逃げるは恥だが鬼は死ぬ《完結》   作:ラゼ

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原作の最終決戦あたりは物凄く面白いんですが、考察するとガバいとこが多くて二次創作キラー感。とりあえず自分なりの考察と解釈で出来るだけ矛盾はないようにしました。

一番の突っ込みどころは、やっぱり鳴女さん。あの能力があればいくらでもやりようはあったと思うんですよ無惨様。


16話

 鬼殺隊のブレインは誰なのかと言えば──言わずもがな、耀哉である。輝利哉くんやあまねさんも重要な位置を占めてはいるが……しかし耀哉ほど隊を上手く動かし、尊敬の念を一身に集める男はいないだろう。当主としての直感などは輝利哉くんにも受け継がれているが、それでもまだ八歳の男の子だ。知識や経験を培うための時間が足りていない。

 

「うーん……やっぱり爆破は無理かな?」

「準備段階で確実に気付かれるだろうね。建物の中心まで剥き出しにするような爆発、相当な量の火薬が必要になる。そんなものを設置しようとして、気付かないほど鈍い男ではないだろう」

 

 とはいえ、あまねさんと輝利哉くんが優秀な頭を持つのは確かである。だと言うのに、その二人を差し置いて僕と二人きりでの会話を耀哉は望んだ。真剣に考える場にあって、僕との会話はそれに欠けてしまうそうだが──その方が思考に幅が出るらしい。けなされているのか褒められているのかよく判らないが、耀哉がそうしてほしいと言うなら付き合うのみだ。

 

「じゃあ……ちょうど港のすぐ近くだし、タンカーでも突っ込ませるのは? 質量的には充分だと思うけど」

「船が陸に上がってからの制御は運任せになるね。なにより、巨大な何かを突っ込ませてもそれ自体が影を作ってしまう」

「爆弾を積み荷にして、突っ込むと同時に爆発させるとか」

「出来なくはないだろうけど、不確定要素が多すぎる。広範囲に影響を及ぼす手段を取る際、一番の問題は『一般市民と鬼舞辻無惨を引き離す』方法だよ」

「鬼殺隊の剣士と『隠』全員で、周囲一帯の人間を拉致するなんてどう? 常人との身体能力差を考えれば、不可能じゃないと思うけど」

「…建物外に限って言えば可能かもしれないね。けど建物内の人間はどうするんだい? 少なくとも十から二十は常駐している筈だ」

 

 横浜港近くに本社を構える貿易会社『五辻(いつつじ)貿易』が、鬼舞辻無惨の居場所である。『五辻』の名は元『華族』らしいが──平安の頃は貴族だったらしい無惨がそこを選んだのは、何か意味があるのかもしれない。数年ほど前に会社を所有する男性が死亡()()に見舞われているから、恣意的(しいてき)な選択でないことは確かである。

 

 事故で夫を亡くした上、経営のことなど解らず右往左往する未亡人……そんな彼女へ上手く取り入って後釜に収まった『色男』が鬼舞辻無惨だ。口さがない者には『逆玉の輿』『陰間(かげま)』などと揶揄されていたが──経営に本格的に関わり始めてからは、そんな風評も鳴りを潜めたようだ。

 

 とにかく優秀であった無惨は、後夫(ごふ)としても経営者としても良き人間を演じているらしい。まあ平安の頃から生きていれば、そのくらいはできるだろう。鬼は睡眠の必要もないから、実質的には更に二倍近く生きているようなものだし。

 

「近くに剣士の気配がすれば、何を置いても逃げを打つだろう……昼間であれば尚更に。さっきも言ったけれど、鬼舞辻無惨は『鈍さ』と対極に位置するような男だ。建物内の人間が拉致されて気付かない筈がない」

「難しいねぇ……せっかく居場所がわかったってのに、優位に立ってる気がしないや」

「どんな犠牲も気にしないと言うなら、それなりに手段はある。しかし私たちがやっていることは、あくまでも私怨による復讐だということを忘れてはいけない。これから先の被害者を増やさないために、今の被害者には目を瞑る──そんな欺瞞(ぎまん)は許されないんだ」

「僕には正義の味方にしか見えないけどね」

「剣士の選別のために、犠牲者を出し続けているような組織だと言うのに?」

「…! …実弥とのこと、誰に聞いたの?」

「鴉も一緒に聞いていただろう? 喧嘩はいけないよ、千里」

「喧嘩って訳じゃないんだけどね……やっぱり生まれた時代が違うと、価値観の違いも大きいや。僕が間違ってるとは思わないけど、実弥が間違っている訳でもないから」

「白黒はっきり付けるべきではない問題もある。君の優しさも実弥の責任感も、大切なものだと私は思っているよ」

「…ありがと」

 

 ──昼間に仕掛けるのは前提条件だと思っていたけれど、議論を重ねるにつれその難しさが浮き彫りになってきた。耀哉の言う通り、犠牲を気にしないと言うならやりようもあるんだけど……それを良しとしないからこその鬼殺隊である。正義の組織ではないけれど、善性を軸にした集団なのは間違いないと僕は思っている。

 

「しかし手が届きそうになればなるほど、厄介さがよくわかる。逃げることに躊躇せず、その上で瞬間的な移動すら可能とする存在…」

「しのぶちゃんとたまちゃんの毒に全てをかけるのは……流石にちょっとあれだよねぇ」

「ああ、やはり『餌』が必要だ」

 

 僕たちが鬼舞辻無惨を滅ぼしたがっているのは当然として、あちらはあちらで鬼殺隊を(うと)ましく思っているのは確かだ。しかしその事実が『餌』にまでなるかと言えば少々疑問である。

 

 産屋敷邸の所在を明るみに出したところで、わざわざ出張ってくるとは到底思えない。自身の危険を押してでも出てくるとすれば、やはりそれ相応の理由が必要になるだろう。

 

 珠世さん曰く、無惨はそもそも己以外の鬼など信用もしていなければ、増やしたくもないらしい。実際問題、鬼を増やさなければ非常に大きいメリットがあるのは確かだ……『鬼殺隊の弱体化』という、鬼舞辻無惨にとってはかなりのメリットが。

 

 そもそも無惨一人分の食人衝動を満たすだけならば大した量は必要なく、となれば犠牲者の数もごく少数となる。それが何を意味するかというならば、『鬼殺隊の存在意義の消失』である。

 

 隊を構成する大部分が『復讐』によって成り立っている以上、被害者の減少は、長期的に見れば戦力の減少と同義だ。無惨が鬼を全て破棄して雲隠れすれば、早ければ十年、遅くとも五十年程度で鬼殺隊は瓦解するに違いない。

 

 『怒り』とは、その対象がいてこそ持続するのだ。拳を振り上げたところで落とす場所がなければ、激情も長続きはしない。産屋敷の血筋が『呪い』を理由に無惨を狙い続けたところで、矛となる剣士がいなければ打つ手など限られる。

 

 ──そんなメリットを排してなお無惨が鬼を増やし続けるのは、『太陽を克服した鬼』が生まれる可能性を信じているからだ。そしてその鬼を取り込めば、自分も同じ性質を得られると考えているからだ。カービィかお前は。

 

「たまちゃんがさ、無惨が十二鬼月に命じてるのは『産屋敷邸の発見』『鬼殺隊の殲滅』『逃れ者の捜索』って言ってたんだけど……ん?」

「どうしたんだい?」

「…そういや途中で遮って、最後まで聞いてなかったっけ……ちょっと聞いてくるよ」

 

 そう言えば、お爺ちゃま出現のせいで会話を無理やり切ったんだっけか。先程の三つに加え、確か『青い彼岸…』まで聞いた覚えがある。

 

 青い彼岸……なんだろう。ぱっと思いつくのは彼岸会(ひがんえ)、彼岸花、彼岸桜、彼岸団子あたりかな。もし無惨が青い彼岸団子を探しているなら、青カビまみれの団子を食べさせてやりたいところだ。

 

 そんな益体もないことを考えながら歩いていたら、いつの間にか離れに到着していた。玄関を開けると、愈史郎と若い男性が何やら話し込んでいる。

 

 というか男性からも鬼の気配がするんだけど、いったい何者なんだろうか。挨拶もそこそこに事情を聞くと、どうやら炭治郎くんと無惨が浅草で出会った時の一件で、巻き添えをくった方──不運にも鬼にされてしまった人らしい。

 

 たまちゃんの家に行った時や僕がここで起きた時も、近くの部屋にはいたらしいけど……ぜんぜん気付かなかったぜ。たまちゃんも愈史郎もそうだけど、人を食わない鬼は『鬼としての気配』が希薄なのだ。更にこの男性は血液の摂取もまだ一度きりらしく、そのせいか鬼の気配がほとんどしない。

 

 …話していて気になったんだけど、『呪い』の方は大丈夫なんだろうか。たまちゃん自身が言っていたが、鬼舞辻無惨の呪いを外さない限り、『鬼』は生殺与奪の権利を失うのみならず──大まかな居場所や表層意識すら読み取られるらしい。産屋敷邸が知られたら洒落にならないんだけど……いや、よく考えたらたまちゃんたちが捕まってなかったんだから、大丈夫に決まってるか。

 

 しかし懸念が表情に出てしまっていたのか、愈史郎が踏ん反り返りながら軽く説明し始めた。彼が狐耳の少女だったら、すごく様になるのになぁ……そんなことを思いつつ話に耳を傾ける。

 

 要約すると、禰豆子ちゃんの血液は『鬼の力を高める』効果があるらしい。とは言っても稀血などとは方向性が違い、それは鬼を『個』として確立させる、謂わば鬼の始祖になれる才能とも言える。

 

 つまり鬼の細胞を──鬼舞辻無惨の細胞を支配し返す程に、強靭かつ独善的な細胞という訳だ。そんな彼女の血を使用して、この男性を無惨の支配から解放したらしい。

 

 禰豆子ちゃんの細胞が特別……そして炭治郎くんの細胞も、常人とは一線を画している……となると、その特異さは血筋からくる同質のものと考える方が自然だ。

 

 禰豆子ちゃんが鬼となり、それ以外の家族は皆殺しにされた以上、現状で確認する(すべ)はない。しかしほぼ間違いなく、炭治郎くんにも『鬼としての才能』があると考えていいだろう。

 

 …まあそれがなんだって話だけど。そんなことよりたまちゃんだたまちゃん。教えてもらった部屋の方へ進み、ノックしながら扉を開ける。何故か着替え中だったりしないかな。

 

「たまちゃーん、しのぶちゃーん」

「…人間に戻す薬だけでは足りないと?」

「ええ、頑固な染みよりもしぶとく生き汚い男です。人間へ戻す効果と……ああ、いよいよとなれば細かい破片になってまで逃げる卑怯な生物でしたね。分裂阻害も加えて……そうですね、ついでに老化現象なんてどうですか?」

「え、ええ…」

「あと細胞破壊の効果も付けましょう」

「は、はぁ……あ、千里。どうしたんですか?」

 

 なんかたまちゃんがマッドサイエンティストみたいになっておられる。蝶屋敷の器具を持ち込んだのか、既に共同研究を開始しているようだ。

 

 ちなみに『薬や毒の研究開発生産なんて年単位になるんじゃないの?』などという疑問は、鬼殺隊には当てはまらない。前にも言ったが、一部の技術においては本当に未来を超越しているのだ。

 

「なんか(はかど)ってる感じ?」

「あなたのおかげですよ、飛鳥さん。どうしても推測でしか見えなかった部分……特に細胞の変異速度と傾向が、この血液のおかげで十二分に判明しました。そこからわかるのは、禰豆子さんが投与された血液は上弦の鬼に比肩する程の量ということ……これまでも短期間の間で相当に変異していましたが、通常の鬼、上弦の陸、無惨の血液と比べて観察するとやはり常人では耐えられない筈の血液量を克服しています…! どんな上弦であっても、そこへ至るまでに無惨の血液を『複数回』与えられているのは間違いありません。それは一度に大量の血液を摂取すると細胞の変化に耐えられず体が自壊してしまうからなんですが、禰豆子さんは一回の過剰投与に耐えて鬼となっている……もちろん、自力で呪いを解除していることを踏まえれば、『鬼』としての才能は凄まじいものがあると認識はしていましたが──これはもう……あるいは無惨本人すら…」

「あっはい」

 

 テンションが上がっているたまちゃんも美しい。しのぶちゃんもちょっと引いているが、兎にも角にも順調なようで何よりだ。毒で殺せる見通しが立つならば、日中にこだわる必要もなくなるし頑張ってほしいところである……それはそうと、聞きたいことがあるからお話ストップしてたまちゃん。

 

「前に話してくれた青い彼岸団子についてなんだけど…」

「初耳ですが」

「あれ? そうだっけ」

「もしや青い彼岸花のことですか?」

「あ、彼岸花だったんだ──そうそう、それそれ。無惨が十二鬼月に探させてるんだよね?」

「ええ。まだあの男が人間だった頃、病気の治療に使われていた生薬の名だそうです。実際に青い彼岸花が使用されている可能性もあると聞いています……それがどうかしましたか?」

「うん──って、人間だった頃の病気の治療に…? なんで今も探してるの?」

「真偽は定かではありませんが、それこそが日光の克服に必要だとあの男は考えているようです。一度詳しく尋ねようとしたのですが、顔色が危うい方へ変化したので聞けず仕舞いでして……ただ、心ならずも同じ時を長く過ごしましたから──おおよその見当はついています。鬼舞辻無惨の()()()()は、おそらくまだ治療途中なんでしょう」

「治療途中…? 病気から完治のプロセスに『鬼』って、また突っ込みどころ激しいな……医学に喧嘩売ってない?」

「どこまでが医者の(わざ)で、どこまでがあの男の体質だったのかは不明ですが──少なくとも薬の作り方や材料の在り処を知っている者が、途中で消えてしまったのは確かなようです。あの激しやすい男のことですし、案外自分で殺してしまったのかもしれませんね」

「いや、流石にそんな馬鹿いないでしょ」

 

 しかしなるほど、これは十二分に価値のある情報だ。邪魔者の排除などとは違い、自身の目的に直結する『青い彼岸花』……餌としては充分に機能する。耀哉に良い報告ができそうでよかったぜ。

 

 そのままたまちゃんにお礼を言って研究室を後にした。しのぶちゃんも彼女と話すのに慣れたのか、もう敵意はほとんど感じなかった。良い傾向である。

 

「ただいまー」

「お帰り、千里……何か良い情報が聞けたみたいだね」

「また無駄な直感の使い方を…」

「勝手に閃くから直感と言うんだよ」

「耀哉はサプライズキラーだねぇ」

 

 すまし顔の彼に、たまちゃんから得た情報を伝える。すると耀哉は少しのあいだ思考に(ふけ)り、顎に手を当てて瞳を閉じた。なんとも頭の良さそうな動きだが、僕が同じことをしても様にはならないだろう。邪魔をしないように黙ること数分──ようやく耀哉は手を下ろした。

 

「…千里はどう考える?」

「んー……鬼殺隊の長い歴史の中で、無惨が『青い彼岸花』を探していることを把握できてないってことは──末端の鬼には一切を伝えてないってことだよね。あれだけ配下がいるのに人海戦術を駆使しない理由……幾つか思い浮かぶけど、『鬼殺隊にその情報を利用されたくない』ってのは、割と比重が高いと思う」

「ああ、そうだろう。正に私たちがそうしようと考える通り、罠に嵌める上で最高の情報だ」

「鬼舞辻無惨の居場所を掴んでいること。たまちゃんがこっち側について、かなりの情報が流れたこと……そしてそれを無惨が知らないってこと。明確なアドバンテージだね」

「だからこそ青い彼岸花については、一手目を有効に使わねばならない。一度罠に使えば、それ以降は警戒させてしまうだろう」

「でもどう使う? ただ『在った』って情報を流すだけじゃ、たぶん上弦の鬼が先に確認にくると思うけど」

「ふむ…」

 

 鬼舞辻無惨に自ら確認させるための作戦か……うーん、中々に難しいな。昼間にしろ夜間にしろ、どんな作戦の上でも難関が付きまとう。鬼殺隊が数百年をかけても滅ぼせなかっただけはあるね。とにかく『逃げるのに躊躇しない』というのは、それだけで厄介なのだ。僕自身もそうだから、余計に実感するぜ。

 

「…五辻貿易会社──か。その線から攻めてみるのも手かな」

「パーティーでも開いて招いてみるかい? 結構な規模の会社みたいだしね」

「ふふ、意外とありかもしれないね……そうだ、無惨の会社は清国(しんこく)が主な取引先だったと資料には載っていたかな」

「今は『中華民国』だぜ」

「ああ、そうだったね。ふむ……少し華僑の伝手(つて)を当たってみるか」

 

 華僑の伝手って……簡単に言うなぁ。今も昔も、華僑は身内同士の繋がりが強く非常に排他的なコミュニティだ。それは他国の地で生きていくための術であり、そして民族的な特徴でもある。中国人や韓国人の『姻族(いんぞく)の絆』というのは、日本人が想像する以上に強固なのだ。

 

 そのあたりの慣習は、日本人の目線から見れば悪い部分が目立つが──単に文化が違うだけの話である。メリットもあればデメリットもある。しかしそんなコミュニティと繋がりがあるってのは、やはり産屋敷家の歴史と格は相当に高いのだろう。

 

「今は華人も華僑も結構忙しいんじゃない? 辛亥革命(しんがいかくめい)もまだ終わったばっかだし、本国の影響がゼロって訳にもいかないだろうし」

「詳しいね、千里」

「こう見えても高学歴なんでね。記憶力も割と良い方だし、歴史は得意だぜ」

 

 東洋の『眠れる獅子』と謳われた清国も今は昔。イギリスにアヘン密輸されるわ、それを咎めたら戦争になって負けるわ、追い打ちでフランスにボコられるわ、挙句の果てに日清戦争でも負けてえげつない額の賠償金払わされるわ。

 

 負ける度に不平等条約やら賠償金やらをせびられて、清国は瀕死状態となったのである。そして欧州列強はパイを奪い合うように、今も虎視眈々とかの国を狙っているのだ。

 

 まあその辺の兼ね合いもあって清国内部で革命が起こり、政権も代わり『清』から『中華民国』になったという訳だ。そしてそんな動乱の時代にあって、国民はどう思うか……沈む船から逃げようと、不法移民が増えるのは流れとして当然だ。日本にも大きな影響があったし、こちらに在住している華人や華僑も無関係ではいられない。

 

「貿易会社……中華との盛んな取引……そこに紛れ込ませるとして……ふむ……禁制の品という事にすれば、罠の匂いを後ろ暗さで隠しやすくもなる……さて、どうしたものか」

「…そう言えば、なんで貿易会社なんだろうね。上弦の鬼(玉壺さん)から辿って判った居場所だけど、まさか配下のためにわざわざ潜り込んだ訳でもないだろうし」

「…! ──確かに気にしていなかった部分だ。もしかすると……青い彼岸花の在り処を、海外に見出したのか?」

「今更? 千年近くもそこに手を付けなかったって、頭悪いってレベルじゃなくない? 流石にあり得ないと思うけど」

「…」

「…」

「…ピンとくるものがあった」

「えぇ…」

「日本の歴史を紐解けば、交易が盛んになった時期は何度かあるが……今ほどに交流があった事はない」

「まぁ鎖国も長かったしね」

「つまり奴が愚かだったと言うよりは──千年も前に日本という国で処方された薬、という点を重視していたのかもしれない。最近の日本の情勢をきっかけに、考えを改めた可能性は充分にある」

「なるほど……いや、()()()()()かな…?」

「どういうことだい?」

「たまちゃんに聞いた時からちょっと違和感だったんだけどね。()()()()でしょ? 『薬』って言えるほどの技術や文化があったかって言うと……まあまったく無かったとは言わないけど、主流はたぶん祈祷(きとう)とかそっち系だと思うんだよ。ただ、その時期にちゃんと効果がある薬を作ってるのは事実だ──なら、その人はたぶん(とう)の医学を学んだ医者だったんじゃないかってさ。あの時代の最先端医療は、間違いなく中華だっただろうし」

「──だからこそ、中華民国を主要な取引先に置いている五辻貿易を狙ったと」

「うん。それに青い彼岸花の方はともかく、普通の彼岸花はあっちが原産だった筈だよ。いつ頃こっちに分布し始めたかは知らないけど」

 

 どうしても推測が多くなってしまうな……しかしそこは産屋敷耀哉という直感お化け。何かしらの情報さえ示せば、何の根拠もなく正しい道を選ぶのだ。

 

 鬼舞辻無惨という人知を超えた存在を相手にして、鬼殺隊を存続させ続けた血筋は伊達じゃない。普通なら完全に詰みの状況を何度もひっくり返してきたからこそ、無惨もこちらを敵として認識しているのだから。

 

 ──またもや考え込んだ耀哉を待つこと数分。そして一つ頷いた彼を見て、作戦が決まったのだと悟る。

 

「…成功しそう?」

「ああ、きっと……それに、私は最初から鬼殺隊の勝利を疑っていないよ」

「直感?」

「いいや千里。君と出会えたからこそ、私は確信できたんだ」

「…?」

「だってそうだろう? ──君のいた未来に、鬼はいない」

 

 …なるほど、そりゃそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼舞辻無惨を滅ぼすにあたって必要なものは、『毒』ではなく『薬』である。とは言っても、それらは違うようで同じものだ。病人が飲めば薬でも、健常者が服用すれば毒になる──そんな成分などいくらでもある。害になれば毒、有効になれば薬というだけの話だろう。

 

 無惨にとって『人間化薬』は毒なのか薬なのか。『鬼』という体質を病だと考えれば、そして食人衝動を病だと考えれば薬だろう。しかし不老ではなくなり、超人的な身体能力を失うと考えれば毒かもしれない。

 

 この人間化薬を無惨に取り込ませるのが、奴を滅ぼすための最重要課題なのだが……その難易度は非常に高い。剣や矢に塗布したとしても、それはごく少量となってしまう。ある程度の量を吸収してもらわねば、薬の効果は現れないのだ。

 

 加えて、確実を期すならば──吸収させてから二十秒は足止めが必要になる。どれだけ効果が強力でも、本腰を入れて分解されると厳しい……というのがたまちゃんの所見である。

 

 僕も無惨の細胞を観察してみたが、本当に生物とは思えない異常さだった。まるで古典的なスライム……間抜け面をした有名なアレではなく、原典に乗っているような恐ろしい怪物のスライム。何でも取り込み、我がものとする粘体。変形も自由自在、STAP細胞など比較にもならない程の万能細胞である。

 

 だからこそ、それに抗った禰豆子ちゃんの異常さもまた際立つのだが……まぁそれは置いておこう。既に彼女は人間に戻り、炭治郎くんと涙の再会を果たしているのだから。僕もどさくさに紛れて抱き着いたら、善逸に小一時間ほど追いかけられた。

 

 …正直なところ、実験も兼ねてのことで申し訳ない部分もあったが──そのおかげで多少なりとも『予測』がついた。禰豆子ちゃんに人間化薬を飲ませた時、完全に人間へ戻るまでの所要時間は約十二秒。彼女は鬼としてかなり上位の存在と考えられるため、鬼舞辻無惨への効果を測るにあたって、充分に推測要素の一つとなるだろう。

 

 ちなみに鬼というのは強くなればなるほどに細胞の万能性が上がり、わざわざ口から『食事』する必要もなくなる。人間の時の感覚が残っているからこそ経口摂取という形態をとるが、実のところ鬼の食事とは人間のそれとまるで違う。

 

 無惨の細胞が元になっているゆえに、他の細胞を取り入れる際は元の動きと同様……つまりスライムのように『取り込む』のだ。

 

 要は胃に到達してから分解される訳ではなく、途中で既に吸収され始めているという事になる。細胞の変異速度、吸収速度が速い鬼……つまり再生速度の速い上弦の鬼等であれば、体表から無理やり『食事』をすることさえできるだろう。

 

 ──つまり鬼の始祖である鬼舞辻無惨ともなれば、食道に達するかどうかのところで既に摂取したものを吸収している筈だ。

 

 …ここまで言えばわかるだろうが、鬼舞辻無惨に対しては『毒殺』という作戦をとることになった。人間化薬を無理やり吸収させるのは難しくとも、自分から飲食物として摂取させれば何も問題はないのだ。つまるところ、重要なのはシチュエーション作りということになる。

 

 まずは『青い彼岸花』が禁制の品として取り扱われているという情報を、華僑の伝手からそれとなく貿易会社へ流す。そこへ至るまで多少面倒な手順を踏ませつつも、遅すぎてもいけないという、バランス感覚の問われる手腕が必要だったが……やはりここでも耀哉無双。

 

 最終的には、無惨をチャイニーズマフィアとの取引に引きずり出すことが狙いだ。取引そのものを違法であると誤認させれば、人目に付かない場へ誘い込むにしても疑念が薄れる。そして実際に調整、交渉、その他を本物のマフィアに依頼することで真実味を増してやる。

 

 後は奴が、あるいは配下が持っているであろう『移動手段』について。瞬間的な移動手段と一口に言っても、種類は多岐に渡る。

 

 文字通りに『瞬間移動』なのか、それとも『ルーラ』なのか、実は『どこでもドア』なのか。似ているようで結構違う……特にほんの一瞬が命運を分かつ状況で、移動に『何手』必要かはとても重要だ。

 

 念じればすぐに使える類であれば、かなり厳しいと言わざるを得ないが──とは言え、そこまで使い勝手の良いものだとは思えない。誰であっても何処であっても、自由自在に運用可能であれば、鬼殺隊はもうとっくに滅んでいるだろう。無惨が今までにとった行動から考えても、それなりに制限はあるに違いない。

 

 ──何度も何度も、あらゆる方向から議論を重ねた。二度と訪れるかもわからない、千載一遇の好機なのだ。失敗の可能性など微塵も残せない。

 

 例えば作戦に参加する人数だが……今は無惨がせっせと鬼を増やしており、通常よりも遥かに出現頻度が上がっている状態だ。そんな状況の中、隊士が一斉に姿を消してしまえば、否が応でも何か感付くだろう。故に、最低でも全隊士の半数以上は通常の任務を遂行してもらわねばならない。

 

 他にも考えるべきことはいくらでもある。どこまでいっても『完璧』はありえないが、しかし近付けることはできる。計画を実行しつつ、無惨の行動を見て都度修正し──そして遂に、決戦の日が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (さかずき)を交わすという文化は、かなりの国で共通する友好の手段だ。その意味合いは各国によって多少なり変化するだろうが、大抵の場合において『仲が深まった』とお互いに了承を得るためのものである。

 

 実際にそうである場合、もしくは形式的なもの、あるいは儀礼的な意味ということもあるだろう。まあどちらにせよ、取引を前にして出された酒を飲まないなどという、そんな非礼を無惨は犯さない筈だ。特に、排他的な華僑が見せた歩み寄りの合図であれば尚更に。

 

「我が国の上等な古酒だ。よく味わってくれたまえ」

「…ええ。ありがたく」

 

 振る舞いとしては、あからさまにチャイニーズマフィアの方が上段から物を言っている。実際問題、彼は幹部であり組織においては偉いのだろうが──目の前の(むざん)が恐ろしい鬼だとは伝えているのに、流石の胆力だ。

 

 作戦の最終局面に至っては、耀哉も彼らの協力を断ったらしいのだが……危険を理解しつつも、最後まで付き合ってくれる義理深さには脱帽である。

 

 実際、そういった『特有の雰囲気』というのは簡単に出せるものではない。ギリギリまで本職に任せた方が成功確率も上がるだろう。死地とすら言える場に留まる三人の男性に感謝しつつ、僕たちは息を潜め続ける。

 

 人気(ひとけ)のない寂れた漁港に、潜む剣士が総勢三十六人。これは『柱』から『丙』までの、上位の剣士を集めた数字である。鬼殺隊の全剣士の数がおよそ三百五十人ほどであるため、およそ一割といったところだ。

 

 数は力だと言うが、『丁』以下の剣士がいてもほとんど無駄死にすると耀哉は判断したらしい……加えて、多くの剣士を集結させる訳にはいかない事情を鑑みてのことだろう。

 

 ちなみに炭治郎くん、伊之助、善逸はギリギリで『丙』に滑り込んでいる。あれだけ上弦の鬼と出会っていれば、スピード出世も当然と言えば当然だろう。カナヲちゃんは一つ下の『丁』であったが、実力的には彼らと近いため特例として組み込まれたらしい。『柱』の継子というのも大きな要因と思われる。

 

 ──これだけの剣士が近くに潜んでも気付かれていないのは、愈史郎の血鬼術のおかげだ。土壇場でたまちゃん達を味方に付けられたのは、本当に幸運だった。異能の鬼が常識外れだと理解はしていたが、貼るだけで透明人間になれる札を作れるって凄すぎる。

 

 …とはいえ、気配まで消してくれる訳ではない。故に『漁港』だ。潮の香りと波の音が、消しきれない気配を誤魔化してくれる。裏取引きには絶好のシチュエーションというのも好都合だろう。

 

「では、乾杯といこう」

 

 薬を混ぜた酒を、特に疑いもせず(あお)る無惨。仮に何らかの毒だったとしても、特に問題はないと考えているのだろう。慢心とも言えない、鬼であれば当然の思考だ。

 

 ──しかし次の瞬間、奴の表情が歪んだ……ここからの二十秒が、鬼殺隊の行く末を決める。

 

「…っ!」

 

 一秒。体の異変に対する下手人が、目の前の人間たちであると確信し……無惨は爬虫類のような瞳をぎらつかせた。

 

「──っ…!?」

 

 二秒。無惨の頸がずり落ち、四肢が切断される。四方八方からの見えない斬撃に、明らかに困惑している……が、事ここに至り、ようやく何が起きたか理解したのだろう。憎々しげに言葉を漏らした。

 

(ゴミ)どもめ…! すべて貴様らの書いた絵図か…!」

 

 三秒。まるで斬撃が幻だったかのように、腕も足も元通りに繋がった。いや、そもそも切断とすら言えない程の再生速度である。斬った瞬間にはもう傷口が閉じていた。しかし杏寿郎の赫刀による頸切りだけは、明らかに再生が遅い。

 

「──鳴女(なきめ)!」

 

 四秒。この場にいる剣士全員が、札を剥がして姿を現す。できればずっと付けていたいところだが、()()()の行動を際立たせるためにも必要な流れだ。加えて、鬼の鋭敏な感覚に対して効果が長続きするかも怪しいところである。

 

「この程度で私を罠に嵌めたつもりか! 貴様ら如きの──……っ!? なっ…!」

 

 五秒。何事かを叫んだ無惨が、体中から触腕を生やして範囲攻撃をしようとしたが……その瞬間、僕もお札を剥がして姿を見せる。

 

 赤茶けた羽織に黒い袴、カツラで長くした髪を結い、額に痣をメイクして──要は大叔父様そっくりの姿を取った僕が、無惨の視界に入った訳だ。

 

 たまちゃん曰く、真面目な表情をしていれば、大叔父様と僕の顔立ちはほぼ同じらしい。彼女の記憶通りの服装と痣を演出すれば、無惨のトラウマを刺激するんじゃなかろうかと画策した訳だが、見事に成功したようだ。周囲の剣士には目もくれず、限界まで目を見開いて固まっている。

 

「──鳴女! 何をしている早く()()()!」

 

 六秒。どうやら移動手段は本人ではなく、配下の血鬼術のようだ。『開けろ』ということは、どこでもドア方式の可能性が高いだろう。というか脳内会話できるんじゃないの? わざわざ情報を垂れ流してるのは、何か意図があるのか……いや、あの必死な表情は本心に違いない。素でウッカリさんなのかもしれないな。

 

 薬の効果が徐々に現れ始めたのか、明らかに焦りが見える。しかしそれで手を緩めるような愚は誰一人として犯さない。上下左右、どこへ逃れようが絶対に移動は許さないと警戒し──そのせいで、自身の足元が疎かになってしまっていた。

 

 無惨を移動させるのではなく、剣士を移動させて安全を確保しようと判断したのか…! 剣士たちの足元に『衾』が出現し、回避不能の落とし穴とも言える血鬼術が発動した。全てが上手くいくとは思っていなかったが、こうきたか。

 

「墜ちろ馬鹿どもが…!」

 

 無惨の移動を警戒しすぎて、自分たちが移動させられる可能性を失念していた。急に足場が消えて反応できる人間はそういない……まあこの場にいる人間はだいたい人外しかいないから、反応はしてたけど。しかし反応できたからといって、空中を移動できる手段があるかといえばそんな訳もなく。

 

 ──この局面においてロープを持っている人間など僕くらいである。痣の恩恵は反射機能にも表れる……コンマの判断で無惨に投げ縄を巻き付け、思い切り引き寄せた。しかし数本の触腕が地面に固定されていたらしく、逆に自身を無惨に引き寄せる結果となった。あれ? ちょっと待って、これ、死ぬのでは…?

 

「…っ!」

 

 無惨へ引っ張られるまでの滞空時間……一秒にも満たないとはいえ、鬼の頂点とも言える相手に対し、あまりに無防備な姿を晒してしまった。

 

 正直、奴のところへ到着するまでに五体満足ではいられないと思っていたが──しかし予想に反して、無惨は攻撃を仕掛けることもなく僕の隙を見逃した。というか、物凄く必死に逃げようとしている。どんだけ大叔父様が怖いんだ。というかそろそろ気付こうよ。

 

 剣士全員が消えたところで無惨の足元にも入口が開いた。明らかに僕を引き剥がそうと、壁やらなんやらが蠢いて邪魔をしてきたが──天井を這いずることすら可能な僕に、そんなものは通じない。

 

 十数メートル程の落下で地面に辿り着き、こちらを睨みつけている無惨と目が合う。流石に僕が別人だと気付いたのか、コケにされた怒りが表情から読み取れる。そして縄はいつの間にか千切られてしまったようだ。

 

「ぐぅっ、こっ、カッ…!」

 

 十秒。瞳孔の収縮、指先の痙攣(けいれん)外頸動脈(がいけいどうみゃく)付近の蠕動(ぜんどう)が確認できた。禰豆子ちゃんに薬を投与して、四秒程のタイミングで見られた反応と同様。経過時間と以降の反応が比例するかは不明だが、少し上方修正すべきか──どちらにせよ、限界まで時間を稼がなければならない。

 

「──もう何かする余裕もなさそうだね。これなら僕だけで充分かな?」

「…っ!」

 

 油断するつもりはないが、この段階までくれば反撃する余裕もないだろう。もう勝ったって言っていいんじゃない? いや、もう言ってやろう。言霊ってのは口にした時点で効果を発揮するものだ。死亡フラグもなんのその!

 

「勝った…!」

「──っとと。今回はまた乱暴な招集だなぁ……おや?」

「…琵琶女。呼び出す時に一々落下させるなと言った筈……──っ! 貴様あの時の…!」

「オワタ…!」

 

 無惨と僕の間に何かが落下してきたと思ったら……今はもう懐かしい気さえする猗窩座さんと、名前は不明だが上弦の弐さんが姿を現した。

 

 フラグ回収早すぎない? いくらなんでも、彼ら二人を突破するのは厳しい気がする今日この頃。なにより、()()()()()()()が非常にマズい。

 

 人間化薬と銘打ってはいるが、要はこの薬──細胞の退行を促す薬なのだ。分解された場合は効果が反転して老化を促進させるのだが……まあそれは置いといて。

 

 つまり無惨を『鬼化する前』の状態へ強制的に戻す薬という事になる。故に、鬼ではなくなったからといって日光まで克服したりはしない。それは無惨が元から持っていた体質だからだ……そしてそれが何を意味するか。

 

 そう──()()()()()()可能性だ。青い彼岸花がなければそんな状態にならないだろうと、楽観視はできない。元より『そういった体』になりやすい細胞だからこそ、鬼となったのだから。

 

 そしていくら無惨本人が人間へ戻っても、『変化した無惨の細胞』はまだいくらでもある……そう、配下の鬼の体内に。それを摂取すれば、また鬼へ変化する可能性は大いにあるのだ。

 

 無惨が人間に戻った時点で、全ての鬼が死んでくれるなら問題はないのだが──それはないだろうとたまちゃんが言っていた。おそらくは呪いそのものが消滅し、現存する鬼は無惨という(くびき)から逃れることになる。

 

 そもそも『無惨が死ねば全ての鬼が死ぬ』という事実は、『そうなってしまう』のではなく『そうしている』からにすぎないらしい。どこまでも『鬼が自分を殺せない理由』を、奴は作り上げているという訳だ。

 

 しかしどうしたものか……考えている間に、もうほとんど人間に戻ってるように見えるけど。というか君ら、主人が苦しそうにしてるんだからもうちょっとなにかないの? なんて人望のない男なんだ無惨。

 

「猗窩座……奴を殺せ…!」

 

 …! 機先を制された。こういった時の、判断力の欠如が悔やまれる。色々と考えすぎて、行動が遅れちゃうのが僕の悪い癖。考えるより先に行動していれば、二人が落下してきた瞬間に無惨に攻撃できていた筈なのに。

 

 ──いや、今からでも遅くはないか? お爺ちゃまでさえ反応が遅れた僕のタックルだ。散々に『逃げようとした布石』が効いていたとはいえ、上弦の鬼にも通用する速度というのは間違いないだろう。不意を突けばなんとか──

 

「シィッ──」

「…ぐっ!?」

 

 地面を踏み砕くと同時に突っ込み、彼らの間を駆け抜けようとしたが──完全にタイミングを合わされた。顔面へ迫る脚撃を既のところで防御し……しかし左腕に激痛が走る。腕越しですら頭に衝撃が響くこの威力…! 飛びそうになる意識に無理やり活を入れ、追撃を避ける。そして後ろへ飛び退いた──その瞬間、脳天から(かかと)が降ってきた。くそ、行動が先読みされ続けてる…!

 

「ぐっ…!」

 

 無理やりに体を捻り、更に不利な体勢になるのを承知でまた回避を選択。互いの位置が逆になり、無惨の姿が視界から外れてしまったが……今は目の前のことで精一杯だ。

 

 歯を食いしばりながら、無理やり重心を整え蹴りを放つ。いくら攻撃が不得手とはいえ、それでも昔から熊や猪を狩ってきたのだ。子供の頃だって、弱い鬼ならこれで充分に対処できていた。今の身体能力なら、ただの蹴りだって必殺の威力がある筈だ。

 

 そう──僕だって充分に戦えるくらい、強くなっているのだ。ただし()()()()()()()()()()()()だったが。

 

「馬鹿が…!」

 

 こんな状況にあって、最初に思ったのは『凄い』という感想だ。力も速度も、猗窩座さんの蹴りを凌駕していたであろう僕の一撃。そのままいけば、側面からの上段蹴りで彼の頭を砕けただろう。

 

 防御されたところで、まず間違いなく腕ごと持っていけると確信した攻撃だったが……猗窩座さんの左腕に脚が触れ、右の手の甲が添えられた瞬間、完全に()()()()()

 

 刹那の狂いも許されない、流水のような防御。避けるだけの僕なんかとは違って、瞬時に次の攻撃へ移るための、針に糸を通すような繊細な技。

 

 それをさも当たり前のように行い、完全な隙を晒した僕へ拳を突き出す猗窩座さん。どれだけ身体能力が上がろうと、永く研鑽し磨きぬいた技には敵わないと思い知らされる──ダメだ、完全に死んだ。

 

「…っ! ………ん?」

 

 胴体ごと心臓を貫く軌道。回避しようもない状況に死を覚悟し、思わず恐怖で目を閉じてしまったが──しかしいつまで経っても痛みを感じない。

 

 もしやピッコロさんが盾になってくれたのか? 恐る恐る目を開けると、寸前で拳を止めている猗窩座さんの姿が映った。そしてその瞳は限界まで見開かれ、僕の背後を見詰め続けている。

 

 なんだ? まさかこの状況でカエルパンチはないだろうけど……更なる隙を晒すと理解しつつも、僕も後ろへ振り向く。ここで『馬鹿めフェイントだ!』とか言われたら、ショックで人間不信になる自信がある。

 

 ──それはともかく、後ろを振り向いたら無惨が死んでいた。無惨が死んでいた。もう一度言うが、無惨が死んでいた。

 

 上弦の弐さんが、無惨の首から上を鉄扇に乗せて、しげしげと観賞していたのだ。とても良いことをしたとでも言うように、穏やかな笑みを浮かべて。

 

…あれ?




柱三人、乙二人、甲三人に襲われ中の鳴女さん。

ベンベンベベンベンベベベンベンベンベベンベンベンベンベベンベベベンベンベンベベンベベベンベンベンベベンベンベベベンベンベンベベンベベベンベンベンドドンドドンドンカンメイベベベンベンベンベベンベンベンベン
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