逃げるは恥だが鬼は死ぬ《完結》   作:ラゼ

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休校のせいでよく子供を見かけますねぇ……いえ、別になにかあるって訳じゃないんですけどね。いやぁ、子供が多いですねぇ。


9話

 水柱さんが来る予定の今日……残念ながら炭治郎くんたちは不在だが、僕がその分以上に彼を持て成す所存である。ちなみに不在の理由は、三人揃って刀鍛冶の里に滞在しているからだ。

 

 発端は、炭治郎くんが里で仲良くなった『小鉄くん』という少年から送られた手紙である。炭治郎くんが前に里へ行った時、ちょうど小鉄少年の父が没した直後だったそうで──塞ぎ込んでいた少年を慰める内に、二人は仲良くなったらしい。その縁で、小鉄少年が管理する『縁壱零式』という絡繰人形を稽古に使用させてもらったそうだ。

 

 炭治郎くんが前に見せてくれた刀は、その人形の内部から出てきたらしい……なるほど、それはテンションが高くもなるだろう。まあ『内部から出てきた』というところからわかる通り、その人形は壊れてしまったそうだけど……先日、遂に小鉄少年が修理を完了させたらしい。

 

 絡繰の才能も鍛冶の才能もないと自嘲していたらしいけど、きっと物凄く頑張ったんだろう。炭治郎くんに励まされると、なんだか自分の実力以上に頑張れる気がするんだよね。まあそういう訳で、また訓練に使用するならいくらでも──という好意に甘え、炭治郎くんはまたもや刀鍛冶の里へ向かったのだ。

 

 しかしそこに待ったをかけたのが伊之助である。最近炭治郎くんとの実力差が少しばかり開いていると感じたらしく、自分も連れて行けと駄々をこねたのだ。もちろん快諾した炭治郎くんだが、そこに何故か善逸もくっついて三人旅となったわけだ。

 

 最近は炭治郎くんの強さも化け物じみてきたが、そんな彼の稽古に付き合える絡繰人形って意味分かんないよね。量産できたら鬼殺の剣士は不要になるんじゃなかろうか……いやまあAI搭載ってわけでもないだろうし、稽古に使う以上のことはできないんだろうけど。

 

 ま、それは置いといてそろそろ来てもおかしくない時間だ。小一時間ほど前から姿を現すのを待っているのだが──ん? お、あの人かな。独特な柄の片身替(かたみが)わりに、寡黙な雰囲気の隊士……うん、間違いないだろう。

 

 姿を見止めたと同時、彼に向かって手を振りながら元気よく駆け出す。いわゆる炭治郎くんムーブである。今日という日のために、炭治郎くんと同じ装いを揃えたのだ。顔には特殊メイクを施し、兄弟だと言えば納得する程度の面影を作り上げた。体格がまるで違うが、成長期の少年だし大きくなったということにしておこう。

 

『冨岡さん!』

「…?」

『お久し振りです! 今日こっちに来られるって聞いて、お待ちしてました! 手紙も返ってこないので、直接お礼を言いたくて──あの、お館様への嘆願書のこと……本当にありがとうございました!』

「…っ!?」

『…? あの、どうかされましたか?』

「…炭治郎、か…?」

「いえ、飛鳥千里です」

「誰だ」

 

 うむ、この瞬間のためだけに髪型まで変えた甲斐があった。まあロン毛も飽きてきたところだったし、炭治郎くんヘアーも悪くない。作り物の傷痕を引っ剥がし、羽織を自分のものに変えると水柱さんが胡乱げな目を向けてきた。ちなみに特殊メイクの方は天元に教えてもらったものだ。忍者の技術って凄い。

 

「鬼殺隊の外部協力者、飛鳥千里と申します。お見知り置きを」

「そんなことは聞いていない」

「…? ではなにを?」

「なぜ炭治郎の振りをしていた」

「暇だったので」

「…」

「他に聞きたいことはありますか?」

「…ない」

「では今度はこちらから。お名前を伺っても?」

「さっき自分で言っていただろう」

「初対面ですし、名乗られたら名乗り返すのが礼儀というものですよ」

「…冨岡義勇だ」

「知ってますけど」

「…!」

「あ、それと年齢は二十三歳です。冨岡さんはおいくつですか?」

「…」

「冨岡さん?」

「…」

「もしかして怒ってます?」

「…」

 

 もうお前とは話したくない、って感じの雰囲気だ。からかいすぎたかな? 『そもそもあの人は喋るのが好きじゃないんでしょう』とはしのぶちゃんの言だが、間違ってはいないようだ。でも『怒ってる』というよりは、相手をするのが面倒になってきたって感じっぽい。なるほど、意思疎通能力に難有りとはこのことか。

 

「冨岡さーん?」

「…」

「冨岡さん!」

「…」

「とっみおっかさーん」

「…」

「お夕飯は鮭大根よ、あなた」

「…そうか」

 

 あ、一気に明るい感じに……どんだけ好きなんだ。表情は変わっていないが、明らかに纏う空気が変わった。というか『あなた』には突っ込んでくれないんだ。当たり前のようにスルーされると悲しいよね。

 

 ちなみに彼が鮭大根を食べるところを、しのぶちゃんが以前目撃したそうだが──それはそれは眩しい笑顔だったらしい。『ちょっと気持ち悪かったです』と言っていたが、今日は見れるのかな?

 

「あ、義勇って呼んでいい?」

「…」

 

 ちぇっ、そこは無視しちゃうんだ。確かに壁があるな……いやまあ僕の行動のせいだろうけど。微妙な雰囲気のまま施設案内を申し出ると、それはいいと拒否された。そう言えば柱の中でも古株らしいし、勝手知ったる蝶屋敷って感じなのかな。

 

 そのまま彼の後ろに付いていくと、何回かちらりと視線を向けられた。何か言いたいことはありそうだが、その度に『やっぱいいや』って雰囲気で視線を戻される。なるほど、実弥がイライラする訳だ。

 

「義勇はしのぶちゃんと仲良いんだシャケ?」

「…」

「無視しないで欲しいんだイコン」

「…」

「シャケェ……シャケェ…」

「…」

「シャケケケケケッ!」

「っ!?」

 

 あ、ちょっとビクッとした。しかし、なんと言うか……難敵だ。小芭内に続く難敵だ。いったいどうすれば反応してもらえるのか考えていると、いつの間にか中庭に出ていた。縁側で待っていたしのぶちゃんが彼に挨拶をすると、それには軽く頷きを返している。

 

 きぃっ! 憎らしいわあの泥棒猫っ! ──という冗談はさておき、無視されすぎて辛いんですけど。初顔合わせを失敗した感。ううむ、炭治郎くんではなくしのぶちゃんのコスプレにすべきだったか…? いや、諦めてなるものか。押してダメなら怒らせろって昔から言うじゃないか。これだけ無視されたのなら、多少強く出ても許されて然るべきだ。

 

「冨岡義勇!」

「…なんだ」

「──君には失望したよ」

「期待されるほど絡んだ覚えもないが」

「炭治郎くんから色々と聞いて、僕は君を素晴らしい人物だと思ってた。義に厚く、情に厚く、強くて優しくてカッコよくて品行方正な正義の人で、お洒落で頭が良くて話も上手くて何事にも一生懸命で…!」

「ぶふっ…! くっ、くっ…!」

「っ!?」

「──あっ、し、失礼しまっ……ふっ…!」

 

 しのぶちゃんめっちゃプルプルしてる。小芭内といい彼女といい、義勇に対して少し失礼じゃなかろうか。しかし『心外!』といった風に眉をへの字にしている彼は、妙にチャーミングである……まあそれはともかく、話を続けるとよう。

 

「それなのに君はなんだ! 人が仲良くしようとしてるのに、ずっと無視して…! 義理も情もあったもんじゃない!」

「お前が勝手に想像していただけだろう」

「君が『義』を失ったら! ただの『冨岡勇』になってしまうぞ!」

「その理屈はおかしい」

「だけど、僕はそんな君でも友達になりたいんだ。さあ、この手を取って……大丈夫、友達を作るなんて簡単だよ。ほんの少しだけ勇気を出して…!」

「そんな勇気はない」

「今度は『勇』を失ったな……これじゃもう『冨岡』だ」

「何故そうなる」

「そして僕が手に持っているのは、さっきくすねた君の財布だ……これで『冨』も失ったな。岡」

「財布を返せ」

 

 財布に手を伸ばしてきた義勇から遠ざかり、不敵な笑みで煽る。不愉快そうな雰囲気だが、ここまで人を遠ざけるタイプなら実力行使もやむ無しだ。困惑するしのぶちゃんに視線で謝りつつ、僕は義勇へ一つ提案をした。自分の実力を理解していればいるほど、簡単に乗ってくれるだろう。

 

「なら勝負といこうか、岡」

「俺は岡じゃない」

「四半刻、僕は君から逃げ回る……といっても、屋敷の敷地内からは出ないけどね。その時間内に指一本でも触れられたら、負けを認めて財布も返す。金輪際、鬱陶しい絡みもしない……どうだい?」

「…鬱陶しい自覚はあったのか」

「僕は意外と常識人だぜ。けど、あえて非常識な振りをしてるのさ」

「『狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり』という言葉がある」

徒然草(つれづれぐさ)かい? 賢人の言葉を引用するのは良いけど、本質を理解してないと滑稽だぜ。そういうのは(かしこ)さじゃなくて、(さか)しさって言うのさ」

「…!」

 

 お……初めて明確な表情を見た気がする。言葉にするなら『ぐぬぬ』って感じだろうか。とはいえ、さっきの言葉はたった一つの側面を語ったものでしかない。『すなわち狂人』ってのは、あくまでそれを見た他人側の主観だ。『我思う故に我あり』という言葉からは、真っ向から反するものである。

 

「僕が狂人の振りをしたところで、しのぶちゃんやアオイちゃんが僕を狂人と見なすかって言ったら……その限りじゃないね。それはあくまで僕を知らない人間が、矢庭(やにわ)に下した主観でしかない」

「…」

「例えばしのぶちゃんがさ、淫らでイヤらしい女性の振りをしたらどう思う? 阿婆擦(あばず)れだと判断するかい? …少なくとも、僕は絶対にそう思わない。単に『十八歳にもなってまだ未通女(おぼこ)だから、無理に経験豊富な振りをしてる可愛い見栄』って判断す──ぅおわっ!? 危なっ!」

「追いかけっこ、私も混ざりますね」

「──ふふん、受けて立とうじゃないか。柱二人だけでどうにかなると思ってるなら、僕の脚を舐め過ぎだね。どっちかでも僕に触れたら、そこで勝負終了ってことでいいぜ……逆に四半刻逃げ切ったら、僕の勝ち。義勇は僕の友達になるってことで」

「徒競走ならともかく、敷地内ですよ?」

 

 返事代わりに、クイクイと片手を折り曲げ挑発する。ピキリと額に青筋を立てるしのぶちゃんを見て、義勇も目が真剣になった。今まではただの物知らずを相手にするような雰囲気だったが、同格の同僚が発した『徒競走ならともかく』という言葉は、直線においては僕の方が速いと認める発言だ。故に一切の油断も慢心もなく、僕の前方と背後に分かれてにじりよってきた。

 

「シッ…!」

「──おおっと」

「くっ…! このっ…!」

「惜しい! ほらほら、もっと息を合わせなきゃ」

 

 『鬼』とは、基本的にあちらから襲いかかってくるものだ。もちろん鬼殺隊を見れば脱兎の如く逃走する鬼もいるだろうけど──それはつまり『弱い鬼』であることの証明だ。たぶん僕くらいの身体能力を持つ鬼が、逃げの一手を打つことはまずないだろう。

 

 しかし鬼舞辻無惨は、聞いた限りだと『誰よりも生に執着する鬼』だ。いざとなれば逃げ出すことも充分にありえる。だからこうやって『逃走を防ぐ戦い』も役に立つ時がくるかもしれない……まあ別にそれを意図して誘導した訳ではないが、どちらにしても息を合わせる訓練にはなってるだろう。柱の貴重な時間を有効に使ってもらうのも、協力者としての義務である。

 

「──はい、時間でーす。お疲れ様ー」

「むぅ…」

「…」

「約束は守ってくれるよね? 義勇」

「…わかった」

「よーし、じゃあまずは『千里』ね。ちゃんと言える? はい、せーの──」

「俺は子供じゃない」

「子供より交流能力が低いから問題なんだよ。せめて嫌われてる状態から、普通ぐらいには戻せるよう頑張ろうぜ」

「俺は嫌われてない」

「…義勇」

「なんだ」

「君は柱の中で、少なくとも二人からは嫌われてる。まずそれを自覚しよう」

「…!!」

 

 義勇の後ろに、幻影の電撃がピシャンと奔った。いや、ショック受け過ぎだろ……なんでそんなに自覚ないんだよ。地味に僕へ疑いの目を向けてきたりもしたが、しっかり見つめ返すと逸らされた。真実というのは、瞳を見ればなんとなくわかるものだ。

 

「…俺を嫌っているのは、誰だ?」

「知りたいの?」

「…」

「むしろ君は誰だと思ってるんだい?」

「…一人は、胡蝶か」

「喧嘩売ってます? 冨岡さん」

「まあまあ。ところで、なんでしのぶちゃんだと思ったの?」

「…隠し刃で斬られかけたことがあった」

「あれは鬼を庇う理由も話さず、鬼殺の妨害をしたからでしょう。説明してくれていたら、理解はしましたよ」

「説明しようとしたら『嫌がらせか』と言って(さえぎ)っただろう」

「簡潔に説明してほしい状況で、いちいち二年前のことから話す冨岡さんが悪いです」

 

 ううん……しのぶちゃんと義勇は仲悪くないって聞いてたけど、仲良しこよしって訳でもないようだ。いや、待てよ? 彼女に関して言えば、ツンケンしてる方がむしろ気を置いてないとも言える。となれば、やっぱり仲が良いと判断していいのかもしれん。

 

「まあそれはともかく、上弦の鬼と戦った教訓は生かさなきゃね。耀哉は柱同士の息を合わせることが重要って考えてる。ならそれに応えるのが、柱たる者の務めってやつさ……だからね、義勇。君はもう少し他人に踏み込むべきだし、自分へ踏み入らせるべきだと思う。一人で出来ることなんて、たかが知れてるんだから」

「…必要ない」

「そんなこと言わないでさ。たった九人しかいない柱の一人なんだろ? 水柱としての責任ってやつを…」

「──俺は水柱じゃない」

「そりゃあ君は水飛沫(みずしぶき)でも水柱でもなく人間だけど、僕が言いたいのはそんな言葉遊びじゃないんだよ」

「違う」

「なにが?」

「…」

「──もしかして……本当に人間じゃないのかい? 水の精とか、そっち系の…」

「そんな訳があるか」

「じゃあ『水柱じゃない』ってどういうこと?」

「…俺は他の柱とは違う……いいや、そもそも柱ですらない」

「ちょっ──義勇! どこ行くのさ!」

「冨岡さん、いくらなんでも言葉が足りなさすぎます。それとまだ訓練途中ですよ」

 

 ぷいっと背中を向けて走り出す義勇。言いたくないことがあるにしろ、もう少し言い方ってのがあるんじゃなかろうか。まったく……とはいえここで引くような僕ではない。無神経と言われようが、どこまでもどこまでもストーカーしてやろう。

 

「義勇!」

「…」

「待ってよ義勇」

「…」

「待ってって言ってるじゃないか」

「…」

「ぎゆうー」

「…」

「ねえ、ほらさ。僕の方が速いんだから撒ける訳ないだろ?」

「…!」

「おーい」

「…」

「はっはっは、この程度が全速力とはな。これじゃ確かに柱とは言えまいが」

「…っ!」

「おっと、今ちょっと怒ったね? なら君には、少なからず柱としての自負があるってことさ。それに今までずっと柱としてやってきたんだよね。仕方なくイヤイヤやってたってこたないでしょ?」

「…」

「…はぁ、わかったよ。僕も覚悟決めた。このまま無視するんなら、食事も(かわや)もお風呂も寝る時もずっと付き纏うから」

「………わかった。話すからこれ以上は俺に付き纏うな」

「オーケー。じゃあいったん蝶屋敷に戻ろうか……ん? ──ってうおぉぉい!! 普通ここでまた逃げる!?」

 

 ようやく素直になったかと思いきや、僕が後ろを振り向いた途端に逃げ出す義勇。意外と(したた)かな男である。しかし、僕の視界に収まってる時点で逃げ切れる訳がない。足に力を込め、地面が爆ぜるほどに踏み込む。僅か数秒のタイムラグなど、無いに等しい……ん? え、ちょ、なんか川に飛び込んだんですけど。

 

「そこまでする!?」

「…」

「だが馬鹿め! ダイビングのプロを舐めるなよゴボッ! ゲホッ、水飲んだっ!」

「…」

 

 強化された身体能力も相まって、河童もかくやという程の速度で義勇を追い詰める。シャチとまでは言わないが、サメくらいのスピードは出てるんじゃなかろうか。グングンと近付く僕を見て、義勇は水底を蹴って地上に跳び上がった。ふはは、残念ながらそっちも僕の土俵──っ!?

 

「ぐへぇっ!!」

 

 同じように跳び上がった僕を待っていたのは、義勇渾身のドロップキックであった。な、なるほど……あんまり追う側になったことなかったから、反撃の可能性がすっぽりと抜けていた。

 

 空中じゃどうにもならないもんな……勉強になった。しかし義勇の『よっしゃ』って感じの顔がすっごい腹立つ。きっとあっちもフラストレーションが溜まっていたのだろうが、それはそれとして報復はきっちりせねばなるまいて。

 

「──せぇいっ!」

「…っ!」

 

 僕を蹴った反動で、そのまま逃走の態勢に入る義勇……しかし着地するかどうかの瀬戸際で、僕の投げたロープが彼の足に絡みついた。けれどそこは柱の面目躍如──僕が引っ張る動作に入るその刹那、剣先が霞む程の速度で刀が振り下ろされ、見事ロープは断ち切られた。

 

「──だが隙はできたぞ! 殺人タックルを食らぇい!」

「…“凪”」

「いや、ちょっ」

 

 …人間相手に型まで使うのはどうなんだろう。一応刀身は返しているが、鉄の棒でボコスカに叩かれたら、人間って死ぬと思うの。せめてタケノコだよね。

 

「ぬっ──はっ、せいっ!」

「…っ!」

「ふっ……上弦の参が繰り出す超乱打に比べれば、どうということもない」

 

 無数の斬撃の全てを避けきり、かぶりつくようにタックルをかます。完全に胴体をロックしたので、流石にもう逃げられないだろう。全身ずぶぬれで気持ち悪いし、なぜか男に抱きつく形になっているのが悲しいが──兎にも角にも捕まえた。

 

「ふぅ……そろそろ観念しようぜ」

「…わかったから離せ」

「また逃げない?」

 

 こくりと頷いた義勇を見て、僕も拘束を解く。もう逃げられないことは理解してもらえただろう。しかし絶対とは言えないので、服の裾だけはつまみながら蝶屋敷を目指す。ボタボタと水を垂らしながら帰ってきた僕たちを、しのぶちゃんは呆れながら迎えてくれた。

 

「着替えは用意しておきますから、先にお風呂へ入ってきてください」

「はーい……うー、寒っ」

「俺は後でいい」

「そんなに狭くないから大丈夫だって。生娘じゃあるまいし、なに恥ずかしがってんのさ」

「…」

「甲府からそう離れてないし、住血吸虫症なんかにかかったら最悪だぜ。ほら、脱いだ脱いだ」

 

 この時代だと、日本住血吸虫病──いわゆる地方病が根絶されていない。特定の地方で川や湖に入るのは、実のところ割と危険である。呼吸が寄生虫にどう影響するのかも不明な以上、気をつけておくにこしたことはないだろう。それに、ここでいっちょ裸の付き合いも悪くない。男性ならわかってくれるだろうが、一緒に温泉とか銭湯とか入るとなんか仲良くなるよね。

 

「ふー……それで、水柱じゃないってのは?」

「…」

「うーん……まあそこまで話したくないなら、別にいいけどさ。でもほら、勝負して喧嘩して一緒にお風呂入って──これってもう友達だと思わない? だったら悩みを聞くのも友人の務めってやつさ」

「…俺は……」

 

 お、やっと話してくれるみたいだ。根負けしたというのが正しいかもしれないが、どっちにしても心の裡を話すことに変わりはない。理由さえ知れれば一緒に悩むことだってできるし、なにか解決法を示すことだってできる。人の縁とは、そのまま力になるのだ。

 

 …ふむふむ……なるほど、鬼殺隊の最終選別で錆兎という少年に助けられ……そのまま気がついたら選別を生き残っていたと。一体の鬼すら倒していない自分は、柱はおろか隊士の資格すらありはしないと。うーん……しかし隊士になってからの実績で柱になった訳だし、そこまで気にする必要はないんじゃないの? …などと気軽に思えれば、こんな性格になってないか。

 

 しかし錆兎……錆兎……どっかで聞いた名前だな。ええと──ああそうだ、炭治郎くんに聞いた『兄弟子』の話だ。ずっと前に死んだ筈の『錆兎(さびと)』という少年、そして『真菰(まこも)』という少女が、稽古をつけてくれたという話。半信半疑で聞いてはいたが、妙に真実味のあった……ああ、そっか。義勇と錆兎くんは同期になる筈だったのか。

 

 …ううん、どうしたものか。励ます──ってのは少し違うよね。でも錆兎くんと会ったこともない僕が『彼が報われないよ』なんて口が裂けても言えない。だったら……僕に言えることだけ言おう。それしかできない。

 

「…炭治郎くんがね、鱗滝さんのところで訓練してた時……兄弟子にみっちり鍛えられたんだってさ」

「…? あの時期、他には…」

「錆兎くんと真菰ちゃんって言ってね。ずっと付きっきりで教えてくれてたんだって──っ()…!」

 

 ──言い終わった瞬間、ミシリと手首の骨が軋んだ。大切な思い出を冗談で汚すつもりかと、凄まじい怒りの表情で睨みつけてくる義勇……まるで万力に締めつけられたかのように、僕の手首が鬱血し始めた。けれど、今は気にしていられない。

 

「鱗滝さんのところには、みんないるんだってさ。みんな鱗滝さんが大好きだから、魂だけになっても帰るんだって。還るんだって。僕は会ったことがないけど、炭治郎くんから聞いただけで、きっと優しい人なんだろうなって思えた」

「…!」

「弟弟子たちを死なせたくないって、鱗滝さんになにかできないかって……それでみんな、少しだけ力を貸すんじゃないかな」

「それ、は…」

「又聞きだからね。本当かどうかなんて僕にもわからない。だけど炭治郎くんが言ってた……みんなの思いを、錆兎の思いを紡いだから、紡がせてもらえたから──俺はここにいるんです、って」

 

 炭治郎くんから聞いた言葉を、そのまま伝える。彼の言葉は、行動は、本当に心へ響くから。手首の力が緩み、義勇の顔が呆然とした表情に変わった。そのまま数分近くも(うつむ)いたままだったけど、じっと顔を上げるのを待つ。鬼殺隊の隊士は、誰も彼も心が強い。きっと一人でも立ち上がれる程に……だからこそ、二人三人になればもっと強くなる。

 

「…錆兎は」

 

 ポツリと言葉が零れる。ぎゅっと握られた拳には、万感の思いが込められているのだろう。

 

「錆兎は……俺に怒っているだろうな」

「…そうだね。すっごく厳しかったって炭治郎くんも言ってたし……バシン、ってさ。ほっぺた叩かれるんじゃない?」

「…ああ、そうかもしれない」

 

 そう言って顔を上げた義勇の顔は、今までのどこか自虐的なものから、覚悟と責任感を秘めたものに変わっていた。他人を拒絶するような雰囲気も鳴りを潜め、なんとなく晴れやかな感じだ。表情筋にすると一ミリぐらい変化がついたと言えるだろう。

 

「元気出た?」

「…ああ」

「友達作る気になった?」

「…ああ」

「よーし、じゃあ僕がとっておきのセリフを教えてあげよう。これなら君を嫌ってる小芭内もイチコロさ」

「伊黒だったのか」

「出会い頭にね、『ヘーイ!』って言ってあげなよ。絶対笑うから」

「へーい…?」

「ヘーイ! もっと元気よく!」

「へーい…」

「もっと大きく!」

 

 その後も風呂場でヘーイの練習をしていたら、しのぶちゃんに『うるさいですね…』と怒られた。まあ彼女も義勇の変化に気付いたようだし、また柱が集まるようなことがあればフォローしてくれるだろう。さあて、お風呂上がりの鮭大根が楽しみだ。




次回予告

半天狗『弱い者いじめをするなァァァア!!』

炭治郎『…』
伊之助『…』
善逸『zzz』
玄弥『…』
霞柱『…』
蟲柱『…』
恋柱『…』
水柱『…』

半天狗『よっ、弱い者いじめをするなァァァア!!(迫真)』

甘露寺蜜璃のおっぱいを触りたいんですが構いませんね!

  • 甘露寺に触るなゴミカス
  • お前は物事を焦りすぎる
  • 触るかどーかは自分で決めますよ
  • 拙者、お前の中に勇を見た
  • 勿論だ、やっとらしくなってきたな

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