逃げるは恥だが鬼は死ぬ《完結》   作:ラゼ

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8話

 上弦の鬼を相手に柱が一人で戦い、生き残る確率……それはこの百十三年の間、完膚なきまでに零だった。鬼殺隊最強を誇る精鋭達ですら、一世紀以上勝ち星を上げることが叶わなかったのだ。

 

 しかしその敗北の歴史に終止符を打った剣士──天元と炭治郎くんたちは正に英雄である。特に階級『(かのえ)』が上弦の頸を斬ったというニュースは実にセンセーショナルであり、鬼殺の剣士全員に衝撃が走った……なんてことはなく、割と平常運転である。

 

 鬼への情報拡散を防ぐため、鬼殺隊というのは兎角秘密主義なのだ。柱でも知らない情報は結構ある──それは先の戦いを思い返せばわかるだろう。多少なりとも戦い方を共有しておけば、あそこまで苦戦することはなかった筈。それを改善するためか、ここ数ヶ月で柱同士の稽古が何回かあったようだ。本当に数えるほどだけど。

 

 やはりと言うべきか、柱というのは中々に忙しい。どれくらい忙しいかと言うと、小芭内が整形手術を拒否するくらいには忙しいのだ。裂けた部分の縫合は既に処置を終えたが、痛々しい傷痕はそのままである。あれは皮膚移植が必要になるため、少し複雑な手順になってしまうのだ。

 

 ケツから皮膚を引っ張ってくるか……と呟いていたせいで拒否された可能性もあるけど。とにかく、柱の馬鹿げた回復力をもってしても、皮膚の定着にはそれ相応の時間がかかる……可能性が高い。

 

 呼吸による回復機能のメカニズムは、知覚から始まる能動的なものであり、機器に寄らないバイオフィードバックとでも言うべき能力から始まっている……というのが僕の所見だ。

 

 そう考えると、移植手術に関してはむしろ悪影響を及ぼす可能性がある。『修復』とは元に戻ろうとする力だが、移植とは『異物』を馴染ませる行為に近い。たとえ自分の皮膚であろうと、毛細血管すら繋がっていない状態では認識できないだろう。

 

 つまり異常な回復力の恩恵には、おそらく与れない……ということは相応に時間もかかる。

 

 縫い合わせるだけの傷とは違い、皮膚を移植した後は激しい動きなど厳禁だ。しかしそこまで長く現場を離れられないとのことで、そっちの手術はお流れになった。使命感パないの。

 

 とはいえ口を切り裂かれてからこっち、彼の食事はほとんどが流動食だったそうで、ようやく固形物が食べられると喜んでくれた。

 

 そう──あの傷は彼がまだ幼い頃、鬼の戯れによってできたものらしい。そこまで深く踏み込むつもりはなかったが、手術の代金代わりにと昔話をしてくれたのだ。

 

 やっぱり鬼殺隊の剣士は、誰も彼も辛い過去がある。話してくれたことに嬉しさを感じつつも、申し訳ない気持ちもまた湧き上がる。ちなみに僕の方も昔話をしたところ、『そうか』で終わった。なんか信じてくれてない気がするんですけど。

 

 ──とまあ、そんなこんなで二ヶ月ほど。相変わらず蝶屋敷で居候生活を続けているが、それは炭治郎くんたちも同じである。基本的に任務が終わればここに帰ってくるのだ。三人一緒に任務へ赴くことこそないが、帰る場所はここだと認識しているんだろう。

 

 ちなみに上弦との戦いで刀を刃こぼれさせた炭治郎くんは、わざわざ鍛冶職人さんが住む里へ足を運んで謝罪しに行ったそうだ。誰に対しても配慮を忘れない、そんな徳の高さが良い運命を引き寄せたのか──なにやら凄い刀を手に入れたと、興奮気味に教えてくれた。炭治郎くんにもそんな一面があったのかと目を丸くしたら、変な声を出して赤面していたのが印象深い。

 

 それと彼に浮き出た痣については、耀哉の奥さんであるあまねさんから詳細を教えてもらった。曰く、始まりの剣士たちにもあったとか、浮き出るとめっちゃ強くなるとか、そんな感じらしい。問題があるとすれば、痣が発現すると長生きできないという部分である。

 

 …いや、大問題すぎるだろう。というかどういうメカニズムなの? 鬼もそうだけど、現代医学と真っ向からプロレスしないでよね。『痣が出たら長生きできない』だけなら奇病かなんかかもしれないけど、それで大幅パワーアップってなんぞや。

 

 とりあえず、歴代柱の手記にもそう詳しくは記されていないらしい。どこまで信憑性があるのかは不明だが、そんな訳のわからん病気が喧嘩を売ってくるなら、僕が買ってやろうじゃないか。きっちりさっぱり解明して、炭治郎くんに天寿を全うしてもらうとしよう。

 

 復讐に命をかけている人も多い中、彼は妹のため、人のため、そして自分のために戦い続けている。ちゃんと未来を見ている。だったらそれを手伝うことが、命を救ってもらった恩義に報いる、何よりの手段と言えるだろう……耀哉にも言ったが、僕は義理堅いのだ。自分の命に高値を付けているからこそ、それを守ってくれた炭治郎くんには相応のものを返さなければならない。

 

 そんな感じで、一度は捨てた医者の道を再開したのだが──しのぶちゃんの研究室やら資料やらを借りている内に、気付いたことがある。彼女は自分の体を対象にして、多量の毒を仕込んでいるのだ。藤の花の毒は、人間が摂取してもそうそう死ぬことはないが……何事にも限度というものがある。

 

 全身を毒の塊にして鬼に食わせようなどと、もはや狂気に近い。それ程までに鬼を憎んでいるということなのだろうし、そこまでしないと上弦の鬼は倒せないと考えているのだろうが、あまりにも自分を省みないやり方だ。もちろんその強固な意思を否定するつもりはないし、僕に口出しする権利はない。

 

 …権利はないが義理はあるので、彼女が日常的に摂取している毒はすり替えておいた。ただのビタミン剤やサプリメントのようなものだが、見た目は似せてあるのでしばらくは気付かないだろう。そのへん色々揃えるにしても、かなりお金がかかってしまったが──いくらでも使えるって素敵。

 

 彼女の覚悟を踏みにじる行為だと言われれば、なるほどその通りだろう。しかし『命をかける』のではなく、端から『命を捨てる』やり方は、近しい人の好意を踏みにじってはいないだろうか……とまあ色々考えたけど、要はしのぶちゃんに死んでほしくはないという、それだけの理由だ。

 

 定期的に『自身の毒濃度』を調べているから、異変に気付くとすれば一ヶ月後くらいだろうか。その時になれば、拝み倒してでもやめてもらおう。最悪の場合、蝶屋敷の全員にバラして泣き落とし作戦でも決行すれば、思いとどまるかもしれない。

 

 それでもなお復讐心が勝つというなら、もう言うことはない。実力行使でとめるまでだ。問題があるとすれば、実力が足りていないところだろうか。まったく、自分を大事にしない人ばっかでやんなっちゃうぜ。

 

 ──今もそうだ。任務に稽古、それだけでも疲れてるだろうに……夜も更けたこんな時間、実験室で毒の調合をしている。柱は確かに忙しいけど、ちゃんと休養日はある。疲労で実力が出せず死んでしまえば、それが一番の損失だと理解しているからだ。なのに彼女の睡眠時間は、上弦撃破の報からこっち、減ってばかりである。

 

 耀哉が『兆し』だと言っていたのを、柱の人たちも感じているんだろう──上弦の鬼と戦う機会が、近い内にやってくるかもしれないと。産屋敷当主としての直感がそう断じたのなら、充分あてになる言葉だ。

 

「しのぶちゃん。体に(さわ)るぜ」

「…ええ、ありがとうございます。ですが──……せえぃっ!」

「痛いっ! いきなり何すんのさ!」

「こっちのセリフでしょう! どこ触ってるんですか!」

「だって『体に触るぜ』って言ったら、『ええ』って言ったじゃんか」

「………はぁ…」

「ほらほら、ため息は幸せが逃げるぜ」

「いったい誰のせいでしょうね──むぐっ…!?」

 

 プンスコお怒りなしのぶちゃんの、その口にお土産のキャラメルを放り込む。つい最近、森永製菓が発売したミルクキャラメルだ。『ポケットに入るお菓子』というフレーズが目新しい、そして僕にとっては懐かしいお菓子である。

 

 モゴモゴと口を動かすしのぶちゃんは、小動物のようで可愛らしい。まあ実際は熊でも突き殺せる女傑なわけだけど。しかし表情から険もとれて……うむ、甘味の偉大さがよくわかる。砂糖ってさ、人によっては麻薬よりも中毒性の高い成分だよね。

 

「美味しい?」

「…ええ、まあ。それにしても──今日はずいぶん遅かったんですね」

「柱の予定とかの調整で、あまねさんの手伝いしててさ。けどしのぶちゃんも、こんな時間まで起きて待っててくれるなんて……いやぁ、本当にできた女性だぜ。僕にはもったいないね」

「そうですね」

()()なっ」

「そうですね」

 

 むっ……最近あの手この手で僕のからかいを回避しようとするしのぶちゃんだが、今日は『そうですね』作戦らしい。何を言われても『そうですね』と返すことで、僕を諦めさせようと考えてるんだろう。うーん……そっちがそうくるなら、こっちにだって考えがある。

 

「しのぶちゃんってほんと可愛いよね」

「そうですね」

「しのぶちゃんってほんと天才だよね」

「そうですね」

「自信過剰だね」

「そうですね」

「…」

「…」

(うつ)の反対は?」

(そう)ですね──っ…!?」

「なんと! しのぶ殿がくだらない駄洒落を!」

「くっ…!」

 

 ふっ、反応してしまった時点で僕の勝ちだね。そもそも彼女は、売り言葉に対して買い言葉と皮肉で返すタイプである。つまり無視するよりも言い負かしたいという性格であり、レスバにはこれっぽっちも向いてない。悔しそうにしている彼女の肩をつついていると、反撃に鳩尾(みぞおち)を突かれた。最近、手を出すのが早くなってる気がする。

 

「あ、そうそう。次の稽古は水柱さんが蝶屋敷にくるみたいだから、準備しといてね」

「冨岡さんが……ええ、わかりました」

 

 柱同士の稽古は、どちらかがどちらかの下へ赴く形になっている。僕はまだ水柱さんに会ったことがないので、時間が合えば是非お目にかかりたいものだ。ほんとに『ヘーイ!』とか言うんだろうか……いやまあ、小芭内の反応を考えると絶対に言わないだろうけど。

 

「…少し気になっていたんですが、訓練の相手はどうやって決めているんですか?」

「ちょっと前、鴉に色々と聞かれたでしょ? 大まかな戦い方とか、他の柱との個人的な付き合いとか。それを踏まえて、あとは呼吸の相性とか日程の問題とか考えて調整してるわけ」

 

 しのぶちゃんは恋柱さんと仲が良かったり、岩柱さんに恩義があったりと、他の柱との関係は割と良好らしい。亡くなったお姉さんも柱だったらしく、その関係で天元や実弥とも多少の付き合いがある。

 

 逆に水柱さんはと言うと、限りなく人間関係が薄いらしいのだ。特に実弥や小芭内に嫌われているらしく、それを改善するための人員として、白羽の矢を立てられたのがしのぶちゃんだ。

 

 水の呼吸と、その派生の派生である蟲の呼吸……相性も悪くはないだろう。何度か任務を共にしていることもあり、水柱さんの人見知りを改善する第一歩として、しのぶちゃんが適任と見なされた訳だ。

 

 他の柱は戦力的な意味での稽古なのに、水柱さんだけはコミュニケーション能力の稽古ってどうなの。いやまあ、嫌ってる相手と息を合わせるのって難しいから、理屈としては間違ってないんだろうけど。

 

 それはともかく、今回の件については耀哉も反省していたようだ。上弦の鬼を相手では、柱一人では厳しい──それ自体は理解していたのに、共闘するにあたっての相性を考えていなかったと。

 

 自らが戦えないからこそ、戦闘に関する部分は柱任せにしていたのだ。最強たる彼等であれば、上手く息を合わせることなどお手のもの……と思ってしまうのも、ある意味仕方ないだろう。戦えない人間に戦う人間の気持ちはわからない。それは僕も一緒だ。

 

 しかし反省した後は、それをしっかり活かすのが耀哉だ。誰がどういう形で共闘するか不明な以上、長所を伸ばすことと、短所を補うことを最優先に目標を組んだ。

 

 例えば杏寿郎と恋柱さん。二人は元々師弟の間柄であり、相性は非常に良い。炎の呼吸から恋の呼吸へ自分なりに昇華させたとはいえ、派生の呼吸だけあって共闘しやすいだろう。『長所を伸ばす』とは、こういった関係の柱を積極的に共同訓練させることにある。

 

 逆に『短所を補う』とは、小芭内や天元のような致命的に合わない二人でも、ある程度は共闘できるように擦り合わせてもらうということだ。多少時間をかければ、互いを邪魔しない動きは掴めるだろう──そんな信頼に応えられるのが、柱というものである。

 

「──冨岡さんの意思疎通能力強化? …それは少し荷が重いですね」

「そんなに?」

「人と距離を置く方ですし……特に、柱に対してどこか壁を作っている(ふし)があります」

「うーん、柱に壁か……あとは床さえあれば家が建つね。なんちゃっ──」

「なんで()()ん」

「──って……え、は……え?」

「っあ、い、いえ……なんでもないです」

「あ、いや……うん、()()もいるよねそりゃ……ぶふっ…! くっ、く…!」

「~~っ!!」

 

 まさかしのぶちゃんがこんな返しをしてくれるとは……これが深夜のテンションの恐ろしさというやつだろう。僕がずっとボケ続けてきた効果も多少はあるのかもしれない。しかしこれほど顔を真っ赤にしたしのぶちゃんは初めて見るな……うーん、とんでもなく可愛い。

 

「コホン……んんっ! …そろそろ真面目に話してもらえますか?」

「いや、今のはしのぶちゃんが……あっはい。オーケー、わかった。じゃあ──色仕掛けなんてどう? しのぶちゃんに『好きっ!』なんて言われたら、大抵の男はなんでも聞くぜ。きっと水柱さんも例外じゃないさ」

「『真面目に』と言いませんでしたか?」

「いや、割と本心から言ってるんだけど──あ、そっか。僕以外の男に好きなんて、嘘でも言いたくないか……いやぁ、気付かなくて申し訳ない」

「嘘でも本気でも、千里に好きとは絶対に言いませんから」

 

 …むむ、そこまで言われると逆に言わせたくなるな。男が告白する側なんていう固定観念は、もう古い。今はどっちが先に告白するかを競う、恋愛頭脳戦がブームってヤンジャンで言ってた。とりあえず、今日寝るまでに一回は好きって言わせてやろう。

 

「そういえばさ、しのぶちゃんは煉獄家みたいに何か書き残さないの?」

「なんですか急に」

「『代々炎柱手記』みたいにさ、蟲柱もなんか残さないのかなって」

「あのですね……そもそもとして、代々柱を輩出している時点で煉獄さんの家系は異常なんです。血統が強さに影響しないとは言いませんが、それでもあの一族は特別に過ぎます」

「あー、まあ遺伝子強そうだもんね。弟さんもお父さんも杏寿郎と鏡写しだし」

「それに、鬼の頸を斬れない柱なんて私だけで充分ですから。技を残す必要もありません……だから蟲の呼吸には『型』がないんです。研究や実験の成果は資料に残してますし」

「そんな大仰に考えなくてもさ、日記みたいなもんだよアレ。僕も真似して書いてるんだけど、タイトル──表題はなんだと思う?」

「表題、ですか……ふむ…」

 

 顎に手を当てて、考え込むしのぶちゃん。僕がわざわざ聞いたからには、なにか捻った感じのタイトルに違いない……と思ってるんだろう。さっきの返しもそうだけど、最近の彼女はちょっと落語脳になってきてる感。僕が影響を与えているとすれば、なんだか光源氏の気分である。

 

「や、別になんの捻りもなくそのままだぜ?」

「でしたら……飛鳥手記、ですか?」

「惜しい!」

「…千里手記?」

「ちょっと発音が違うかな。もう少しゆっくり言ってみて」

「…? せんり、しゅきぃ……はっ!」

「僕もだよ、しのぶちゃん。いやぁ、まさか両想いだったとは──いだだだっ!」

 

 よし、これでノルマ達成だ。ほっぺたがジンジンするのはアレだけど、しのぶちゃんの『しゅきぃ…』を頂けたのは大きい。後は表情と気持ちが伴えば完璧である……うん、一気に難易度が跳ね上がった。

 

 口を尖らせた彼女を『まあまあ』と宥めれば、ため息を吐かれた……が、呆れつつも笑いが零れている。少なからず会話を楽しんでくれてるとは思う──もちろん僕も楽しい。こんな日常がずっと続けばいいとは思うんだけど、鬼がいる限り彼女の復讐は終わらない。

 

 だから僕も頑張らないと……なんて、柄にもなく思う日であった。まる。




追記

勘違いされてる方がおられたので、追記をば。原作では炭治郎くんが二ヶ月ほど昏睡していましたが、この二次創作ではそこまで重傷を負っていません。
したがって、刀鍛冶の里へ向かう時期もずれていますので、玉壺さんと半天狗さんの活躍は次次回になります。

前回のアンケートですが、なんと全員が故人だったそうで……うっかりしておりました。今回はしっかり回答を用意致しましたので、ヒロインをお選びください

  • 炭治郎『びーえる…?』
  • TS無惨『メス墜ち…?』
  • しのぶ『私の二次ヒロイン率高すぎ…!』
  • カナエ『ドラゴンボール…?』

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