大勢の関係者たちに囲まれながら、私たちはその人混みに半分揉まれるような形でその会場の正面玄関を抜ける
そこは普段オーケストラの演奏や、他にも様々な映画のイベントが行われたりとこういう場では有名な劇場で、最新の音響システムも相まって評価が高くよく利用されているのだそうだ
私たちが普段使う場所とはまた別のベクトルで業界の御用達である
まるで高級ホテルのようなロビー、天井から吊り下がっているシャンデリアが室内を明るく照らしていた
左右から上の劇場内への入り口へと伸びる階段と、その間にある受付スペース、そして豪華な大理石の床の上、受付を背にしてスタッフの皆さんが一同綺麗に一列に並んで頭を下げている中、私たちはその手前で立ち止まる
するとなんと、リサさんがそのスタッフさんに頭を下げて一人一人と握手し始めたではないか
スタッフの方たちに笑顔が灯り、中には感動で口元を押さえながら応えている人もいる
さらに驚いたのは、それに続いて他の俳優陣の方々も同じように行動したことである
『俺たちも最初に見た時は驚いたさ。何て素敵で美しい行為なんだってね』
戻ってきた俳優の男性の一人が私に説明してくれた
通訳の人が訳してくれる
『仕事上色々な国をまわっているけど、リサはいつもああするんだ。私たちの作品で全ての人が楽しんでくれるのが私の望みなんだって。それはスタッフもファンも関係ないんだと。それを聞いた時、今までの俺は何てちっぽけな存在だったんだと思い知らされたよ』
カメラのフラッシュが焚かれる中、分け隔てなく挨拶を交わしていくリサさん
そんなリサさんと俳優陣に私もスタッフの方たちの前へと出向き、同じように挨拶を交わす
元の場所に戻る時にはリサさんは笑顔を浮かべて頷き、私を送り出してくれた俳優の男性は親指を立てて私にウィンクを送っていた
『やっぱり素晴らしいわ、ミスアリス。この国は大好きよ、みんな真面目で優しい人ばかり。これが本当の日本の''おもてなし''の心なのね。私も小さい頃母の友人から学んだこのスピリットをとても大事にしているの!』
『ハハハッ、リサ。そんな事は彼女は既に知っているだろう?今更ではないのかい?』
『直接日本の人たちに伝えたかったのよ。素晴らしい文化だって。ね?ミスアリス』
「えっと、その・・・はい。皆さんとても素敵でした」
私の返事にリサさん含む他の俳優の方々も喜びを表していく
通訳の人が言うには、ついに日本人に認められた、私たちはサムライになれるかしらとすごく喜んでいるらしい
武士道とはちょっと違うような気もするけど
『さて、ミスアリス。また後で会いましょう。今度はファンの方々にも楽しんでもらう番ね。少し名残惜しいわ、もう少しあなたを上手にエスコート出来ればよかったのだけれど』
「そんな!私、とっても嬉しかったです!ありがとうございます!」
そう言ってペコっと頭を下げると、リサさんはまた私の前でしゃがみ込み、私の両手を取ってニコッと笑う
そんなリサさんに私はまた頭を下げて応えるとそれに満足したのか、立ち上がって他の方々とロビー脇の通路に颯爽と歩いて行った
控え室へ向かったのだろう、去り際までカッコよかった
「ふぅ〜・・・」
後ろからプロデューサーのため息が聞こえた
途端に周りでスタッフたちのスケジュール進行の指示の声が聞こえ始めて、私たちもリサさんたちとは反対方向にある自分たちの控え室へと向かうのだった
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「あぁぁぁぁぁ、緊張した〜・・・」
「ちょっとプロデューサー、まだ会場に入っただけで何も終わってません」
控え室に着くなりプロデューサーはテーブルに手を付いてうな垂れる
私は椅子に座ってテーブルの上に用意されていたお茶のペットボトルを手に取って口にした
プロデューサーにも勧めたが、そんな余裕すらないのか息を整えながら手のひらを私に見せて遠慮していた
「本当にレッドカーペットを一緒に歩いたんですね・・・」
そして私は今一度、自分の手を改めて確認する
リサさんが握ってくれた右手、手袋越しだったが感触はハッキリわかった
力強く、それでいて女性らしい繊細な指だった
映画の撮影ではリサさん自らハンドルを握って撮影する事もあり、それでなくともスタジオ内の模型の中でハンドルに手を掛ける。それが彼女の日常なのだ
そんな車と共に歩んできた人生と言っても過言ではないリサさんの手を取る事ができたなんて光栄だ
『昔は仲間たちと楽しく撮影できるのがただただ嬉しかった。ドライビングを学ぶために日本に来たこともあるのよ?でも今は私がハンドルを握るだけで喜んでくれる人たちが世界中にできたの。嬉しい事だわ、やっと私たちが認められたような気がして』
と、この間のロードショーでの特別インタビューでリサさんが海外のスタジオで答えているのを見た
今度私たちが日本に行くのをとても楽しみにしているとも語っていて、久しぶりにジャパニーズコミックを読んでみたい!と言葉の節々から日本のことが好きな様子が見てとれた
自分の好きな車を初めて知ることができた国だから特別なのだそうだ
「それにしても凄く大きなイベントですよね。外でリサさんが乗っていた車のレプリカの展示もやっていましたし、それだけスポンサーが集まったんですか?ファンの皆さんと報道陣の数もそうですし」
単純に疑問だった
これだけのイベントを運営するには相当なスポンサーが必要だ
そのスポンサーが一社だけとは考えにくい、それなら本当に大きな会社か、そうでなかったらあるいはその他力のある''有名な会社''にコネクションを持っている会社でないとこの規模は難しいと思う
広告費、宣伝費、その他雑費を考えてもそれらを賄い情報を拡散できて尚且つ当日の様子も公開できるようなところと言ったらテレビ局くらいしか思いつかない
「・・・ありす」
それまで俯いていたプロデューサーが顔を上げる
さっきとは違う真面目そうな表情で、私の目を見つめていた
「このイベントが終わったら話がある。その理由はその時話すから、会社で待っていてくれないか」
「・・・はい。わかりました」
何やら含みのあるような口調でそう言うと、プロデューサーはテーブルを挟んで私の向かい側へと座り、用意されていた飲み物を口にする
今この場では言えないようなことなのだろうか?
疑問ばかり残る
「346プロさん、試写会が始まりますので移動をお願いします。私に着いてきてください」
「あ、はい!わかりました!すぐに行きます!」
プロデューサーはやってきたスタッフさんに気持ちを切り替えてそう言い立ち上がる
その表情はまるで迷いを振り払うような、覚悟を決めた顔だった
私もそんなプロデューサーに合わせて立ち上がり、壁に掛けられている鏡で軽く髪型を直すとスタッフさんの案内に従って控え室を後にした
余計なことを考えるのは後にしよう、まずはこのイベントに集中しないと
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「こちらです。先日お伝えした番号の書かれた席へお願いします」
そう言われて案内されたのは、抽選で招待されたファンの皆さんが座る席の一段上、天井近くに位置するいわゆるVIP席と呼ばれる場所だった
プロデューサーに言われて自分の席へ座ってみると、普通の映画館と違いが一目瞭然だった
疲れないように人間工学に合わせて作られているような包み込まれるようなシート、そう、まるで高級車に乗ったような感覚
スクリーンまでの距離も丁度良く、これなら首を無駄に動かすこともない
空調の加減も適正温度に保たれており、程よく快適である
他の座席と絶妙に距離が離れているため、変に他の人に気を使うこともないまさにファーストクラスだった
「お飲み物は何がよろしいですか?」
「えっ、あ、それじゃあオレンg・・・」
ちょっと待て、こういう場所で普通に頼んでもいいのだろうか?
コーヒーとかお茶とか、もっと大人っぽいものを頼んだ方がいいのかな・・・
ああ、こんな事なら琴歌さんとかに聞いておけばよかった
プレミアのことばかりで細かい作法を調べている余裕が無かった
『可愛いスタッフさん。私にオレンジジュースをお願いできないかしら』
スタッフさんを挟んで、通路の反対側から声が聞こえた
「よろしいのですか?コーヒー等もご用意できますが」
『気を使ってくれてありがとう。コーヒーはよく飲んでいるけれど、私は映画を見る時はジュースにポップコーンと決めているのよ。今日はポップコーンが無いのが残念だわ』
「かしこまりました。橘さんはいかがいたしましょう?」
「じゃあ・・・私もオレンジジュースをお願いします」
そう伝えると、スタッフの方は一礼してこの場から去っていく
そしてスタッフの方が去った後の目線の先に、リサさんがこちらを見て座っていた
突然の事でお礼を言うべきか否か、だとすると英語で何と言えばと半分混乱している私に、リサさんは可愛らしくウィンクで返してくれた
何だか恥ずかしくなって私はペコっと頭を下げると、それに満足したのかリサさんは隣の方と話し始める
今のやりとりを突っ込まれていたのか、隣にいる俳優の男性がこちらに向けて手を振っていた
その人も劇中でリサさんの仲間だった人だ
普段はこんなに気さくな人だったんですね
私が何度もそれに合わせて頭を下げていると、リサさんが''あまりからかわないであげて''と相手を制していた
『それくらいにしてあげて。日本人は奥ゆかしいのよ?』
『おいおい、それはあんまりじゃないかい?君ばかり話していて少し妬いてしまうよ。僕も日本のシンデレラとお話してみたかったのに』
身振り手振りを見ているとそんなことを言われているような気がする
あ、後ろに座っていた通訳の人が教えてくれた
やっぱりそんな感じだったみたい、悪い事は言われてないらしい。むしろ愛されているって
それはそれで少し恥ずかしい
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「・・・」
「どうだい、彼らの様子は」
「・・・早くお席へ、映画が始まります」
スタッフが手に二つオレンジジュースを乗せたトレーを運んでいる最中に男性から話しかけられる
スーツにネクタイ、首には社員証をぶら下げて親しげにそうスタッフに問いかける
「普段の仕事の経験が役に立ちました。ただ、ジュースを運ぶのは久しぶりです」
「コーヒーばかり頼んでしまうからね。たまにはいいだろう、秘書の仕事を一旦置いてこういうのも。普段と違ってその束ねた髪も素敵だよ」
「・・・早くしないと始まってしまいますよ。それと、ただでさえ彼らには警戒されているのですから、余計な行動は慎んだ方がよろしいかと。ディレクター」
「そうだね、彼女のプロデューサーと話すのは映画の後にしよう。どんな顔をするのか楽しみだね、私の番組で彼らのシンデレラが何をしてくれるのか。ああ・・・全く楽しみだよ」
スタッフ・・・もといその秘書は全く返事を返さないまま、再び会場へと足を運ぶ
その様子にやれやれと悪態をつきながらも、ディレクターと呼ばれた男も同じように会場へと向かうのだった