逃げるは恥だが鬼は死ぬ《完結》   作:ラゼ

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非常に多くの感想、ありがとうございます。感謝を申し上げると共に、一つご忠告をさせて頂きます。感想において、御自分の薄毛を否定される方が多数見受けられました。

しかしながら、頭髪を気にしていない方はそもそも否定などしないということを、ご理解された方がよろしいかと存じます。『私はハゲじゃない』と言葉にした時点で、自ら正体を晒しあげていることを自覚されるべきでしょう。

ちなみにいくつかの感想で、私をハゲなどと揶揄する声が御座いました。私はハゲじゃないです。


4話

 しのぶちゃんが、炭治郎くんの体を隅々まで探っていく──蠱惑的な美女が純真なショタと絡んでいると考えれば、中々に尊いシチュエーションである。しかしまあ、数日前に腹部を刺されたというのに、もう治りかけている回復力には脱帽だ。『呼吸』が関係しているとのことだが、人の体って凄いな。

 

 ベッドで上体だけ起こしている炭治郎くんと、その横に椅子を置いて診察しているしのぶちゃん。ちなみに僕はというと、ベッドの端に腰を下ろして、パパ寿郎さんとのアレコレを報告していた。

 

「…って感じで、多少はお喋りしてくれるようになってね。炭治郎くんが気にしてた『炎の呼吸を火の呼吸と呼んではならない』ってのは、『日の呼吸』と間違えないようにってことらしいよ」

「日の呼吸…」

「もしかしたら、ヒノカミ神楽ってやつと関係してるのかもね。ただ……愼寿郎さん、その言葉に聞き覚えなさそうだったから手記には載ってないと思う」

「そう、ですか」

()の呼吸とか()の呼吸なら、僕も教えてあげられるんだけど…」

「いえ、お気持ちだけで」

「あっはい」

 

 なんだか心ここにあらずといった風だ。あれだけの怪我でも行こうとしてたんだから、かなり期待してたのかもしれない。とはいえ、別に力の素性がどうあれ、有効なら使えばいいだけの話ではないのだろうか。励ますように肩をポンポンと叩きつつ、そのあたりの事情を聞いてみる。

 

「…父は一晩中ヒノカミ神楽を舞い続けることができました。『どれだけ動いても疲れない呼吸の仕方』があると……正しい呼吸ができればずっと舞えると、そう言っていたんです。だけど俺は、ヒノカミ神楽を使うとすぐに動けなくなってしまう…!」

「そうなんだ……あ、舞といえばオタ芸なら僕にも教えられるぜ。ほら、猗窩座に使ってたやつ」

「いえ、お気持ちだけで」

「あっはい」

「炭治郎君は真剣に悩んでいますから、茶々を入れるのはやめてくださいね」

「いや、僕も真剣に相談に乗ってるんだけど」

「避の呼吸とやらの、どこが真剣なんですか?」

「うん。血中の酸素濃度を意図的に上げて、運動能力と体力、それと水分の保持能力を大幅に上げてるのさ。普通、人間は水分を摂りすぎると低ナトリウム血症に陥るわけだけど──この特殊な呼吸術によって、その許容が文字通り水増しされるんだ。『ラクダ』って動物は知ってる? 一回の水分補給で百リットル以上摂取できて、数週間水なしで生きられる神秘の体質を持ってるんだけど、あれを参考にして…」

「え、あ……そ、そうなんですか……失礼しました…」

 

 まあそのせいで、走ってない時はトイレが近いんだけど。列車で放尿した一件は、けして出発前に行き忘れたわけじゃないのだ。なんでそんな呼吸法知ってるんだって? ほら、ダイバーとか海女さんがやってる血中ガスの意図的な操作法──を試行錯誤して真似てたら、いつの間にか昇華されてたというか。年がら年中走り続けてただけで列車より速くなる体だし、そりゃ色々試すよ。

 

「──伊之助君や千里さんのように、特殊な環境が独自の『呼吸』を作り上げることは稀にあります。もしかするとヒノカミ神楽も、それに類する呼吸なのかもしれませんね」

「環境かぁ……炭治郎くんのお父さんは何やってる人だったの?」

「父は……というより、家は代々炭焼き職人です」

 

 ふむふむ、炭焼き職人という環境が生み出した呼吸か……うーん……炭……コキュー……あ、バーベキューとか? …口に出したらまたヘッドロックくらいそうだし、内心に留めておこう。そもそもこの時代に通じる用語かわからないけど。というか、卑の呼吸の方には触れてくれないんだ。その気持ちわかる。

 

「まあ急がば回れって言うしね。逸る気持ちはわかるけど……そればっかり気にして、他がおろそかになっちゃ本末転倒だぜ。ほらほら、少し肩の力抜いてさ」

「あ……はい、えっと──……あっ!」

「ん?」

「こんなに尽力してもらってるのに、さっきから自分のことばっかりで! …ほんっとに! ありがとうございます!」

 

 ベッドに顔を埋めるレベルで、深々と頭を下げてきた炭治郎くん。思わず女になって嫁ぎたくなってしまった。いや、女の子になって嫁いできてほしいレベルだ。これだけ感謝してもらえると、財布が軽くなった事実以上に、心が軽くなるってもんだ。

 

「そういえば千里さんは……その、ええと…」

「うん?」

「…戦ったりは、しないんですか?」

「んー……剣を振るとか槍を握るとかって意味でなら、しない。人には向き不向きってのがあるからね。僕は誰かを守るのは苦手だけど、そのかわり誰にも守られなくて済むように逃げ足を鍛えてるのさ。それを笑いたい奴は勝手に笑えばいい。これが僕のやり方だし、守ってくれなんて誰にも頼まない」

「笑ったりなんかしません! …でも、もし千里さんが逃げられなくなったら──」

「…?」

「俺の後ろに隠れてください! 絶対に守りますから!」

 

 やだ、カッコいい。やめてほんとそっちの気ないから僕、ほんとやめて。しのぶちゃんも、スゴイほっこりしてるのが伝わってくる。いったいどう育ったら、こんな綺麗な心の持ち主になるんだ。なんだかむず痒くなってきたので、話題を変えるとしよう。

 

「そういえば、しのぶちゃんってどんな呼吸使うの?」

「私は……基本の型から少し外れた呼吸──『蟲の呼吸』を使います」

「虫の息ってこと? そりゃまたすぐ死んじゃいそうないだだだだっ! み、耳って、すぐ千切れちゃうんだよしのぶちゃん!」

「あなたという人は……ほんっとうに…!」

「あ、あはは…」

 

 そんな怒ることないじゃんかね。まあこれが彼女の素というなら、仮面を被っていないという意味においては、良い傾向なんだろう。

 

 昨晩鬼を退治した後、二人で帰る道中──それなりに心の(うち)を話してくれたように思う。姉君が亡くなる前のしのぶちゃんは、どうやらアオイちゃんのような性格をしていたらしいのだ。しかし姉君の遺志を自らが体現しようと、らしからぬスタンスを取り続けているそうだ。

 

 鬼殺隊士でもない人間に零す愚痴でもないな──と、寂しそうに自嘲していた。姉の理想を託せる人物が現れたせいで、口が緩んでしまったのかもしれない、とも。それが誰なのか、あえて聞かなかったけど……まあ聞くまでもないか。

 

「鬼を(はや)し立てることの有用性は、昨日の一件で理解しましたが……人を相手にそれをするのは、どういう料簡(りょうけん)なんですか」

「趣味」

「しゅみっ!?」

「──もう少し言うなら、精神を乱した人の心は読みとりやすいから。まあでも、人を不快にさせないラインは心得てるさ」

「…私はいま非常に不愉快ですが」

「またまたー。ちょっと楽しいとも思ってるだろ? 僕そういうのわかるから」

「…」

「人は『落差』に弱いのさ。上げてから落とすと余計にイラッとくるだろ? 逆もまた然り……さっきしのぶちゃんを貶めたのは、最高に喜ばせるための布石みたいなもんだよ」

「それを聞かされて、まだ喜べる人間がいるとは思えませんが」

「ネタばらしはハードルを上げる行為だと思うじゃん? 僕にとってはそうでもないのさ」

「…大した自信ですね。そこまで言うなら、ぜひとも喜ばせてもらいましょう──できるものなら、ですけど」

「もし喜んじゃったら?」

「どんな申し出でも受けて差し上げます。ただし達成できなかった場合……私からも一つ頼み事があるのですが、それを聞き入れていただくという形でどうでしょう」

「オーケー、受けて立とう」

 

 ん? いまなんでもするって……まあ僕なら変なことはしないと踏んでいるんだろう。なにせあまりに嫌われるようなことをすると、薬香袋を作ってくれなくなるだろうし。くっ……なんて卑怯なやり方なんだ。それさえなければ色々したかったものを。いや、まず喜ばせなければ話にもならないけど。

 

 絶対笑ってやんないもん! って感じで真顔を維持するしのぶちゃん。ハラドキしながらそれを見守っている炭治郎くんだが、彼だってしのぶちゃんが本気で怒ってる『匂い』は感じていないだろう……そういえばあれだけ鼻がいいと、女性の周期もすぐわかっちゃうんだろうな。いったいどんな気持ちなんだろうか。

 

 ──なんて下品なことを考えていると、病室の扉が勢いよく開いた。そこから姿を現したのはプンプン顔のアオイちゃんと、無表情のカナヲちゃんだ。後者からはなんとなく心配の色が窺える。炭治郎くんの容態に関してかな?

 

「またあなたですか! 病室で騒ぐなんていい加減になさってください!」

「…なんで僕? まあ日頃の態度ってもんがあるからさ、疑われるのは解るよ。だけど見てもいないのに決めつけるのはどうなんだい? ──僕だって怒ることはあるぜ」

「えっ……あ、う……ごめんなさい。でも、じゃあ誰が騒いで…」

「そりゃあ僕だけど、問題はそこじゃないぎぎぎっ!? つ、抓るにしても加減ってもんあぎゃっ──」

 

 太ももの外側を、しのぶちゃんに思い切り抓られた。非力って言ってたのに、肉が千切られそうで思わず涙が出かける。そんな僕を見たアオイちゃんは、呆れて物が言えないとため息を一つ吐いた。古き良きツンデレの、見本のような少女である。まあデレ要素皆無だけど。

 

「しのぶ様、大丈夫ですか? この男になにかされていませんか?」

「ええ。むしろこれから私を喜ばせてくれるそうで……丁度よかった、みんなで見物することにしましょう」

「えぇ…」

 

 更にハードルを上げてくるしのぶちゃん。流石である。しかしどうしたものか……大言壮語を吐いたはいいものの、実は何も考えていない。というか今すぐ喜ばせるって難易度高くない? ちらっと考えていたことと言えば、お菓子かなんか買ってくるくらいなんだけど。饅頭に歌舞伎揚にアンパンに……この館は美味しいお茶請けが多い。きっと当主である彼女も、スイーツは嫌いじゃない筈だ。

 

 …じっと僕に視線が集まる。うーん……喜び……幸せ……うむむ……よし、ここはあの有名なフレーズに頼ろう。この時代ならきっと斬新に感じてくれるに違いない。

 

「じゃあしのぶちゃん、少しお手を拝借(はいしゃく)

「…?」

 

 差し出してきた小さい手を掴む。そして自分の手のひらと手のひらが向き合うように角度を調整してもらい、そのまま合わせてもらった。いわゆる合掌のポーズである。とはいっても『祈って幸せになろう!』などと言うつもりはない。手が合わさったことに意味があるのだ。

 

「お手々のシワと──」

「──シワを合わせて、幸せ(シワあわせ)……なんて言うつもりはありませんよね? むしろ指の(ふし)が合わさって、不幸(フシあわ)せですが」

「…」

「…」

「…まさか、そんなつまらないこと言う訳ないだろ? これは僕がしのぶちゃんの手を握りたかっただけさ」

「そうですか。では、どうぞ続けてください」

「…」

(物凄く悩んでる匂いがする…!)

 

 なんて頭の回転の速い女性だ。落語でも世界を取れるに違いない。しかし今はそれどころではない……暴力が関わらない戦いで負けを認めるのは、僕としても悔しいところである。

 

 なんとしてもしのぶちゃんを笑わせたいが、笑うもんかと構えている人間にそれをさせるのは、至難の業だ。うーん……しかし柔らかいお手々である。むしろ僕が幸せだなこれは……おっ! よし、考えついた。これでいこう。

 

「しのぶちゃん、君はとても優しい女性だ。人の悲しみに共感し、人の喜びを自分の喜びにできる。だから──」

「いえいえ、私はとても厭味(いやみ)ったらしい女ですから。たとえあなたが幸せでも、別に喜んだりしませんよ」

「…」

「…」

 

 くっ、根に持ってやがる。ことごとくを防ぎ、僕の選択肢を削いでくる。いったいどうすればいいんだ……ん? 待てよ、そういえばここは医療施設だ。ずっと昔から現代まで使用され続けている『アレ』がある筈。僕は周囲を見渡して、それを探し始めた。

 

「ちょっとだけ待ってねー」

「…そこは薬品棚です。あまり不用意に触らないでください」

「ちょっとだけちょっとだけ……んー……お、あったあった。モルヒネ! ちょっとチクッとするかもだけど、しのぶちゃん腕出して──ぐふぅっ!」

「それが必要になるまで痛めつけてあげましょうか?」

「ぐうぅ……いや、待つんだしのぶちゃん。僕も多少は医療の心得あるからさ、多幸感で満たされるギリギリの量を見極めて投与するし──ええと、君の体重は……五十ちょいってとこか。適正量は…」

「私は三十七キロです」

「…ええと、じゃあ三十七キロと仮定して──」

「三十七キロ、実測値です」

「え、でも…」

「なにか?」

「なんでもないです──あがががっ! なんでもないって言ってるじゃないか!」

「目は口ほどにものを言うってご存知ですか?」

 

 『嘘だ、木の下で受け止めた時はもう少しあった筈』……という考えが顔に出てしまっていたのか、今度は頬を抓られてしまった。目の端に涙を滲ませながら、炭治郎くんに助けを求める。あわあわと口を開き、あたふたと腕を泳がせる様子は、なんとかしたいけど何もできないという困りっぷりを表していた。アオイちゃんは絶対助けてくれないだろうから、カナヲちゃんの方へ振り向くと──

 

「ぶふっ…!」

 

 ──両手で顔を覆って、小刻みに震えていた。普段平静な人は、変なところにツボがあるって本当らしい。僕もカナヲちゃんの心はすごく読みにくかったけど、彼女が炭治郎くんと話すたびに、扉が開いていくような感触は覚えていた。それがここにきて一気に開いたのかもしれない。きっとしのぶちゃんの重みが鍵だったのだろう。

 

「カ、カナヲが…」

「吹き出した…!」

 

 そしてそれがあまりに予想外だったのか、あんぐりと口を開けるアオイちゃん。彼女ほどではないが、しのぶちゃんも驚愕を露わにしている。そんな二人の視線に気付いたのか、カナヲちゃんはカッと頬を染めて立ち上がり、逃げようとした──が、動揺していたせいか足をもつれさせる。体勢を崩した彼女が倒れ込んだのは、ベッドの方向……炭治郎くんの腕の中であった。やだ、生ラッキースケベだわ。初めて見ちゃった。

 

「…! ご、ご、ごめ…」

「俺は大丈夫! カナヲは足を捻ったりしてない?」

「…っ!」

 

 朱に染まっていた頬が更に紅潮し、カナヲちゃんは慌てて立ち上がる……そしてそのまま退室していった。右手と右足が同時に出ていたが、うーむ……まるで恋愛感情芽生えたての小学生である。アオイちゃんも慌てて追いかけて行ったので、部屋には元の三人が残るのみであった。炭治郎くんはハテナマークを浮かべているが、『恋の匂い』とかってのはないのかな? 鈍感系主人公なのかしら。

 

「ふふっ…」

 

 一連の流れに対してか、あるいはカナヲちゃんの成長に対してか……思わずといった風に笑いを零すしのぶちゃん。僕はそんな彼女の手を取り、まっすぐに瞳を合わせた。

 

「…笑ったね?」

「──はっ!」

「その笑顔で『喜んでいない』は無理があるぜ」

「くっ……ええ、私の負けのようです。どうぞ何なりと申し上げてください……私にできることなら、できる限りお受け致します」

 

 やったぜ。じゃあキスしていい? …とか言ったらぶっ飛ばされそうだしな……どうしたものか。信頼を損なわず、しかし僕にとってメリットのあるもの。お金は流石に直球すぎるし……性欲をストレートにぶつけると、右ストレートが返ってくるだろうし……こう考えると、意外と選択肢がないな。もしや、しのぶちゃんそれが解ってて勝負を誘ったんじゃなかろうか。

 

「じゃあ……うーん…」

「…」

「──うん、決めた。僕を呼ぶ時、敬称は無しで頼むよ」

「…えっと、それだけですか?」

「え、もうちょいイけた? じゃあもしかして夜伽なんかでも──痛い痛い痛いっ!!」

「調子に乗らないでくださいね、()()

「は、あがっ、は、はーい…」

 

 そういえばしのぶちゃんの方のお願いってなんなのかな? そもそもこれだけ世話になってるのに、それを聞き入れないという不義理はしたくないんだけど。薬香袋にしても、ここにいる間の滞在費や食費についても、気にしなくていいとまで言われているのだ。

 

 だからこそ炭治郎くんのために奔走もすれば、散財を惜しむこともしていない。鬼殺隊そのものに、僕は恩がある。

 

「…千里。お館様が、あなたと話してみたいと仰っています」




「嘘だ……師範の体重は五
「カナヲ」

一番好きなネタを使ってみるテスト

このような拙い作品に多数のお気に入りと感想を頂けたこと、非常に嬉しく存じます。つきましては、作品の質を向上させ、更に楽しくお読み頂くためにアンケートを実施いたします。読者の皆様の『層』を知ることにより、求められる方向性を知り、作品に反映させることができればとの一心でございますので、必ずお答え頂きますようお願い申し上げます。あなたはハゲですか?

  • きえろ ぶっとばされんうちにな
  • それを言ったら戦争だろうがっ…!
  • ピッカピカ! ピッカピカ!(錯乱)
  • 儂が可哀想だとは思わんのかァァァア!
  • 我が心と頭頂に一点の曇りなし…!

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