逃げるは恥だが鬼は死ぬ《完結》   作:ラゼ

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いつも拙作を読んで頂き、誠にありがとうございます。前書きと後書きを楽しみにしているというお声もあり、大変嬉しく感じております。

しかし今回の更新に付きましては、申し訳ありませんが冗句や軽挙な言動を控えさせて頂きます。それというのも、前々回の感想返信にあたり、非常に失礼な間違いをしてしまったことに理由があります。

深く反省すると共に、今後あのような間違いを犯さないよう、心掛けることを誓います。大変申し訳ありませんでした。ご指摘くださった方にも、重ねてお詫び申し上げます。

なお間違った部分は、反省の意味も込めて前書きに記載致します。

誤:フルーツチ○ポ侍

正:フルーツポ○チ侍

チ○ポとポ○チを間違えてしまい、申し訳ございませんでした。今後はチ○ポとポ○チの違いについて正しく理解し、適正にチ○ポという言葉を使用致します。


7話

 酷い……酷すぎる。愛憎渦巻く、男の夢が詰まりに詰まった遊郭がボロボロだ。というか上弦の鬼って、ここまで広範囲に渡って破壊できるのか。猗窩座さんは徒手空拳が主な攻撃手段だったから、その破壊力は見えにくかったが──これはヤバい。家とか真っ二つになってんの。よく見たら人らしきものも真っ二つになってたりするし、本気で恐ろしい。

 

「戦いの音は──あっちからだね」

「…急ぐぞ」

 

 ひらりと僕の背中から降りた小芭内は、軽やかに建物の屋根へと跳んだ。僕もそれに続き、音の方へ向かうと──物凄くエロい格好をした美女が、遠目に見える。下半身は紐パンと和風ニーソのみ、上半身は帯でおっぱいを隠しているのみ。遊郭とはいえ、少々下品である。だがそれがいい。

 

 ──なんて言ってる場合じゃないな。炭治郎くんと善逸と伊之助が、綱渡りのようにギリギリの状況で戦っている。というかあの子達も来てるって聞いてないんですけど。良かった、死んでなくて本当に良かった。間に合って本当に良かった。

 

 しかしあの鬼が上弦だとすると、明らかに猗窩座さんより威圧感が薄い。参と陸……数字が三つ違うだけで、それほどに格が落ちるのだろうか。だとすると壱と弐、そして鬼舞辻無惨の強さは想像しているよりも遥かに上なのかもしれない……うーん、就職先を間違えた感。

 

()()

「ん? …うわ、肌がピリピリする──あっちが上弦か」

 

 僕の位置からは見えなかったので、小芭内の方に少し近付く。そうして見えたものは、屋根の上の攻防よりも遥かに高次元の戦いだ。目まぐるしい戦いが繰り広げられている──いや、繰り広げられて()()。ぐらりと体を傾かせた男性の、その左腕を目掛け鎌が振り下ろされ……今にも決着が付きそうである。

 

 しかしその刹那、二人の間にぬるりと入り込む小芭内。まるで蛇のような動きに、ぎょっとする上弦の陸……奇襲成功かと思いきや、しかし刃はなんなく受け止められた。

 

 だけど隙は充分できたし、倒れかけている男性の回収は成功だ。あと一秒も遅ければ危なかっただろう……いやほんと、髪を抜かれた時に脚を止めなくて良かった。髪のせいで助けられなかったとか、毟られても文句は言えない。

 

 ──筋肉ムキムキの男性の様子を見るに、おそらく血鬼術による毒に侵されているのだろう。そういった手段を持つ鬼は意外と多いらしいし。僕は懐からお注射セットを取り出し、解毒剤を打ち込む。

 

 鬼の毒とは、よほど特殊な血鬼術でもない限り共通した部分が多い。もちろん完治させるにはしっかり毒の成分を調べ、それに適した薬を調合する必要がある。しかし進行を遅らせる程度ならば、しのぶちゃん(じるし)の汎用解毒剤で充分だ。

 

 注射器で注入することによってすぐに効果は表れるが、経口摂取もさせておけば後でジワジワ効いてくる。飲み薬の方を男性の口に充てがうが──苦しげに呻いている状態ではむせてしまうかもしれない。

 

「薬、飲み込める?」

「…っ、ぐ、ぅ」

「キツイか──仕方ない、口移しで…」

「やめろ。飲めるからやめろ」

 

 四ヶ月も蝶屋敷で過ごしていれば、しのぶちゃんほどではないにしろ、ある程度の知識は詰め込める。鬼と直接戦う気がないなら、しっかり隊士をサポートできるよう腐心するのが務めだ。

 

 向いてなかったとはいえ、医師免許はちゃんと持ってる……人体の扱いも薬の扱いも、普通の人よりは適性があるだろう。そのくらいは前世で勉強してきた。

 

「呼吸はできる? 手足の痺れはどう?」

「ああ、問題ない。悪いな、助かった──そうだ、アイツらは…」

 

 炭治郎くんたちの方へ向かいたいのをぐっと我慢して、治療を優先したが──彼等の方向を向いた男性が喜色混じりの声を上げたため、僕もつられて振り返る。するとそこには、みごと鬼の頸を斬り落とした三人の姿があった。

 

 そして更なる追撃で、体の方も横に真っ二つだ。合計三分割された鬼のパーツ……炭治郎くんが頭を抱え、伊之助が上半身、善逸が下半身を受け持って、散らばる様子が見える。グロい。というか頸を斬ったんなら決着はついたんじゃないの?

 

「助けてえぇぇ! お兄ちゃん、助けてよぉ! また頸斬られたぁぁぁ! うわぁぁぁん!」

「ぐうぅぅ…! 糞が、気持ち悪ぃ太刀筋しやがってよぉぉ…!」

「あれ、あの()……頸を切られてるのに死んでない…?」

「二人同時に斬らなきゃ死なねえらしい──良くやったお前ら! そのまま逃げ続けろ! …そんでもって、宇髄天元様ここに復活だぁ! 待たせたな伊黒!」

「動けるならさっさと戦え」

 

 小芭内なりの叱咤激励……なのだろうか? 意外と余裕があるのは、彼と対峙している鬼が意識をそぞろにしているからか。『お兄ちゃん』と呼ばれてたってことは、バラバラになっている女性は妹なのだろう。鬼といえども兄妹の情はあるのか……うん、すごくやりにくい。

 

 しかしそれで情をかけられるような相手ではない。仲間にだけは優しいなんて、人間の悪党でもいっぱいいる。そんな事実は被害者にとってなんの救いにもならないのだ。故に必ず滅ぼさなければならない……とかカッコいいこと言っても、やるのは小芭内とムキムキさんの二人だけど。

 

 長時間一人で戦っていたということは、つまりそこまで戦力差はないということだろう。ならば柱が一人増えてしまえば、決着はついたようなもの。

 

 きっとすぐに勝ってくれる筈……いけいけー……あれ、ちょっと苦戦してるな……むしろかなり苦戦してるな……うん、めちゃくちゃ押されてるな。どうなってんだおい。一+一が一以下になってないかあれ。

 

「ひひっ…! 連携ぐちゃぐちゃなんだよなぁぁ…! お前ら一緒に戦ったことねぇだろ」

 

 連携もそうだが……小芭内の動きがすごく悪い。具体的に言うと、ムキムキさんが戦いに加わってから物凄く悪くなった。むっ…! まずい、顔を斬られた。頬から鮮血が飛び散り、包帯も破れる──かすり傷とはいえ、おそらく鎌から滴っているのは毒だろう。一旦退いてもらわなければ。

 

 追撃をムキムキさんが逸らした瞬間を見計らい、小芭内を戦線から無理やりかっさらった。このまま激しい動きを続けると、一気に毒が回ってしまう。すぐに解毒剤を打てば、そこまで支障はきたさないだろう……ん? かすり傷だと思ってたら口まで裂けて…っ!?

 

「小芭内っ!? 口が、さ、裂け──さけ……サケ一匹、まるごと頬張れそうだねぐべぇっ!」

「…」

「あ、よく見たら古傷か……そっちは後で治すとして、とりあえず今は毒を…」

「…っ」

 

 この時代の注射器はガラス製で、使い回しが基本である。つまりムキムキさんが性病持ってたら、小芭内にも伝染(うつ)るということになる……まあ大丈夫と信じよう。なにせ数を持ち歩くわけにもいかないから、全てにおいて完璧とはいかない。飲み薬を渡しつつ解毒剤を注入していると、小芭内が小さな声で呟いた。

 

「…治るのか?」

「そりゃもう、外科手術ならしのぶちゃんより得意だし。任せてよ」

 

 というか、現代的な『外科』という技術はまだまだ浸透していない。外科手術の設備がある施設も、国内だと片手で数えられるくらいだろう。大正の歴史など事細かに覚えていないが、たぶん国内初の整形外科施設が数年前とかそのへんだった筈。

 

 小芭内の傷は裂けてから一旦治ってしまっているため、三次縫合が必要なパターンだ。成人してからの口唇裂(こうしんれつ)手術に近いものがある……まあそこまで大した手術じゃないし、なんとかなるだろう。ペニシリンがまだ開発されてないのが痛いけど。

 

 しかしこと鬼殺の剣士においては、設備が整っていない状況でもかなりの大手術まで可能だ。なんせ腹が破けたくらいなら、ギュッと意識を集中すれば自力で塞げる意味不明な人間……人間? たちである。

 

 抗生物質最強の名をほしいままにするペニシリンさんは、術後の経過にこそ真の力を発揮するのだ。そこの部分が自力でなんとかなるなら、多少切り刻んでも問題はない。

 

「それにしても──動きが悪かったけど、何かあったの?」

「…俺は生まれつき視力が弱い。特に右目はほとんど見えない」

 

 ふむふむ、つまり視力以外の感覚に頼る部分が多いってことか……そういえばあのムキムキさん、剣を振るとなんか爆発するもんね。目の次に感覚の比重が大きいのは聴力だ。あの規模の爆発とはいえ、間近でポンポン爆ぜると鼓膜に響くだろう。

 

「普段なら鏑丸(かぶらまる)が敵の動きを俺に教えてくれるが…」

 

 ほうほう、ただのペットじゃなかったのか……というか鬼の動きを見切る蛇ってスゴイ。鴉に雀に蛇と、有能な生物多すぎ問題。しかし、それなら何故ああも苦戦してるんだろう。

 

 …あ、そういえば蛇って視力弱いんだっけ? サーモグラフィーみたいに体温感知して周囲を把握するって聞いたことがある。あんなに至近距離で爆炎撒き散らされたら、たまったもんじゃないだろう。柱同士の相性悪すぎで草生えそう。

 

「…合同訓練とかないの?」

「…この戦いが終わったら、お館様に提言するつもりだ」

 

 治療はひとまず終わった──が、予想以上に毒の回りが早い。ムキムキさんがそこまででもなかったから、毒としては大したものじゃないと思っていたが……あれはどちらかと言うと、受けた側の体質がおかしかったのかもしれない。

 

 しかしこのまま小芭内が割って入ったところで、先程の焼き直しにしかならないだろう。ここは卑の呼吸の出番だろうか──むっ、上弦の鬼の体から竜巻のように血が吹き上がった。おおっ! スゴイ技だムキムキさん……と思ったらあっち側の攻撃だったらしい。めっちゃ紛らわしい。

 

 ううむ、技一つで周囲の家屋がバラバラになった……怖すぎるんですけど。ムキムキさんは既に効果範囲を見切っていたのか、ギリギリを見極めて下がっている。しかし鬼の方はそれを織り込み済みだったようで、距離が取れたのを見て取ると、後ろに向かって走り出した。

 

「…っ! 待てやコラァァ!」

「ひひ、言われて待つ奴なんかいねぇんだよなぁぁ…!」

 

 ──そうか、さっきムキムキさんが『同時に頸を斬らないと死なない』って言ってたな。再生可能な命綱なら、先にそちらを優先するのは当たり前だ。慎重な気質じゃなくとも、誰だってああするだろう。妹を助けるのが先という気持ちもあるのかもしれない。

 

 頭を持っている炭治郎くんを標的に決めたらしく、彼目掛けて凄まじい速度で駆けていく。ムキムキさんの方もそれを追いかけるが──意表を突かれたせいで初動が遅くなり、差が縮まらない。ちなみに何故これほど事細かに実況できるかというと、既に僕が鬼を追い越しているからだ。

 

「炭治郎くん! パスパス!」

「千里さん! …ええと、『ぱすぱす』ってなんですか!」

「頭こっちに頂戴! それ持って逃げとくから……適材適所ってやつさ!」

「──はい!」

 

 後ろから脅威が迫っているのに気付き、素直に放り投げてくれる炭治郎くん。単純に、鬼ごっこなら僕の方が圧倒的に有利だと理解しているんだろう。しかし振り返って鬼と対峙するのは──え、大丈夫なの? 妹鬼との戦いと、上弦の鬼VSムキムキさんの戦い、比べた感じ……炭治郎くんだと少し厳しいのではないだろうか。

 

 一瞬だけ考えた後、逃げる方向を真横に変更した。見せびらかすように頭部を掲げると、お兄ちゃんの方も進路を変えてくる。炭治郎くんに対して失礼かもしれないけど、それでも彼が死ぬのは見たくない。それに、上弦に対抗できる柱が二人もいるんだ。命を張らなきゃいけない時ってのはあるんだろうけど、少なくとも今じゃないと思う。

 

「千里さん!」

「悪いけど炭治郎くん、今は──」

「そうじゃなくて、髪っ、髪が…!」

「いま言う!? 色々あってちょっと減ってるだけだよ!」

「いえ、そうじゃなくてっ──」

 

 そんなに目立つほど抜かれてたの? 毛根から根こそぎだったらどうしよう……ん? あれ、なにやら髪の毛が体中に纏わりついて…っ!?

 

 くっ──妹鬼の髪がやたらめったらに伸び、それに絡まって思いきり転んでしまった。とはいえ大した力は出せないらしく、簡単に引き千切ることはできそうだ。

 

 できそうだけど……ううん、なんか世界がスローモーションな感じ。いや、理由はわかってる。この体勢から復帰する前に──髪を引き千切るより前に、鎌で切り裂かれてしまう事実が、どうしようもなく理解できたからだ。

 

 走馬灯ってほんとにあったんだ……なまじ動体視力もずば抜けているから、どうにもならないことがわかる。炭治郎くんが割って入ろうとしているが、どう見ても間に合わない。

 

 え、こんなあっけなく死ぬの? 二度目の生を受けた意味ってあったのだろうか。親に捨てられて、鬼からただただ逃げ続ける生活……そんな状況からやっと抜け出せて、やっとまともに生きられると思った矢先だぞ。こんなのあんまりじゃないか。

 

 絶望に沈む時間すらなく、ただ恐怖に目を瞑る。ああ、きっと鬼殺の剣士たちはこんな状況でも最後まで抗うんだろう。戦うことを選ぶか、逃げることを選ぶか……そもそも最初から(ふるい)にかけられているのだ。僕の言う『向き不向き』というのは、正にそれを指している。

 

 戦う力はあるかもしれないけど、やっぱり絶望的に向いてない。そんなの解りきってた──だけど、少しでも力になれないかと思ってしまったのだ。だから後悔はない……わけないだろちくしょう! 誰か助けてえぇぇ!!

 

 …ガキン、と硬質な音が響いた。目を瞑る前に見た最後の光景は、僕の首を狩るような鎌の動きだった。もしや土壇場で体の硬質化能力でも手に入れたのだろうか? 恐る恐る目を開いて見ると──市松模様の羽織が、僕を守るようにはためいていた。

 

「──約束したんだ! 俺が守るって!」

「…っ!?」

 

 間に合う筈のなかった炭治郎くんが、確かに目の前で僕を守ってくれている……前に約束した通り、僕を背中に隠してくれている。柱の猛攻すらなんなく捌いていた上弦の鬼が、炭治郎くんの斬撃で腕を落としている。

 

 危なっ…! いま、堕とされかけた。誓ってショタコンではないが、ちょっと惚れそうになった。僕が男だったから我慢できたけど、女だったら我慢できなかった。そのくらいカッコいい。

 

 いや、それはともかくさっさと抜け出さねば。絡まった髪を引き千切り、妹鬼の口に肥やし玉を放り込む。そのまま下顎を思い切り叩くと、彼女はこの世のものとは思えない悲鳴を上げた。

 

「ウエ゛エ゛ェェッ!? お、おげっ──ぅえぇっ…!」

「うわっ! 君、口臭いなぁ」

「ごっ……殺す、絶対に殺してやる゛ぅウ゛ぉぇ…!」

 

 あまりの臭さに、髪の制御など彼方に飛んでいってしまったのだろう。十倍濃縮ウンコとでも言うべき肥やし玉は、正しく真価を発揮したようだ。腕に絡まっていた髪は自分で千切ったが、足の方はそうするまでもなく解けていた。

 

 同じ轍を踏む訳にはいかないので、彼女の頭部を縄でグルグル巻きにする。頑丈な荒縄だし、隙間なくギチギチにすれば大丈夫だろう。僕を絞め殺す力が出せなかった時点で、彼女の力はたかが知れてる。頸を斬られても死なないとはいえ、大幅に弱体化はするらしい。

 

 ──追いついてきたムキムキさんが、炭治郎くんと共闘し始めた。小芭内との酷いコンビネーションとは違い、上手く動けている。というか、炭治郎くんの動きが凄く良くなっている……ん? 額の痣が黒く大きくなっているような…?

 

「“譜面”も完成したぜぇ! 合わせろ竈門炭治郎!」

「はい!」

「…」

「伊黒! テメェは不協和音になるから入ってくんじゃねぇ!」

 

 ひどい。小芭内落ち込んじゃった。しかし言っていることはド正論なので、どうしようもない。というか耀哉、もう少し柱の持ち場を考えた方がいいんじゃなかろうか。

 

 増援に際して小芭内が一番近かったってことは、そもそもの持ち場が隣り合っていたのは間違いない。そして彼等は、一緒に戦うとなれば最悪の相性だ。

 

「小芭内、これ持ってて」

「…どうするつもりだ」

 

 “譜面”というのが何を意味するかは不明だが、先程の攻防とは違い、ムキムキさんの動きが良くなっている……いや、動きが良くなっているというより、鬼の動きを先読み出来ていると言う方が正しいだろう。加えて謎のパワーアップを果たした炭治郎くんの援護もある。

 

 ──それでいて尚、戦いの趨勢(すうせい)は鬼に傾いている。一つは毒の存在……ムキムキさんの体質に誤魔化されていたが、たぶん解毒剤が想像以上に効いていない。毒に対して耐性が高いということは、つまり薬の効きも悪いということだ。注射した分はともかく、飲み薬の方はほとんど効果が出ていないように見える。

 

 そして炭治郎くんの方も、明らかに限界だ。元々肩に傷を負っていたようで、限界以上の動きがそれを悪化させている。というか血が吹き出している。あと十秒か二十秒も戦闘が続けば、失血性のショックで倒れるだろう……最悪、失血死までありえる。気絶して『呼吸』が維持できなければ、塞ぐことも叶わない。

 

「ぐっ──くっ…!」

「ひひっ…! お前らどっちも限界だよなぁぁ…! ──なあぁぁぁ!!」

 

 極限状態の二人の心が見える。『一瞬の隙がほしい』と。そしてどちらもがそれを感じ合い、どうにか隙を作り出そうとしている。二人とも理解しているんだろう……今この局面で決めなければ、十数秒後には己が倒れてしまうと。

 

 息の合った二人でようやく抑え込めている現状、小芭内がムキムキさんの立ち位置に変わるのは悪手──だから小芭内は、二人の限界を見極めてギリギリのタイミングを図っている。二人がかりより三人がかりの方が弱体化するなんて、酷い話だ。

 

 しかし小芭内が一人で勝てるかと言えば、厳しいと言わざるを得ない、しのぶちゃん曰く、上弦の鬼は、少なくとも柱二人か三人分の力があるとのことだ……だからここで決めないといけない。『一瞬の隙』を作れば──必ずどちらかが決めてくれる。

 

 僕は身体能力だけなら……特に脚力については、どの柱も凌いでいるだろう。しかし壊滅的に『戦闘』のセンスがない。剣の才能も格闘の才能も絶望的だ。だから攻撃は仕掛けない。たぶん二人の邪魔になるだけだろう。だから『驚かせる』のだ……上弦の鬼ですら『ありえない』と思わせる、たった一つの技を以って。

 

 竜巻のような激しい攻防が飛び交う屋根の上。そこに跳び乗り、タイミングを見計らって突撃する。ムキムキさんはともかく、炭治郎くんとは何度もトレーニングをしている。きっと合わせてくれるだろう。

 

「剣も持たねぇ人間が来たところで──意味ねぇんだよなぁぁぁ!!」

 

 ムキムキさんが『バカ野郎』とでも言うように視線を寄越した。まあ死ぬ可能性も充分あるから、その通りと言えばその通りだ。しかし先程のように神を呪う気はない……自分で決めたのなら、そして炭治郎くんのためなら命をかけられる。僕のこの力──たった一つ、誰よりも誇れるこの力なら、きっと上弦の鬼にも通用するから。

 

「──“血鬼術”」

「…っ!? なっ…!」

 

 振るわれる鎌を気にせず、右腕を鬼の前に持っていく──そして『血鬼術』と言葉を紡ぐ。そうだ、ただの人間が血鬼術など使えるものか。だからきっと驚いて、ほんの一瞬の隙くらいはできる……まあ実際血鬼術なんて使えないけど。

 

「…が僕にも使えたらいいのになー」

「──だあぁぁっ! テ、テメッ、ふざけ……がっ!?」

 

 一瞬どころかだいぶ大きい隙ができたその瞬間、ムキムキさんが彼の腕を両断する。そして僕が必ずやり遂げると信じてくれていたのか……炭治郎くんは、全霊の力を込めて構えをとっていた。まるで太陽の輝きと見紛うような一撃が煌めき──鬼の頸を一閃した。

 

「ふ……ざけん……なよなぁぁ…!」

「ま、ふざけるのが僕の武器なんでね」

 

 まさか死因がズッコケとは、長い時を生きたであろう彼も想像していなかったに違いない。生首が地上へと落下し、ドサリと無情な音が響く。それで何かを察したのか、小芭内がぶら下げていた頭部がモゾモゾと動きだし、口元にほんの少しの隙間ができた。

 

「ねえお兄ちゃん! 嘘でしょ!? あんな奴らにやられてないわよね!? ねえ! ねえったら──お兄ちゃん! お兄ちゃ──ぎゃっ!?」

 

 信じたくないとでも言うように悲鳴を上げる妹鬼だが、小芭内が鬱陶しそうに蹴り飛ばしたため中断される。衝撃で縄が解け頭部が露わになったが、端の方からジワジワと消滅していく様が見て取れた。上弦の鬼ともなると、消える時間も少しばかり長くなるらしい。

 

 しかしそんな末期(まつご)の時間も許さないとばかりに、小芭内は刀を抜き頭部を斬り刻もうとして──炭治郎くんがそれを刀で止めた。大した力は込めていなかったのだろうが、炭治郎くんは既に満身創痍だ。衝撃だけで肩から血が流れ落ちる。

 

「…なんのつもりだ竈門炭治郎」

()っ、ぐっ…! …もう……消えます……これ以上は必要ないでしょう…!」

 

 鬼に情けをかける炭治郎くんに、小芭内は剣呑な雰囲気を隠そうともしない。しかし対峙してる時間も惜しいとばかりに、炭治郎くんは妹鬼の頭部を持ち上げ、消えかけている兄鬼の頭に寄り添わせた。『お兄ちゃんお兄ちゃん』と嘆く様子は、まるで幼子が泣き叫んでいるようだ──そしてそのまま、塵のように消えていった。

 

 …小芭内が邪魔をしなかったのは、自分が何もできなかったからだろう。元からあまり炭治郎くんに良い感情を向けていなかったが、それはそれとして、上弦の首をとったのは間違いなく彼だ。ムキムキさんの力が大きかったとはいえ、炭治郎くん無しに討伐が成ったとは、小芭内もきっと考えていない。

 

 炭治郎くんの優しさにちょっと涙腺が緩くなりつつ、鴉に耀哉への言伝を頼む。百年以上ぶりの上弦撃破だ、きっと喜ぶだろう。僕の方は、急いでムキムキさんと小芭内を蝶屋敷に運ばないと。

 

 柱の犠牲無しに倒したけど、毒で死んじゃいましたとか洒落にならない……ん? あ、ムキムキさんがヤバい感じに倒れてる。間に合うか? いや、間に合わせねば。

 

 ──なにやら退魔忍のようなエロい格好をした女性三人が、ムキムキさんに群がっている。谷間チラチラ、フトモモムチムチの丸出しで、もはや痴女である。物凄く気になる存在だが、今はお近付きになる余裕もない。

 

「失礼、お嬢さ──」

「いやあぁぁ天元様ぁぁーー!! 死なないでぇぇーー!!」

「ちょっとどい──」

「ちょっと黙りなさいよ! 天元様が喋ってるでしょ!」

「いやあの運ぶんで──」

「神様ぁぁ!! なんでこんな酷いこともががぁがっ!?」

「黙りなさいって言ってるでしょ!? いい加減にしないと口に石詰めるわよ!」

「げほっ、詰めてから言わないでください~!」

 

 ええい、もう無視だ無視。付き合ってる時間はない。小芭内の方はまだ余裕があるから、悪いけど先に彼だけ運ばせてもらおう。ギャーギャーと騒いでいる女性たちを押しのけて、ムキムキさんを背中に担ぐ。全速力を出すために深く『呼吸』をして──ゲホッ……ん? なんかめっちゃ苦しい。

 

「…彼は蝶屋敷に……連れて……行くから──ゴフッ…!」

「キャーーッ!?」

「ちょっと、あなた大丈夫!?」

 

 え、なんで僕も毒食らってんの? 攻撃に当たった覚えなんか……はっ! 腕にちょっぴり傷が! 掠ってたの!? げ、解毒剤、解毒剤……あ、注射器割れてる。もしかして転んだ時? だからガラス製は嫌なんだよ──いや、ちょ、え、これ死ぬ? もしかして死ぬ? 嘘でしょ?

 

「ぐっ、ごほっ……ぐ…」

「だ、大丈夫?」

「うわぁぁん! 天元様もこの人も死んじゃうぅぅー!」

「くっ……死ぬならせめてその柔らかい胸の中で! ──ゲフゥッ!」

「人の嫁になにしてんだテメェ…!」

「ゴフッ……き、既婚の方でしたか……失礼。じゃあそっちのお嬢さんっ──あががっ!」

「全員俺の嫁だ」

「おいおい、死んで当然かよ」

「天元様になんてこと言うんですかぁぁー!!」

「あだだだっ! ──いや、僕も死ぬ寸前だからね!?」

 

 今日何回死にかけるの? 死にかけるっていうか、もう死ぬ。マジで死ぬ。せめて可愛い女の子の腕の中で死にたかった。というかムキムキさんと退魔忍たちに殴られたせいで、症状が早まった感あるんですけど。

 

 訴訟、これ訴訟……あ、三途の川が見えてきた……幼女形態の禰豆子ちゃんが手を差し出している。思わず縋り付くと、体が炎に包まれた。笑止っ……いや、焼死か。

 

「…ん? あれ、毒が消えて…」

 

 …どうやら禰豆子ちゃんの血鬼術は、鬼や鬼の術、それどころか鬼の毒にまで効果を及ぼすらしい。何が凄いって、人体には無害ってところだろう。感激して命の恩人に抱きつくと、頭の上にヨダレがダバダバ流れ落ちてきた。おおっとぉ。

 

「禰豆子ちゃん、ムキムキさんにもお願い」

「誰のことだオイ」

「禰豆子ちゃん、ガチムチさんにもお願い」

「そこじゃねえよ!」

 

 ムキムキさん……改め宇髄さんが炎に包まれると、黒く染まっていた肌がすっきり艶を取り戻した。後は小芭内にもやってもらえれば、もう毒の心配はしなくて済むだろう。僕が何を言わずとも、彼の元へひょこひょこ向かった禰豆子ちゃん──しかしその小さな手は振り払われた。

 

「…鬼の施しなど受けん」

「いや、万が一ってあるから。やってもらいなよ」

「いらん」

 

 ううん……すっごく鬼嫌い。鬼殺隊では珍しくもないが、命がかかってる状況でそれはどうなんだろうか。いやまあ、小芭内だけはまだ猶予があるし、蝶屋敷に連れて行く時間も充分にある。

 

 しかし容態が急変しないとも限らないし、なにより彼はオッドアイだ。ヘテロクロミア……先天性の遺伝子疾患という可能性も否定できないし、そういった人間は得てして病弱だ。柱である以上、身体機能は問題ないにしても、免疫機能が弱いということはある。

 

 …しかし素直に禰豆子ちゃんの世話にはなってくれないようだ。故にここは無理やり行くべきだろう。鬼の体が崩れ去ったことで、伊之助と善逸も戻ってきた。ここは何日にも及んだ連携訓練の成果を発揮するところだ。

 

「伊之助! 善逸! フォーメーションB!」

「えっ?」

「なにやってんだお前」

 

 うん、まったく意図を理解してくれなかった。結果的に僕が小芭内の左腕を掴んでいるだけだ。体も押さえつけようとしているのだが、まるで蛇のようにクネクネして捉えられない。この子ったらなんてワガママなのかしら。

 

「ガチホモさん! エロ忍者たち! 小芭内を押さえてくれ!」

「宇髄っつってんだろうが!」

「エロ忍者!?」

 

 僕に突っ込みながらも、小芭内に殺到する四人。あれ、ちょっと立ち位置を変わりたくなってきた。少なくとも三人のおっぱいが密着しているのだ。しかも三割ぐらい露出しているので、生乳も触れていることだろう。

 

 そしてようやく意図を理解したのか、伊之助と善逸も群がってきた。計七人がかりでもみくちゃにホールドされた小芭内……いくら柱とは言え、これなら動けないだろう。ちなみに炭治郎くんは怪我が心配なので、僕が視線で制した。

 

「今だ! 殺れ!」

「殺るなド阿呆(あほ)!」

「きゃあぁぁ! 誰!? 今おっぱい触ったの誰!」

「コラッ、善逸! どさくさに紛れてなんてことを!」

「ぬれぎぬ着せてんじゃねえぇ!!」

「ゲハハハ! コイツを倒せば俺様が柱だぜぇ!」

 

 わちゃわちゃのシッチャカメッチャカになっているところに、禰豆子ちゃんが炎を浴びせる。その効果は正しく発揮され、小芭内を蝕んでいた毒は消え去ったようだ。苦々しげに顔を歪ませているが、こればっかりは我慢してもらう他ない。つまらない意地で命を落としては、耀哉だって悲しむだろう。もちろん僕も。

 

「よーし、そのまま胴上げだ! ワーッショイ! ワーッショイ!」

「ワハハハ! 祭りの神の力を見せてやろう!」

「山の王の力も見せてやるぜ!」

「アホしかいねぇ…」

 

 そのまま小芭内を胴上げして、上弦の鬼撃破を祝う。しかし三度目に放り投げたところで、彼は空中で身を捩り──脚による高速の四連撃を繰り出した。

 

「──おっと」

「──危なっ」

「ぐぼぁっ!?」

「いぎゃっ!? とばっちり!」

 

 僕と宇髄さんはさらっと避けたが、伊之助は腹に膝がめり込み、善逸は脳天に踵落としを食らった。殺意の波動に目覚めた小芭内のオーラは、めっちゃ怖い。学校における怖い先生ズの、十倍くらい怖い雰囲気を纏っていらっしゃる。しかし自分から人と仲良くなろうとしないタイプは、こうでもしないと人間関係が広がらないのだ。

 

「しっかし……くくっ、お前……あの状況で『血鬼術が使えたらなー』は──面白すぎんだろ」

「効果抜群だったっしょ?」

「まあな……そういやお前はなんなんだ? 隊服でも『隠』の服でもねぇが」

「僕はハシラと同格の外部協力者──」

「…あん?」

「──その名もパシリ」

「使いっぱしりじゃねぇか」

「鬼殺隊専属の飛脚みたいなもんさ。今回みたいに他の柱を運んでくることもあるし、君を運ぶこともあるかもしれないから、よろしくね。名前は『飛鳥千里』」

「飛鳥か……ああ、よろしく頼む」

「千里でいいよ。僕も天元って呼んでいい?」

「おう、いいぜ」

 

 おお、素直に仲良くなってくれるのは杏寿郎に続いて二人目だ。見たまんまのイケメン陽キャらしく、ニヒルに笑っている。しかしエロい美女を三人もお嫁さんにしているとは……羨ましい。物凄く羨ましい。というかこの時代って重婚オッケーなの? 

 

「おい、人の嫁に助平な目向けてんじゃねえよ」

「いや、でも……こんだけ露出が激しいと視線いっちゃわない? 仮に彼女たちが汚いオッサンだったとしても、露出に目が行くのは人間の本能だよ」

「汚いオッサン!? うわぁぁん、ひどいですぅー!」

「例えばさ、天元。君が実弥と会った時、まずどこに目が行くかって言ったら、ガバガバに開いた胸元だろ? そういうことだよ」

「どういうことだよ」

 

 まったく興味のないオバさんのパンチラでも、つい目が行ってしまうことはあるだろう。本来隠されるべきところが隠されていないと、エロ関係なく目が行くのは人間の(さが)だ。だから僕は悪くない……というようなことを懇切丁寧に語ると、腹パンされた。

 

「ま、なにはともあれ上弦の鬼が一人減った訳だし……この調子で鬼舞辻無惨も倒しちゃって、鬼殺の剣士総無職化計画を進めようぜ」

「嫌な言い方しやがる……お館様なら、そのへんの面倒は見てくださるだろうよ」

 

 鬼の大元はまだ存命だが、それでも確実に一歩進んだ。束の間の喜びくらいは許されるだろう。天元が嫁さんたちに『まだ鬼殺隊は離れられない』と謝っているが……どういう意味なんだろう? 気になるけどプライベートな問題っぽいから、少し距離を取る。ふと後ろを向くと、伊之助と善逸がボコボコにされて正座をしていた。

 

 とばっちりを受けるのは怖いので、少し離れて休んでいた炭治郎くんのところへ向かう。肩の傷は既に表面が塞がって、血も止まっている。

 

 色々考えることがあるのか、夜空を見上げて物思いに耽っている様子が、彼にしては中々珍しい。あまり邪魔をするのも悪いので、たった一つ言いたいことだけ伝えよう。

 

「炭治郎くん」

「………んがっ! …あ、千里さん。どうしたんですか?」

 

 呼びかけると、ビクンと体を震わせる炭治郎くん。ん? もしかして寝てた? まあ体力もすっからかんだろうし、人間の体としてはむしろ正常か。黒くなっていた痣も、今は戻っている。あれも地味に気になるが、やっぱり今は一つだけ。

 

「──守ってくれて、ありがとね」

 

 『はい』と、優しさに溢れた笑みで返事をする炭治郎くん。こんなに優しい少年が鬼を狩っている事実が、少しだけ物悲しい。うとうとと頭をふらつかせる彼を支えて、僕も夜空を仰いだ。

 

 ──お疲れ様、炭治郎くん。




今回は悪ノリを自粛するということで、前回のアンケートに投票してくださった方のためにショートショートを書いてみました。主人公がデスノートを武器にしたパターンです。








 …よし、時間はかかったが名前を聞くことができた。しかし『ぎゅうたろう』ってなんて書くんだ? 平仮名? というか、親に付けられたにしても自分で付けたにしても突っ込みどころ多くない? すたみな太郎かなんかの関係者なの?

 ──いや、考えていても仕方ない。総当りで書けば一つくらい当たるだろう。みんな、もう少しだけ耐えてくれ…!


『ぎゅうたろう 頸を斬られて死亡』
牛太郎(ぎゅうたろう)    頸を斬られて死亡』
牛生太郎(ぎゅうたろう)   頸を斬られて死亡』
岌太郎(ぎゅうたろう)    頸を斬られて死亡』
妓夫太郎(ぎゅうたろう)   頸を斬られて死亡』
義勇太郎(ぎゆうたろう)   頸を斬られて死亡』

ヒロインは誰なんだというお声を頂きましたので、どうぞ選択なさってください

  • “毬鬼” 『朱紗丸』
  • “下弦の肆” 『零余子』
  • “上弦の陸” 『堕姫』
  • “花柱” 『蝴蝶カナエ』
  • シスター・クローネ

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