妓夫太郎戦の無惨様『鬼殺隊に入っただと…! …でも刀は持ってないからヨシ!』
玉壺戦の無惨様『まさか上弦まで倒すとは……でも頚を斬ったわけじゃないからヨシ!』
黒死牟戦の無惨様『赫刀だと……馬鹿な…! …でも痣は脚にあるからヨシ!』
ちょっと二万字近くになってしまったので、時間のある時にでもお読みください。
──『千里さんは、なんで俺だけずっと“くん”付けなんですか?』
■
ボロボロに朽ちた家の前で、大きな石の上に座り込む。定期的にここへ来てはいるのだが、今回はもう半年近く間を置いただろうか。人が住まない家はすぐに傷むというが、それは事実らしい。三歳の頃に家を離れ、遠い山の中に適当な拠点を作り──もうここへ来る意味は何もない。それでも来てしまうのは……ああ、もう九歳になるというのに、我ながら未練がましいことだ。
『千里はすごいわねぇ。まだ三つなのに、私よりもずっと速く走れちゃうの』
両親はとても良い人たちだった。現代人の基準からすると、あまり頭が良いとは言えなかったけれど。寺子屋で教育を受けることもなく、ましてや尋常小学校なんて存在すら知っているかも怪しい人たちだった。それでも、良い人たちだったのだ。
『未来の記憶とか、そういうのは私たちにはよくわからないけれど……きっと千里は前世で徳を積んだんだろうね』
幼くしてペラペラ喋っていたこととか、異常な身体能力だとか、そんなのは気にしない人たちだった。本来生まれてくる筈だった誰かの居場所を、もしかしたら僕が奪ってしまったのかもしれないと謝れば、悲しい顔をして怒ってくれる人たちだった。神様も仏様も一緒くたで、宗教や宗派の違いもわかっていなかったようだけど、とても信心深い人たちだった。
しかしいつからか僕が鬼に襲われるようになって……それから、色々と変わってしまった。今でこそ鬼からは逃げるようにしているし、遭遇が夜明けに近ければ罠にかけて炙り殺す時もある。だけど、それは僕が一人だからだ。家族がいた時は一人だけ逃げる訳にもいかなかったし、そうなれば必然的に戦いを強いられる。
金太郎か何かにでも生まれてしまったのか──そのくらいに力も強かったから、夜明けまで鬼を殺し続けることもできた。そんな僕を見て、あの人たちはどういう心境だったのだろうか。決定的だったのはたぶん……鬼を陽の光以外で殺せないものかと、試行錯誤
人を食い殺そうとする化け物とはいえ。こちらが殺さなければ殺されるとはいえ。人の形によく似た鬼を、あらゆる方法で殺し続ける幼子がどう見えるかなんて、少し考えればわかることだった。
頸を斬ったり、磨り潰したり、燃やしたり。その場面だけを見れば、まさに悪鬼羅刹の所業だったに違いない。もしかしたら、あの人たちはその時初めて『生まれ変わり』なんてものの
数日ほど留守にすると言い残して、彼等は消えた。僕はできるだけ迷惑をかけないよう昼夜反転の生活をしていたから──翌朝、家に帰った時、愕然としたのを覚えている。およそ財産と言えるものが消え去り、家の中がガランとなっていた。調理道具や布団くらいだろうか、残っていたのは。
──仕方ない。こんな気持ち悪い子供、もっと早くに捨てられていて当たり前だったのだ。夜逃げのように……いや、夜逃げそのものか。そう、逃げられただけならまだマシだ。寝てる間に殺してしまおうとか、そんな風に思われなかっただけ救いなのかもしれない。
だけど……人間は落差に弱いのだ。捨てられるのを覚悟して自分の異常性を語った──その時に見放されたのなら、ショックも少なかっただろう。だけどなまじっか良くしてくれたから、温かさを知ってしまったから、実際に捨てられたときに酷く苦しい思いをしてしまった。
それからは少し離れた山で過ごし、偶にこの家を見に来ていた。もしかしたら帰ってきているかもなんて、とても未練がましく思いながら。体の成長も早かったから、七つの頃にはなんとか飛脚の仕事を受けることができた。もちろん、そんな小僧に依頼する奇特な人間は滅多にいなかったけれど、基本を山暮らしとしている身には小銭があれば十分だった。
飛脚の仕事をしていく内にわかったのは、東京付近を中心にして、地方に行けば行くほど鬼の出現頻度が減ることだ。もちろんまったく居ないということはないけれど、明らかに少ない。だけど、それでも生家から離れるのはなんとなく嫌だった。家を訪れる頻度も減って、未練も少なくなったのに──それでも、だ。
ひとしきり家を眺めた後、椅子にしていた石から腰を上げる。今度はいつ来たくなるのか、自分でもわからない。既に自我が形成されている状態で生まれ落ちたのだから、普通の人間のように、親へ求める本能的な愛情は薄い筈なんだけど……やっぱり好きだったんだろうなぁ、あの人たちを。
「…ん?」
「ひゃっひゃ……うまそうな匂いがするかと思ったら、今日はついてるなぁ…! 稀血のガキが自分から来るなんてなぁ…!」
「…そこ僕の家なんだけど。勝手に入らないでくれる?」
「あぁ? こんなボロ家に人が住んでる訳ねえだろぉ。ひひっ…! ほら、叩けば崩れっちまう。外よりゃマシだから使ってやってたがよぉ、もういらねぇなぁ──お前を食えばもっと強くなれるぜぇ…! 良い餌場も奪えるからなぁ…!」
「…」
扉が壊れた。壁が崩れた。大事な思い出が傷つけられた。こいつはいったいなんなんだ? 人を食おうとするのは、そういう種族だから仕方ないと思ってた。もちろん、捕食対象に返り討ちされることも含めて自然の摂理だ。僕がイノシシを食料にしようとして、逆に食い殺されるのと大して変わらない。だけど……だけど、今のはただの悪意でしかないだろう。
「おいガキ、聞いてんのか──がべっ!?」
「今日は……ちょっと気分が沈んでるんだ。逃げるのも億劫なくらい」
「ガッ──は? ま、待て、なんだお前……ぎぃっ!」
大人の胴よりも太い樹だって蹴り倒せる、僕の脚だ。このまま成長すれば岩だって蹴り砕けるだろう。鬼が怖いのは身体能力が化け物じみてるからであって、あからさまに弱っちいこんな鬼……僕より弱い鬼なんて、逃げる必要もない。
それでも普段から逃走を選ぶのは、そもそも争いが苦手だから。そして会話の通じる相手を夜明けまで殺し続けるのが嫌だからだ。『一思いに殺してやる』という手段が取れない相手には、逃走以外に選択肢がない。
…まあこの程度の鬼なら、四肢をバラバラにして頭部を粉々にすれば夜明けまで再生できないだろう。本当に、最悪の気分だ。
家の近くへ置いたままにするのは
──疲れたなぁ。最近、何のために生きてるのかわからなくなってきた。
■
「おお、君か。随分と早かったじゃないか……いや早すぎない!? 本当にちゃんと届けてくれた!?」
「ええ。返事も頂戴してきました」
「…ううむ、確かにあいつの字だ」
「ではこれで完了ということで」
「あ、ああ……そうだ、これだけ短時間で配達してもらえるなら、知人の商家に紹介しても構わないが」
「お気持ちだけ有難く。あまり一つ所に留まれない事情がありまして」
足の速さは、まだギリギリ金になる時代だ。僕の速度を知って正式に雇ってくれそうな人もそれなりにはいるが、基本的には断ることにしている。僕の何が鬼を惹き付けているか解らない以上、同じ場所に居続けるのも気が引けるし。ぺこりとお辞儀をして、配達料を懐に収めた。
おじさんは早いと言ってくれたが、ちょうど生家が近かったこともあり、むしろ寄り道で遅くなったくらいだ。あの鬼と遭遇していなければ、朝には帰ってこれただろう。
もう太陽が真上に差し掛かっている……これから山を三つ超えて拠点に戻るとして、諸々を差し引いて睡眠時間は五時間とれるかどうか。気分が優れないだけに、なるべく寝ていたかったが──本当に忌々しい鬼だった。
山暮らしだと、いささか糖分が不足しがちになるのだ。暗い気持ちを吹き飛ばすには、やっぱり甘味だろう。最後の一つを飲み込んで、竹筒の水を飲もうとしたところで──後ろから感じる気配に顔をしかめる。今日は本当に散々だ……実家は傷物にされるし、腹の立つ鬼に出会うし、極めつけに山でクマさんとこんにちは。もしかして厄日かな。
背後から振り下ろされた右腕を軽く避け、そのまま飛び上がる。上手く血抜きをしても、熊肉は非常に臭いが──とりあえず味噌さえあればなんとか食えなくもない。少々デカい獲物だが、脳天に蹴りを何発か食らわせれば、充分に仕留められるだろう。僕の蹴りは大木をもへし折ると言ったが……それでも一発で仕留めきれないのが、野生の獣の恐ろしいところである。
数トンものトラックに勢いよく轢かれても、平気で歩いたりするのが熊という動物だ。弱い鬼とかだと、普通に負ける奴だっているだろう。
べらぼうに強い熊なんて
そうなると、北海道の羆はデフォルトが十メートル越えって可能性もあるな……試される大地すぎて少し笑える。おっと、考え事なんかしてたせいで死んでしまったらやり切れない。空中で思い切り脚を振りかぶり、そのまま脳天に振り下ろす──その直前、前方の茂みに隠れている二頭の小熊が視界に入った。
「あ…」
ここでこの熊を殺せば、小熊も親を失う……そんな事をふと思ってしまったせいで、脚の力が抜けてしまった。もちろんそんな隙が見逃される筈もなく、思い切り地面に叩き落とされた。爪だけはかろうじて当たらなかったが、衝撃で肺の空気が全て吐き出される。くそ、自然界は弱肉強食……普段なら気にせず攻撃を続けてたのに。
家に帰ったせいで両親を思い返していたから。鬼憎しで、必要以上に苦しめて殺したから。理由をつけるならそんなところだろうか。迫る爪牙を見つめながら、なんとか回避しようと脚に力を込め……やっぱり面倒だ、なんて思ってしまった。
まったく人間関係が築けないとは言わないけど、この体質がある以上、誰かと深い仲になろうとは思えない。ずっと寂しい思いをして生き続ける意味はあるんだろうか。生来から……むしろ生前から楽観的だったからこそ、数年もこんな生活に耐えられたけど。いつか報われるって信じてたけど。
…もう疲れた。
「──たとえ母熊であっても。すまないが、人を襲う獣は殺すことにしている」
目を瞑って最期の時を待っていると、こんな状況にまったく似つかわしくない、穏やかな声が耳に入る。思わず目を開くと、そこには頸と胴が泣き別れになった熊が倒れ伏していた。
そしてその亡骸の傍には、子供を背負った痩身の男が佇んでいる。ぱっと見でわかる程に、健康状態が悪い。だというのに、今まで見た誰よりも強く感じる……不思議な人だ。
「怪我はしていないか?」
「あ……はい、どうも」
「こんな山の中を、武器も持たずにうろつくものじゃない」
生き延びられたのか、あるいは死に損なったのか。流石に自殺を考えるほど病んではいないので、惨めな人生はまだ続いてしまうようだ。もっと丁寧にお礼を言いたいのに、ほんの少しだけ『余計なことをしてくれた』なんて思ってしまって……自己嫌悪で眩暈がしてきた。
「父……さん…」
「ああ、炭治郎。もう少しだけ我慢してくれ……すぐにお医者さんが診てくれるからな」
「うん…」
男性の背中側から、苦し気な声が聞こえる。三歳か四歳くらいの男の子だ……少し赤みがかった髪で、大事そうに背負われている。たぶん山に住居を構えている類の人種だろう。得てしてそういう人たちは、病にかかると自力で回復を待つものだが──病状が酷いのかもしれない。
「…病気ですか?」
「ああ、熱が下がらないんだ。急いでいるから、すまないけれど──」
「少し診せてもらえますか?」
子供が何を言っているんだ……なんてことは言わずに、男の子を背中から下ろす男性。話が早くて助かる。辛そうにしている子供を切り株に座らせ、容体を診ていく。
額にあてられた布を剥がすと、少し膿んだ火傷痕が見て取れた。傷口の感じからして、ここ数日内に負ったものだろう。おそらく火傷を原因とした、軽度の感染症か。
「少し痛いけど、我慢してね」
「う……ん…」
「名前はなんて言うんだい?」
「炭……治郎…」
「わぁ、いい名前だ」
会話で痛みを紛らわせてあげつつ、処置をする。山暮らしだと少しの傷口でも命取りになったりするから、消毒薬は常に持ち歩いているのだ。しかし薬は高いから少量しか購入できない……これで使い果たしてしまうけど、そこは仕方ないだろう。
竹筒の水で傷口を洗い、消毒した後にアロエから自作した軟膏を塗る。カミツレを煎じた漢方薬モドキを解熱剤として飲ませれば、処置も完了だ。
「家に消毒薬はありますか?」
「いや……情けない話だが、あまり裕福ではなくてね」
「では傷口にあてる布は、一度熱湯で消毒したものを使うようにしてください。それでも化膿するようなら、砂糖をすり鉢で細かくして、傷口に少量塗るようにお願いします……もちろん、すり鉢も熱湯で煮沸を」
「ああ。ありがとう、助かったよ……君は医者なのかい?」
「…少し知識があるだけです」
…男性から漂う独特の匂い……たぶん、ガンを患っているんだろう。あんな動きができるくらいだし、そこまで進行はしていないようだけど、転移する場所によっては余命数年といったところか。その割にはやせ細りすぎな気もするけど、おそらく元から病弱だったんだろう。なんにしても、僕が彼にしてやれることはもうない。
成人する前に父親を失うであろう男の子に、憐憫の情が沸き上がる……それと
──口元を引き結んだ僕を見て、男の子は不安そうに手を伸ばしてきた。ああいけない、病気の子供を怖がらせてどうするんだ。
「お兄……さん…」
「怖がらなくて大丈夫だよ、炭治郎くん。すぐよくなるからね」
「ううん……お兄さんが……大丈夫かなって……すごく辛そうだから……そんな匂いがするから…」
「…っ」
…顔に……出ていただろうか? いいや、出ていたとしても……こんな小さい子供が、自分だって苦しいだろうに……他人を気遣えるものなのか…? 僕の両手を優しく包んで、安心させるように笑う男の子。こんなの、立場が逆だろう。
──こんなに人から心配されたのは、いつ以来だろう。
「お兄さん……どこか痛いの…?」
誰かの体温を感じたのは何年ぶりだろう。透き通るように綺麗な瞳が、僕をまっすぐ見つめている。じわりじわりと心を蝕んでいた毒が、陽の光に照らされて消えていくような感覚……どうしてか視界がぼやけて、よく見えない。縋り付くように小さい手を握りしめ、俯いていると──男性が優しく声をかけてきた。
「…よかったら、家へくるかい?」
「いえ……でも……ありがとう、ございます」
たった二言三言を交わしただけなのに、見透かされている。誰かと一緒にいたいという気持ちや、家族が欲しいという気持ちが
「タンパク質……お米よりも肉や魚を取るようにした方が、少しは
「…わかった。ありがとう」
「あまり、無理はされないように。今だってかなり苦しい筈です」
「妻が
僕の手を握ったまま、いつの間にか疲れて眠っていた男の子を、男性はよいせと担いで歩き出す。そんな彼の背中を見送って、僕もゆっくりと歩き出す。そうだ、泣き言なんて言っていられない。みんなそれぞれ事情があって、その中で必死に生きているんだ。下を向いたまま歩いていれば、横に幸せがあっても気付かない。だから……もう少し、もう少しだけ頑張ってみよう。
──またね、炭治郎くん。
■
…懐かしい夢を見た。炭治郎くんと初めて会った時の夢。十何年も前の話だから、出会ってすぐには気付かなかったけど……彼は今も昔も僕の命の恩人だった。ちっとも変わらない優しさが、記憶にある幼い少年のままで──だから炭治郎くんだけはずっと“くん”を付けて呼んでしまう。
──いやぁ、しかし危うく死ぬとこだったぜまったく。上弦の壱に会うのも予想外なら、それがご先祖様だったってのも驚きだ。まあ色々と思うところはあったが、決着はもうついたのだ。なんか謎の記憶が断片的にフラッシュバックしたが、もしかしてあれが『記憶の遺伝』ってやつだろうか。正直あんまり信じていなかったのだが、実体験を伴うと『なるほど』と唸ってしまう。
ともあれ、生き延びたことを喜ぼう。窓から見える太陽の角度からして、今は正午くらいだろうか。腹具合からして丸一日経っているとも思えないし、一晩明けただけかな。
炭治郎くんの体を見て知ってはいたが、やはり傷の治りが異常に早い。かなり大雑把に縫合した傷が、もう抜糸段階まで塞がりかけているのだ。というかめっちゃ綺麗に縫い直されてるな……外科に関しては、しのぶちゃんもここまで上手くない筈。となれば、おそらく──
「目が覚めたみたいですね。体の具合はどうですか?」
「珠世さぁぁん!」
「きゃっ!? ひゃ、え、え…」
「痣が出て余命一年ちょいになったので! どうか研究を手伝ばべっ!」
「珠世様に触るな抱きつくな縋り付くな殺すぞ」
見覚えのあるこの部屋は、おそらく産屋敷邸の離れだろう。実は一日以上寝込んでいた……なんてことがなければ、今日が柱合会議の日だ。無用な
「…そうですか。あなたにも痣が…」
「ご先祖様は痣があっても長いこと生きてたみたいなんで、珠世さんは何か知りませんか?」
「ご先祖様、ですか?」
「ええ、継国なんちゃらって人です。上弦の壱の弟さんだったらしくて……ついでに僕もその血筋だったみたいで」
「──継国…! …もしや……『継国縁壱』、ですか…?」
「すいません、下の名前までは。ご存知ですか?」
「もう随分と昔、鬼舞辻無惨に従わされていた時に出会った剣士……あの方がいなければ、私の呪いが外れることもなかったでしょう」
「なるほど……つまり珠世さんは僕に多大なる恩がある──げふっ!」
「お前の先祖に、だ。そもそもその事実すら疑わしいがな」
「あのね、愈史郎。暴力だけでコミュニケーションを取るのはあんまり良くないよ。そういうのに慣れちゃうと、今度は好きな人にだってそんな態度をとるかもしれないし」
「俺が珠世様に暴力を振るう訳がないだろう!」
「えっ」
珠世さんが、愈史郎くんの言葉に目を見開いた。『好きな人
しかしあんだけ好き好きオーラ出してたのに気づいてなかったの…? それはそれで、愈史郎くんがちょっと憐れである。というか長いこと男女が一緒にいれば、自然とそういう関係になるのが生物の本能というものだが……ふーむ……老化がないから子孫を残すための本能が薄くなるのか…? いや、鬼の特性を考えれば、そもそも妊娠しない可能性の方が高いか。
それはともかく、凄い微妙な雰囲気になったんだけど。どうしよう……いや、僕が悪い訳じゃないよね? でも沈黙が痛い。
「…」
「…」
「…」
「…」
「──痛いっ! だからなんで叩くの!」
「うるさい。お前が悪い」
「ちぇっ……ひゅーひゅー! ゆしろーはたまちゃんが好きなん──グエぇぇ!」
ちょっと殺意の籠った感じで首を絞められた。こうなったら行くとこまで行ってしまえとばかりに、クソガキムーブをしてみた所存であるが──悪手だったようだ。ギリギリと締め上げられて苦しい……しかしアヒル口で煽るのだけは忘れない。
他人の恋路とは、馬に蹴られながらでも首を突っ込む価値があるのだ。まあ度を超すつもりはないけど、でも何十年も一緒にいて進展しない仲だとしたら、少しくらい突いてあげるのが優しさってもんだろう。しかし酸欠で頭がボーっとしてきたな……ん? 何やら部屋の扉が勢いよく開いた──
「…っ!?」
「──千里に何をしている、鬼め…!」
僕と愈史郎くんの間に割って入ったのは、険しい形相をしたしのぶちゃんだ。剣を愈史郎くんに突き付けつつ、片腕で僕を引っ張りながら抱き込んだ。おっぱいが近い。
攻撃にまで至らなかったのは、この二人が協力者だと耀哉に言い含められていたからだろう。とはいえ普段のしのぶちゃんなら、こんな茶番なんかすぐに理解できた筈だ。彼女がもっとも憎む『鬼』の行動だったからこそ、冗談を冗談として捉えられなかったのかもしれない。まあちょっと冗談の域を超えてたってのもあるか。
しかし本気で怒っているしのぶちゃんを見たのは初めてだが……『凛々しい』という言葉は、彼女のために存在しているんじゃないかと勘違いしそう。護ってもらっている状況を考えれば、気分はオタサーの姫である。
「やめて…! 私のために争わないで…!」
「…」
「…」
うむ、二人とも呆れて矛を収めたようだ。しかし何故しのぶちゃんがこっちに……いや、おかしくはないか。そもそも僕が珠世さんに会いに行ったのは、しのぶちゃんと共同研究をしてもらうためだ。決戦もすぐそこに迫っている以上、顔合わせは早ければ早いほどいい。本格的に研究を開始するのは柱合会議の後になるだろうが、親交を深めておくに越したことはないだろう。
とりあえず緊迫した空気は緩んだし、僕もベッドから出ることにしよう。寝ている間に着替えさせられているが、もしや珠世さんがやってくれたのだろうか? 起きていなかったのが非常に悔やまれる。というか、僕の一張羅がズタズタのボロボロかつ血まみれという無残な姿で、ベッドの横に置いてある。もう使い物にはならないだろうが、捨てるかどうかは僕に委ねてくれたらしい。
「…上弦の壱と戦闘になったと聞きました」
「いやぁもう、成り行きとはいえ生きた心地しなかったぜ。心配した?」
「ええ、とても」
むむっ…! なんと珍しい、しのぶちゃんがデレ要素を表に出した。まあ鎹烏の伝令って割と大雑把だから、『上弦の壱と戦闘』『負傷』とかのワードで心配してくれたんだろう。彼女の安堵の深さ、ほっとした心の動きを見れば、どれだけ心配をかけたのかわかると言うものだ。申し訳ないと思いつつも、ちょっと嬉しかったり。
「ふん……『逃げるくらいなら問題ない』だったか? 随分な大言壮語だったようだが」
「はっはっは、返す言葉もないぜ」
「愈史郎! …飛鳥さんは、私たちのために囮になってくださったんですよ」
「こいつが勝手に仲間を助けに行っただけです。それも、身の程も弁えずに」
「あのさ、僕はそういうの気にしないけど……しのぶちゃんの嫌ユシ感が高まるから、もうちょっと控えめに…」
「嫌ユシ感!?」
──前から思ってたけど、たまに入る珠世さんの可愛いツッコミがちょっと好きだったり。略してたまたまツッコミと呼んでおこう。
それはさておいて、しのぶちゃんと愈史郎くんの間に火花が散っている。たぶん僕の件を抜きにしても、こんな感じになったんじゃなかろうか。鬼への嫌悪感が隠しきれていないしのぶちゃんに、その負の感情を読み取って苛立つ愈史郎くん。嫌悪感を自分に向けられるのはどうでもいいようだが、珠世さんへも向けていることが腹立たしいようだ。
「…それにしても、なぜ逃げなかったんですか?」
「やー、出会い頭で脚に一撃もらっちゃってさ……ん? あれ、なにか忘れてるような…」
「あなたが攻撃に当たる姿自体、想像できませんが……むしろそんな状態でよく勝てましたね。煉獄さんも一緒だったとは聞いていますが、それでも信じられない成果──」
「…っ! 上弦の壱を倒しただと…? 命からがら逃げ帰ってきたんじゃないのか」
「…そんなことも知らずに千里を罵倒していたんですか」
しのぶちゃんのボルテージが上がっていく。うーん……普段なら気にも留めないことや、さらっと聞き流すようなことにさえも突っかかっていく。
やはりどうしても憎悪が沸き立ってしまうのだろうか。僕は鬼に肉親を殺された訳じゃないから、想像はできても共感はできない……諫めるにしても、ちょっと気が引けてしまう。なにより、しのぶちゃん自身がどうにか自制しようと頑張っているのだ。頑張っている人に『頑張って』と言うのはよろしくない。
しかし何か忘れている気がするな……そもそも何のためにここまで頑張ったんだっけ? しのぶちゃんの言う通り、逃げるだけなら充分に可能だったような──あっ!
「に、荷物……は全部切り刻まれたんだった。そうだ、袖口に…」
「…?」
「ほっ……良かった、ちゃんとあった」
「それは…?」
「鬼舞辻無惨の血液だよ。これがあれば禰豆子ちゃんを人間に戻す薬も、上弦や無惨に効く毒も作れるだろ?」
「…っ! それは──本当ですか!?」
驚く珠世さんも美しいな……あっ! しまった、もっと溜めつつ満を持して言おうと思っていたのに。ドヤ顔の用意もできてない……いやまあ、充分に驚いてくれてはいるけども。なんかこう、もっと『これ、なーんだ?』とか『オイオイオイ愈史郎。これを見てもそんな口が叩けるのか?』とか言いたかった。なにさらっと出してるんだ僕は。
「これ、なーんだ?」
「いま言いませんでしたか!?」
「たまちゃんって結構いいツッコミするよね」
「たまちゃん!?」
「──千里。あなたは…」
「おっと、待つんだしのぶちゃん。愛の告白なら、もっと良いシチュエーションを──」
「…それのために、死にかけたんですか? そうでもなければ、先程も言ったように……あなたが怪我をするとは到底思えません」
「あー……うん、そんな感じ。というかしのぶちゃん、もう少しこう……喜んでほしいというか何というか。『キャー! 素敵!』くらいは言ってもバチは当たらないと思うんだけど」
「あなたは……剣士ではないでしょう…! …命をかけてまで戦う必要はありません!」
ちょっとお怒りしのぶちゃん。うーむ……僕が少年だったら『なんだよ! 素直に褒められねーのかよ!』とか言っちゃいそうなセリフである。もちろんそんな未熟な感性は持ち合わせていないし、しのぶちゃんの心配を理解できないほど鈍感でもない。しかし何と言うか……意外と好かれてたのかな…? 嬉しい限りである。
「ほらほら、しのぶちゃん。心配してくれるのは嬉しいけど、『隠』の人だって隊士と同じように遺書とか書いてるんだぜ? 僕だって同じさ。いざって時の覚悟くらいはしてるよ」
「ですが、あなたはあくまでも外部の協……いえ……そう、ですね……失礼しました」
「というかさ、自分の体に毒まで仕込んでる人間が言うセリフじゃないよね。今の」
「…っ!」
「ま、もうすり替えてたのには気付いてたみたいだけど。それでも偽の薬を飲み続けてたのって、僕に心配かけないようにするためだろ? 気遣いはお互い様ってやつさ」
「う…」
「だから、この話はこれでお仕舞い。『僕は、君が自分を大切にしてくれるようになって嬉しい』」
「…『私は、あなたが無事でいてくれてよかった』」
「そうそう。これでなんのわだかまりもなしさ」
「ふふっ……ええ、そうですね」
「最後に二人は幸せなキスをして終了──いだだだだっ!? あれ、なんか凄く良い感じだったのに…」
ふぅ……やっとしのぶちゃんの雰囲気が和らいだ。仇敵である鬼との共同研究、そして僕の安否と、色々と張り詰めるものがあったんだろう。珠世さんと愈史郎くんも、空気を読んで黙っていてくれたようで有難い。というか、愈史郎くんの僕を見る目が割とマシになっている。
「…おい」
「人を呼ぶ時はちゃんと名前で呼ぼうぜ。なんだい? 愈史郎」
「さっきの言葉は撤回してやる。よくやった」
「すっごい偉そう…」
まあでも、褒めてくれただけで大きな進歩だ。とにかく状況も落ち着いたようなので、ある程度の情報を共有しておくとしよう。さっき珠世さんが言った『鬼舞辻無惨に従っていた時』というのも気になるし。
ふむふむ……今も昔も、鬼舞辻無惨は陽の光の克服を目的にしていると。薬学の知識があった珠世さんを側に置き、研究を手伝わせていたと。
そんな折に出会ったのが、僕のご先祖様だったらしい。いつだって傲岸不遜な無惨が、僕の大叔父様に瞬殺されかけたその時だけは、恥も外聞もなく逃げ出したらしい。珠世さんの語り口が凄く生き生きとしていたので、とても嬉しかった様子がうかがえる。
しかしなるほど、お爺ちゃまが嫉妬するだけのことはある。お爺ちゃまより強いであろう鬼舞辻無惨……そんな化け物を更に圧倒できる大叔父様は、いったいどうなってるんだ。
いや、待てよ? そんなやべぇ人の血筋だからこそ、僕も割と化け物じみているのか。長年の謎が解けてすっきりである。お爺ちゃまの最後の言葉を思えば、顔も似てるんだろうし。
『そういえば顔立ちがよく似ています』とは珠世さんの言だが、なぜ最初に気付かなかったのだろうか。そう思って疑問を口に出すと『あまりにも印象が違っていたので…』との回答を頂いた。誉め言葉かと思ってお礼を言うと、何故か目をそらされた。
ちなみに耀哉の予想は当たっていたようで、鬼舞辻無惨は頸を斬られても死ななかったようだ。それどころか、自分から体を弾けさせて千以上もの破片となって逃げ、その過半数を斬られても死ななかったらしい。どこから突っ込めばいいのかよくわからない話である。
それと珠世さんは、薬ができたら無惨と刺し違えて死ぬつもりらしい。愈史郎くんと違って、彼女は少なくない数の人間を食った過去があるそうだ。自分に生きる資格など無いと考えつつも、ただただ無惨を殺すためだけに生き続け、それが叶えばどちらにしろ自死を選ぶ覚悟だったと。なるほど……しかし悪いが、そんなの看過できない。
「鬼舞辻無惨が滅べば自分も死を選ぶ…? ──貴女は何もわかっちゃいない」
「…っ!」
「痣者の寿命問題をなんとかしないとさぁ! 僕がいの一番に死ぬんだよ! 手伝ってたまちゃぁぁぁん!」
「きゃぁぁぁっ!?」
「──ぐべぇっ!」
「いま殺してやろうか?」
「ぐふっ……い、いや、本当に切実な問題なんだってば。たまちゃんほど医の道に長く携わってる人なんていないでしょ? だから生きるか死ぬかを考えるより先に、僕を救うために研究を手伝ってほしい」
「…」
「そう、僕のために生きろ珠世──おぐぅっ!」
「こいつはいつもこんななのか?」
「ええ、そうです」
あ、愈史郎くんとしのぶちゃんの間にあった壁がちょっと薄くなった。何かシンパシーを感じたのだろうか。まあ珠世さんも頷いてくれたことだし、とりあえず良しとしよう。
…夫と息子を食い殺し、赤の他人を食い殺し、どれだけの後悔が彼女を苛んだのか……僕には想像もできない。生き続けることそのものが、彼女にとって地獄に等しいのかもしれない。それでも僕は医者として、自殺を選ぶ人間を見過ごすなんてできやしない。
だから短い間だけど『生きる理由』を無理やり作ってもらった。とはいえ僕にできるのは精々これぐらいだから、後は愈史郎くんに任せよう。愛する人に死んでほしい人間なんて、いやしないのだ。声を届かせるまでの猶予はできたし……彼女を生き地獄から引っ張りあげられる存在がいるとすれば、きっと彼だけだろう。
「あと決戦は晴れの昼日中だから、たまちゃんも愈史郎も出てこれないと思うけど」
「えっ」
ガーンとショックを受ける珠世さん。いや、こっちから仕掛けるのに夜を選ぶとか有り得ないと思います。
もちろん、昼は誰も知らない場所に隠れているとかだったら話は別だが、基本的に無惨は人として生活をしているらしい。それなら、日中とはいえまったく姿を現さないってことはない筈だ。『皮膚病』だとか言って外に出ない理由を作れば、疑われることなく人の生活も送れるだろうし。
「というかまあ、できれば柱が出動する事態も避けたいんだけどね…」
「…もう何か算段を立てているんですか?」
「うーん……まだ完全に居場所を把握してる訳じゃないから、それ次第かな。理想は建物ごと爆破して陽の元に引きずり出すとかだよね。二の矢があるとすれば、この血から作られる毒。三の矢が柱って形になるんじゃないかな……なんせ頸斬っても死なないらしいし」
「なるほど…」
「問題は血鬼術で逃げられる可能性が高そうってことかな……本人か配下か知らないけど、瞬間的に移動できる手段を持ってるみたいだし。いくら陽の光で死ぬって言っても、やっぱり強い鬼ほど死ぬまで時間がかかるだろうから……その間に発動されないための手段もどうにか──」
「最初に太陽の下に出せば問題はない筈だ。陽が照っている場所で、血鬼術を発動できる鬼はいない……空間系の術なら尚更にな」
「そうなの?」
うーん、珠世さんたちが仲間になってくれたおかげで色々と捗るな。鬼殺隊側では知りえなかった、あるいは曖昧だった情報もどんどん正確になっていく。そんな感じで喧々諤々と議論を交わしていると、なにやらしのぶちゃんがくいくいと袖を引っ張ってきた。可愛い。
あ、そろそろ柱合会議の時間か……本来は柱と耀哉だけの集まりだけど、僕も参加させてもらうことになっているのだ。まあ会議の本質は『情報共有』なんだから、出席も当然と言えば当然である。たぶん耀哉や
鬼舞辻無惨の頭が無残だったから事なきを得たが、殺害よりも捕縛を優先されていたらかなりやばかった。いくらなんでも、拷問に耐えられるような訓練は受けてないし。
…まあ反省はし過ぎても毒だ。教訓にして次に活かそう。とりあえず無惨の血液を珠世さんに託し、僕たちは離れを後にした。
新しい着物やら羽織やらを頂戴し、そのままぐるっと周って母屋の入り口へ向かうと、ちょうど義勇の到着とかち合った。相変わらず素っ気ない感じではあったが、最初に出た言葉が『無事だったか…』だったので、ちょっと感動。しかし肩をバシバシ叩くと振り払われた。
「やー、遂にこの日が来たね義勇。ちゃんと練習はしてきた?」
「…へーい」
「…っ!? くっ、く、ふっ…!」
義勇の『へーい』を見て、体をくの字に折り曲げて吹き出すしのぶちゃん。そんな反応に気をよくしたのか、義勇は口角をニヤリと持ち上げたが……今のは笑わせたというより、笑われたというのが正しい気がする。とはいえ、あの義勇が仲間に歩み寄る姿勢を見せているのだ。これはもう、月面着陸並の大きい一歩である。
予定の時間までまだ少しあるが、柱は全員しっかり者だ。おそらくもう集まっているだろう。そのまま三人で部屋へ向かい、廊下を進む。そして途中でピタリと止まった義勇は、腕で僕としのぶちゃんを手で制した。なるほど、三人で入っちゃうと『へーい』の印象も薄れちゃうか。しかしどれだけ『へーい』に信頼を置いているのだろうか。
部屋の手前数メートルで僕ら二人は止まり、義勇の動向を見守る。一呼吸の間を置いた後、彼は部屋の中へ消えていった。足音を立てないように、二人でこっそりと部屋に近付く。というかさっきの笑いが抜けきっていないのか、しのぶちゃんはまだ肩を震わせたままだ。
──さて、どうなるかな。耳をそばだてて、と…
『…へーい』
『あァ? なんだテメぇ……いきなりご挨拶だなァ、オイ。馬鹿にしてんのかァ?』
『…っ! ぐぅっ、ふっ、くっ…!』
『キャーッ!? 伊黒さん、どうしたの!?』
『冨岡殿が自分から挨拶とは珍しい! 息災のようで何よりだ!』
『うわぁ…』
『おい時透……言いたいことはわかるが、口に出すな』
『はい、宇随さん』
『顔にも出すな』
…しのぶちゃんが僕にしがみつきながら、それでも我慢できずに床へ崩れ落ちた。こんなに笑い上戸だったかな、この娘。まあ大人びてはいるがまだ十八歳だ。箸が転がってもおかしい年頃と考えれば、むしろ健全である。
とりあえず彼女の背中をさすりつつ、部屋の様子をちらっと窺う。すると義勇と目が合い……『話が違う』みたいな雰囲気で睨まれた。いや、僕のせいなの? …仕方ないなぁ、手本を見せればいいんでしょ。手本を。
「へーい! みんな元気だったー? 僕は死にかけたぜ!」
「千里! ──怪我は
「うん、程ほどに……杏寿郎が途中まで背負ってくれたって聞いたぜ。ありがとね……そっちの怪我は大丈夫?」
「うむ! 何故かわからんが、妙に治りが早くてな」
「わぁ、わぁ! 無事で良かったぁ! 大怪我したって聞いて、私すっごく心配で…」
「あれ、蜜璃ちゃんまた可愛くなった?」
「ひゃっ…! そ、そんな可愛いだなんて……キャーッ!」
おおう、みんな寄ってきた。なんて友達がいのある友人たちなんだ…! 義勇が『何故だ』という表情をしているが、何故もなにも、君がコミュニケーションを怠ってきた結果だと思うの。ムムと口元を真一文字にしている彼から目をそらし、心配そうな顔をして寄ってきた無一郎の頭を撫でる。
──不意に、お爺ちゃまと出会った瞬間のあの感覚が沸き起こった。そうか、そういえばこの子も『始まりの剣士』の子孫だってあまねさんが言ってたな。前に会った時はそんな感覚しなかったんだけど……お爺ちゃまのせいで変なスイッチ入っちゃったのかな?
「千里……大丈夫だった?」
「やー、あんまり大丈夫じゃなかったけど、なんとか生き延びたよ。僕らの血筋に決着もつけてきたぜ」
「僕らの…?」
「そそ。上弦の壱の弟さんが『始まりの呼吸』の使い手だったみたいでさ。僕もその血を引いてたっぽくて……無一郎とは遠い親戚ってことになるのかな?」
「…! そ、そうなんだ……千里と親戚…」
「オイ待てェ。『そうなんだ…』で済ます情報じゃねぇだろが」
「そうだ、鬼舞辻無惨を倒したら一緒に暮らす? たった二人の血縁だしね」
「い、いいの…?」
「聞けやァ!」
「実弥さぁ……もっとかけるべき言葉があるだろ? 『無事でよかったぜなァ…!』とか」
「誰の真似だボケェ…!」
「また生きて再会できた、こんな時こそハイタッチさ。ほらほら!」
「しねぇよ」
「ちぇっ、イケズだなぁ…」
「…チッ」
…ん? わお、拳を軽く突き出された。俗に言うフィストバンプ、グータッチってやつだ。いつのまにそんなハイカラなコミュニケーションを覚えたんだろう。しかし正面からではなく、面倒くさそうに裏拳を出してくるあたりが彼らしい。コツンと合わせると、実弥の口元が少しだけ緩んだ。彼とは偶に甘味処の名店巡りをする仲だが、表には出さずとも友情は感じていてくれたらしい。ちょっと感動。
さて、次は小芭内か……普段と見分けが付かない程度だが、心配する素振りが見て取れた──のがついさっきまでの話。僕が蜜璃ちゃんと仲良く話していたせいか、ちょっと拗ねてるような気がする。というか一瞬だけ殺気を感じたし、僕が友達でもなければ実力行使で排除されていたに違いない。
ちなみに小芭内が蜜璃ちゃんにホの字なのは、柱の性別を全て把握した時点で自ずと知れた。以前の会話で柱の中に好きな人がいるのは知っていたし、
「小芭内は元気してた?」
「…ああ」
「傷はもう大丈夫?」
「…ああ」
「口元、隠さなくなったんだね。そっちの方がカッコいいぜ」
「…ああ」
「蜜璃ちゃんのこと好き?」
「…ああ……──っ!?」
「わひゃっ!? え、え、ぇ…!」
刀鍛冶の里でお泊り中、蜜璃ちゃんとは恋バナで盛り上がったので、彼女の意中の相手は把握済みである。はっきり名前を口に出した訳ではないが、『伊黒さんと一緒にご飯を食べる時が一番ドキドキするの…!』なんて言っていたのだ。これで好きじゃなかったら、とんだビッチである。
普段はこんなキューピッドと言う名のお節介オバサンみたいな真似はしないのだが、この二人って外から何かしないと、死ぬまでくっつかなさそうだし。主に小芭内のせいで。
「さてと、あと挨拶してないのは…」
「爆弾だけ落として放置かお前…」
「天元! わー、元気だった?」
「おかげさまでな。しっかしお前……くくっ、どんだけ上弦に会うつもりだ?」
「ほんとにねぇ。鬼を惹きつけるのは昔からだけど、こう……稀血ってこと以外でもなんかあるのかなぁ…」
「ま、なんにしても無事でよかったじゃねえか」
「うん、心配してくれてありがとね……あ、そうそう! 前に教えてもらった変装術! 見事に義勇を騙せたぜ」
「あの精度で騙せたのか……さっきの挨拶もそうだが、アイツ大丈夫か?」
「…」
「しっ…! そういうのは本人のいないところで言うのが礼儀でしょ!」
「ん、ああ……悪い……いやちょっと待て、お前の方が失礼だろ」
ぽつねんとこちらを見ている義勇。しかしここで『みんなー! 義勇が仲良くなりたいんだって!』とか言うほど僕は無粋じゃない。そもそも対人関係の根幹とは、自分で作るものだ。何かしらの事情ですれ違っているなら、さっきみたいにお節介も焼くが──今回はまず『元』となるものがない。そこは自分で頑張らないとね。
「さ、じゃあ皆で小芭内と蜜璃ちゃんの
「やっ、や、や、その、あのっ…!」
「…おい。甘露寺を困らせるな」
「えっ!? そ、そんな困るだなんてことは…」
「んん、コホン……『伊黒さんと一緒にご飯を食べる時が一番ドキドキするのー!』」
「ひゃぁぁぁ! やめっ、やめてぇぇ!」
「っ…!」
顔から火が出そうなほど真っ赤になっている蜜璃ちゃんに、耳まで朱に染まって俯く小芭内。微笑ましいというのは、正にこんな二人を指すのだろう。問題があるとすれば、彼らを見て微笑ましそうにしているのが杏寿郎としのぶちゃんだけってとこくらいだろうか。そういうとこだぞ、他の四人。
「千里。計画を煮詰めるのは結構なことですが、悲鳴嶼さんがまだいらしていませんよ。それにお館様も」
「耀哉は絶対安静だから、今日はあまねさんが進行役だよ。あれ以上無理すると、治るものも治らなくなるし」
「…お館様の容態はどうなってんだァ?」
「点滴……あー……栄養状態の改善で、だいぶ進行は抑えられたけど──根本的には解決してないね。望みがあるとすれば、やっぱり鬼舞辻無惨を倒すことかな…」
内臓機能が衰弱したせいで、経口摂取での栄養補給が困難になってしまっているのだ。『呪い』があるとして、それに対抗しているのは耀哉の体である。栄養が取れなくなれば、余計に悪循環が進むのは当然の話だ。実際問題、ここ最近の進行具合は洒落にならないレベルだった。
『点滴』という概念は大正時代にもあったが、一般的でもなければ大して有用であるとも認知されていなかった。原理は簡単だし、器具もそう複雑なものではないから自作してみたが……もうちょっと早く用意するべきだったと後悔している。まだ起き上がれるくらいには元気なのが救いだろう。
「…ならば、一刻も早く無惨を倒さねばなるまい! お館様の身命が我らの手に委ねられたと言うなら、是非もなし!
「まったくもってその通りさ。それで──ああそうだ、岩柱さんがまだなんだった。あまねさんは、たぶん時間ちょうどに来ると思うけど…」
「いつもは一番に来てるんだがな……珍しいこともあるもんだ」
「最近は鬼の出現頻度が高まっていますし……悲鳴嶼さんのことですから、きっとギリギリまで任務を続けていたんでしょう」
「まったくよォ、うじゃうじゃとそこかしこに居やがるからなァ…! ゴキブリの方がまだマシだぜェ」
「実弥! しのぶちゃんに失礼だろ──いだだだだっ! ぼ、僕は君のためを思って…」
「蟲の呼吸にゴキブリは含まれていませんよ?」
くっ……差別だ。ゴキブリ差別だ。いま地球に存在する生物で、もっとも生存と繁栄に適した生物と言っても過言ではないのに。まあ僕も嫌いだけどさ。
しかし聞く限りでは凄く真面目な人のようだが、大丈夫かな岩柱さん。柱ともなれば、滅多なことで殺されることはないだろうが……ここ半年、上弦の鬼の出張りっぷりは凄いからな。お爺ちゃままで負けて激怒した鬼舞辻無惨が、猗窩座さんと上弦の弐を組ませて柱を襲わせるなんてこともないとは言えない。
「ちょっと心配だし、確認してくるよ」
「確認……ですか?」
「鎹烏と『隠』の連絡網、知ってる人少ないしね」
まあ倒したとはいえ上弦が出現したから、また変わってるかもだけど。どっちにしろまた把握しとかなきゃだし、詰める情報が多くてやんなっちゃうぜ。怪我の痛みに顔をしかめながら部屋の衾を開けると、目の前にジャイアントな大男が立っていた。ホラーかな?
僕も百九十センチはあるというのに、そんな僕より三十センチくらいは高い。そして右手に誰かを抱えている……その人の首がぐらりと動いて顔が見えると、右頬がリンゴのように腫れ上がっていた。ちょっとギャグテイスト。
しかし男性の拳には血液が少量ながら付着している。なるほど、つまり……つまり──
「人殺しぃぃ!」
…あ、よく見たらお爺ちゃまに殺されかけてた隊士だ。
柱合会議終了まで書きたかったんですが、流石に量が多すぎたので分割にします。