「いらっしゃいませ、こちらをどうぞ」
「あら、ありがとう。小さなスタッフさん」
そう言ってくるお客さんに、私は精一杯の笑顔で応える
まさか表現力のレッスンがこんなところで役に立つとは思わなかった
「おおっ、赤西さんの奥さん。いやいやおはようございます。わざわざ来ていただいて、いつも息子がお世話になっております」
「いえいえ、うちの娘も仲良くしていただいてありがとうございます。また今度緑川さんのとこの息子さんも一緒に三人で遊びに行くみたいで、高校が春休みだからって遊びすぎな気がしますわ」
「元気な証拠ですよ。うちの息子も携帯をいじって何をやっているやら、最近の若者の遊びはわからないですなぁ」
社長さんが出てくるや否や、挨拶を交わしそのお客さんと会話が弾む
''赤西さん''と呼ばれたその女性の方は、社長さんと同じくらい歳を重ねているように見えるが、その容姿はまさに美人と言った言葉がぴったり収まるほど整った見た目をしており、身につけているアクセサリー、コート、ハンドバッグなど、私から見てもわかるくらいな高級そうなオーラを放っていた
「ところで、こちらの可愛らしい小さなスタッフさんは?初めてお会いしますわ」
「ああ、うちの期待の新人だよ。今提携している会社から職場体験ということで来ていてね」
私が席に戻ると、社長さんが赤西さんに私の事を説明する
すると赤西さんは興味深そうに私を観察し始めた
何か思い当たる節があるのだろうか、時折首を少し傾げつつ私を眺めている
「勘違いならごめんなさいね、もしかしてどこかでお会いしたことございません?」
「あ、いえ。私は初めてですね。きっと別の誰かと勘違いしているのでは?」
「そう?あなたのこと、どこかで見たことがあるような気がするのですが・・・」
マズい、そうだ、私はアイドルだ
意外と街で歩いていても気付かれないことが多いが、ここまで観察されるとさすがに気付かれるか
そうなると変に噂を立てられるのも時間の問題だ
そんな事が頭の中にグルグルしはじめ、気付かぬうちに赤西さんから視線を逸らし始めると、赤西さんが追撃してくる
「あなたのお名前は?」
「え?あ、えっと、私の名前は・・・」
どうする、何て答える?
正直に本名を答えるか?
いや待て、そうすると何が起こるかわからない
・・・そうだ、もうこれしかない
「り、りさといいます」
「りさ・・・ちゃん?」
「は、はい!えっと・・・たちb、じゃなくて、''最速(もとはや)りさ''といいます!初めまして!」
「そう、りさちゃん・・・。ありがとうございますね。私ったら、テレビに出ている方によく似ていたものですから、てっきり・・・」
・・・上手く誤魔化せたのだろうか?
咄嗟の思いつきだった、ファイスピのファイナル(最後)とスピード(速度)から一文字づつ、名前は言わずもがなだ
納得してくれたのか、赤西さんも軽く頷きながら笑顔で応える
そして次に私の机の上の立て札に目が行っていた
「とても優秀な新人さんですね、すでに専務の座まで上り詰めているとは」
「あ、いやあのこれは・・・」
私たちの様子を見ていた雛子さんからも、その瞬間思わず微笑みが溢れていた
「では、私の車をよろしくお願いしますね。専務ちゃん」
「は、はい・・・」
笑顔でそう言う赤西さんに、私は今度は苦笑いで応える
これは意識しなくても自然に浮かんだ
その後、赤西さんと社長さんが談笑している間に、雛子さんに連れられて赤西さんが乗ってきた車へと向かっていった
事務所前の駐車スペースに泊められていた黒いワゴン車の中から必要な書類を降ろしていく
助手席の前側、グローブボックスという小さな前後に開閉する蓋を開けて、中から車検証入れというものを取り出し、雛子さんに教わりながら必要な書類を抜き出していた
この車は''車検''という内容で入ってきた車だそうで、それに関わる書類を降ろして然るべき処理をし、何処かへ送らなくてはならないのだそうだ
「そう、その青い車検証と自賠責保険の証書と、その小さい紙、納税証明書も抜いておいて」
「わかりました」
言われた通りに車検証入れから書類を抜き出していると、中から一枚の写真を見つけた
そこに写っていたのは、おそらく社長さんと赤西さん、そして・・・これは美空さん?
場所はこの事務所の前だろうか?
見比べてみるとそっくりだから間違いは無いはずだが、その玄関の隣には私達のライブの時にもよく見かけるフラワースタンドが複数並んでいる
その中の一つ、綺麗に円状に飾られている花々の中心には、''祝、開店祝い、赤西様''と書かれていた
「どうした?」
「あ、いえ。なんでもないです」
動きが止まっていた私の背後から雛子さんが覗き込んで、私が手に持っていた写真を眺め始めた
「・・・ほう、まだ二人とも若いな」
「でも雛子さんも零次さんも写っていませんよ?」
「そりゃそうだ、この頃は私もあいつもまだ学生だ」
当たり前といえば当たり前だが、雛子さんにも零次さんにもそういう頃があったんだなぁとふと思った
私の手から写真を取って、雛子さんはまじまじと眺め始めた
「この頃っていったら・・・私がまだ18の時だな」
「えっ、雛子さんいくつなんですか・・・あっ、すいません・・・」
「どういう意味で謝ったのか若干気になるけど・・・順番に姉さん29、私27、零次25」
三人ともあまり変わらないのか・・・
でも驚いた、いつも三人でいるイメージだから最初からそうなのかとばかり
「いえ、決して悪い意味では!その、雛子さんもっと若く見えるので、もしかしたら零次さんよりも年下なんじゃないかと・・・」
「ありがと、褒め言葉として受け取っておくよ。こう見えて先輩なんだぞ、私は」
「でも、それじゃあ・・・どうして雛子さんはこの会社に?」
「ふむ・・・」
私が尋ねると雛子さんは黙り込んで、取り出した書類を片手に持ち、車検証入れをグローブボックスに戻すと助手席の扉を閉める
「そうだね、もう少しありすちゃんと仲良くなったら教えてあげる」
「え、えぇ・・・?」
私の顔の前に人差し指を立てて、雛子さんはそう言うのだった
「といっても、大したことじゃないんだけどさ。姉さんに誘われたとだけ言っとくかな」
「は、はぁ」
最後にそれだけ言うと、雛子さんは運転席側にまわり、車の総走行距離数というものをメモすると事務所へと戻っていく
私もそれを追いかけるのだった
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「お待たせ致しましたわ」
「んー・・・おお、終わったか。星花は?」
「もう少しだと思います。何やら監督さんと話し込んでいましたから」
テレビ局の地下駐車場に車を停め、外に出て腕を伸ばしていると、琴歌が局の出入り口から出てきた
小さな白いバッグを手前に持ち、白と薄いピンクを基調とした可愛らしい春服に身を包んで、それがその長いピンク色の髪型によく似合っていた
今日はドラマの打ち合わせだと聞いている
確かにこの佇まいとお淑やかさならイメージのお嬢様にピッタリだろう
監督も目の付け所がいいな
「随分と可愛い服装じゃないか、監督と会うからって気合い入れてきたな」
「まぁ、零次様ったらお上手なんですから。私はいつも通りですわ。それを言うなら、零次様もいつも通りカッコいいですわよ」
「お前、どの口が言うんだ。お前の家の前に立ってるSPの人たちの方がよっぽどカッコいいだろうが」
ビシッとしてて、カッコいいスーツ着て、何より強そうだった
琴歌を送っていった時なんか、家に着くなりみんな揃って出迎えて、リアルであの光景を見たのは初めてだった
「皆さん真面目な方で大変頼もしいのですが、あのお出迎えを見られたのは恥ずかしいですわ。私はいいといつも言っていますのに・・・」
「いや、さすがお金持ちの家だと思ったわ。俺も久々にビビった」
「それなら、零次様のお家の方がとても魅力的ですわ!」
「どこがだよ・・・」
あんな何もない部屋
いや、今は荷物で溢れかえってるけどさ、ちゃんと整理するんだろうなアイツら
「だって、手の届くところにキッチンもお手洗いもあって、便利ですもの。まるでミニチュアみたいですわ!」
ミニチュア・・・
「ああ・・・!そんなに落ち込まないでくださいまし!あの、決して悪い意味で言った訳ではなく!私ったら言葉足らずで・・・」
「いや、いいんだ。わかってる、あの家に住んでるんだったらそう思うのも無理はないさ。一目見ても全体像が把握できないくらいデカかったから」
まるで西洋のお屋敷のような、壁に窓がいくつもあるそれはそれは大きなお家だった
黒い鉄格子の、車が突っ込んでもびくともしなさそうな立派な正門からは手入れが行き届いている大きな中庭が見えて、その奥には彩飾の施された立派な玄関の扉、中は大方想像通りだろう
「ですが、やはり零次様のお家も好きですわ。あの・・・よろしかったら、今夜またお訪ねしてもよろしくて?」
俺の横に並び立ち、少し俺の肩あたりに寄りかかりながら、身長差から上目遣いにそう言ってくる琴歌
こいつはたまに甘えてくるところがある
それも魅力の一つなんだろうが
「悪い、今日の夜はすでに先客がいる」
「まぁ、残念ですわ。またゾンビの皆さんをバッタバッタとなぎ倒したかったですのに」
その発言はどうなんだお嬢様
そもそもこのスーパービッグお嬢様を預かるってだけでもプレッシャーなのに
親御さんはどう思ってるんだ
「でしたら今度是非、私の家にも遊びに来てください。私が行っているだけでは不公平ですわ、その時はお屋敷一同で歓迎致します」
恐い
それはそれで普段俺がしてやってることとのギャップが恐い
だってこのお嬢様、カップ麺ばっかり食いたいって言うんだもん
親御さんにどう説明すればいいんだ
「あ、星花さんですわ!星花さーん、こっちですわー・・・星花さん?」
何やら、出入り口から出てきた星花が複雑そうな顔をしている
一体何があった?
「あ、すみません零次様。お待たせいたしましたわ」
「いや、それはいいけどさ」
「星花さん、何かありましたの?先程とまるで様子が違いますわ」
すぐに琴歌がツッコんでいく
こういう行動力があるところは意外と助かる
言われた星花も少し言いにくいことなのか、口籠もりながら自分の髪を撫でていた
「少し・・・噂を耳にしまして」
「噂?その監督さんが言ってたのか」
「はい、それが・・・」
そして星花は、ゆっくりと話し始めた
・・・マジか
ありす、何も起こらないとは思うが
そもそも、それを専務がよしとするのか
わからない、既に終わったことだと思っていた
何にせよ、本決定がなされていない以上、下手なことを俺から話すわけにもいかない
上がどう判断するかだが・・・