逃げるは恥だが鬼は死ぬ《完結》   作:ラゼ

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みなさん映画はもう見ましたか?


後日譚 1

 桜咲く季節──春風が心地いい今日この頃、日向ぼっこが捗りまくるお昼時。蝶屋敷の縁側でお茶をすすってのんびりしていると、台所の方からアオイちゃんの声が聞こえてきた。ここまで響いてくるってことは、誰かを叱ってるんだろう……そして僕以外に彼女から怒られる人物というのは、割と限られている。

 

 寝そべっていた体を起こして台所へ向かうと、ハムスターみたいに口をモグらせている伊之助と、それを呆れた表情で見ているアオイちゃんがいた。

 

「や、伊之助。今日も元気そうだねぇ」

「ウハハハ! 今日は朝から山のボス熊をぶっ倒してきたからな!」

「あんまり生態系を狂わさないようにね……あとつまみ食いも程々にしとかないと、伊之助の分だけ作ってくれなくなるぜ」

「──伊之助さんの分はつまみ食い分まで作ってます! それなのに他の人のも…! もう、盗み食いはダメって言ってるでしょ!」

「してねぇ!」

「口元に食べかす付けて何言ってるのよ……ほら、じっとして」

「むぐ…」

 

 ジト目で睨みつつ、手拭いで伊之助の口元をふきふきするアオイちゃん。春は恋の季節だというが、二人がもしそういう関係になるとしたら、どうもしっくりこないよね。

 

 今までそんな雰囲気じゃなかったのに、最終回だからって無理やりカップリングされたキャラでも見ているような気分である。まあまだ恋仲という訳ではないが、ちょっと意識しあっている心の動きは見て取れる。

 

「炭治郎くんたちは一緒じゃないの?」

「炭を売ってから来るみたいです。伊之助さんは、ほら…」

「ああ、人に物を売るのは無理だろうね…」

「んだとゴラァ!」

「んー……じゃあ僕がお客さんになるから、売り文句をどうぞ」

「炭だオラァ! 買え!」

「いえ、間に合ってます」

「買えっつってんだろが!」

「じゃあ背中にある十六本の炭の内、半分を売ってもらって……おまけで一本付けてくれたら買います! さて、残りは何本でしょう?」

「ドラァ!!」

「──ぐぶぅっ! な、なぜ腹を…」

「学のない人を揶揄(からか)うからそうなるんです。趣味が悪いですよ」

「あぁん? 学ぐらいあるに決まってんだろが! コイツの百万倍はあるぜ! ゲハハハ!」

「はいはい」

 

 なんだ? なんで惚気を見せられているんだ僕は。まったく、口から砂糖でも吐き出しそうだぜ。しかし二人が並んでいるのを見ると、ぱっと見は美少女が戯れているようにも見えるな……美少女顔の伊之助ならではのお得感。

 

 少年少女の甘酸っぱい恋を見ている気分にもなれるし、美少女同士の禁断の恋を見ている気分にもなれる。

 

 キャッキャウフフしてる百合に割り込むのっていいよね。百合雑誌で唐突に出てくる空気の読めない陽キャ男子になりきって、僕は伊之助とアオイちゃんの後ろに回り込んだ。そして二人の間に割って入りつつ、両方の肩に手をかける。

 

「へへ、俺も混ぜてよ──げふぅっ!」

「何をなさってるんですか…」

 

 ぐうぅ……今のは僕がアオイちゃんに触れた嫉妬か? 単にうざかっただけか? どっちにしても、そろそろ腹筋の耐久が限界だし揶揄うのはやめておこう。

 

 ──今日は炭治郎くん一家が蝶屋敷に来る日である。定期健診のついでではあるが、炭治郎くんたちが来る時は、この家も賑やかで楽しい日になる。ちなみにアオイちゃんが張り切って料理の腕を振るう日でもある。

 

 …鬼もほぼ全てが根絶され、鬼殺隊も解隊されてしばらく経った。痣者の寿命に関しても解決し──本当に解決したかは僕の誕生日が来るまで不明だが──ひとまず日常を取り戻したと言ってもいいだろう。

 

 隊士たちもそれぞれの道を歩き出している。復讐に染まった人生から放り出され、戸惑う隊士もそれなりにいたが……きっと時間が癒してくれるだろう。ちなみに炭治郎くんと禰豆子ちゃんは生家へと戻り、善逸と伊之助はそれについていった形だ。楽しそうで何よりである。

 

「ん……炭治郎くんたちも来たみたいだね」

「お出迎えはお願いしてもよろしいですか?」

「おいおい、院長たる僕に向かって言うじゃないか。こりゃあ立場ってもんを体にわからせる必要があるなぁ、へへへ…!」

「しのぶ様ー!」

「冗談です。やめて、アオイちゃん。やめて」

 

 なんて恐ろしいことをするんだこの娘は…! ジト目のアオイちゃんから仕方なく退散しつつ、玄関へと炭治郎くんたちを迎えにいく……すると、途中でカナヲちゃんに出くわした。トテトテと足早に玄関へ急ぐ様子は、ようやく待ち人が来たとでも言うような雰囲気だ。

 

『カナヲ、会いたかったよ』

「えっ…!」

『カナヲは今日も可愛いね! 手を繋いでもいい?』

 

 ドキッとした様子で振り返ったカナヲちゃんは、僕の姿を見てちょっと冷たい目になった。うーん、ぬか喜びさせたのはまずかったか。恋する乙女は揶揄うべきではない……馬に蹴られて死んでも文句は言えないものだ。

 

「…炭治郎はそんなこと言いません」

「いやいや、男の子には意外な一面があるもんさ」

「…言いません」

「じゃあ賭けようか? 今日中に炭治郎くんが、カナヲちゃんに可愛いって言うかどうか」

「…賭けの対象はなんですか?」

「前に頼んだナース服の試作品が出来たみたいでさ、カナヲちゃんに試着を頼もうかなって。僕が負けた場合は、そっちで決めていいぜ」

「…! …受けます」

 

 いいね、流石カナヲちゃん。一見すると主義主張の薄い人間に見えるが、実は意外と行動力のある娘なのだ。彼女が鬼殺隊に入った経緯も、しのぶちゃんが知らない内にさらっと試験を受けていたと聞くし。

 

 しかし『そっちで決めていい』と言った瞬間に即決とは、もしや僕の体が目当てなのかもしれないな──という冗談はさておき、そう……ナース服だ。開業医の醍醐味というのもなんだが、やはりこだわりたい部分だろう。

 

 製作にあたっては、鬼殺隊で隊服の縫製係だった『前田まさお』さんに依頼をかけた。前田まさお……またの名を『ゲスメガネ』。その腕もさることながら、女性隊員に破廉恥(はれんち)な隊服を支給することで有名な男である。

 

 蜜璃ちゃんのドスケベ衣装も彼の手作りらしいし、カナヲちゃんのキュロットスカートを短くしたのも彼と聞く。素晴らしい職人であることは間違いないだろう。

 

 ──まあ彼から送られてきたナース服のサンプルは、どこのコスプレ風俗で使うんだという代物だったけど。もちろん使える訳もないので、再度依頼をかけたのだが……しかし、生まれてきた服に罪はない。

 

 服として生まれた以上、誰にも着られずに廃棄なんて可哀想じゃないか。だから一回くらいは使ってあげるのが人情だよね……まあしのぶちゃんに見せたら確実に燃やされるし、アオイちゃんに見せても同様だろうけど。

 

 なほちゃんたちに着せるのは流石に憚られるし、かと言ってカナヲちゃんが素直に着てくれるかと言えば否だ。しかし賭けの結果となれば話は別…! 彼女は約束を守る律儀な娘なのだ。やましい気持ちは一切ないが、一度くらいはあの服にも日の目を見せてあげたいという情動が、僕を突き動かす。やましい気持ちは一切ない。

 

「っ、ぐっ…!」

「あ……だ、大丈夫です、か…?」

 

 さて、という訳でまずは仕込みから始めるとしよう。カナヲちゃんの言う通り、何もない状態で炭治郎くんが『可愛いよカナヲ…』なんて言う筈がない。となれば、『恋愛を発展させるファクター』その一、『焦り』を誘発させてみるのはどうだろうか? 恋愛漫画のお約束と言えば、恋のライバル出現で焦る主人公の図である。

 

 嫉妬という感情が恋愛感情を自覚させ、取られたくないという感情が行動へと変わる。まあ恋愛感情はどちらも自覚しているだろうが、いま一歩踏み出せていないのが二人の現状だ。

 

 だから僕が当て馬になることで炭治郎くんを焦らせるという作戦──そのために今、ちょっとふらつきかけたのだ。肺が傷付いた後遺症もゼロじゃないし、このくらいの演技なら見抜かれることもないだろう。優しいカナヲちゃんなら、当然のように僕の体を支えてくれる。

 

 んー……炭治郎くんたちはもう玄関に入ってきてるな。大正時代ならではの無遠慮である。さてさて、タイミングを見計らって──よし、いまだ!

 

 呼吸を使えずとも、体の扱い方まで衰えた訳じゃない。角度と見え方を考慮してカナヲちゃんへ上手く体重をかけ、見た人によってはちょっと勘違いしそうな体勢を演出する。ああ、なんだか悪役令嬢にでもなった気分だ。さあ、どう出る? 炭治郎くん。

 

「千里さん! 大丈夫ですか!」

 

 キャッ、僕のこと心配してくれてる! …ってなんでやねん。素早くこちらへ駆けつけ、心配そうに僕を支える炭治郎くん……うう、純真な瞳が眩しい。

 

 うーん、彼に妬みや嫉みを期待する方が難しかったか。特に効果はなかったので、ため息をつきながら立ち上がり、もう大丈夫だからと感謝を述べた。

 

 『良かったです』と笑顔を見せる炭治郎くんの後ろを見ると、禰豆子ちゃんと善逸が並んで立っていた。相も変わらずファンキーな金髪で、ちょくちょく会ってはいるのに違和感を覚えてしまう。鬼がいなくなって色んな人と関われるようになったが、それでもやっぱり黒髪一色大正時代。善逸と蜜璃ちゃんは異彩を放ちまくりだ。

 

 …そういやこの二人の関係はどんな感じなのかな? あまり下世話なのもどうかと思い、特に聞いてはいないが──しかし禰豆子ちゃんも相変わらず、僕へ熱い視線を向けてくるもんだぜ。

 

「や、こんにちは禰豆子ちゃん。今日も美人だねぇ」

「あはは、千里さんも美味し──あっ! …こ、こんにちは!」

 

 …ちなみに熱い視線というのは恋愛的なものではなく、美味しそうなものを見る目である。頭の天辺から爪先まで、間違いなく人間へと戻った彼女ではあるが、鬼だった時の記憶もしっかり残っているらしい。しかしその『認識』は鬼だった時の影響がそこそこ出ているのだ。

 

 炭治郎くんの師匠である鱗滝さんの暗示のおかげか、人が食べ物に見えていた認識は残っていないようだが……特上の稀血であった僕のことは、『巨大な金平糖』に見えていた記憶が朧げにあるらしい。ちょっと物申したいところではあるが、たぶん僕の体質のデータ取りに何度も付き合ってもらったせいだろうから、文句は言えない。

 

 …ちなみに善逸のことは『珍妙なタンポポ』に見えていたらしい。こそっと話してくれた、二人だけの秘密である。

 

「タンポポも元気そうで…」

「タンポポ!?」

「せ、千里さん!」

「あ、ごめんごめん。僕と禰豆子ちゃんだけの秘密だったね」

「なに!? なんなの!? 二人だけの秘密ってなんなの禰豆子ちゃあぁぁん!!」

 

 半泣きで禰豆子ちゃんに縋りつく善逸……まるで三行半(みくだりはん)を突き付けられた、うだつの上がらない男である。

 

 …もう戦うことなんてないだろうし、あの凛々しい善逸を見ることは二度とないのだろうか? ちょっと残念。

 

「ま、みんな元気そうで何よりだね……晩御飯は食べてくでしょ? アオイちゃんが朝から張り切ってるぜ」

「いつもありがとうございます。定期健診は今からですか?」

「うん。先に炭治郎くんの方を終わらせちゃおうか」

「…というかさぁ、炭治郎だけでよくない? なんで俺たちまですんの?」

「あのね、善逸。大病ってのは大抵兆候があるし、初期の段階で適切な処置をすれば大事に至らないことが多いの。公的な保険制度が整ってないから、誰でも気軽にって訳にはいかないけど……本音を言えば、数か月に一回くらいは健康診断に来てもらいたいとこだね」

「ふーん…?」

 

 いまいちわかっていない風の善逸。まあこの辺の認識の差は、時代がというより個人差だろうか。しかし定期的な健康診断というのは、意外と重要な問題である。

 

 現代の日本──この時代からは未来だが──では、幼少期から社会に出るまで、そして社会に出てからも頻繁に健康診断を実施しているが、世界的に見ればかなり珍しい部類だ。

 

 しかし日本が長寿大国であるという事実を鑑みれば、それの重要性がわかるだろう。とにかく健康でいたいなら、定期的に人間ドックを受けておくべきというのが医者の意見である。

 

「今ちょっとしのぶちゃん出てるから、禰豆子ちゃんの検診は後で……いや、もう僕が見ちゃおっかな! …ごめん、やっぱ後で」

「情緒不安定か!」

「いやほら、あんまり信用されちゃうと僕の心が苦しくなるから…」

 

 なんだかんだで炭治郎くんや禰豆子ちゃんからの信頼は篤いのだ。『医療行為だから脱いで』と言ったら見せてくれるだろうが、ちょっと罪悪感がね。

 

 元がベテランの医者だってならともかく、僕は臨床経験も浅い若造だ。手術の腕──特に器用さには自信もあるが、若い女性の体を機械的に見る境地には至っていない。

 

 …まあそんな医者の方が少数だし、医者なんだから性欲を消せというのは無茶を通り越して無理な話だが。要はエロい感情を表に出すなという話である。

 

「じゃ、炭治郎くんはこっちにおいで。カナヲちゃんは皆のおもてなしをよろしく」

「…わかりました」

 

 期待と不安が綯い交ぜになった目で、僕と炭治郎くんを見送るカナヲちゃん。僕が何を言うのか不安で、しかし結果的に『可愛い』なんて言われたらどうしよう……って感じだろうか。任せたまえ任せたまえ。既に一つのカップルを成立させた僕の腕に、隙はないとも。

 

 楽しそうに近況を語る炭治郎くんと一緒に、検査室へ向かう……鬼殺の隊士だった頃と比べて、幾分か雰囲気が和らいだように見える。責任と義務を背負い続け、義侠心に突き動かされていた、強く優しい少年……根っこの部分は変わっていないけれど、殺伐とした環境に居続ける必要がなくなって、元あった柔和な部分が強く出てきたのだろう。

 

 そんな彼を見ていると、僕も自然と笑顔がこぼれてしまう。何度も命を救われたからというのもあるが、やはり炭治郎くんの気質や雰囲気そのものが心地良い。

 

 そんなことを思いながら検査を進めていくと、なんだか炭治郎くんがソワソワとし始めた。ソワソワっていうか、もじもじ? ちょっと頬が赤いようにも見える……おっとぉ。

 

 もしかして恋愛相談? こちらから水を向ける必要もなかったようだ。まあ一番身近な大人って言うと僕だろうし……よしよし、何でも聞きたまえ炭治郎くん。

 

「え、ええと……その…」

「みなまで言うな、炭治郎くん。カナヲちゃんのことだろ?」

「…! はっ、はい!」

「あの()はね、しのぶちゃんが妹のように大切にしている娘なんだ。だから僕にとっても大事な妹か……(むすめ)みたいに思ってる」

「千里さんも…」

「──君にお父さんと言われる筋合いはない!」

「言ってませんが!」

「はい。ではまず、カナヲちゃんに相応しい理想の男性とは? …一般的な価値観を語るなら、これは『三高』を基準とするべきだね」

「三高……ですか?」

「そう、三つの『高』……いわゆる『高血糖』『高血圧』『高尿酸値』のことだね」

「千里さん」

「冗談冗談。三つの『高』とは──いわゆる『高身長』『高学歴』『高収入』のことだね」

「えっ…」

 

 僕の言葉に、ガーンとショックを受ける炭治郎くん。バブリーな価値観に打ちのめされているようだ。『高身長』に関しては、まあこの時代だと平均身長がかなり低いから……百六十五センチの彼なら、たぶん平均より数センチは高いだろう。

 

 しかし鬼殺隊においては割と低い方である。なんだかんだで、結局モノを言うのはフィジカルなのだ。体格もない、力もないだとまず試験に通る確率が低い……結果的に鬼殺隊はフィジカルエリートの集団になる訳だ。

 

 『高学歴』に関しては、言うまでもない。そもそも今は義務教育を国が推進している真っ只中……ちょうど過渡期である。炭治郎くんの年齢だと、尋常小学校が無償化を始めた時期と──ギリギリ被るか被らないかくらいだろう。学歴なんてものは無くて当たり前の時代だ。

 

 『高収入』に関しては……どうなんだろ? お金に困っている様子はないが、裕福とまで言えるかは微妙なところである。

 

 隊士の中でも上位クラスの三人がいるのだから、木を伐るのも炭を焼くのもお茶の子さいさいに違いないが……かと言って急に炭の需要が増える訳もなし。少なくとも金持ちとまでは言えない筈だ。

 

「どうなんざます! あーた、うちのカナヲと釣り合う男なんざます? 苦労をかけるのは許さんざんすよ!」

「なぜ急に廓言葉を…!」

 

 ん? 廓言葉? …ああ、ざますの語源はそっち方面だったかな。そう言えば炭治郎くん、遊郭で小間使いとして潜入していたんだっけ。

 

 現代の感覚で言えば、金持ちを鼻にかけた人間をわざとらしく表すような語尾だが──遊女が現役の今はそうでもないらしい。僕としては、おフランス帰りの出っ歯イメージが強いけど。

 

「まあそれは冗談として、カナヲちゃんが好きならズバッと告白すればいいんじゃない? 悪い返事は返ってこないと思うけど」

「そ、そうですか…?」

 

 ううん……一度決めたら突っ走るタイプの少年だと思っていたけど、意外と恋愛に関してはそうでもないようだ。察しの悪い子ではないし、カナヲちゃんの想いに気付いていてもおかしくはないが──まあそれでも躊躇してしまうのが恋というものか。

 

「それに、その……カナヲはここで働き続けたいのかなって…」

「一応、カナヲちゃんも看護婦として働いてもらってるけどねぇ……それにこだわってはないと思うよ。しのぶちゃんと離れるのは嫌だろうけど、別に今生の別れって訳じゃないんだから。今みたいにちょくちょく来れるんなら問題ないさ」

 

 看護婦が職として成立したのは、本当につい最近だが──試験も何もない、本当にお手伝いさんのような立ち位置だ。キチンと専門職として制定されるのは、確か第二次世界大戦以降だったと思う。だから仕事そのものに執着するなんてことはないだろう。

 

「まあでも、結局は自分の経験でしか語れないからねぇ──僕としては、恋愛なんて押してなんぼだと思うけど」

「押す……ですか」

「そう、男の方からグイグイ押してくの。(オス)だけに」

「…」

「…」

「…」

「…ごめん」

「いえ」

 

 ほらほら、そんな微妙な顔しないでさ。とりあえず、僕のやり方を余すことなく伝えようじゃないか。それに僕からしのぶちゃんへのアプローチなんて、蝶屋敷で日常として見てきただろ? あんな感じでいけば問題ないって。

 

 日本人というのは兎角(とかく)『奥ゆかしさ』を尊ぶが、女性という生き物は、自分への好意を露わにしてくれる男性の方が好きだったりするもんだ。

 

「とにかく、僕のやり方を参考にすれば成功は間違いなしさ」

「千里さんのやり方……ですか?」

「そうそう。例えば──ほら、善逸に『モテ』のなんたるかを語った時のこととか覚えてる? あの時、僕はしのぶちゃんになんて言ったっけ」

 

 『えっと…』って感じで、人差し指を顎にあてて思い出そうとしている炭治郎くん。ちょっとあざと可愛い仕草が妙に似合う少年である。

 

 ちなみにしのぶちゃんへ向けた言葉は『ねえしのぶちゃん、僕のこと好き?』である。炭治郎くんもそれを思い出したようで、手をぽんと叩いた。

 

「つまり君が言うべき台詞は──『カナヲ、俺のこと好き?』だね」

「無理です」

「じゃあちょっと捻って……『カナヲ、俺のこと好きだよね?』とか」

「もっと無理です」

「奥手だなぁ……なら『カナヲ、俺のことが好きなのは匂いでわかってんだぜ?』とか」

「真面目にお願いします!」

 

 えぇ…? こんなに真面目にやってるのに。というか実際に僕がやった行動に対して『真面目にやれ』って、それじゃあまるで僕が不真面目みたいじゃないか。

 

 まったく、そんなに無理だ無理だと言うなら……うーん……『月が綺麗ですね』作戦は──ああ、あれは失敗したんだった。他に成功したものと言えば……そういや『しゅきしゅき大作戦』があったな。

 

「じゃあ炭治郎くん、まず手記を書いてみようか」

「手記……ですか?」

「そう。表題は『炭治郎手記』にしてね」

「ええと…?」

「その表題をカナヲちゃんに“ゆっくり”読んでもらえば、『たんじろー、しゅきぃ…』と愛の告白を受けることができるって寸法さ。そこですかさず『俺も!』……これで相思相愛、みんな幸せ大団円!」

「嫌です」

「ああ、『無理です』から『嫌です』に…」

 

 仕方ないなぁ、じゃあもうシンプルに褒め殺し作戦でいいじゃないか。褒められて嫌な気持ちになる女性なんてそうはいない。ましてや、好きな人に褒められれば最高の気分だろう。

 

 『そんな感情を直接口にするのは軽薄だ』という、典型的な日本男児の考えはもう古い。胸に秘めたる思いを感じ取れなんて、相手に求めすぎである。そういうのは長く続いた夫婦に生まれるものであって、最初から望むものではないのだ。高じればストーカーになる類の押し付けがましさだよね。

 

「褒め殺し、ですか…?」

「そうそう。はいじゃあ練習いってみよう! 相手の良いところを先に十個挙げた方が勝ちー!」

「えっ? え…」

「炭治郎くんの良いところはー、優しい、カッコイイ、気遣いができる、芯が通ってる、家族思い、友情に篤い、正義感が強い、真面目、ご飯を炊くのが上手、礼儀正しい!」

 

 つらつらと早口で炭治郎くんの良いところを並べ立てると、彼はあわあわと両手を振って焦り始めた。怪しい自己啓発セミナーでやってそうなやり取りだが、意外と面白いなこれ。

 

 人間、こんな面と向かって褒められることはそうないだろうし、炭治郎くんも顔を赤くしながら照れている。うむ、これは先手必勝が鍵だな……受け手になるとかなり恥ずかしそうだ。

 

「あ、その、ええと…! せ、千里さんの良い──」

「はいダメー。二回つっかえた時点でダメー。悲しいなぁ……炭治郎くんは僕の良いところがすぐに出てこないんだ…」

「えぇっ!? そ、そんなことありません! その……ええと、とにかく千里さんは──俺にとってすごく大切な人ですから!」

「あ、そ……そう? それは嬉しいけど……勘違いされるから、もうちょっと表現を……ん?」

 

 ──カタン、と音がして部屋の扉が静かに開いた。二人してそちらに視線をやると、驚愕を顔に貼り付け両手を口に添えたカナヲちゃんがいた……昔の少女漫画にでも出てきそうなショック顔である。

 

 炭治郎くんが気になりすぎてこちらへ来たのだろうが、あの表情から考えると、まさにジャスト勘違いな感じで炭治郎くんのセリフを聞いたに違いない……タイミング良すぎで草生える。これは乗ってやらねば無作法というもの…

 

「炭治郎くん、僕も同じ想いさ。嬉しいよ」

「あっ、あ……ううぅぅ!!」

「えっ? あ、待ってカナ──」

 

 瞳をグルグルさせて、脱兎のごとく駆け出したカナヲちゃん。炭治郎くんはそんな彼女の後ろ姿と、僕の顔を何度か見返しながら、あわあわと焦っている。BL的な意味なんてまったく含んでいなかったからこそ、炭治郎くんは彼女が逃げ出した意味を理解できなかったのだろう。

 

「炭治郎くん!」

「は、はい! あの、なんでカナヲは…」

「今すぐ追いかけて抱きしめてカナヲちゃんの良いところを十個言えば絶対に上手くいくよ」

「え、え…?」

「むしろそうしないと、下手すりゃこのまま帰ってこないかもだぜ。気付いてないなら言っておくけど──いま! 恋の成就がかかってる!」

「──っ! い、行ってきます!」

 

 おっ、迷いのない表情……これは上手くいきますね間違いない。追いかけて野次馬したいところだが、残念ながら今の僕ではあの二人に追いつくことはできない。まあでも、カナヲちゃんの良いところ十個に『可愛い』が入らない筈ないし……もはやナース服の権利は頂いたも同然だろう。

 

 備品入れからナース服のサンプルを引っ張り出し、再確認をする。いやぁ……エチエチにも程があるぜ。スカートとかなにこれ、ワカメちゃん? 胸元はもちろん恋柱リスペクト。

 

 これを着たカナヲちゃんが患者の血圧を測ったら、全員高血圧待ったなしである。これはもう……流石に炭治郎くんに悪いかなぁ。いやしかし約束は約束だし……そうだ、むしろ二人にプレゼントして──ん? 後ろから恐ろしい気配が……あっ…

 

「…やあ、お帰りしのぶちゃん」

「ただいま帰りました、千里。ところでその手に持っている不埒な衣装はなんですか?」

「えーと……看護婦用の制服のサンプルなんだけどね。こんなの使えるかって、苦情の手紙をね、うん。書いてたところなんだ、そう。まったく、何を考えてるんだか…」

「そうですか。では焼却処分しますから、預かりますね」

「そんな雑用、しのぶちゃんがやることないさ」

「なら私の目の前で燃やしてください」

「あのね、しのぶちゃん。今の時代だとまだ問題になってないけど、なんでもかんでも燃やすのは環境に良くないんだよ。ダイオキシン類に代表される難分解性物質が大気中に…」

「千里」

「すいません」

 

 さよならナース服……迂闊に晒した僕を恨んでくれ。ジト目で睨んでくるしのぶちゃんをなんとか宥めすかし、服を燃やすために外へ出る。縁側の方へ回ると、炭治郎くんとカナヲちゃんが両手を握りあい──真っ赤な顔で見つめあっていた。初々しい様子がどうも心をくすぐってくるぜ。

 

 どう転んでも二人は一緒になるだろうと、そう考えていたからちょっと揶揄ってみたが……まあ予想通りだ。僕もしのぶちゃんも純情とは程遠いので、あんな甘酸っぱい感じはちょっと憧れる。チラッと彼女の顔に視線を向けると、こてんと首を傾げられた。

 

「…なんですか? 人の顔をまじまじと眺めて」

「──相手の良いところを、先に十個挙げた方が勝ちね。はい、よーいスター…」

 

 炭治郎くんと同じように照れさせてやろうと、いきなり勝負を持ちかける。急にそんなことを言われて反応できる人間など、そうはいないだろう──つまり僕の勝利は確定的に明らかである。

 

 …しかし、しのぶちゃんは即座に人差し指を僕の口に当て、くすりと微笑んだ。そして僕の耳元へ口を寄せ、甘いひそひそ声で睦言(むつごと)チックな言葉を囁き始めた。

 

 ──うん、これ……めっちゃ恥ずかしいな。 ごめんよ炭治郎くん、僕が悪かった。




コロナってハゲる後遺症があるらしいですね。ハゲへの風当たりが強まりそうでかなし
ハゲへの風当たりが強まりそうで、ハゲの人が不憫ですね本当に。
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