逃げるは恥だが鬼は死ぬ《完結》   作:ラゼ

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この話で完結予定でしたが、肉付けする度に量が増えてしまって……何回も修正して申し訳ありませんが、次で最終話となります。


17話

 えっ……と、どうすればいいんだろう。“支配から逃れた鬼が反旗を翻す”……これは充分に予想された行動だ。“無惨が人間に戻った時点で全ての鬼の呪いが解ける”……これもほぼ前提として作戦に組み込んでいる。でなければ、愈史郎の血鬼術を頼りにするやり方なんて取れないし。

 

 しかし無惨との繋がりが断たれたとして、すぐにその事態を呑み込めるものだろうか? 間違いなく初めての事態だろうに、呪いが外れたと即座に判断して無惨を殺すなんて……まさか千載一遇のこんな好機を、虎視眈々と狙っていたのかな。それにしても、思い切りが良すぎやしないだろうか。

 

「──何をしている貴様アァァ!!」

 

 隙だらけの僕を完全に無視して、猗窩座さんが上弦の弐さんへ突進していく。あ、ちゃんと忠誠心を持ってる鬼もいるのね……いや待てよ? 『俺が殺そうと思ってたんだぞゴラァ!』という意味で怒っている可能性もなくはないな。

 

 そして無惨の頭部をかき抱いて泣く鬼は、怒りのままに振るわれた猗窩座さんの拳を、いとも容易く扇で受け流した。まるで猗窩座さんが暴れ牛で、上弦の弐さんがマタドールといった風だ。しかし何と言うか、上弦の弐さんの戦い方……攻撃をする意思があまりに薄弱というか、無機質だ。いかにも避けにくそうである。

 

 …というか、なんで自分で殺したのに泣いてるんだ。達成感で涙を零している訳でもなさそうだし。というより、もしそうだとしたらあんな大事そうに頭を抱えていないだろう……そもそも、あの慈しむような動作さえもなんだか嘘臭い。猗窩座さんへの対応に入った途端、真顔に戻ったのが良い証拠だろう。

 

「邪魔をしないでおくれよ、猗窩座殿。俺はいま、とても悲しんでいるのに」

「どの口がほざく…!」

「俺たちくらいに血が濃いと、互いの生死や気配の変化くらい感じ取れるよね? それは無惨様を介して根っこの部分で繋がってるからさ。だから猗窩座殿にもわかった筈だよ──その繋がりが、ついさっき消えたことに」

「…っ!」

「俺はすごく悲しかった。目の前であの御方が、あれほど蔑んでいた人間になってしまうなんて…! あんなに憐れで惨めなことはないよ、本当に心苦しい……だから俺が救ってあげたんだ」

 

 むむ……皮肉で言っている訳ではないようだ。殺すことが救いになると、本気で思っているように見える。今まで会った誰よりも異質な思考形態。猗窩座さんも、理解できないものを見るように顔を歪めている。

 

 そんな彼を気にも留めず、上弦の弐さんは無惨の頭部を腕の中に収め、壊れ物を扱うように、慈しむように──胴体で呑み込んだ。やはり想像していた通り、上弦クラスの鬼ともなると口以外でも『食事』ができるようだ。細胞を取り込む速度、そして変質速度が尋常ではない。

 

「これで無惨様も俺の中で永遠に生き続ける……ああ! こんなにも悲しいのに、心地よくもあるんだ。可哀想な人達を救う手段を、俺に与えてくれた──その御方をこの手で救えたからかな?」

「黙れ…! お前の声、表情、全てが心底……癇に障る!」

「となれば、ここは弔い合戦だね! さあ、君の手で無惨様の無念を晴らすんだ猗窩座どの──わわっと! 拳圧飛ばすとかいうファンタジーやめてよね」

「貴様も俺が殺す…!」

「そうだ猗窩座殿! 無惨様も黒死牟殿も死んでしまった以上、残った鬼を導く指導者が必要だと思うんだ。幸い俺には教祖としての経験があるし、猗窩座殿には新たな上弦の壱になってもらって、俺の下で──っとと。何をそんなに怒ってるんだい?」

(ごみ)共が…!」

「ちょっとちょっと、先に猗窩座どのへ声をかけたのは僕なんだ。横入りはやめてほしいなぁ──わ、危なっ! …でも回避に専念すれば僕の方が上だよ? さっきの攻防で勘違いさせちゃったかなぁ……ごめんね」

「わぁ、凄いね君! 猗窩座殿の拳も中々の速さなのに、かすりもしないねぇ──おっと、ごめんよ猗窩座殿。気に障ってしまったかな」

「こっ、の──……!」

「凄いねぇ、速いねぇ」

「速いなぁ、凄いよねぇ」

「──殺す…! 必ず俺の手で殺してやるぞ貴様らアァァ!」

 

 上弦の弐さんも中々の煽りっぷりだ。よしよし、ここで僕が離れてしまえば後は勝手に殺しあってくれるだろう。

 

 しかしまあ……やはりと言うべきか、先程の悲しみは演技でしかなかったようだ。もうニコニコと笑っているあたり、何一つとして感傷を抱いている様子もない。

 

 阿修羅と化している猗窩座さんを前にしても、まったく意に介してないのが凄いよね。それと彼、嫌味を言ってる感じがしないんだよな……本当に心の動きがない。まったくのゼロとは言わないけど、まるで出来の良いAIでも見ている気分だ。

 

「破壊殺・乱式──っ…!?」

「あれ?」

「えっ」

 

 それとなくフェードアウトしようとした矢先、突如として現れた衾に猗窩座さんが消えていった。ちょ、いや、困るんですけど。首をかしげる上弦の弐さんは、数秒ほど考えたあと手をポンと打った。イケメンだから様になっているが、心の動きが全然読めなくて怖い。本当に生物なのか?

 

「鳴女ちゃんの方、忙しそうな気配してたもんねぇ……もう無惨様からお叱りを受ける心配もないのに、律儀だなぁ彼女。でも助けを求めるなら、猗窩座殿より俺の方が適任じゃないかな? 君もそう思わない?」

「どうだろ。君のことよく知らないから、なんとも言えないかな」

「おっと、まだ自己紹介をしていなかったね。俺は童磨って言うんだ……君は?」

「ご丁寧にどうも。僕は飛鳥千里だよ……というか、無惨に聞かされてるだろ?」

「そっか、()()! 君が飛鳥千里…」

 

 …姿は教えられてない、のか? そんな非効率なことする理由もないけど……いや、待てよ? 鬼から視界をジャックするのはともかく、無惨から鬼へ脳内動画配信サービスをするのは、意外と手間がかかるのかもしれないな。わざわざ配下へ配慮する性格でもないだろうし、口頭で伝えただけの可能性も充分にある。なんか感慨深げに見られてるのは謎だけど。

 

「でも嬉しいなぁ。ほとんどの剣士は問答無用で斬りかかってくるし、名乗り返してくれる人なんていつ振りだろう! たとえすぐにお別れするとしても、挨拶は大切だよね」

「うーん……鬼殺の剣士は侍じゃないし……今から殺すか食われるかの相手に名乗るほど、奇特な人間は少ないだろうね」

「悲しいなぁ。会話は人間と鬼だけに許された、相互理解の手段なのに」

「…君は本当に他人を理解しようとしてるのかい?」

「勿論だよ! でも、さっきも言ったけど──みんなすぐに剣を向けてくるからさ。敵わないと知ってるのに立ち向かうなんて、本当に愚かだと思う。でもね、それこそが人間の尊さ……そして儚さなんだよ!」

「…そう」

 

 適当に会話をするだけで時間稼ぎに付き合ってくれるとはとても有り難い。何一つとして共感や同意はできないが、逃げる手間がかからないのは非常に助かる。もし逃げ込んだ先が乱戦状態とかだったら、現状で最強の鬼をそこへ連れていくことになってしまうし。鬼は同士討ちの心配をせずともよいが、人間は違うのだ。多対多の戦闘で有利になるのは鬼の方である。だからここで増援を待つのがベターだろう。

 

「僕もお喋りは好きだから、君が満足するまで付き合ってもいいぜ」

「わぁ、本当かい? 優しいね。だけど……俺に優しくしてくれる人は、いつも俺を憐れんだ目で見てくるのが不思議だなぁ。君もそう」

「…そう、かな?」

「うん。前にお喋りに付き合ってくれた娘もそうだった。いつだったかなぁ……ああ、思い出した! 確か花の呼吸を使う、優しくて可愛い娘だったよ。彼女も俺を不憫そうな目で見てたなぁ──そういえば朝日が昇ったせいで食べて(救って)あげられなかったんだっけ」

「…」

 

 …本当に、なにもかもが理解できない。どんな考えに至れば、食人が救いに繋がるんだ? こちらの神経を逆撫でするためとか、皮肉で言っているならまだ解る。しかし彼は、真実それが救いだと信じているのだ。

 

 鬼の精神構造は、植え付けられた衝動やらなんやらを除けば人と大して変わりない筈……ならば彼の思考は、鬼だからという訳じゃないだろう。

 

 『精神病質』──いわゆるサイコパス、サイコパシー。

 

 人の精神は複雑怪奇で、精神障害の診断方法や線引きも割と曖昧だが……とは言え、そもそも百人に一人はサイコパスの気ぐらいあるし、予備軍も含めれば更に多い。

 

 漫画やアニメに影響されたファッションサイコパスもいるだろうし。だから実際のサイコパスのほとんどは、普通に社会生活を送っている『一般人』である場合が多い。

 

 しかし、ここまで極度の精神病質ともなると話は別だ。恐ろしい程の共感性の欠如……そして、自身の行動を絶対的な正義として疑わないエゴイズム。心にもないことをつらつらと並べ立てる虚言の傾向。鬼としての性質も相まって、最悪としか言いようのない存在に成り果てている。

 

 そうだ、彼の言う通りだ。これが『憐れ』じゃなかったらなんなんだ? 悪事を悪事と認識できず、罪悪感というものをどうしても感じられない。『鬼』と『人』の差よりなお遠い、本当の意味で違う生き物なのだから。

 

 得てして、こういった性質は先天的な遺伝によるものと、前頭葉の異質な構造に由来するものが多い。育った環境による後天的なものだと主張する人も多いけれど、僕にはそう思えない。

 

「さて、と……お喋りに付き合ってくれるのは嬉しいんだけど、俺も猗窩座殿の方へ行かなくちゃいけないんだ」

「そんな寂しいこと言わないで、もっと話そうぜ」

「ごめんね。無惨様がいなくなった以上、鬼を増やす手段は限られるから……残った鬼の保護は急務だよ」

「…なんで? 今まで聞いた君の言葉が真実なら、無惨と君の目的は違うよね。鬼を増やす意味も、残す意味も──童磨、君には無いと思うけれど」

「確かにあのお方には、俺のように『人間を想う気持ち』がただの一片も無かった。でも鬼にして頂いた恩もあったし、優先すべきは俺の使命よりも無惨様の命令()()()よ」

「…」

「だけど、悲しいことに無惨様はもう死んでしまったんだ。だったらもう……俺の使命を優先していいよね? ──今までよりもずっと多くの人々を救う使命を」

「…じゃあ質問を変えるよ。そもそも、なんで食べることが救いなんだい?」

「死ねば人は救われるだろ? 悲しみも苦しみも、痛みや空腹とも無縁になる。そして俺の血肉となり、永遠を共に生きられるんだ」

「でもそれじゃあ、きっとあった筈の嬉しさや幸せも無くなってしまう」

「まさか、幸せな人を食べたりなんかしないさ! 俺は、俺のところに悩みや苦しみを打ち明けてくれる人を()うことにしてるんだ。『万世極楽教』って言ってね、俺はそこの教祖なんだよ」

「…鬼殺隊の剣士だって何人も食ってるよね」

「怒りや復讐に囚われた可哀想な人達も、救う対象さ」

「…そっか。でもね……一緒に泣いてあげたり、一緒に悲しんであげるだけでも人は救われるよ。苦しみや悲しみがない人生も、嬉しさや幸せがない人生も、どっちだって不幸さ。相談された時点でその人が不幸だったとしても、殺してしまうのは間違ってる。少なくとも、君へ救いを求めた人間は──幸せになりたくて君の元へ訪れた筈だ」

「うんうん、わかるよ! でも人は幸せを感じるために不幸を知らなくちゃいけない。そして幸せを享受し続けると、今度は幸福を幸福と認識しなくなる。つまり……どう生きようとも、人は不幸になる運命を背負ってるんだ。そんなの可哀想だよね? だから俺が救わなくちゃ」

 

 …ああ、やっとわかった。彼は負の感情こそある程度理解しているけど、嬉しいとか楽しいとかいった感情がほとんどないんだ。それはサイコパスとはまた違った疾患。不幸を乗り越えた時の達成感や、不幸を塗り潰すほどの幸せを感じたことがないんだ。そうなると、『救う』という考えに至るのもある意味当然といえる。

 

「そろそろいいかな?」

「うん、応援も来てくれたみたいだし……防戦に徹しても、時間は僕たちに味方しそうだからね。この速度はきっと柱──」

「ウハハハ!! 強ぇ鬼の気配がビンビンするぜぇ!!」

「──あ、ごめんやっぱりもう少し待って」

「やあ、面白い子が来たね」

 

 伊之助ェ……いやまあ、彼も善逸も凄く強くなってるけどさ。毒を使わないしのぶちゃん相手なら、充分に勝ちの目はあるくらいに成長してる。だから戦力的な意味では心強いんだけど、問題は性格の方だ。攻撃主体の戦い方と防御主体の戦い方では、生存率が大きく違う。

 

 しかし伊之助に『仲間が揃うまで待て』と言って、やってくれるかといえば……うーむ。できれば義勇か小芭内あたりが来てくれれば良かったんだけどな。

 

 水の呼吸とその派生の呼吸は防御に秀でているし、全体的な生存率も高い。というか水の呼吸以外は『やられる前にやれ』って感じの呼吸ばっかだし。まあ鬼の再生能力や体力を考えると当たり前の戦法なんだけどさ。

 

「伊之助! 戦力が揃うまで無茶は──」

「上弦の弐! 上弦の弐だなテメェ! 相手にとって不足なしだオラァァ!」

 

 くっ…! 仕方ない、一緒に頑張ろう。それに僕が最も呼吸を合わせられるのは、実のところ伊之助なのだ。訓練に付き合った時間は炭治郎くんや善逸と同じくらいだが、そもそも呼吸の系統からして、三人の中で伊之助だけが僕と同じだし。

 

 『獣の呼吸』も『避の呼吸』も、突き詰めると『風の呼吸』に近い性質を持つ。山育ちってのも一緒だから、動きがとても合わせやすいのだ。

 

「どらァ!!」

「──どわぁっ!? なんで僕に攻撃すんの!?」

「不用意に近付いてんじゃねぇよ! なんかヤベェのが漂ってんだろうが!」

「わぁ、よく気付いたね。人の目に見えるような術じゃないのに」

「えっ……ああ、なるほどね。見える見える、見えるわー、めっちゃ見える」

「本当かい?」

「うん。でも気付いた以上は効果なしだぜ!」

「そっか。でも一応解除はしないでおこうかな」

「くっ…!」

 

 むむ、僕も目はかなり良い方なんだけど……カナヲちゃんレベルなら視認できるのかな? どちらにせよ、僕にはうまく感じ取れない。伊之助は肌で感じているようだが、僕にはそこまでの技能もない。とはいえ、気にせずその周辺へ突っ込んでいる伊之助の様子を見れば──効果範囲と対処法はわかる。

 

 要は薄い毒煙のようなものを張っているんだろう。伊之助のように上半身裸の状態で平気なことを考えれば、経皮毒でもない。術者の近くで呼吸をしなければ問題はない……と見ていいかな? しかし数秒とはいえ上弦の弐と斬り結ぶ程の技量──伊之助の成長は、僕の想像の更に上を行っているようだ。

 

「あはは、強い強い。でも攻撃役が一人だけじゃ厳しいんじゃない?」

「生憎と、僕は援護専門なんだ」

「そうかな? 何か狙ってるように見えるけど……うーん……あ、もしかして無惨様に使った毒とか?」

「わお、鋭いね。掠っただけで即死の毒だぜ!」

「…本当かなぁ? …演技にも見えるし、そうでもないような……隠すのが上手いね、君」

「よそ見とは余裕じゃねぇかオラァ!」

「おっと危な──えっ?」

 

 おっ、あれは確か開発中の新技……腕の関節を外してリーチを伸ばすとかいう意味不明な技だ。あまりに意味不明すぎて僕も触られかけた覚えがあるし、もちろん童磨さんもしっかり食らっておられる。しかも瞳に傷──千載一遇のチャンスだ。一秒もせずに治るだろうが、視界が戻る前に毒を打ち込めればあるいは…!

 

「ちっ! 頸は外したか!」

 

 いや、充分だ伊之助。致死量を打ち込む時間はないが、無惨の血液を研究して作製した強力な毒だ……少量でも分解に多少の時間はかかる筈。動きが鈍れば頸を斬る隙は十二分にできるだろう。

 

 人間化薬もまだ残ってはいるが、あれは効果を発揮するのにそれなりの量が必要になる。あまり攻撃には向いてないし、サポートに使うなら毒の方がいい。

 

「──っ! おい!」

「えっ? えっ……いや、ちょっ」

 

 いや、ちょっ、なにこれ百式観音? 奈良の大仏? ドデカイ氷の観音さまが瞬く間に出現し、僕と童磨さんの間を塞いだ。しかしタイミング的にもう止まれない──考える間もなく、飛び上がって大仏の頭を蹴り砕く。その勢いのまま特製のアンプルを投擲(とうてき)したが、弾かれてしまった。

 

 …まずい、()()()()()()

 

「わぁ、もしかして吸っちゃった? だったらもう無理しない方がいいよ。呼吸を使えば使うほど肺胞が壊死していっちゃうからね」

「…っ!」

 

 肺胞が壊死…? それは──まずいなんてもんじゃなく、ヤバい。呼吸の生命線が肺ってのは言わずもがな、『肺胞が傷付く』『呼吸で傷を回復させる』というプロセスは、肺という臓器にとって致命的なダメージを与える。

 

 人間の臓器というものは基本的に再生力が高く、ほんの一部からでも元通りになったりするが……肺は()()()()()()()の代表である。

 

 もちろん多少の傷であれば回復はするが、負傷と回復のサイクルを繰り返すと肺は『繊維質化』して機能不全に陥るのだ。

 

 正に呼吸を使う剣士を殺す最適解だ……仮に殺し損ねてしまっても、確実に再起不能にする血鬼術。上弦の弐に相応しいエグい技。

 

「ぐっ…!」

「おい! 無理すんな!」

「それにしても凄いねぇ。俺の氷、鉄並に固いんだけど……まさか蹴り砕くなんて! 君って本当に人間?」

 

 …呼吸を使用すればするほど、痛みが強くなっていく。しかし呼吸を使わずに上弦の攻撃を回避できる訳もない……このまま使用し続ければ、五分と保たないだろう。まさか『時間が味方する』とか言ってたのがフラグだったのか? くそ、どうしろって言うんだこんなの。

 

 五分……正確には『呼吸』の精度を保てるのが五分といったところだろうか。そこから身体機能の強化も質が下がり始め、日常生活にも支障をきたすレベルの損傷になると予想できる。

 

 ──どう足掻こうが、『戦場に出る人間』としての僕はこの時点で終わってしまった。仮にこの戦いを生き残っても、元通りに呼吸が使えることはないだろう。なら、後はもう…

 

「可哀想に。なんて憐れなんだ……君のその目。俺に向かってくる剣士のほとんどが、最後にその目をするんだ。自分の命に代えてでも、って瞳──でもね、その願いが叶ったことはないんだよ」

 

 回避を一切考えず、タックルと同時に毒を打ち込む……できるだろうか? お爺ちゃまの時は、完全に予想外の一手だったからこそ成功したようなものだ。『今から攻撃します』と宣言しているような状態で、どこまで食らいつけるか。動き自体は僕の方が速いだろうが、相手の動きが非常に読みにくいのだ。

 

 動く意思が薄いと言えばいいのか、動きに意思が乗っていないと言えばいいのか。猗窩座さんは相手の意識を読んで攻撃をするのが得意だったようだが、それ故に童磨の後塵を拝していたのだろう。

 

「伊之助。最低でも動きは止めてみせるから、頑張って頸を斬って──いだっ!?」

 

 頭突きっ! なぜ僕に! というかこんな隙を見せたら危なすぎるでしょ! いま攻撃されていたら、二人とも死んでいたんじゃなかろうか。なんだか興味深そうにこちらを見ているが、何に対してどう考えるか想像もつかない相手だ。いつ気が変わって攻撃してくるか、わかったもんじゃない。

 

「お前は逃げんのが仕事だろうが! …役に立てねぇんならさっさと逃げやがれ! あんな雑魚鬼、俺一人で充分なんだよ!」

「いや、だから役に立てる内に立とうと…」

「うるせぇ! あいつの頸は俺が斬る!」

「いや、だからその補助を──…っ! 伊之助、待っ…」

 

 …っ! いつもいつも僕の言葉の反対に走って…! たまには言うこと聞けよう。僕の心配なんて、君の柄じゃないだろ。こんな場面で成長を見せないでくれよ…!

 

「美しい思いやりだねぇ。けどごめんね、君の毒は危なそうだし──」

 

 先を走る伊之助のサポートをしようと走り出したが、小さい氷人形が僕の行く手を塞いだ。形は童磨さんそっくりで、技も速度もオリジナルに近い動きをしている。この人形からも冷気の毒が出ているようで、凍るような空気が更に肺を蝕もうと、薄く漂い始めたのがわかった。

 

「──来るんじゃねぇ!」

「あはは、君一人じゃ無理だよ。その変な動きにも慣れてきたし……ほらほら」

「がっ…!?」

 

 …! 血鬼術にしても、体術にしても、まだ本気を出してはいなかったのか……僕が一瞬だけ躊躇してしまったばかりに、伊之助が攻撃をまともに食らってしまった。(はや)って動きに精彩を欠いていたのは、僕の負傷と無関係ではないだろう。蹴りによる一撃だったのが救いだが──骨の折れた音が耳に響いた。

 

「わぁ、この被り物よく出来てるねぇ! 手作りかい?」

「ご、ぼっ……テメぇ、返しやがれ…!」

「無茶したらダメだよ。あばら骨、二本は折れた感触だったし──…? 君の顔、どこかで見たことあったっけ…?」

「伊之助!」

「…あれぇ? また肺を傷付けてまでこっちにきたんだから、俺を攻撃した方が良かったんじゃないかなぁ」

「…っ」

 

 口から血を吐き出しながら、盗られた被り物に手を伸ばす伊之助。振りかぶられた扇が一閃する前に、僕が彼を抱えて離脱したが──これで頸を斬れる人間がいなくなってしまった。

 

 吐血したということは、折れた骨が何らかの臓器に刺さってしまったのだろう。呼吸で回復を早めたとしても、すぐに動けるような傷ではない。

 

 ここで追撃でもされれば、完全に終わりだったが……しかし目の前の彼は、伊之助の顔をじっくりと見ながら何かを思い返している。先程の『どこかで見たことあったっけ』という言葉通り、記憶を掘り返しているのだろう……いや、実際に脳みそをほじくり返している。キモっ。でもいま突撃したらいけるかな…? あ、やめちゃった。

 

「そっか! 君の顔、母親にそっくりなんだ。確か名前は『琴葉』……頭はよくなかったけど、歌が上手くて心の綺麗な女の子だったなぁ」

「がっ、ふ……俺に母親なんかいねぇ…! 俺を育ててくれたのは猪だ…!」

「伊之助、喋っちゃダメだよ。敵の言葉なんか気にしないで」

「猪から人間は産まれないよ? 育てたのは猪でも、君を産んだのは人間の母親だよ」

「…っ! だからなんだ…! テメェには関係ねぇだろうが!」

「まあまあ、そんなこと言わずにさ。こんな巡り逢い、ちょっとした奇跡だよ?」

 

 感慨深げに、伊之助の母親の過去を語りだす童磨。彼にとっては単なる昔話なのだろうが、受け取る側にとっては聞くに堪えない昔語りだ──息子からすれば、尚更だろう。

 

 無理に動くと死んでしまうような傷なのに、伊之助は体を小刻みに震わせて立ち上がろうとする。恐れによる震えでもなければ、痛みによる震えでもない。殺意の籠もった、怒りによる震え。

 

 …ああ、僕に足りないものだ。鬼殺の剣士は、そのほとんどが怒りと復讐を胸に秘めている。『復讐は何も生まない』などとよく言うが、実際に彼らを目にすればそんな理屈は彼方へ吹っ飛んでしまう。人が絶望から立ち上がる原動力は、剣を取る理由は、希望ではなく『怒り』なのだ。

 

「…っ、はっ、ぐ…」

「苦しそうだねぇ。そろそろ限界でしょ? そっちの子も威勢はいいけど、上手く呼吸が出来てないね。もしかして肺に骨が刺さっちゃったかな?」

「…っ、伊之助……行ける?」

「あ゛たりまえだろう゛が!」

 

 もう逃げることはできそうにないし、時間が経てば経つほど不利になるのも間違いない。神風特攻も玉砕アタックも柄じゃないが、死ぬまでに出来ることをしなければいけない。もう外部協力者なんかじゃないんだ……鬼殺隊の一員として、少しでも後続に繋がる何かを考えないと──

 

「無理したって苦しいだけなのに、頑張るねぇ。破れかぶれが実ることなんてないよ?」

「っ、どうだろう、ね──…っ!」

 

 もう近付かせる気もないのか、彼は氷人形を二体繰り出してきた。だけど、もう冷気も何も今更だ。気にせず近付き、蹴り砕いた後で改良型ゴキ爆弾を投げつける。どうにも攻撃が当たらないし、ここは突拍子もない手段に頼れば突破口も見えるかもしれない。

 

「…」

「…」

「…」

「触れただけで鬼を崩壊させる毒虫…! これが僕の奥の手だ──ゲホゴホッ!」

「いや、流石にもうちょっと信憑性がないと……っ!?」

 

 改良型は本物のゴキブリすら使っておらず、全てが精巧な玩具である。しかしその一匹一匹に、天元仕込みの火薬を忍ばせてあるのだ。上弦の陸だって怯むぐらいはしてたし、多少の効果はある筈だ……まあ問題があるとすれば、結構な衝撃を与えないとそもそも爆発しないところだろう。

 

 でも微妙に性格悪い彼のことだから、扇で全部叩き落すくらいのことはやってくれるんじゃないかと期待して投げてみた。そして目論見通り、童磨の眼前で弾けまくるゴキたち。伊之助は──ダメだ、氷人形を突破できていない。

 

 手持ちのアンプルは残り三本。そのうち二本を直接刺そうと試みるが、上手く避けられた……それどころか、扇で叩き落とされる有り様だ。

 

「…君って、何かちぐはぐだよね。氷を砕く時は凄く良い動きをするのに、攻撃する時は途端に鈍くなる」

「…っ」

 

 …そんなの自覚してる。だけど、自覚してようがどうにもならないことだってあるだろう。()()がすぐに修正できるんなら、僕はとっくの昔に柱になってる。

 

「こ、のっ…! ──う゛わっ!?」

「あはは、自分で爆発させちゃ意味ないよ? 火薬は取扱いに気を付けなくちゃね」

「ぐっ…」

 

 …少しずつ解ってきた。この鬼はその気になれば、もっと攻勢に出ることができる。だけど、基本的には『見』に回ることを戦略としているのだ。その慎重な気質が生存率を上げ、彼を上弦の弐にまで至らしめたのだろう。慢心や油断をしているように見えて、その実どんな状況でも対処できるよう冷静さを保っている。

 

 新しい技や道具を見せればまず退いて、じっくりと観察してくる。不可解な動きをした時も同様に。僕が()()()自分の近くでゴキを爆発させた時も、チャンスと見て押してくるようなことはなかった。

 

「うーん……そんなにポンポン爆発させて、何か意味があるのかな?」

「さぁ……どう、かな゛っ、ぐっ──」

「あ、肺から直接空気が漏れだしてきたね。そろそろ『呼吸』使うのやめないと、本当に死んじゃうよ?」

「使う゛のやめたらやめたで──ぐう゛っ、殺される、からねぇ!」

「うん、それはそうかな。でも苦しむ時間が少なくてすむよ?」

「──そう、かな゛? どっ、ちも、一緒くらい゛さ。伊之助の時も……そうだったけど、()()()()()()()()()()()()()

「…?」

 

 わざわざ大袈裟に動いて壁際まで移動してきたのも、ポンポン爆発させて騒がしくしたのも、()()が近付いてくるのがわかったからだ。鬼はとても鼻が利くけれど、耳に関してはそうでもない。そして何より、僕がしのぶちゃんの気配を間違える訳もない。

 

 ──壁まで追い詰めた彼に、最大限に力を込めた蹴りを放つ。もちろん当たるとは思ってないけれど、鉄並みの硬度を持つ氷だって砕ける僕の脚……木製の壁に大穴を空けるくらい簡単だ。そしてここまで隙を晒せば、まず間違いなく扇で斬りかかってくるだろう。

 

 敵の攻撃直後こそ、反撃のチャンス。そのセオリー通り、彼は僕を攻撃して──当然そこにも数瞬の隙が生まれる。もちろん攻撃を受ける僕には反撃なんて出来やしないが、もう一人いれば別だ。

 

 そしてしのぶちゃんは柱の中でもっとも頭の回転が速く、状況判断も速い()だ。いきなり壁が壊れても思考を止めず、即座に冷静な対応を……つまり敵を攻撃してくれるだろう。それに、しのぶちゃんが仇を討とうとしてる鬼はたぶん──

 

「──しのぶちゃん! 剣を!」

「…っ!」

 

 成功率も怪しい、策とも言えない策だけど……これが僕にできる限界だ。元々が詰みのような状態だっただけに、上出来と言えるだろう。後は伊之助が無事でいてくれれば言うこと無しなんだけどねぇ。しかしこの土壇場で、最善のタイミングを掴めたのは僥倖だった。

 

 童磨さんにとって、もう攻撃を止められない絶妙の瞬間。僕の声が耳に入り、それを理解するまでは刹那の時間だろう。だけど……しのぶちゃんは鬼の頸を斬れない柱ではあるが、突きの速度だけは全剣士中最速だと断言できる。この状況にあって、最も適した人間に違いない。

 

 ──予想していたより軽い衝撃に、薄く目を開ける。死にかけると毎回のごとく瞳を閉じてしまうのは──もう癖と言うか、人間の本能だから仕方ないだろう。僕は訓練された剣士じゃないのだ。

 

 そしてまず目に入ったのは、飛び散る鮮血。斬られると『痛い』じゃなくて『熱い』というのが、お爺ちゃま戦での経験則なのだが……氷で出来た扇だから、瞬時に冷やされて感じなかったとか? というか、童磨さんが遠い。しのぶちゃんが視界に入っていない。

 

 懐が少し重く、温かい。思わず目線を下げると、しのぶちゃんが僕を押し倒すように覆い被さっていて──……そして、()()()()()()()()()()()

 

「あっ、はは…! 少し驚いたけど……せっかく色々と考えて策を練ったのに、台無しになっちゃったねぇ。でも仲間を庇う自己犠牲の心──すごく美しいと思う」

「…っ」

 

 …しのぶちゃんの優しさまで計算に入れなかった、僕のミスだ。彼女を抱え、伊之助の所まで後ずさる。あの大怪我だってのに、氷人形を倒したのか……だけどもう限界だろう。しのぶちゃんも利き腕を斬り落とされた上、剣は鬼の足元だ。この状況で彼を倒す手段は、たった一本残ったアンプルのみ。正直、勝てる気がしない。

 

「…っ、すみません、千里」

「ううん。助けてくれてありがとね、しのぶちゃん」

「…おや? 君のその羽織……さっき話した、花の呼吸を使ってた娘と同じだね。もしかして姉妹かな?」

「…っ! お前が──姉さんの仇…!」

 

 怒りに震えるしのぶちゃんの腕を、縄でキツく縛る。早く処置をしないと失血死する……というより、このままでは三人共死んでしまう。増援はまだ来ないのか? 想像以上にこの建物は広いのだろうか。

 

 とにかく、ギリギリとはいえまだ動けるのは僕だけだ。伊之助の刀を一本だけ借りて、二人の前に立つ。

 

 刀で斬る振りしてアンプルを刺す……いやぁ、お猿さんでももうちょっと知恵を働かすだろう。しかし他に取れる手段が、本当にないのだ。呼吸をまともに使えるのも、あと一分といったところだ。もうデウスエクスマキナ(都合のいい神様)でも出てきて、全てをパーッと解決してくれたりしないものか。なんか凄い力を与えてくれるとかでもいい。

 

 …いや、凄い力はもう持ってるんだ。僕が使いこなしていないだけで。つくづく情けない……こんなことになるんだったら、実弥が稽古を付けてくれようとした時に断るんじゃなかった。

 

『剣は苦手だァ? 巫山戯たこと言ってんじゃねぇよ。テメェみてえな奴を遊ばせとく余裕なんざ、鬼殺隊にねぇだろうが』

『いやもうほんと、才能がないの。悲しいほどに』

『あァ? …オラァッ!』

『おあ゛ぁっ!? 何してくれてんの!?』

『避けれただろうが』

『避けるのは得意なんだってば!』

 

 …僕たち三人を見て、涙を流す童磨さん。またぞろ『憐れ』とか言い出すのだろうか? 実はやっぱり嫌味だったりしない? 鬼でもサイコパスでもなければ、悲鳴嶼さんと気が合いそうな御仁である。できればずっとそのままでいてくれないかなぁ……増援が来るまで。

 

『テメェの避け方はなァ、完全に相手の動き見切ってんだろが』

『…? だから?』

『見切った上で、自分の動きも完璧に制御できてやがる』

『まあ、そうじゃないと避けれないし』

『才能なんてもんはなァ、そんな曖昧じゃねぇんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が少ねぇ奴のことを言うんだよ。少なくとも、剣士の才能はなぁ』

『…』

『敵の動きも読めて、自分の動きも完全に制御できてる奴が“剣だけ振れねぇ”なんてこと、有り得ねえよなァ?』

『それは…』

 

 ああ、まったくその通りだ。そんなの言われるまでもなくわかってた。だからそれは体の問題じゃなくて、きっと心の問題なんだ。刀で、鉈で、斧で鬼を殺そうとしていた子供の時分……剣が苦手だなんてことはなかった。いや、今だって本気で苦手だなんて思っちゃいない。

 

 精神的には、刀を持ったり振ったりすることに抵抗はない。だと言うのに、実際に刃物を扱うと感覚がズレるのだ。それに理由があるとすれば……たぶん、両親のことがトラウマになっているのだろう。

 

 彼らが僕を置いて、ほとんどの財産を持って夜逃げした理由……それは間違いなく、鬼を殺そうと試行錯誤していた僕の姿を見てのことだ。

 

 当たり前だ。当然だ。化け物を切り刻む我が子(化け物)を見て、正常でいられる方がおかしい。だけど僕だって人間だから、完全に感情を制御できる訳でもない。怖がられて当然だと頭で理解していても、やり切れなかったし悔やみきれなかった。そもそも鬼を殺そうなんて考えなければ、家族一緒に暮らせていたんじゃないかって。

 

 もちろん現実的なことを考えれば、鬼を退治しなければ自分が殺されるだけだ。逃走が主だったとはいえ、罠にかけて殺してきたりはしたんだから、別に大層なトラウマを持っている訳ではない……と自分では思っている。ただ鬼に対して攻撃をする際、微妙に感覚がズレてしまうだけだ。拳や蹴りであればまだマシだが、刃物となると本当に酷い。

 

 ──きっと、両親が消えた直接の原因だからだろう。あの時……僕を見つめた、両親の『恐怖の目』の記憶がそうさせるんだろう。ただ僕がそう思っただけかもしれない。本当は恐怖の目なんてしてなかったかもしれない。実際、彼らが消えてしまうまで夜逃げなんてされるとは思ってもみなかったのだから。

 

「ああ、本当に……神様はいるのかもしれないね…!」

「…千里。あいつは何を言っているんですか? 率直に言って気持ち悪いです」

「さぁ……僕も彼の言うことは、理解できない部分が多いから」

「ひどいな。でも俺はね、本当に感動してるんだ。俺の前に現れた三人……全員が全員、ただならぬ因縁があるんだよ? こんなの、奇跡なんかじゃ説明のつかない──そうだ、神様が巡り合わせた運命かもしれない」

「…君が人を食う鬼で、しのぶちゃんや伊之助が鬼狩りの剣士である限り、運命じゃなくて宿命じゃないかな。それに、僕は君なんて知らないよ」

「うんうん、直接は会ったことがないからね。俺が言っているのは君の両親──飛鳥万里子(まりこ)と飛鳥彩善(さよし)のことさ」

「え…?」

 

 …なんだ? 何を言っているんだアイツ。もしかして僕の前から消えた後、両親は……あの鬼と出会って、殺された、のか…?

 

「俺の両親はね、とても愚かな人間だったんだ。父親は色狂いで、次々と女信者に手を出して……母親はそんな父親をめった刺し、それで自分は服毒自殺。年端もいかない俺を教祖に祭り上げた挙げ句、自分勝手に死んじゃって……本当にどうしようもない人たちだった」

「…」

「けどね、君の両親は本当に素晴らしい人間だった。『これが私たちの全財産です』って。『どうか鬼に魅入られた息子を……千里を救ってください』って、教祖である俺に救いを求めてきたんだ」

「…っ! っ、な…」

 

 …なんだ、それ。そんなの、そんなふざけたこと──

 

「俺はそれを聞いて、感動で打ち震えた。一人息子とは言え、全財産を差し出してまで助けようとしたんだよ? それを──鬼である俺の元へ頼みに来た愚かさが、とても悲しくて…! 俺はね、普段は女しか食べないんだけど……その時だけは父親の方もちゃんと食べてあげたんだ! 救われるべき存在がいるなら、きっと彼等のような人たちだからって──」

「──もう黙れ」

 

 …そうか。これが……しのぶちゃんや炭治郎くん、実弥や剣士のみんなが胸の内で燃やしていた感情か。どうしようもなく込みあがる、狂った獣のような衝動。理不尽に対する怒り。大切なものをあっけなく奪われた時の、それを知ってしまった時の感情。

 

「…怒らせちゃったかな? ごめんよ、苦しいよね悲しいよね……すぐに俺が救ってあげよう」

 

 …()()()()()()()()()()。そもそも『呼吸の才能が無い』というのは、『避の呼吸』の才能がないってだけの話だ。炭治郎くんのやり方を見て。大叔父様の記憶を見て。自分にもできるだろうことは解っていたけど、それは戦うための呼吸だったから……刀を振るうための呼吸だったから、使えるけど使えないと知っていたから。

 

「まだ呼吸を使う気かい? なんでそんなに頑張るの? それに、復讐は虚しいだけだよ」

「…ここ、に゛父さんと母さんが、い゛たら……ゲホッ、女の子一人守れ゛ないのかって……怒り、ながら゛応援してくれ、そう……だから゛、ねぇ」

「痛々しい姿だね……大丈夫、俺がすぐに救ってあげるから。もうそんなに苦しい呼吸を使う必要なんてないんだよ」

「…大丈夫だよ。人生最初で、人生最後の『呼吸』だから」

 

 刀を振るう大叔父様の姿……寸分たがわずイメージできる。イメージできたなら、その通りに僕は動ける。もう剣を振る自分への抵抗なんて無い。満身創痍の体で、今にも倒れてしまいそうなのに──誰かが両肩を支えてくれている。

 

 薬に頼って出したまがい物の痣が消える感覚……額に熱がこもる。

 

 日常生活に戻れるかも怪しい肺の損傷具合だけど……この瞬間だけは、まるで大叔父様が乗り移ってくれたように自然と呼吸ができた。

 

 

 “日の呼吸”拾弐ノ型──『炎舞』

 

「…えっ?」

 

 上段からの振り下ろしと、下段からの振り上げ。まったく反応ができていない彼が、間の抜けた声を上げたと同時……頸が真上に跳ね、胴体が袈裟懸けにずり落ちた。勝利の確信と共に、肺の激痛が襲ってくる。めっちゃ痛い。

 

 

「千里!」

「ゴホッ……しのぶちゃん、右手は大丈夫?」

「あまり大丈夫とは言えませんが、縄と呼吸で止血はしています」

「伊之助は?」

「だい゛じょうぶにぎまっでんだろ゛…! がふっ!」

「ぜんぜん大丈夫じゃなさそ──ごっ、げほっ」

「どっちも大丈夫ではありませんね。早く処置をしないと……っ! これは──」

 

 まったく……やっと倒したってのに、一息入れる間もなく事態は続くようだ。建物全体が軋みを上げ、揺れ始める。これは……血鬼術が解除されようとしてるのかな? ということは、この空間を操る鬼を誰かが倒したのだろう。

 

 猗窩座さんがそちらに強制召喚されたことを考えると、彼も誰かが倒したのかもしれない。これは鬼殺隊の大勝利ってことでいいのか?

 

「千里……姉さんの仇を討ってくれてありがとうございます」

「え? ああ゛、うん゛……どしたの、急に゛。お礼なん゛て後でも゛…」

「いえ、これが最後かもしれませんから。どうしても言っておきたかったんです」

「えっ」

「異空間を操る類の血鬼術は、術者が死ぬと崩壊します」

「…崩壊すると?」

「巻き込まれて死ぬ確率が半分、外に投げ出される確率が半分といったところです。出口を知っていれば話は別ですが……探している暇はなさそうですね」

 

 えっ、聞いて……聞いてないよ? 誰か言ってた? 責任者出て来てプリーズ。頑張って生き残ったと思ったら、そこから更に生存確率五十パーセントとか酷すぎるってばよ。

 

 なんでそんなに落ち着いてるのしのぶちゃん! 燃え尽き症候群? 燃え尽き症候群なの? 仇は死んだんだから、次は自分の人生を生きる番でしょ! そんなやり遂げた表情してないで!

 

「ああ゛ぁぁぁ! 震度七! 震度七くらいある今! うぅぅ…! せめて──せめてその腕の中で死なせてしのぶちゃん! …あぁっ! 片方しかないっ!」

「少しは気遣いなさいっ!」

「──げふぅっ! じゅ、重傷者になんてことを…」

「い゛がいとへい゛きぞうだなオイ…」

 

 床が傾き始め、いよいよヤバい感じになってきた。木片やらなんやらがバラバラと舞い散り、上下左右の境界もあやふやになってきている。上に吹き上がるのか、下に叩き落されるのか……どちらにせよ、今の体では強い衝撃に耐えられそうもない。なんとか穏便に終わってほしいものだが……うわっと! まるで洗濯機の中にいる気分だ。床、壁、柱、床、木片、首無し死体。

 

 …ん? 死体? 童磨さんの頭はさらっと消えていった筈……というか、胴体は袈裟斬りにした……え、ちょ、まさか──

 

「飛鳥……千里いぃ…!」

「ギャアァァァ! キモいキモいキモい!」

 

 童磨さんの腹から無惨の頭がニョッキして…! 溢れ出る彼岸島感…っ! 誰か丸太持って来て丸太! ひぃっ、こっちに向かってきた──




最後辺りの雰囲気でわかると思いますが、ラスボス戦はかなりギャグ寄りになります。

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