ヘイ!タクシー!   作:4m

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始まりは案外突然に
始まりは案外突然に01


ここは、日本だ

そう、過去でも未来でもない、ましてや最近流行りの異世界でもない

そんな普通の世界、普通の場所、そこが彼の住んでいる国

これは彼の物語、というよりも俺達の話

期待した人には悪いけど、自分は別に超能力を持っているとかそういうわけじゃない

 

ガサッ

 

だからといって金持ちというわけでもない

 

「・・・イ」ガサッ

 

普通に働いて普通に暮らす、家と職場の往復の毎日、そんな普通の人間だった

 

「・・・オイ」ガサガサガサガサッ

 

とりあえずこれはそんな毎日が変わる朝

 

「・・・起きろ」ドサッ

「ぶふっ」

 

なんてことない、いつもの一幕である

 

「お前、いつまで寝てるつもりだ」

「ううん・・・って、あ?今何時・・・」

「8時50分だ、ねぼすけ」

 

デスクの上にカバンとコンビニの袋を置き、クリーム色の長い髪を払いながら俺に向かって、その人はそう答えた

いつの間にか顔の上に置かれたコンビニのアンパンの袋を持ちながら時計を確認すると、確かにもう9時近くになっている

また事務所のソファーで眠りこけてしまっていたのか

 

「春だからってボーッとしすぎだ」

「うーん・・・あれ?でも、ひな先輩なんでこの時間に来てるんですか?」

 

出勤時間は9時半頃のはずなのに

 

「私は朝一で郵便局に持ってく書類があるんだ。それに、なんでここに居るかなんてのはこっちのセリフ。一晩ここに居たのか?お前今日休みだろう」

「いや、それが・・・」

「大方、夜通し姉さんに付き合わされたクチか?」

 

事務所の隅の大金庫から会計用の小型金庫を取り出し、デスクに座ってお札を数えながらそう言った

 

「休みの前の日くらいさっさと帰れ」

「まぁ、やること自体は嫌いじゃないんで・・・」

「おはよう!諸君!」

 

弁解しようとしたその時、事務所の扉が勢いよく開き、スーツ姿のそこそこ歳の中年男が入ってきた

 

「おはようございます。社長」

「おお、雛子君!今日も、一段と可愛らしいね!今日も1日、よろしく頼むよ」

「いえ、こちらこそ」

 

ニッコリと笑顔で返すひな先輩

 

「それと、今度可愛らしいと言ったら、リフトで押し潰しますので」

 

ニッコリと、笑顔を続ける、ひな先輩

 

「あ、朝から辛辣だなぁ・・・雛子君。ハハハ・・・」

「何なら、社長の車フューエルポンプのヒューズ引っこ抜いておきましょうか?」

「そ、それだけは勘弁してほしいかな・・・」

 

デスクから立ち上がり、壁際のロッカーを開けて書類に手を伸ばしながらひな先輩は社長に言い放つ

頑張れ社長、きっと良いことが待ってるはずだ

 

「おい、お前」

「はい、何ですか?」

 

蘭道 雛子(らんどう ひなこ)と書かれたネームが入った社員証を首から下げ、ぶっきらぼうに話しかけてくるのは、俺の先輩

呼び方は色々あるんだけど・・・俺はまぁ、ひな先輩とか呼んでいる

二つ年上の先輩で、口はちょっと・・・いやかなり悪いけど頼りになる女の人

なんで社長が言ったことにあんなにムキになるのかというと

 

「あの上にある書類、取ってほしい」

「踏み台は?」

「・・・多分工場に持ってかれた」

 

普通なら・・・うん、普通の身長なら手が届くであろう書類を指差しながら、ひな先輩は俺に目配せをしてくる

 

早く取れ、取らないと殺す

 

そんな念を感じながら、俺は持っていたアンパンを目の前のデスクに置き、ロッカーの上に手を伸ばす

 

「違う左だ、・・・行き過ぎ、もうちょい右、それじゃない、そうそれだ」

「これですね。よいしょっと。・・・はい、・・・ひな先輩」

「おい、今書類を見ながら一瞬考えたことを是非とも聞こうじゃないか。言ってみろ、怒らないから。ほら、お姉さんに言ってごらんなさい」

「いや、えっと・・・」

 

違うんです、本当に違うんです

別にチb・・・ちっちゃいとか思ったわけじゃないんです

ただ書類を渡すときに目線が少し下に行くなぁって思っただけなんです

 

「わ、私は社長室に行こうかな!あ、ほら!雛子君、電話!電話だよ!」

 

タイミングが良かったのか悪かったのか、フロントデスクに置いてある電話が鳴り響く

 

「ふん、まったく・・・。お電話ありがとうございます。青葉自動車、フロントの蘭道です」

 

電話を取ると同時に今までのやり取りが嘘のように声色を変え、メモ帳を開きペンを持ってフロント業務につくひな先輩

社長はというと、逃げるように社長室へ向かっていった

 

「はい。あ、お電話お待ちしてました。ええ・・・はい、そうですね、そろそろお伺いしようと思っていたところで・・・はい、かしこまりました。では10時にお伺いしますね。では失礼します。はーい・・・」

 

ここは俺の職場である青葉自動車工業

主に自動車の整備を生業としている

お世辞にも大きいというわけではないが、それなりに楽しい職場だ

従業員は

社長

フロントのひな先輩

フロントと忙しかったら整備の俺

それと・・・

 

「あ!社長!やっと来た!」

 

工場と繋がっている扉が開き、今にも社長室に入ろうとしていた社長を呼び止めた

 

「おお!おはよう美空君!調子はどうだい?」

「どうだい?じゃないですよ!私のトルクレンチどこやったんですか!」

 

バン!とデスクに手を抑えながらそう言う

 

「あ、ああすまない。家の車をタイヤ交換しようと思って借りて帰ったのだが・・・つい」

「ついって何ですか!もぉぉぉ・・・あ、レイジ君おはよ」

「お、おはようございます。姉さん」

 

この人がもう一人のスタッフ、整備担当の海道 美空(かいどう みそら)

ツナギ姿にポニーテールの似合う、四つ年上の先輩、ひな先輩より二つ上になる

 

「姉さん、私の車のトランクにあるから使っていい。これ、鍵」

「ひなちゃんおはよう!そして・・・ありがとー!」

「姉さん待って、ホント待って。このスーツ下ろしたてだから本当に待って、そのグリスまみれのツナギで抱きつかないで」

 

両手を前に出して本気で拒否するひな先輩

 

「えぇぇぇ・・・」チラッ

「いや、俺もダメですからね。シャワー浴びたんですからこれでも」

「本当にみんないけずなんだからぁ・・・」

 

ひな先輩から鍵を受け取り、トボトボと事務所の出口に向かう姉さん

 

「あんた達一体何やってたの?」

「あー・・・トラックの車検」

「それであんなになる?」

「ついでに隣空いてたから姉さんの車入れて、なんかいじってたみたいだけど」

「絶対それがメインでしょうが・・・って、まさか姉さん寝てないんじゃ」

「いや、俺が見た時は寝てましたよ。寝板で自分の車の下に潜り込んでそのまま」

 

やれやれと手の上に顎を乗せてうなだれるひな先輩

姉さんはいい意味でも悪い意味でも車馬鹿だから・・・まぁ、そこが良いところでもあるんだけど

 

「あ、そうだ。社長」

「な、何かね雛子君」

 

スッと顔を上げ、社長室へ入ろうとしていた社長を呼び止めたひな先輩

 

「車取り、行けません?」

「時間は?」

「10時くらいにあっち着」

 

あと1時間くらいは余裕があるみたいだけど

 

「申し訳ない、私も陸運に用事があってねぇ・・・」

「ひなちゃーん!ありがとっ!借りてくよーん。ハイッ!鍵!」

 

工具を揚々と掲げながら、鍵を渡して工場へ帰ろうとする姉さんをひな先輩は呼び止めた

 

「姉さん、車取り。もう姉さんしかいない」

「えぇ・・・いいとこなのに、いつ?」

「10時くらい」

「んー、代車は?」

「なし」

「じゃあ、誰か私を連れてってくれる人いないと・・・」

 

そう言って、姉さんは社長を見る

 

「すまない、美空君。もう私も出なくてはいけない時間なんだ。昼までは戻らないだろう。ああそれじゃ!雛子君、事務所頼んだよ!」

 

そう言うと、社長は鞄を抱えて出口へと向かう

 

「あ、社長!キャンペーンガールの件どうなったんですかー!?」

「帰ってきてから話そう!では、行ってくる!」

「行ってらっしゃい、社長」

 

姉さんの言葉を遮った社長はひな先輩の言葉を背に、そそくさと車に乗って行ってしまった

 

「もう、そんなんだったらいつまで経っても・・・!って、行っちゃった・・・」

「とにかく早く顔洗ってきて、それと着替えてくること」

 

ひな先輩がそう言うと「はーい・・・」と抜けたような返事をして、姉さんはシャワー室へと消えていった

 

「キャンペーンガールなんて募集してたんですね」

「姉さんが社長に掛け合ってほぼごり押しで話通してた。応募はゼロだが」

「いやまぁ、それはそうですよね・・・」

 

こんな見たことも聞いたこともない工場の為に、そんな気を使ってくれる人がいる方が奇跡だ

 

「で、悪いがお前送っていけるか?私は姉さん帰ってくるまで事務所にいなきゃいけない」

「ええ、いいですよ。休み今日に入れたけど、どうせ暇だし」

「悪いな、そのアンパン朝ご飯の足しにしてくれ。食ってる間に姉さんも出てくるだろ」

 

そう言うと、髪の毛を手で後ろに払い、顔をデスクに落とし書類の作成に戻るひな先輩

俺はというと、事務所の冷蔵庫から牛乳と昨日余分に買ってしまったクロワッサン、みかんゼリーを取り出し、テーブルに持ってきてもそもそと食べた始めた

そこの冷蔵庫、お前専用だな。なんて言葉を掛けられながら、テレビの電源をつける

 

『はーい!今日の朝イチ特集は・・・今人気急上昇中!346プロダクションに潜入調査です!』

 

女子アナの人がそう言うと、やたらと大きい建物の中に入って、案内人の人に連れられながら様々な場所を廻っていく

 

「ここってそんなに有名なんすか?」

「お前そんなこと言ってたら姉さんに殺されるぞ」

 

ほらっ、と言われて見せられた顧客管理表には、氏名の欄に『美城プロダクション』と書かれた顧客情報が10台以上、上から下まで書き連ねられていた

 

「数字で3、4、6、って書いて''みしろ''って読むんだ。表向きには漢字で書くより数字で書いたほうが愛着があるってことなんじゃないか?」

「でも、なんでうちに入庫してくれるんですかね?こんなに大きい会社なのに・・・」

 

テレビを見ていると、まるで建物というよりはおとぎ話に出てくるような城のような建物に入ると、壁には華やかなドレスのような衣装を着ている女の子のポスターがデカデカと何枚も飾られており、渡り廊下を抜けると、そこらにあるビルなんて比べ物にならないくらい大きなオフィスビルがそびえ立っていた

 

「社長の友人と、お孫さんがそこで働いてるんだと」

「え、それすごい。あぁ、だから贔屓にしてもらってるってことか・・・」

 

オフィスビルの他には別館があり、そこにはエステルームや浴場等、社員が楽しめる設備が数多く存在している

もはや会社というよりは一つの施設のような、それほど大きな会社だった

 

「それで・・・結局何をやってる会社なんすかね?」

「社長が言うには、芸能関係の仕事が多いそうだ。だけど最近なら・・・」

 

ひな先輩が言い終わる前に、テレビでは女子アナの前に一人の女の子が飛び出してきた

 

『みなさーん!おっはようございまーす!いきなり飛び出てもカワイイボク!輿水幸子でーす!』

『え!?幸子ちゃん!?本物!?私聞いてないんですけど!?』

『先週、次は346プロにお邪魔するって言ってたときに。ボクに会いたいって言ってくれたじゃないですか!サプラーイズ!ですよ!』

『きゃー!嬉しい!どうしよう!先週の放送見てくれてたんですか!?と、とりあえず、サインください!』

『えへへ!これもボクがカワイイせいですね!』

 

慌てふためく女子アナに、スタジオから笑い声が飛んでいる

 

「・・・この子も有名なんですか?」

「お前・・・もうちょっとテレビとか見ろ。最近出ずっぱりだぞ。アイドルだ。アイドル」

 

テレビを見ると、その子の特集映像が流れており、さっき見たような煌びやかなドレスを見に纏い、仲間たちとステージで歌ってる様子が映っていた。

その会場は満員で、沢山のサイリウムに彩られながら、笑顔を弾けさせている

 

「他にも島村卯月、渋谷凛とか。速水奏、北条加蓮、高垣楓とか。他にも沢山いるぞ」

「あ、確かに聞いたことあります。最近ドラマとか出てましたよね」

「ああ、この輿水幸子はスカイダイビングもしたしバンジージャンプもした」

 

・・・それってアイドルがやることなのか?

それよりも

 

「なんかひな先輩詳しいですね?」

「そりゃ嫌でもそうなるわ、いつも・・・」

 

そう言いかけたその時、シャワー室からドタドタと慌ただしく事務所に駆け込んでくる音がした

 

「ちょっと!今さっちんの声がしたんですけど!」

 

そう言われたひな先輩が親指でテレビを指差す

 

「あぁ!さっちん!今日もカワイイ・・・グフフ!」

「ちょっとこのドルオタ!ちゃんと髪乾かして・・・まったく」

 

呆れた様子で隅に置いてあったドライヤーを持って、タンクトップにツナギの袖を腰あたりで団子結びにした姿のままテレビの前に座りこんだ姉さんの髪を乾かし始めるひな先輩

ミディアムショートがドライヤーでパラパラと揺れるのも気にせず、姉さんはテレビにかじり付いていた

 

「飲みに行って何を話すかと思ったら、男の話でもなくやれ美波ちゃんはどうだのウサミンはああだのいつもいつも聴かされたら嫌でも詳しくなる」

 

姉さんの髪をとかすというよりはグシャグシャにしながらそう言う

 

「ひな先輩・・・結構キてますね」

「あの姿はお前には見せられんわ」

 

そのあともブツブツと姉さんのグチをつぶやきながら、髪を乾かすひな先輩

テレビの特集が終わる頃には姉さんの髪はしっかり整えられ、いつものポニーテールがゆらゆらと揺れていた

 

「ありがとひなちゃん。それで、どこに車取り行けばいいの?」

「ああ、そういえばそうですね」

 

そろそろ俺も車の準備をしなくては

 

「うん?そこ」

 

そう言ってテレビを指差す

 

「・・・どこ?」

「だから、そこ」

 

頭にクエスチョンマークを浮かべている姉さんに、ひな先輩は再度346プロの特集をやってるテレビを指差す

 

「・・・?」

「ああ、もう」

 

まだ状況が飲み込めていない姉さんに、ひな先輩は車両と仕事の詳細が書かれたオーダーシートを渡す

 

「10時頃、美城プロダクションの今西さんって人の車を取りに行くの。仕事の内容は・・・」

「ほえぇぇぇ!!」

 

ひな先輩の説明を聞き終わる前に、姉さんが奇声を上げ始めた

 

「ちょっとアタシ・・・お化粧してくる!」

「姉さん待って、もうそんな時間ないから。お願い待って」

 

手洗い場に消えようとする姉さんをひな先輩は必死に抱きついて止めていた

 

「だって346プロよ!アイドルがいるのよ!何かあったときの為に準備しとかなきゃ!」

「いやいや車取りに行くだけだから。なんかあったら私たちもマズいから」

「今、車まわしてきますね」

 

姉さんがこれ以上重症化しないうちに、俺は車を取りに外に出た

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