対面する前に抱えて逃げられればいいんだけど…」

「人間を一人抱えて逃げられる訳ないだろうが。上弦の鬼を舐めるなよ」

「こう見えても上弦の伍を一人で倒してるのさ、僕は。逃げるくらいなら問題ないよ──なるべく時間は稼ぐから、君たちも早く逃げてほしい」

「…!」

 

 窓から飛び降り、西へと向かう。あのやり方で『倒した』と言うのはアレだが、二人を安心させる意味でも多少は誇張しておいた方がいいだろう。赤の他人のために命をかけるのは、正直僕の主義ではないのだが……助けられる誰かを見捨ててしまったら、後で皆の顔を真正面から見れる気がしない。命をかける理由なんてそれで充分だ。

 

 月明かりを頼りに暗闇を駆ける……それにしても『上弦の壱』か。帯びた任務の関係上、仕方ないとは言え──流石に上弦に会いすぎじゃない? これから会う壱に、参の数字を持つ猗窩座さん、伍の玉壺さんに、名も知らぬ陸の鬼さん。過半数超えてんですけど。

 

 …ん? あれか? 凄まじい鬼気を纏った鬼と……それに恐怖し、膝を折ってしまっている隊士。どちらも刀を持っているが、もしや上弦の壱って──元鬼殺の剣士か? いや、とにかく今は隊士を助けることが先決だ。

 

「有難き血だ……一滴たりとて零すこと(まか)り成らぬ…」

「…っ……は、ぅ…」

「零した時には…」

「…っ!」

「──お前の首と胴は泣き別れだ…」

「はっ、はい…」

「危なぁぁい! いま助けるぞぉぉ!」

「はっ──……は? ぐあっ!?」

 

 颯爽と現れ、隊士を抱えながら転がる。気分は花嫁を奪う主人公だ……これで彼が美少女だったら良かったのだが、流石にそれは欲張りすぎか。兎にも角にも隊士を確保し、上弦から少し距離を取ることができた……ん? なんか彼の手の平が真っ赤だ。なにやら地面にも血液が撒き散らかされている。

 

「あの御方の尊き血……零すこと罷り成らぬと……言った筈だ……それがお前の答えか…」

「ち、ちちっ、ちがっ──こっ、こいつが、こいつがぁぁ!」

 

 …えーと……ふむふむ……ほうほう……ははぁ、ティンときた。命を見逃してもらう代わりに、鬼になるつもりだったのかこの子。

 

 そんな隊士はそうそう居ない筈だが──とはいえ、責めるのは酷か。たった一つしかない命、何よりも優先してしまうのは人間の本能。むしろポンポンと投げ出す他の隊士が異常とすら言えるのだから。

 

「うっ、うわぁぁぁ!!」

「あ、ちょっ──」

 

 止める間もなく逃げ出してしまった……が、それも仕方ないだろう。あんな化け物に殺気を向けられれば、逃げ出す以外の選択肢はない。

 

 一瞬でも眼前の鬼から目を離せば、それが死ぬ時だと本能が訴えてくる。逃げ出した隊士に目をやる暇は、いくらもなかったのだ。むしろ彼を殺す気満々だった上弦の壱さんが、なぜ動かなかったのか気にかかる。あとめっちゃ僕の顔と体を見てくる。やらしい。

 

 ──このまま逃げ出すのは、おそらく可能だ。野生動物が敵の強さを本能的に測れるように、僕も相手が自分より速いかどうか……なんとなく解るようになってきたから。

 

 ただし、地面にへばりついている『鬼舞辻無惨の血』が、その選択を迷わせる。人間を鬼にできるのは鬼舞辻無惨のみ……そして鬼になろうとしていた彼があれを飲み干そうとしていたのだから、間違いなく()()だ。

 

 珠世さんが持つ『血』のサンプルは、おそらく上弦の肆と陸のもの……炭治郎くんが採取して送ったその二つだろう。そしてしのぶちゃんが持つのは上弦の肆の血液のみ。僕も研究を手伝っているから解るが、血が濃いだけのものと、『そのもの』では全く異なるのだ。

 

 地面に落ちている血を採取できれば──禰豆子ちゃんを人間に戻す薬も、上弦や鬼舞辻無惨に効果がある毒も、段違いに精度が増す筈だ。だからなんとしても手に入れるべきものなんだけど……そんなことを許してくれる相手には見えない。

 

 しかしそのチャンスがあるとすれば今しかないのだ。僕を見てなにやら懐かしそうにしている、この瞬間だけが『隙』と呼べる最後の機会だ。そう、アレを懐の小瓶に入れるだけ、ただそれだけのこと──

 

「──がっ…!?」

「判断が……遅い…」

()っ……ぐっ…!」

 

 …っ! 避けた筈なのに…! いや、一応だけど目では追えた……通常の斬撃の他に、三日月型の刃が軌跡に纏い付いていたのだ。いやさ、エフェクトかと思うじゃん。エフェクトかと思うじゃん。なんであれだけ実際の刃なのさ。しかしまずい、まさか足に当たるとは……いや、あれは狙っていたな。本気でまずい状況だ。血は採れたが、僕が危ない感じ。

 

「その足では……もはや逃げること叶わぬ…」

「…っ」

「花も折らず……実も取らず……欲をかいて身を滅ぼすか…」

「実は取ったさ。後は届けるだけだよ」

「それは叶わぬと……言った筈だ…」

 

 動脈まではいってない……しかし『呼吸』という技術は、使用すると血の巡りが速くなる。全速力で走るとなれば、失血死まで三十秒といったところか。集中して傷口を閉じるのも、柱のみんなのように上手くはできない。そもそも怪我しない前提で立ち回ってるしなぁ……多少時間をかければなんとかなるかもしれないが、それを待ってくれるようには見えない。

 

 …いや待てよ? なんか僕を見て色々と思うところがあったような感じだったし、その辺の話を振ったら案外お喋りしてくれるかもしれない。彼もかなり長生きしてるんだろうし、お爺ちゃんというのは総じて長話が大好きなのだ。やってみる価値はある。それに、僕自身もなんだか──

 

「どこかで会ったことが……ありますか? …あなたを見ていると、少し懐かしい気分になる」

「…名は……なんと言う…」

「飛鳥千里です」

「そうか……継国の名は……絶えたか…」

「…?」

「だが……血は色濃く継いでいる……むしろ……肉体は極みに達しているか…」

「えーと…?」

「お前は……私が人間だった頃の……『継国』の子孫であろう…」

「つまり……お爺ちゃま?」

「…」

 

 見ただけで子孫って解るのは、どういうメカニズムなんだろうか。目が六つもあるから、その辺が関係してるのかな? 目が悪くなったら、メガネの調達に苦労することだろう。

 

 まあでも──なんと言えばいいのか、僕も彼が血縁だというのを事実としてすんなり受け入れられる。血は水よりも濃いってやつかな。

 

「数百年……私自身を含め……それほど練り上げられた肉体を見たことはない…」

「はぁ」

「特に脚部の異常発達は……興味深い…」

「あの、お爺ちゃま。足太いの気にしてるから……ね? あんまり言わないで」

「そうか…」

 

 意外と付き合ってくれてるし、お爺ちゃま優しい。このまま血縁のよしみで見逃してはくれないだろうか。無理かなぁ……まあ無理だろうな。自力でなんとかするのは、正直なところ絶望的だ。だからといって増援を期待できる状況でもない。

 

 希望があるとすれば──さっきの隊士の鴉が、伝令を飛ばしているかもしれないってくらいか。ただ、鴉も四六時中付いている訳じゃない。お爺ちゃまと出会った時に鴉がいたかどうか……殺されていないかどうか……伝令が届いていたとして、間に合うのか……そしてそもそも、この人に勝てるのかどうか。

 

 …僕は剣士じゃないから実際のところはわからないけど、お爺ちゃまから感じる圧と、さっきの攻撃から考えると──少なくとも『5.5義勇』くらいは必要な気がする。もしかしたら、柱が勢揃いしないと倒せないかもしれない……そう思ってしまう、思わされてしまう雰囲気があるのだ。

 

「お爺ちゃまは、なんで鬼になったんですか?」

「より高みへ近付くためだ……研鑽した力が、技術が失われる……私はそれを良しとしなかった…」

「…なんのために? 力は手段であって、それそのものに意味があるとは思えませんが」

「戦わぬ者に……理解できる筈もない…」

「うーん、そう言われると弱いな…」

「宝の持ち腐れとは……お前のことだろう……至高の領域に至るであろう肉体……実に嘆かわしい」

「強さだけで人を測るのは、悲しいことです」

「議論する余地も無し……そろそろいいだろう……己が末裔との会話……思いの外しみじみと……感慨深きものであった」

「も、もう少しお話しませんか? そうだ、お爺ちゃまの上司の方のこととか! きぶ、きぶ……なんでしたっけ」

「お前の詭弁に付き合う者は……もう居まい」

「あちゃー、やっぱ共有されちゃってたか」

「あの御方の逆鱗に触れていなければ……お前を鬼とする道もあったが……詮無きことか」

 

 ふー……多少は回復したが、動けばすぐに傷は開くだろう。それにしても、お爺ちゃまは僕の傷の具合を僕よりも把握してるようだ。目が特殊なのかな…? なんか体の隅々まで見透かされているようで、ちょっと怖い。あと鬼舞辻無惨イライラでちょっと草。

 

 ──来る…!

 

「──“珠華ノ弄月”」

「…っ!」

「“常世孤月・無間”」

「っと、は、ぁ──ぐっ…!」

「見事……その足でまだ避けるか……“月龍輪尾”」

 

 くそ、傷がもう開いた……だけど余力を残せるほど生易しい攻撃じゃない。刀を振るたびに巻き起こる月輪……それ自体も満ち欠けのように揺らぎ、効果範囲を曖昧にしている。鬼としてもほぼ頂点に位置し、剣士としても柱を凌駕する化け物……なんの冗談だ。

 

「はっ、あぐっ…!」

「──“兇変・天満繊月”」

 

 なん──っ個、型あるんだよ! 肥やし玉も気にしないし、ゴキ爆弾なんか一瞬で塵と化した。斬撃の度に手段が削り取られていく。猗窩座さんと二つしか数字が離れていないのに、実力が段違いだ。それに、技の効果範囲が異常すぎる。

 

「い゛っ──ぐ、痛っ…!」

 

 くそ、左足首……いや大丈夫だ、腱まではいっていない、まだ、まだだ。大上段からの振り下ろし、剣以外からの斬撃が三つ……大丈夫、大丈夫、大丈夫だ、僕は生き残る。みんなが戦う時、少しでも楽になるように型を把握しておこう……っ! まずい、肩まで……あ──

 

「最後だ……“厭忌月・銷り”」

 

 ──まだだ、まだ死ねない。こんなところで死んでたまるか。耀哉の病気を治すんだ……炭治郎くんの寿命も、どうにかするって約束した。小芭内の手術だってまだ半端なんだ。守らなきゃいけない約束がいくつもある。死ねない、死にたくない。鬼舞辻無惨を倒して、本当の意味で夜明け前を手に入れるまで…!

 

「見苦しい……我が末裔ならば……生き恥を晒すな」

「はぁっ、はっ、ぐっ──げう゛っ!」

「強靭な体とて……首を斬り落とせば生きていられまい…」

「ぐっ、こ、この…!」

「…然らばだ」

 

 …ダメだ、もう避けられない。せめて鬼舞辻無惨の血だけはどうにか届けたかったが、付け入る隙がなさすぎた。それどころか、こいつが僕を食べたら更に力が増してしまうだろう。

 

 何かを紡ぐこともできず、ただただ迷惑だけ掛けてしまう。死にたくない……せめて大事な友達にさよならを言いたい。刃が迫る。死の軌跡が見える。命が……終わる。

 

 ──瞬間。(ごう)、と傍らを熱い風が吹き抜けた。

 

「──玖の型 “煉獄”」

「…っ!?」

「あ…」

 

 炎に煽られた死の刃は大きく飛び退き、僕から離れていった。炎のような羽織が、僕を護るように目の前ではためいている。

 

「仲間を巻き込めば……あるいは頸を斬れたやもしれぬ……お前は最大の好機を失ったのだ…」

「自らを(いしずえ)にすることはあろうとも。友を斬る刃など──俺は持ち合わせていない!」




感想で散々言われていましたが、主人公は公式チートさんの血筋です。剣の才能をフィジカルに回した縁壱さんみたいな感じです。

あと半天狗があっさり死んでおりますので、禰豆子ちゃんの太陽克服シーンはありませんでした。ですので鬼の出現は止まらず、むしろ産めや増やせやでせっせと鬼作りに励む無惨様。

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