逃げるは恥だが鬼は死ぬ《完結》   作:ラゼ

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感想欄での私の人物像を纏めると、作者は女でありながらゴリゴリのマッチョで、スキンヘッドかつロリコンの天才ということになりますね。

化け物かな?


6話

 通された部屋には、一人の男性が座っていた。事前にしのぶちゃんから聞いていた名前は『産屋敷耀哉』さん。失礼のないようにとさんざっぱら念を押されたが、彼女は僕をなんだと思っているのだろうか。TPOを弁えるべき時は弁えているし、敬意を払うべき時もちゃんと払う。ただ『べき』の部分が、他人と少し違うだけなのに。

 

 ──しかし……産屋敷さん、酷い痣だ。顔の半分近くが痣に覆われ、おそらく目もほとんど見えていないんじゃなかろうか。これは問われる。繊細な言動が問われる。何も気にしていない素振りを貫くべきか、心配の念を表面に出してもいいか。実にデリケートな問題である。

 

「…そんなに気になるかい?」

「あっはい」

 

 しまった、考え過ぎてガン見しっぱなしになってしまった。失礼に思われてしまっただろうか。しかし彼は柔らかく微笑むばかりで、気にした様子はない。優しい。その雰囲気もさることながら、声の音調が独特で非常に心地良く感じる。声質、そしてそのリズムが、人間を安心させる間隔に自然となっているのだろう。

 

「ああ、そういえば医療の心得があると言っていたらしいね」

「そう大したものではありませんが……申し遅れました。飛鳥千里と申します」

「産屋敷耀哉だ。招待を受けてくれたこと、感謝しているよ──それと、砕けて話してもらって構わない。しのぶや杏寿郎からは、良い意味でも悪い意味でも気安い人間だと聞いていたんだけどね」

「そういう訳でもありませんが……今まで会った鬼殺隊の方は、ほとんど年下でしたから」

「年齢は二十三歳と聞いているよ。なら私と同い年だ」

「さりとて、産屋敷様は鬼殺隊の中心と存じ(たてまつ)る。(それがし)、年若くして重責を担うお館様に敬服する身なればこそ、そのように馴れ馴れしく接することなど致しかねまする」

「…それは残念だ」

「そう? なら仕方ないか。よろしくね、耀哉」

「ああ。よろしく、千里」

 

 むっ、動じないだとっ…! なんとも美しく穏やかな海を思わせる、落ち着いた心だ。しのぶちゃん曰く、曲者揃いの柱たちの、その誰もが彼を敬っているらしいが──納得の雰囲気である。炭治郎くんは『何かをしてあげたくなる』子だが、耀哉は『彼の役に立ちたい』と思わせる印象がある。ちなみに僕は『何も言いたくなくなる』とよく言われる。

 

「痣が気になっていたようだけど……よかったら君の所見を教えてくれるかな?」

「や、流石にパッと見ただけじゃなんとも…」

 

 おいでおいでされたので、近付いて触診してみる。皮膚に痛みはないようで、見た目からしても、Ⅲ度まで及んだ火傷に近い印象を受ける。しかしそういった事故があった訳でもないらしく、現代医学で言うなら奇病に位置すると判断できた。心肺機能と内臓機能の低下も年々酷くなっているそうで、『もう長くないだろう』と、事も無げに言う様が少し痛々しい。末梢神経障害の程度を確認するため、手や足を触っていると──少しボヤくように、彼は疑問を投げかけてきた。

 

「千里は、この世に神や仏がいると思うかい?」

「んー……いると思ってる人にはいるだろうし、いないと思ってる人にはいないんじゃないかな。ただどっちにしても、物理的に何かしてくれる存在ではないと思うけど」

「…面白い考え方だね」

「耀哉はどうなんだい?」

「私は……存在すると思っているよ。だけどそれはとても薄情で、理不尽で、力無いものだ」

「うーん…?」

「鬼舞辻無惨は、私の一族の祖先にあたる。鬼と成り果て、今も人々を苦しめ続け……その咎が、産屋敷の血筋に代々の短命を宿命付けているんだ。けれど、当の本人は今もなお健在だ。神罰も仏罰も、一向にくだる様子がない──とても理不尽じゃないかい? あの男を罰する力が無いからこそ、只人(ただびと)である我が一族を(さいな)み、復讐に駆り立てている……たまに、そんな風に思ってしまう時があるんだ」

「ふーん……そんなことも……ある、のかな? それはそれ、病気は病気って気もするけど…」

「神職の者にね、先祖がそう言われたと聞く。鬼舞辻無惨を滅ぼすことに心血を注げと、それこそが一族を絶やさぬために唯一できることだと。代々神職の家系の妻を娶ることで、かつてよりは寿命も伸びてきているが……それでも三十と生きた者はいない」

「そっか……ちなみに産屋敷の一族って、昔から家格が高い感じ?」

「…?」

「高貴な血筋には偶にあることだけど、近親婚を繰り返すと遺伝子異常の確率が高まるんだよね。だいたい五世代も続けば顕著になってくる。二、三百年前に滅んだハプスブルク家なんかが有名だけど……近親交配による先天的な遺伝子疾患は、その一族においては共通するけど、別の系譜を参照するとまったく別の症例が現れるのも珍しくはないんだ」

「それは…」

「神職の血筋を娶ったってことは、外の血を取り入れたってことだよね? それで緩和されたのなら、さっきの理論でも説明はできるかなって……まあ鬼だの呼吸だのと、それこそ神の奇跡みたいな現象も多いから、呪いも否定はしないけどさ」

 

 メンデルの法則が信用され始めてから、まだそんなには経っていない。遺伝子がどうのと言っても理解はしてもらえないかもしれないけど、可能性としてはそれが高いような気がしないでもない。ただどちらにしても、彼の寿命が尽きるまで、そう遠くないのは確かだろう。

 

「…千里。君は三歳頃から、ほとんど野山を家にして育ったらしいね」

「…? うん、そうだけど」

「しのぶが言っていたよ。『()()()()を上げる』なんて、とても面白い表現だと。ハードル競技は、いくつか前の……アテネオリンピックで初めて開催された競技だったかな?」

「…? うん」

「言葉の端々で、当たり前のように英語を使っているとも聞いた」

「…? うん」

「蝶屋敷にある薬品は大部分がドイツ語表記だそうだね……もちろんモルヒネも」

「…? うん」

「君は三歳頃から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…? うん」

「…」

「…」

「…」

「…ええと、そんな逃げ道塞ぐような言い方しなくても、僕は聞かれたら大抵のことは話すけど」

「…そうなのかい?」

「そうなのです」

 

 ごめんね、と苦笑気味に謝罪する耀哉。まあ権威も権力も財力もあるお家柄だし、腹芸が必要な場面も多いんだろう。どうせしのぶちゃんのことだから、僕のことを『厄介』とか『一筋縄ではいかない』みたいな感じで伝えていたに違いない。こんなに素直なのにね。

 

「じゃあ率直に言わせてもらおうか。君の教養や知識は、いったいどこで学んだものなんだい?」

「僕には前世の記憶があるから、大体はそこからだね」

「…」

「…」

「…なるほど。話すとは言ったが、嘘を吐かないとは言っていなかったね」

「いや、ほんとなんだけど」

「本当かい?」

「本当だよ」

 

 見えていない瞳を少し閉じた後、耀哉は僕に向かって手を伸ばしてきた。差し出された手を掴むと、両手で覆うように握りしめられる。

 

「産屋敷家の当主は、代々直感に優れているんだ。もはや異能の域にあると、畏れる者さえいる」

「へぇ…」

「だけどね、本当に大したものじゃないんだよ。鬼舞辻無惨の居場所もわからないし、上弦の鬼の居場所もわからない。隊士(こども)の命さえ救うことはできない」

「…」

「…君には、本当に前世の記憶があるのかい?」

「うん、神に誓って」

「さっきいないと言ってなかったかな」

「いないとは言ってないよ。信じるかどうかは自分次第って言っただけさ」

 

 話すにつれ、少しずつだが心の動きも読めるようになってきた。今まで出会ったどんな人物とも違うせいか、話していてドキドキするというか、フワフワするというか。カリスマと言うには少し違うような……なんて言ったらいいんだろう。間違えて『お父さん』とか言っちゃいそうな雰囲気だ。

 

「あのさ、耀哉。それを信じようが信じまいが意味はないと思うんだ。僕はどこにいても僕だし、どんな場所でだってやっていける自信がある。重要なのは背景よりも僕自身だから、君は見たままを判断すればいい」

「…そうだね。だけど──」

「…?」

「私は信じることにするよ。千里、君自身を」

「直感かい?」

「ああ。とは言っても、千里の言葉に対するものじゃないけれど」

「どゆこと?」

「君を信じると、なにか良いことがある気がするんだ」

「…体だけを目当てにされてる女性の気分だぜ」

 

 二度目の『ごめんね』をされつつ、耀哉が咳き込み始めたので背中を擦る。少し喋りすぎてしまったようだ。というか、本題に入る前に僕が話を逸らしまくったせいかな。謝罪をすると、久しぶりに楽しいお喋りができたから大丈夫などと言われてしまった。嬉しいような、心苦しいような。

 

「それで、僕への用ってのはなんだい?」

「──杏寿郎を助けてくれたことに、お礼を言いたかったんだ。呼び付ける形になってしまって、本当に申し訳ないのだけれど……ありがとう、千里」

「うん、どう致しまして。僕の方こそ、体質の面でずいぶんお世話になりました。ありがとね、耀哉」

「ああ、そのお礼はしのぶに言ってあげてほしい」

「もちろん言ったけど、元を辿ると君にだって言うべきさ。こう見えても義理堅いんだぜ」

「そうか……では受け取っておこう」

「用件はそれくらい?」

「そうだね。後は──鬼殺隊専用の飛脚になってほしい、というお願いくらいかな」

「それ一番重要じゃない?」

「かもしれないね」

「というか『隠』の人もいるし、僕って必要?」

鎹鴉(かすがいがらす)よりも遥かに速い伝達手段は、とても貴重だ」

「うーん…」

「それに小さな鴉と違って、君なら荷物も人も運べる」

「荷物はともかく、人…? 『隠』と同じ仕事ってことでいいのかな?」

「近いね。ただし人を運ぶとすれば、それは『柱』の子たちになると思う」

「…ん?」

「杏寿郎の時もそうだったけれど、誰かが十二鬼月と遭遇した時──柱を救援に向かわせても、間に合わない場合が多いんだ。それに持ち場から現場まで全力で走るとなれば、いざ対峙した時、既に体力を消耗した状態になる」

「ははぁ、なるほど……ん? それだと僕も鬼のところに向かうことになるのでは…」

「そうだね」

「えぇ…」

「給金は言い値で払おう」

「…月に百円でも?」

「もちろん、望むなら千円でも」

「うむむ…」

「最近は郵便局の体制も整ってきたし、飛脚の仕事も少ないだろう?」

 

 確かにそうだけど……うーん……いや、危険手当と考えれば……危険すぎるけど。鬼とちちくり合う生活とオサラバかと思ったら、結局鬼と関わるお仕事ってどうなの? 命あっての物種だし、普段なら迷わずノーだけど、やはり義理と人情がそこに待ったをかける。

 

 鬼殺隊の階級はいくつかにわけられているらしいが、一番下の階級だと、現代換算で手取り二十万ほど。逆に柱はというと、求めればいくらでも貰えるらしい。つまり耀哉は、僕の脚にそれだけの値段を付けたということになる。ちょっと嬉しい。

 

 しかし十二鬼月というと、あの猗窩座さんも含まれることになる。しかも更に強いのが二人……鬼舞辻無惨も含めると三人いるかもしれない。ヤバくない? しかし一週間置きにしのぶちゃんのところへ訪ねるという事情もあるし……ううーん……揺れるっ…! 義理と人情とお金と現実と命の間で、決心が揺らぎまくっている。

 

 なにか一つ、決め手でもあれば……ん? 待てよ、柱を運ぶということは──しのぶちゃんを背負うということでもある。体重三十七キロの内、下手をすれば二%くらい占める豊満なバストが、それなりの時間密着するのではないだろうか。

 

「──やります!」

「ああ、急に使命感に溢れた顔に…」

 

 …なんてまあ、色々と理屈を捏ね回してみたけども。友達が常に命をかけている状況で、のほほんと暮らすのもなんか嫌だよね。というか僕の性格を考えると、煩悶し続けることになりそうだ。それならまあ、こんな選択もなくはない。彼らみたく赤の他人のために命をかけることは難しいけど、大切な友人のためならきっと頑張れる。

 

「立場的には……外部協力者みたいな位置付けになるのかな?」

「うん、そうだね。申し訳ないけど、日輪刀を持たない人間を上の立場にすることはできない」

「ううん、大丈夫。外様ってことは、誰に対しても対等でいいってことだよね? ならそれが一番いいさ。誰かに(かしず)くのは苦痛じゃないけど、傅かれるのって苦手なんだよ」

 

 さて、これで話も終わりかな? 耀哉の体調も心配だし、お暇するべきだろう。仕事内容の詳細、その他は鴉を通じて伝えるとのことだ。というかずっと気になってたんだけど、鎹鴉ってどうなってんの? なんか陰陽術とかそういうアレなのかと思ってたけど、普通の鴉が訓練してこうなってるだけらしい。やっぱ過去じゃなくて異世界な気がしてきた。

 

「…一つだけ、これは好奇心なんだけど…」

「ん? なに?」

「千里の前世はどんな人だったんだい?」

「僕は僕さ、それ以上でもそれ以下でもない。家庭は少し普通じゃなかったけど……代々医者の家系でね。父さんも姉さんも母さんも、みーんなお医者さん」

「そうか……だから君も…」

「…うん。ダイビングのインストラクターと、ユーチューバーの二足のわらじだった」

「医者は」

「や、向いてなかったから」

 

 おっ、初めて耀哉の心が揺らいだ気がする。軽いガッツポーズをしつつ、聞き慣れない職業に首を傾げる彼を尻目に退室した。してやったりな雰囲気を感じ取ったのか、最後にちらりと見えた表情は、やっぱり苦笑交じりだった。衾を閉じかけ──ああ、そう言えば一つ聞き忘れていた。

 

「…鬼舞辻無惨が消えたら、耀哉の病気は治るのかい?」

「さあ、そればかりは──正に神のみぞ知ると言ったところかな」

「…そっか」

 

 ならまあ──死なない程度に頑張ってみるとしよう。新しい友達のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕が鬼殺隊の専属飛脚になって、四ヶ月近くが経った。その間に十二鬼月が現れたという情報もなく、覚悟を決めた割にやっていることはパシリのそれであった。というか猗窩座さんのような上弦の鬼は、非常にレアなモンスターらしい。目撃情報も極端に少なく……少なくというか、柱以外が出会うと瞬殺されるせいで情報が出回らないのかもしれない。

 

 この期間、僕もそれなりに自身を鍛え直した。今までは持久(じきゅう)に重きを置いた逃走を主軸にしていたが、それは鬼を殺す手段が太陽しかないと思っていたからだ。今の僕が鬼と出会う時、横には人がいる。鬼を滅する刃を振るう、誰かがいる。夜明けまで待つ必要がないのなら、逃げ方も見つめ直すべきだろう。

 

 すなわち鬼をこれまで以上に苛立たせ、おちょくるための動きだ。敵が怒りで注意散漫になれば、隊士の勝率や生存確率も格段に上がる。そこで参考にしたのが、蚊やゴキブリなどの害虫たちである。耳元でプーンと動き回るウザさ、素早くカサカサと逃げ回る鬱陶しさは勉強になる。

 

 これも一種の蟲の呼吸だし、しのぶちゃんに『お揃いだね!』と言ったら物凄く嫌そうな顔をされた。自分だってムカデのなんちゃらとか使ってんだから、酷い差別だ。ゴキブリだって蚊だって頑張って生きてるのに。

 

 まあそんな訳で、長く走り続けるより瞬発力を意識した結果、猗窩座さん戦の時よりは格段に速くなったと思う。あの時はおちょくる余裕がほとんど無かったけど、今ならたぶん大丈夫だ。彼より上であろう三人も、よほどじゃなければ問題ないだろう。それに潤沢な資金が確保できたため、色んなサポートアイテムも自作できるようになった。

 

 当てると異臭を放つ肥やし玉や、足引っ掛け用の投げ縄、ゴキの詰め合わせ弾け袋と、他にも沢山作ってみた。一度蝶屋敷で弾けてしまい、しのぶちゃんにボコボコにされたこともある。まったく、蟲の呼吸使いの風上にも置けない女性だぜ。

 

 ちなみに、鬼殺隊の関係者ということで未だに蝶屋敷へ居候している状態だ。一応現代医学の知識はそこそこあるし、多少はしのぶちゃんの研究の役にも立っていると思う。炭治郎くんたちもあそこを拠点にしてるから、彼らは攻撃を当てる練習、僕は回避の練習ということで上手い具合に高めあえている。

 

 しかし上弦と会わないまま引退した柱もそれなりにいるそうで、案外このままの生活が続くんじゃないか説。それに現れたとしても、僕が丁度いい位置にいないとそもそも要請すらないわけだし。情報をいち早く届けるという仕事で役に立ってはいるけど、ちょっと無駄飯食い感。会いたいわー、上弦の鬼に会いたいわー……なんつって。

 

「カアァァ! 吉原遊廓ニ『上弦の陸』出現ノ報セアリィィ! 江戸川下流ニテ蛇柱『伊黒小芭内(おばない)』ト合流シタ後ィ! 急行セヨォォォ!」

「…はーい」

 

 フラグ回収早いよ。つーか江戸川下流って範囲広くない? …まあこの子たち鴉の癖に、鳥目どころかめっちゃ眼いいしな。着いたら空飛んで探してくれるだろう。ギャーギャー騒ぐモフッとした黒い塊を懐に入れ、全速力で走る。最近の僕の速度は、人間やめてると言うより生物の範疇を超えそうである。とはいえ、柱たちの戦闘力も明らかに全生物最強クラスだ。きっとそういう世界なんだろう。

 

 砂煙を上げながら疾走していると、目的地が近付いてきた。鴉たちの地理感覚は化け物じみており、方向がズレると都度修正してくれる。パない。

 

「ふー……この辺かな? 近松、上から見といて」

「任セロォォ!」

 

 懐から飛び立った鴉を眺めつつ、息を整える。伊黒さんの脚を止めさせては本末転倒だし、僕の方が早く到着するように調整されている筈だ。直接会った柱は未だに蟲と風と炎のみだが、蛇さんはいったいどのような人物なのだろうか。不謹慎ながらも、新しい出会いにワクワクしている。

 

 …ん、アレかな? 夜にあれだけの速度で走る人間など、早々いない。近松も降りてきて嘴で指し示したから、まず間違いないだろう。手を振って迎える。

 

「伊黒さんで合ってる?」

「…そうだ」

「じゃ、背負うからどうぞ──舌、噛まないようにね」

「なに? …──っ!」

 

 詳細は鴉に聞いていたのか、大人しく乗ってくる伊黒さん……まあ鬼殺隊士であれば『隠』に背負われる機会は多いし、慣れているのだろう。こちらとしてもその方がありがたい。なんとも独特な容姿をしており、口は包帯で隠され、左右で瞳の色が違うオッドアイだ。主人公かな?

 

「あ、僕の名前は──」

「いらん。無駄口を叩く暇があれば一秒でも速く走れ」

「──飛鳥千里って言うんだ、よろしく。あとこれ以上は速く走れないから、喋っても大丈夫さ。その蛇は君が飼ってるのかい? 可愛いねぇ。名前はなんて言うの? あ、せっかく知り合ったんだから小芭内って呼んでもいい?」

「鬱陶しい。煩わしい。お前の様に馴れ馴れしい人間は信用しない。それと誰が名を呼んでいいと言った」

「わー……性格悪いって言われない?」

「黙れ」

「でも大丈夫さ。僕はネチネチした人でも好きになれる自信があるから」

「黙れと言わなかったか?」

「仲悪いより仲良い方がいいだろ? なんでそんな敵を作るような言動するのさ」

「…」

「小芭内って友達いなさそうだよね──ぅぐっ……おおっと! 今ので一秒は遅れたぜ。あと首は呼吸が乱れるからやめてね」

「…」

「だからって髪の毛抜くのやめてくれない!? や、やめっ──ハゲる! ハゲるから!」

 

 ネ、ネチっこい…! 一本ずつプチプチ抜いてくるところがネチっこい。だが無関心よりは、手を出してくれる方がまだいい。到着が先か、ハゲるのが先か、仲良くなるのが先か。僕のコミュニケーション能力が問われる場面である。

 

 さて、人間関係において仲良くなるコツとは? ずばり恋バナである。小中高大、成人、中年、老人まで、この手の話は話題が尽きないものだ。秘密を共有することで親密さがアップすることも良くある。

 

「小芭内は好きな人とかいるの?」

「黙れ。上下関係の把握くらいしておけ。柱には『様』を付けろ」

「オバ様は好きな人とかいらっしゃるの? ──い゛ったぁぁっ!? いっ、いま! 十本くらい纏めて抜いた!」

「二十本だ」

「余計に悪いんですけど!」

 

 くっ、難敵だ。めっちゃ人見知りの激しい子だ。しかも一部分を集中的に抜いてやがる。ぬぅぅ…! パーソナルスペースが広い人間でも、こうやって密着していれば仲良くなりやすいものだが……いや、諦めるな僕。『好きな人とかいるの?』には少し反応していた。その辺りを突いてみよう。

 

「僕は外部協力者だから、隊内の階級と規律は関係ないもんね。耀哉にもそれでいいって言われてるし……さ、そんなことよりお喋りの続きしようよ。好きな人は一般の人? 鬼殺隊の人?」

(うるさ)い」

「ああ、鬼殺隊の人なんだ。部下の人? 柱? …へぇ、柱なんだ。もしかしてしのぶちゃん? んー……おっと、違うのか」

「…っ!?」

「後は…」

 

 …ん? そういえばちょっと女の子っぽいとこあるよねこの人。そして風柱である実弥は、いつも胸元をアピールしているスケベな男……なるほど、繋がった。いや繋がっているのは彼等か。僕はそっちの趣味はないが、否定はしない。恋愛など当人達が良ければ何も問題はないのだ。

 

「…そっか、小芭内は実弥が好きなんだね──ホアァァッ!? ブチブチブチって音したよ!? やめなよやめてよやめるんだ!」

「…」

「ったくぅ……なんでそんなに頑ななのさ。仲良くした方がみんな幸せじゃん」

「…その能天気さが羨ましいな」

「あはは、僕ら二人足して割れば丁度いいかもね。つまり友達になれば全部解決さ」

「何故そこまでこだわる」

「んー? なんか鬼殺隊の人って……うーん……崖に突っ込んでいく猪みたいと言うか……友達でもできたら、少しくらい未練ができるかなって。人を守るために死ぬなとは言わないし、復讐が悪いことだとは言わないけど──全部の鬼を倒し終わった後、どうするか考えてる人ってあんまりいないんじゃない?」

「…」

「『ここで死んだらもう千里に会えない!』……なんて感じで踏ん張ってくれたら、友達冥利に尽きるよね」

「俺は全ての鬼を滅するまで死ぬつもりはない。故にお前も必要ない」

「わお、僕も友人を失うのは凄く嫌なんだ。絶対死なないなんて、理想の友達だよ」

「…鬱陶しさも、ここまでくると清々しいな」

「爽やかな好青年とはよく言われるね」

 

 まったく、柱が曲者揃いとはよく言ったものだ。彼と打ち解けるにはまだ時間がかかりそう。なんかこう……色々抱えてるのかな? 中々警戒心を解いてくれない。あとは、なんだろうこの感じ。自分があんまり好きじゃないみたいだ。僕は自分が大好きだから、まるで正反対。

 

「小芭内は喋るのが苦手みたいだねー。よし、じゃあ僕がお手本を見せてあげよう」

「…?」

「僕がお喋りしつつ、君の代わりも僕が務めるんだよ」

「それはただの独り言だろう」

「じゃあいくぜー……小芭内はさ、柱に仲の良い人とかいるの?」

『俺は恥ずかしがり屋なんだ。まあ好きな人はいるんだが』

「お、誰々?」

『秘密だ。もう少し仲良くなったら話してやろう』

「…」

「ほらほら、僕達ってもう充分仲良いじゃないか。教えてよー」

『あらあら、伊黒さんを困らせてはいけませんよ。千里』

「おい、増やすな」

『うむ! 友人とは互いを思いやる心あってこそだ!』

『おはぎウメェ…』

「待て、お前の中の不死川像はどうなっている」

 

 意外と突っ込みを入れてくれる小芭内。しかしこれ以上の柱は知らないから、後は想像で行くしかない。まあ自分の属性の名を冠しているわけだし、性格もそれっぽい感じだろう。たぶん岩柱は岩のように寡黙で、恋柱はキュンキュンしてるに違いない。あとは……水柱……水……うーむ。

 

「それもそっか。ごめんね小芭内、もう少し仲良くなったら教えてね」

『ああ』

『へーい! 水も滴るいい男、水柱が小芭内と仲良くなる秘訣を教えてやろう!』

「…っ!? く、ふっ…!」

「お、小芭内? どしたの?」

「…ふ…ぅっ…!」

 

 めっちゃ笑いこらえてる。なに? そんなに実際の水柱とかけ離れていたのかな。しかしようやく笑いを提供できたかと思うと、中々に感慨深い。水柱さんに感謝だ。ここぞとばかりに水柱ムーブを続けると、髪の毛を思い切り引っ張られた。大笑いする姿を見られるのが恥ずかしいタイプらしい。

 

「そろそろ到着だぜー……ねえねえ、小芭内」

「…なんだ」

「今からの戦いでどっちも生き残ったら、友達になろうよ」

「…刀も持っていない人間が戦う気か?」

「戦いには色々あるのさ。きっと役に立つぜ」

「…生き残ったら、知り合いくらいには置いてやる」

「え、ちょ、じゃあ今なんなの?」

「…」

 

 ぬぅ……いいさいいさ。知り合いから友達なんて、釜でお米を炊く如きだ。お焦げができちゃうこともあるけど、それもまた楽しめる。さ──頑張りますか。




偽勇『へーい!』

主人公が武器を持つとすれば、どれが相応しいですか? 作中に反映される可能性もありますので、真剣にお答えください

  • メガネ
  • ハリセン
  • 丸太
  • 大陸間弾道ミサイル
  • デスノート

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