さてさて、戦いに際して乗客も怪我人だらけではあったのだが──鬼殺の少年たちの方も、これまた満身創痍であった。しかし杏寿郎はというと、あれだけ激しい戦いだったというのに大した支障はないらしい。『上弦の鬼』の情報共有ということで、柱合会議とやらの召集をかけていた。『よもやこの短期間で』などと呟いていたが、いまいち意味はよくわからない。
しかし『上弦の鬼』か……なにやら日本には超強い鬼が十二体もいるらしく、“十二鬼月”などと呼称されているとのことだ。猗窩座さんは上から数えて三番目らしいが、あれで三番手とは戦々恐々である。彼との鬼ごっこはギリギリ僕の勝ちだったが、あれより速い鬼がいるとか不安しかないんですけど。
いやまあ、それはともかく──聞いてくれ、実はかくも素晴らしき朗報があるんだよ。僕の体質についてなんだが、彼ら『鬼殺隊』にとってはなんと既知のものであったのだ。『稀血』などと呼ばれているらしいが、要は鬼にとって非常に美味そうに見える人間であり、なおかつ食えばパワーアップも見込めるレアモノなのだ。
自分がメタルスライム扱いされるとは思ってもみなかったが、しかしなんと、なんとなんと、それを中和するアイテム……鬼を寄せ付けないアイテムが存在するらしいのだ。
ただ一つ問題があって、彼ら曰く、僕ほどの頻度で鬼に襲われる例は早々ないらしい。それが意味するところは、『稀血』としての純度の高さだ。『純度の高い稀血』──めっちゃカッコいい響きだというのに、特殊なスキルは皆無である。餌としての価値が高まるだけとか、なんて酷い転生なんだ。
鬼避けのアイテムは、基本的に隊員付きの『烏』が常備しているらしいが──僕には効果が薄いかもしれないそうなので、毒や薬の専門家である『胡蝶しのぶ』さんの屋敷へと向かっているところだ。
『蝶屋敷』と呼ばれているそこは、怪我人の治療などもしているらしく、炭治郎少年たちも一緒に向かっている。
背中に『隠』と書かれている、ぜんぜん隠れていない人たちに案内されてそこへ向かっているのだが……めっちゃ目立って仕方ない。忍ばない忍者なみに、隠れていない『隠』である。
「ひゅー! これで原始的な生活ともオサラバだぜー。人生バラ色どどめ色! ありがとう鬼殺隊!」
「どどめ色ってどんな色なんですか?」
「『定義のない色』さ。“自分の色は自分で決める”……カッコよくない?」
「はい! すごく良いと思います」
うーん……これほど裏表がなく素直で優しい少年も珍しい。ショタ趣味もホモ趣味も一切ないが、何かに目覚めそうな気分である。額の痣が気にならないほど、見ていて気持ちのいい少年だ。あと猪の少年は、被り物を脱いだら美少女顔だった。何かに目覚めそうな気分である。
「あ、そういえば
「なんだい? 今なら安くしとくぜ」
「はい、えっと……えぇっ!? い、今いくら持ってたっけ…」
「冗談だよ。それで、なんだい?」
「あ、あはは……ええと──そうだ、千里さんの人間離れした速度の秘訣というか、どういう理屈なのかと…」
「ああ、それは……んー……『特殊相対性理論』ってわかる? 八年前に『アルベルト・アインシュタイン』が提唱した、等速運動とか慣性系の原理から導き出された理論なんだけど…」
「へ? えっ、ぇ…」
「いわゆる『ニュートン時空』的に信じられていた天体はね、ガリレイ変換を考慮した一部の場合においてローレンツ変換が正しいことを示したんだけど……つまり時間と空間に関する相互間の変換は…」
「あ、あぅ…」
「まあそれはぜんぜん関係ないから置いといて、足の速さの秘訣は普段の走り込みさ」
「関係ないんですか!?」
ショックを受けたように目を見開く炭治郎少年。伊之助少年と善逸少年も、思わずといった風に突っ込みの声を上げている。というか『隠』の人も突っ込んできた。そのせいでおぶさっていた炭治郎少年が放り出され、コミカルな悲鳴を上げながらのたうち回っている。
「スポーツ、格闘技、剣術……なんであれ、鍛えるためには走り込みさ。目的のためだけに特化させた筋肉ってのは、長時間の動きに対して脆い部分があるわけ。『動作』ってのはどうしたって全身運動になる……満遍なく鍛えたほうが良い結果が出やすい──特に走り込みによる下半身全体の強化は有用だろうし。君ら鬼殺の剣士なんかだと、敵が無限の体力持ってるようなもんだろ? 継戦能力を鍛えるに越したことはないんじゃないかな……まあ素人がどうこう言うのもアレだけど」
「なるほど…」
うんうんと頷く炭治郎くんを見ていると、真面目な部分に感心する反面──こんな子供が鬼を殺すため、真剣に考えている事実が物悲しくなってくる。『隠』のマークの方々も、顔は見えないが明らかに若そうだ。若い身空で、なぜこんな危険な職業に就いているのやら。
「炭治郎くんはなんで鬼殺隊に入ったの?」
「あ、ええと…」
ふむふむ、家族が皆殺しにされて……唯一残った妹も鬼になって……ほうほう……禰豆子ちゃんを人間に戻す方法を探しつつ、鬼の被害にさらされた人たちを助けて……ははぁ……鬼の大元『鬼舞辻無惨』を倒すために奮闘しているとな。
…あれ、僕の不幸とかぜんぜん不幸じゃなくない? なんで笑っていられるんだこの子は。メンタルやべぇ。なにかしてあげたくなる人間ってのは、こういう子のことを言うんだろう。とりあえず、懐に忍ばしておいたべっこう飴をあげた。
「あー……うん、頑張ってね。僕にも手伝えることがあったら、遠慮なく言っておいで」
「ありがとうございます!」
「…善逸少年も、そんな感じ?」
「え、いや俺は…」
ふむふむ、悪い女に騙されて……唯一残ったのは借金のみで……ほうほう……借金を肩代わりしてくれた師匠に無理やり送り出されて、いつ死ぬかビクビクしつつ任務を……ははぁ……禰豆子ちゃんが人間に戻ったら、毎日一緒にうなぎを食べてキャッキャウフフと過ごしたい?
…あれ、彼の不幸って割と自業自得じゃない? なんで笑っていられるんだこの子は。あとメンタル弱え。無理やりなにかやらせたくなる人間ってのは、こういう子のことを言うんだろう。とりあえず、懐に忍ばせておいたべっこう飴をあげた。
「ふむふむ、合計七人の女に騙されたと……あのさ、頭の中身までまっきんきんなの?」
「そこまで言う!?」
「まったく、親の顔が見てみたいぜ」
「──捨て子だよちくしょう! 名付けられた覚えもねえよ!」
「へぇ……まあそんな感じの顔してるよね」
「うおぉぉ! 侮辱にしてもひどすぎる! ──そういうアンタはどうなんだよ!」
「僕? 僕もまあ捨て子だけど」
「ぷぷっ、そんな感じの顔してるもんな」
「──喧嘩売ってんのかテメェ…!」
「自分が言ったこと覚えてる!?」
ギャーギャーと情けなく喚いている善逸少年だが、しかし列車での大活躍を僕はしっかり見ている。斬り込む時の速度だけなら、杏寿郎に勝るとも劣らない速さだった。何もできない何も成せないと嘆いているが、少なくとも何十人かの命を救ったのは彼だ。それを指摘すると、なぜか不思議そうな顔をしていたけど。
そんな風にお喋りに興じつつ歩くこと数時間……炭治郎少年の顔色がいよいよ悪くなってきたところで、目的地が見えてきた。善逸少年曰く、可愛い女の子たちと過ごせる夢の館──『蝶屋敷』だ。
■
──屋敷の主『胡蝶しのぶ』さんは柱合会議へ向かっているとのことで、僕の体質に合わせた薬香の作製は、少しばかり待たなければいけないようだ。しかし毒と薬と医術に精通し、剣においても組織の最上位とはなんたる才女であろうか。それでいて見た目も美しいと善逸少年が太鼓判を押していたので、もはや神の寵愛を受けているとしか思えないぜ。
…と言いたいところだが、鬼殺隊に所属している人間は大抵の場合『被害者』らしい。鬼によって大切なものを殺された、奪われた、あるいは人生を捻じ曲げられた……そんな人間が多数を占める。それ以外にしても、食い扶持のためや、みなし児故に行き場なくしてと、基本的に幸薄い人間が多い。胡蝶しのぶさんの経歴に関しても、炭治郎少年が言葉を濁していたのでなんとなく察することができた。
鬼殺隊の人に対しては、不用意に過去を聞くような真似は慎んだ方がよさそうだ。しかし『鬼舞辻無惨』……あまりに非道だ。彼が仕出かした行為の、ほんの一部分でさえ聞くに堪えない凄惨さである。もし僕の目の前に現れたならば、あらん限りの罵声を浴びせつつ全力で逃走してやろう。
…しかしさっきから騒がしいな。一番傷が深かった炭治郎少年の処置も終わり、にわかにあった慌ただしさも鳴りを潜めていたんだけど。
「ダメですー!」
「ダメー!」
「治ったわけじゃないんです! 動くと傷が開きますよ!」
「…」
縁側でお茶をすすっていたんだけど、外から回り込んで声の方へ向かうと──ハーレムを形成している炭治郎少年の姿が見えた。幼女が三人、少女が二人。
進もうとする炭治郎少年を掴んで引き留めようとしている。ストップ高だった炭治郎くんへの好感度が、ここへきて遂に下降に転じた。マックスを百として、今九十三くらいである。モテる男へのやっかみは、男の本能なので仕方ない。
「騒がしいけど、どうしたの?」
「っ、千里さん…」
「煽りちゃんも言ってたけど、動くと傷に障るぜ」
「アオリじゃなくてアオイです!」
「だけど……一刻も早く煉獄さんの家へ行きたいんです!」
「杏寿郎の家に?」
「はい、きょう……って、えぇっ!?」
え? いつの間に下の名前で呼ぶ仲になったんだって? 僕って割とコミュ力高い方だからさ。ついでに言うと彼は二十歳で、僕が二十三歳だからだ。
君にとってはお偉いさん的な存在かもしれないけど──鬼殺隊の人間じゃない僕からしたら、対等に接して何か問題がある訳でもない。あんだけ熱い握手を交わしたら、そりゃ友達にもなるってもんさ。
「──あ、勘違いしなくても大丈夫だぜ。君から杏寿郎を奪うような真似はしないさ……そういえばどっちが受けなの?」
「言っている意味が一ミリも理解できないんですが!」
「恋人なんだろ?」
「ぶふぅぅっ!!」
「…っ!?」
「えっ…」
ん? …ほほう、少女二人の動揺から淡い恋心が垣間見える。逆に三人娘の方はというと、ボーイズなラブにキャイキャイ黄色い声を上げている。どれだけ時代が変わろうと、やはりそこには一定の需要があるらしい。
──ちなみに自分で言うのもなんだが、僕は人の心の機微に
つまり炭治郎くんと杏寿郎がそのような関係でないことは当然把握しているが、しかし女性まみれになっているうらやまけしからん少年には丁度いい燃料投下だろう。
「まあそれは置いといて、傷が開くといけないから病室に戻ろうね」
「わわっ、っと……じゃなくて! 置いとかないでほしいんですが! そんな関係じゃないですから!」
少女たちをペッペッと剥がし、炭治郎くんを担ぐ。一昼夜逃げ続けられる体力を持った僕の体は、それ相応に体格にも恵まれている。お腹には当たらないよう持ち上げて、そのままベッドへと担ぎ込んだ。
「なんだってまた杏寿郎の家に?」
「…歴代炎柱の手記がそこに遺されていると──夢を見た時にそれを思い出したと、煉獄さんが言っていたんです。もしかしたら、そこにヒノカミ神楽の秘密が記されているかもしれない…! 『いつでも訪ねるといい』と言ってくれたので! 居ても立っても居られなあ゛あ゛ぁぁ!」
「落ち着け少年」
「お、おちっ、おぐぅ…!」
やべっ、少し強く押しすぎたか。締められた鶏のような声が、炭治郎くんの喉から絞り出された。しかし愚直と言うかなんというか……もし杏寿郎が死んででもいたら、たとえ這ってでも家に向かっていたんじゃなかろうか。
「いつでも来ていいって、傷を押してでもってことじゃないと思うけど。半死半生の人間に来られたら、あっちも困るでしょ」
「はうっ…!」
「傷が治るまで待てないんなら、僕が行って貸してくれるように頼むからさ。しばらくは安静にしときなよ」
「それは、でも……千里さんに申し訳ないです」
「遠慮しないでいいって。
「絶妙に高い!」
「『世界最速の飛脚』を謳ってる、千里便で御座います。あ、銀貨なら半額でいいけど」
しょぼくれた顔の炭治郎くんに『冗談冗談』と笑いかけながら、頭を撫でる。まあ飛脚をやってるのは冗談じゃないけどね。とはいえ、流れの飛脚など信用もクソもあったものではない。足元見られまくるし、そもそも頼まれる機会もほとんどない。それでも、人里へ長居したくない僕にとっては都合の良い職業なのである。最低限度の小遣いさえ稼げれば、あとは自給自足だ。
──さて、それはともかく……日の出てる内に動くとするか。どのみち胡蝶さんは日を跨ぐ可能性の方が高いらしいし、全力で走れば、彼女が帰還するまでに僕も帰ってこれるだろう。
■
ふー、到着っと。住所は教えてもらっていたが、現代のように詳細な地図やら親切な案内板はない。近くまできたら聞き込みと勘を頼りにするのが、この時代の常識である。まあ人と人との距離が近いので、未来に比べればずいぶん親切に教えてくれる人が多いけどね。
立派な門構えのお屋敷──その真ん前でお掃除をしている、ミニ杏寿郎。ショタ寿郎とでも名付ければいいのだろうか? 限りなく百パーセントに近い確率で、杏寿郎の弟だろう。兄よりは覇気が薄いものの、そのぶん穏やかな雰囲気を纏っている。そんな彼をじっと見ていると、はてな顔で声をかけられた。
「…? あの、家に御用ですか?」
「いえ、特には」
「そ、そうですか……えっと……じゃあなぜ立ち止まってらっしゃるんですか?」
「ええ、少しこの家に用があって」
「どっちですか!?」
うーん、性格は意外と似ていないようだ。杏寿郎なら『そうか! 歓迎しよう!』くらいは言いそうなものだけど。とりあえずショタ寿郎こと千寿郎くんに事の経緯を伝え、歴代炎柱の手記を持ち出させてくれないかとお願いする。
鬼殺隊の技術やらなんやらは別段隠すようなものではないらしいし、快く貸してもらえると思っていたが──少し感触が悪い。大事なものだから、持ち出しは厳禁なのかな? それなら内容だけでも確認して、炭治郎くんに伝える形でもいいのだが……そう言おうとしたところで、屋敷の中から誰か出てきた。
酒が入っているっぽい瓢箪を片手に、不機嫌な表情でこちらを睨みつけてくるオジ杏寿郎。パパ寿郎とでも名付ければいいのだろうか? 限りなく百パーセントに近い確率で、杏寿郎のお父さんだろう。どうなってんだ煉獄家の遺伝子は。
「誰だお前は、さっきから騒々しい…!」
「お初にお目にかかります……
「誰がパパ寿郎だ! ──だいたい、炎柱の手記だと? あんなものになんの用がある!」
「私も詳しくは。ですが『ヒノカミ神楽』という舞が、鬼に有効な手立てとなる可能性があり──炎柱の手記に、それにまつわる何かが書かれているかもしれない……とのことです」
「…バカバカしい。そもそも炎の呼吸如きに──いいや、それどころか水も岩も…! 風も雷も! そんなまがい物の呼吸なんぞに答えを求めること自体、愚かの極みだ!」
「まあそれは置いといて、貸してもらえますか?」
「置くな! お前、話を聞いていたのか!?」
「いや、私に言われても困るので。それにまがい物と仰いましたが、杏寿郎の力は本物でしたよ。上弦の鬼相手に一歩も退かず、全てを守り通しました」
「上弦の鬼と戦った──それがなんだ! 百年以上倒すことが叶わなかった上弦の鬼……ん? 上弦の鬼と、上弦の鬼が、上弦の杏寿郎と戦っただと…!?」
「あの、酔ってます?」
次第に呂律が回らなくなっていくパパ寿郎さん。杏寿郎の父親とは思えないほど、情けなさが滲みでている。そしてそのまま床に突っ伏して寝てしまった。千寿郎くんが申し訳なさそうに彼を運び、そのまま居間へと案内してくれた。なにやら『炎柱の手記』に心当たりがあるらしく、持ってきてくれるとのことだ。
…しかしながら、一冊の本を待って戻ってきた彼の表情は芳しくない。その疑問は、開かれた本の中身を見て氷解した。ガッツリ破れまくりで、とてもじゃないが読めたものではなかったのだ。
「父がすみません…」
「ううん、今日は日が悪かっただけさ。もしかしたら生理だったのかもしれないし」
「父上は男ですが」
「一応、生物学的には男だって生理はあるよ」
「えっ…! ほ、本当ですか!?」
「ううん、冗談」
「えぇ…」
「じゃあまた日を改めて来ます……パパ寿郎さんにもよろしくね」
「ちょっ、え、えぇー…?」
あまり長居すると日が落ちるかもしれないし、今日のところは諦めるとしよう。それに中身を破ったのがパパ寿郎さんだとしたら、内容を知っているのは彼自身に他ならない。酔いが醒めるまで中身を知る方法はないだろうし、そもそも今のままじゃ教えてくれなさそうだ。
炭治郎少年の怪我も一日二日で治るようなものじゃないし、しばらくは夜討ち朝駆けで訪ねるとしよう……いや、夜はダメだな夜は。朝駆けしまくろう。
十二鬼月という超強い鬼(十二体いるとは言ってない)