扉の前にある椅子に座り、私は自分でまとめてきた資料を束ねた冊子に目を通す
部屋の中からは、私の前に入った他事務所のアイドルがリサさんと楽しそうに話す様子が聞こえてくる
「カッコいいですよね!ワタシ惚れ惚れしちゃいました〜!リサさんの''ワンエイティーエスエックス''が駆け抜けていくシーンなんか最高でっ!205馬力のパワーが炸裂ってカンジでもう鳥肌ものでした!」
『それはありがとう。あなた詳しいのね』
「カッコいい車って素敵じゃないですかぁ〜。ワタシも乗ってみたいなぁ〜って!助手席に''相棒役''みたいなカンジで!それに、左にハンドルがあるっていうのも何だか不思議なカンジで〜、もうそんなカンジですっ!」
まるで媚びるように、リサさんに話し掛けるアイドルの方
あちこちに車の単語を並べてリサさんが喜ぶように会話が進められている
が、しかし、何だか取って付けたような感覚が否めない
リサさんの機嫌を取るような、インタビューというよりは自分を売り込みに来ているような、そんな気がしてならないのだ
「あっ、もう時間ですか?ワタシったら楽しくてつい〜。ありがとうございました!すっごく勉強になりました〜」
『ええ、私も楽しかったわ。是非みんなにこの映画の事を紹介してね』
「はい!もちろんです〜。では、失礼します〜」
そう中から聞こえてくると、扉が開いてアイドルの方が出てきた
扉を閉める前にもう一度中にいるリサさんに笑顔を見せると、そのままゆっくり扉を閉める
「おお、お疲れ。どうだった?インタビューは?」
「ええ、上手くいったんじゃない?相手の反応も悪くなかったし。それにしてもアンタもたまには中々やるわね。こんな仕事滅多にないわ、まぁワタシだからだと思うけど」
部屋の中と態度がまるで違う
近づいてきたおそらく担当のプロデューサーの人に吐き捨てるように言葉を投げかけていた
持っていた私と同じような資料を乱暴にそのプロデューサーの人に渡すと、肩をグルグルと回してため息をついているのだった
「・・・あら、橘ありすちゃんだっけ〜?こんにちは〜、初めまして〜」
「あ、はい。どうも、初めまして・・・」
「ちっちゃいのに凄いねー。よかったよ、舞台挨拶。何言ってんのかわかんなかったとこもあったけど〜、そこそこ勉強してきたんだねー、エライエライッ」
まるでギャルのような風貌のその彼女は、隣でちょこんと座っていた私と目が合うと、再び作ったような笑顔で話し掛けてきた
隣のプロデューサーの方も申し訳なさそうな笑顔を作って軽く頭を下げていたので、私も同じように頭を下げる
こんな時にたまたまプロデューサーがいないのは痛かった
「で、どうやったの?」
「''どう''とは、どういう意味ですか?」
「だってそうでしょ〜?何かコネがないとあなたみたいな子どもが呼ばれるわけないじゃなーい。346プロってもしかして''そういうこと''もするの?名前が同じってだけが理由じゃないんじゃない?ね?''ありす''ちゃん」
「・・・橘です」
「なにそれキャラ作り〜?ウケる〜、徹底してんねっ。プロ意識たかーい、その衣装もシンデレラみたいだし〜、凝ってんね〜」
アハハッと口元に手を当てて笑っているアイドルの方
すると今度は''あ、そうだ''と何かを思い出したかのように話題を切り替えた
「明後日はよろしくね。そっちが何用意するのかワタシ楽しみにしてる」
「・・・?何の話ですか?」
「ん?アレ?もしかして聞いてない系〜?それは残念だね〜」
一体この人が何の話をしているのかさっぱりわからない
隣で話を聞いていたプロデューサーの方が口を開く
「おかしいですね、話自体はテレビ局の方から随分前に連絡があった筈ですが。そちら側のプロデューサーからお話とかありませんでしたか?明後日の特番でご一緒するっていう・・・あ、そうか、そういうことか・・・すみません、私としたことが配慮が足らず」
説明を聞いていたがやっぱりわからない
プロデューサーは今回のプレミアに集中してくれと言うばかりでその他は何も言っていなかった
私一人話に置いてけぼりになり、二人は・・・というよりは一人は面白そうに笑い、もう一方は私の様子を伺いながら申し訳なさそうに頭を下げている
「悪いありす!遅れてすまん・・・と、あなたは」
「あっ、お疲れ様です。346プロのプロデューサーさん。打ち合わせ以来ですね」
「これはどうも、お久しぶりです」
「こんにちは〜、346プロさん」
面識があるのか、プロデューサーは相手側のプロデューサーの方と挨拶を交わす
「今、橘ありすちゃんとお話していたんですが、特番の件はお伝えしていなかったんですか?」
「・・・はい。贈り物の件も、ついさっきディレクターの方から聞いたばかりです」
「ついさっき!?おかしいですね、私たちは先々週くらいからお話をいただいていましたが、それは・・・ははっ、随分と目をつけられましたね〜」
「・・・」
プロデューサーは考え込むばかりで、何も反論しない
そのやり取りを私はただ、相手側とこちら側に目線を動かしながら見比べるだけしか出来なかった
それが可笑しかったのか、アイドルの方はまた笑い声を上げ、そのプロデューサーの方も、話の途中から笑みが溢れ始めている
「おっと、お邪魔してすみません。そろそろ中の準備が整っている頃ですね。橘さんも緊張なさっているようですし、これ以上この話はやめましょう。それでは、私たちはこれで。ほら、行こう」
「は〜い。それじゃっ、頑張ってね〜。応援してる〜アハハッ」
そう言うと二人はあっけなくその場を去っていった
去り際にもそのアイドルの方は面白おかしく私たちの話題で盛り上がり、それをプロデューサーの方が押さえ込む
そして二人が突き当たりの階段を上がって見えなくなると、丁度私たち以外誰も居なくなった廊下で、プロデューサーは拳を握りしめながら立ち尽くしていた
「・・・なんd」
なんで私に言わなかったんですか、なんでもっと早く相談してくれなかったんですか
いつもなら私は、すぐにそう言い出していたのだろう
だけどそんな顔されたら、浮かんだ言葉がすぐに頭の奥底に沈んでいった
何も言い返せなかった、俺は何をやっているんだ、せっかくのありすの晴れ舞台なのに、いいようにしてやられてるだけじゃないか
プロデューサーの顔がそう言ってる気がしてならない
この人はすぐ感情などが表情や行動にでる
今日もそうだったし、これまでもそうだった
きっと、私のためを思ってやってくれていたのだろう、余計な負担を掛けないように
「・・・っ、ありす」
「・・・プロデューサー」
私はそんなプロデューサーの手をそっと取った
するとその握りしめていた拳の力が少しだけ緩み、私の右手を今度は弱々しい力で軽く握り返してくる
顔を上げてプロデューサーを見てみると、朝のワクワクしたような顔とは違い、後悔と悲しみが入り混じったような、そんな複雑そうな顔をしていた
「・・・すまない、これが終わったら話そうと思っていたんだが、こんな形で」
「はい」
「もっと早く言っておくべきだったのかもしれない、実は、明後日に例のテレビ局と特番があって、最後まで出演させるか迷っていたんだが、他にも言ってないことが色々・・・」
「大丈夫ですプロデューサー、もういいですから。薄々、気付いてはいました。零次さんの行動も何か変でしたし、周りの皆さんも・・・だから、もうそれ以上言わなくてもいいですよ」
私がそう諭すと、プロデューサーは黙って頷いた
もうここまで来てしまったら、全部同じだ
覚悟は出来ていた、この仕事は何が起こるかわからない。この会場に入る前からそう思っていた
それに一つや二つくっ付いてきただけだ、プロデューサーに罪はない、私の事を思ってやってくれただけだ
「346プロさーん。準備が整いましたので中へお願いしまーす」
「・・・ありす」
「はい」
部屋の扉が開いて、中からスタッフの人の声がした
私は資料を胸に抱えて、プロデューサーの拳から右手を離す
「もう、大丈夫ですね?」
「・・・後で謝る、悪かったな」
「言った瞬間に謝ってどうするんですか」
「・・・そうだな、悪い・・・あっ」
まるでコントのようなやり取りに、プロデューサーに少し笑顔が戻る
そうですよ、せっかくの晴れ舞台なんですから笑ってくれないと困ります
そんなプロデューサーに少し安心した私は、扉に手を掛けた
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、頑張ってこい」
そして私は、中へと足を踏み入れるのだった
ーーーーーーーーーー
壁一面にかけられたカーテンと、映画の宣伝が描かれている大きなパネル
私たちを撮影するためのテレビカメラに照明、そしてカメラの写線の先に二つの椅子と、その椅子を挟むようにして両サイドにフラスタが置かれている
「Alice!」
部屋に入り扉を閉めると、その椅子の一つに座っていたリサさんから声が掛かった
ニコニコと笑顔を浮かべて、胸の前で小さく手を振っていた
私もそれに応えるように小さく手を振ると、リサさんは満足したように満面の笑みを浮かべる
そんなリサさんの素敵な笑顔に誘われるように、私はリサさんの隣の椅子へと腰を下ろすのだった
『さっきぶりね、ミスアリス。あなたがここに来るのを心待ちにしていたわ』
「あ、はい。それは、ありがとうございます。では改めてリサさん。日本へようこそお越しくださいました。ウェルカムトゥジャパン」
「Wow! thank you!」
私が最後に少し英語で答えると、リサさんはまた嬉しそうに顔の前で手を合わせて小さく拍手をしていた
時折見せるどこか子どもっぽい仕草が普段の様子とのギャップでとても可愛らしかった
「それではあの・・・リサさん。早速質問に入りますね。最初に、この映画の見どころを教えてください」
『そうね、今回は共に行動する仲間たち、そして友人達とのヒューマンドラマを多く取り入れたの。これから起こる大きな戦いの為にね。きっとこれからも沢山の仲間が増えると思うわ、その為に繋がりの大切さを確認しておきたかったの。友人に古い新しいなんて関係ない、その''出会い''こそが何よりの奇跡だってね』
「なるほど・・・」
確かに、映画を観ていてもそう感じた
かつて争った敵であっても、仲間として迎え入れ、新たな敵へと立ち向かう
シリーズを長く続けているからこそ出来る手法であり、だからこそファンに愛されてきた一つの要因なのだろう
『私も色々な国を飛び回ったおかげで沢山の友人ができたわ。俳優仲間とかスタッフもそう、現地の人たちとパーティしたこともあるのよ?』
「それは凄いですね。でしたら、その現地ならではのエピソードもあるんですか?」
『砂漠のシーンはとても大変だったわ。昼は凄く暑いし、夜は氷点下まで冷え込むのよ?砂漠を車で走るのも初めてだったし、ラリードライバーの気分を味わうことができたわ。でも凄く楽しかったのよ!』
本当にこの映画が好きなのだろう
聞いていても相当に大変なこともあっただろうに、全て楽しそうに話している
本当に人生の一部分のように、並大抵の人ではこんな体験は出来ない
『今日も嬉しかったわ、ミスアリス。久しぶりに日本に来て、久しぶりに友人と会った気分よ!』
「''友人''・・・ですか?」
『あの乗ってきた日本のスポーツカー!シルヴィアと来てくれたじゃない!』
Silvia! Silvia!と嬉しそうに車の名前を連呼するリサさん
確かに、日本編で乗っていた車と形が同じだから思入れがあるのかもしれない
「あー、アレですか。あれはその・・・仕事仲間のアイディアでして」
『とっても嬉しかったわ!私にとってとても思い出のある車なの!』
よかった、やっぱり反応は上々のようだ
その後もインタビューは続き、限りある時間の中で様々な事を聞いた
リサさんの出立ちはもちろんだが、それに加えて故郷の話、昔はよく日本に来ていたこと、その際に親とその友人に沢山スポーツカーに乗せてもらった事、それが直接車が好きになるキッカケだったなどネットには載っていない話をたくさんしてくれた
最近は確かに車には乗るがそれは撮影であることが多く、プライベートで愛車を運転させてあげられないことが唯一の悩みなんだとか
「それで先程も言ったリサさんの2・・・あっ」
夢中で話していたのか、すっかり時間を忘れてしまっていた
カメラの後ろにいたスタッフがホワイトボードにカンペを出し、時間が差し迫っている事を伝えている
リサさんもそれがわかっているのか、そのホワイトボードを見て少し寂しそうな表情を浮かべていた
「それではリサさん。残念ですが、最後の質問になってしまいます。リサさんにとって・・・へっ?」
私が質問しようとすると、通訳の方が伝える前にリサさんは手のひらを私に見せて、言葉を遮った
「・・・アー、ミスアリス。キョウは、アリガトウ、ですネ。とてもとてもカンシャカンゲッキ?たくさん、アリガトウ、です。ワタシ、すこしならニホンゴ、わかりマス」
つたないイントネーションではあったが、リサさんは何と日本語で話してきてくれた
頭を傾げながら、恥ずかしそうにして言葉を紡ぐ
十分に上手だった。ちゃんと意味は伝わっている
「ワタシも、ミスアリスにききたいこと、ありマシタ。ひとつだけ、きいてもヨロシイ?カノウですカ?」
「はい、オッケーですよ」
「Thank you. Miss Alice」
何を聞かれるのだろう?
私は少し身構えた
「ミスアリスは、このイベント、にくわわってくれるタメに、たくさんのstudyしたとキキました。そしてワタシはこう、おもいましタ。あなたはそれで、ナニをおもい、かんじマシタか?それをワタシはキキたい、おもいマシタ。Please. Miss Alice」
「・・・それは、そうですね。私は・・・」
沢山の経験をした
沢山の事を学んだ
普段じゃ絶対経験できないことばかりだった
普段じゃ絶対気づかない事だらけだった
その中で学んだことは
「リサさんの言う通り、私は縁があって車について学ぶ機会がありました。その中で感じたのは、車っていうのは、その人の人生がいきづく場所なんだという事です」
''見て見てありすちゃん!シートの下にありすちゃんのCD!''
''ご家族で聴いてくれてるんでしょうか?''
「同じ車でも全然同じじゃなくて、釣りの道具が入っていたり、シートとシートの間に旅行のガイドブックが入っていたりと、その人の人生を垣間見ることができました。この人はこういうところに行って、一人でドライブしたり、家族で出掛けたり、それぞれがそれぞれ違う使い方をしているんだなと」
''おっと、ありすちゃん。工事の工具が沢山積んであるから最後掃除する時気をつけてね''
''はい!凄いですね、小さい車なのに工具がいっぱい・・・あ、ひなさん。お客様ご来店みたいですよ!''
「でも、みんな違っても、唯一同じだったのは、大切な車であることに変わりはないということでした」
''あらー!お嬢ちゃんが綺麗にしてくれたのー?ありがとうね〜、専務のお嬢ちゃん。これ、お菓子買ってきたの!みんなで食べて!''
「それは大きい車も小さい車も関係なくて、ちゃんと大切に乗って、なんて言えばいいんでしょう。もう一人の家族のような、家のような。コレと決めつける正解がない、そういうものだと感じました。そうですね、強いて言うなら・・・''みんな違ってみんな良い''でしょうか」
''おお、お嬢ちゃん。ありがとう''
''これで安心して旅行に行けるわ。どうもありがとう''
''パンクしたときはどうしようかと思ったけど、助かりました。ありがとう''
''どうもありがとう''
''ありがとう!''
「・・・そして人生っていうのは、助け合いなんだなとも思いました。人との繋がりというものは、かけがえのないものなんだなと」
「・・・」
リサさんは最後まで黙って聴いていた
私の思いが伝わったのか所々頷いていて、満足そうな表情を浮かべている
話終わると、いよいよ時間のようだ
スタッフの人が合図を出している
「それではリサさん、本日は本当にありがとうございました。映画もとても面白かったです。また機会がありましたら是非その時は・・・」
『ミスアリス』
私が立ち上がると、リサさんも同じように立ち上がる
そして私の手を取ると、手袋を外してしっかりと手を握り握手を交わしてきた
『今日、あなたに会えて本当によかった。きっと私のために沢山の努力をしてくれたのだと思うわ。私の我儘に付き合ってくれてありがとう』
「いえ、私も楽しかったです」
「たくさんたくさん、アリガトウ。ミスアリス」
するとリサさんはしゃがみ込み、私を抱きしめてくれた
咄嗟のことに私は半分パニックになってしまいどうしていいかわからず、慣れない手つきでリサさんの背中に腕を回す
撮影のために鍛えたのだろうか、体は意外にもたくましかったが、女性らしいいい匂いがした
数秒ほどだろうか、私にとっては結構長く感じたが、リサさんが離れるのに合わせて、私も腕を戻す
『ありがとう、ミスアリス。また会いましょう』
「はい、こちらこそ。ありがとうございます、ではまた」
そして私はリサさんに見送られながら、部屋を後にするのだった