逃げるは恥だが鬼は死ぬ《完結》   作:ラゼ

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結局、二話多くなっちゃいました。あと二話+エピローグで終わります(たぶん)


15話

 生きているのかも怪しいほど顔が腫れた隊士……そんなものを抱えている大男。しかも拳に血が付着しているとなれば、もう『人殺しぃぃ!』と叫ぶのも仕方ないだろう。しかしそんな僕の反応を見て、彼は懐から数珠を取り出し、じゃりじゃりと擦りながら涙を流し始めた。いや、もう……いや……え? 理解が追い付かないけど、僕が悪いのかな。

 

「え、ええと…」

「殺してはいない…」

「は、はあ…」

「君が飛鳥千里か」

「そうですけど…」

 

 物理的にも精神的にも『圧』が凄い。気圧されるとは、正にこのことだろう。いやもう、熊のような大男がいきなり涙を流し始めたら誰でもこうなると思うの。後ろで『さすが悲鳴嶼さん』とか『千里が押されているな』とか聞こえるけど、君らは僕のことをどう思ってるんだ。

 

「ええと……初めまして、飛鳥千里と申します。あなたが悲鳴嶼さんですか?」

「悲鳴嶼行冥だ……よろしく頼む」

「ええ、こちらこそ。ところでその隊士は…?」

「…」

 

 ま、また涙を流し始めた……くっ、ペースを乱されっぱなしだ。何か一発芸でもすれば、この劣勢を覆すことができるだろうか。そう思って鼻眼鏡を懐から取り出そうとしたが、そういえば着物を新調したんだった。アイテムに頼れないこの状況……センスが試される場面である。

 

 …と思って少し悩んだのだが、悲鳴嶼さんが訥々(とつとつ)と経緯を語り始めたので大人しく耳を傾けることにした。ふむふむ……こちらへ向かっている最中に古ぼけた御堂(おどう)の横を通り過ぎようとしたら、変な気配がしたので中に入って確認してみたと。

 

 そこにはガタガタと体を震わせているこの隊士さんがいて……ほうほう。事情を聞こうとしたら『俺を殺しにきたのか!』とか『俺は悪くねえ!』とか『鬼になろうとして何が悪い! 死んだらそこで終わりなんだ!』とか叫びだしたので、とりあえず殴って気絶させたらしい。

 

 いや、何も殴らなくても……え? 時間がなかった? まあ確かに放置したままにはできないだろうし、裏切り者と言って差し支えない彼を、意識があるまま産屋敷邸に連れてくるのも問題か。というか話を聞くに、裏切りの剣士のことは誰も把握していなかったようだ。

 

 うーん……あ、そっか。彼がお爺ちゃまに出会ってすぐ鴉が飛んだとして……その後の光景を見たのは僕だけだ。その僕がさっきまで意識を失っていたんだから、誰も知っている筈がなかった。

 

 とはいえ、彼側からすればそんなこと知る由もない。となれば、お爺ちゃまに脅されたから鬼側にも行けず、鬼殺隊側からも裏切り者として追われていると勘違いしたんだろう。

 

「おいおい、悲鳴嶼さんよ。そんな奴をここに連れてくるのはちょっと迂闊じゃねえか?」

「あァ? 別に問題ねぇだろうが……腹切って詫びさせて仕舞いだ、仕舞い。鬼になろうなんてクソ野郎、介錯する価値もねぇけどなァ」

「ちょっとちょっと、実弥。除隊は当然だろうけど、それは酷すぎない? そもそも未遂で終わってるんだし、上弦の壱と出会って『死か鬼か』なんて状況になったら、死にたくないと思っちゃうのも仕方ないよ」

「上弦の壱ィ? …説明しろやァ、煉獄」

「俺が到着した時には、既に千里と上弦の鬼は戦闘に入っていた! その隊士については、俺の与り知るところではない!」

 

 あれを戦闘中と言ってくれる、杏寿郎の気遣いよ。しかしどうしたものか……いやまあ、ありのままを話すしかないんだけどさ。生まれた時代の違いって、こういうところで感じるよね。

 

 『侍』が消え、近代に入りつつあるとはいえ、腹を切ることで責任を取るという観念はまだ現役だ。『そんなのありえない』という感覚は、第二次世界大戦後の話だろう。

 

「えーっと……なんて言えばいいかな。僕も最初から見てた訳じゃないから、詳しくはわからないけど……まあ上弦の壱と運悪く出会っちゃって、鬼になるって命乞いしたんじゃないかな。もちろん、なりたくてなろうとした訳じゃないだろうけど」

「だからなんだってんだァ? 未遂で終わろうが終わるまいが、鬼になろうとした隊士なんざ死んで当然だろうが」

「隊士の資格なし、ってことでしょ? じゃあもう鬼殺の剣士じゃないわけだ。一般人の生き死にを僕らが決めるなんて、そんなの烏滸(おこ)がましいよ」

「示しがつかねぇ、つってんだろが。鬼殺の剣士になった時点で、テメェの命なんざ捨ててるも同然なんだよォ。それが土壇場で怖くなっただァ? 巫山戯(ふざけ)んのも大概にしとけや」

「死の恐怖なんて、いざその状況にならないと実感できないもんさ。それにみんながみんな鬼憎しで鬼殺隊に入ってる訳じゃないんだよ、実弥。孤児だとか、飢えてどうしようもないとか、そんな子たちだって少数だけどいるじゃないか。死にたくないから鬼殺隊に入ったってことは、死にたくなくて鬼になろうってのもあり得るだろ」

「ハッ、死にたくねえから鬼殺隊に入ろうなんざ──(はな)っから間違ってんだろうがよォ」

「ならそういう子への間口を広げてる側にだって、多少の責任はあるんじゃないの? そりゃあ覚悟のない人間が剣士にならないために、段階は踏んでるよ。呼吸を覚えるだけでも大変だし、それを乗り越えたって入隊試験がある。生きるためだけに剣士になろうとした子なんて、九割以上はそこで消えるさ。変に才能があったせいでそこを突破しても、剣士を続けてたら、鬼との戦いが割に合わないなんてすぐ気付く。気付く間もなく死んじゃう子だっているだろうし」

「…何が言いてぇんだァ?」

「命を()()()()()()剣士が、ごく少数とはいえ上にあがれる仕組み──そこにも責任の一端はあるんじゃない? もちろん完璧な仕組みなんて存在しないし、違うやり方があるかって言ったら無いけどさ……でも全部が全部、彼の責任ってのはおかしいんじゃないかって話。あの子がどういう経緯で鬼殺隊に入ったかは知らないし、裏切ろうとした報いは受けさせるべきだと思うけど、それが『命』って点には同意しかねるね」

「…そいつはお前を見捨てて逃げたんだろがァ。庇う価値なんざ微塵もねぇよ」

「実弥。誰かの罪を問おうとする場合、私情を入れるのは厳禁だよ。もし君が君の都合だけで、主観だけで彼を殺すって言うなら……自分の都合で人を食う鬼と何が違うってのさ──()っ…!」

「殺すぞテメェ…!」

「──罪を問うなら、功も問うべきだろ。どれだけ彼が利己的な人間だとしても、鬼殺の剣士だった以上……救われた人間が絶対にいるじゃないか。たった一度の失敗がそれを覆すのかい? そりゃあ世の中、取り返しのつかない過ちだってあるさ。だけどその子は結果的に何もしてないし、今回の件が命でしか償えないほどの失敗だなんて、僕にはどうしても思えない」

「テメェがどう思おうと知ったこっちゃねぇよ。刀も持ってねぇ奴が正論並べて聖人気取りかァ…? 気楽なもんだなァ、オイ…!」

「『命』だよ? 無くなったらそれで終わりなんだ……かけがえのない大切なものだろ! 君だって、そんな大切なものを奪われたから──だから剣士になったんじゃないのか! 軽々しく『腹切って詫びさせる』なんて、それこそふざけるな!」

「上等だテメェ…!」

「け、喧嘩はダメだよ! 二人とも落ち着いて──」

 

 実弥が拳に力を込めた瞬間──耳をつんざくような破裂音が響いた。空気が強く震え、銃声のような音が室内に反響する。どうやら悲鳴嶼さんが両の手を強く打ち鳴らしたようだ……まるで雷が落ちたような衝撃と共に、僕は床の上を転げまわった。いや、のたうち回ったという方が正しい。何故なら耳のほぼ真横で音がしたからだ。

 

「──耳がぁぁぁ!! こまっ、鼓膜破れっ…!?」

「せ、千里……大丈夫ですか…?」

「…すまない」

 

 ちょっと加減を間違えた、とでも言うように涙を流す悲鳴嶼さん。やたらと泣く人だけど、ぜんぶ本気の涙だから怒るに怒れない。しかし耳が痛いな……鼓膜は破れていないようだが、左耳はしばらく麻痺して聞こえないだろう。さっきから調子を外されっぱなしで、めっちゃ敗北感。

 

 ──とはいえ、先程の発言を改める気は一切ない。あの子の罪が許せないと言うなら、珠世さんの罪だって咎めないとおかしいだろう。過ちを犯しかけた人間が死ぬべきだと言うなら、多くの人を食い殺した彼女の罪なんて、何百回地獄に落ちようとも許されないことになる。

 

 何百年も人を治療し続け、少しずつ少しずつ罪を(すす)いで、新たな被害者を作らないため鬼舞辻無惨を滅ぼすことに心血を注ぎ、最後は自ら果てる心積もりだった彼女。そんな人でさえ永遠に許されないなんて、僕にはどうしても思えない。

 

「不死川……お前は何をしにここへ来た」

「…っ……はい、すみません」

「飛鳥千里……鬼殺隊は(おびただ)しい数の死者の上に成り立つ組織だ。多数が死ぬと理解していながらも過酷な試練を隊士に課し、若き命を浪費させている……だがそれ故に鬼殺隊は今なお健在でいられるのだ。一般的な価値観を当て嵌めようとするのは、そもそも間違いではないか」

「…はい、すみません」

「だが慈悲の心もまた尊いものだ……忘れるべきではない」

「…! …ありがとうございます。実弥もごめんね、ちょっと熱くなっちゃって」

「…」

「うん、僕も許してあげる」

「何も言ってねぇよボケェ!」

「喧嘩して仲直りするほど、友情って強くなるもんさ。あらやだ、そろそろ親友って感じ?」

「勝手に言っとけや」

「やったぜ。みんなぁー! 実弥が僕の親友でいいってぇー!! ──ぐえぇっ! 勝手に言えって言ったのに…」

「叫べとは言ってねぇだろがァ…!」

 

 ふぅ……危ない危ない、空気を悪くしてしまうところだった。いや悪くなったけど、ある程度は戻っただろう。価値観の違いとは、やはり厄介なものである。悲鳴嶼さんが言ったように、情けや甘さを優先してしまえば、鬼殺隊はすぐに消滅してしまうんだろう。だからと言って僕の主張が間違っているとは思わないけど、難しいものだ。

 

「悲鳴嶼さん。その隊士は、そのままにするおつもりですか? 会議の内容を聞かせるのも問題があるかと」

「目の届かぬところで覚醒した場合……私達以外に取り押さえられる者がいない。縛るだけでは不安が残る……階級は(きのと)──元鳴柱の継子だと、鎹鴉が言っていた」

「おいおい、それでその醜態かよ。嘆かわしいこった」

「そういえば音の呼吸って雷の呼吸が元だっけ? ということは天元の責任問題に…」

「おい待て」

「だが悲鳴嶼殿、会議中に目が覚めた場合はどうされるおつもりか」

「うむ……起きる度に気絶させるべきか…」

「そ、それだと死んじゃいませんか? 私も、その、殺すのはあんまりよくないんじゃないかと…」

「しのぶちゃん、睡眠薬とか持ってない?」

「いえ、流石に持ち歩いては……先程の離れにでしたら、確かあった筈です」

「じゃあ僕が取ってくるよ。縄は僕が持ってるから、誰か縛っといて──ん…」

 

 あ、たぶん目を覚ましたな……気配が変わった。僕が気付いたということは、皆も気が付いただろう。しかし起き上がる気配はない──周囲の様子を窺いつつ、隙を見て逃走するつもりだろうか。

 

 でも皆めっちゃ見てるしなぁ……まさか柱に囲まれてるとは、彼も思うまい。当然だが刀は取り上げられてるし、如何ともし難い状況だろう。

 

 ──あ、飛び起きて衾へ一直線に向かった……仕方ない、僕が取り押さえよう。実弥や小芭内だとそのまま斬りかねないし、悲鳴嶼さんはさっき言ったように殴って気絶させそうだし。

 

「…っ!」

「ほら、殺したりしないから落ち着いて」

「ぐっ、がっ…!」

 

 回復が早まるから、痣を出したままにしておいて良かった。自転車の乗り方や逆上がりのやり方と一緒で、一回発現させてしまえば感覚は体が覚えてくれていた……もう薬に頼る必要はなさそうだ。その辺に関しては炭治郎くんよりも才能があるらしい。

 

 まあお爺ちゃまとたまちゃんの話を総合すると、発現した時期にかかわらず二十五歳で死ぬみたいだし、出せば出すほど寿命が縮まるものではなさそうだ。出し惜しみする技能ではないと考えていいだろう。というか、始まりの剣士たちは常に出っぱなしだったみたいだし。

 

 それはさておき、先に縛っておくとしよう。炭治郎くんの時も然り、何故か産屋敷邸には荒縄が常備されているのだ。もしかしたら耀哉の趣味なのかもしれない。

 

 藻掻く彼を抑えながら、芋虫のようにぐるぐる巻きにしていく……階級が乙だって言うなら、力もそれ相応だろうし。縄の一、二本程度ならぶちっと引き千切れるのが上級の剣士である。

 

 ──そんな僕の行動を見て、天元が呆れたように声をかけてきた。

 

 

「もうお前、柱でよくないか? どんな速度だ今の」

「いやいや、鬼の頸を斬れない人間が柱だなんてそんな…」

「千里。もしかして喧嘩売ってます?」

「頸を斬れねぇだァ? 上弦の壱は──千里よォ、テメェが斬ったって聞いたがなァ」

「そりゃあ相手に生きる気がなかったしね。杏寿郎に一度斬られた時点で、もう勝負は着いてたよ。僕はお爺ちゃまの介錯をしてあげただけさ」

「──とはいえ、俺の剣では殺しきれなかった。なぜ千里が振るった刃で死んだのか、目下のところ気になっているのだが!」

「近いよ。杏寿郎、近い」

「ちょっと待てやァ。頸を斬っても生きてただと?」

「報告を聞いていないのか不死川。上弦はただ頸を斬っただけでは死なない鬼もいる」

「だが伊黒殿。あの鬼は純粋に頸の弱点を克服したように見えたが…」

「鬼舞辻無惨は頸を斬っても死なないって話だから、上弦の上位ならあり得るんじゃない? 残った弐と参に関しても、その可能性は視野に入れとくべきだね」

「んだとォ…! どこ情報だオイ」

「そりゃあ、たま──……」

「…?」

「たま……あー……たまたま、小耳に挟んでさ」

「挟んでたまるかボケェ」

「まあ無惨の首に関してはそういうことだし、前々から耀哉もそう言って……ん?」

 

 縛り終わった彼を床に転がすと、まるで恐怖を押し殺すように喉を鳴らした。ようやく柱に囲まれている事実を認識したのか──と思ったけど、彼の目は一点に集中したまま動いていない。悲鳴嶼さんの顔を見たまま凍り付いたように、あり得ないものを見たように唇を震わせている。

 

 …ん? 二人の顔を見比べていて気付いたのだが……悲鳴嶼さんってもしかして盲目? いや……ないよな。心眼で戦うなんてのは、創作だけの話である。気配や音だけで鬼と渡り合うなんて、ティンベーとローチンの人じゃあるまいし……いやいやいや。嘘だろ?

 

「なっ……なんで、なんで生きて……ひっ…!」

 

 それにしても、二人は知り合いだったのかな? でも殴られる前にも会ったんじゃ……ああ、古びた御堂で見つけたって言ってたな。光源なんかある訳ないし、彼からは鬼殺の剣士ってことぐらいしか判らなかったんだろう。

 

 しかし『なんで生きて』とは穏やかじゃないな。かつて崖から突き落としたとか、生き埋めにしたとかだろうか。ううむ、サスペンスの気配がしてきた。

 

「う、恨んでるのか! 俺を!」

「…」

「あいつらが、あいつらが悪いんだ…! ちょっと金をくすねたくらいで俺を追い出そうとして…!」

「…!」

「逃げればよかっただろ…! 全員バラバラに逃げれば、二、三人くらいは生き延びられただろうが…! 武器を取りに行くだの、人を呼びに行くだの……足りてねえんだよ頭が! そうだ、あんたが……あんたが真っ先に逃げてりゃ、あいつらだって死ななかったんだ──げう゛っ!?」

 

 自分から心証を悪くしていくスタイルは頼むからやめてくれ。せっかく人が庇おうとしているのに、台無しってレベルじゃないんですけど。話せば話すほど切腹ルートにまっしぐらって感じだったので、とりあえず殴って気絶させたが……悲鳴嶼さんがまた涙を流している。ただ、なんて言えばいいんだろう──悲しみだけでは……ないように見える。

 

「そうか……あの子たちは……私を守ろうとしていたのか…」

 

 ボロボロと涙を零す彼に近付いて、その肩にそっと両手を置くしのぶちゃん。他の皆に視線を向けても首を振るばかりだったので、どうやら詳しい事情を知っているのは彼女だけらしい。とはいえここで問うのも不躾(ぶしつけ)だろうし、人の過去なんて不用意に触れるものではない。

 

「この隊士の処遇は……私が預かる……元より裁くために連れてきた訳ではない」

 

 …あの子の言葉はただただ責任を認めず、それを転嫁するだけの酷い有り様だったけど──それでも悲鳴嶼さんにとっては、何か救われる事実があったのだろう。それだけでも、お爺ちゃまから彼を助けた甲斐があったというものだ。

 

「失礼致します……え…?」

 

 と、そんな状況の中であまねさんが部屋に入ってきた。後ろには女の子の装いをした輝利哉くんもいて、これで場が一気に華やかになったと言えるだろう。男児が一定の年齢まで女装をするってのは、古い仕来たりを持つ家だとよく聞く話だけど──あの子は似合いすぎだと思うの。

 

 二人して整った顔であるが、今は揃って困惑の表情を見せている。まあ隊士が一人縛られていて、柱が涙を流していれば戸惑うのも当然か……とりあえず先に挨拶をしておこう。

 

「お久しぶりです、あまねさん」

「二日前にもお会いしませんでしたか?」

「いやぁ、たった二日で益々お美しくなられて。無一郎がまるでカバの精だと褒めていましたよ」

「僕、白樺(しらかば)の精って言ったような…」

「ああ、それにしても──前回の柱合会議より、誰一人欠けることなくこの日を迎えられた事実、我がことのように嬉しく存じます」

「テメェこの前はいなかっただろうが」

「この飛鳥千里、彼等をまとめる者としてこれほど喜ばしいことはありません」

「千里にまとめられた覚えはありませんが」

「甘露寺蜜璃、そして伊黒小芭内の両名に付きましては、比翼連理(ひよくれんり)の仲に至ったことをご報告いたしま──」

「わきゃぁぁっ! あーっ! あーっ!」

「…っ!」

「前口上はここまでにして、そろそろ本題に入りましょうか。柱の貴重な時間を、無駄に消費するべきではない」

「誰のせいだ、誰の」

 

 僕たちのやり取りを見て、輝利哉くんがくつくつと笑った。耀哉の容態が思わしくないのもあって、既に当主としての覚悟を決めているようだが──それでもまだ八歳の男の子だ。

 

 これで張り詰めたものが少しでも緩んでくれれば、多少なり気が休まるだろう。ハッとして真顔に戻ったが、皆の視線を感じて少し顔を赤くしているのが微笑ましい。

 

 悲鳴嶼さんも落ち着いたようだし、そろそろいいだろう。いつのまにかしのぶちゃんが睡眠薬を取ってきてくれていたので、隊士の子に飲ませた後、本格的に会議は始まった。

 

 ここ半年での十二鬼月討伐実績、その確認と共有。痣が発現する条件、そしてデメリット。鬼の増加に伴う被害の増加、隊士の減少、その対抗措置。

 

 それと珠世さんとの会話で判明した諸々……こちらは情報源についてかなり訝しがられたが、だいたいお爺ちゃまのせいにしておいた。『口の軽い間抜けな鬼だ』などと言われていたが、すまぬお爺ちゃま。一応、死にゆく僕への手向けだったとフォローはしておいたから。

 

「後は……そうそう、刀が赤く染まったことについてだね。あれは技能とかそんなんじゃなくて、たぶん日輪刀の特性だと思う。あの時は僕もいっぱいいっぱいだったから、ちゃんと覚えてないんだけど……あの状態の刃は、元々刀に宿ってた『日光の性質』が更に強く表面化したんじゃないかな。だから頸の弱点を克服した鬼にも効果があった……とか?」

 

 記憶の断片とあの時の状況から考えると、おそらく『圧力』……あるいは『衝撃』。加えて『熱』、そのあたりだろう。元より『太陽の性質を持った鉄』とかいう謎素材だ。特定の条件下において、何かしらの性質を発現させる可能性は大いにある。まさか僕の超能力で赤くなったなんてことはないだろうし。

 

「熱と衝撃か……じゃあなんで俺の刀はそうならねえんだ? 爆発で熱も衝撃も入ってると思うんだが」

「んー……ただの熱と衝撃だって言うなら、気付く場面も多いだろうし、失伝なんてしないと思うんだよ」

「…つまり?」

「『特定の温度』じゃないかな。数度の違いで性質を変化させる物質なんていくらでもあるし……日輪刀の場合は『痣が発現した人の体温』と、それに加えて衝撃とか圧力ってことじゃない? そうでもなけりゃ、そもそも鍛冶師さんたちの方が先に気付きそうなもんだし」

 

 なるほど、とばかりに試そうとする杏寿郎。というか君も普通に痣出せるんだね……まあ炎の呼吸って明らかに最適正な感じするしな。

 

 皆が見守る中、僕がやったように思い切り柄を握る杏寿郎。威圧感と静謐(せいひつ)さを持ち合わせた重厚な空気……うねる炎のようなオーラ……あれ? 僕あんなカッコいい感じにならないんだけどな。

 

「すごい…! 赤い刃だ…!」

「元からだボケェ!」

「うーん、いいツッコミ。杏寿郎、たぶんもっと強く握らないと変わらないと思う」

「全力で握ってはいるんだがな……むぅ…!」

 

 更に深く集中し、片手から両手に持ち変えた杏寿郎。手首の骨が軋むような音が聞こえ、その状態が続くこと数秒──日輪刀が鮮やかに色を変えた。透き通るような赤色から、輝くような濃い赫色へと変化したのだ。

 

 力を抜いた杏寿郎の額に、少しばかり汗が流れる。百メートルを全力疾走しても息を切らさない柱が、ただ柄を握っただけで汗をかく……その事実だけで、どれほどの握力が必要かわかるだろう。

 

「千里は片手で変化していたが……ふむ。まだまだ精進が必要のようだ!」

「ふっ……“上”で待っとるで。杏寿郎」

「煉獄さんでもあれ程までに力を込めなければ変わらない……となると、かなり使い手を選びますね」

「あれ? ちょっとみんな、無視しないで」

「前に腕相撲した時、煉獄さんより上だったのは…」

「この俺だ。派手にな!」

「おーい。ねえってば……むぅ……無一郎、ちょっと刀貸して」

「うん、いいよ」

「ふぬっ…! 見て見てー。片手で色が変わったぜ」

「わぁ、すごいや」

「おい時透、面倒なら無視していいぞ」

「天元ひどい」

 

 ちぇっ、みんなツレないなぁ。もうちょっとこう、『うおぉぉぉ!』とか『すげぇぇぇ!』みたいな、IQ低い感じに誉めてくれていいのよ?

 

 …そうだ。この身体能力に加えて鮮やかな赫刀。目にも止まらぬ一振りをもって、彼らを魅了してやろう。コホンと咳をしてみんなの視線を集め、大上段に刀を構えながら──神速とすら言える一撃を振り抜いた。

 

「いっだあぁぁっ!? 足が切れたぁぁ!!」

「振りきるからだボケェ! 怪我増やしてんじゃねぇよ!」

「素人がよくやるやつだな」

「なんと憐れな……才能の一欠片も感じられぬ一閃……肉体に全てを奪われたのか…」

「悲鳴嶼さん酷すぎない!?」

 

 まったく。というか僕だって鬼殺隊への貢献度はかなり高いんだから、もうちょっと持ち上げてくれてもバチは当たらないと思うの。しかもなんか力試しとか言って腕相撲大会始まったし。意外と仲良いね君ら。

 

 …待てよ? ここでぶっちぎりの優勝を果たせば、皆の目も尊敬一色に変わるんじゃないだろうか。よーし……さっきの汚名を返上するためにも、前回優勝者の悲鳴嶼さんに挑むとしよう。

 

 前回の腕相撲大会で二位だった天元を、悲鳴嶼さんは余裕で下したらしい。ならば相手にとって不足はなしだ。まるでこのために誂えたような丸机が部屋の真ん中に置かれ、僕は最強の男と対峙した。というか、この腕相撲にかける情熱はなんなんだろう。柱の伝統だったりするのか?

 

「負けた方は、勝った方の言うことを一つ聞く……どうですか? 悲鳴嶼さん」

「…ああ。いいだろう」

 

 おっ、乗ってくれるのか。意外と茶目っ気もあるのかな? ふふふ、ならば礼儀として全力でお相手しよう……とはいえ痣を出したままだと流石に卑怯だし、解除しとこう。まあお爺ちゃまがあれだけ褒めた僕のフィジカルだ。もはや勝利は疑いようがない……なんか負けフラグ立った気がするな。

 

 岩のように固い手を握り、僕は彼と向かい合った。互いに大男と言えるような体格だ……そんな重圧もあってか、場に緊張感が満ちていく。腕相撲協会が定めるような複雑なルールはないようだし、机の端は持たせてもらおう。そんな僕を見て、悲鳴嶼さんも同じように机の端に手をかけた。

 

 ──空気が軋む。

 

「三……二……一……ハイッ!」

 

 蜜璃ちゃんの可愛らしい掛け声がかかった瞬間、腕に全力を込める。仮に腕力が同じだとすれば、勝敗を分けるのはタイミングに他ならない……勿論あちらもそんなことは承知しているだろう。刹那の狂いもなく、力と力がぶつかった。

 

 ──ちなみに机を持って腕相撲をした場合、拮抗する力の作用はほぼそこに向かう。

 

「ぐあァっ!」

「…っ!」

 

 スタートの合図とほぼ同時、机は真っ二つに割れ──勢いよく真横に飛んで行った。そして机の右半分が義勇の顔面にぶち当たり、左半分が実弥の顔面に直撃した。ギャグマンガかな?

 

 しかし顔面に張り付いた机の片面がゆっくりとずり落ちていくにつれ……鬼気迫る般若の相貌が、鼻血と共に顔を出した。怖すぎワロッツァ。

 

 まるで夜叉か阿修羅か不動明王か……なんか背景に満月が揺らめいている気がする。『ポン、ポン、ポン…』と(つづみ)の音が聞こえてきそうな緊張感だ。お爺ちゃまよりこわーい。

 

 …………逃げ──あっ。

 

「あ゛あ゛ぁぁ! 僕だけじゃないのに! 僕だけじゃないのに!」

「いっぺん三途の川でも拝んでこいやァ…!」

「しのぶちゃん! しのぶちゃん! 取りなして!」

「不死川さん。左脚と右肩は傷が深いので気を付けてください」

「おう」

「ごめんって! ほんとごめん! 助けて義勇ぅぅ!」

「俺は謝られていない」

「そういうとこだよ嫌われてるの!」

「…!」

「はっ……ご、ごめん、言い過ぎたぎゃぁぁぁ! やめて実弥ぃぃ!」

「…不死川」

「あァ? 止める気かテメェ」

「…俺も手伝う」

「ハッ……おいおい、初めて気が合ったんじゃねぇかァ?」

「いやこんなことで友情感じなくていいからあ゛ぁぁ!」

 

 みんな僕が怪我人だってこと忘れてない? あと悲鳴嶼さん、数珠を擦りながら念仏を唱えるのはあまりに無慈悲じゃなかろうか。肩震えてるし。肩震えてるし。さっきの涙どこ行ったの。

 

「…飛鳥様。もう息休めは充分かと思われますが」

「はい、あまねさん。ほら二人とも、どいたどいた」

 

 流石に彼女の言葉は無視できなかったのか、大人しく元の場所へ戻る義勇と実弥。あまねさんの真剣な雰囲気を感じ取り、僕を含めた全員が襟を正して言葉を待った。共有すべき事柄はほぼ話し尽くしたというのに、いったい何事か……という心の動きが、数人から感じ取れる。

 

 まあここ最近の情勢と、調査の進み具合からして推測は容易だ。会議の最初に言ってくれなかったのは、おそらくそれ以降の話に身が入らなくなってしまうからだろう。なにせ鬼殺隊の目的()()()()なんだから。

 

「──鬼舞辻無惨の居場所が判明いたしました」

鬼舞辻無惨の死に様、その理想は?

  • ──そのうち無惨は考えるのをやめた
  • 我が全身全霊! 敗れたりッ!
  • ガッ………ガイアッッッ
  • なんだここは! 滑るぞ!
  • ────心か────

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