「・・・はい?」
言っている意味が理解できなかった
専務はなんて言った?
俺のことをスカウトしたいって言ったのか?
一体どういう意味だ?役目は?まさかプロデューサーとしてじゃないよな?
困惑しながら専務に目を向けると、変わらず目線をこちらに向けている
その鋭い眼光は、決して冗談で言っているわけではないことを明確に表していた
「それは・・・一体どういう意味ですか?」
たまらず俺は専務に聞き返した
「君の力を貸して欲しい」
すると専務は立ち上がり、自分の机から一つのファイルを持って再びテーブルに戻り俺の目の前に差し出す
ファイルの中にはクリップで止められたほどほどに厚い書類が入っており、そこにはアイドル部門においての活動の資料等が沢山活字と共に並んでいた
「これは、我々アイドル部門が行っている活動を簡易的にまとめたものだ。すでに知っているとは思うが、設立以来アイドル達は様々な方面に進出し個性を発揮して活躍している」
「それは、はい。上司のほうから詳しく聞いています」
「そうか、話が早くてよかった」
すると次に、専務は何枚か書類をめくる
そこにはズラっと上から下まで名前、特技、所属グループ等が同じ等間隔で書き連ねているものが何人分も並んでいた
「見てわかる通り所属アイドルはすでに100人を優に超えている。活躍の場を広げるにあたり担当プロデューサーを増やしてはいるが、それでも目が行き届かない現場もあり、少なからずトラブルの報告も増えている」
それは確かに、この部屋に来る時に見た光景が物語っていた
見る人の殆どが忙しなく動いており、全部が全部アイドル部門の人ではないにしろ、忙しことには変わりなさそうだ
「そこでだ」
専務は次の書類をめくる、そこには氏名、年齢、住所、緊急時の電話番号を書くための欄と仕事の募集要項、そして最後には右下に自分、上司二名分の印鑑を押す場所が書かれた一枚の紙が挟まっていた
「少しでもプロデューサー達の負担を減らす為、君を我がアイドル部門の運転手としてスカウトしたい」
そう言うと書類を閉じ、目の前に差し出された
専務はまたコーヒーを一口飲み、俺の出方を伺っている
だが俺にも疑問に思っていることがいくつかあった
「しかし、何故自分なのでしょう。見たところ他にも人員は居るみたいですし。優秀なドライバーは別にいると思うのですが」
「・・・そうだな、君の言う通りかもしれない」
専務の発言にますます疑問が浮かぶ
「私が君を呼んだ一番の理由は、これだ」
すると専務はスーツの内ポケットから、ボイスレコーダーを取り出した
「それって・・・」
「長らく拝借していてすまない。交渉した結果、テレビで内容の公開は控えてさせてもらった。よってこの内容を知っているのは、一部のテレビ関係者と私、そして事業部の今西と一部のアイドル、当事者のみとなっている」
そっとボイスレコーダーをテーブルにある書類の横に置く
「君も我々同様、この事件に深く関わった者だ。信じていないわけではないが、問題の発言の部分は削除させてもらった。被疑者となった彼には、君がしっかりと"口封じ''してくれたみたいだしな」
つまりは、今度は俺の口封じの為に・・・いや、それは音声データを消せばいいだけだ
「今回の一件で、君はアイドル達から一定の信頼を得ているようだ。彼女たちから何かしらの接触があったんじゃないか?」
「まぁ、たしかに・・・そうですね」
幸子ちゃんや小早川さんの事を思い出して、俺はなんだか少し小っ恥ずかしくなり、慌ててコーヒーを一口含む
「今西からは優秀なドライバーだと聴く。彼女たちを救ったのも事実だ。様々な議論を行った結果、君が適任だと判断したまでだ。どうだ、私についてきてみないか?」
"私についてこない?''
・・・専務が言い終わった直後、懐かしい言葉が頭の中に響いた
「契約内容から見ても、君に悪い条件ではないと思うのだが。仕事中に何かしらの問題が発生したら、その都度報告してくれ。その時に対応しよう」
専務は立ち上がり、また自分の机に戻ると、一台のスマートフォンと別の書類が入ったファイルを持ってくる
「これが連絡用の携帯だ。中には私や、会社への連絡先が登録されている。今若者は会話アプリで連絡するのが主だと聞いたので、一応入れておいた。必要なら使ってほしい。車は」
「申し訳ありません」
専務の話を遮り、俺は一方的に頭を下げた
携帯を持ち説明する専務の手が止まり、その鋭い眼光が携帯から再び俺の目に向けられる
「・・・何故謝る」
「この話、お受けできません」
テーブルの上で開かれていた書類の向きを変え、専務の目の前に戻した
「何故、何故だ。内容も君にとって悪い条件ではないはずだ。何故・・・そんな事を言う」
携帯をテーブルに置き、姿勢を正して再び専務は俺に向き直る
「確かに、俺にとっては凄くいい条件だと思います。俺の年代にしてはこれ以上ないくらい魅力的です。ですが、それでもお受けできません」
「そこまで言っておきながら、自らチャンスを逃すというのか」
「いえ、そういう事ではありません」
俺も自分の膝に手を置き、専務に向き直る
「恩を返しきれていない人達がいるんです。専務のお話はとてもありがたいですが、私はあの場所が好きなんです。この会社に比べたらもの凄く小さな会社です。でも、今私はあの場所に居たいんです。契約云々の話ではありません。あなたとは、進んでいる道が違うんです。この話、お断りします」
そう言った直後、専務は少しだけ驚いた表情をして、すぐにまた鋭い眼光を俺に向ける
「君も・・・彼女と同じか」
「・・・はい?」
「いや、こちらの話だ」
すると専務はテーブルの書類を片付け、机から持ってきたもう一つの書類を広げる
「私は君に、俄然興味が湧いた」
「・・・お断りしたつもりですが」
「これは、先程の物とは少し違う」
書かれていた内容は、今度は俺個人ではなく青葉自動車工業宛、会社そのものに向けて触れられていた
「これって・・・」
「手が回っていないのは事実だ、優秀な人材は我々としても歓迎する。そこで、今度は青葉自動車工業様宛に仕事として依頼したい」
これには、俺も困惑した
俺個人の話ならまだいい
だが、会社そのものの話となると状況が大きく変わってくる
ここまでくると、俺だけで判断するわけにはいかない
まさか、ここまで考えて交渉してきたのか
専務は先程と変わらない様子で話を続ける
「青葉社長にも是非検討していただきたいのだが、どうだろうか?」
「どう・・・と、言われましても・・・」
俺は言葉に詰まる、これは今社長に電話してはい契約というわけにもいかない
社長だけではなく、姉さんやひな先輩も巻き込んでしまう話だ
帰って相談してみる以外ないだろう
俺はその意向を伝えると、専務は「わかった」と一つ返事をし、書類をファイルに入れ俺に渡す
「先のキャンペーンガールの件同様、良い返事が聞ける事を期待している。それとこれも、ありがとう」
書類と共に携帯とボイスレコーダーも渡される
俺は受け取ると上着のポケットにしまった
「依頼するからには、それ相応の報酬を約束しよう。通常の仕事になるべく差し支えないように青葉社長と相談しながら進めていくつもりだ。・・・ただ」
「ただ・・・?」